『可愛い妹』 ------------------------------------------------------------------------------------------------ なるべく汚れていないベンチを選び、さらに用意してきたレジャーシートを敷いた上で腰を下ろす。 そして何げない様子で雑談していると、案の定、野良実装たちが近づいて来た。 彼らもギャクタイされたりクジョされたりでニンゲンが危険な存在だという認識はある筈だ。 だが、それ以上に彼らは「構ってもらいたくて」仕方がない。 可愛いと褒めてもらって、一緒に遊んでもらって、ゴハンかお菓子を与えてもらって。 最後は家に連れ帰り家族の一員として迎えてもらいたいのである。 生物ではなく人形として生まれたとも言われている実装石の、それが偽石に刻まれた本能なのだ。 だから、こちらが殺気を押し殺してしばらく待てば、すぐに野良実装は警戒を解いてしまう。 そして、 「……デッスーン♪」「テチィッ♪ テチィッ♪」「テチュンチュン♪」 構って遊んでゴハン恵んで可愛がってと、わらわら群がり集まって来るのだ。 その中の一匹、親指実装を抱いた仔実装が僕は気に入った。 リンガルを向けて話しかけてやる。 「可愛い親指ちゃんだね、キミの妹かい?」 『そうテチ♪』 仔実装は、にっこりすると親指実装を高く掲げてみせる。 『まだ生まれたばかりテチけど、おあいそが得意なお利口さんテチ♪ 妹チャ、おあいそするテチ♪』 『レッチューン♪』 姉に抱え上げられながら媚びてみせる親指実装。 僕は薄く笑うと、「連れ」に頷きかける。 「……わあっ、本当に可愛いわあ」 芝居じみた口調で言いながら「連れ」はベンチから立ち上がった。 「ねえ、妹さんを、わたしにも抱っこさせてくれない?」 『喜んでお願いするテチ♪ ニンゲンさんに可愛がってもらえたら妹チャも喜ぶテチ♪』 警戒心の欠片もなく答えた仔実装から、僕の「連れ」は両手で優しく包むように親指実装を受けとった。 そして子供に「高い高い」をするように抱き上げてやる。 親指実装は嬌声を上げた。 『レチャッ♪ レチャッ♪ オネチャの抱っこより高いレチィ♪』 『よかったテチね妹チャ、羨ましいくらいテチ、オネチャもタカイタカイしてほしいテチよ』 やってやれば、と眼顔で「連れ」が促すが、僕は苦笑いで首を振る。 手が汚れそうだから。 「ねえ、仔実装ちゃん? 可愛い妹さんを、わたしに譲ってもらえないかなあ?」 『テッ……!?』 僕の「連れ」の提案に、仔実装は眼を剥いた。 『それは……妹チャを飼い実装チャにしてくれるってことテチ?』 「そういうことになるわねえ」 にんまりと笑ってみせる僕の「連れ」。 その笑顔の危険性に人間なら気づくだろうが、実装石に人情の機微など通じない。 仔実装は困った様子で、 『ありがたいお話テチけど、ママに訊いてみないと……』 「そう? 残念ね、わたしも急いでいるから、あなたたちのママの返事を待っている時間はないの」 『だったらワタシの仔を飼えデスゥッ! ついでにワタシも飼われてやるデスゥッ!』 周りの野良の一匹が声を上げ、ほかの連中もデスデステチテチわめき出した。 『ワタチが飼い実装チャになってやるテチ! そんなチリぃオヤユビより元気いっぱいテチ!』 『元気ならワタシのほうが負けないテスー』 『テステス間の抜けた声で鳴くんじゃないテチ、オバサン! 飼われるのは可愛いワタチに決まっテチ!』 『ワタシたちなら親仔で飼われてやるデッスン♪ いまなら蛆チャも二匹ついてくるデッスン♪』 「そうね……すぐに答えが出ないなら、よその仔を貰って帰ろうかしら」 ほくそ笑みながら「連れ」が言うと、その手に抱かれている親指が「レチィッ!」と声を上げた。 『オネチャ、ワタチはニンゲンさんに飼われたいレチ! こんなチャンスは滅多にないレチ!』 『でも……ママに訊かないと……困っテチ……』 『オネチャ! お願いだから、いいと言ってほしいレチ! ママだって絶対反対しない筈レチ!』 『……わかっテチ』 仔実装は大きく頷くと、僕たちに向かって頭を下げた。 『妹をお願いするテチ、飼い実装チャとして可愛がってあげてくださいテチ』 「そう? ありがとう、それじゃあ……」 にやにや笑っている「連れ」から僕は親指実装を受けとった。 そして、ベンチの後ろに生えていた木の枝に、ひょいと載せてやった。 『レッ……レェェェェェッ!?』 悲鳴を上げた拍子に落っこちそうになって、慌てて枝にしがみつきながら、盛大にパンコンする親指実装。 『高いレチ怖いレチ! やめてレチ下ろしてレチ!』 『妹チャァァァァァッ!? いったい何するテチ、ニンゲンサンッ!?』 悲鳴のように叫ぶ仔実装に、にやりと笑って僕は言ってやる。 「下ろしたら途端に野良に喰われると思うよ、親指の飼い実装なんて」 『この公園の実装石はそんなことしないテチ! 御主人様と一緒にいる飼い実装に手は出さないテチ!』 「それは飼い主が見ていなければ襲うと言ってるのと同じだと思うけど……それはともかく」 僕の言葉を引き継いで「連れ」が言う。 「うちのマンションはペット禁止だから、妹さんは公園で放し飼いにしてあげるのよ」 『放し飼いって、そんなの飼い実装とは言わないテチッ!』 ぴょんぴょん飛び跳ねながら抗議する仔実装に「連れ」は冷ややかに笑って、 「言うのよ、ニンゲンの世界の常識では。ね、お兄ちゃん♪」 「ああ」 僕は「連れ」——妹の言葉に、にやにやしながら頷いて、 「それでも公園じゃ野良に襲われる危険があるから、手の届かない木の上に住まわせてやったんだ」 『テチャァァァァァッ! オマエたちに妹は預けられないテチッ! いますぐ返せテチッ!』 なおも言いつのる仔実装に、妹はわざとらしく、ため息をついてみせた。 「返せって、モノじゃないんだから。妹さんは、わたしたちに飼われたいと自分の意志で言ったのよ?」 『飼われるのヤメるレチィ……! ここから下ろしてレチィ……!』 枝にしがみついて、ぶるぶる震えながら親指実装は泣きじゃくる。 妹は肩をすくめてみせ、 「あっそ、わたしたちに飼われたくないって。どうしよっか、お兄ちゃん?」 「このまま公園に捨てていくか。でも飼い実装を捨てたら、やっぱり野良に襲われるだろうし」 「それをわかっていて、ただ捨てるのも可哀想ね。このまま木の上で元気に暮らしてもらいましょうか?」 「そうするか」 妹と僕は頷き合うと、それ以上は仔実装の抗議にも親指の泣き言にも耳を貸さず。 さらに、ほかの野良実装の嘲笑や、 『あのオヤユビが気に入らなかったならワタシの仔はどうデスーッ?』 という勘違いも甚だしい申し出も無視して、その場を後にした。 公園を出て行く間際に、 「…レピャッ!?」 という、まるで小さな実装石が高いところから落ちて潰れたような悲鳴と、 「テヂャァァァァァッ!?」 その肉親のものらしい悲痛な叫びが聞こえて、妹と顔を見合わせ笑ってしまった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 僕の妹は四つ年下の十四歳だ。 ティーンズ雑誌の読者モデルをしているくらいの美人で、僕との兄妹仲は悪くない。 何より実装石に対しては虐待派だ。日曜日に僕と一緒に公園に出かけて野良イジメを愉しむほどの。 僕にとっては可愛い可愛い大事な妹だ。 そんな妹が最近、好きな男がいると言い出した。 「誰? どんな奴? クラスメート? それとも先輩?」 僕は訊ねてみたが、妹は「えへへへー」と悪戯っぽく笑うばかりで口を割らない。 「でもねー、ヒントはねー、糞蟲をギャクタイするのが大好きな、わたしと同じ趣味の人」 ……妹の周りにいる虐待派? 僕以外で? そんな奴いたのか? いままで話に聞いたことないぞ。 いや……待て。 まさかね。 そんなラノベかエロゲーみたいな展開……ハハハハ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 【続かない】
