あいのり 「ヘイ!タクシー!」 奇妙な光景が続いていた。 立つ男はごく平凡と言っても問題は無いサラリーマン。 若干酒気を帯びてはいるが、自制を無くすほどではない。 終電を無くし、仕方なくタクシーで都心から遠く離れた千葉にある自宅へと帰ろうとしているのである。 奇妙なのはタクシーの方であった。 空車の赤いランプをつけながら、客を逃がすかと歩道へと寄せていくのだが、 ようやく顔が分かるかという場所まで来るとそのまま走り去っていく。 それが5台もである。 「酒を飲むと顔が赤くなるからなぁ……」 時は2008年の6月頭。 後部座席でのシートベルトが義務づけられ、言うことを聞かない酔っぱらいを割を食うタクシーは避ける傾向にある。 そんな報道を思い出した男はこの奇妙な現象を酒のせいにした。 「テチー」 「んぉ?」 そのか細い声に男は気が付いた。 「デスッ」 「テェ……」 道路側の植え込みの中に、実装石の親子が隠れていたのだ。 気が付かれてはなるまいと、気配を隠し、声を出した子を親は小声で叱っていた。 まるで男がさるのを待っているかのようでもある。 「ハハハ、取って食ったりはしないよ。飼ってやるのも無理だけどね。」 男は実装石にさほどの興味もなく、実装石たちにそう声を声をかけられただけだ。 そうすると、またタクシーがやってきた。 「ヘイ!」 すると今度はいつものように少し行ったところで止まり、パカリと扉があいた。 「新多摩の方まで頼む。」 やっと止まったか。と、男はタクシーへと乗り込み、家路を指定した。 「いやぁ、助かったよ。5回もにげられちゃってさ。」 「それは災難でしたねぇ。」 「家にもどらにゃいかん都合があってね。」 「お子さんですか?」 「いやいや、仕事の資料だよ。子供の方は最近生意気盛りでね。」 「だが、そこがいい。」 和やかな会話がタクシーの中に流れていた。 2,3合わせてから、寝てしまおうかと思っていた男も、久々の楽しい会話に起きている気になっていた。 「テチー」 その和やかな空気を場違いな鳴き声が引き裂いた。 「ヂィィィ!!!」 「わ、わ!お客さん!そいつを直ぐに窓から捨てて!」 「は?」 男は、運転手の突然の指示に戸惑った。 「早く窓から!」 「おお」 だが、鬼気迫った様子で、もう一度言われると、疑問を解消するよりも行動を先に起こしていた。 足下で四つん這いになって威嚇している仔実装を頭からつまむと、窓のレバーをくるくると回し、結構な速度の出ている車からポイと投げ捨てた。 「チャアァ……」 仔実装は声を張り上げていたが、時速70Kmの風にあおられ後方へと飛び去ると尾を引きながら消えていった。 「なんなんですか?アレ。」 その疑問を男が口にする前に運転手が答えた。 「”託児”ですよ。コンビニとかでやられたでしょう?」 運転手の話によると、なにを思ったのかここ最近、タクシーに乗るときに紛れ込ませるタイプの託児が増えているらしい。 実装石に詳しい連中によると、コンビニで買い物をする人より、タクシーに乗る人間の方が経済的に裕福で、それで飼ってもらえる確立が高いと思っているとか。 加えて、袋に比べて格段に直後の発覚率が低い。 「あいつら、糞とかだすでしょう?タクシーは困っちゃうんですよ。」 「それでタクシーが逃げていったのか。」 「たぶんそうですよ。」 その話を聞くと、男は後ろをみて一言だけ呟いた。 「生きちゃいないだろうなぁ……」 「行ったデスゥ。」 時は少し前、託児をした親は感慨深くタクシーを見送っていた。 車に乗せたことで臭いを辿ることは出来ずとも、我が子の幸せを信じる事だけはできた。 「タクシーに乗れる人の元にいくんデス。きっと幸せになれるデスゥ。」 親は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。 「さ、おまえたち出てくるデス。」 気持ちに一区切りつけ、残った我が子を呼ぶとわらわらと植え込みの中から5匹の仔実装が出てきた。 5匹。その数を親は今一度確かめる。 「この数なら何とかなるデスゥ。」 託児をしたのは7匹にも及んだ。 それも連れて歩けば家族の身を危険にさらすかもしれないような子ばかりだ。 だが、そんな子ほど親にとってはかわいかった。 「ママ、どこか痛いテチ?」 思わず涙を流していた。 子の幸せは信じている。信じてはいるが、もう二度と会えることはない。 それを思うと、自然に涙が出るのだ。 「デ……?何でもないデス。サ、帰るデス。」 しかし、いつまでもここに止まるわけにも行かず、親子は家路についた。 朝ご飯を探しがてらの長い家路だ。 しばらく歩いた頃だろうか? 「ママ!ママ!お肉が落ちてるテチィ!」 先を行ってた次女が声を上げて戻ってきた。 手には小さな肉片を持っていた。 血の滴るような、今屠殺して…… いや、生きながらにして生肉をもがれたような肉だ。 「どこにあったデス?」 肉は貴重な栄養源。このようなチャンスを逃す手はない。 すぐさま、その落ちている肉を手に入れるために、親子は走った。 「これテチィ。」 肉片の元は、実装石のようであった。 かろうじて実装石とは分かるものの、 どこがどの部位だったか?どのくらいの歳だったか、分からぬほどにひどい有様である。 それでも、まだかろうじて息があるようで、 「チィ…… チィ……」 と絶え絶えな息が見て取れた。 そんな肉片に対して親実装は耳打ちするように何やら囁き始めた。 「聞こえるデスゥ?ワタシは通りがかりの高貴な実装石デスゥ。 見たところもうお前は助からないデス。 だから、高貴なワタシの家族の栄養にしてやるデス。」 人でいうところのイタダキマスのような儀式である。 ただ、何気なくやったことであった。 「ママァァァァァ!!」 突如、肉片が叫んだ。 親には直ぐに分かった。 託児した我が子である。
