実装石の日常 冬場の託児 「こないでテチィ!!」 「嫌テチャ! 嫌テチャァ! おうち、おうちに帰るテチャッ!!」 テヒャァァァ!悲鳴を上げて涙を流しながら親から逃げ惑う仔実装。 しかし、追う親実装は暴力を振るうわけではない。 冬空の下、親仔は騒いでいる。 「わがまま言わないデスゥ! 次は大丈夫デスゥ」 駅舎の建造物の隙間で人知れず、親1匹、仔3匹の追いかけっこが行われていた。 衰弱している仔だが、必死の形相だ。それもそのはず、寸前に姉妹を人間に殺されている。 しかも3匹も。 ……託児は嫌テチ! 3女は真横にいた次女の足を蹴飛ばした。ひっくり返る次女を捕まえる親実装。 「3女ぉ!」 次女は叫ぶがもう遅い。 「わがままはダメデス!」 「イヤァー! 託児はイヤテチィ!」 彼女らは野良だがダンボールをもつ、まだ余裕のある階層であった。 だがこの寒さ、そして公園の野良実装が増え続け、深刻な餌不足が到来した。 親実装も彼女なりに餌集めに奔走したが、育ち盛りの娘たちにはまったく足らない。 ついに家族から飢え死にを出したとき、彼女は限界を思い知った。 越冬の準備どころではなかった。 ……このままじゃ家族みんな凍死か飢え死にデスゥ。 公園のあちらこちらに倒れて動かない野良実装がいる。それに泣いてすがる仔実装、それを狙う共喰い、といった惨状だ。 意を決した親実装はすべての仔を連れ飢餓と凍死の蔓延する双葉児童公園を出た。行き先はコンビニ。 望みをかけて、幸運を期待して託児しようというのだ。 しかし実行さえ許されない。 飢えと寒さに攻めたてられた野良は彼女ら家族だけではない。10家族以上がコンビニで託児を試みていた。 本来なら隠れて ……そっと 仔を「なるだけ優しそうなニンゲン」の袋に入れるのが定石だ。だが、競争相手がいるのでは、悠長に構えてなどいられない。 ゴミ箱の陰に隠れるどころか、ほかの家族を出し抜こうと前へ前へ出てしまい、 とうとう入り口付近で仔を抱えて肩や肘で押しのけあう有様だ。 もちろん人間からその意図は丸見えだ。袋は高く持ち上げられ、足早に去っていく。 強引に投げられた仔は、アスファルトの上で瀕死の重傷でママ…とか細く泣いている。 そのママは次の仔をなんとか託児しようと押しのけあいで、失敗した仔など忘れている。 それどころか、 デジャ……。 乱闘寸前の託児の競争のなか、足で踏み潰されていった。 賢くない親実装だったが、後から来たのでこの光景を冷静に見ることができた。 ……コンビニでは無理だ、では他のニンゲンが大勢いるところに行くほかない 3女はこの光景に震え上がった。 他の実装が死ぬのはどうでもいいが、自分の命に対しては過剰なまでに防衛本能が働いていた。 「ママ! こんなところじゃ死んじゃうテチィ」 「大丈夫デスー。まだいいところがあるデス」 それが双葉駅前だった。 野良実装にとっては理屈はわからないが、大勢の人間が入っていき、時たま信じられないほどの人間が出てくる。 といった程度の認識だが、他にあてはない。 生まれて初めての公園の外に大はしゃぎの仔たちも、コンビニから駅前への移動では疲れを見せ始めた。 過酷な強行軍の中、1匹を見失ってしまう。 オロローン。と泣くがいつまでも路上では危険だ、なくなく仔をあきらめて駅前に向かう。 疲労困憊の仔6匹の前で親実装が教える。 「このままでは私たちはみんな死んでしまうデス、 ママがニンゲンさんにお願いしてお前たちを飼ってもらうデスゥ」 テェェーと驚く仔たち。興奮した面持ちで隣の姉妹と話したり、自分の服の汚れを気にしはじめる。 「ママァ、本当に私たちが飼い実装になれるテチィ!?」 「そうデス。ママがニンゲンさんにお願いして、お前たちを任せるデスー」 ……飼い実装、という言葉は甘美な響きがある。 外敵に命を狙われる心配もなく、食べ物に不自由しない、きれいな服を着られる生活。 時折公園を散歩する飼い実装の幸せそうな姿(実際は色々内情があるのだが!)を見るにつけ、彼女らはうらやましく思ったものだ。 寒風吹きすさぶ中、無邪気に興奮する仔たちに親実装は飼ってもらうことがいかに困難かは言わなかった。 5匹を建物の陰に隠すと、一番年下の仔の手を引いていく。 「お前たちはここで静かにしているデス、騒ぐ悪い仔は飼い実装になれないデス!」 いつもは騒がしい仔も、これは利いた。5匹は寒さに震えながら寄り添って離れた母と妹を見守る。 ……次は私の番テチィ。順番なんて守っていられないテチ 3女は妹を出し抜いて、次は飛び出すつもりだった。 託児と言っても後の方では我慢できない。そんな仔であった。 さて、肝心の託児であるが。 「かわいい仔デスー。飼ってくださいデスー」 シンプルな作戦である。両手で小さなわが仔を持ち上げて、通行人にアピールするのだ。 親実装に持ち上げられた仔実装も 「テチューン♪」 と精一杯の媚をする。 「……」 「……」 その前を何事もないように過ぎ去る人々。 冷たい風が吹き、親仔はそろってブルッと震えた。 ……こ、こんなはずじゃないデス! 親実装は焦る。かれこれ1時間以上経つが、誰も止まろうとさえしない。 わずかに一瞥する人間がいるだけだが、それとてなにもないように行ってしまう。 この時期、形はどうあれ野良実装の託児は激増し、年間の託児の7割が冬季に集中するという説さえある。 いわば風物詩ともいえる状況で、寒いのにわざわざ足を止める変わり者はいない。 まして電車に乗り込む人間が、悪臭漂う野良を拾っていくなどありえないのだが、親実装にそこまではわからなかった。 昼を過ぎて、ようやく高校生が一人、親仔の前で止まった。 「お、今年もやってるんだな」 男の子の前でデスデスデスーと親実装が懸命のアピール。 「飼えって言ってるんだろ、どうせ」 高校生は差し出された仔をしゃがんでつかむ。手袋越しに持ち上げられた仔実装は寒さにかじかみながら、テチューンと媚びる。 「すごいテチュ! 12女ちゃんが飼われるテチュ!!」 待ちかねただけに、陰で見守る姉妹も興奮した。 彼女らは冷たい外気に薄着ひとつでさらされ、ガチガチと震えているのだがすばらしい出来事に喜びを隠せない。 次は自分だ。 特に3女は空想を広げていく。 飼ってもらうならどんなニンゲンがいいだろう。 暖かい部屋でママのお話に出てくる暖かい食べ物がほしい。 綺麗な服が着たい。 あははは、と高校生。笑っている。笑っているので親実装は安心した。 ……良かったデスー。よさそうなニンゲンデスゥ しかし、笑ってはいるがどうも様子がおかしい。仔をかわいがるでもなく、白い息を吐きながら笑っている。 陰惨な笑い、と人間なら表現するだろう。 「デ……ニンゲンさん、やっぱりいいデス。飼わなくていいデス」 不安を覚えた親は仔を返してくれ、と言うが高校生は笑ったまま。 「去年もお前らの託児をされてな、ひどい目にあったんだよ」 彼は人に言えないような目にあったらしい、自分の顔の前まで仔を持ち上げる。 事態が飲み込めない仔実装、まだ自分のかわいらしさを媚で表そうとしていた。 「……ニンゲンさん、返してデス!仔をおろしてデスゥ!」 親実装は仔を返して、と大騒ぎだがもう後の祭りだ。高校生は右手で仔を高く掲げる。 「放っておくと迷惑だからな、数を減らしてやるよ」 勢いよく右手が振り下ろされる。生まれて初めての高い光景に仔は笑顔だった。 その笑顔のまま、地面に叩きつけられた。 ヂィ という悲鳴と水風船が破裂したように緑と赤のシミが路上に散った。 デヒャァァァ! 高校生は清々した表情で駅舎へ消えていく。 親実装は即死した12女の前で両膝をついて涙を流した。 通行人はそれにぶつからないよう、避けて通る。 犬猫の排泄物を避けるように。 涙をしばらく流すと、親実装は袖でそれを拭き、仔たちが待つ場所へ戻った。 「テ……12女ちゃんはどうしたテチ」 「ニンゲンさんがいっちゃったテチィ!」 「あ、ママが帰ってきたテチィ」 不思議がる仔の前で親実装は疲れきった表情。 「次は9女ちゃんデスゥ」 「……12女ちゃんは」 「お前は黙っているデス」 聞こうとした3女は黙らされた。重たい空気のなか、9女が手を引かれていった。 親は言わないが、見ている仔達はすこしずつ事態を理解した。人間に拒絶され、妹が殺された、と。 寒い中、一層震える者。黙って涙を流す者。「12女は可愛くないから潰されたテチ」と嘲る者。 3女は自分が生き残るためには、どうすればいいか、と思いながらライバルである姉妹を眺めた。 親実装はこの露骨な託児がどれだけ危険かよくよくわかっていた。 だが、確実に全滅するよりは万に一つの可能性にかけたのだ。 あるいは、生き残ろうとする生物の本能かもしれない。 9女は賢くない。それでも自分の足元にシミとなった妹の姿を見て、パンコンしながら震えだす。 「ママ、ママッ! 12女ちゃんが、12女ちゃんがぁ!」 「いいからお前は媚びをするデス!うまくいかないとお前もああなるデスゥ」 親も仔を生き残らせようと必死だ。 彼女はもう、自分の体力が残り少ない、と自覚している。 極度の栄養失調で軽い傷も癒えない。仔も長い距離を寒いなか歩かせたので疲弊している。 託児に失敗してもダンボールまで生きて帰ることは無理だろう。 生きるためには、なんとか飼ってもらうしかなかった。 失敗が出るのは覚悟のうえだ、それでも1匹でも優しい人間に引き取ってもらえれば、とう悲壮な覚悟をしている。 行き交う人は多いが親仔に関心を払う者はいない。 焦燥ばかりが募っていく。このままでは1匹も飼われないのではないか!? そうして人の前にでて仔を掲げるという、最悪の選択をしてしまう。 図々しい野良実装の姿に、一層人々は嫌悪して避けていく。 「可愛い仔デスゥ。飼えば幸せになれるデス」 必死のアピールの前に一人の男性が足を止める。 ……チャンス! 「可愛い可愛い仔デス! 絶対可愛いデス! おいしいご飯をあげればあげるほど可愛いデス! それに姉妹もいっぱいいるデスー。 いまなら姉妹4匹もつけてもかまわないデス!私がついていって世話してもいいデス! 飼え!とにかく飼えデス—————!」 リンガルを起動しない男性にとっては、ただのデスデス言っている騒音に注意を払いもしない。 媚びている仔を摘み上げると、ひょい、とカゴ型のゴミ箱に放り込んだ。 テチャァァ! 落下の衝撃で右手と左足がもげる。 「な、なにを」 抗議しようとする親実装に、男性は無言でゴミ箱に張られたポスターを指差す。 『ごみはゴミ箱へ みんなできれいな街にしましょう 双葉市』 そうして男性は雑踏の中へ消えていく。 文字は読めなくても意図は分かる、親実装は憤慨して追いかけようとするが、通行人に蹴飛ばされ、はじき出される。 起き上がる頃には男性の姿は無い。 歯ぎしりしながら、取り合えずゴミ箱に入れられた9女の元へ駆け寄る。 「ママ! 痛いテチュ! いたぁいいいテチュ!」 「今助けるデスー」 が、親実装が登れる高さではない。倒そうと体重をかけるが、下に重りのコンクリートが鎮座しており微動だにしない。 何度か試みると、親実装は大きく息を吐き、離れる。 「ママァ?」 「・・・もうお前は助けられないデス、あきらめるデス。 ママはほかの仔を託児するデスー」 「マ、ママ!待ってママァ!」 「次デスゥ」 待っている4匹の仔は震え上がっていた。 飼われると思いきや、1匹殺され、1匹は半殺し。 親が手を出しても誰も前に来ない。 「誰でもいいから前に出るデスゥ!」 いらだつ親が腕を振り回す。 危険を覚えた3女、後ろから7女を前へと蹴飛ばした。 「テヒャアァァァ!」 「いつまでも待たせるなデス!」 嫌がる7女を引きずっていき、そしてまた持ち上げて託児のアピール。 「いい仔デスー わがまま言わないデスー 歌も上手デスー 踊りもできるデスー」 「ママァ! 痛い、お手手もあんよもすごくいったいテチャァァァァ!」 後ろのゴミ箱では見捨てられた仔がうるさい。 「ニンゲンさんに飼ってもらえればこの仔は幸せデス どうか飼ってやって欲しいデスー」 「痛いテチャァァァ!」 「いい仔デス、すごくいい仔デス 家族思いのいい仔デス」 願いが天に通じたのか、通行人の女性がふと足を止めて親仔を見る。 「あら可哀想。寒いから託児してるのかしら」 たまたま見たTVで野良実装の冬場を扱っていたのだ。過酷な環境で仔はどんどん死んでいくのを思い出している。 今度こそ逃がさないよう、親も仔もまさに必死のアピールだ。 「ニンゲンさん! この仔を飼ってやってデスー 幸せにしてほしいデス、このままじゃこの仔は寒くて死んじゃうデス」 「テチューン。いい仔するテチ〜」 そっと仔を持ち上げる女性。 「痛いっ痛いっ!!!!!! ママ、私痛いテチャァァ!!!!!!!!!!」 ゴミ箱で瀕死の仔の声のほうがでかかった。 青筋立てて親実装は振り返る。 「やかましい!邪魔だ!うるさいデッス! どうせ助からないお前は静かに死ね、デス!」 「テ…!」 近寄ってゴミ箱をがんがん叩く親実装。 「もうお前は助からないデス! あきらめて静かに死ねデスー!」 「マ、マ、ママ。・・・私のこと可愛いって」 「仔なんていくらでも生めるデス! 今だって他に何匹もいるデス!」 大きな声で続ける親実装。姉妹にも人間にも聞こえる声。 「1匹くらい死んだって構わないデス! わかったらだまって死ね!デスー」 親が汚くののしっている光景を見るうちに、女性はTVの内容を思い出す。 ある家庭で同情から託児を受け入れるものの、所詮は躾けがされていない野良の仔。 わがままで暴れまくり、心身ともに人間家族を疲弊させ最後は処分するため施設送り。 それにリンガルなしでもこの家族がどういうものなのか理解できる。 「悪いけど、私にはムリだわ」 地面に置くと、さっさと行ってしまう。 おかれた仔は気づかないのか、相変わらずテチューンと媚びている。 脳内ではすでに飼い実装。 飼われる前こそ平身低頭だったが、飼われるとなると態度は激変だ。 食べ物にあれこれ文句をいい、奴隷をかしずかせ、自分は豪華な服を着込んでいる。 「テチャア! ゴハンが遅いテチャア、気がきかない奴隷テチ!」 7女が脳内奴隷に文句を言っているとき、現実には通行人のつま先が彼女を蹴飛ばした。 テヂャア! 10cmほどの身長の彼女はひとたまりも無く吹っ飛ぶ。 ようやく、親実装が人間を逃し、7女が蹴飛ばされたことに気づいて戻ってくる。 「7女! 返事するデスー!」 「テ?人間の足ばっかりテチ?」 横倒しになっている7女はようやく意識を取り戻した。 蹴飛ばされ通行人の多い場所に移動していたのだ。立ち上がるものの、行き交う人間の足ばかり。 ブリブリーとパンコンする7女。 「ママ! 人間ばかりテチャアァ!!」 託児どころではない、踏まれたらいきなりあの世行き。 「動いちゃだめデス! ママがいま助けるデスー!!!」 「うわ! なんだ!」 「きたねえなぁ、野良実装かよ」 雑踏に突っ込んだ親実装にたちまち人間は迷惑した。 クツや衣服に泥や垢で汚れた野良が触れているのだ。疎ましげに何人かが軽く蹴る。 デジャ! デェ! デゲヒャア! あちこち蹴られながら、なんとか人ごみが途絶え、7女の元にたどり着いた。 「マ、ママ……」 そのか細い声を上げるだけで、7女の命は消え去りそうだ。 7女は踏み潰されて下半身はミンチになり、口から臓器らしきものがはみ出ている。 「ママ、助けて…テ」 しばらく見つめていた親実装だが、声もかけずクルリと反転してしまう。 固まって建物の影で震えている3匹のそばに来て手を出す。 「次の仔デスゥ」 ・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・ そして冒頭の追いかけっことなった。 もちろんその間にも貴重な時間は流れていき、実装の体力は消費していく。 結局次女が捕まり託児となるが、持ち上げられても恐怖と寒さで震えているだけだ。 パンツから糞を垂れ流し、兎口からは涎、両目からは血涙と全開放出だ。 アピールすべき親実装も体力をつかい、口上は途切れている。 「痛い! 痛いテチャアア!」 「ママ……私を助けて…テチ」 ゴミ箱仔とミンチ仔が助けを求める声だけが聞こえるのは皮肉だ。 この2匹が静かになるのは死んだときだろう。 だが2匹にしてみれば、助けてくれるのは親実装のみ。 家族の邪魔になろうがなんだろうが、助けを求めるしかない。 朦朧としながら、親実装は2匹がじゃまになっているのは分かった。 ただでさえ託児は難しいのに、うるさいのがいれば人間だって嫌がるだろう。 「お前はここで待っているデスー」 次女をおろすと親実装はミンチ仔のいるほうへ向かう。ちょうど、人の波が途絶えたからだ。 「お、託児か」 老人が置いていかれた次女の前でかがんだ。 すっかり弱くなった次女だが、せいいっぱい媚の姿勢をとる。 親実装はそれに気づかず、ミンチの7女の元へ。 「7女、痛いデス?」 「痛い、すごく痛いテチャア」 口から臓物を見せながら、7女は親にしがみ付いた。 その親はわが仔の首に手をかける。 「テ? テジャアアア・・・・・・」 「どうせこの傷じゃお前は助からないデス! もう邪魔なだけデス! お前はとっとと死ぬデス!」 グキリと嫌な音を立てて頚椎が折れる。 臓器と舌を出したまま、7女は静かになった。 「ふう、やっと静かになったデス。 思えばうるさいバカな仔だったデス。さっさと間引くべきだったデスー」 どこか気持ちよさそうに親実装が振り返ると、一部始終を見ていた老人の姿があった。 かたまる親実装。 「やっぱりやめておこう」 老人は次女を地面においたまま、すたこらさっさと歩いていく。 「違うデス! ニンゲン! これは違うデスー!!!」 何がどう違うというのか。 嫌悪感を覚えた老人の姿は街角に消えていった。 またしてチャンスを逃した親仔は託児をやり直した。 だが、もう夕日が沈む刻限だ。 仔を掲げる姿勢で託児をアピールしながら、時間だけが過ぎていく。 「……ママ」 親元に長女と3女がやってきた。長女が言いにくそうに告げる。 「その仔もう死んでるテチ」 「何を言って…」 親実装が次女を目線までおろして見てみると、確かに凍死している。 「ママ、今日はもうムリテチ、ニンゲンがいなくなったテチ」 終電がすぎ、駅前に人影はない。 意識が無くなりかけていた親実装は気づかなかったのだ。 だがもう託児はムリだと気づいた。そして、もう一家は助からないだろう、とも。 「今日は、一旦帰るデス…」 今日は、一旦、とまるで明日があるように言う。その微妙な表現に気づかず長女と3女は家に帰れると嬉しげである。 万一の望みをかけて家路に着く3匹。 死んだ次女は道端に投げ捨てた。 弔ったり嘆き悲しむゆとりさえない。 ゴミ箱では大怪我を負った仔が金網にしがみつき、うらみを込めた表情のまま死んでいた。 無表情でその前を行く3匹。 実装石は親仔といえども情が薄い。 要因は様々だが、その一つが淘汰圧の高さという指摘がある。 実装石にとって周囲の環境は厳しい、生んだ仔のほとんどが成体になれず死んでいく。 そうした環境では仔が死ぬのは当たり前である、いちいち悲しむほどのことではない。 しかも実装石は環境に対応するためであろう、凄まじい多産である。 1匹の仔くらい、どうとでもなるのだ。 仔にとってはたまったものではないが、歴然とした事実だ。 失敗したがこの親のとった “1匹でもいいから託児を成功させる” という行動は決して悪くはない。 しかし、仔を見捨ててまで、殺してまで生き延びようとした一家は全滅しようとしていた。 「何か降ってるテチ!」 「白いテチ!」 街灯に照らされて舞い落ちる雪片が見える。 飢えも寒さも忘れ、長女と3女は楽しそうにはしゃぐ。 もちろん、親はそれが危険なものだと知っていた。 自分の親から言い伝えられている存在である、雪。 「雪という白いものが空から降る前に準備をするか、ニンゲンに飼われないと死ぬデス」 どちらもできなかった。 暗澹たる心中で親実装は歩いた。ダンボールに帰っても食料はほとんど尽きている。 託児はもう望めそうにも無い。もう一度やれば死ぬだけだろう。 親と違い3女は楽観していた。何しろ姉妹がほとんど死に絶えたのだ、えさ不足は解消された。 まだ長女がいるものの、何かきっかけを見つけてどうにでもしてやろう、という程度だ。 長女は長女で姉妹が壊滅する現状にただ恐れおののいていた。ダンボールまで遠いし、雪がつもって足が冷たい。 街灯やたまに走ってくる車のライト以外は漆黒の闇と言っていい。住宅街も夜となれば静まり返り、わずかな光を漏らすだけだ。 それも身長の低い実装にはあまり恩恵も無い。 雪が路面を覆っていた。 ひたすら積もっていき、いつの間にか3cmほどにはなっている。 身長10cmの長女と3女には歩くのも大変な高さだ。 3匹とも寒さからお腹を壊し、だらだらと脱糞していた。 それが体を冷やし、流れる汗もが体温を奪い去る。 「ママ、少し休むテチ」 辛そうな長女が親実装の前掛けを引っ張る。心なしか青ざめている。 声も出さず、うなづくだけで親実装はバス停に置かれたベンチの下にもぐりこむ。 右側に長女、左側に3女が寄り添って座った。 「少しだけ、休むデス」 疲労しきった親実装は、それだけいうと眠りこけた。長女・3女もすぐに眠りについた。 ……冷たい……冷たいテチ! 冷たさで3女は目を覚ませた。 触れている親実装からはいつもの温もりではなく、 冷え切った石のような冷たさが伝わってきた。 街灯に照らされる道路は、もう5cmほど雪が積もっている。 ベンチの下も雪が吹き込んでおり、足元まで積もり始めていた。 「ママ! もう行かないと寒くて死んじゃうテチ! 長女ねえちゃんも起きるテチ!」 この積雪ではもう仔実装の身長では歩いていけない。親実装に背負ってもらい暖かいダンボールに入るのが唯一助かる道だ。 慌てて揺する親実装はどこも冷たい。 「お姉ちゃん! ママがおかしいテチ!」 長女に怒鳴るが反応は無い、目をつむったままだ。 「いい加減にするテチ!」 いらだつ3女は長女を突き飛ばす。長女はパタンと倒れたまま動かない。 「……冗談はいいテチ。さっさと、起きるテチ」 そっと触れてみると、長女も冷え切っている。表面は凍結しているようだ。 「テヒャアァァァッァ!」 飛びのいた3女は親実装にしがみ付き、冷たさに驚いて離れる。 「……!? なんで動かないテチ! 動くテチ! おうちに帰るテチ!」 3女の脳裏には死んでいた姉妹の姿が思い浮かぶ。 「嫌テチ! 死にたくないテチィ!」 雪の中へ飛び込んでいく。 「帰るテチ!おうち、あったかいおうちに帰るテチ」 しかし身長の半分の積雪、しかもまだ降り続いているのだから、3女はあっという間に雪まみれで、体温と体力をどんどん消費していく。 暗闇の中、ひたすら雪が降り積もっていった。 手で雪をかき前進を試みる3女だが、恐怖から血涙が止まらない。 それも凍っていく。パンコンした糞尿も凍りつき、もたもたと手足を動かすだけになっていた。 ベンチからは50cmほどしか進んでいないにもかかわらず。 動いていても頭巾や肩に雪が積もる。 進路はまっすぐなつもりで大きく左にそれている。仮に数時間がんばってもベンチまで逆戻りだろう。 ベンチが雪で埋まっていなければ、だが。 漆黒の闇は広がり、しんしんと雪が降り積もる。 END
