− Gの旋律 実装獣 前編 − 一夜明けて、日も高くなり始めた頃に目が覚める。 アキラは倦怠感を振り払うように一つ大きく伸びをすると、「よっ!」と跳ね起きて小机を手繰り寄 せノートPCを起動する。 昨夜、実装獣の情報を求めて、匿名で実装石関連の情報サイトに書き込みをしたのだ。 スレッドにはすでに30件ばかりレスが付いている。 事態は、思った以上に深刻なようだ。 特に最後の書き込みを見てアキラは考え込む。 >私はしがない実装石ブリーダーですが、実装石駆除用に獣装石を訓練した経験があります 訓練済 みの獣装石は猟犬に近い脅威ですよ? だから、もしあなたが野良の獣装石を相手にするのなら、 野犬を相手にするようなものです 全力で逃げた方が賢明ですよ・・・ ポリポリと鼻の頭をかいて、少々困った様子だ。 「うかつだったなぁ・・・。『3匹を相手にする』事を書き忘れていた・・・。どんな返事が返って きたかな? はははは・・・・。」 ・ ・ ・ 昼を過ぎた頃、アキラは再び「みのり市第3公園」に姿を現す。 実装獣親子のうち1匹はこの目で確かめた。 残り2匹、相手の戦力を確認しなくてはいけない。 最初の実装獣に出会った植栽の辺りを遠巻きに見ていると、背の低い植え込みの影に禿裸の実装石が 隠れて何かをしている。 アキラは気づかれないように〜 といっても、禿裸は一点を凝視して全く無防備だった為、易々と背 後に立つ事が出来た。 「おい、糞禿蟲」 「デェッ!?」 「し〜〜! 静かにコッチに来い。コイツをやろう」 「デデェ!!」 チラリと見せるアキラの手には、薄赤の・・・小さな丸い粒々が一つ。 その手の金平糖をよこせと騒ぐ禿裸を連れて、とりあえずは公園の入り口まで戻り身を隠す。 「よ〜し、俺の質問にちゃんと答えられたらコイツをやる。だが、嫌だと言うならコレだ」 言い終わらないうちに空を切り裂きバールを打ち下ろす。 顔面に寸止めされた禿裸は、後ろに尻餅を付いてパンコンしながらデヒデヒと命乞いをする。 「じゃあ、俺の質問をよく聞けよ。まずは、お前はあそこで何をしていた?」 今度は飴だ、手に持った薄赤をチラチラと見せびらかす。 「デエエエ!・・・ 見張りに失敗したらリンチデスゥ・・・ でもコンペイトウほしいデスゥ!」 「見張り? 失敗しなけりゃいいんだろ? 俺に話したら失敗するのか? 大丈夫なんだろ?」 「デ? そうデス、ニンゲンに話すなとは命令されなかったデス。全部話してコンペイトウデスw」 (馬鹿だコイツ・・・) 「ボスに命令されて長い爪のある親子を見張ってたデス。ボスはチャンスがあったら生意気なあいつ らをブッ殺す計画デス」 「長い爪のある親子とは3匹の喧嘩の強い奴か? それとボスとは物凄く大きいマラ実装だな?」 「そうデスそうデス! ちゃんと話したデス! コンペイトウデス!!」 この禿裸はいきなりのビンゴのようだ、おまけに聞いてもいない抗争関係まで知る事ができた。 ここは一つ、金平糖を連呼する禿裸をじらして、第3公園の現状を根掘り葉掘り聞きだす事にする。 そしてその内容はミノリ少年の情報通り、ビック・マラーの暴虐な統治とは対照的に、実装獣親子は かなり善良な性質であるらしい。 しばしの間、考え込むアキラ。 「そうか・・・。解った、知りたい事はこれで全部だ。十分すぎるくらいだ」 「デッスーン! 早くアマアマのコンペイトウデッスーン!」 「ほらよ・・・」 アキラは手の中の物を無造作に地面に転がすと、足早に実装獣親子の棲家を目指す。 公園の中ほどまで来ると薄汚い実装石と出くわす。 この辺に居る実装石は全てビック・マラーの奴隷ばかりだ。 ドゲシッ!! デベエエ!? 「おいお前、実装獣親子の所まで案内しろ。手足に長い爪の生えた奴らの事だ。嫌なら、殺す」 まずは挨拶代わりに蹴りをくれてやり、それから用件を伝える。 後頭部にスニーカーの跡を付けた案内役を追いたてて、最初に実装獣に出会った場所へと向かう。 すると程なく、日向ぼっこをしている何組かの実装石親子を見つける事ができた。 そして禿裸の情報通り、実装獣親子は護衛を兼ねてその近くで昼寝をしている。 「デエ〜・・・ニンゲン、もうワタシは帰っていいデス?」 「まだだ、慌てるな。これはお前にとっても大事な事なんだぞ」 「おい! 起きろ実装獣!!」 デエエッ!? テチャーー!! デッ!? デスデスーー!! テッチューン? デデスー!! 蜘蛛の子を散らす様にダンボールハウスへ逃げ込む実装石の親子たち。 そして、実装とは思えない俊敏な動きで跳ね起き身構える3匹の実装獣。 「ニ、ニンゲンさん、なんの用デスか?」 思いっきり警戒しつつ、親実装獣が口を開く。 「ん? 気にするな、どこの公園でも普通に見られる光景だ。お前達を駆除しに来た」 「デッ!?・・・ なぜデス!? ワタシたちは何も悪い事はしてないデス!!」 「それは実装石の都合で、だろ? 生ゴミを漁ったり、公園でボコボコ増えたり、人間様にとっては 迷惑以外の何物でもない」 「デエエエ・・・ でもデス・・・・・・」 実装獣は実装石と違って糞蟲性は薄い。 故に、悲しいかなアキラの言い分を、人間側の視点でおぼろげながら理解するだけの知性を持ち合わ せているのだ。 「そんな糞蟲を護衛して、生活の補助をしている以上、お前ら実装獣も害獣と見なす」 「・・・・・・・・・わかったデス・・・ここを出て行くデス・・・・・」 「それも駄目だ、お前達は殺す」 「デエッ!?」 「もし、こっそり逃げたりしたら、その時はこの公園の全ての実装石を皆殺しにする!」 「デエエエエエ!? そ・・・むちゃくちゃデスッ!!」 「この一画の実装石親子だけでも逃がそうと考えているのなら、無駄な事だ、止めておけ。実装石の 足では到底次の住処を見つけるまでは歩けない。仔連れならなおさらだ。親が仔を運ぶのならば、 それも体力的に不可能だ」 「お願いデス! ニンゲンさ・・・ 「それともお前達が運ぶか? 一度には無理だぞ、目立ち過ぎてそれこそ他の人間に駆除されるのが オチだからな。」 「小さい仔もいるデス! せめて仔だけでも・・・ 「そうそうそう! それだそれ、聞いたぜぇ! お前達、他の奴の仔の面倒見も良いんだってな? 可愛いんだろう? 困った事になったよな? ええ? 逃げちゃ駄目だぜ、くっくっくっ・・・」 「あっ! あんまりデス! ワタシたちに死ねと言うデスか!?」 「ふん、死ねとは言ってない、駆除すると言ってるだけだ。嫌なら・・・全力で抵抗すればいい」 「デ?」 「今夜、お前達を駆除する為に、俺はもう一度ここへ来る。それが嫌なら全力で戦って俺を追い返せ ばいい。そうすれば、俺は諦める」 「デエエエ・・・」 「お前なんか、やっつけてやるデス!」 姉実装獣が叫ぶ。 「お前をやっつけて、ママも妹ちゃんも、他のみんなも守るデス! ゼッタイ負けないデス!!」 「ほほお、その調子だ。まあ、せいぜい頑張るこったな。・・・・じゃあ、今晩また来るからな」 ニタリと、笑う顔は邪悪そのもの。 アキラは案内約の実装石を連れて、用心深く彼女達の縄張りを後にし、途中で解放する。 そのまま公園の入り口へと向うと、血泡を噴いて倒れている禿裸には目もくれずに去ってゆく。 「「ママ!」」 親実装獣にしがみ付く実装獣姉妹。 それを、そっと抱擁する。 「悪いニンゲンには負けないデス!」 姉実装獣はまだ感情の高ぶりが収まらない。 「お姉ちゃんは勇敢ないい仔デス。妹ちゃんは優しいいい仔デス。 ママとお前達3匹で頑張れば、 きっとなんとかなるデス。きっと・・・・」 「「ママ・・・・」」 実装獣親子は、まだ知らない。 案内役を務めた実装石が、密告の褒美を目当てに嬉々としている事を・・・ ・ ・ ・ ・ ・ アキラは今夜の準備の為に、何件かの店に立ち寄り買い物をしていた。 最後に馴染みのペットショップを訪れる。 実装獣親子を目の当たりにした感想は、想像通りの強敵だ。 正直な所、予想通りにはならないかもしれない。 ここは一つ、念には念を入れて「保険」を掛けておく必要がある。 アキラは商品を一つ一つ手に取り確認する。 「あ、すいません。この薬剤は実装獣にも確実に効果はありますか?」 これはと決めた商品を手に取り、説明書きを見ながら近くに居た店員を呼ぶ、が・・・。 「はい? え〜〜っと、はい大丈夫ですよ。実装石・実装獣・実装紅・実蒼石にもちゃんと効果あり ます」 先日雇われたばかりの、可愛らしい二十歳前後の女性がニッコリ笑って答える。 うっと一声呻くとアキラは異常なほどに硬直し、その顔は耳まで真っ赤だ。 無邪気な店員はそんなアキラにニッコリ笑うと、手から商品を受け取りレジに向かう。 アキラはぎこちない手で財布を取り出し会計を済ませ、やっとの事で店を飛び出す。 「はあっ はあっ・・・。いや、まいった、いつの間に女の店員になったんだ!? まあいい、これ で必要な物はそろった。後はミノリ少年に連絡し、夜を待つだけだ・・・」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 月明かりの中、実装獣達の住処はひっそりと静まり返っていた。 庇護の下にある実装石の親子達にはダンボールハウスを放棄させ、見つかりにくい植え込みの最奥に 避難させている。 そして実装獣親子は、元の住処を囲うようにして樹木の枝葉に身を隠し、僅かな可能性に望みを託し ていた。 どうか、人間の気紛れでありますように、戦うなんて邪魔臭い事は忘れてますように・・・・ ジャリ・・・ 土を踏みしめる音が、無常に響く。 そこには全身黒ずくめのユニフォームに身を固めたアキラが立っている。 「待たせたな実装獣、始めようか。」 しかし、潜んでいる実装獣親子からの返事は無い。 あの人間が縄張りに入ってきたら木の上から一斉に不意打ちを仕掛ける、その様に親子で決めていた。 一度きりのチャンスを逃すまいと、さらに息を殺す。 「ああ、そうか、そうきたか。解った、じゃあ隠れている実装石の親子共から駆除するとしよう」 (デッ!?) アキラはクルリと方向を変え奥の茂みへと歩き出す。 いけない、そっちには隠れさせた親子達が・・・ 親実装獣は泣きそうな顔で悲鳴を抑えるのが精一 杯だ。 「デシャーッ!! だれも殺させないデスー!!」 正義感の強い姉実装獣が堪えきれずに地面に飛び立つ。 「・・・・争うのは嫌デス・・・・・でも、『悲しいこと』はもっと嫌デス。戦うデス・・・」 心優しい妹実装獣も背の低い植栽の影から身を現す。 「ふはは! 親実装獣よ、物分りの良い感心な仔達だな!? さあ、隠れてないで俺について来い! とっとと終わらせようぜ」 公園の中央付近、外灯に照らされたアキラを取り囲むように実装獣親子が立つ。 ここなら月明かりのハンデも、高低差を使った攻撃も無い。 アキラなりの戦術だった。 「未だ待ち人来たらず・・・だが、時間が惜しい、始めようか」 実は事の発端の張本人、ミノリ少年の姿が無い。 事の内容に後込みしたか、それとも苛めっ子5人組に捕まったか、携帯にアキラからのメールが入っ ているはずだが現れる気配が無いのだ。 やれやれといった感じで黒のキャップを被り直すと、その顔からは余裕の笑みが消え、実装獣親子の 緊張は一気に高まる。 アキラは両手をだらりと下げると、まるで手の内から取り出したかのようにバールと特殊警棒をスル リと伸ばす。 次の瞬間、背後に陣取った実装獣姉妹を無視して正面の親実装獣に切り込む。 「デッ!・・・」 ズガッッ!! アキラの不意打ちを間一髪でかわす、バールを受け止める様な愚かな真似はしない。 と、背後の気配に左手の特殊警棒を構えて振り向くと、姉実装獣の爪が特殊警棒の金属音を響かせる。 続いて妹実装獣・・・・の跳躍はかわせないと判断したアキラは横っ飛びに転がり急場を凌ぐ。 アキラは実装獣親子3匹を正面に構え、短く一呼吸する。 野犬並みという話ではなかったか? 冗談では無い、この親子は相当の修羅場をくぐってきたのか、まさに猟犬のそれだ。 強い、強い、強すぎる。 冷や汗とも脂汗ともつかない嫌な汗がアキラの頬を流れる・・・ 休む間も与えず実装獣姉妹がアキラの両サイドに回り込む・・・かと思いきや、そまま低く鋭く突っ 込んでくる。 やっとの事でバールと特殊警棒を突き出し突進を止めるが、それも姉妹の2匹まで。 気がつけば眼前に滞空している親実装獣の爪は如何ともし難い。 ぎりぎりで仰け反り闇雲に得物を振り回して間合いから逃れるのが精一杯だ。 「ニンゲンさん・・・・止めるなら今のうちデス・・・」 何を!? と意気込みかけたアキラだが、作業服の胸元が裂けているではないか。 一気に冷や汗が噴出す。 まさかとは用心していたが、薄手の作業服とはいえ実装獣の爪が人間の衣類を切り裂くとは。 「ニンゲンさんは、ワタシ達と違ってなかなかケガが治らないデス・・・」 「だからどうだってんだ!!」 怒声とともに再び正面の親実装獣にバールを叩きつける。 次は背後から実装獣姉妹・・・違う、切りかかってくるのは姉実装獣だけだ、妹実装獣は右手に回り 込んでいる。 しかし焦るアキラに妹実装獣が切りかかるよりも早く、背後からの親実装獣の逆襲が迫る・・・と同 時に姉実装獣も! 妹実装獣はフェイクだ、フェイントに次ぐフェイント。 考える間も無く襲い掛かる爪、爪、爪。 アキラは狂ったように得物を振り回し、這う様にして実装獣親子の包囲網を抜ける。 ゼイゼイと息を荒げ立ち上がるアキラの黒いユニフォームには、あちこちに爪痕が残る。 特殊警棒を握る左手には血が滴り、右の頬にも焼けるような痛みが走る、背中もやけにヌルヌルする。 そんなアキラにも親実装獣は休む間を与えない、これが過酷な実装社会を生き抜いてきた者の厳しさ か。 右に左に後ろにと、フェイントにフェイントを重ねて繰り出される獣爪。 三度、実装獣親子の包囲網から逃れたアキラの姿はボロボロだった。 しかし息も絶え絶えに構えるアキラの双眸は爛々と光り、ギリギリと歯を鳴らす。 「ニンゲンさん、これ以上は・・・ 「実装っ!!!」 「デス!?」 「実装と名の付く相手にぃ!! 俺は一歩も退かんっ!!!」 またも親実装獣に突っかけ、バールが空しく大地を抉る。 そして背後から、地面を滑るように姉実装獣が、宙を翔るように妹実装獣が襲いかかる。 振り向き2匹を確認したアキラは、なんとその爪にクルリと背を向け、両手の得物を盲打ちに横薙ぐ。 「デゴアッ!!・・・」 アキラの背後を取ろうとしていた親実装獣、その顔面をバールが粉砕し目玉が飛び散る。 「「ママッ!?」」 背後から右足と左肩に痛みを感じつつ、前方に転がり間合いを取るアキラ。 親実装獣はベンチの足元まで転がると、それっきり動かない。 「ママじゃねぇ! 自分の心配しろよ!」 親実装獣に駆け寄ろうとした2匹に飛び掛り、矢継ぎ早にバールと特殊警棒を突き出す。 今となってはもはや背後の心配は必要無い。 両手の得物で2匹の爪をしっかり受けると、左足を跳ね上げる。 ドスン! ゲボゲボと、血の混じった吐しゃ物で放物線を描いて宙に舞う妹実装獣。 飛び掛ろうとする姉実装獣に特殊警棒を投げつけ、妹実装獣に襲いかかる姿はまさに黒豹だ。 痙攣しながら起き上がろうとした妹実装獣は、打ち下ろされるバールに首の骨を叩き折られ沈黙する。 「妹ちゃん!? 妹ちゃんっっ!!!」 「ヒィーーーヤッハァァーーーーーッッ!!!」 アキラは駆け寄る姉実装獣の前に仁王立ちになると、その右手のバールを高々と突き上げる。 「妹ちゃんも、オネンネだぜい! 皆を守るんじゃなかったのか? ん? 今ならママも妹も助かる かもしれないぞ? しっかり戦え、逃げるなよ」 賢明な親実装獣も、心優しい妹も、もはや風前の灯だ。 姉実装獣は怒りにブルブルと戦慄き、赤と緑の本気涙を流してアキラを睨みあげる。 「デ・・・・・・・・デェ・・・・・・デ・・デシャーーーーーッッ!!!!」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− チュン チュン チュチチチチ チュンチュン・・・ 小鳥の鳴き声が聞こえる・・・ 夢か・・・いつもと同じ、薄っすらと朝もやがかかる早朝の公園・・・・なんだか体が重いなと、妹 実装獣は寝返りをうつ。 なんだろうコレは? ぼぉっとした意識の中、妹実装獣は左手に巻かれた白い布をまじまじと見つめる。 「添え木という物だ。吹っ飛んだ時に左手も折れたんだ」 「デッ!? ニンゲ・・・」 夢じゃなかった! しかし飛び起きようとした妹実装獣だが、何故か首が動かない。 背中から頭にかけて添え木をあてて、同じく白い布が撒きつけられていているからだ。 もがいている妹実装獣にアキラの声が続く。 「おいおい、じっとしてろ、まだ動くな。首の骨が砕けてたんだからな」 そう言って覗き込むアキラの顔には、怒りの表情も邪悪な笑みも無い、穏やかな目だ。 ママやお姉ちゃんはと、体をよじって周りを見ると、これまた白い布でグルグル巻きにされた2匹が 横たわっている。 「心配するな、ちゃんと生きている。白い物は人間が怪我した時に巻き付ける『包帯』という物だ」 「デ・・・ワタシたち負けたデス?・・・・。殺さないデス?・・・・」 「ふふ、俺がやるのはここまでだ。生きるか死ぬかはこの後で決まる。・・・それまでは寝ていろ」 そんなアキラも、顔や手のあちこちに絆創膏やガーゼを貼り付けて、全身ボロボロに引き裂かれた黒 いユニーフォームの裂け目からは包帯が見え隠れする。 まさに満身創痍というやつだ。 しばし、アキラと妹実装獣の間に沈黙が流れる。 「ニンゲンさん、どうしてワタシたちを殺さないデス? どうしてこんな事したんデス?」 先に妹実装獣が沈黙を破る。 「ん? ふふふふ・・・元々はお前達なんか死んでも構わないと思っていたさ。ただな、お前たちの 事を知れば知るほど、強く賢く優しく・・・・・・・家族を大事にするお前達が糞蟲に思えなくな ってさ・・・・・」 「じゃあどうして、ワタシたちと戦うデス? ニンゲンさんケガいっぱいデス・・・」 思いつめた表情で俯くアキラ。 「ある少年がな、酷く苛められていていてさ、逃げる事も助けを求める事も出来ないくらい追い詰め られていたんだ。その少年に頼まれたんだ、戦う勇気を見せてくれ、危険なお前達3匹と戦って勝 てるほどの勇気を見せてくれってな」 「デスゥ・・・」 「ほんのちっぽけな勇気でいい、逃げ出す勇気でもいい、助けてと声を上げる勇気でもいい、そうし ないと、人間の苛めは終わらないんだ・・・・・最後まで終わらないんだ・・・・・・・」 妹実装獣は黙り込んで考える。 自分達の身に危険が迫るのは困るが、その子供はかなり困った状態らしい、人間の世界の事は良く解 らないが、と。 「ニンゲンさんはその子供の為に・・・ 「正直! お前達の家族愛が憎らしかった!」 「デ!?」 「俺はっ・・・俺も・・・子供の頃は苛められっ子だった、酷い酷い地獄のような毎日だった」 「殴られ蹴られ針で刺され、服の下は傷だらけだ。骨が折れても許してくれない、金を持って来い、 ションベンを飲め、手足を縛ってプールで泳げ・・・・地獄だ地獄!!」 背中をガクガクと震わせ搾り出す呻き声のように・・・ 「そうやって、逃げる事も出来ないまま、大きな大きな大きな・・・過ちを犯してしまった・・・。 それが原因で俺は14歳の時に親にまで捨てられて、子供の頃からアパートで一人暮らしだ。それ 以来、親の顔なんて見た事無い、声の一つも聞かせてくれないぃぃぃ・・・・・」 呻き声はいつしか嗚咽に変わり、涙をボロボロとこぼす。 「家族は・・・家族は大事にしないといけない。二度と代わりはないんだ、負けちゃ駄目なんだよ実 装獣。親父を心配させるなよ、ミノリ少年」 アキラは気づいていたのか、涙目で真っ青な顔をしたミノリ少年が木の影から現れる。 アキラから実装獣親子と戦う旨の連絡を受けたものの、親父の監視が厳しく家を抜け出せなかったの だ。 一睡もしないまま朝を迎え、朝靄の中自転車を走らせて公園に来てみれば、血だらけ包帯だらけの一 人と3匹が居るではないか。 それも地獄の過去を激白しながら。 ミノリ少年は自分を責める、なんと浅薄な考えであった事か、なんと惰弱な心であった事か。 「ご!・・・ごめんなさいぃぃーー!! お兄さんごめんなさいいいーー!! 実装獣ごめんよぉー −−−!! ごめんなさいごめんなさい!! 皆ごめんなさいぃぃぃぃ・・・・・」 蹲り号泣するミノリ少年。 そんなミノリ少年にアキラは鼻水をすすり上げ、泣き笑いの顔を向ける。 「グシュ・・・ この野郎、俺が泣いてたんぞ? へ・・へへへへ・・・」 ・ ・ ・ 一刻の後、アキラは帰宅すべく、痛む体に鞭打って代えのジーンズとTシャツに着替えを済ませる。 後から目を覚ました親実装獣と姉実装獣にも事の次第を説明し、ミノリ少年の号泣謝罪に許しを得ら れたところだ。 だが2匹の全身包帯姿は痛々しく、特に最後まで死に物狂いで抵抗を見せた姉実装獣は、それこそ足 先から頭のてっぺんまで血の滲んだ包帯だらけだ、ゴメンナサイで済む様な話ではない。 「じゃあな、実装獣。ここから後はお前達の世界だ。・・・・・・親子で生き残れよ」 そう言ってぎこちない足取りで公園を後にするアキラ。 ミノリ少年は最後にもう一度、実装獣親子にペコリと頭を下げてアキラの後を追う。 そんな実装獣親子に、予想だにしない出来事が降り掛かる。 アキラの見送りを終えた直後、実装獣親子の下に1匹の実装石が訪れたのだ。 あの案内役を務めた実装石が。 「今すぐボスの所にくるデス!」 ビック・マラーはこの機会を待っていた。 半死半生の実装獣親子を黙って見ている手は無いというものだ。 「そ・・・それは無理デス。どうせあのデカマラはケガをしている事を知って・・・・」 「今すぐにくるデス! そうしないとボスたちがやってきて、ここの連中を皆殺しにするデス!」 「そんな事はさせないデシャー!」 「デヒィ! そ、そう言えとボスが言ったデス・・・・ こないと知らないデスよ!?」 用件を伝え終えた実装石は脱兎の如く走り去る。 もちろん「実装石のスピード感覚で」だ。 「ママどうするデス?」 「ママ、おめめ見えるデス?」 両目は顔面の肉ごとアキラに抉られている、実装の回復力が速いとは言え、この短い時間で回復する とは考えられない。 親実装獣は包帯でグルグル巻きの顔を姉妹に向けると、静かに言う。 「ここから後は、ワタシたちの世界デス。・・・・・・力をあわせて・・・生き延びるデス・・・」 妹実装獣に手を引かれた親実装獣が公園の中央に立つ。 その後ろに、添え木で歩きにくいのか、ヨタヨタと姉実装獣が続く。 「お前達、あのニンゲンさんの言葉を信じるデス。ワタシたちは戦えるはずデス」 「「はいデス」」 実装獣親子の前には、マラをいきり立たせたビック・マラーと14匹のマラ実装が立ちはだかる。 そしてその周りには参戦を命じられた全ての実装石が集められ、3匹を逃がすまいと取り囲む。 ビク・マラーがその巨体を誇示しながら前に進み出ると、長大なマラ棒をずいと突き付けあざ笑う。 「デープップップップップ!! バカデス! 大バカデス!! そんな体で何ができるデス!? ケ ガをしていなくても、この偉大なるワタシに勝てっこないのにデス!!」 再びビック・マラーの勝利を確信した馬鹿笑いが鳴り響く。 14匹のマラ実装も高らかに笑い、つられて奴隷階級の禿裸までが笑い出す。 嘲笑、嘲り、罵倒、怨嗟、ありとあらゆる悪意が実装獣親子を取り囲む。 「お前達!! この死にぞこないの息の根を止めるデスッ!!」 「 デ ス ーー ッ !! 」 14匹のマラ実装を筆頭に、全ての実装石が一斉に雪崩を打つ。 と、妹実装獣が首と左手の包帯に爪をかけると、パラパラと地面に流れ落ちる。 続いて折れているはずの左手を親実装獣の顔の包帯にかけ、一気に引き裂く。 その下から現れたのは、飛び散ったはずの両目と元通りの顔だ。 デエ!? マラ実装共の突進が止まる。 最後に親子の軽やかな爪捌きで、姉実装獣の全身の包帯を取り除く。 そこにあるのは傷一つ無いきれいな身体、3匹とも傷一つ無い完全な身体だ。 ビック・マラーの手下共に悲鳴の様などよめきが上がる。 「バッ バカなデスッッ!!! 全身グチャグチャのボロボロのはずデスッ!?!? ニンゲンにや られるのを、この目で見たデスゥ!!!・・・」 マラを萎れさせたビック・マラーが悲痛な叫び声を上げる。 「ニンゲンさんが寝ずに看病してくれたそうデス」 親実装獣が頭巾から取り出した薬瓶をビック・マラーに掲げる。 実装用と書かれた救急治療薬〜 ペットショップでしどろもどろになりながら購入したあの薬剤だ。 栄養剤配合済みの偽石活性剤が促す劇的な回復力が、ギリギリのところで身体の修復を完了させたの だった。 「さあ、お前達。力をあわせて生き延びるデス」 「「はいデス、ママ」」 − 実装獣 完 −
