最初に断っておくが、俺は虐待派ではない。 勿論愛護派なんかでもない。 俺に言わせれば彼等は二極対立に囚われすぎている。 俺は「敵か味方か」と言う近視眼的な立場で実装石を見ることはない。 実装神拳 早朝の人通りの少ない遊覧小道に一匹の中実装が歩いている。 野良らしい埃まみれの服は適度なワイルドさを漂わせている。 「実装さんや」 「デスゥ?」 媚びもせず逃げもしない素朴な反応。 この広い公園は近所に税務署や老人ホームしかない静かな区画に設けられており 虐待派も来なければ愛護派も来ず、付近に飲食店も生ゴミも無い。 訪れる人間といえば、リタイア世代が風景の撮影に来たり散歩に来たりするぐらいなのだ。 「実装さんや、今リンガルをONにするからちょっと話をしないかね」 『何テスゥ?ニンゲンサン』 『家族はいないのかい?』 『ワタシは1人テスゥ。』 詳細は良くわからないが、一匹で生きているらしい。実験にちょうどよい。 このサイズの実装が保護者無く生きていることからしても この公園の実装密度が高くないこと、食糧事情が悪くないこと、空気が荒れてないことがわかる。 木の実や虫が主食であろうこいつらは、公園住まいとは言え山実装に近い。 『家族や友達が居ないなら、俺と遊ばないかい?これから毎日だ』 『テテ?テッスゥ!』 喜んでもらえたようだ。 打算や媚をあまり感じない純粋な喜び。 きれいな水と土では実装も毒を出さないとわかったの。 汚れているのは人間なんです。この公園の人間ですら汚れているんです。 なぜ。誰が世界をこんなふうにしてしまったのでしょう。 …一瞬トリップしかけたが、実験を忘れてはいけない。 どっちにしろこの公園が清浄な世界でいられるのも長くはないんだ。 『ニンゲンサン!どんな遊びテスゥ!?』 『拳法の練習をしたいと思うんだ』 『テ!拳法テスゥ!?テッスゥ!』 意味がよくわからんまま喜んでいるっぽい。 この底抜けの楽観性や積極性がまたよい。実験しがいのある奴等だ。 翌朝、中実装はちゃんと同じ場所に来ていた。 遊覧小道から更に奥に行った公園の隅の隅。 人間も実装石もこんなところには居ない。澄んだ静かな空気が心地よい。 『お前に今日から教える拳法は南斗聖拳と言う。』 『2000年近い歴史のある秘伝の拳法だ』 『南斗聖拳の前ではマラ実装などゴミクズ同然』 『この拳法の動きは実装では捉えることは出来ない』etc. 中実装は実に真面目に正座して聞いている。興奮気味だ。 これまでの実験結果から言っても、この最初の座学が一番重要だ。 これに比べればあとの実技なんかどうでもいいぐらいだ。 なんたってデタラメなんだからな。 『ニンゲンサン、その拳法の凄さは良くわかったテスゥ!』 『でも何故そんなものが必要なんテスゥ?』 興奮してるだけかと思ったら鋭い所を付いてくる。 こいつはおそらく争った経験も争いを見た事もない。 山実装生活はよほど実装密度が高く無いと同族殺しや共食いはしないからな。 『今にわかる。この拳法は乱世を制する必殺の拳』 『天帝の衛門を守る拳法なのだ』 『乱世って何テスゥ?天帝って誰テスゥ?』 うるせえもう黙れ。 修行を始める。 (続く)
