タイトル:【哀】 駄菓子屋の庭
ファイル:駄菓子屋の庭.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:18514 レス数:3
初投稿日時:2008/03/16-19:36:14修正日時:2008/03/16-19:36:14
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駄菓子屋の庭


 公園の傍にある、小さな駄菓子屋。
 この店は、もうすっかり腰の曲がってしまった老婆が一人で経営している。
 今年で開店48年目を数え、その古ぼけた店の外観は周囲からすっかり浮いてしまったが、それでも近郊住宅街の子供達
にとっては人気の場所であり、今日も学校から帰ってきたお客達が詰め掛けていた。

 店の品物は、昔からずっと取り扱ってきたものばかりで、新しい物・目を引く物など何もない。
 それでも、品物は老婆が充分に吟味し尽くしたものばかりだ。
 時代に流れで値上がりこそしたものの、10円から50円以内で買える色々なお菓子や玩具は、子供達にとっていまだに
新鮮なイメージを与えてくれるようだ。
 最近は、駄菓子に対するイメージも変化し、親もなるべく食べさせないようにしているようだが、老婆はそれを見越し、
信用できる商品だけを取り揃えるように配慮し続けていた。
 そこには、長年子供達と接し、愛してきた老婆の優しさが沢山込められている。

 とはいえ、近年は客足もすっかり鈍ってしまった。
 詰め掛ける子供達も、一日に一度、しかも特定の時間帯に見られれば良い方で、土日になるとぷっつりと途切れてしまう。
 また、店の奥の簡素な座敷に置かれたもんじゃ焼き用の鉄板などは、もう十年以上も使用されていない有様だ。

 老婆は、すっかり動きが鈍くなった身体を鞭打ち、今日も商品の賞味期限チェックや、仕入れたばかりの商品の陳列を行う。
 店の前にある小さな公園には、二組程度の親子連れが見られる程度。
 昔、この時間帯は子供達が大勢遊んでいた様子が見られたものだが……

 十数年以上前の光景を思い浮かべ、老婆は、また一つ重いため息を吐いた。


         ※         ※         ※

 ある晩、就寝しようとしていた老婆の耳に、奇妙な動物の鳴き声が、微かに聞こえてきた。
 空耳かとも思ったが、その割には妙にはっきりしていて耳障りだ。
 やがて、木の雨戸をポンポンと叩く音までしてくる。
 老婆は渋々腰を上げ、声が聞こえてくる庭先の雨戸を、少しだけ開けてみた。

 どこから入り込んだのだろう、そこには、一匹の小汚い実装石が居た。

 雨戸の敷居からひょっこり顔を覗かせるようにして、どことなく申し訳なさそうな表情を浮かべている。
 寝室からの明かりにぼんやりと照らされた実装石は、老婆に向かってぺこぺこと頭を下げる。
 何か言いたいようだが、実装リンガルなど知らない老婆に、理解する術はない。
 優しい声で「どうしたの、おうちにお帰りなさい」と呼びかけてやると、実装石は、足下から何かを拾い上げて老婆に
差し出して来た。

 それは、一枚の十円玉。
 どこから拾って来たのかはわからないが、それは玩具ではない、本物の硬貨だ。

 デェ、デェと掠れるような声を立て、しきりにそれを手渡そうとする。
 驚いた老婆はもしやと思い、日中に回収した賞味期限切れの安チョコレートを見せてみた。
 実装石の反応が、はっきりと変わる。

 デェ、デェ、デェ!

 だが実装石は、それを寄越せといった態度は取らず、なおも硬貨を手渡そうとする。
 もしかしたら、この実装石は駄菓子を買いに来たつもりなのだろうか?
 そう考えた老婆は、実装石の手から硬貨を受け取り、代わりにチョコレートを手渡してみた。
 途端に、実装石の表情が、ぱっと明るくなった。
 感心した老婆は、それならと更に廃棄予定の駄菓子を取りに行ったが、戻って来ると既に実装石はいなくなっていた。
 敷居の端には、先程の十円玉がしっかりと置かれている。
 老婆は、思わぬお客の来訪に、何気なく微笑みを浮かべた。

         ※         ※         ※

 翌日も、翌々日も、その実装石はやって来た。
 一枚の十円玉を携えて、老婆が眠る頃合を見計らってやって来る。
 その度に、老婆は快く売れ残りの商品を手渡した。
 実装石は、自分を毛嫌いせず物を売ってくれる老婆に何度も頭を下げ、品物を受け取る。
 しかし、老婆がどんなに気を利かせて沢山渡そうとしても、絶対に一品しか受け取らなかった。
 また、受け取ったものをその場で食べたり、近くで食べるような事も決してしない。
 老婆は、実装石なのにしっかりけじめを付けられる態度と気概にすっかり感激し、やがて、彼女の来訪を毎日の楽しみに
するようになった。
 

 苺飴、麦チョコ、粉ヨーグルト菓子、ウエハース…
 実装石でも持ち運べる程度のものを選り分け、老婆は、一日に一品ずつ品物を手渡す。
 実装石も、しっかり礼を述べて十円玉を手渡し続けた。
 渡した商品のほとんどが、今では十円では買えなくなったものばかりだが、賞味期限切れのものなので特に大きな問題は
ない。
 それより老婆は、いつまでも菓子ばかりでは良くないだろうと思い、夕食の残りの惣菜や、わざわざ手作りした薄味仕立て
の餌なども用意してみた。
 だが実装石は、それらは決して受け取らず、あくまで代価に見合う品物だけしか持ち帰らない。
 栄養が偏るから、たまには他の物も食べないとだめよ、と話し掛けても、実装石はただ首を横に振るだけだった。

 九日を過ぎる頃。
 老婆は、実装石と言葉こそ交わせないものの、なんとなく彼女の気持ちや意志が理解できるような気がしてきた。
 と同時に、彼女はなぜ、毎日駄菓子を買いに来るのかが気になってくる。
 また、どうして毎日、確実にお金を持ってくるのか。
 老婆が受け取った代金は、もうすぐ100円に達しようとしている。
 野良と思われる実装石が拾って運んでくるにしては、少し多すぎる額だ。

 そう考え始めた矢先、ついに、実装石が来ない晩が訪れた。


         ※         ※         ※


 実装石が突然来なくなってから、三日が過ぎた。
 老婆は妙に心配になり、今夜こそ来てくれと心の中で祈るようになった。

 身寄りもなく、孤独な生活に耐え続けている彼女にとって、自身を頼って訪れてくれる存在は、もうあの実装石くらいしか
なかった。
 店に子供達が来るとはいえ、彼らが求めるのはあくまで商品だけ。
 決して、老婆の存在を求めてやってくるわけではないのだ。

 老婆は、もしやあの実装石に何かあったのではないだろうかと思い、その日はろくに仕事が手に付かなかった。


 五日目の夜になり、ようやく、実装石来訪の合図が聞こえた。
 布団から抜け出し、雨戸を開けた老婆は、久しぶりに逢う珍客の様子を見て、驚愕する。

 頭を下げながら、十円玉を一枚差し出す実装石。
 その頭巾や前掛けはボロボロに朽ち、服の色はもはや緑ではなく黒に近付いており、顔や手には細かな傷が無数に
付いている。
 よく見ると、後ろ髪の一部が引き千切られており、とてもアンバランスな姿になっている。
 加えて、何かで身体を汚したのか、鼻を突く異臭も感じられる。
 あまりにも痛々しいその姿に胸を締め付けられた老婆は、実装石を抱き上げ、手当てしてやろうとする。
 だが実装石は、老婆の手を避け、また以前のように駄菓子を求めて来た。

 老婆は、諦めて駄菓子を一つ手渡し、軽く頭を撫でる。

 もし、困った事が起きたら、いつでもいいから言いに来なさいね

 そう優しく囁きかけてやると、実装石は少しだけ泣きそうな顔になった。

 だが結局、実装石は何も訴えず、求めず、静かに暗闇に消えて行った。
 老婆は、雨戸を少しだけ開いたままにして、隙間の部分にミシンの糸巻きを置く。
 糸巻きは、カラカラと軽い音を立て、ひとりでに回っていた。


         ※         ※         ※


 翌朝早く目覚めた老婆は、雨戸の糸巻きにまだ糸が充分残っている事を確認すると、急いで服を着替えて庭に出た。
 黒く細い糸は、途切れる事なく玄関脇の垣根をくぐり、敷地外へと延びている。
 糸をつまみながら、老婆は懸命にその行き先を辿る。
 糸は店の前の道路を横切り、公園へと伸びていた。
 思ったよりも長い距離だったが、老婆は躊躇わず追い続ける。
 家を出てから十分ほど経つ頃、老婆は、店前の公園外れにぽつんと置かれている、古ぼけた木箱を発見した。
 周りには木の枝や枯葉、ゴミが大量に被せられていたが、それが実装石の巣だというのは老婆にも一目でわかった。
 黒い糸は、その内側に伸びている。
 軽く糸を引いてみると、木箱の隙間から、昨日手渡した棒状スナック菓子の外袋だけが出て来る。
 口は起用に破られていたが、中身は半分ほどしか減っていない。
 しばらくすると、木箱の中で何かが動く気配がした。


 デェ?

 いつもの実装石が、ぴょこんと顔を出した。
 朝の光に照らされたその顔は、夕べ見た時以上に痛々しい。
 驚く実装石に優しく声をかけた老婆は、そっと手を差し伸べようとする。
 だが実装石は、そんな彼女の手を振り払い、威嚇してきた。

 デシャァァ!! デジャアァァ!!

 鬼気迫る表情に、老婆は大いに驚き、悲嘆する。
 だが同時に、周囲に漂う強い異臭にも気付いた。
 老婆は実装石を必死でなだめ、なんとか木箱の中の様子を窺おうとするが、なかなかうまくいかない。
 実装石と老婆の問答で木箱が揺れるたびに、中から漂う異臭が強くなる。
 突然、強い不安に駆られた老婆は、心の中で詫びながら木箱を強く押してみた。
 すっかり乾燥して軽くなっていた木箱は、思った以上にあっさり横倒しになり、その中身を晒す。
 巣を荒らされた実装石は、大声を上げながら、“それ”に覆い被さった。


 木箱の中から出て来たのは、数匹の仔実装。
 そのいずれも完全に腐敗しており、全体が醜く黒ずんでいた。


 周辺には、今まで与えてきた駄菓子の袋や容器が散乱し、食べ残しもいくつか見られる。
 腐った仔実装の、もはや原型を留めていない口には、夕べ与えたスナックの破片が押し込まれていた。
 実装石は、泣き喚きながらこれらを庇い、老婆を必死で睨みつける。
 すべてを理解した老婆は、痛み始めた身体を必死で動かして、そっと木箱を元に戻す。
 脇では、子供達の骸に泣きつく実装石が、掠れた泣き声を上げ続けていた。


 この実装石は、何かの理由で、金で食べ物を買うという理念を把握したのだろう。
 そして子供達に餌を与えるため、必死で小銭を拾い集めて品物を購入していたのではないか。
 だが苦労の甲斐なく、子供達は死んでしまった。
 毎日十円ずつ、あんなに長い間頑張って稼いだのに。
 それは恐らく、この実装石にとってとてつもなく辛い労働だったろうに……

 実装石の脇にしゃがんだ老婆は、彼女の頭をそっと撫でる。
 そして、夕べの食べ残しの駄菓子を、そっと口へと運んでやった。

 もういいの
 もう、あなたも食べていいのよ

 そう呼びかけながら頭を撫で続けてやっていると、実装石は、口の中の菓子を力なくポリポリと咀嚼し始めた。
 とても寂しそうに、辛そうに、涙を流しながら、ぽりぽり、ポリポリと…
 老婆は、実装石が泣き止むまで、傍を離れず、温かな言葉をかけ続けた。


 亡くなったお子さんの代わりに、貴方がしっかり生き延びなさい。
 それが、お子さん達の供養にもなるわよ、きっと——


 老婆の呼びかけに、実装石は力なく「デスゥ」と応える。
 ぽりぽりという咀嚼音だけが、静寂に包まれた早朝の公園に木霊した。


         ※         ※         ※


 公園の実装石の巣に溜まったゴミと、仔実装達の死体は、老婆が苦心して処分した。
 死体を公園に埋葬すると色々問題があるだろうと考え、自宅の庭に埋めて墓を作ってやる事にしたのだ。
 これできっと、子供達も成仏してくれるに違いない。
 老婆はそう信じた。

 実装石は、ゴミと子供の死体を持ち帰る老婆の後ろ姿を、ただ呆然と見つめているだけだった。



 それから、実装石が老婆の家を訪れることはなくなった。
 老婆はとても寂しかったが、きっと何か新しい良い事を見つけたのだろうと、信じる事にする。
 そして、今日も駄菓子屋を訪れる元気な子供達と接していた。


 スルメがさ、意外に喜ぶんだよ

 そうか? 俺、この前綿菓子だったけど反応すごかったぞ?

 そうなんだー でもさ、やっぱりチョコ無敵だよな?

 金平糖にゃ勝てねーよ


 店先で駄菓子を楽しむ子供達の会話にふと興味を覚えた老婆は、サービスのお茶を振舞いながら話に混じった。
 子供達の話では、駄菓子を公園の野良実装に分けてやり、その反応を眺めるのがささやかなブームになっているそうだ。

 野良実装の家族を見つけると、それに向かって菓子を投げる。
 それに何匹集まるか、その数を競って遊ぶという、他愛ないゲーム。

 最近は、公園の実装石も減ってしまったので、その分、何匹集められるかが腕の見せ所・競い所になっているらしい。
 老婆は笑いながら、無闇に餌をあげたり、食べ物を粗末にしちゃダメだよと、子供達を軽くたしなめる。
 笑顔で「はーい」と返事をする子供達の頭を撫でているうちに、ふと、またあの実装石の事を思い出した。


         ※         ※         ※


 その日の晩、久しぶりに雨戸が鳴った。
 老婆は重い身を起こし、そっと雨戸を開く。
 そこには、あの実装石が笑顔で佇んでいた。
 最後に遭った時から更に薄汚れていたが、その顔には悲壮感も、怒りの念も見て取れない。
 まるで、心の底から再会を喜んでいるようだった。
 久々の再会を喜び、老婆は頭を撫でながら駄菓子を手渡そうとする。
 すると、実装石は以前のように、両手に持っているものを差し出してきた。


 ——腐った仔実装の生首を


 悲鳴を上げ、廊下にひっくり返る老婆と、それを見て小首を傾げる実装石。
 突き出された両手の中では、皮膚が完全に黒ずみ、耳や鼻から腐汁を垂らした生首が、目玉のなくなった眼孔で老婆を
睨んでいる。
 搾り出すような奇声が響く中、実装石は、デスゥと一声鳴いて「代価」を家の中に放り込んだ。




 公園に巣食う実装石に、子供達が駄菓子を与える。
 その遊び自体は決して加虐的なものではなかったが、実は彼らの知らない所で大きな悪影響を及ぼしていた。

 まだ味覚形成も不充分な仔実装は、味の強い駄菓子を食べ慣れてしまうと、それ以外の物を決して口に入れなくなる。
 そのため、本来彼女達が得なければならない餌を受け付けなくなり、やがては栄養が偏り衰弱死してしまうのだ。
 当然、仔実装だけでなく、やがては親も……


 それから数日後、公園傍の駄菓子屋は突如閉店してしまい、老婆の姿もまったく見られなくなった。

 だが件の実装石は、それでも相変わらず庭先に潜り込み、代価を持ち込んでいる。



 丸一日探し回ってようやく見つけた、大切な「代価」を——

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1 Re: Name:匿名石 2023/04/19-20:33:29 No:00007065[申告]
寂しくもいい話かと思ったら実装石の糞蟲気質が最後に牙を向いて読み終わって悲しくなった
2 Re: Name:匿名石 2023/06/16-05:39:53 No:00007301[申告]
一応カロリーだけはあるから生きられそうな感じはしないでもないが
成長はしないだろうな
3 Re: Name:匿名石 2023/11/07-22:32:12 No:00008422[申告]
駄菓子は体に悪い!って小学校の保健室に掲示されてたなあ
三十年近く前ですら風当たり厳しかった
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