− Gの旋律 実装の鐘 − 日も暮れ始め冷え込んできた、みのり市の中央公園。 そこに例の3人と1匹の姿があった。 虐殺派のアキラ、虐待派の山岡氏、実装石には特別興味も無いスポーツ用品店のおかま店主・バロン と飼い実装紅の萌だ。 「山さん、バロンさんに萌ちゃん、おまたせ」 「お、来たなアキラ」 「アキラちゃんお久しぶり〜! 風邪は治ったのぉ?」 「ちょっと痩せたみたいナノダワ」 「ええ、もう元気ですよ。心配ないよ萌ちゃん」 山岡氏は季刊同人誌「実と虐」の企画打ち合わせの為にアキラとバロンに集まってもらい、アキラは 実装石関連のアルバイトの下見調査を兼ねている。 その下見調査とは、中央公園が所在する区長からの依頼で、公園の野良実装による悪影響を調査し報 告して欲しいとの事。 区長はこの報告書を元に、みのり市に実装石駆除の依頼をするという話だ。 実装石をよく知るアキラにしてみれば、駆除したところですぐに繁殖するのだから、殺すにしてもア ルバイトのネタにするにしても困る事は無い。 デーデスー! デスデスデスー! 「あ?」 そこへ1匹の実装石が絡んでくる。 山岡氏が実装リンガルに目をやると、どうやらバロンが肩に乗せている実装紅の萌を指して、そんな 糞紅い物を飼うくらいならワタシを飼うべきだと仰っているらしい。 実装紅の後ろ髪はツインテールとも呼ばれ、その鞭撻は脆弱な実装石の体に容易に裂傷を与える。 そんな相手に喧嘩を売るような馬鹿さ加減で、よく生きてこられたものだと呆れ返った山岡氏だが、 とりあえず無視して打ち合わせを進める事にした。 「気をつけるのダワ!」 萌が声を上げるよりも早く、アキラが振るうバールに実装石の頭は消し飛ぶ。 無視された実装石が、腹いせに糞を手に取り投げようとしたのだ。 「アキラっしゃん!!」 「「「 え? 」」」 「 ダワ? 」 ここまではいつものアキラの日常なのだが、今回は勝手が違った。 いきなり名前を呼ばれて、アキラはちょっと慌て気味で周囲を見回す。 「アキラっしゃん! 無闇に生き物を殺しちゃ駄ぁ目だよ!!」 「あ・・・ 大家さん・・・」 その声の主は、なんとアキラが借りているアパートの大家、今年で88歳になる老人男性だった。 妻と二人でアパートを管理し、10代の頃から住んでいたアキラの世話をみてくれている人物である。 故にアキラにとって、唯一頭が上がらない存在と言えよう。 「あの、コイツ俺達に糞を投げようとしたから・・・」 「でも殺しちゃ駄ぁ目だ。そんなに簡単に命をとっちゃ、駄ぁ目なんだよ」 「でも実装石って世間では害獣扱いされてて・・・」 「だからと言って、無闇に殺して良い訳無いんだよ。これでも可愛いところはあるんだから」 (可愛いところって???) この時、3人と1匹の心の声がシンクロしたのは言うまでもない。 デスゥ〜? 「む?・・・」 3人と1匹の声無き声が「どこが、どこが」飛び交っているその時、大家老人の足元から1匹の実装 石が顔をのぞかせる。 「ほれ、『ミノ坊』も怖がってるぞ。なあ?」 当然だろう、この公園の実装石にはアキラの顔はお馴染みなのだから。 「大家さん、その実装石は・・・」 「コイツかい? まあ立ち話もなんだね、そこのベンチにでも座って座って」 促されるまま一行は近くのベンチへと腰を下ろす。 「痛たた・・・ 秋頃から膝の調子が悪くなってなぁ。だから銀行に行く途中にこの公園で一休みす る事が多くなったのさ」 「はあ」 「その時に、こいつを見つけたんだよ・・・」 そう言って、大家老人は「ミノ坊」と呼ぶ実装石の頭を撫でる。 目を細めてうっとりしているその実装石の頭巾は、虐待派の悪戯で付けられた物だろうか、10円玉 の大きさに焼け焦げてぽっかりと穴があいていた。 そんな頭を大家老人は撫でる、愛しそうに、愛しそうに・・・・・ 太平洋戦争が始まった次の年、若かりし頃の大家老人に長男が生まれた。 健康に育って欲しいとの思いから、名を実(みのる)と名づける。 難産ではあったが、すくすくと育ったのは名前のおかげだろうか。 やんちゃな子は大家夫婦に「ミノ坊、ミノ坊」と可愛がられ、元気一杯に育った。 後ろに小さな焦げ後の付いた緑色の防空頭巾を被せてやると、体を包むほど大きなその頭巾は 大のお気に入りの宝物になってしまう。 棒切れを振り振り裏路地を走り、ご飯をポロポロとこぼして美味しそうに食べ、愛くるしい眼 差しできょとんと見上げるミノ坊は、貧しい大家夫婦の暮らしを幸福で満たしてくれた。 ミノ坊が2歳になった年に、大家老人の下に召集の赤紙が来た。 出兵する父に、何も知らずにじゃれ付くミノ坊を、大家老人は震えて抱きしめる。 きっと帰ってくる、きっと生きて家族の下に帰ってくるぞと。 緑色の防空頭巾を被って見送るミノ坊に必死の思いで誓った・・・ 終戦から半年後、やっとの思いで日本に帰った大家老人は、仏壇の小さな位牌を見て愕然とする。 それが、ミノ坊の変わり果てた姿だった。 日々の食糧不足に体が弱っていたミノ坊は、風邪をこじらせ寝込んだ後、父の帰りを待たずし て逝ってしまったのだ。 泣いて土下座する妻を大家老人は抱きしめ、二人でわんわんと大泣きした。 「初めて焦げ跡のある頭巾を被ったこいつを見た時は、我が目を疑ったよ。よたよた歩く姿がミノ坊 にそっくりでなぁ・・・ 思わず呼び止めて話し込んだのさ。それから時々、こいつの様子を見に 来るようになったのさ。なあ、『ミノ坊』?」 デスー・・・ 「悲しい話ナノダワ・・・」 涙もろいバロンは早くも目が潤み、つられて萌も右にならえだ。 さすがに虐待派の山岡氏でさえ黙り込んでしまう。 「でも大家さん、実装石なんて何考えてるか・・・」 アキラだ、さすがに世話になっている大家老人相手なので遠慮がちに異を唱えるが、本能に近いまで の実装石嫌いは抑えきれない。 そんなアキラに大家老人が諭すように言葉を返す。 「なあ、アキラっしゃん。世間では糞蟲と言われとる実装石じゃが、中にはミノ坊の様に物分りが良 い奴もおるんじゃ。接し方しだいでは・・・」 「大家さん、近いうちにこの公園で野良実装石の一斉駆除が行われます」 「なんだとぉ!?」 確かにこの大家老人が可愛がる「ミノ坊」は性質の良い個体かもしれない。 しかし世間はそう捉える訳ではない。 それにミノ坊がいくら性質の良い個体でも、その仔や子々孫々が性質の良い個体である可能性はゼロ に等しい、実装石の本性は糞蟲なのだから。 結局は野良実装石の運命は、十把一絡に駆除がスタンダードなのだ。 アキラの説明に大家老人は狼狽の色を隠せない。 「それはあまりにも可哀相よねぇ、この子性格良さそうだし・・・」 「しかし、実際に迷惑だと感じる区民が多いから駆除なんだし」 バロンの同情に山岡氏が答えていると、大家老人の背をチョンチョンとつつく物がある。 実装紅・萌の後ろ髪、ツインテールだ。 「飼えば良いノダワ。ミノ坊を飼い実装にすれば問題ないノダワ♪」 山岡氏が差し出す実装リンガルの表示を見て、大家老人の表情がパアッと明るくなる。 「そうじゃ、それが良い! なあ、ミノ坊、ワシの家に来い。ばあさんも喜ぶぞ」 「そうよね〜、飼い実装なら駆除の心配なんてしなくていいんだから」 「ああ、単純明快な解決策だなw」 デスー デスデスデスー デーデスー 「ん、どうしたんじゃ、ミノ坊や?」 身振り手振りで何かを訴えるミノ坊。 リンガルに表示される内容に一同は驚き困惑する。 < お爺さんに飼ってもらうのはとっても嬉しいデス。 > < でも公園の仲間が捕まって殺されるのはとっても悲しいデス。 > < 仲間を見捨てて自分だけ助かるのは嫌デス・・・ > 実装石にあるまじき発言。 糞蟲といわれる実装石でも、少数の優良な個体は愛情が強く家族を大事にする場合がある。 しかし、野良実装が見ず知らずの赤の他人である他の野良実装の身を気遣う事など無い。 それも野良実装が飼い実装の待遇を否定してまで、などとは到底有り得ない話だ。 「あんらぁ、なんて優しい子なのぉ? 本当にミノ坊ちゃんの生まれ変わりみた〜い」 「ホントに、俺もこんな実装石見た事ねえよ・・・」 バロンと山岡氏は信じられないミノ坊の発言に驚きを隠せない。 アキラにいたっては神妙な面持ちでリンガルとミノ坊を見比べている。 ところが、ところが大家老人はそれどころではない。 なんとかミノ坊を説得しようと試みるのだが・・・ 「ミノ坊、お前分かっとるのか? ここにおると死んでしまうんだぞ?」 「死んでしまっては元も子も無いノダワ。大人しくお爺さんの言う事を聞くノダワ」 それに対して、ミノ坊は頑なに公園の他の野良実装の安否を気遣う。 ここまで真剣なところを見ると、アキラが疑る「良い子ちゃんのフリ」では無いだろう。 「ワタシ達は色々とニンゲンさんに迷惑をかけているかもデス。でも何かニンゲンさんに迷惑をかけ ずに生きていく方法を考えないと、いつまでたっても駆除は無くならないデス・・・」 「健気ナノダワ・・・ ご主人様、何とかして欲しいノダワ」 「何とかすると言ってもね〜。ん〜・・・」 デス! デ? デス! 悩める一同の近くを公園の野良実装が通りかかり、事情を何も知らずにミノ坊と挨拶を交わす。 どうやら性格の良いミノ坊は他の野良実装とも仲が良い様だ。 その野良実装は夕食前のエサ探しなのだろう、ガサガサとコンビニ袋を揺らし去って行く。 「・・・ワタシ達はああやって、草や虫や、ニンゲンさんの出すゴミを食べて生きているデス。みん な必死で生きているんデス。」 「ふむ・・・ ゴミか・・・」 「何ですか山さん?」 意味ありげに山岡氏が口を開く。 「人間様の役に立って一斉駆除を回避し、なおかつ野良生活が楽になる方法を思いついた」 「「「 え? 」」」 「 ダワ? 」 「 デス? 」 「知っての通り、実装石は公園に来る人間にまとわりついて迷惑をかけるだけでなく、自分達の生活 その物で公園を酷く汚している。あまつさえ公園の周囲へ出かけて『ご飯探し』と称してゴミを散 らかす有様だ」 「「「 ふんふん 」」」 「 ダワ 」 「 デス 」 「そして市は税金を使って公園を維持管理している。実装石共が出す汚れに加え、人間の出すゴミや 自然現象による汚損を、人間の手で綺麗にしている。これを実装石共の手で代行できないかと考え た訳だ。そうすれば本来の維持管理費の中から多少なりとも報酬を捻出し、その報酬によって実装 石共はゴミを荒らさず生活できるのではないかな? とね」 「「「 う〜ん 」」」 「 ダワ〜 」 「 デス? 」 確かに仕組みとしては合点が行く、実装石という点を除いては。 そして即座にアキラの反対意見が出される。 「所詮は実装石ですから。労働と報酬の意味や仕事内容を全員が理解出来ないと思いますよ」 「ははw だろうねw」 「デス〜・・・」 笑って受け答えるところを見ると、山岡氏も無理があると自覚して発案したようだ。 「そ、それならワシが仕事の監督を務めるよ!」 「いやいや、アキラの大家さん。人間が逐一実装石の相手をしているのでは本末転倒ですよ。実際に は掛かる経費が膨らんでしまいます」 「報酬なんかワシは要らん! ワシはミノ坊さえ元気でいてくれれば・・・」 「そこですよ。無報酬なら実装石愛護派のボランティアと変わり無いので、市民の声や行政を説得す るには説得力に欠けます。実装石が自発的に〜 ってトコが味噌なんですよ」 「う・・・う〜〜ん・・・・」 「難しいのねぇ〜」 「難しいのダワ〜」 一時は大家老人の顔色が明るくなったものの、山岡氏の現実論にへこんでしまう。 確かに、迷惑・不快感を振りまくから糞蟲と呼ばれる実装石、それ故の一斉駆除だ。 例え己の命と引き換えにしても、自立など出来る訳が無い。 「まあ、この『ミノ坊』に限って言えば、実装石とは思えない優良な個体なので、この案を思いつい たんですよ。ミノ坊をボスにして、何らかの形で統率が取れればそれなりに成功するんですけどね」 「統率・・・のお・・・・」 大家老人の落胆ぶりは見ていても可愛そうになるくらいだ。 デスゥと悲しそうに見上げるミノ坊が、余計に大家老人の心を苦しめる。 しかし、そのミノ坊の目の悲しみは、自分の為では無く寂しげな老人を気遣ってのものだと、この場 の誰が理解し得ようか・・・ 「統率・・・ですか」 「お、どうしたアキラ?」 何やら意味ありげにアキラが呟く。 「ん、そうだ、統率だよ。暴力や恐怖であろうとも、実装石の欲求を引き付け離さない様なご褒美で も、何でもいいんだ。要は実装石は単純なのだから、ミノ坊をこの公園のボスたらしめる何某かの 持続的なサポートがあればいいんだ」 「ミノ坊をサポートすればいいんですよね」 「言っておくけどアキラ、俺達が暴力と恐怖で実装石を服従させるんじゃあ世間体が悪すぎる。それ じゃ行政に表立ってアピール出来ない。第一、大家さんとミノ坊がウンと言わないぞ?」 「いえ違いますよ、ちょっと心当たりがあるもんで」 「おお、アキラっしゃん何か良い知恵があるんかいの?」 「そうか、アキラがそう言うのならこの発案も実現できるかもしれないな」 「虐殺派と虐待派の二人が、どーいった風の吹きまわしナノダワ?」 「しー、萌ちゃん。その気になってるんだから茶々入れちゃ駄目よン」 確かに、この二人が優良な個体とは言え実装石の肩を持つとは珍しい。 さすがに大家老人の落胆ぶりを見かねたのであろうか。 「そこでですね、アキラの大家さん。今回のこの『公園野良実装・自立化計画』に関する著作権は全 て私が頂きますがいいですね?」 「お? おお? 何の事だか良く分からんが、ミノ坊がそれで良いんならワシは構わんよ」 「何よぉ〜。山ちゃん、結局は同人誌の企画のネタにするつもりだったのね〜〜?」 「ちゃっかりしてるノダワ」 「へっへっへっへw」 「公園のみんなが助かるのなら良いデス。お願いしますデス」 リンガルにはミノ坊の丁重な返答が表示されている。 それを見て頷く山岡氏。 「それじゃあこうしましょう。私はこの中央公園の環境と実装石の数や性質から、どの様な自給自足 のコミュニティが形成できるか試算してみます。大家さんは市や区に掛け合って、公園の維持費や 一斉駆除に掛かる経費などを調べておいて下さい」 「おう、分かったよ」 「アキラは、その『統率』の元ネタを用意してくれ。」 「ええ、いつでも」 「あたしと萌ちゃんはどうするの?」 「とりあえず、イベントの立会人という事でヨロスクw」 「はぁ〜い」 「ナノダワ〜」 「では皆さん、年末のお忙しい時期ですが、この公園の実装石に残された時間はわずかです。時間が ありませんので次の会合は明後日のこの時間帯と言う事でよろしいでしょうか?」 全員の承諾と共に、それぞれは家路につく。 大家老人とミノ坊を残して。 「なあミノ坊、ワシは頑張るぞ?」 デス〜・・・ ・ ・ ・ 「よう、久しぶり」 「こんばんわ〜!」 夜の「みのり市第3公園」、そこにアキラと少年の姿があった。 アキラを実装獣親子にけしかけた、あの虐められっ子のミノリ少年だ。 「受験勉強で忙しいところに悪いな」 「大丈夫です。お父さんにちょっとだけなら良いって言われたから」 「そうか、すまないな」 アキラはミノリ少年に、今日の出来事を手短に話してみせた。 そして実装石のミノ坊に助力が必要である事も。 「そこで、だ。例の実装獣親子は元気にしてるかい?」 「うん、元気にしてるよ。今は僕は受験勉強であまり公園に来られないけど、元気にしてるよ」 「そうか、ちょうど良かった。あいつらに手伝って欲しいんだ」 なるほど、実装獣ならばパッと見の外見は実装石に近い。 これならば頭の良い実装石やその仲間が力を合わせて自立していると、世間や行政に訴えるにしても 説得力が出てくるだろう。 それに24時間公園の野良と生活を共にするのだから、うってつけの協力者と言えよう。 ミノリ少年は「きっと手伝ってくれるよ」とニッコリ笑って、実装獣親子のもとへアキラを案内する。 程無く、懐かしい3匹の姿が見えてきた。 「よう、久しぶり」 「デ? ニンゲンさん・・・」 「ははは、今日は酷い話じゃないよ。お願いがあってきたんだ」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 約束の時刻、すでに先日の一同はそろっていた。 アキラの方は実装獣親子から派遣された姉の実装獣を皆に紹介し、続いて大家老人から資料を受け取 った山岡氏の説明が始まっている。 「とりあえず今回は実験となるので、この広い中央公園全てとするのは無理ですから、実験の場所は ここの噴水のある中央部と出入り口の周辺とし、公園の東西は実験場所とはしません」 「「 デス〜 」」 特にミノ坊と姉実装獣に理解しやすいように話を進める山岡氏。 主な業務は公園の清掃であり、このエリアに生息する実装石は仕事の責任を負い、また公園や公園の 近辺を汚さない義務を負う事。 これに同意できない実装石はエリア外に退去させそこで生活させる事。 この実験が成功すれば、公園の維持管理は区が代行し、区から代理人として大家老人に管理費が支払 われ、この管理費をエリア内の実装石の食費に当てる事。 等々だ。 区長へは既に山岡氏がまとめた資料をアキラ経由で提出してある。 定期的に必要となる駆除費用と公園の維持費の市税、これを遥かに下回る実装石の食費は賢明な区長 を十分に説得するものがあるだろう。 しばらくの間は、取材対象の代価として山岡氏が食費を支払う事にした。 「よし、じゃあ俺達がこの辺の実装石を全部集めてくるから、ミノ坊の方から説明してくれ」 「お願いしますデス」 「では、アキラとバロンと大家さん、実装石を集めるのを手伝ってください。自立の手助けになる賢 い実装石は隠れて家を作りますから、探すの大変ですよ」 「よっしゃ、分かった任せとけ」 「行ってきます」 「ミノ坊の為だもの、まかせてよン」 「行くノダワ〜♪」 「あ、アキラ。殺らないようにな。我慢して集めて来るんだぞ?」 「・・・・はい」 それからは、上へ下への大騒ぎだ。 ようやく殆どの実装石を集め終わった頃には、もうすぐ日が暮れそうな時間帯になっていた。 ベンチの上に立つミノ坊の前の実装石達、その数は成体だけで100匹を超えているだろうか。 「みんなさん良く聞いて欲しいデス。ワタシ達は増えすぎて公園を汚しすぎたデス。だから、そのう ちに怖いニンゲンさんが沢山来てワタシ達を捕まえて殺すデス!」 デッシャー!! デズァー!! デスデスデスー! テチィー! デジャース!! 話を聞かせるどころの騒ぎではない。 馬鹿人間を殺せだの、美しい私は丁重にもてなされるべきだの、愚にもつかない妄言の大合唱だ。 これでは話が続けられないと思い知らされたミノ坊は、渋々アキラの提案した策を実行するのだった。 「落ち着いて聞くデスー!! あんな怖いニンゲンさんがイッパイ来るんデスーーッ!!」 ミノ坊が指し示す方向には、いつの間に着替えたのか全身黒ずくめのアキラが立っている。 その黒い死神が、大鎌ならぬバールを肩に担いでいる姿を見て固まった実装石は少なくなかっただろ う。 この公園で「よく見かける怖いニンゲン」なのだから。 10匹ほどの知恵の回る実装石が悲鳴を上げて逃げ出す。 その走り回る様と悲鳴に血管がピクつくアキラだったが、ここは忍の一字と堪えてバロン達と行く手 を阻む。 この時とばかりにミノ坊が声を張り上げる。 一世一代の大音声だ。 「今ここで逃げたって後で必ず殺されるデスーーッ!! でもワタシの言う事を聞けば、生きて美味 しいゴハンを食べられるんデッスーーッッ!!!」 そこですかさず、バケツに山盛りの実装フードがドンドンドン! 山岡氏がベンチの上に積み上げる。 ため息とも悲鳴ともつかないどよめきが、さざ波の様に広がる。 「いいデスか、お前たち! 殺しに来るニンゲン達を止められるのは世界一賢いミノ坊様だけデス!」 野良実装共が雪崩を打って実装フードに押し寄せる前に、今度は姉実装獣がベンチへ飛び乗り怒気を 吐く。 タイミングといいミノ坊様と呼ぶあたりといい、なかなかの演技派だ。 「ミノ坊様の指示に従えばデス!」 その手でワッシと実装フードを鷲掴み。 「食い物が手に入るデス!」 一気に噛み砕き嚥下する。 デ・・・デデスーッ! デスー! デェェェ! どよめきが一斉に歓喜に替わる。 目の前の実装フードがばら撒かれるのを、涎をたらしながら今か今かと焦れる野良実装達。 しかしアキラがベンチの脇に歩み寄よると、手にした厚手の大きなビニール袋にそれらを全て流し込 み肩に担ぎ上げてしまう。 デッ!? デジャ・・・・・・ 予期せぬ実装フードの没収に、脊髄反射で罵声を上げかける糞蟲。 だが、ブンとバールを一薙ぎして糞蟲を指し示し、視線で刺せば沈黙させてしまう。 そのままビニール袋を山岡氏に手渡し陰に引っ込めると、アキラも脇に下がって主役をミノ坊に譲る。 これでようやく話ができるお膳立てが整った訳だ。 「デ デス・・・ いいデスか。ゴハンはニンゲンさんが持ってくるデス。ワタシの言う事を聞いて 働けば、ちゃんとゴハンが食べられるんデス」 野良実装各々の思惑が交錯する中、ミノ坊に視線が集中する。 緊張の面持ちで、ミノ坊の説明は続けられるのだった・・・ ・ ・ ・ ・ ・ 翌日の朝の8時、公園の野良実装達が作業を始める時間だ。 噴水の時計の前にミノ坊と姉実装獣に召集をかけられた野良実装は、その数・約70匹。 昨日の時点で約3割の糞蟲がミノ坊の説明を理解できず、または受け入れずエリア外に強制退去にな っていた。 アキラの手によって、この世から強制退去になった実装石も多数いたのだが、これはミノ坊と大家老 人には内緒の話だ。 「みなさん、おはようございますデスー!」 デスー・・・・ デェア?・・・ デッス! テチ? デス デー・・・ まあ、当然ミノ坊と仲が良い訳ではない野良実装共はやる気無しだ。 即座にメシ!メシ!と騒がぬだけ、昨夜の「間引き」の効果があったと言えよう。 「ご飯はお日様が沈む頃にもらえるデス! ちゃんと働かない者はもらえないデス! ちゃんと働く と美味しいご飯がもらえるデッス!」 デスー! デェ! デッス! テチー! デス! デースー! 実に現金な生き物だ。 初日は公園の糞拾いだ、自分達が撒き散らした糞を集めるのだ。 20匹程度が噴水周辺にこびり付いた緑糞を洗い流し、残りがエリア内の糞拾いに散る。 「おお、立派になったのおミノ坊・・・」 「いや、アキラの大家さん。あれ実装石ですから」 「分かっとる、分かっとるが・・・」 初日の監視人は山岡氏だ、横には当然大家老人の姿がある。 離れた場所の植え込みから見る分には、順調な滑り出しの様だ。 噴水組はミノ坊が指揮を執っている。 固まった緑糞を水で湿らせふやかして、小枝やプラスチック片で削り落とし、また水でふやかす。 糞拾い組はエリア内に散った実装石達を、身軽な姉実装獣が指揮して回る。 大家老人によって据え付けられた昇降台を上り、指定のゴミ箱に次々と投げ入れていく。 これだけ大勢で作業にかかると、実装石達もキャッキャウフフでお遊び気分だ。 「みんな頑張っているデス。これなら・・・これならきっとデス・・・・」 ・ ・ ・ 時刻は午前11時を過ぎた。 オフィス街から繁華街へ抜けようと公園を行くサラリーマンやOLが、小さな異変に気づく。 「何してるんだこの実装石達?」 「今日はこの辺だけ、清掃が入ったのか?」 もちろんOLの姿を見て媚びに行く個体もいるが、その数も目に見えて減っている。 第一、無視されたと言って糞を投げる糞蟲は、昨夜の間引きで激減してるのだ。 「ははは、山岡しゃん。通行人が注目しておるよ」 「元が酷かったですからね、ちょっとの清掃で目に見えて分かりますよ」 しかも今は清掃するエリアとしないエリアが分かれている。 比較対照としては申し分ない状況と言えよう。 そこへ約束より早い時間だが、事の発端となる区長が現れた。 「こんにちは、みのり荘の大家さん。ご苦労様です」 「お〜お〜、区長しゃん。お忙しいところ申し訳ないですなぁ」 「大家さん、そちらの方は?」 「こっちの人ぁ、実装石関連の雑誌を制作されとる方でな」 「山岡です、初めまして。たまたまこの公園で大家さんに声をかけられまして。そんな次第です」 「おお、実装石の専門家ですな? これはありがたい話ですな!」 当然、虐待派などと口が裂けても言えない。 確かに専門と言えば専門なのだから、嘘をついている訳でもない。 区長は清掃の状況を見渡し、対象外エリアとの差が目立ち始めた状況を見て、ほぅと感心する。 そこへ山岡氏が、駆除の発案は地域の責任者としては賢明な判断だと持ち上げておいて、一斉駆除は 永続的に必要で結構な金額になる事を改めて説く。 「みなさんお疲れ様デス〜! お昼の休憩デス〜!」 山岡氏のリンガルを覗く区長が、またもや感心の声を上げる。 「実装石には時間の感覚があるのかね?」 「いや、腹時計でしょうw 時計で時間を見るのは特に賢い飼い実装だけですよ」 「ふむぅ・・・」 「大家さん」 「なんですか?」 「区の会合の翌日の25日に、市の担当者を連れてこの公園に来る事にするよ。アキラ君から頂いて いる資料を役人に見せて相談しておくから。当日に役人がこれなら補助金が出せると言うなら、一 斉駆除の話は取止めにして私も協力するよ」 「本当かね!? そぉれはありがたい話だよ!」 なんと、初日の出来栄えを見て一気に自立化計画に傾く区長。 山岡氏の計画は出だしから大当たりだ。 大家老人も喜びの表情を隠せない。 「25日、実装石にとってクリスマスプレゼントになるといいですな、大家さん」 「はいな、そう願っておりますわ、区長しゃん」 ・ ・ ・ 夕方の5時、今日の作業は終わりだ。 「大家さん調子はどうですか?」 「おお、アキラっしゃん。順調だよ順調」 初日と言う事もあり、アキラも様子見に現れる。 ガラン! ガラン! ガラン! ガラン! 「ご飯デスー! お仕事終わりでご飯デスーー!!」 大家老人がガランガランとブリキのバケツを打って時を知らせる。 噴水のベンチ前はミノ坊を中心に野良実装でひしめき合う。 「デアー! 邪魔するなデス!」 「ワタシデス! ワタシが一番働いたデッス!」 「デェアア・・・押すなデスゥ!・・・」 「押しちゃ駄目デスー! ご飯は働いた全員にあたるデスー! 順番に並ぶデスーーッ!!」 初日の混乱は仕方が無い。 山岡氏ら3人と姉実装獣で、列を乱す野良実装達を強制的に並ばせる。 心なしか、少し数が多い気がするが・・・ 「ご苦労様デス〜」 「ごっ ご飯デスー!」 「ご苦労様デス〜」 「ありがとうデス〜w」 「ご苦労様デス〜」 「デシャア! とっととよこすデス!!」 こいつは横に立つ姉実装獣に睨みつけられ、取り分を受け取ってスゴスゴと引っ込む。 お食事前の軽めの脱糞は内緒だ。 「ご苦労・・・あなたはお仕事の時にいなかった気がするデス・・・」 「ミノ坊様、ワタシも見なかった気がするデス」 ミノ坊と姉実装獣に見上げられた山岡氏が、リンガルを見ながら問題の実装石に話しかける。 「あ〜、君。朝から仕事をしていたなら、合言葉を知ってるよな?」 「デエ!? 合言葉デス!? デエエエ・・・ド忘れしただけデス、でももらう権利があるデス」 「そうかい。じゃあ列の横で思い出すまで待っててね。思い出してご飯もらおうねw」 「そ そうするデス。思い出してご飯もらうデス・・・」 合言葉など無い、山岡氏のとっさの機転だ。 そんな具合で餌を配り終えると、あるはずの無い合言葉を思い出そうと数匹の実装石が残った。 「合言葉なんてどうでもイイデッスー!! 早くご飯をよこすデッシャー!!」 「よこすテチャァー!」 汚れているものの、上品な飼い実装服に肩からポシェットを提げた実装石が罵声を浴びせる。 足元には野良の仔と思わしき仔実装まで連れている。 つられて他の野良実装まで山岡氏相手に騒ぎ出す。 「は〜い、はいはいはい。実装石の皆さんお待たせ様、あなた達の番ですよ」 「遅いデッシャー!」 「いつまで待たせるデスー!」 「え〜とね、合言葉なんて元々無いんだよ〜ン! お前達、働いたって嘘をつきやがったな!?」 「デエッ!?」 「デア!?」 「クソニンゲン、騙したデシャー!・・・」 ドゲシ!! 一番手前で吼える実装を思わず蹴り飛ばしてしまう山岡氏。 これでは話が違う、この公園で一番偉いのはミノ坊様、そうでなくてはまとまらないのだ。 内心はしまったと後悔するが、横目に見えるミノ坊もどうしたものかと固まっている。 お姉ちゃん頼むよと、小声で囁くとコクリと頷く姉実装獣。 「ニンゲンは勝手な事をしては駄目デッス! ここのボスは世界一賢いミノ坊様デス!」 「ね、ミノ坊様?」 「デ? デ、デス!」 「ミノ坊様を騙そうとする愚か者はこうデスッ!!」 一番の糞蟲と目をつけた飼い実装服の実装石に、電光石火で飛び掛る姉実装獣。 木偶人形の様にあっさりと吹き飛ばされ、マウントを捕られた糞蟲は次の瞬間ギョッとする。 眼球すれすれに突き付けられた鉤爪に、さすがの糞蟲もぐうの音も出ないのだ。 「世界一優れたミノ坊様を騙そうなんてとんだ糞蟲デス! 命が惜しければ消えろデス!」 さすがにこれは堪えたのか、糞蟲共は捨て台詞も無しにデヒャーと走り去る。 「・・・すまないな、手を焼かせて」 「糞蟲相手にはしょうがないデス。・・・こうしないとミノ坊さんの苦労が台無しデス」 「嫌な役をやらせてゴメンナサイデスゥ」 「じ、実装石の世界はぁ厳しいのぉ」 大家老人は実装フードを一粒つまみ上げまじまじと見つめる。 「しかしぃ、あんなに必死に欲しがるとは・・・ 旨いんかの?」 「「 糞不味いですから 」」 アキラと山岡氏だ。 「不味いんか・・・」 「お爺さん、お仕事が上手くいったらお爺さんにプレゼントするデス」 「ほうか、こりゃ楽しみじゃな」 「だから人間の食う物じゃないですって・・・」 「残念デスゥ」 こうして、波乱含みの初日は終わるのだった・・・ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 2日目の朝、ミノ坊と姉実装獣の呼びかけで1日の作業が始まる。 「あら大家さん、実装石の数が少ないわね?」 「昨日はもっと多かったんじゃがなぁ」 「今日は寒いから出てこないノダワ?」 今日の監視役は巨漢のおかま・バロンと実装紅の萌だ。 萌の指摘の通り、これから数日は冬型の気候で冷え込みが厳しくなる。 自堕落的な実装石が億劫になるのも無理はない、それでは困るのだが。 「みんな出てくるデスー! お仕事デスー!」 「お仕事しないとミノ坊様にご飯がもらえないデスー!」 もう一度呼びかけに回るミノ坊と姉実装獣に、やむをえずバロンと大家老人も加わる。 実装石は一度甘い顔を見せると必ず勘違いするからだ。 「ほらほら〜、アンタ達起きなさ〜い・・・って、臭いわねもう!」 バロンが無造作にダンボールハウスを持ち上げてガサガサと揺らすと、中から実装石の強烈な生活臭 があふれ出し目と鼻を容赦なく襲う。 「ほら! 起きなさい!」 デア? デスデスデスデシャー! 「うるさい、ほっとっけと言ってるノダワ。寒いから出たくないそうダワ」 萌がリンガルの電子音声で通訳する。 「ちょっとアンタ、お仕事しないとご飯もらえないのよ? それでもいいの?」 デスシャー! デスデスデッスー! 「クソニンゲン、お前が代わりに働けと言ってるノダワ。・・・こいつお引越し決定ナノダワ」 2日目から、さっそく脱落者続出のようだ。 結局、集まったのは50匹ばかり、当初の数の半分以下となってしまう。 もっとも、山岡氏の目算では最終的に3割の実装石が残ると見ているので、まだ多い方だろう。 「のぉ、ミノ坊。今日は物凄く寒いから続きは明日でどうじゃ?」 「デスゥ・・・ 寒くてもお天気がいいから頑張るデス。ワタシが頑張らないとみんな死ぬデス」 「!・・・ おお、そうじゃったな。ワシも頑張るからミノ坊も頑張れ、な?」 「はい、頑張るデス〜」 (頑張るデス、みんなの命がかかっているんデス・・・) ・ ・ ・ 夕方の5時、今日も大家老人が叩くバケツの音が鳴り響く。 ガラン! ガラン! ガラン! ガラン! 「お仕事終わりデスー! ご飯デスーー!」 「ミノ坊様ー! ワタシが一番働いたデスー!」 「ワタシが一番優秀なんデスー!」 「糞蟲は引っ込むデスー! ワタシの為だけのウマウマデスー!」 「お前達、ちゃんと並ぶデスー! ミノ坊様は働く者にはご飯をくれるデスー!」 この2日間、様々な演出や仕込が効果を表してきたのだろう、徐々に野良実装の間にミノ坊への忠誠 心が出来上がりつつある。 もっとも実装石ゆえに薄っぺらい物なのは確かだが。 「ご苦労様デスー!」 「ご飯デスー!」 「ご苦労様デスー!」 「今日は寒かったデスゥ」 せっせと餌を配るミノ坊。 その横顔をじっと見守る姉実装獣は、わずかながら自立への手応えを感じていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 3日目の朝、今朝は一段と冷え込みが厳しい。 ミノ坊と姉実装獣が招集をかけて回るが、昨日よりも更に集まりが悪い。 時期が悪いのだ、秋はとうに過ぎ去り季節は冬だ、実装石が活発に活動する時期ではない。 しかし現実は厳しく、冬場の全滅を待たずして一斉駆除が待っている。 呼びかけるミノ坊も必死だ。 「起きてデス! お仕事デス!」 「デシャー! 今日は寒すぎデス! こんな日に外にいたら死んでしまうデス!」 「前にも言ったデス! 公園をキレイにして、ワタシ達でも役に立つ事をニンゲンさんに見せないと みんな殺されるデス! 本当に死ぬんデス!!」 「ワタシには関係ないデス! 怖いニンゲンがきたら隠れるだけデス!」 どうしても実装石の知性には限度がある。 その浅はかさ故に、人間がやる事の意味や仕組みや、規模や正確さなど到底理解できていない。 人間がもたらす「確実な死」を理解できないのだ。 「隠れるってどこに隠れるデス?」 はっと振り向くミノ坊。 そこにはいつも挨拶を交わす、近隣住まいの野良実装の姿があった。 「夜、怖いニンゲンが来た時の事を知ってるはずデス。足が速くて力が強くて大きくて、どこまでも 追いかけてくるデス。そんなニンゲンが沢山来たらどうするデス? どこに隠れるデス?」 「デッ・・・ デッ・・・ デェェェ・・・」 ぐうの音も出ないとはこの事だ。 この中央公園に住む実装石が虐待派や虐殺派の人間を知らぬ訳がない。 そこへ今日の監視人・アキラが現れ止めを刺す。 「おい、このぐうたら」 「デ!?」 「勘違いすんなよ、今まで生きてこられたのは、たまたま一斉駆除が無かったからだ。もしそうなっ たら、お前ら一匹残らず殺されて、家も保存食も全部捨てられて燃やされる運命なんだぜ」 「デエエエエ!?」 この寒空に流す汗は冷や汗か脂汗か。 「このニンゲンさんの言う通りデス。だらだらしていては生きていけないデス。頑張るデス」 「デエ・・スゥ・・・」 寒がり屋の野良実装は、ミノ坊のご近所さんと連れ立ってしぶしぶ集合場所へと向う。 それを見送るミノ坊とアキラ。 「ミノ坊」 「デ?」 「・・・・・よかったな」 「デスゥ!」 これ以上にないといった明るい声で返事をするミノ坊。 アキラに手を振ると元気一杯に次のダンボールハウスに駆けていくのであった。 「・・・・・・・・実装石・・・」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 5日目の夕刻、仕事が終わり今日も大家老人のバケツの音が響く。 ガラン! ガラン! ガラン! ガラン! 「お仕事終わりデスー! みなさんご飯デスーー!」 「ウマウマデッスーwww」 「おい、お前ちゃんと並ぶデス!」 「なんデス? うるさいデス!」 「並ばないとご飯もらえないデス!」 「そうデス! 並ぶデス!」 「こいつらの言う通りデッス! とっとと並ぶデス!」 そこかしこに、自ら列を成そうとする実装石の姿が見られる。 生活と餌の為とはいえ、徐々に統率と呼べるものが生まれてきているのは確かだ。 「この調子だと成功しそうナノダワ」 「そうねぇ、ミノ坊ちゃん頑張った甲斐があったわね。実装獣のお姉ちゃんも」 今日の監視人のバロンと萌も、普段のミノ坊の頑張り様を知るだけに自然と笑顔になる。 その笑顔を大家老人に向けようと振り返ると、そこにはしゃがみ込みバケツにもたれる姿が。 「ちょっと大家さん大丈夫ぅ?」 「うむ・・・大丈夫だわい。歩きすぎで膝にきたようじゃ」 「お爺さん座って休むノダワ」 バケツを逆さにして大家老人を座らせると、バロンは自分の白いパーカーを大家老人の肩にかける。 「おやアンタ、その格好はアキラっしゃんと御揃いじゃの?」 「えへへへ〜、アキラちゃんと山ちゃんとアタシとで、御揃いの着てるの〜」 白いパーカーの下は、アキラと御揃いの全身黒尽くめの作業着だ。 「今回はね〜、ミノ坊ちゃん可愛いからアタシも張り切っちゃってるのよン」 「あの子は頑張り屋さんナノダワ」 「そうか・・・ありがとうなぁ・・・」 バロンの姿を見て、街宣車乗りの様だという言葉が喉元まで出かかったのは言うまでもない。 「今日もご苦労様デスー!」 「ありがとうデス」 「お疲れ様デスー!」 「ありがとうデス」 そんな人間同士の会話などつゆ知らず、ミノ坊はせっせと餌を配る。 その横では姉実装獣がじっと見守っている。 「ミノ坊や、よう頑張るのぉ。もう少しだからな、頑張れよ・・・」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 6日目、今日は12月24日、クリスマスイヴだ。 冬型の気候は相変わらずで、冷え込みは厳しいままだ。 仕事に参加する実装石も僅かながら脱落者が続き、今では40匹を切っていた。 しかし公園の清掃は順調に進み、今では見違えるほどだ。 これなら市の役人もOKを出すであろうと、大家老人も安堵の表情を浮かべる。 「姉実装獣、今日は何の日か知ってるか?」 「デ?」 今日の監視人のアキラが問いかける。 「今日は人間の世界ではクリスマスイヴといって皆でお祝いするんだ」 「何のお祝いデス?」 「もう死んでしまったが、昔の偉い人の誕生日を祝うんだ」 「デス〜・・・ よほど偉いニンゲンさんデス?」 「ああ、多分な」 「今夜くらい、ママと妹の所に帰るか?」 「デス?」 「虐待派が来ないとも限らないから、今夜は俺が代わりに見回りするよ。遠慮なく帰れよ」 「デス〜・・・」 「いいデス。ミノ坊さんを一人にできないデス」 「そうか・・・」 「悪いな、お前達には迷惑をかけっぱなしだ」 「そんな事ないデス。ニンゲンさんはお手本を見せてくれたデス。ワタシもママの公園に帰ったら、 お掃除をみんなに広めるデス」 「簡単にはいかないぞ?」 「きっとニンゲンさんも手伝ってくれるデス」 「あ? 俺は実装石が嫌いなんだよ、知ってるだろ?」 「でもきっと手伝ってくれるデス」 「アキラっしゃん、ちょっと来てくれんかの?」 大家老人が立て看板の杭を打とうとしてアキラに手伝いを求める。 アキラは姉実装獣の言葉には返事を返さず、じゃあなと言ってその場を後にした。 「・・・きっとデス」 アキラの後姿を見送り、他の野良実装の様子を見ようと猿の様に跳躍する姉実装獣の顔は穏やかに笑 っていた・・・ ガラン! ガラン! ガラン! ガラン! 今日も大家老人が鳴らすバケツの音が響く。 そんな中で事件は起こった。 「デシャー! もっとよこせデス!!」 叩き落された実装フードがカラカラと転がる。 「今日は『苦しみますイブ』というお祭りの日デッシャー! そこにある分をもっとよこすデス!!」 冷え込みの厳しい連日の仕事で我慢に耐えかねたのだろう、1匹の野良実装がミノ坊に食って掛かる。 今までは姉実装獣の恐ろしさに我慢していたのだが、ミノ坊には高圧的だ。 「こ、これ、喧嘩はいかんぞ」 その時、おろおろする大家老人を抑えアキラが前に出た。 姉実装獣にもその場を動かない様に目配せする。 「ミノ坊、諦めたらどうだ? こんな糞蟲共は1匹残らず死んでしまえばいい。明日から餌も配るな よ、冬は食い物が少なくなるからすぐに飢え死にだ。駆除が早いか飢え死にが早いかだ」 ミノ坊の前に立ち無慈悲に言い放つ。 他の野良実装達はどよめき、固唾を呑んで見守る。 ミノ坊はゆっくりとアキラを見上げ、力強く言葉を放つ。 「生きるか死ぬか、それはワタシ達が決めるデス! ワタシは諦めないデス! みんなを守るデス!!」 大家老人に撫でられ目を細めていたミノ坊の風貌はもう無い。 力のこもった目でアキラを見返す。 アキラはじっとその目を見据え、ミノ坊の耳元に口を寄せ小さく囁く。 「お前、喧嘩なんかした事無いんだろう?」 「デ・・・ス?・・・」 「ここで姉実装獣に頼れば化けの皮がはがれる。いいか、お前がやるしかないんだ、この喧嘩には後 が無いんだぞ」 ミノ坊の体が小刻みに震えるのがアキラにも伝わってくる。 「喧嘩は気迫だ、全身全霊ありったけの勢いをぶつけろ、手加減なんかするなよ。この公園の実装石 共の運命はお前にかかっていると知れ!」 ぴたりと震えが止まる。 「お前ら何をコソコソ話してるデス! とっとと・・・ 「デッジャーーーッッ!!!」 ミノ坊の猛烈な体当たりに不意を突かれた件の実装石は、もんどりうってひっくり返る。 唖然とする実装石に反撃の隙も与えず、馬乗りに跨り顔でも腹でも手当たり次第にありったけの力で 腕を振り下ろす。 「我侭を言うんじゃないデシャー! ワタシはみんなを守ると決めたんデッシャーーッ!!」 殴る殴る殴る殴る殴る!! どこにこれほどの地力があったのかと、けしかけたアキラが驚くほどだ。 「デェッス・・・デェッス・・・ 決められた事は、守るデッス・・・」 相手がピクリとも動かない事を確認すると、ようやくお仕置きの時間が終わる。 取り囲む他の野良実装の目つきは明らかに変わっていた。 餌や姉実装獣の戒めとは別に、リーダーに対する信頼の目つきだ。 「・・・・ミノ坊様! 逆らったそいつを禿裸にするデスー!」 「そうデス! 愚か者に罰を与えるデスー!」 「髪を引き抜くデッス! 服を引き裂くデッス!」 「デシャー!!」 「デズァーーッ!!」 残酷な怒号が渦巻く中、気絶した実装石はようやく目が覚める。 リンガルを持たない大家老人でさえ、これからリンチが行われると分かるほどだ。 ミノ坊は騒ぎに背を向け、落ちた実装フードを一つ一つ拾い上げる。 今夜の食事を没収されたと理解した実装石は、これから起こるであろう事に恐れおののき激しくパン コンする。 「落としちゃ駄目デス」 傷つき横たわる実装石は差し出された実装フードに我が目を疑った。 あまりの事に大家老人は絶句し、アキラは雷に触れたかの様に打ち震えた。 怒号は一瞬に消え去り、水を打つ静けさがもたらされる。 「ワタシ達は弱い存在デス。力も無い、知恵も無い、体は小さく爪も牙も無いデス。毎日ご飯が無く てお腹をすかせて、クロバサや怖いニンゲンさんに怯えてるデス」 「ワタシ達は弱いんデス。だから力を合わせるデス。みんなで助け合おうデス!」 イヴの夜に、小さな神様が舞い降りる。 傷ついた実装石は小さな神様の足にすがりつきむせび泣いた。 他の野良実装もワッと周りを囲む。 大家老人がそっと目元を拭う。 「ミノ坊、強うなったのお。強うなった。ミノ坊ぅぅぅ・・・・」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 12月25日、審判の日だ。 アキラと山岡氏とバロンに萌も、この日ばかりはと勢ぞろいだ。 「キレイになったノダワ〜〜」 「これが実装石のやった事だってちょっと信じられないよな」 「なによぉ、山ちゃんが言い出した事でしょ?」 「いや、バロンさん。俺も最初はここまでできるとは思って無かったですよ」 そこへポテポテとミノ坊がやってくる。 「よお、ミノ坊。よくここまでできたな! 完璧だぜい!」 「みなさんのおかげデスゥ」 山岡氏の激励にミノ坊は嬉しそうに応える。 「なあ、ミノ坊」 「デス?」 「今日はきっと市の許可が下りるはずだ。そうなったら、今夜からは名実共に、本当にお前達が働い て自分達の物にしたメシを食う訳だ。ゴミでももらい物でも無い、本物のメシだ、分かるか?」 「デ、デス!」 そう告げる山岡氏も、他の皆も感慨深げな表情だ。 「そう言えばアキラ、大家さんがいないぞ?」 「あ、確かに。区長さんの所に寄ってるんですかね?」 「そうよね、今日の主役はミノ坊ちゃんと実装獣のお姉ちゃんと大家さんだもン」 「はぁ はぁ アキラさん!・・・・」 息せき切って駆け寄る老女が。 「あ、大家さんの奥さん。おはようございます、見てくださいこんなに」 「あの人が! あの人が!・・・」 老衰だった。 88歳、大往生だろう。 起きてくるのが遅いのは疲れが溜まっているのかしらと、部屋の戸を開けると大家老人は何事も無く 寝ているかの様に、息を引き取っていた。 アキラのアパートに隣接する大家老人宅から一同は公園に戻り、大家老人の訃報にうろたえるミノ坊 に詳細を告げる。 「本当に・・・本当にお爺さん死んだんデスか・・・・・・」 「お気の毒ナノダワ・・・ ダワワ〜〜ン! ワンワ〜〜ン!」 「デェ・・・ デェェ〜・・・」 「泣くなミノ坊!!」 「ア、アキラ?・・・」 アキラの叱責に、ミノ坊は赤と緑の筋を引いた顔を上げる。 「今日は、大事な日だ。お前達が頑張りに頑張りぬいてきた日だ。お爺さんが待ち望んだ日だ。ボス のお前が泣いていたら、他の者はどうすればいい!?」 「デェゥ・・・」 「今は耐えろ、いいな?」 「デ・・・ス!」 涙の跡を拭うと、ミノ坊は仲間のもとへ走り出す。 それとなく事情を知らされた姉実装獣は驚きながらも、気丈に落ち着いてみせてミノ坊を見守った。 しかしミノ坊は何事も無かったかの様に皆と働いた。 空き缶を拾い、紙くずを拾い、落ち葉を集める。 皆の様子を見て回り、笑顔で励ます。 昼過ぎには区長とみのり市の役人が訪れ、まるで奇跡を見る様に驚き絶賛して帰っていった。 一も二もなくOKを出し、この金額の事業なら自分が責任を持って通すと約束してだ。 一同は、静かに、喜んだ。 「ミノ坊、メシの時間だ」 「はいデス」 山岡氏に促され、バロンが差し出すバケツを受け取る。 戸惑うミノ坊にアキラが促す。 「今日は・・・今日からはお前が鳴らすんだ」 「・・・はいデス」 ガラン! ガラン! ガラン! ガラン! 「お仕事終わりデスーー! ご飯デスーー!」 ミノ坊は仲間を集めると、皆の頑張りで一斉駆除が回避できた事を告げた。 そして公園の掃除をサボれば再び危機が訪れるが、仕事を続ける限り住処と食事が保障されるのだと、 継続の必要性の念を押した。 野良実装達は皆で一列に並び餌をもらい、各々の住処へと帰っていった。 「ミノ坊さん、ワタシ達もご飯にするデス」 「・・・そうするデス・・・」 姉実装獣はもう数日滞在し、それから家族のいる第3公園に帰る予定だ。 市の事業の一環であるからこの公園での実装石虐待は禁止されるであろうし、時々はアキラ達や大家 老人の奥さんが様子見に訪れるつもりでいる。 何より区長が好意的なので、ミノ坊達の生活は当分は安泰だろう。 ミノ坊と姉実装獣は残りの実装フードを脇に置き、ベンチの上で肩を並べて食事を口に運ぶ。 「一つ、いいか?」 「デ?」 アキラが残りの実装フードを一粒つまみ上げる。 「俺ももらおうかな」 「アタシも」 「ワタシもダワ」 「ニ、ニンゲンさん・・・」 カリカリと噛み砕き、ニヤリと笑ってみせるアキラ。 「・・・・まあまあだな」 「うぷ そ、そうだな」 「・・・・・」 「・・・ダワ」 「ニンゲンさん・・・」 「もう一粒いいか、大家さんの分だ」 アキラは暗くなった空を見上げ、実装フードを噛み締める。 「デェ・・・デェ・・・デェェ・・・」 公園の仲間に気づかれぬ様、声を押し殺して泣くミノ坊。 小さく、小さく、ひっそりと泣く。 小さく・・・ ひっそりと・・・ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いつもご感想やご指摘ありがとうございます。 ちょっと遅くなりましたが、一応のクリスマスネタです。 ほのぼのもヒャッハーもしていませんが、ご容赦ください。 例の糞蟲親子、ちょい出しですが未だ健全です、今のところは。
