「いや、どうも、わざわざ携帯を届けていただいた上に お知らせまでくださるとは申し訳ありません」 「いえ……さぞお困りだろうと思いまして……」 この間のコンビニからさほど遠くない、 アーケードの喫茶店で、俺はあの三姉妹の「ママ」である所の 愛護派のおばさまに会っていた。 彼女は傍から見ても、かなり憔悴していた。 今日も快晴だ。 ミントが死んでから、3日が経っていた。 あの後から地下室には入っていない。 まぁ、野生の実装石たちは自分の糞を食うというから、 ミドリとミィの心配は無いだろう。 蛆も食えることだし。 それにしても蛆実装は儚い。 「いや本当に助かりましたよ。すぐにでもお伺いしようと思ったのですが、 どうにも仕事の都合がありましてね」 よく冷えたアイスコーヒーがやけに甘い。 「お礼と言っては何ですが」 「あの」 愛護派は思いつめた顔で、俺のほうを見た。 「あの、3日前から……いえ……何でも無いんです」 「? 何かお困りのようですね?ご相談に乗りましょうか?」 「いえ、娘たちが家出したみたいで…家出だったら良いのだけれど…あの…」 警察にも言ったんですけれど…すぐ見つかるって言ったのに… すみません、関係ない方にこんな話を」 泣きそうな顔になって俯かれると 俺が悪いみたいじゃないか。 俺が悪いんだけど。 それにしても「娘」に「ママ」。 愛護ここに極まれりという事だ。 「ああ、僕にもね、兄貴と家出したことありますよ。 千葉のお婆ちゃんの所までね。 でも一週間で母親が迎えに来て、ぶん殴られたっけなぁ」 「おばあちゃんの家… そうだ!お婆ちゃんの家まで行こうとしたんでしょうかね!? それで迷子になっちゃって! ごめんなさい!なんで私そんな事思いつかなかったんでしょう? 探しに行かなきゃ!」 「一緒に探しましょうか?」 「いえそこまでしてもらうには及びません! すみません私急いでて」 「ああ、いいですよ。 ここの払いは任せてください。 娘さんによろしく」 「ありがとうございます!」 「僕もです」 仔実装たちは「お婆ちゃんの家」にいる…… そんな都合の良い幻想を目の前に出され、 愛護派おばさんはほいほい食いつき、 風のように店を飛び出していった。 一族揃って愛護派かよ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− そして俺は仔実装たちが迷子になったお婆ちゃんの家に戻った。 まぁ自分の家なんだが。 母はまた買い物だ。 三日ぶりに開けた地下室は、 想像していたものよりさほど汚れてはいなかった。 ミドリとミィは、三日前に置いた格好と変わっていない。 というよりも変われなかったのだろう。 ミィは半身の自由が利かずに方向転換不能、 ミドリはミィが太股の上に乗りかかっているせいで、 身動きが取れない状態だ。 ミィの頭皮が剥がれた後頭部は早くもかさぶたになっていたが、 ミドリの、かつて前髪が生えていた部分は 雑菌だらけの妹と3日間にわたり密着し、唾液と垢と汗で汚れているせいで、 うじゅうじゅと化膿していた。 飲まず食わずで放って置かれ、 飼い主とも会えずに知らない人間に調教しなおされるのは、 生まれた時からご丁寧に扱ってもらえた飼い仔実装にとっては あまりにも重い拷問だ。 しかし、逆に言えば、そこまでしなければ こいつらの糞蟲根性は治らないという事だ。 どこかのショップ専用生産マシーンである母実装の 総排泄口よりテッテレーと産まれた瞬間から、 すでに他を押しのけ、自分の事以外は何も考えて育たなかった生き物。 自分が世界一カワイイと思い込み、 周囲のニンゲンはみんな、自分の言う事を聞いてくれると信じて育ったのだ。 そしてこの状況になっても、まだ甘え、 小さな声で「ママ」を呼んでいる。 「気分はどうだ? 地下はそんなに暑くなかったろ? 」 イスの上に置き去りにされ、 自分たちの垂れ流した糞尿で、尻が赤くかぶれた裸禿実装たちに 俺は優しく声をかける。 「ウンチやオシッコは実装オマルでしようって、教わらなかったのかい?」 答えはない。 「ウンチも自分で出来ないのは『悪い仔』だ」 答えはない。 テーブルの上の蛆実装は、死後硬直も終わり、 全身の筋肉が緩み始めて、 ぷりぷりぷーと糞を垂れ流していた。 潮時か。 用意していたカナヅチで、ミドリの頭を叩き割った。 「デベッ!!!?」 まだ喋れるじゃないか。 大きな2つのリボンが揺れる。 「テ……テッチィィィィィィーーーー!!!」 ミィが体をよじって叫ぶ。 その拍子に椅子から転がり落ち、 一緒に落ちてきた姉実装の死体に潰された。 重くて動けないテチ 体が動かないテチ ニンゲンさんたすけてテチ どうしようかなと思った。 すると後ろから「「テチュ!」」と声がした。 「ワタチたちはジッソウたんてい団テチュ! ミィちゃんを放すテチュ!」 2匹の仔実装が 綺麗な服と髪から言って、飼い実装だろう。 腕組みをしてテチューンと立っていた。 賢そうな個体たちだ。 「いけないテチ!このニンゲンさんは悪いニンゲンテチ! 逃げるテチ!」 ミィが叫ぶ。 偉い。 人間だけでなく、実装石のことも思いやれるようになったのだ。 「友達?」 「ミィちゃんとは同じジッソウようちえんテチュ!」 「とっととミィちゃんをおうちに帰すテチュ!ギャクタイ派はいなくなれテチュ!」 「テ…テチィ…テッチィ〜〜〜!!」 だからその2匹の仔実装探偵団にミィを返した。 実装石の傷は3日で治るらしい。 よかったよかった。 おわり
