■山月実装せ記(山月記パロ) 東京の敏明は、不働怠惰、21世紀、いい年して働かず、ついで漫画喫茶に住み着いていたが、 自尊心だけはすこぶる厚く、ニートに甘んずるを潔しとしなかった。 人と交りを絶って、ひたすらギャルゲーのシナリオ製作に耽った。 コンビニ店員となって長く膝を俗悪な社会の前に屈するよりは、 シナリオライターとしての名を死後百年に遺そうとしたのである。 しかし、文章スキルは容易にあがらず、生活は日を追うて苦しくなる。 敏明はようやく焦躁に駆られて来た。 この頃からシナリオを書くよりもネットに浸る時間が多くなり、某板で人の作品を罵り、嘲り、 ディスプレイを覗く眼光のみいたずらに炯々として、 かつて親のスネをかじっていた頃の裕福なおもかげは、どこに求めようもない。 数年の後、貧窮に堪えず、自分の衣食のためについに節を屈して、 再び実家へ赴き、自宅警備士の職を奉ずることになった。 一方、これは、己のシナリオ業に半ば絶望したためでもある。 かつての同輩は既にはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中を羨めばならぬことが、 自称、俊才の敏明の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。 彼は往々として楽しまず、狂悖(きょうはい)の性はいよいよ抑え難くなった。 一年の後、遂に発狂した。 ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、 何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。 彼は二度と戻って来なかった。 附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。 その後、敏明がどうなったかを知る者は、誰もなかった。 翌年、警察官、葛飾署の中村という者、用事を受け本署に向かい、遅くなったので近くのホテルに宿った。 次の朝、まだ暗いうちに出発しようとしたところ、ホテルのボーイが言うことに、 これから先の道に糞を投げる実装石(じっそうせき)が出る故、歩いていくにはレインコートでも着なければ、通れない。 今はまだ朝が早いから、迂回して違う道を通った方が宜しいでしょうと。 中村は、しかし、出勤時間までに葛飾署に戻りたいこともあり、ボーイの言葉をしりぞけて、出発した。 残月の光と街灯をたよりに細道を通って行った時、果して一匹の実装石が公園の草むらから躍り出た。 実装石は、あわや中村に糞を投げかかるかと見えたが、たちまち身をひるがえして、元の草むらに隠れた。 草むらの中から人間の声で「あぶないところだったデス」と繰返し呟くのが聞えた。 その声に中村は聞き憶えがあった。驚懼(きょうく)の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。 「その声は、我が友、敏明ではないか?」 中村は敏明の小学校時の同級生であり、友人の少かった敏明にとっては、最も親しい友であった。 温和な中村の性格が、内弁慶な敏明の性情と衝突しなかったためであろう。 草むらの中からは、暫く返辞が無かった。 デッデッとしのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。 ややあって、低い声が答えた。 「如何にも自分は敏明デス」と。 中村は恐怖を忘れ、草むらに近づき、懐かしげに久闊(きゅうかつ)を叙した。 そして、何故草むらから出て来ないのかと問うた。 敏明の声が答えて言う。 自分は今や異類の身となっているデス。 どうして、おめおめと友の前にあさましい姿をさらせるデス? かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に嫌厭(けんえん)の情を起させるに決っているデス。 しかし、今、図らずも友に遇うことを得て、愧赧(きたん)の念をも忘れる程に懐かしいデス。 どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭わず、 かつて君の友人であったこの自分と話を交してくれないデス? 後で考えれば不思議だったが、その時、中村は、 この超自然の怪異を、実に素直に受け入れて、少しも怪もうとしなかった。 彼は草むらの傍に立って、見えざる声と対談した。 最近のニュース、旧友の消息、中村の現在の職、それに対する敏明の祝辞。 青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、 中村は、敏明がどうして今の身となるに至ったかを訊ねた。草中の声は次のように語った。 今から一年程前、ある夜のこと、一睡してから、ふと眼を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。 声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中からしきりに自分を招く。 覚えず、自分は声を追うて走り出した。 無我夢中で駈けて行く中に、何時しか道は公園に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手が丸まっていた。 何か身体中に力が抜けていくような感じで、鈍足になっていった。 気が付くと、前頭部や後頭部のあたりに長い栗毛を生じているらしい。 少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に実装石となっていた。 自分は初め眼を信じなかった。 次に、これは夢に違いないと考えた。 夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。 どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。そうして懼(おそ)れた。 全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。 理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々ナマモノのさだめだ。 自分は直ぐに死を想うた。 しかし、その時、眼の前に散乱した生ゴミを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。 再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口は汚物にまみれ、あたりには残飯が散らばっていた。 これが実装石としての最初の経験であった。 それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。 ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還って来る。 そういう時には、かつての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、 T○Heartの全ヒロインの3サイズを誦(そら)んずることも出来る。 その人の心で、実装石としての己の醜悪な行いのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。 しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。 今までは、どうして実装石などになったかと怪しんでいたのに、 この間ひょいと気が付いて見たら、ワタシはどうして以前、ニンゲンだったのデス?と考えていた。 これは恐しいことだ。 今少し経てば、ワタシの中のニンゲンの心は、実装石としての習慣の中にすっかり埋れて消えてしまう。 ちょうど、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋没するように。 そうすれば、しまいにワタシは自分の過去を忘れ果て、一匹の実装石として狂い廻り、 今日のように道で君と出会っても友と認めることなく、君に投糞して何の悔も感じない。 一体、実装石でも人間でも、もとは何か他のものだったんだろうと思う。 初めはそれを憶えているが、次第に忘れてしまい、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか。 いや、そんな事はどうでもいいデス。 ワタシの中の人間の心がすっかり消えてしまえば、恐らく、その方が、ワタシはしあわせになれるデス。 だのに、己の中のニンゲンは、その事を、この上なく恐しく感じているのデス。 ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っていることデス! ワタシがニンゲンだった記憶のなくなることを、デス。 この気持は誰にも分らないデス。誰にも分らないデス。 ワタシと同じ身の上に成った者でなければデス。 ところで、そうデス。 ワタシがすっかり実装石なくなってしまう前に、一つ頼んで置きたいことがあるデス。 中村は、息をのんで、草むらの中の声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。 他でもないデス。 高貴で頭脳明晰なワタシは元来シナリオライターとして名を成すつもりでいたデス。 しかも、未だ成らざるに、この運命に立至ったデス。 かつて作るところのシナリオ数篇、もとより、まだ世に行われておらぬデス。 これは国家の損失デッス! 神への冒涜デッス! だから、それを各所に発表して欲しいデス。 あ、そうデス。 シナリオのデータを吸い出した後、ハードディスクを物理的に破壊するのを忘れないで欲しいデス。 言い終った敏明の声は、突然調子を変え、自らを嘲るかごとくに言った。 はずかしいことデスが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、 ワタシは、ワタシのシナリオの同人誌がコミケのカベサークルの机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのデス。 ダンボールの中に横たわって見る夢にデス。わらってもいいデス。 シナリオライターに成りそこなって実装石になった哀れな男を、デス。 中村は昔の少年敏明の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いていた。 そうデス。お笑い草ついでに、今の想いをもとに作った即席のシナリオをプロットで述べて見るデス。 この実装石の中に、まだ、かつての敏明が生きているしるしデス。 ある小学校の女の子が歩いてくるデス。 すると、マラをつけた実装石が現れるデス。 実はそのマラ実装は、その女の子が好きな男の子の変わり果てた姿だったのデス。 そして、女の子はそのマラ実装を受け入れ、ワタシの好きなように蹂躙されるのデス。 デププ。 時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。 中村は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、このニートの勘違いを嘆じた。 敏明の声は再び続ける。 何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったデスが、 しかし、考えようによれば、思い当ることが全然ないでもないデス。 ニンゲンであった時、ワタシは努めて人との交りを避けていたデス。 ワタシは自分を夢に生きる男だ、尊大だと思っていたデス。 実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、ワタシは知らなかったデス。 もちろん、かつて、いずれギャルゲー界の至宝になると書き込みされたことがある自分に、自尊心が無かったとはいわないデス。 しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであったデス。 ワタシはシナリオによって名を成そうと思いながら、 進んで師に就いたり、同志と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかったデス。 かといって、ワタシはオマエ達のような俗物の間に伍することも潔しとしなかったデス。 共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為デス。 ニンゲンは誰でも実装石であり、その実装石に当るのが、各人の性情だというデス。 ワタシの場合、この尊大な羞恥心が実装石だったデス。実装石だったのデス。 これがワタシを損い、親を苦しめ、友人を傷つけ、 果ては、ワタシの外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えてしまったのデス。 ワタシはなんて惨めデス。カワイソウなんデスゥ。 そうデス。もうひとつ頼みがあるデス。 この運命に翻弄された哀れな実装石を飼うデス? 確か、お前の家は裕福だったと思うデス。 ワタシは、「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い」などと 口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、尊大な羞恥心と刻苦を厭う怠惰とがワタシの全てだったのデス。 ワタシよりも遥かにクソで乏しい才能でありながら、 それを専一に磨いたがために、堂々たるシナリオライターとなった者が幾らでもいるんデス。 実装石と成り果てた今、ワタシは漸くそれに気が付いたデス。 それを思うと、ワタシは今も胸を灼かれるような悔を感じるデス。 ワタシには最早ニンゲンとしての生活は出来ないデス。 つくづくカワイソウなワタシデスゥ。 でも、ワタシは決心したデス。 今度は人生を実装石生をやり直すデス。 飼い実装としてやり直すことにするデス。 だからオマエにワタシを飼うことを デベッ 中村は、制服が汚れることを厭わず、草むらから躍り出てきた実装石を踏み潰し、 8万もする革靴を緑と赤のマーブル色に染めながらもで執拗に磨り潰した。 そして、懇ろに別れの言葉を述べ、歩き出した。 中村は幾度か草むらを振返りながら、涙の中に出発した。 人の成れの果ては、実装石なのではないか。 若しくは、人は、基から実装石だったのではないだろうか。 中村は、そんなことを思いながら、実装石になってしまった友人の不幸を哀れんだ。 ようやく辺りの暗さが薄らいで来た。 木の間を伝って、何処からか、暁角(ぎょうかく)が哀しげに響き始める。 踏み潰され、磨り潰された実装石は、既に白く光を失った月を仰いで、 二声三声、デェ…と鳴いたかと思うと、草むらから現れた同属に貪り食われ、再びその姿を見なかった。 完 __________ 過去スク 実装石のお食事1と2 実装石を殺そう 感想ありがとうございます! あんな拙著に感想どころか助言までいただきまして、感激です(T_T) 新味って難しいですね。 考えていても、もう書き尽くされた内容しか思いつかないです。 でも、いつか皆さんに、読んでよかったと思えるスクをかけるように頑張ります! 王道パターンもまだ勉強不足なんで、過去スクをいっぱい読みたいと思います! それでは、ありがとうございました。ではまた。
