『昼下がり』 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「あー、かったりぃ」 今日も公園は騒々しい。なるべく汚れていないベンチを選んで軽く払うと、意を決して座り込む。 座り込んだとたん、周りの茂みからわらわらと野良猫が湧いてきた。 けっこう臭う。よくもまあ好き好んでこんなの相手にするよなぁ、と俺はげんなりした。 臭い野良猫どもに有無をいわさずスプレーを降りかける。 が、野良猫どもは一向に散る気配がない。連中もちゃんと知っているのだ。 このあと飯にありつけることを。 「ごめーん、遅くなった」 「遅いよ」 「お兄ちゃんが手伝ってくれないからでしょ!」 紙袋を抱えた小柄な少女が俺の前に立つ。4つ下の妹だ。 ぷぅ、っとただでさえ丸い顔を膨らませるので、まるでアンパンマンのよう。 もちろん口にはしない。言ったらぶっ叩かれるに決まっている。 「そんなことより何やってるのよ、お兄ちゃん。 ちゃんとゴハンの準備してて、って言ったでしょ」 「してるじゃないか。ほら」 「防虫スプレーはあとでいいの! まったく、なんでそんないい加減なの?」 「お前こそなんでそんな真面目なんだよ。 たかが野良……地域猫相手に」 ベンチに紙袋を下ろしながら、ぶつぶつと文句を言っていた妹の目がすっと細くなる。あ、やばい。 「……お兄ちゃん、いま野良って言った」 「……言ってません」 「言ったもん!」 「言ってません!」 「もう! ここの猫ちゃんは野良じゃないんだからね! お兄ちゃんが「野良」「野良」って言うから、みんなちっとも手伝ってくれないんじゃないの」 「手伝わないのは俺のせいじゃないって! それよかアレだ、お前、地域猫の世話、言い出しっぺの「」先生がこないのはおかしいだろ!?」 ずいっ、と顔を近づけて下から睨めつけてくる妹に俺はやや圧されぎみ。 太い眉をぐっと吊り上げて怒る妹の視線から逃れながら、俺は話題を変えた。 「「」先生は今日は病院の仕事がある、って言ってたじゃん。 あと今日は手術できるから、ぶちっ子とさびっ子を連れてこい、って言ってたよ」 「うぇー。それで俺かよ」 「しょうがないでしょ。ぶちとさび、お兄ちゃんに一番馴れてるんだから」 妹は話題を変えるとすぐに乗ってきた。先程まで不機嫌だったのはころっと忘れたように、 背負っていたキャリーゲージをふたつ、ベンチの上に置く。 それを合図に、妹と俺は猫の餌やりの準備をはじめた。黙々と餌皿を並べ、カリカリフードを分けていく妹。 俺はその横で、ペットボトルに入れてきた水を、水皿に移していく。 しばらく何も喋らずに、俺たちはただ猫の世話をした。 軍手をつけた手で、寄り集まってきた猫の背を撫でながら、妹がポツリと言う。 「お兄ちゃん。私たちのやってることって、間違ってるのかな……」 「……」 俺には答えようのない質問だ。俺は黙って少なくなった水皿に水を足してやる。 地域猫。 野良猫を地域で世話をしよう、と言い出したのは近所の獣医さん、「」先生だった。 餌となる実装石が増えたため、公園の野良猫が増えすぎたのをどうしたものかと頭を捻っていた時に、そう提案したのだ。 野良猫を餌付け、調教し、一網打尽に去勢・避妊する。そうすればこれ以上個体数が増えることはない。 もちろん、今すぐに野良猫を一斉駆除すべき、という意見もあったが、それを提案した人間が率先してやるはずもない。 また、野良実装の駆除と処分で手一杯の行政にも多くは期待できなかった(現状、持ち込み以外の猫の処分はストップしている)。 けっきょく、汚れ役とも言うべき「地域猫活動」は獣医を初めとする有志に一任されることになった。 その「有志」の中に俺がカウントされているのは、あまり愉快な話ではなかったが、しょうがない。 地域猫活動は自治会で承認された活動であるにもかかわらず、いまだ偏見をもって見られている。 いつだったか、妹が一人で世話をやっていると、近所のボケジジィが「餌播きするな!」と怒鳴りつけたことがあった。 以来、妹の懇願もあって、俺も一緒に世話をしているのだ。 ちゃんとトイレの世話をしていても、公園の帰りには後ろ指を指されることもある。 地域猫の世話は憂鬱だったが、妹は気丈にも続けている。俺もそれに付き合わされる形で、もう半年近く世話をしていた。 猫の背をさすっていた妹の手が止まる。 軍手を嵌めているのは、母親の言いつけがあるからだ。 「汚い野良猫に触って病気になったらどうするのか」というのが、母親の言い分。 妹が「地域猫だ」と反論しても聞こうともしなかった。 ……よくよく考えると、ぜんぜん味方居ないよなぁ…… 俺は縮こまってしまったように見える妹に言った。 「……誰かに代わってもらおうか?」 妹は黙ったまま頭をフルフルと振った。伸ばしかけの髪がゆらゆらと揺れる。午後の日差しを浴びて、奇麗だった。 「私がはじめたことだもん。最後までやる」 妹はそう言うと吹っ切ったかのように立ち上がり、 紙袋の中から、スコップと厚手のごみ収集袋を取り出して公園の一角に向かう。猫用公衆便所の掃除に行くつもりのようだ。 「お兄ちゃん、ぶちとさび、ちゃんと掴まえておいてね」 振り向きもせずに、そう言いおいて駆け出した妹の背中を、俺は黙ったまま見送った。 意地っ張りだから、泣いてるところを見られたくないのだろう。いつもそうだった。 しばらく時間をおいてから追いかけよう、そう思った俺は、ぶちとさびを抱えあげ、キャリーゲージに放り込んだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ キャリーゲージに2匹の猫を放り込んだあと、俺は妹の後を追う。 が、妹が居ると思われたところには誰も居なかった。 公園の一角、猫用便所には新しい砂が入れられ、糞も落ちていない。 どうやら地域猫活動の数少ない有志が、先に掃除をしておいたらしい。 普段は顔を合わせることもないが、ちゃんと活動している仲間が居るというのはありがたい。 ほんの少し気持ちが軽くなった俺は、いま来た道を引き返す。 この様子なら、入れ違いに妹は最初居たベンチに戻っている、そう思ったからだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ ベンチに辿りつく前に、なにやら言い争っている声が公園の奥のほうから聞こえてきた。 聞き覚えのある声が混じっている。 ああ、またか……。公園の奥は実装石の巣だから近づくなよ、ッつっといたのに。 俺は足を騒動の元へと向ける。早いとこ連れ帰らないと拙そうだ。 「だから、なんでこんなことするの!?」 「五月蝿いわねぇ……ねぇお兄ちゃん、早く行こう?」 「待ちなさいよ! いくら相手が実装石でもかわいそうでしょ!」 「ナニいってんの? キモいよ、ブス」 「……!」 近づくにつれ、口論しているのは妹と、年恰好の良く似た女の子だとわかった。 妹と口論している女の子の傍には、ぼんやりした感じの男が立っている。俺とおなじくらい……か? ブス、と言われて固まってしまった妹の傍に寄ると、俺はその肘を掴んだ。 ブス、と言ったわりに、相手の少女もそうたいしたツラではない。 一目で弄っているとわかる眉を見るかぎり、背伸びして化粧をはじめたけど微妙、といった雰囲気。 さすがに妹をブス呼ばわりされて気分が良いわけもなかったが、実装石甚振って楽しんでるような手合いと関わるのもごめんだ。 「帰るぞ」 「—お兄ちゃん! ちょっと待ってよ!」 妹は肘を掴まれてはじめて俺の存在に気付いた、というように目を丸くした後、すぐに俺の手を振りほどく。 「この人たち、実装石にウソついてたんだよ!」 妹は兄妹らしき二人組を指差して言った。それを聞いた眉毛の微妙な少女が食ってかかる。 「ウソなんかついてないわよ! そっちこそバカなんじゃないの!?」 「飼ってあげる、って言ってたじゃない! 飼えないのに飼ってあげる、って言うのはウソじゃないの?」 「はぁ? 放し飼いでも飼ってあげるのはウソじゃないでしょ! ヘンなこと言わないでよ!」 二人の少女の言い争いはますますヒートアップする。たぶん当事者だと思われる、ベンチの上の仔実装を無視したまま。 言い争いに辟易したのか、ぼんやりした感じの男がそれを拾い上げると、服と髪をむしって地面に転がした。 悲鳴をあげて地面を転がる禿裸仔実装。 その仔実装に、わっと群がる野良実装石たち。 二人の少女の足元で、野良実装石の饗宴が始まった。 固まったまま動けなくなる妹を尻目に、勝ち誇ったかのように微妙な少女が言った。 「見なさいよ! どうせ実装石なんてクソムシよ! 共食いしてる実装石が可哀想だなんてイカレてるんじゃないの? ……けど、さっすがお兄ちゃん。やっぱり最高!」 見せつけるかのようにぼんやりした男の腕に自らの腕を絡ませ、体を密着させる微妙な少女。 なんとなく、うまく説明できないけれど、俺はそれに邪なものを感じた。 妹はというと、そんな少女の言葉も耳に入らないかのように、足元で繰り広げられる饗宴に見入っている。 微妙な少女とぼんやりした男は、冷めた視線を妹と俺に投げつけて、その場を後にした。 禿裸仔実装が骨も残さず食い尽くされ、野良実装石どもが散り散りになっても、妹はそこから動こうとしなかった。 押し殺した泣き声を上げ、肩を震わせる妹。俺はその肩に、そっと手を置いた。 一瞬、ビクッとした妹が、腕で涙を拭い、顔を上げる。涙の伝った跡が頬に残り、痛々しかった。 何も言わずに俺は持っていたハンカチを差し出す。 妹はそれを黙って受け取ると、まるで顔を見られるのを嫌がるように広げて顔を覆った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 妹と二人、俺たちは動物病院への道をだらだらと歩く。 妹は紙袋を抱え、俺は両手にキャリーゲージ。中にはぶちとさびの猫が居る。 「……別にね。実装石が悪くないなんて言うつもりはないの。 臭いし、汚いし、言うこと聞かないし、いいとこなんて一つもないと思う 猫ちゃんたちのほうがずっとマシ」 並んで歩きながら、妹は言う。 「けどさ。だからって殺したり、苛めたりするのは、なんか違うと思う」 きっぱりという妹の横顔を眺めながら、俺はホッとした。 実装石、なかでも野良実装石となれば、これは害獣だ。もちろん駆除されて然るべきシロモノだし、腐ったナマモノだ。 けれど。 それは俺たちのすることじゃない。 害獣だから苛めてもいい、殺してもいい。一面において事実かもしれないが、正解ではありえない。 向こうから寄ってこないかぎり、迷惑を被らないかぎり、それはしてはならないことだ、と思う。 うまく説明は出来ない。 ただなんとなく、気に食わない害獣だから潰してもいい、みたいな考え方は危ないんじゃないか、と思うのだ。 陰惨な場面を目にしながら、妹はちゃんとその辺のことが分かっているみたいだった。 地域猫活動も、ただ単に「猫がかわいいから」という理由だけでは続かない。 妹には妹なりの、ちゃんとした考え方があるんだ、とあらためて気付かされて、その横顔がなんだか眩しく見えた。 ふわり、ふわり。 歩みを進めるたびに、伸ばしかけの妹の髪が、その丸い頬の上で揺れる。 奇麗だな、と思った。 「なぁに、お兄ちゃん?」 視線に気付いたのか、妹がこちらを見上げてきた。まっすぐ見られると、心の底を見透かされたようで、なんだか照れる。 「……いや。まだ病院開いてるのかな、と思って」 ぜんぜん関係ないことを俺は言う。 が、妹は腕時計に目を落とし、目を丸くした。 「いけない! もうこんな時間! 「」先生待ってるよ、早く行かなくちゃ!」 妹はそういうが早いか、いきなり駆け出した。 「ちょ……! 待てよ! こっちは両手ふさがってんだぞ!」 俺は両手に提げたキャリーゲージを小脇に抱えて走り出す。 「あはは! 早く早く! おいてっちゃうよー♪」 紙袋を抱えたまま、跳ねるようにして駆けていく妹を追いかけながら、 俺は、もうしばらく地域猫活動に付き合ってやるか、という気分になっていた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 【スクに女の子分が足りないとお嘆きのギロに捧ぐ】
