実装石は草むらから飛び出した。 この実装石には、食料を持ち帰らなければならない理由があった。 危険は承知の上だった。 氷河時代に生息し、長毛種と呼ばれるこの毛深い実装石は、草原で食料採集をおこなっ ていた。そして、無造作に散らばる数個の獣骨を発見した。 骨の周りには身を隠せるような草は生えていない。 厳しい自然界で成体にまで成長した賢い個体である。理由がなければこんな危険は冒さ なかっただろう。 散らばる骨には赤い部分も残っている。一見したところ、骨にこびり付く肉の量は期待 できなかった。だが、石で骨を叩き割り、中の骨髄を手に入れることができる。 草の生えていない開かれた場所を、この実装石は全力で走った。 あともう少しで骨に手が届く、そのとき、実装石の乗っていた大地が沈みこんだ。 「デッ! デシャーァ! デギャー! デギャー!」 罠だった。 落とされた長毛実装は深い穴の底で叫び、泥だらけになりながら穴の内壁を登ったり落 ちたりを繰り返し続けた。 しばらくしてこの実装石は、穴の上から覗き込む2つの影に気が付いた。 上を見上げ、実装石は泣きながら訴えかける。 「私が食べ物を持ち帰らないと、捕まっている大切な仔供たちが代わりに食われてしまう デス! お願いデス! お願いしますデス!」 実装石は地面にひざまずき、頭を垂れた。 そしてその姿勢のまま、もう1度上を仰ぎ見て、実装石は泣き震えながら叫んだ。 「私の大切な食料である仔供が食われてしまうデス! いや、この際、仔供なんてどうで もいいデス! また生めばいいのデスから。問題は服デス! 何物にも代えがたい私の高 貴な服が奪われてしまったデス! おいニンゲン! 早くこの糞だらけの汚い穴から出せ デス! そして、私を貴人として丁重にもてなすデス! マンモスのステーキと蜂蜜から 作った金平糖は必須デス! 私は慈悲深いデス! 接待が気に入ったら、私の服を取り返 し、糞蟲どもを抹殺する許可も考えてやっていいデス! わかったらさっさと——」 だが、この母実装の糞蟲的な発言は、人間にとってはデスデスと泣き喚いているように しか聞こえなかった。 実装石の頭上から、人間の声が降ってくるように聞こえる。 「ねえ、おにいちゃん。この実装石デスデス言いながら泣いてるけど……。なんかかわい そう……」 「そうだな。でも、生きていくためには生き物を殺して食べなければならない。だから僕 たちの命をつなぐ糧であるこの実装石に感謝して、なるべく苦しまないように殺し、無駄 なく食べなければならないんだ」 「うん……」 実装石にとっても人間の言葉は理解できなかった。 この毛深い脂肪の塊は、自らの糞蟲的才能を遺憾なく発揮し、妄言を吐き続けた。 「早くしろデス、このニンゲン! 直接、私に触れる許可をやるデス! 感涙にむせび泣 きながらここから出せデス! 恐れ多くも、この私から声を——」 この実装石は大自然を生き残る知恵と技術を持ち、警戒心が強かった。だが性格は並み の実装石同様、ただの糞蟲だった。 「この私が下賤なニンゲンの家に住んでやってもいいと言ってるデス! さっさと汚い竪 穴式住居に案内するデ! デシャァァァァァァ!」 突然、この実装石の頭部に、鹿の角を削って作った銛が突き刺さった。 「よいしょ、よいしょ」 幼い兄と妹は協力して実装石を引き上げる。かえしの付いた銛は頭部に深く打ち込まれ、 実装石がいくら暴れても抜けそうにない。 この毛だらけのブヨブヨした生物は、落とし穴の中で宙吊りになりながら、緑色の排泄 物を撒き散らした。 「痛いデス! イヤデス! 死にたくないデス! たとえ世界が崩壊しても私だけは生き 残らなければならないデス! 私が死んだら宇宙の法則が——」 穴の上まで引き上げられた実装石の頭部に棍棒がめり込む。 「デギャアアアアッ! デデデデェェ! デスッ! デガァ!」 実装石にとどめを刺すために何度も棍棒が打ち下ろされる。その度に大量の緑糞が止め 処もなくほとばしりでた。 「デシャアァァ! デヒィィィ!」 実装狩りは子供たちの仕事であった。これには理由がある。第一、実装石なら危険が少 ない。そして、集落の近くでも簡単に狩ができる。だが簡単とはいえ、何日待っても1匹 も獲れないこともある。それは、子供たちの忍耐力を鍛え、創意工夫の大切さを教える機 会となるのだった。今回は実装石をおびき寄せる餌として、獣の白骨に赤土を塗りつけて まだ肉の残る骨のように見せかける工夫が功を奏した。 「デガァアァァァッ!」 渾身の一撃が振り下ろされ、この実装石は、生涯最後の悲鳴と糞をもらした。
