『蛆チャを飼ってほしいレチ』 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 野良実装の一斉駆除が行なわれたばかりと聞いて久しぶりに公園へ立ち寄る気になった。 愛護派でも虐待派でもなく、そもそも実装石と関わり合いになるのはゴメンな僕である。 あいつらキモいし臭いし五月蝿いし。 だから週に一度は足を運ぶ図書館の、すぐ隣にある公園に僕はほとんど立ち入ったことがない。 最後に訪れたのは、いまのアパートに越して来て間もなく…… そう、その一度きりだ。 以前に住んでいた町では行政の実装石対策がしっかりしていて公園で野良を見ることは稀だった。 そのつもりで図書館への近道に公園を横切ってしまい散々な目に遭ったのである。 やれ飼えだのエサ寄越せだのドレイにしてやるだのワタシを好きにしていいデッスンだの…… 成体と仔の合わせて数十匹の野良に囲まれてデスデステチテチ吠え立てられたのだ。 前の町では滅多に見かけなかった野良実装。 興味本位で携帯電話の簡易リンガル機能をオンにしたことも後悔した。 眼にしたことはなくても野良のアホさ加減はマスコミやらネットやらの情報で知っていた筈ではないか。 人間をデフォルメしたような姿を持ち人語すら解するくせに決定的な部分で人間と理解し合えない。 それが実装石というナマモノなのである。 それはともかく—— ------------------------------------------------------------------------------------------------ よく晴れた日で風が涼しく、諸厄の根源の野良実装の姿も眼に入らない。 そのせいで気まぐれを起こした僕はベンチに腰かけ、図書館で借りたばかりの本を読みふけっていた。 すると—— 「…レチィ?」 ……え? 聞こえた声に眉をひそめ、僕は自分の足元に視線を向ける。 親指実装だった。蛆実装を抱えている。おいおい一斉駆除したばかりじゃないのかよ? 緑色の小人は手に抱えた異形の姉妹(だろうな)をこちらに向かって掲げ、 「…レチレチレチレチ…」 何やらしきりに鳴きだした。 これが成体、あるいは仔実装のやっていることなら僕は彼らに背を向けその場を立ち去ったろう。 こちらは実装石との関わり合いなどゴメンなのである。 なまじ姿が人間に似ているから蹴ったり小突いたりして怪我させたり泣かせたりするのも気分が悪い。 虐待派と呼ばれる連中が実装石を虐めていい気分になっているというのは理解できない。 託児されたり空き巣をされたりの報復にしても一思いに殺してしまえばいいのにと思う。 実装石がアホなのは最初からわかっているのだから。アホを真剣に相手してどうするというのだ? とはいえ—— 相手が成体でも仔でもなく親指というところに興味を引かれて僕は携帯の簡易リンガルをオンにした。 これじゃ実装石嬲りに時間と労力を注ぎ込んでご満悦のヒマな虐待派を笑えないな。 「…レチレチ、レチレチレチ…」 (ニンゲンさん、蛆チャはいい仔レチ。飼ってあげてほしいレチ) 「…プニフゥ…」 (蛆チャは高い高いよりプニプニがいいレフ) おいおい、親指が蛆を託児しようってのか? 「オマエたち親はどうしたんだ?」 親指との会話を試みる僕。呆れたヒマ人である。 「…レェェェ…、レチレチレチ…」 (ママもオネチャも、おとといからいなくなったレチ) 「…プニ…」 (蛆チャはおとといからプニプニしてもらってないレフ) おとといといえば金曜、一斉駆除があったのは木曜だ。 眼の前にいる親指の家族は一斉駆除による根絶を免れたのに、その翌日になって母親と姉を喪ったのか。 運に見放されているところが実装石らしい。 「木曜……三日前に役所のニンゲンがオマエたちを捕まえに来なかったか? どうやって逃げたんだ?」 「…レチレチ? レチレチレチ…」 (ワタチたちを捕まえに? ワタチたちはニンゲンさんに捨てられたレチ。誰も捕まえに来ないレチ) 「…プニレフゥ…」 (プニプニされないと蛆チャは捨てられた気分レフ) ……ふうむ。 つまり一斉駆除のあとに公園に捨てられた元飼い実装の一家というわけか。 そんなことをする飼い主がいるから、いつまでも野良がはびこるわけだ。 「…レチレチレチレチ…」 (ママはもう一度ニンゲンさんに飼ってもらうためにワタチたちを託児すると言ったレチ) 「…プニィプニィ…」 (そろそろプニプニの時間レフ、オヤユビのオネチャ、おうちに帰ろうレフ) ほう。元飼い実装のくせに託児などという悪知恵を備えていたのか、こやつらの親は。 飼われる前はもともと野良出身だったのかね。 「…レチレチレチレチ…」 (オネチャの託児がうまくいけば蛆チャとワタチもニンゲンさんのおうちに行ける筈だったレチ) 「…プニィ…」 (早くおうちに帰ってプニプニしてほしいレフ……) 「でも帰って来ないってことは失敗したってことか?」 「…レェェェ…レチュン…」 (わからないレチ……でも蛆チャもワタチもおなかすいたレチ……捨てられてずっとゴハン抜きレチ……) レチュン、と親指は鼻をすすってみせる。 愛護派なら彼女の境遇に同情の涙を流すところだろうな。 一方、蛆との会話の成り立たなさは相変わらずだ。 「…プニフゥプニフゥ…」 (プニプニ、プニプニ、プニプニが足りないと蛆チャ泣いちゃうレフ……) 「なあ、僕がその蛆を飼ってあげるとしたら君はどうするんだ?」 僕の言葉に親指は早合点して眼を輝かせた。 「…レチッ!?」 (ニンゲンさん蛆チャを飼ってくれるレチ?) 「…プニ…」 (そろそろプニプニ分が切れるレフ……) 「違うよ、例えばの話だ。君は蛆ちゃんを飼ってほしいと僕にお願いしてる。僕がそれをオッケーしたら?」 「…レッチューン♪」 (ワタチも蛆チャと一緒に飼ってもらうレチ、それが託児というものレチ♪) 得意げに媚びポーズなどしてみせながら親指は言ってのけた。 ああ、そうか。 託児など「糞蟲」の所業である。親指の身でそれを試みたこやつも立派に糞蟲素質を備えているわけだ。 仔や親指や蛆まで生ませておいて親の実装石を捨てた元飼い主もロクな人間ではないだろう。 望まない妊娠は避けさせるべきだったし、それが間に合わなくても中絶という手段はあった。 あるいは最悪、保健所へ連れて行くべきだった。 仔連れで公園にリリースなんて周囲の迷惑を全く考えていない。 その元飼い主の無責任ぶりが躾けの欠如というかたちで親指実装に表われたのだ。 だが、そんなこととは多分まるで関係なく蛆は蛆だった。躾けとか通用しないナマモノだから。 「…プニィィィ…」 (プニプニしてほしいレフ……) 「残念だけど僕には君たちを飼えない。愛護にも虐待にも興味はないんだ」 僕は言って、ベンチから立ち上がった。 「ここで話したのも何かの縁だろうから助言するけど、託児なんか諦めてマジメにエサを探すことを勧めるよ」 「…レェェェッ…!?」 (ニンゲンさんワタチたちを飼ってくれないレチ!?) 「…プ…プニィ…」 (プニプニ……プニプニキボンヌ……) 「ここの野良は駆除されたばかりだから親指と蛆でも、しばらく生きられるだろう。……運がよければ」 「…レチレチレチレチ…!!」 (飼ってもらえないなら、もういいレチ! 甲斐性無しに用はないレチ!) 「…プニフゥ…?」 (オネチャ、そこにニンゲンさんがいるレフ。プニプニをお願いしてみてほしいレフ) 呆れたことに、いまごろになって蛆は眼の前に人間がいたことに気づいたようだ。 だが、親指は蛆を小脇に抱えて僕に背を向け、ぷりぷり肩を怒らせ(ついでに糞も漏らしつつ)立ち去った。 僕も彼らと反対方向に立ち去りかけたが—— 「…レチレチレチレチ…」 (……ニンゲンさん、蛆チャを飼ってあげてほしいレチ、とてもいい仔レチ) 早くも次のターゲットへ託児を試みる声が聞こえて、僕は足を止めて簡易リンガルの画面に眼をやる。 「…レチレチ、レチレチレチ…」 (いまなら蛆チャの世話のためにワタチも一緒に飼われるレチ、プニプニするのは得意レチ) 「…プニィ…………レピャッ!?」 (オネチャはちっともプニプニしてくれないレ…………レピャッ!?) 蛆の断末魔の叫びに驚き、僕は振り向いた。 バールのような何かを手にした男が、しかしその得物ではなく素手で蛆実装をつまみ潰していた。 もはや肉汁と化した蛆に向かって親指実装が、ぴょんぴょん飛び跳ねながら短い手を差し伸ばし、 「…レェェェェェッ!? レチャァァァ…………チベッ!?」 (蛆チャァァァァァッ!? 蛆チャがいないとオネチャは託児できないレ…………チベッ!?) 必死で叫んでいたところにバー(ry が一閃、親指実装もまた血と肉と糞の混ぜ物と化した。 「役所が一斉駆除なんて余計な真似してくれてよォッ、おかげでヒャッハァできねえじゃねえかよォッ!!」 正気とも思えない様子で吠える男。 僕は眼を合わせないうちにと足早に公園を後にした。 野良実装は駆除できたとしても人間である虐待派は簡単には根絶できないのであった。 たとえ野良がいなくても親指と蛆が生き延びるのに運が必要と言ったのは、そういうことだ。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 【終わり】
