-------------------------------------------------- 【まだ見ぬ景色】中編 -------------------------------------------------- 『デ、デェ……!』 『チュァァ……?』 『スゴイ……テチ……』 『これナニテチ……?』 公園を出た4匹の目の前に広がった光景……。 そこには見慣れた、緑に覆われた公園とは大きく違う世界が広がっていた。 ザラザラゴツゴツとしたヤスリのような灰色の地面。 木よりも硬い灰色の棒。 草よりも高い灰色の壁。 その麓に広がる広大な灰色の溝。 それよりもさらに高くそびえ立つ、様々な色をした箱。 どこを見ても灰色、灰色、灰色。 今まで生きていた場所とはまるで違う……まさに別世界と言える場所だった。 『ここが、公園のお外……デス……?』 『ママ、なんだかコワイテチ……』 そして公園とは比べ物にならない数の人間が闊歩する場所。 「実装石……?」 「あ……実装」 「……実装?」 「ん……?」 ここしばらく見なかった人間が、自分達の近くを何度も何度も通り過ぎて行く。 こんなに人間を見たのは初めて……それに、公園に来る人間たちと比べるとどこか様子がおかしい。 『なんだか、見られてるデスゥ……?』 『テェ?』 人間達の死線がことごとく道を歩く自分達に向けられている。 自分達が珍しいのだろうか? いや何か……異物を見るような目で見てくるのである。 『まさか……』 『ママ?』 母は恐怖に耐えながら、胃の底から搾り出すように言った。 『もしかしたら虐待派という連中かもしれないデス……』 『ギャク……?』 『タイ……』 『ハ……!』 その瞬間、仔らの表情が瞬時に真っ青になった。 母は軽く舌打ちをし、自分の迂闊な発言を後悔する。 『は、……早く歩くデス!』 仔らを急かすがもう手遅れである。 『ギャギャギャギャクタイハテッチィィィィ!?』 『チギャァァァァ! コココココワイイテテテテチュゥゥゥゥゥ!!』 『ママ……ママァ……』 仔らが絶叫と共に一斉に怯えだした。 一匹からはプリプリと小気味のいい音が聞こえ、ぷわんとウンチの匂いが周囲に漂う。 (……まずいデス! ウンチの匂いは人間さんが一番嫌いだと聞いたデスゥ!) 「虐待派」 人間にそういう一派があることは知っている。だが出会った事はない。 だが、その恐ろしさは公園暮らしの実装にとっては知らないものはいない。 親から仔に受け継がれる口伝……いやもはやそれすらも超えてDNAレベルで体に染み付いているのかもしれない。 出会ったが最後、その存在感は単語を口にしただけで蛆ちゃんをパキンに追い込むほどである。 『だ、大丈夫デス……虐待派というのは手に赤と黒の色をした棒を持っていると聞くデス、だから大丈夫デス!』 母は必死にフォローする。 もちろんこんな場所で出会ってしまえば終わりなのは自分も一緒。 自分自身への暗示でもあったのだろう。 『テェ……』 『ホントテチ?』 『ウソテチ? ウソじゃないテチ?』 『ほら、よく見るデス……。みんなワタシ達を見てるだけデス! 手にも棒なんて持ってないデス!』 『テェ……モッテないテチ……』 『ダイジョウブ……テチ……?』 『さ、お前達……早く立つデス。さっさとご飯箱を探しておさらばするデスゥ』 『テェ……ゴハンテチ?』 『ガンバルテチュ……』 『テ……』 やはり立ち上がった次女のお尻はこんもりと緑色に盛り上がっていた。 『さ、歩くデス……』 だが母は敢えて次女のパンコンをそのままにして進み始めた。 『テェ〜……』 歩くたびにウンチがネチネチと音をたて、尻に絡みつく。次女の表情も次第に苦いものへと変わっていった。 『ママ……ウンチパンパンテチ……ネチネチ、キモチワルイテチィ……』 『我慢するデス、歩くデス!』 『テェェェ……』 『オモラシするのがワルイテチ!』 『そうテチィ……』 『あとで洗ってあげるデス、今は我慢デス!』 ウンチパンツを変えるという行為、これすなわち最も大切な部分(“ママ”談)を晒すということ。 こんな何があるか分からない危険な場所で、そんな事を出来るはずがない。 彼女は目先の事態よりも総合的な危険の方をとったのだ。 この判断力の高さは、さすがにベテランと言ったところだろうか。 しばらく道を歩くと、嗅ぎなれた匂いが漂ってきた。 『クンクン……デェ!?』 もちろんウンチの匂いではない。お目当ての“ゴチソウ”の匂いである。 『デデッ! この匂いは……』 『クンクン……テェ! オナカがグーグーテチ! ゴハンのニオイテチ!』 『クンクン……ウンチイヤテチィ……』 『ソレはオネエチャンのウンチのニオイテチ』 『間違いないデス、ご飯の匂いデスゥ!』 母親のその言葉に、仔らはわっと歓声をあげた。 『ホントテチィ!?』 『ウンチイヤだけどゴハンダイスキテッチィィ!』 『ママ、チカクにゴハンがあるテチ……?』 『そうデス! クンクン……あっちから匂いがするデスゥ!』 そして4匹は我先と道を走り出した。 道の向こうからは確かに食料の匂いが漂ってくる。 ……つんとする、おさかなの匂い。 ……鼻がピリピリする、くだものの匂い。 ……ねっとりとした、おにくの匂い。 そう、人間が“ザンパン”と呼ぶ、あのゴチソウの匂いが漂ってくるのだ。 『デェ! デェ! デェェェ! ハァハァ』 『テッチ、テッチ、テッチィィ! ハァハァ……テチィィィ!』 『テェ……ハァ……テェ……テ、テプッ! テププププププッ!』 『テ……ジュルリ……テェッ! ……ジュル、ジュルリ……』 走る親仔の口からは自然と涎があふれ出す。 タベタイ! タベタイ! タベタイ! 食べたい! ハヤク! ハヤク! ハヤク! 早く! ぽふぽふテチテチと走る4匹の目には、もう漂う匂いの軌跡しか映っていなかった。 そして数分後……。 匂いの元にたどり着いた四匹の目の前には、夢のような光景が広がっていた。 『デェェェェェェ! ゴチソウが大盛りつゆだくデッスゥゥゥゥ!!』 『チュァァァァァ! これゼンブゴハンテッチィィィィ!?』 『ゴハンテチ! でもウンチ……いやゴハンがユウセンテチ!』 『ウソみたい……テチィ……!』 灰色の壁のそばに置かれた水色の箱。 そこからは見たことが無い量のゴチソウがあふれ出していた。 自分達よりも何倍も、何倍も高く積まれたゴチソウの山。 人間で言えば際限なく吹き出す石油を見つけたような感覚だろう。 果たして石油が地下水のように埋蔵されているのか、はともかくとして……。 『デッ! あじ、味見デスゥ! モグモグ……』 早速母親は残飯の上に登ると、その一部を咀嚼し始めた。 『ウンマァデスゥ! ウマスギルデッスゥ!』 これ以上無いと言わんばかりの至福の表情をする母。 それに感化されてか、仔らも一斉にむしゃぶりつき始めた。 『テチュテチュ……ムグッ! ウンマァァァァ! ウンマァァァァ! ママァァァァァ!』 『タベテイイテッチ!? タベテイイテッチ!?』 『食べるデス、好きなだけ食べるデスゥ! いっぱい食べてもお釣りが来るデスゥ!』 『ムグムグ……チュッァァァァァァ!! ウンマ、ウンママァァァァァ!』 4匹はまるで桃源郷に迷い込んでしまったかのように恍惚な表情を見せた。 腐敗肉と腐敗汁の織り成す酒池肉林におぼれ、口の動くまま……手の動くままに“ゴチソウ”を味わった。 「……なんだこりゃ」 その背後に、まさに“危機”が近付いていることを知らずに……。 【後編に続く】
