タイトル:【虐食】 実装のいる風景9 秋の里山
ファイル:実装のいる風景9 秋の里山.txt
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初投稿日時:2008/12/26-19:09:55修正日時:2008/12/26-19:09:55
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実装のいる風景9 秋の里山
   
※前スク『秋の実装一斉駆除』(sc1622)の続編です

   = レギュラーメンバー =
      オレ  : 田舎の兼業農夫
      ジュン : 馬鹿息子(小学生)
      クリ  : 居候の実装紅(正式名称クリムゾン)


      
−− プロローグ −−


 10月半ば。まだ暖かな秋山に仔連れの山実装がいた。 
 コロコロした秋服を着た15センチくらいの秋仔を2匹連れている。
 親仔3匹は赤い木の実やキノコ、昆虫の蛹などといったものを両腕いっぱいに抱えていた。

   「テッチーテッチー♪はやくオウチにかえって美味しい美味しいゴハンテチー♪」
   「重たいテチィ 今日もゴハンいっぱいとれたけどヘトヘトテチュー」

 仔実装達はうれしそうなホクホク顔だ。
 しかし親実装はうかない顔をしていた。

   「こまったデスゥ・・・あそこもドングリあんまりなかったデス・・・」



−− 1 −−


   天気がいいのでピクニックがてら山へ栃(トチ)拾いに行くことにする。
   年末には干し柿や『吊るし餓鬼』と合わせて栃餅を少しだけ作る。
   灰合わせが難しくて失敗すると全く食えないものになるからあくまで少しだけだ。
   上手く出来たら暮れに弟妹へ贈る故郷の詰め合わせの一品にしている。

   息子のジュンと居候の実装紅のクリ(正式名称クリムゾン)を手伝いに連れて行く。
   こういう拾い物には視点が低く手数になる子供や実装生物がかなり役に立つ。
   だいたい大人が調子にのってやると明日には腰が痛くなるからな。

   ちなみに栃餅は田舎の土産物屋で売れ筋の定番商品だ。
   国産栃の実は山持ちが本気でやれば結構いい稼ぎだそうな。

   ペットボトルのお茶、紙コップ、軍手、収穫を入れる予定のレジ袋(※田舎なのでコンビニ袋とは呼ばない)、おやつ等々をナップサックに詰める。
   用心のため熊除け鈴をつけ、それぞれ体格にあわせた杖を持って出発進行。



−− 2 −−


 山秋仔が間引きもされず成長できたのには理由があった。
 親実装がもともといた群れが越冬準備に失敗したのだ。

 原因はコロニーのリーダーが無能だったわけでも協調性にかける糞蟲がいたわけでもない。
 最悪に近い災厄がノソノソ歩いて来ただけである。

 災厄の形体は体長約150センチ、体重70キロ。
 こんなでも一応本州最強の動物さんである。

   「テ ゛ ッ ! ギ ャ ァ ァ ァ ァ ーーッ?!?! 逃げるデス!ミンナ逃げるデスーーッ!!」

 たまたま冬篭りの適地を探していたツキノワグマに越冬穴の場所を見初められたのだ。
 ツキノワグマはその豪腕で越冬穴の正面口を掘って広げてみることにした。
 こんなときのために・・・ちゃんと用意していた非常口がしっかり役に立ってしまった。

   「……… アッチいけデスー さっさと出てけデスゥゥゥ」

 茂みに隠れて遠巻きに見ていたが、いつまでたってもクマは出て行かない。
 勇気を振り絞ったリーダーが非常口からこっそり覗きに戻ると、クマは山実装達がせっせと貯め込んでいた食料をペロッと食べつくして眠っていた。
 フカフカの仔実装服と繭綿が敷き詰められたヌクヌクの越冬穴もすっかりお気に召したようだ。
 もはや絶対に出て行くつもりはなさそうだった。

   「ドロボォォォ・・・ オウチをかえせデスゥゥゥ」

 と小声で悪態をついたところでクマの耳にデスデスでしかない。
 ムジナ(アナグマ)くらいならおっぱらえるかもしれないが、森のクマ様を前にして山実装ごときになにが出来ようか。


 夏の終わりから周到に計画を立て、ようやく完成した努力と労力の結晶が全て水泡と化した。
 公園の野良なら 「これは夢デスゥ…みんな悪い夢なんデスゥ…… 、と集団現実逃避のあげく偽石崩壊してもおかしくない。
 だがあいにく山実装にそんな軟弱者はいなかった。
 食料も住処も全てを失った群れはこれからどうするか協議した。

 一番オーソドックスな方法はこれから新しい越冬穴を用意し、食料を確保することである。
 積雪までに越冬穴を掘ること自体はまだ充分可能であった。
 しかし今年は山のドングリの成りが悪かった。
 近辺のドングリの餌場はほぼ全て採取し終わっていた。
 冬の訪れが早いことを予見し、早め早めに越冬の準備を始めたことが裏目に出てしまった。
 1石2石ならともかく群れで越冬できる食料はない。

 次善の策として他の山実装コロニーの越冬穴を襲撃して奪い取ることにした。
 リスクが大きいものの成功すればリターンは大きい。勝てば全てが手に入る。
 負けたところで失うものは無い。
 しかし略奪というものは相手があって初めて成立することである。
 悲愴な覚悟で隣谷へ向かった群れが見たものは、雨水が溜まった空っぽの窪みであった。

   「「「デ???・・・」」」
 
 穴はヤマイモ掘りに来ていた人間にたまたま見つかって狩られ、掘り崩されていた。
 山実装にとってクマが最悪に近い災厄ならニンゲンは最悪の災厄である。
 その後イノシシが荒らしたらしい穴には蛹どころかドングリ一つ残っていないかった。

 他のコロニーを探そうにもこれ以上遠くは地理に疎い。
 あてどなく山をさ迷ったところで野垂れ死に、運良く他の越冬穴を見つけたところで飢え、疲れ果てた状態だと返り討ちにされる可能性が高い。
 それどころかばったりクマに出くわして襲われでもしたら目も当てられない。
 どのみちリスクは避けられないが、このギャンブルはレートが悪すぎた。

 次の選択肢が他の土地へ移住する『渡り』を行うことだった。
 かといって目的地の当ては無い。
 隣谷の餌場の具合も似たようなものだった。
 暖かい方、すなわち南へ向かって旅立ってみる、そういうことに決定した。
 実際には積雪地の減少に伴い生活圏を広げ北上してきた鹿が山を喰い荒らしている。
 南下したところで決して食糧事情が好転することはないのだが彼女達に知る由も無い。
 本能の導くまま『渡り』が決行されることとなった。

 この時、ある若い個体から人里近くに下りてみよう、春になったらまた山奥に戻ろうという意見が出た。
 飼い実装になってヌクヌクウハウハなどという野良的戯言でないのはもちろんである。
 人間の視点から見るとこの考え方自体はある意味合理的と言えるかもしれない。
 しかし群れのリーダーは即座にこの意見を却下した。
 リーダーはニンゲンの恐怖と人里の誘惑の危険性を骨の髄まで叩き込まれていた。

   ニンゲンのナワバリで暮らした石はケガれる
   戻ってきても もう元の石には戻れない
   もうオヤマで暮らせなくなる

 代々受け継がれてきたオヤマの教えである。
 リーダーがおごそかに教えをそらんじると実直な古株の面々はそれに従った。

 ちなみにあの意見を出した若い個体は秋仔を孕んでいた。
 身重の身で旅に出るのは足手まといになる。
 それに途中で出産したところで仔は置き去りにせざるを得ない。
 彼女は意を決して群れを離れることにした。
 同じリスクをとるならいっそ仔を連れて家族で越冬にチャレンジしてみよう。
 秋仔への未練から群れと住み慣れた奥山を離れる山実装は多い。


 その夜、一匹の山実装がこっそり群れを離れた。いわゆる『抜け妊』である。
 そして山奥から用心深く里山に下りてきた彼女は適当な住処を見つけ、無事秋仔を産んだのであった。



−− 3 −−


   山道へ入ってほどなく、バケツを持った実蒼石がせっせとドングリ拾いをしているのを見かけた。
   名札を見ると村の金矢さんとこの実蒼石だ。
   クリがダワダワ挨拶するとボクーと簡単に返事をしてすぐ仕事に戻った。
   そういやあそこは休耕田でイベリ仔実装の養殖にチャレンジしてたな。
   国産飼料を使った高級ブランドを目指すとか跡取り息子の一雄君が張り切ってたと思う。
   林の奥の方を見ると、この前一斉駆除で捕縛した実装石が奴隷労働させられている。
   長い鎖で幹に繋がれた裸の実装石がデーデー鬱陶しい声で泣きながらドングリを拾っていた。

               デェェェンデェェェンデスーデスデスゥゥゥ デギャァァァー  
                     ハララケーハタラケーセッセトハタラケェェーー

   林の奥から泣き言を言う実装石を叱咤激励する一雄君の勇ましい声が聞えた。 
   イベリ仔実装は飼料に含まれるドングリの配合比率が5割以上ないと肉質が一気に低下する。
   一時期悪質な食品偽装がはびこってブランド基準がはね上がった。
   中国産ドングリ飼料は残留農薬の悪評があるし、北米産は輸送コストが割高だ。
   最近はチェックが厳しいから餌集めの苦労も多いだろう。
   頑張れよ。



−− 4 −−


 ドングリは越冬に欠かせない大切な保存食である。
 蓄えたドングリの量が山実装の越冬可能個体数をほぼ規定すると言ってよい。
 しかしそんなママの気苦労を理解するには長女と次女はまだ幼かった。
 今日もちゃんとゴハンがとれて嬉しいテチ
 殻剥きが面倒で堅いドングリより美味しいテチ
 この程度の理解しかしていなかった。


    「しょうがないテチ ブヒブヒが先に食べちゃってたテチ」 
    「でも代わりのゴハンはいっぱいとれたテチ ドングリよりおいしいテチュ」
    「・・・しかたないデスね  いっぺんオウチに帰って出直すデス」
 
 早朝から餌採りに出かけていた山実装親仔は一度オウチに戻ってゴハンを食べることにした。

 山実装の家族は川に近い雑木林で偶然見つけた快適な横穴に暮らしていた。
 そこはかつて炭焼き小屋のあった場所であった。
 放棄されて三十年近い小屋は既に跡形もない。
 炭焼き窯も天井が崩れて大部分陥没していた。
 しかし石とレンガで組まれた窯口近くは実装家族にとってちょうどよい住いを提供していたのだった。
 オウチに近づくと留守番をしながら穴の土を掻き出していた三女が気付いてテッチュテッチュと嬉しそうに出迎えてくれた。
 その声を聞いて中からトテトテと四女も駆け出してくる。

   「ママー オネチャー おかえりなちゃいテチー」
   「おちょいテチュ ゴハンはやくほしいテチー」

 おなかちゅいたゴハンゴハン、と飛びついてくる四女をあやしながらオウチの前で仕分けをする。
 水気のある果実やキノコ、昆虫類から食べ、保存の効くドングリの類は大切にとっておく。

 秋の実りのおかげで当座の食べ物には困らない。
 しかしドングリの不作は越冬食料の備蓄に多大な影響を与えていた。
 もともと野生動物の間では早い者勝ちなドングリの奪い合いが生じている。
 さらにとある人物によって郷のドングリの大部分を収奪されてしまっていることも玉突き的に山の食糧事情へ影響を与えていた。



−− 5 −−


   えっちらおっちらぜぇぜぇダワダワと山道を登っていく。
   谷間にチリンチリンチリンと熊除け鈴の澄んだ音が響きわたる。

   クリは生まれが野生だけあってタフだ。
   人間のペースにちゃんとついて来る。
   髪につけてやった100円ショップの鈴が元気に揺れている。
   それに比べて…… しっかりせんか。
   テレビゲームだのカードゲームだのにうつつを抜かしてるからだ。
   最近のわk ・・・ あえて言うまい。
   なんというか、オレと鉄砲撃ちの爺さんくらいの世代格差といえる。

   1時間ほど歩いたところで谷が見渡せる見晴らしのよい高台に出る。
   そこでナップサックからお茶を出して休憩することにした。
   ここから少し先に行くと谷へ下りてゆく脇道がある。

   ほら飲め。
   あとちょっとだ。


−− 6 −−


 山実装が越冬用に保存する食物の大半はドングリ類が占める。
 シバグリとカヤの実はトクベツなゴチソウだ。
 殻が分厚く堅いオニグルミ、灰汁が強いトチの実も混じっている。
 他に雑多なイモやムカゴ、球根、植物の種子、昆虫のサナギといったものも保存食になる。
 今朝の収穫をテキパキと親実装は仕分けしていった。

  「まだテチュか おなかペッコペコテチュン」
  「こらデスッ! ちゃんとガマンするデスッ!」
                         テェェェン

 仕分け中に性懲りも無くオテテを伸ばしてきた四女をパシンとはたいて追い返す。


  「テェェェン おなかちゅいたテチュー テェェェン」

 ひっくりかえってパタパタ泣いている四女を尻目に仕分けた保存食を種類別にゴハン穴に入れてしっかり石で蓋をする。
 大きい仔にはママに何かあったらコレを食べて生きるデスと言ってあるが、あの石は留守番組の小さい仔達では動かせない。
 こうしておかないとだんだん糞蟲気質を露呈しはじめた四女が勝手に手を出すだろう。
 

 いろんなキイチゴや赤い木の実、紫色をした蔓の実、芽の出かけた割れドングリ、キノコ、バッタ、イモムシなどを仔供達と分ける。
 さっきまで泣いていたのもどこへやら、ようやくゴハンにありつけた四女がテッチュ〜ン♪と飛びついた。

  おギョウギのよい長女ちゃん、次女ちゃん、三女ちゃんは「「「いっただきまチュー」」」とちゃんとできたのに・・・

  ・・ころあい… … デスね・・



−− 7 −−

   区の入会地を通る山道をはずれ、なだらかな谷へ下りていく。底には谷川が流れている。
   その斜面の途中に樹齢150年ちょいの栃の木が生えている。
   江戸時代には大切にされていた栃も明治から昭和にかけてずいぶん切り倒された。
   それがあの木は幹が落雷で裂けていたので切られず生き残った。
   何が幸いするかわからんものだ。

   杖で茂った草や蔓、潅木をかき分け、足元に注意しながら坂を下りる。
   どうやらオレ達の前に来た先客はいないようだ。代わりに道が悪い。
   ジュンとクリがちゃんとついてきているか振り返る。
   大丈夫か、こけるなよ。



−− 8 −−


 秋仔は山の食料が豊富な季節に生まれる。
 だから冬の飢餓を我慢できないことが多い。
 厳しい選別、教育、性根、群れへの忠誠心を叩き込まれた春仔ならコロニー全体の利害を理解できる。
 しかし生まれてまだ幼い秋仔は群れのことよりまず自己の都合を優先する。
 産みの母への依存心が残っているので何かあっても母が自分を守ってくれると勘違いするのだ。
 多少出来がよいからと生かしておけば、勝手に保存食に手を出してコロニー全体を危機に陥れることがある。
 冬の命綱を食われてからリンチにかけても後の祭り。
 こうした経験則を積み重ねて山実装コロニーにおける鉄の掟は出来上がった。
 秋仔はすべからく間引くべし。
 非情な掟は祖先が流した汗と血涙の結晶なのだ。
 
 群れを捨て、オヤマの掟を捨てた親実装の目から見ても四女は落第だった。
 厳しい自然の中で生きる実装石の常として、彼女も優しいだけの愚かな母ではなかった。

 出産の時、五女として生まれていた親指実装はその場で谷川に流され、最初からいなかったことにされていた。
 末の妹であった蛆実装もいたがとっくに生まれ変わりの穴へ放り込まれていた。
 蛆は寒さと闇と孤独と飢えに苛まれレピレピさんざん泣いて繭化した後、今はゴハン穴で蛾の蛹に混じっている。
 ちなみにフカフカで暖かな繭綿は長女と次女の後ろ頭を覆うフードの裏地に貼り付けられていた。
 ママからのポカポカのプレゼントを喜んだ姉妹がその正体を知ることは永遠に無いだろう。

 山実装である彼女にとって親指と蛆の間引きは最初から当然のことだった。
 糞蟲化がはっきり進行している四女の間引きにもためらいはない。
 問題は三女だ。
 越冬食料の備蓄量は決して満足できる状態ではなかった。
 このままだと次女も間引かなければならなくなる。
 今、三女を間引いておかなければ次女の間引きまで確定してしまう。
 グータラでわがままな四女に感化もされずせっせと働いてくれる三女を間引くのは辛かった。
 だがこのまま情に流されて余分な仔を育てれば、この先もっと辛い目にあう。
 偽石に引き継がれた冷徹な山実装の本能が間引きを促した。

 三女と四女は今日間引く。
 生きるべきものを生かすためには仕方がない。
 それが彼女が祖から受け継いだ業であった。


 土運びで泥だらけになった三女と四女(こっちはぜんぜん汚れてない)のオツムを撫で、ニコニコと言った。

  「アナタたちもずいぶん大っきくなったデス ママはうれしいデス
   お昼から三女ちゃんと四女ちゃんに川でオセンタクを教えてあげるデス
   長女ちゃんと次女ちゃんは山でコロコロの実をひろってくるデス
   ママがいなくてもちゃんとできるデスね 」


 仔供達は喜んだ。

 片や、ママといっしょにおでかけテチューン
 片や、もっちろんできるテチガンバるテチー

 と・・・



−− 9 −−


   「とうさん見つかんないよー 」
   「ダワワダワー 」

   ・・・ダメだこりゃ


   今年はぜんぜん採れん。
   2人と1匹で木の下を探してみたがさっぱりだった。
   開いた殻はあっても肝心の中実がない。
   ドングリが不作だからイノシシが喰ったのか?
   しかしそれなら鼻面で地面を荒らした跡と喰いカスがもっと散らばっているはずだ。

   どういうことだ・・・
   まさかと思うが斜面の下の方に転がってるのかもしれん。
   もうちょっと探してみるぞ。



−− 10 −−


 彼女達がコロコロの実と呼んでいる木の実が成る木は巣穴からやや川下側の谷の斜面に生えていた。
 巣穴より少し登ったところにあるが仔実装の脚でもそれほど遠くない。
 そんな近場でも山仔姉妹は「はじめてのおつかい」にドキドキしながら最初は周囲を警戒していた。
 ヨチヨチ歩きながらオウチの方を何度も何度も振り返っていた。
 しかしそこはママと一緒に何度も歩いたゴハン道。
 危険などそうそうあるはずもない。
 見慣れたコロコロの木に近づくにつれ少しずつ緊張感が薄れてくる。
 今までビクビクしていた反動で姉妹はだんだん気が大きくなってきた。

   たっくさんコロコロの実をとってかえるテチュー
   かえったらママにいっぱいイイコイイコしてもらうテチー
   テッチューテッチュー♪テチュテッチュー♪

 すっかり気が緩んだ姉妹は唄を歌いながら無警戒にテッチテッチ歩き出した。
 こんな無用心で無謀なことはママがいたら絶対許さなかっただろう。


  ……チ ・・ン …チリン チリリリ

 ようやく枝の下にさしかかった頃、楽しくお唄を歌っていた2匹は聞いたことも無い澄んだきれいな音を聞いた。

  チンチリンチリリン

   ?……きれいな音がするテチ
   なんテチュか?あの音?

 山実装で15センチともなればそろそろ自立心が芽生える頃だ。
 ちなみに公園の野良仔だと20センチを越えたころから中実装病と呼ばれる馬鹿げた反抗期に入ることがある。
 おませな山仔姉妹は巣に逃げ帰らず与えられた課題に対し自ら判断を下して対応してみようとした。

 正体不明のモノに遭遇した場合、
 ①警戒する。
 ②正体を見極める。
 ③対象の危険性、有益性を判断し対処する。

 が、よりによって遭遇状況が悪かった。
 この時点で山仔姉妹はすっかり浮かれていた。
 気が大きくなっていた山仔姉妹はいきなり①の段階をすっとばしてしまった。


 好奇心は石を殺す。

 過ちを繰り返して成長するのが人間という生き物だ。
 だが実装石という卑小なナマモノにとって過ちは命の終わりであることが多い。



−− 11 −−


 食性が似通った実蒼石と実装石は自然界において激しい対立関係にある。
 野生の実装石と実蒼石の衝突は激しい闘争の果てに片方の死、稀に両者共倒れをもって終わる血生臭い結果になることが多い。(勝率はいわずもがな)
 そういった不倶戴天の関係と異なり山実装と野生実装紅の間には生態的対立点がほとんど存在しない。
 野生実装紅は茶葉を主食とする極端にニッチな食性を持つ。
 日本の生態系において対立する生物(一部昆虫を除く)は存在しないといって言ってよい。
 このように実畜無害な存在であるにも関わらず山実装は実装紅を好ましからざる隣人、疫病神として排除しようとする。
 この習性は人間の寵愛を求める嫉妬から飼い実紅(これは実装紅に限らない)を憎悪する野良実装の浅ましい性根とは行動原理が異なる。
 生存合理性を追求し無用な争いを避ける山実装がどうしてこのような行動をとるのか。
 それは野生実装紅が山実装にとって厄介な敵を呼び込む可能性があるからだ。

 誰でも知ってることだが犬と実装紅は非常に仲がよい。
 老いた捨て犬と実装紅が仲良く旅をする童話「茶葉をたずねて三千里」は子供向け絵本として人気がある。
 TVで毎朝放送している『今日のワン公』でも犬と実装紅が戯れる愛らしい姿はネタとしてしょっちゅう取り上げられている。
 迷い仔の飼い犬を探していたら公園で野良実紅の巣にちゃっかり居ついていたという話はよく聞かれる。
 野良実装の群れに襲われた実紅の悲鳴を聞きつけた近所の飼い犬達が鎖を引きちぎって駆けつけ糞蟲どもを皆殺しにしたという美談もある。
 この友好的な関係は実装紅が犬に対して親和性の高い友好フェロモンを分泌していることによって生じるものだ。
 実装紅にとって犬は優れたボディガードであり、便利な騎乗動物であり、暖かい布団である。
 犬にとって実装紅は視力を補ってくれる感覚器であり、間接攻撃手段を持つ乗り手であり、カテキンパワーで巣穴の衛生環境を整えてくれるハウスキーパーである。
 実装紅と犬との関係は古くから研究観察の対象となり、相利共生の典型例として中学校の理科の教科書にも載っている。

 野生の実装紅は野犬、特にシーズンオフの置き捨てにされた猟犬などを手なずけることがある。
 山実装にとって野生実装紅自体に害がなくとも彼女達が呼び込む危険な同居者が問題になる。
 肉食性が強く優れたハンターである犬は実装石にとってクマに勝るとも劣らない脅威である。
 そういう疫病神を呼び込まないために山実装はテリトリーに居ついた野生実装紅を執拗に追い出そうとする。
 もちろん直接対決すれば不利なので茶葉の茂る餌場や住処に糞便を撒き散らすといった嫌がらせが主になる。
 ちなみに公園の野良も近所に住み着いた野良実紅を排除しようとする際には似たような手段に訴える。
 ただしその行動が実装石に対する近隣住人の嫌悪感を煽りたて早晩自業自得な災いを招きよせることはいうまでもない。



−− 12 −−


 山仔姉妹の目は実装紅の金髪を飾る不思議なモノに釘づけになっていた。
 それは揺れるたびにチンチリリンと軽やかな音をたてる鈴だった。

   ステキテチュ… アレほしいテチ
   ほしいテチュほしいテチュ… 

 偽石に刻まれた山実装の蓄積記憶は野生動物に関する多くの情報とそれらへの対処法を山仔姉妹に与えていた。
 ただし実装紅についてはもともと天敵という観念が植えつけられていなかった。
 実装紅自体は捕食者ではないのだ。
 ママにしても先輩石から話を聞いていただけで実装紅を直接相手にしたことはなかった。
 必然的に胎教における重要性も低くなる、というか他に生きるに当たって重要なことがありすぎた。

 紅いのにはウンチで嫌がらせをする、これが山仔姉妹の脳におぼろげに刷り込まれた対実装紅用対処法だった。

 これに今まで培ってきた判断力、習得したスキルを応用すると・・・
 ①あのキラキラした髪にウンチを投げつけてやる
 ②紅いのが髪についたウンチを洗おうと川へ行く
 ③髪を洗おうとしてアレを外す
 ④隙を見てアレをこっそりもらっていく

 公園の野良仔と違って一応それなりの合理性を持つ作戦になっていた。

 これがシアワセ回路を発動した公園の野良仔なら・・・
 ①ウンチつけたらドレイテチ
 ②ドレイからミツギモノもらってやるチププ
 ↓
 現実は非情である。糞仔は悪即斬。一族郎党は連帯責任で連座獄門。
 これにて一件落着だぜヒャッハー、という黄金律になる。

   いそぐテチッ はやくウンチいっぱいするテチ

 鈴に目がくらんだ山仔姉妹はさっそくパンツを下ろしてうんうんプリプリウンチをすることにした。
 物陰からウンチを投げつけたらさっさと隠れて様子を覗うつもりだった。
 はやく、はやくあのチリリンを手に入れたかった。
 気が焦る姉妹の心はチリリンのことで一杯になっていた。

  チンチンチリリン

   あれれ??・・キレイな音がたくさんになったような気がするテチュ?
   きっとあのステキなモノがたくさんになったテチ!うれちいテチ♪ 
   

 チリリンの音が大きく、それに数が増えたような気がする。
 他にもチリリンをつけた紅いのがいるのかもしれない。
 2匹が喜び勇んでプリリムリムリプリリリとウンチをしていたらあたりが急に暗くなった。

   テェ?
   ・・・テチ?

 上から影が差していた。

 パンツを下ろして自由が効かない山仔姉妹が顔をあげた・・・・・・



 
 ・・・・・・… … … … 短い黒髪の生き物がそこにいた。

 熱い視線が山仔姉妹を見つめていた。

 凶悪な捕食者が歓喜の笑みをうかべていた。



−− 13 −−


   ・・・・草むらをかきわけて栃の実をゴソゴソ捜していたら思いがけないものを見つけた。

   うほっ!仔実装が2匹! 

   なぜかパンツを下ろしたまましゃがみこんでいた。
   目が合うとコテンと尻もちをついてへたり込んだ。
   這いずってヨタヨタ逃げようとする仔実装をふん捕まえる。
   掴まれた仔実装がチャーチャー暴れて手に糞がべったりついたが気にしてる場合ではない。
   結構大っきいぞ。やったーー♪



−− 14 −−


 よーくはれたーひーるーさがりーみずばーへつづくーみちー、を歩む親実装の足取りは重かった。
 ママといっしょにオセンタクテチー、おソラいいお天気テチュー 、とご機嫌な下の仔達はそんな親実装の心の裏など知らない。
 テチテチあっと言う間に水場についてしまった。

 谷川の岸辺の狭い砂利地に水を引きこんだ浅い水場があった。
 産まれてくる仔の産声を楽しみに親実装がせっせと整えた水場だった。

  「チャー おミズちゅめたいテチュー 」
  「テチュッチュ おクツぬれちゃったテチー」

 チャパチャパ水場を駆け回る仔を彼女は悲しい目で見つめた。
 それでも生きるべきものを生かさねばならない。彼女は意を決した。


  「ママが四女ちゃんのオフクをオセンタクしてあげるデス
   三女ちゃんはしっかり見てオベンキョウするデス」

 親実装は始末しても心が痛まない四女にまず実装服をぬぎぬぎするよう命じた。
 服を召し上げて中身はポイ。この地域に住む山実装なら当然の風習だ。

  「わかったテチ しっかりオベンキョーするテチ 」
  「わーいわーいテチュ オフクきれいきれいしてもらえるテチューン 」

 脳天気な四女と違ってマジメに返事をする三女を見て母の心は痛んだ。

  この仔を間引かなければならないなんて… こんなことなら最初から産んで育てるんじゃあなかったデス・・・

 そんな母心を逆なでするように実装服を脱いだ四女がぐずりだした。

  「ちゃ…ちゃぷいテチちゃぷいテチ ママ やっぱりオセンタクいいテチ
   ドロンコでくちゃいオネチャのオフクをオセンタクしてあげればいいテチ
   オセンタクはきちゃないニクタイロードーシャがすればいいことテチ

 そう言ってママの手に渡した実装服を取り返そうとクイクイ引っぱる。
 全く別の意味でココロがイタイ。
 こんなヤツは育てるべきではなかった。
 親指と一緒に産んだ時に川へ流しておくべきだった。

  「オネチャとちがってアタチのオフクはキレイキレイテチ
   うまれつきコウキなアタチはゲセンなオネチャとはちがうテッ?

 四女のさらなる糞蟲発言にナニかがプツンと切れる。
 もはや生かしておくべき価値もない。
 親実装は糞蟲の後ろ髪をむんずと掴むと谷川へ力の限りぶん投げた。


  「そ れ は オマエがグータラだからデスッ オマエはいらん仔デスッ

   ッチャァ?ァ!ァァァーーー・・・・ 
               トポーーン

 谷川に投げ落とされた四女がどっぷらどっぷら流れていく。
 それを見つめながらもなんというかまだ怒りが収まらない。


  「テ……?・・・・・・! イモウトちゃぁぁん!ママ?ママッ! なんてことするテチィー 」

 三女は急に激昂したママの過激すぎるお仕置きにあっけにとられていた。
 しばらく唖然としていたが、流されていく妹を追いかけようと谷川に駆け込んだ。
 しかし脚元のおぼつかない仔実装のこと、すぐ流れにアンヨをとられてすっ転んだ。
 浅瀬の早い流れが三女をコロコロと転がしていく。

  「テチャッ! テェェェーー!テップテェェップ ママーママーたぁちゅけテェェェェェェ・・・


                       ・
 
                       ・

                       ・


−− 15 −−


   コイツらが栃の実をかすめてたわけか。
   この償いは肉(カラダ)で払ってもらうぞ♪

   「「テェェェェン!!チュワワワァァァァァン ヂュァ゛ァァァァーー!!」」
 
   両手に掴んだ山仔が逃げようとイゴイゴ暴れる。  
   プクプクとしっかりよく育った秋仔だ。
   活きがいい。秋の間引き仔ではないな。
   たぶん山実装が群れから離れた『お山流れ』の仔だろう。

   『お山崩れ』、『お山流れ』というのはほぼ同義の言葉だが、若干ニュアンスが違う。
   群れから離れ、定住地を求めて流浪する「はぐれ山実装」のことを『お山流れ』、それが山から人里に現れると『お山崩れ』と呼ぶ。
   奥山はたいてい他のコロニーの縄張りだから「はぐれ山実装」はたいてい里山に下りてくる。
   田畑の実りに誘われて下りてくる(そして美味しく食われる)連中が大半だが、そのまま里山に居ついて人里に下りてこない石もいる。
   越冬の失敗や狩猟によってあるエリアの山実装コロニーが消滅すると、こういう『お山流れ』一家が山実装に返り咲くことが多い。
   実装生態学者の研究によると「はぐれ山実装」というのは山実装にとって一種の保険の役割を果たしているそうだ。
   単独で群れを離れる彼女達の存在によって全滅リスク回避、コロニー空白地帯の速やかな回復が見込まれる。
   それに加えて新しい生存圏拡大の役割も併せ持つ。
   山中にはこういうどっちつかずの連中がそこそこいる。
   だから『友狩り』のような根こそぎ猟をしても地域の山実装が根絶される心配はない。


   とりあえず谷川へ出て糞まみれなった手とコイツらを洗うことにした。
   チャーチャー元気に暴れる山仔実装を川の水に浸け、水の中で潰さない程度にギュと握りこむ。

   「「テペッ ヂョワ゛ワ゛ワ゛ コ゛ポコポゴポ …・・・ 」」

   仔実装が口から泡、尻から糞を噴き出してパタパタ暴れる。
   何度かこれを繰り返すとさすがに元気な山仔もグッタリとおとなしくなった。
   その間、ジュンとクリにはその辺で親がコソコソしていないか注意させている。
   間引き仔でないなら仔実装だけで山中を動き回ることはあるまい。
   親がいるか、それとも巣がよっぽどこの近くにあるかのどちらかだ。

   コイツらに巣を案内させれば親姉妹も捕まえられる♪
   ジュンの実紅用リンガル(機種Ai5RR)を借りて山仔を尋問してみることにした。
   最近の機種はおまけ機能でも各種実装種の基本翻訳くらいはしてくれる。

   「「マmアー!ー! タbrあレチャうテチyーぁー た血ュKtちタt>ッコわeテエEェェェn!」」

   だがこれは案外うまくいかなかった。
   方向や距離感覚の言語表現は人間の幼児が相手でも難易度が高い。
   まして相手は泣く仔で実装。
   それに実紅用リンガルの付属機能程度だと山実装特有の方言が翻訳機能の手に余った。
   実装生物であるクリに通訳させてもみたが芳しくない。
   よくやるようにいったん解放して巣を突き止めようかと思ったものの、万一見失ったりして逃げられたら大損だ。
   山の2石より鍋の1石というからな。
   なんとか巣が川上の方にあるらしいということだけは読み取れたので持ち運び用下処理を続ける。


   服を剥いでパンツをへっぺがす。
   腹の内容物をきっちり抜いておかないとナップサックの中が臭くなる。
   尻穴に指を突っ込んで広げると2匹とも身悶えして テ!…ッ チ ゥ・・ と気色悪い反応を返してくれた。
   広げた尻穴から糞袋に谷川の冷たい水を注ぎ込んだら逆さにしてシェイクシェイク。
   今度は口からもエレエレと喰ってたモノを吐き出した。
   また洗わなきゃならん。水道がないと糞抜きは手間がかかる。

   応急糞抜きが済んだら後ろ髪を使って2匹を69の体勢でしっかり結びつける。
   こうしておけば何かあっても自力では決して逃げ出せない。
   獲物をナップサックに入れ、川上の方へ行って見ることにする。



−− 16 −−


          ェェェェ・・・ ママー マ マァ ァァ・・ ァ ・・ ・

                       ・
 
                       ・

                       ・


  これで… よかっ た デス  ・・よかっ た ん デ ス

 オウチに戻る親実装の足取りは重かった。
 手には一着の仔実装服を抱えていた。
 予定通りきっちり2匹とも間引いたといえる。

 だがあの時、親実装はとっさに川に駆けこんでいた。
 さっきまで三女を間引くつもりだったこともすっかり忘れていた。
 助けを求める我が仔を掴もうとオテテを伸ばしていた。
 三女も必死でママのオテテをつかもうとした。
 しかし、なんとか掴んだオテテはつるりと滑り、三女は深みに沈んで見えなくなった。
 親実装にはその時触れた三女の温もりがまだオテテに残っているように感じていた。


  でも・・・本当にこれでよかったのデスか・・・

 この巣穴に落ち着く前、仲間達と別れてすぐの頃。
 親実装は一度勇気を出して人里に下りてみたことがあった。
 そこは目も眩むような豊穣の大地だった。
 山から見下ろした人里にはニンゲンの餌場が広がっていた。
 あちこちに赤いアマアマの実が鈴なりに実っていた。


   いっぱいあるデスー あそこからたんまりゴハンをいただいてやるデスーーン♪

 しかしその淡い期待はじきに恐怖にとってかわられた。
 人里に近づいていこうとした矢先、シイタケのほだ木が整然と並べられた雑木林で彼女はニンゲンという生き物を初めて間近に見た。
 それはまさしく仲間から伝え聞いていた禍々しいアクマの姿であった。

 想像していたのと違ってニンゲンには鋭い牙も長い爪もなかった。
 しかしその凶悪さは即座に理解できた。


               デェェェンデェェェンデスーデスデスゥゥゥ デギャァァァー  
                     ハララケーハタラケーセッセトハタラケェェーー

 服を奪われ首に鎖をかけられたドレイ石達がせっせとドングリを拾わされていた。
 ちょっとでもオテテを休めたドレイ石は短気なアクマに鞭打たれて泣き叫び転げまわっていた。
 ドングリを盗み喰いしたドレイ石は凶暴なアクマに下アゴを引きちぎられた。
 デスデス泣き言を言ったドレイ石はアクマに付き従う実蒼石にハサミで舌をちょん切られた。


 ドレイをこき使う習慣が無い山実装の彼女にはあれだけ巨大で力強いニンゲンがドレイ石など使う理由が理解できなかった。

  あんなに力があるんなら自分で働けデス・・・

 豊かな大地と豊穣の実りを独占し、なお満足せず山の実りをも奪い尽くそうとする強欲さ。
 巨大な体躯とその力で弱いものを支配し酷使し蹂躙し情け容赦なく搾取する冷酷残忍ぶり。
 まさにアクマ。
 ほだ木の影で彼女は震えあがった。
 彼女は恐怖に駆られ一目散に山へ逃げ戻った。


 あれからは二度と人里に下りようとしなかった。
 この住み心地のよい安全な場所で仔供を産み育てることにした。

 本当にそれでよかったのか・・・
 群れをこっそり離れる時、危険は覚悟していた。
 それなのに間近で見たニンゲンの恐怖にすっかり脅えてしまった。

 もっと勇気を出していればどうなっていただろう。
 ニンゲンの餌場には溢れんばかりの食べ物がある。
 あそこでゴハンにありつくうまい方法を見つけてだしていれば・・
 三女ちゃんを間引かずにすんだかもしれない。

 今さら埒も無いことを考えながら彼女はトボトボとオウチにたどり着いた。



−− 17 −−


   川岸を歩いているとテェェェェンチュゥゥゥゥンテチコーーーンと仔実装の鳴き声が聞えてきた。
   どこだ?どこにいる?

   「あっ あそこ」

   キョロキョロしていたらジュンが川の中ほどに仔実装がいるのを見つけてくれた。

    テェェェェン テチチチャァァァン テチコーン テチコーーン

   沈んだ倒木から突き出した枝に2匹の仔実装がしがみついて鳴いていた。
   1匹は何故か服だけ無い裸だった。
   パンツと実装靴だけはいている。
   なんとなくリンガルを見ると《チベタイテチュー チンジャウテチャァァァ タチュケテェェ ダレ カ タチュケテェェェェー 》と翻訳されていた。
   もっともあの切羽詰った様子ならリンガルなぞ見なくても言いたいことはわかる。

   困った。今日は長靴で来ていない。
   それに長靴でもあそこはちょっと深みの向こうにある。
   食意地をはって溺れでもしたら村の物笑いのタネになるわ。

   その辺に長い木の枝でもないかと探したが、そう都合よく落ちていなかった。
   どうしたものか。

   ボチボチ考えていると、ふとクリのツインテールが目についた。

   実装紅のツインテールの稼動範囲は体長の3倍程度、成体なら約1.5メートル半径とされる。
   この範囲ならかなり自由自在に、なんというかイカの触腕のような感じで器用にコントロールしている。
   もともと武器というより高い位置にある茶葉を摘むために適応したものだ。
   これがもっと伸びないかというとそうでもない。
   ただ伸ばしすぎると一度完全に巻き戻すまでコントロールしにくくなるらしい。
   だから適当に加減しているだけでその倍、約3メートルくらいならギリギリ届くようだ。

   ちょっと距離が足りないかもしれないがクリに頼んで獲ってもらうことにした。
   クリは仔実装にしがみつかれたら髪が糞で汚れると嫌がったものの、それなら今日は一番風呂に入れてやるという条件で承諾させた。
   いつもは残り湯を張ったタライで行水だからな。今日はシャンプーも(男用安物なら)使っていいぞ。

   オレとジュンはいったん茂みに隠れ、クリだけ川辺に送り出す。
   山実装と実装紅は決して仲がよい関係とはいえないものの、人間のオレ達よりよっぽどマシだろう。
   人間だってイルカならともかく人喰いザメにおいでおいでされて背に乗るバカはいない。(それをしてしまうのが野良クオリティ)
   向こうも本能で実装紅が実畜無害な生き物だとわかるようで目論見どおりチューーンチュゥゥゥン媚び声をあげて助けを求めてきた。
   さぁ仔実装ちゃん おいで〜♪おいで〜♪

   スルスルとクリがツインテールを伸ばすと、まず裸の仔実装がチューンと鳴いて飛びついてきた。
   うまく髪先にしがみついてくれた。よしよし。
   距離が有るので仔実装の重さを支えきれず髪ごと水面についたもののそのまま引きずって岸まで引き寄せた。
   まず1匹ゲット。

   次にもう1匹の仔実装を獲ろうとクリがツインテールを伸ばした。
   ところが濡れた実装服を着ているぶん重さがあって動きが鈍ったのかもしれない。
   髪先ちょっと手前で届かずポチャンと落ちてしまった。

   ああっ!

   クリが巻き戻したツインテールを伸ばした時には既に遅し。
   仔実装はテップテップともがきながら流れていってしまった。
   あぁ… もったいなーーい



−− 18 −−


 ノロノロとした歩みで巣穴に戻った親実装であったが、長女と次女はまだ戻ってきていなかった。

 おヒルのゴハンの時にはあんなに賑やかだったオウチがガランとしている。
 巣穴の片隅に三女が土を掻き出すのに使っていた小石が転がっているのが目に入った。
 三女は家族のためにオウチをひろげようと小さな体でせっせと頑張ってくれていた。
 よく見ると先が磨り減った石器の持ち手にはうっすらと滲んだ血の跡がある。
 親実装はそれをオテテにとり働き者だった三女の笑顔を思い出した。

   これで… よかっ た デス・・・
   ママは泣かないデス
   ゆるしてとは言わないデス
   ママはオニにもアクマにもなってやるデス
   長女ちゃんと次女ちゃんはママがゼッタイ守るデス
   もし次女ちゃんのゴハンが足らないなら
   どんなにコワくてもニンゲンのゴハンをぶんどってくるデス
   もう逃げないデス
   三女ちゃんはオヤマのカミサマのところでゆっくりお寝むするデスゥ
   ポカポカの春になったらまた元気に産まれてくるデス……


 不本意ながら間引いてしまった三女の尊い犠牲へ報いるためにも親実装は心を引き締め決意を新たにしていた。
 この時点で長女と次女が人間に捕獲されてしまっていることなど彼女が知る由もない。



−− 19 −−


     … もったいなーーい……

    ダワワァァァ

   ミスしたことでクリもすまなさそうにしている。
   いや、いいんだ。
   クリのお陰で1匹獲れたんだ。ありがとう。
   無くした仔より確保した仔実装のことを考えよう。

   クリの足下にいる仔実装は姿を現したオレ達を見てチュェェ!と悲鳴をあげた。
   ヨチヨチ逃げようとしたもののクリがツインテールで脚をひっかけてチョイと転ばせる。
   それでも四つんばいでハイハイ逃げようとする仔実装をヒョイと捕まえた。
   手の中で仔実装がチョワァーチュワワァァァンと弱々しく暴れる。
   12センチくらいか、さっき捕まえたのより少し小さい。
   それに体が冷え切って疲れているので動きが鈍い。
   これなら使えるな。

   仔実装の後ろ髪にジュンがつけていた鈴(100円ショップの安物)を結んで放してやる。
   オレのはちゃんとした真鍮製で重いし、それに高い。無くしたら損だ。
   チリコロ音をたてる鈴を追っかけて棲家を突き止めることにした。


−− 20 −−


   テュェェン テェェェン コワイコワイが追っかけてくるチュワワァァァァァァァン
   たべられちゃうテチュゥゥゥ たちゅけテェェェ ママァァァ オネチャァァァー

 巨大な捕食者に追われる恐怖に駆られ、無我夢中で逃げ惑う仔実装。
 いつも留守番組の四女は巣穴から遠出したことがなかった。
 せいぜい水場までの道を往復するくらいだ。
 だがそんなグータラで糞蟲な四女にも野生に生きる山実装の血が確かに流れていた。

 遠くに見える山の稜線。
 木々の植生パターン。
 流されてきた川の流れ。

 四女自身が意識していなくとも、こうした生存に役立つデータは無意識部分へしっかり蓄えられていた。
 このデータを基に山実装の帰巣本能は四女を安全な(はずの)巣へ向かうルートに導いていた。
 それは四女が低能なアタマで下手に考えるよりよほど正確だったであろう。
 しかし本能はそれが最悪の捕食者を巣へ招き寄せることなど全く教えてくれなかった。



−− 21 −−


   そうら 仔実装ちゃん つかまえちゃうぞー まてまてー

   テェェェン テェェェン チュワワァァァァァァァン 
                 チリンコロンチリンコンコロロン

   泣き声と鈴の音を響かせながら裸の仔実装が逃げていく。
   おーおー。家畜の食用仔実装と比べれば早い早い。
   ミドリガメの子亀の全力疾走くらいの勢いだ。
   もっとも山仔といってもしょせんは仔実装。小鳥や野ネズミのような敏捷性など望むべくも無いがな。
   なんといっても障害物を越えていく登攀能力が無さ過ぎる。この点はカメと一緒と言える。

   しばらく追いかけると川辺を離れ山手へ向かっていった。
   ここは実装石が水辺に通う獣道というか石道なのかもしれない。
   山仔の中には巣の位置を突き止められないよう帰り道をずらす冷静な賢い仔もいる。
   選別された仔が教育を受けるとだいぶ小賢しくなるんだが、あの泣き喚きっぷりを見ると大丈夫だろう。

   途中で混みいった灌木の茂みへ入ったのでそこはクリに追いかけさせてオレ達は迂回する。
   蔦も絡まっていて人間はちょっと通れそうにない。
   だいぶモタモタしたものの、クリの金髪が目立つので助かる。   

 

−− 22 −−


   それにしても帰りが遅いデスね・・・


 コロコロの実を拾いにいった長女と次女がなかなか戻ってこない。
 水場で洗ってきた四女の実装服を近くの木にひっかけて干していた親実装は心配になってきた。
 慣れた近場だから大丈夫だろうと送り出したものの、勝手に遠くの餌場へ行こうとして迷子になってやしないか。
 何かの拍子に怪我でもして動けなくなってやしないか。
 まさか今日に限って危ない天敵がいて襲われていたならどうしよう……・・  (※大正解♪)
 だんだん不安がつのってきた親実装が迎えに行こうとしたその時。
 山とは反対側の水場側の草むらからガサゴソと音がした。

   デェ?・・・ そっちから帰ってきたデ

            ・・…… テェェェンテェェェン チュウウ!テチュウゥゥゥン やっとオウチが見えたテチュゥゥゥン たちゅけテェェーー ママー ママァー


                    ス?……

 甘ったれた忌々しい声が聞えた。
 大きい仔たちじゃなかった。
 きっちり始末したはずの四女が戻ってきた。

  !?…… なぜ?!

 それに加えてワケがわからないことに、四女は実装紅に追っかけられていた。


 遠目に実装紅を見かけたことは何度もある。
 紅い服、ピカピカの髪はオヤマでよく目だった。
 オヤマのコワイコワイの目を恐れもせず、これ見よがしに動き回る実装紅がフシギでならなかった。

    なんでデスゥ? あんな格好してたらあっという間にコワイコワイのゴハンにされてしまうデス

 生まれた年の夏、物知りだった2つ歳上の姉サマが教えてくれた。
 紅いのはフコウを連れてくるヤクビョーガミだと。

    あれに関わるとフコウになるデス
    だからオヤマのコワイコワイも恐がって近づかないデス
    紅いのは薄汚いガウガウをゲボクにするヤクビョーガミデス
    だからヤクビョーガミがキンジョに住み着いたらウンチを撒いて追っぱらうデス
    でないとミンナがフコウになっちゃうデス

 冬を前にしてキツネに襲われ貪り喰われた姉サマはそう言っていた。


 それにしても……

   ・・・デググ ホントにヤクビョーガミ デスゥ

  ヤクビョーガミが厄を連れてきた。
  いらない仔が戻ってきた。
  どうせなら三女ちゃんを連れてきてくれればよいものを・・・
 
   ママー!はやくたちゅけてママー あっ!アタチのオフク オフクがあるテッチューン 
   テヒーテヒー もう安心テチィィ ママがっ! ママがオマエらなんかやっつけてくれるテチュー!


 ママと自分の実装服を見つけた四女が大喜びでヨチヨチ駆け寄ってくる。
 実装紅の戦闘能力については昔の仲間達から聞いていた。
 とにかく山実装ごときが1対1で太刀打ちできる相手ではない。
 ツインテールをかいくぐって懐に飛び込めなどという生兵法は無駄無駄無駄である。
 以外にも実装紅は殴り合いにも長けたパワーファイターだ。 


   ア… あぁぁ あ のバカァァァッ!
   かってなコトをほざくなデスゥ!!

  それともあのバカ野郎が実装紅の機嫌を損ねて怒らせたのか?
  まったくどっちがヤクビョーガミなものやらデス!

 頭に血が上った親実装は糞仔を蹴り飛ばしてやろうと身構えた。

   ママァァァ 怖かったテチュー はやくコワイコワイをやっつけテベッ?!★?!☆?!?!

             おまえ は  い ら ん 仔 デスッ!!!!  

 煮えたぎる怒りに任せ脚元まで駆け寄ってきた四女を全力で蹴っ飛ばす。
 吹っ飛んだ仔実装は追いかけてきた実装紅の顔面にホ゜カンとジャストミート。
 
   ダワワッ?!
       チュベッ



−− 23 −−


    デスデスーー!デジャァー!!
    ダワッ?!ダワワダワワワーー?!

   茂みの向こうから山実装の威嚇声とクリの悲鳴が聞こえてきた。
   山実装が仕掛けたトラップにでも引っかかったのか?
   主に実蒼石対策として山実装が落とし穴のような単純なトラップを仕掛けることはよく知られている。
   クリの悲鳴にジュンが心配して駆け出した。

 

−− 24 −−


 すっ飛んでいった四女がぶつかった実装紅が引っくり返った。

  !……チャンスは今しかないデス!!

 手近に転がっていた石を拾って実装紅にブンブン投げつける。

   出てくデスあっちいけデスーー!
   オマエはココにいちゃいけないソンザイなんデジャァー!


 石をぶつけられたヤクビョーガミが悲鳴をあげて蹲った。
 顔に半ば潰れた四女が張りついて周りが見えてない。

   ダワッ?!痛いのダワワなんなのダワワワーー?!

   ウラミはないデス
   でもヤクビョーガミは追っ払わなくちゃいけないデス

 たたみかけるように石や木切れを手当たり次第投げつけた。
 冬越えの穴を奪ったクマだって別にワタシ達にウラミがあったワケじゃない。

   仔供たちのミライはワタシがまもるデス
   ぜったいワタシの仔供たちをフコウにはさせないデス!
   ママはオニにもアクマにもなってやるデスッ!!

 もう適当な石がない。
 近くに転がっていた大きい石を叩きつけてやろうと両腕で持ち上げた。

 その時・・・ 何かが現れた。


   デッ?!・・・ お・・? 大きい・・・コレはなんデス?!
   ァ・・アクマ?!



−− 25 −−


   茂みの向こうにクリが倒れて蹲っていた。
   デスデシャ叫びながら無我夢中で石を投げつけている実装石がいる。
   血相を変えたジュンがクリを助けようと駆け寄る。

   おや…?・・・変だな?
   相手が子供だろうと人間と実装石の体格差は歴然としている。
   普通の山実装なら人間を見たらとっとと逃げ出す。
   というか普通の小動物ならまず逃げる。
   なのに意外なことにクリに怪我をさせた実装石は威嚇顔のままジュンに立ち向かってきた。
   デジャァアア!と大声で鳴きながら持ち上げた石を叩きつけようとノコノコ近づいてくる。

   コイツ、バカなのか?



−− 26 −−

   
   闘ってやるデス! ママは、ママはもう逃げないデス!
   仔供たちのためにゼッタイ勝ってみせるデス 

 彼女は勇気を振り絞ってニンゲンを睨みつけた。
 ヤクビョーガミが呼び込んだ災い。
 彼女達山実装にとって最悪の災厄。
 しかしそのアクマの姿は前に見た時よりもずいぶん小さく見えた。

   か、勝てるデス
   あの時のワタシとは違うデス    
   敵が小さく見えるってことは
   ワタシが勝つってコトなんデジャァアア!


                       ・
 
                       ・

                       ・


                    んなわきゃーない
            全てはシアワセ回路がもたらしたバラ色な妄想である。



−− 27 −−


   なんか知らんが逃げようとせずわざわざ近寄ってきてくれた山実装をぼてくりまわして捕獲する。
   つっかまえた♪つかまえたー♪おいしい山実装ゲットー♪



−− 28 −−


   ァアア! ・・・・ァ・・? ア?・・ ・・・・・・… … …・・・  

 彼女は立ち竦んだ。

 目の前のアクマの後ろからさらに巨大な影が姿を現したのだ。
 そこにいたのはまさしく下界で見た禍々しいアクマの巨体。大地の豊穣を独占する地球の支配種族。
 山の実りどころか自分達山実装の血肉をも喰らい尽くそうとする強欲の顕現。
 『 ニ ン ゲ ン 』。その真の(=成人男子の)姿であった。


 うろたえた彼女の眼前に駆け寄ってきたニンゲンの靴底が迫る。
 持ち上げた石ごと彼女は踏み躙られた。
 そして大小の、いや巨大と大のアクマが手にした棍棒(杖)に打ち据えられた。

   ジャァァァッ!ジャァァアアアッ!!

   負けるものかっ…… 諦めるものか・・・ 

 だが、そんな実装石の決死の覚悟なんぞ歴然とした体格差の前には空しかった。(しかも2対1)
 食うものと食われるものの間には絶対的に乗り越えようがない壁がある。
 弱肉強食。大自然の摂理の前に彼女は膝を屈した。
 それどころか執拗に手脚をへし折られ、ご丁寧に腰骨まで砕かれた。



−− 29 −−


   クリは怪我していたものの思ったよりたいした傷じゃなかったようだ。よかったよかった。
   半ば潰れて痙攣している裸仔実装も生命力の強い山仔だけあってちゃんと生きていた。よしよし。

   クリの話だと、いきなり顔面にあの仔実装が飛んできて不覚をとったらしい。

   ・・・なんつーことをするヤツだ。
   きっと仔にあまり愛情のないバカ親だったんだろう。
   だから仔実装だけで餌集めに送り出したり、自分の仔を飛び道具にできたんだな。
   身の程知らずの阿呆でこんなマネをしでかすところを見ると群れを追放された屑個体かもしれん。
   まぁ山実装のお家事情など解らんが、こっちはおいしいお肉が食えればそれでいい。

   捕まえた親実装を川辺で糞抜き処理する。
   仔実装と違って大きいから深みに沈めないといけないしだいぶ手間がかかる。
   親実装はオレのナップサックに詰め、仔実装3匹はジュンにかついでもらうことにした。
   縛った仔実装をジュンのナップサックに詰め代えようとしたら、グッタリしていた親実装がでかい喚き声を上げた。
   まだそんな元気があったのか。活きのいい山実装だ。



−− 30 −−


   デェェ…ェ・・

 痛みにあえぐ彼女をニンゲンは水場へ引きずっていった。
 そして情け容赦なく水責めされてハラワタの中まで蹂躙された。
 普通の捕食者ならこんな無駄なことはしない。
 獲物をさっさと殺して肉を貪り喰うだろう。
 だがニンゲンだけは違う。
 彼女は仲間から伝え聞いていた残忍冷酷なアクマの恐怖を思い出した。

    ニンゲンに捕まるくらいなら谷底に身を投げるデス
    アクマが大好きなのはワタシ達のオニクだけじゃないデス
    ワタシ達にイタくてアツくてとってもクルしいクルしいことをいっぱいするデス
    それがヤツらの楽しみなんデスゥゥゥ

 話半分に聞いていた悪夢がそれ以上の現実であることを理解するのにさほど時間はかからなかった。
 せめて彼女はこのおぞましい運命に愛する長女と次女を巻き込まなかったことを喜んだ。
 ジゴクの責め苦も糞蟲の四女と自分だけが受ければいい。
 長女と次女さえ生き延びてシアワセになってくれれば・・・

 だが・・・陰湿なアクマはさらなる絶望を彼女の眼前に突きつけてきた。
 まるで彼女の絶望を嘲笑いたいかのように。
 ニンゲンが背にかついだ袋のなかから「何か」を取り出した。


   テェェ…マ ・・マ…
   テ チュ・・ケ テ…ェ …

 全てに代えても守ると誓ったはずの仔供達の声。
 服を奪われ激しい拷問を受け辱めの緊縛までされた愛する娘達の痛ましい姿であった。
 彼女は全ての希望が打ち砕かれたことを悟った。


   デ・・・ テ ゛ シ ゛ャ ァ ァ ァ ァ ア ア アァァァ……・・・


 最後の力で母は吼えた。

 冷たく非情な運命を呪うように吼えた。



−− 31 −−


   本命も捕まえたし、このまま帰ってもいいが、せっかく来たんだから巣穴を探すことにする。
   どうせそう遠くじゃあるまい。 
   案の定、親実装を捕まえた場所のすぐ側に元は炭焼き窯だったらしい巣穴を見つけた。
   一応のカモフラージュはしてあったが、濡れた仔実装服が近くの木の枝に引っかけてあったから台無しだ。
   なんともマヌケなヤツ。
   それでも巣穴自体は人工物をうまく利用したしっかりした構造になっている。
   中に仔実装が隠れていないか覗いてみた。あまり奥は深く無さそうだ。
   杖を突っ込んでみたが手ごたえなし。
   クリに中の様子を探ってもらったもののめぼしい物は何も見つからなかった。

   しかしいくらバカでも冬を前にして食い物を貯めこまない山実装がいるはずがない。
   周囲を調べてみると予想通り越冬食料を貯めた穴を何箇所か見つけた。

   たくさんのドングリの中に丸っこい栃の実や栗が混じっている。
   雑多な木の実を選り分けるのは面倒なので全部レジ袋にとって入れておく。
   他にもあるかもしれない。
   各自分かれて探索を続けることにした。

   「あっ!とうさーん」

   ジュンのやつが何か見つけたようだ。
   こういう時に視点が低い子供はうまく役に立ってくれる。
   行ってみるといろんな蛾や昆虫の蛹がたくさん詰めてある穴があった。

   お でかした

   「 … え ゛ ?」

   裏返ったおぞぞ声でジュンが呻き声をあげた。
   どうやら虫の蛹を食べるつもりかと勘違いしたようだな。

   バカ! こういう餌穴にはアレがよくあるんだ アレが♪

                       ・
 
                       ・

                       ・
     

−− 32 −−


   実装石の親、仔、越冬蛹の三点セットが揃ったら、ジソ汁しかあるまい。
   久々にフルセットの山ジソ汁だ。
   疲れているが気合を入れて作ろう。

    ※ジソ汁の概念と作り方はmyスク『家族の温もり』(sc1358)を参照のこと。
     文末にオマケとして付記

   クリと一緒にさっさと風呂に入ろうとしていたジュンを呼び止める。
   おいコラッ お前らも手伝わんかっ ・・・たく

   まず親実装の全身を適当に痛めつけてから血を搾り出す。
   ただこの時点で偽石摘出処置をしてしまうと血の成分効果が落ちる。
   だから間違って殺してしまわないよう適当な手加減が必要だ。
   こうして搾り出した血には肉体の再生に必要な成分が偽石と体組織からたっぷり染み出している。
 
   血抜きをした親実装は後で偽石を抜いてしばらく肉を締めることにする。
   コイツはこの秋の初物だからめでたい正月料理に使ってやろう。

   次に糞抜きした仔実装を親の血に浸してじっくり丁寧に潰していく。
   ジソ汁に使う仔実装は偽石摘出処置をしないので素材そのものの生命力が命。
   産みの親の血に浸すことで仔実装だけで潰した普通のジソ汁よりさらに味の深みが出る。

   祖父の代から使ってきた年季の入った石臼で仔実装をトンツクトンツク叩いて潰す。
   餅つきや栃の実を潰す時には重い杵を使うが、ジソ汁の場合軽くて扱いやすい麺棒で充分だ。
   仔実装の悲鳴と肉体が小さくなるのに反比例してだんだん肉汁が色濃くなっていく。

   外を見るとジュンは石釜に火を熾し、クリはザルを井戸の流しで洗っている。
   あの子も知らん間にずいぶん成長したもんだ。
   以前は燻ぶるばかりで見てられなかった火熾しが今はちゃっちゃと手際よい。
   その様子を見ていると昔々弟妹達と騒ぎながらジソ汁作りを手伝った日のことを思い出した。
   いつかジュンもこの石臼で子供と一緒にジソ汁を作る日が来るんだろうか。
   土間に差し込む薄ぼんやりした夕暮れの陽が物憂い。
   しばらく手を休めて過ぎた日の感傷にひたっていた。

  

−− 33 −−


   ……コ …r ・・ハ  ユ …・・メ dス ゥゥ・・・


 ずっと伝え聞いてきたアクマ、思い描いていたアクマは恐ろしい姿をしていた。
 現実のニンゲンにはゴツい角も鋭い爪も牙の生えた顎もない。
 しかしその邪悪な魂は外見を遙かに上回る悪鬼そのものであった。

 ニンゲンの館で彼女はまず鉤に吊り下げられた。
 そして既にボロボロに砕かれた全身をさらに棒で打ちすえられ、全身の血を抜き取られた。
 苛烈な拷問を受け息も絶え絶えの彼女にはもうピクリとも動く力がなかった。

    ・・・ア苦マ…だ・ 好き…・・オ二 ク……じゃ‥
     イ 夕く て  ・・ぁ ッ < ・ ルし  こ・・いっぱイ
   ヤツ らのタ ノ死みな…ん ‥

 全身を苛む激痛と苦悶の中、現在と過去、現実と夢想の挟間すらわからなくなっていた。
 そんな彼女の目の前で酸鼻極まる光景が繰り広げられていく。
 己が血の池に浸された仔供達がジワジワとなぶり殺しにされていく。
 トンツクトンツクトンツクトンツク…… と、オテテとアンヨを砕かれ、絶叫をあげる肉袋になった娘達。

   「「「イィタイイ タ ィーママ テチュけママアーチ゛ュアアアビァビャテェェキョピャたすケチュギャァァァァァァァァアアア・・・

 助けを求め泣き叫ぶ娘達をニンゲンは嬉しそうにゴリゴリとじっくり時間をかけて念入りにすり潰していく。
 なかなか死ねないように、もっともっと苦しむように・・・
 最悪の悪夢も及ばぬ現実を前にして、彼女はただ呆然としていた。


   z ゛・・ nフ ゛ わ ノレヰ ユメな んデ sゥ……


 彼女は知らない。
 この後、彼女自身に待ち受ける運命を。

 まず偽石摘出処置を受けてから熱湯をかけられ生皮をはがされる。
 粗塩、コショウ、ローズマリー、セージ、タイムをまぶされラップにくるまれ重石を載せて冷暗所にて一週間塩漬け。
 取り出してから今度は水に浸して表面の塩を3日程度塩抜きする。
 吊るして風乾した後、半月程度かけてじっくり燻煙。
 スモークサーモン作りのような15℃〜30℃といった低温の煙で長期間燻す燻煙法を冷燻という。
 本格的冷燻は温度と燻煙の管理が大変な作業だが、普通の食材と違って完成まで腐る心配がない実装石の場合は手間がかからない。
 ヒマな時に食材を焼き殺さない程度の軽い温燻を何度も繰り返してかけてやればいい。
 だいたい偽石が砕けるまで熟成させたら出来上がり。

 正月料理の御馳走として生まれ変わった彼女は両手に日の丸の扇子を広げたポーズで正月客の目と舌を喜ばせることになる。


 彼女の魂が先に逝った娘達と再会できるにはまだまだ当分時間がかかりそうだった。



−− エピローグ −−


 朝もやに陰る川辺にたたずむ1匹の実装石がいた。
 彼女は村人の手による一斉駆除からただ1匹生き延びた郷実装であった。
 天敵、特に人間に見つからないようコソコソと川に近づく。
 彼女は川の石の間に挟んだ空き缶を取り出して中を確認した。
 缶の中には枯草が丸めて突っ込んであり、夜の間にカワムシやカワニナ、運がよければ小エビや小魚が入っていることがある。
 あいにく今日の収穫はなかったようだ。
 缶で川の水をすくって飲んだ後、元の場所に仕掛けを戻す。
 その辺の石ころを転がして石の裏にいるカワムシを探していた彼女の目に何かが目に止まった。
 川岸の砂地に仔実装が倒れている。
 急いで駆け寄った彼女はすっかり冷え切ったその仔を抱き上げた。
 まだ息がある。うっすらとまぶたをあけ小さな声をあげた。


   … ・ ・ テ… …ェ  … ・・ ・


                           << 続くかも・・・ >>



−− 終わり −−


オマケ ジソ汁の作り方 (myスク『家族の温もり』(sc1358)より)

 ジソ汁の作り方は川ガニ(モクズガニ)のガン汁と大差ない。
 臼で全身を潰した仔実装の身を水で1:1に薄める。
 そして金ザルで濾してザルに残った固形の滓は捨てる。
 間違っても汁のほうを捨ててはいけない。

 次に越冬蛹を割り、クリームペースト状の中身を肉汁に溶かし込む。
 越冬蛹に含まれる実装組織溶解成分(実装トロリの主成分)が実装蛋白を変質させ独特のまろやかな舌触りにしたててくれる。
 肉汁全体がトロリと変質したら醤油で味付けして火にかける。
 最初に塩分を入れないとうまく蛋白質が固まってくれないからだ。
 火にかけているとだんだん豆腐のように固まってくる。

 火を止めたらポカポカのジソ汁の出来上がり。
 ちゃんと越冬蛹を入れたジソ汁はカニミソやエビミソに貝類のエキスを足したような濃厚な風味になる。 
 小さくても越冬蛹がジソ汁のキモだ、これを入れないとモロモロした醤油味実装肉汁にしかならない。
 ちなみに越冬蛹は蛹化する直前に体内の老廃物を完全に排泄するので糞抜きの手間がいらない。
 これは仔実装に変態するまでの長い期間を老廃物の悪影響から守る生理代謝だ。

 さらにこだわるなら仔実装を水でなく親の血に浸して再生力を上げてじわじわ潰していけば最高のダシが出る。
 だが家庭料理でそこまで贅沢は言うまい。
 血縁の姉妹でまとめて潰せば同じような効果がある。
 なお越冬蛹も血縁の蛆実装の蛹を使った方がよい味になると言われている。



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1 Re: Name:匿名石 2023/07/05-22:52:48 No:00007444[申告]
人間の糞っぷりと他実装優遇過ぎてキモイ
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