M教授の二日目の講義が終わった。 しかし、恒例となった質問の時間を楽しみにして、多くの受講生が教 室に残っている。 前日、教授に質問をした女性の姿は教室には見受けられない。 それを確認した教授は、残念そうに何かが入ったトランクケースをし まうと教室の受講生に質問を促した。 「実装石は、何故あんなに自己中心的で子供っぽいんですか?」 物は試しと質問をしてみる。 「そりゃ、君、子供だからだよ」 教授は間髪を置かずに答えた。 「君らは『大人』になるというのはどういうことだと思うかね? 精神 的な成長か、それとも肉体的な成熟か、はたまた知識を蓄えることか。 どれも重要な要素だが、一番重要なのは脳の仕組みが変わることだ。人 間を含めて動物は皆、性的な成熟を迎えると脳にある種のホルモンが分 泌されるようになる。これが脳を『大人』にするわけだ。『大人』は己 の種を残すことに最大限の努力を払い、そのためには自己を犠牲にする ことさえ厭わない。つまり、自分の子供の生存を最優先するわけだ。こ れは人間にも適応される」 まっ、最近はそうでもないようだがね。と付け加えた上で教授は続け た。 「一方、『子供』の最優先事項は自分が生き延びることだ。『子供』は そのために保護者の関心を自分に向け、食料と庇護を一身に集めようと する。だから『子供』はライバルになるであろう他の『子供』を排除し、 保護者に可愛がって貰おうと媚を売るわけだ。そして、保護者の関心を 集められないようならば、相手に不愉快な思いをさせてでも自分のほう を振り向かせようとする。何かに似ていないかね?」 そういうと教授は教材として持ち込まれていた実装石の中から一匹を 抱き上げ、他の実装石に良く見えるように頬ずりをして見せた。 抱き上げられた実装石はうっとりとしたような表情で、「デッスーン」 と甘えた声を上げる。一方、水槽に残された実装石たちは、そんな奴よ り自分を抱き上げろとでも言いたげに、「デッシャー」とか「デーン」 などと騒ぎだした。中には糞を教授に投げつけるものまでいる。投げつ けれらた糞を器用に避けた教授は、一度私たちのほうを意味ありげに振 り向いてウィンクすると、抱き上げていた実装石を水槽に戻した。 すると水槽の実装石たちは、すぐさまその実装石に飛び掛り禿裸にし てしまう。髪の毛と衣服の大半を奪われた実装石は必死になって教授に 助けを求めるが、教授は特に気にとめた様子も無い。 「まぁ、通常そういった行為は成長とともに止む。先ほどいったホルモ ンが分泌されるからね。ところが実装石には、このホルモンが根本的に 足りていない。しかも、このホルモンの分泌は環境汚染の影響を強く受 ける。最近、育児放棄をする動物が動物園などに多数存在しているだろ う? 現代社会という奴は、その中に生活するものを化学的に『大人』 にはしてくれないというわけだ。人間の生活圏内に異常に接近した公園 などの実装石はいわずもがなということだな」 話を一区切りして水に口をつけた教授に、興奮した男性が質問をぶつ けた。 見た所、裕福そうな中年の男性だ。普段は温和なのであろう顔は真っ 赤になり、興奮しすぎて呂律が回っていない。どうもこの講義には血の 気の多い人間が多いようだ。 「でっ、でっ、でも、実装石は子供を欲しがります! これは母性があ るという証明じゃないんですか!? 母性があるということは大人になっ ているということでしょう!!」 今にも掴みかからんばかりの剣幕に、教授は実に面倒という表情で男 性を見る。 「母性と子供を欲しがるという行為は必ずしも一致はしない。そのこと を説明する前に、まず実装石が持つ異常な知識について説明しよう。落 ち着いて聞きたまえ、他の受講生の迷惑になる……。スマンね、君」 教授の顔と声は、不機嫌になると酷く恐ろしいものになる。顔を向け られた私は思わずうなずいてしまった。男性のほうも、二の句をつなげ なくなっている。 「生まれたときから言語を解するといった実装石の異常な知識は、全て 偽石に書き込まれた情報に由来する。そう言った意味では実装石の本体 は偽石そのものといっていいだろう。しかし、現実世界を認識し、偽石 に書き込まれた情報と結びつけるのは実装石の脳だ。しかも、偽石に書 き込まれた情報はひどく曖昧で要領を得ない。『子供は大切だ』という 情報は書き込まれていても、何故大切なのかという部分には触れられて いないのだよ。大人になれなかった実装石は、ここで情報を誤認する。 つまり、『子供は食料になるから大切である』、『子供を持つことはステー タスなので大切である』、『子供は玩具として大切である』といった具合 だ。これは母性かね?」 男性はシュンとしてうなだれてしまった。 彼には彼なりの実装石観というものがあったのだろう。 そんな男性に、教授は優しく語り掛ける。 「もちろん、君の考えるように母性に溢れた大人になった実装石も少な くない。私自身もそういった実装石を知っている。しかし、そんな個体 ばかりでないことも事実なのだ。実装石を知ろうとするのであれば、ま ず己の主張にこだわらず広い心で受け止めることが必要だ、いいね。そ れと質問をしてくれた君、これで質問の解答になったかな?」 不意をつかれた私は、フェイ! と変な声を上げてしまった。 教室が笑いに包まれる。 きりがいいと思ったのか、教授は続きは明日と告げて教室を出て行っ た。教授の助手が実装石の糞の掃除をしている。質問には答えてもらえ たものの、なんとなく損をした気分で私は帰途に着いた。 --------------------------------------------------------------- 随分と時間がたっていますがM教授の実装石講座第二弾です。 前回感想を頂いた方はありがとうございました。 今回もあまりまとまっていませんが、ご感想などいただければありがて いです、はい。
