公園の片隅にあるダンボールはもう雨に打たれてずぶ濡れだ。 雨水を吸ってその重みであちこち歪んでいる。 横置きにした上にビニールを置いてあるが、著しく劣化してあちこち裂けているので、もう用をなしてはいない。 実装石の日常 冷たい雨 「デェ」 親実装はなるだけ仔実装を濡らさぬよう抱きかかえている。 しかし天井からは雨水が滴り落ち、親実装を濡らす。 (・・・・・・どうしよう、どうしよう) 彼女は決して怠けていなかった。 勤勉と言える活動で新しいダンボールやビニールを探したものの不運にも入手できなかったのだ。 今の時期、必要なものがないのは大変なことである。 少しの蓄えのエサは雨水を吸ってしまい、痛んでしまった。 水を含んだ小さなタオルや枯葉も温かくなれる役に立たず、ダンボールの隅に積んであるだけだ。 「ママ」 小さな声で仔実装が言う。 「寒いテチ」 3日前から熱を出しているのだ。乏しいエサを与え、虎の子の実装フードをふた粒すべて与えた。 だが一向に良くならない。 白い息を吐いて親実装が最後の1匹となった我が仔、7女の頭を撫でてやる。 「もうしばらくしたら暖かくなるデス。そうしたらお前も元気になるデス、大丈夫デス」 天候が好転する様子は全く見られず、空には重たげな灰色の雲が広がっている。 そこから降り注ぐ雨はまことに冷たい。 「すぐに元気になるデス」 励ます親実装も声に張りがなかったのは、仔の看病のためエサ探しも出来ず、空腹のためであろう。 親実装が暖めてやらねば、小さな病身の仔実装1匹、すぐ死んでしまうのは明らかだ。 「ママ、私」 ダンボールの中に響く雨音の中、仔実装が呟く。 「最後に美味しいものをお腹一杯食べたいテチ」 「・・・・・・・・・」 仔実装の赤と緑の小さな瞳が涙ぐむ。 「我がまま言ってみたかっただけテチ、ゴメンなさいテチィ」 弱弱しい声で謝る仔実装に、親実装は愕然とした。 死んでいった他の姉妹と違い、7女は我がままを全く言わなかった。 それほど我慢強い、野良としては稀有な7女が弱音を吐いている。 もう命のともし火が消えようとしているのを自覚しているのだろうか。 「7女、泣くことはないデス」 なるだけ明るい声で、親実装は言う。 「ママは一度くらい、お前の我がままを聞きたいと思ってたデス。何が食べたいデス?」 しばらく仔実装は沈黙し、ダンボールの屋根を雨が叩く音だけが響く。 「甘いものを食べてみたいテチ」 この7女が生まれてから口にした甘いものと言えば、銀紙に溶けてこびり付いていたチョコのカスだけ。 「わかったデス」 親実装は心をこめて言った。 「ママがお前に甘いものを持ってくるデス。甘いものを食べたら、お前は元気になるデス」 「ママ」 「少しだけ、ママお出かけするデス」 言うと、そっと7女を床に置くと親実装は頭巾を外す。 その頭巾に7女を置いてやると、急いで自分の服を脱ぎはじめた。 「ママ?」 全裸になった親実装は驚く我が仔を服で包んでやる。少しでも暖かくなるように。 「すぐに、すぐにママは戻ってくるデス。いい仔はお留守番デス」 7女は親の姿に顔を青ざめさせる。 「もういいテチ、言ってみただけテチ」 「我がままを聞きたかったのはママの方デス」 「ママが寒いテチ、寒くて死んじゃうテチィ!」 「大人はへっちゃらデス—」 「ママ!」 「すぐに帰ってくるデス!」 そう言い放ち、親実装は外へと飛び出していった。 当てがあるわけではない。 昼間にゴミ漁りできる場所は少ないし、そういう場所は競争が激しくて滅多にエサは見つからない。 万に一つをかけて、親実装は人間に物乞いすることにしたのだ。 (・・・・・・ゴハンをくれる優しいニンゲンさんもいるし、きっと、きっと大丈夫) そのとおりでこの公園にも愛護派がエサをばら撒きにやってくる。 もっとも今日のように雨が降ったり寒い日はまず来ない。 暖かく天気の良いとき、気紛れにやって来てはエサをばらまくだけだ。 空から降り注ぐ冷たい雨が親実装を打つ。 水溜りの広がる公園の中をばしゃばしゃ、水しぶきを上げて走っていく親実装。 急がねば7女の体温が下がって危険な状態になる。 親実装自身馬鹿なことをしている、という自覚はあったが、我が仔のつぶらな瞳を見たときもう我慢できなかった。 最後になるかもしれないが、旨いものを満腹になるまで食べさせてやりたいという思いが体を突き動かす。 公園の外には通行人の姿があった。 (・・・・・・きっと、きっとニンゲンさんの誰かが助けてくれる、なにか食べ物をくれる) 親実装は一心にそれだけを願って走る。 冷たい雨に打たれながら。 END
