—福岡、か。 正直東京の中堅私大出の俺なんか、ソルジャー採用だもんな。 豚骨ラーメン毎日食べられそうだし、まあいいか。 某メーカーに新卒で採用された「」は、見事に地方支店に赴任することになった。 出身は北関東の「」にとってみれば、東京だろうが福岡だろうが、あまり拘りはなかった。 上司先輩たちもいい人たちばかりで、人付き合いがそんなに得意でない「」も 仕事を覚えるのに必死になりながら、それなりに充実した毎日を過ごしていた。 「それじゃ「」、金曜だし一杯やってくか」 「いいですね主任、ごちそうさまです!」 「おごり前提かよ・・・」 中洲の、繁華街からちょっとだけ離れたところにある居酒屋が 「」の支店のメンバーいきつけの店だった。 今日も焼酎と魚を楽しんで、来週も頑張ろうということになり 各々帰途についたのだった。 「」の家は、その居酒屋から2kmほどだ。 酔いを醒ますためにも「」は歩いて帰ることにした。 最近は新しい店も増えてきたみたいだし、繁華街の中を通って 来週も先輩に連れて行ってもらおう、などと考えていた。 きょろきょろ店を物色しながら歩いていると 建物の影、生ごみのポリバケツのところに、小さい緑の影が見えた。 —実装石か・・・ 「」は特に虐待派でも愛護派でもない。 大学生のころ、友人に連れられてヒャッハーに参加したことはあったが どんなに醜悪とはいえ生き物の命を奪うことには抵抗を感じた。 何より服が汚れ匂いがつくことと、ヒャッハー中の友人の形相にドン引きした。 それ以来、特に「」は実装石に主体的に関わるようなことはなかった。 せいぜい託児された時、ビニールの袋をそのまま実装処理箱に入れていたくらいである。 「この糞虫ども!しょうこりもなくゴミあさりしやがって!」 建物のドアが開き、店のバイトらしい若い店員が怒鳴り声をあげた。 そして、なにやら柄杓のようなもので実装石に液体を振りかけた。 「デッギャァァァァ!!!!!」 —ああ、グツグツのラーメンのスープでもかけられたのかな あいつら熱に弱いっていうからな・・・。 液体をかけられた実装石は悲鳴を上げている。 よくある風景だ。 と、思っていた。 しかし、実装石の苦しみ方が異常だ。 火傷を負いながら逃げて行くのかと思いきや その場で悲鳴だけあげている。 よく見てみると、液体をかけられたと思われる身体左半分から シュウシュウと煙のようなものが出ている。 「」はつい気になって、少し近くに行ってみた。 その身体左半分は、溶けてなくなっていた。 溶けは実装石の身体を徐々に蝕んでいき、やがてそこには何も無くなった。 —おいおい、大丈夫か食い物屋でそんな薬品っぽいもの使って・・・ 「あ、うるさかったっすか?すみません」 店員がぼーっと見ていた「」に気がついて声をかけた。 「あ、いえ、こちらこそ・・・今のは何かの駆除薬ですか?」 「ああ、今のですか?ただの水ですよ」 「ただの水?だって実装石が溶けて・・・」 「あ、お客さん、こっちの人じゃないですね?出張ですか?」 「はあ、まだこっちに赴任してきて日が浅いもので」 「この辺の店は皆この水を使ってますよ。 お客さん、気づきませんか?この辺は実装の汚れが目立たないのを」 確かに言われてみればそうだ。 東京にいたころはあんなにそこかしこに目についた実装石が ここではほとんどいない。 繁華街を歩けば、ちょこちょこカサカサ動く姿やその死体 もしくは臭い等で嫌が応にも目に触れていたのに。 「これを使うと、跡形も残らないから衛生的なんですよ」 「で、でも何か強い成分が入っているんじゃないですか?あぶなくないですか?」 「あはは、本当にただの水ですよ。普通に飲めますよ」 と、言って店員は柄杓からコップにその液体を移しごくりと飲んでみせた。 「一体、その水は何なんです?」 「これは、大分産の天然水ですよ。なぜか実装石を溶かすことができるんです」 「は、はあ・・・」 「」は理解ができなかった。理解の常識を超えている。 なぜ大分産だと実装石が溶けるのか。 確かに実装石自体はトンデモ生物だが、そんなのはいくらなんでもおかしいだろう。 とはいえ、先ほど目の前で見た光景は事実である。 狐に抓まれたような気持ちになり、「」は家に帰った。 家に帰ってからも「」は先ほどの光景と釈然としない大分水の力が気になり インターネットで色々と調べてみた。 不思議なくらい、情報がなかったがぼんやりとわかったことは ・大分県には実装石が存在しない ・その理由は、誰もわからない ・そういった情報についてのHP、掲示板等はすべて閉鎖・消去されている これだけであった。 過去ログや魚拓を探ってみても、何か統制が敷かれているかのように 該当箇所は見つからなかった。 最もはっきりとしていた情報は、大分県の県庁HPくらい。 「実装石のいない県、大分」このフレーズである。 「」は何か言い知れぬ不安と疑念にかられ、その夜はよく眠れなかった。 翌日土曜日、「」は大学時代の虐待派の友人の携帯電話を鳴らした。 「はい、としあきです」 「ああ、「」だけど、久しぶり」 「「」か!久しぶりだな!元気かい?福岡はどうだい?」 「いいところだよ。今度遊びに来いよ。」 「こっちも仕事が忙しくてなー。まだ給料も安いし」 としあきは大学卒業後、都内の出版社に就職した。 虐待派として様々なメディアに、文章だのなんだのを投稿していたのが その会社のとある人物の目にとまったらしい。 なんでも色々やってみるもんだな、と当時は思ったものだ。 「で、いきなり何で電話くれたんだい?広告の仕事でもくれるのかい?」 「いや、仕事の話じゃなくて、実装石のことで聞きたいことがあって・・・」 「お前実装石についてはドン引きしてなかったっけ? まあいいや、なんだい?」 「大分県のことについて聞きたいんだ」 「う、うん。あ、今日は今、会社にいるんだ。また後でこっちからかけ直す」 「ああ、そりゃ悪い。出版社は大変だなあ」 「とにかく、後で」 「お、おう、何かあったのか?」 「とにかく、後で」 プチン、と携帯を切られてしまった。 仕方ないのでまた情報収集をしていると深夜になり、としあきから電話が来た。 「いやあ、さっきは悪かったな。」 「忙しかったのかい?こっちこそ悪い」 「ああ、違うんだよ、大分のことについては、あまり人がいるとこじゃ話せないんだ」 それからとしあきは大分のことについて色々と教えてくれた。 大分県、という概念自体が実装石を完全に拒否しているということ。 虐待派、愛護派どちらにとっても、実装石自体を完全に世界から消滅させてしまう懸念があるため なにか大きな力によって、大分県の力については情報統制がされているということ。 ローゼン社やメイデン社のような超大手実装関連企業の研究者が大分の力について研究しているが 未だその力については解明されていないということ。 「今日話したことも、マスに流しちゃだめだからな」 「そんな情報、俺に話しちゃってとしあきは大丈夫なのかい?」 「ああ、別に、個人で知ってる分には何もないさ。そういうもんなの」 「何かよくわからんが、実装石をとりまく世界も複雑なんだな・・・」 「まあなあ。「」は大分の力を使って虐待するのかい?いいなあ、俺もやってみてえなあ」 「いや、虐待なんてしないよ。ただ、不可思議な力が何だったのか知りたかっただけ」 「くっそう、いいなあ・・・いいなあ・・・」 「今度遊びに来いよ(笑)」 そんな感じで電話を終えた。 しかし、虐待なんて趣味はないけれど・・・ 大分の力・・・もっと見てみたい・・・知りたい・・・ そういった感情が、確かに「」の心の底に生まれたのだった。 続く
