最初の実装石 俺はしがないサラリーマン。しかしその裏の顔は、自他共に認める正真正銘の虐待派だ。 本来、実装を嬉々として虐待する人間など、危険人物として社会から抹殺されてもおかしく 無いものだ。 しかし俺は世間というやつから、むしろ虐待派であるが故に一目置かれている。 と、言うのも、世界中を飛び回って、ありとあらゆる実装石を虐待して、その成果を 事細かにレポートとしてサイトで公開しているからだ。 俺は理系の才能があるのか、虐待に際して対象となった実装の行動、発言、その他のデータを きちんとまとめている。 この緻密かつ膨大なデータが、世間では意外と役に立つらしい。 実装産業の研究者、市井の虐待派、あるいは単なる物好きな連中が喜んで俺のサイトを 見てくれている。 サイトの常連になった、とある実装産業の会社の役員は、俺があるときアマゾンに潜む 水棲実装を絞めに行ったときは、密かに資金援助までしてくれたほどだ。 密かに・・・というのは、実はこの役員の会社が愛護派を相手にしている会社だったりする からなのだが、やはり愛護産業に属する人間は色々と心に澱がたまるらしい。 件の役員、一般には未公開にした、水棲実装虐待ムービーを進呈したときには、まさに 欣喜雀躍という喜び方を見せてくれた。 そんなこんなで、俺はいつの間にか色々なコネを得て、普通の人間では知り得ない情報と 経済的なバックアップを得ることが出来たのだ。 今度の虐殺のターゲットはシナイ半島某所に潜む「最初の実装石」というやつだ。 なんでも、俺の情報網によれば、あらゆる実装石の始祖であり、この世界の初めから 存在するという実装石らしい。 実に馬鹿らしい。宇宙開闢以来存在するとすれば、その実装石は約150億歳になる。 実装石がそんな何億年も生きているわけがない。そんなふざけた実装石は虐待するに限る。 俺は4週間の有給休暇を申請すると、すぐにシナイ半島へと飛んだ。 え?サラリーマンがいきなりそんなに休める訳がないだろうって? その辺は抜かりない。俺の直属上司も、その上司も、そして最終的には全役員が俺の言わば ファンなのだ。 サラリーマンというのは(役員はちょっと違うが)色々と心に澱がたまるらしい。 その気になれば、出社せずに虐殺三昧の日々を送っても給料が貰えるのだが、流石にいくら なんでもそこまではする気が無い。 俺は良識的な社会人でもあるのだ。 そして紆余曲折の果てに、俺はとある洞窟の前に着いた。「最初の実装石」はこの奥に いるらしい。 ひんやりとした洞窟の最深部に、一匹で静かに座っている小柄な実装石が居た。 「お前が最初の実装石か?」 目の前ににいる実装石は、渋紙を丸めた様なしわの間に埋もれかけたオッドアイで 俺をじっと見つめてにやりと笑った。いや、笑ったような気がした。 こんなにしわだらけの顔では、表情を読むのは不可能だ。 「ニンゲン・・・お前は私を殺しに来たデス?」 「ほう、実装にしては察しが良いようだな。長生きしただけの事はあるな。しかし殺すか どうかは問題じゃない。どうやって殺すかが問題なのだ」 「今回ワタシを殺しに来たのは人間だったデスね・・・」 「以前にも、殺しに来た奴がいたのか?」 「ワタシにとって時間は意味を持たないデス。宇宙は刹那に生まれ、刹那に消えて行くデス」 「何を言っているんだお前は?」 「あらゆる事象は、お互いに全く無関係で、そこに関連性を見いだすのは、ただ、主観のみデス。 主観・・・あるいは観測者の数だけ宇宙は存在する可能性が在るデス。 だからワタシを殺しに来る者も、主観の数だけ存在するデス 「命乞いにしては手が込んだ事を言うな。お前の様な実装石は初めてだよ。 殺すのが惜しくなったりはしないがな」 「あえて、ワタシを殺しに来た者達に前後関係をつけるのなら、ニンゲン…あなたの前は 軟体動物の様な者が極限まで進化して、知的生命体となった存在だったデス。 その前は脚が沢山ある節足動物から進化した者だったデス」 「つまりお前は人類の発祥以前から生きていて、人間が知的生命体になる前に先行進化した、 知的な生物に殺されかけた経験が在るって言いたいのか?」 「ニンゲンは恐ろしく単純な考え方をするデス。 いいデス?この地球という惑星の限られた環境下で、高度に知的な生命体など、せいぜい 種として一つか二つ程度しか同時に存在出来ないデス。 さらに、この惑星が生まれて約50億年、それだけの時間をかけてもニンゲン以外の知的生命体 は、実装石とその眷属たる実装シリーズしかこの惑星には存在しないデス」 「わけのわからんことを言うんだな。 突拍子もない知的生命体に殺されかけた事があったりだとか、そうかと思えば地球には 俺たち人間と実装シリーズ以外に知的生命体が存在したことが無いと言ったり・・・ お前の言っていることは矛盾も甚だしい」 「誰も地球だの、この宇宙だのと、限定して言った覚えはないデス。 軟体動物が進化した知的生命体がワタシを『殺した』のは、今の宇宙の前に存在した宇宙での出来事デス。 節足動物が進化した知的生命体がワタシを『殺した』のは、さらにその前の宇宙での出来事デス。 そして、その場所は地球と呼ばれる惑星ですらないデス。 軟体動物の時は、大気の湿度が常に100%の惑星で、節足動物の時は、天体的な位置関係のせいで 重力が地球の20倍もある惑星だったデス」 俺は、この「最初の実装石」とやらの話を聞いているうちに、段々と不安になって来た。 こいつの言ってることは、荒唐無稽なSF紛いの事だ。しかし妙にストーリーが整っているし、 そもそもこれだけ観念的な会話が出来る実装など、俺の虐待人生でも出会った事はなかった。 不安を打ち消すように、愛用のバールを強く握り直すと、手のひらが汗でぐっしょりと 濡れているのがわかった。 「ニンゲン、貴方はこの宇宙の言わばタナトスなのデス。 ニンゲン以前に来た者も、ニンゲン以後に来る者も、全て宇宙の要であるワタシを殺して、 宇宙を終わらせる使命をもってワタシの元を訪れるのデス。 ワタシの死はこの宇宙の終わりであり、次の・・・あるいは前の宇宙の始まりでもあるのデス」 「よ・・・世迷い言もいい加減にしろッ!命乞いをしたいのなら、もっとそれらしくしたら どうなんだッ?」 俺の目の前で、初めの実装石は、まるでもう終わりにしましょうと言わんばかりに、 目を閉じて静かに話を続けた。 「ワタシは全ての宇宙に存在する、唯一の存在デス。ワタシが死ねば、宇宙は芥子粒よりも 小さく収縮し、そして次の瞬間にビックバンが起きて、また別の宇宙がデギャッ!」 俺は、自分の不安を打ち消すように、話し続ける実装石を殴り殺していた。 愛用のバールは実装の肉体を縦に真っ二つにして、地面に突き刺さっていた。 「はぁはぁ・・・人間様をなめるんじゃないぞ・・・しかしつまらない殺し方をしたもんだ。 もっと念の入った殺し方をして、スポンサーに喜んでもらいたかったんだがな・・・」 俺は、独り言を言いながら、洞窟を後にした。 洞窟の外は、中とは打って変わって明るい世界だった。世界の終わりなど、その兆しすら 見つけることが出来ない。 全くふざけた実装石を相手にしたものだ。しかも、激情に駆られて殺すなんて俺のやり方に反する。 今回の虐待旅行は失敗だったな、そう思いながら俺は・・・ おしまい 鍋屋◆LCl66aXKxk
