タイトル:【観察】 実装石の日常 除夜の鐘
ファイル:実装石の日常 22.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:7309 レス数:2
初投稿日時:2008/01/02-13:29:06修正日時:2008/01/02-13:29:06
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いつの間にか、その野良実装の一家は大木が生い茂る鎮守の森の中に棲みついていた。

拝殿に後ろから覆いかぶさるような、深く大きな森である。

あまり人が立ち入ることもなく、静かで光も差し込まない世界。

親実装は神社の敷地外にあるゴミ捨て場の生ゴミや、木々の恵みを受けひっそりと暮らしていた。

やがて5匹の仔実装に恵まれ彼女たちもそれなりに成長してきた。

生したコケの上に置かれたダンボールの中で。




 実装石の日常 除夜の鐘






異常事態。

そう親実装は認識し我が仔の手を握り締めた。

彼女らのダンボールから大きな駐車場が見えるが、そこはもう車と人で溢れかえっている。

バスがやってきては大勢の人間を下ろし、日が沈んでも人数は増える一方。

参道をどこからか徒歩でやってくる人々の列も、途切れることなく続く。

・・・・・・こんなこと、今まで一度も無かった。

夏祭りが終わってから、彼女はこの神社にやってきたのだ。

これほどの人出のある神事を見るのはまったく初めてのこと。

想像を絶する人間の多さに、仔実装たちも怯え、親実装にしがみ付いていた。

実装石一家が知る由もないがこの神社は1000年以上の歴史を誇る、立派な大社であった。

毎年大晦日から三が日の間は県内外から参拝客がどっと押し寄せ、その数およそ20万人。

彼女らが驚くもの無理は無い。

「ママ、ニンゲンがいっぱいテチィ!」

「し! 静かにしてれば大丈夫デス」

そう今までダンボールのある場所までやってきた人間は少ない。

一度、境内を見回る宮司に見つかったのだが、ダンボールの中で震えている間にどこかへ行ってしまった。

・・・・・・まあ1匹くらいいいでしょ。

と見逃してもらったのだ。

鎮守の森には鳥や小動物や虫も多く、それらの一種と思われたのだ。

危害を加えられない事に安心し、しかし、注意深く親実装は暮らしてきた。

人では予想外の出来事だが、じっとしているのが最良だと思う。

しばらくすると仔実装たちも人出に慣れ、興味深げに見入り始めた。

特に屋台が組み立てられていく光景には、声を上げてはしゃいだので、親実装から叱られてしまうほどだ。





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夜も更けてくると、二年参りの参拝客はいよいよ増えてくる。

だが野良実装一家にとってはもう慣れ始めたものだ、それよりも興味を引くのは屋台から漂う甘い匂い。

ダンボールからほんの50mほど先では屋台が軒を連ねてせっせと食べ物を作りはじめた。

焼きトウモロコシや大判焼き、たこ焼き・・・・・・とあちこちで盛大に匂いを放っている。

「おいしそうな匂いテチ」

「いい匂いテチ」

冷たい生ゴミや木の実・草花を食べている一家にとっては、魂を蕩かす匂いだ。

親実装もうっとりするが、慌てて頭を左右に振る。

「でもあれはニンゲンのものデス、私たちには関係のないものデス」

仔実装たちは心底残念そうな顔で親実装を見上げる。

「でもママ、あれ食べたいテチ」

「わがままは許さないデス! 駄目と言ったら駄目デス!」

デス!と叱る親実装も食べたくてしょうがない。

しかし彼女は知っていた、ニンゲンの旨そうな食べ物に引かれて近寄ればどうなるかを。

この神社にたどり着く前、散々見た光景がある。

飲食店からの匂いに耐えかねて真正面から特攻し、無残な最期を迎えた同族の光景がまぶたに焼き付いている。

飲食店は実装石に厳しいのは普通だ。

甘い顔をすれば際限なくやってくるし、不潔な彼女らの姿に客足は遠のく。

捨ててあるにしろ、生ゴミを荒らされて怒らない某レストランのオーナーは例外と言えよう。

「わがまま言う仔は糞蟲デスゥ!」

見せしめに惨殺されて公園に捨てられた同族の姿を思い出せば、絶対出向く気にはならない。

親実装は怒鳴った後、自分自身へ言い聞かせるように声を漏らす。

「あれは別世界だと思うデスゥ・・・・・・」




照明に照らされた境内はいつもとはまるで違う。

人気がなく暗く静かな神社が、今ばかりはあれこれと願いを持った人々で埋め尽くされた。

新たな年を迎える人々の顔はどこか明るく、楽しげだ。

仔実装5姉妹のうち、次女と5女は飽き始めたのか、ダンボールの奥で古びたタオルに包まって寝ている。

長女・3女・4女は相変わらず人々を見ていた。

いや、正確には屋台にじっと注目していた。

残酷な話ではある、姉妹は手が出せないのだ。

すぐそこに暖かく甘い食べ物があるのに。


羨望の眼差しの仔を放ってもおけず、親実装も3匹を後ろから抱きかかえるようにして見入っている。

しかし危険性もないようなので彼女も眠気に襲われ始めた。時刻はすでに11時。

除夜の鐘が鳴り出す。


もっとも鐘の音は何度も聞いているので、実装親仔は特に驚きもしなかった。


「ちょっとトイレ行ってくるデス」

眠っている次女らを起こさないよう、そっと親実装が出て行く。

一家はダンボールから10mほど離れた場所をトイレとしている。

親が席をはずすと、途端に姉妹は目を見合わせテチテチ騒ぎ出す。



・・・・・・数分後、親実装が静かにダンボールへ戻ると、仔実装の数が減っていた。

「デェ!」

ニンゲンに襲われたのか、と血相を変えるが眠っている次女・5女は無事でそのままだ。
いや、親実装の声で目を覚まして動き出しているが。

悪い想像をしながら屋台のほうを見ると、長女・3女・4女がいるではないか!

なにか食べ物を屋台と屋台の間に引っ張り込んでいる。

「バカ! あれほど駄目だと言ったデス!」

地面を両手で叩いて怒るが、もう後の祭り。

3匹は参拝客の落とした大判焼きに群がっていた。

「あったかい食べ物テチ! あったかいテチ!」

「甘いテチ! すっごい甘いテチ!」

「柔らかいテチィ!」

もう、食べ物に夢中だった。

人間並みの嗜好を持つ一方、実装石は暖かい食事など幸運な飼い実装を除けば、まずありえない。

狂ったように食べるのは無理も無かった。


・・・・・・どうしよう、どうしよう!


親実装は焦る。

できれば自分で出かけて行き、引きずって来たい。

だが体長15cmの仔実装と体長40cmの成体実装では見つかる確率が桁違いだ。

歯がゆい思いをしながら、見守るしかない。

うかつに用足しへ行った自分が恨めしく、深慮の無さが情けない。

「長女姉ちゃんたちなんであっち行ったテチ!」

「私たちも行きたいテチィ!」

「デジャア!」

親実装の怒声に、目覚めていた仔実装2匹は腰を抜かす。

「長女たちは死ぬかも知れないデス! 死ぬかも知れないデス!」

ぐ、と涙を堪えた。

「バカな仔たちデスゥ」

あれほど危険を言い続けてきたのに、食べ物の誘惑に負けてしまうとは。

落胆する親実装の事を考えもせず、3匹は食いに食った。





*************************************





小さな腹を大判焼きで満たすと、さすがに満腹になった3匹。

4女が他の二匹に言う。

「お姉ちゃんたち、そろそろ帰ろうテチ。ママも心配してるテチ」

顔中を餡子まみれにした長女が、周りを見た。

「他にも食べ物が色々あるテチ。今食べなかったら、一生食べられないかも知れないテチ」

「・・・・・・テェ」

「私ももっと食べたいテチ」

結局、長女・3女は残留し、4女だけがダンボールへ戻ってきた。

「これお土産・・・・・・」

背負ってきた大番焼きの残りを、さすがに気が咎めるのかおずおず見せたときだ、親実装の拳が4女の顔を殴りつける。

「テビャア—」

「なんでママの言いつけを守らなかったデス! 危ない事をしたら駄目って言ったデス」

「だって、だって食べたかったテチ!」

「お前が死んだらどうするデス! 命を大切にするデス!」

「食べたかっ」

言いかけた4女、涙を流す親実装に気づいた。

「お前が死んだらどうするデス、生きてればいいことあるデス、美味しいものよりいいこともあるデス」

「・・・・・・ママ・・・ごめんなさいテチ」

「と、とにかくお前が無事で良かったデス、本当に良かったデス」

涙を袖で拭う親実装。

「ママが連れ戻しに行きたいデス、でもママじゃニンゲンに見つかっちゃうデス・・・・・・」

悲しむ親実装の顔を見、4女。

「ママ! 私がお姉ちゃんたちを連れてくるテチ」

「4女・・・・・・」

「大丈夫テチ、さっき行って来れたテチ」

言われれば確かにそうだ、4女は一度生還している。
もっとも次女・5女は持ち帰られた大判焼きへ夢中にかぶりついているので、どのみち役立ちそうに無い。

親実装は決断を下した。

「万一のとき、お前だけでも戻ってくるデス」

「分かったテチ!」

使命感に燃え、4女は自分の胸を叩くと、もう一度屋台のほうへ走っていった。

「お前ならきっとお姉ちゃんたちを助けられるデスゥ」





*************************************




長女・3女は屋台の辺りをうろつき続け

・・・・・・まるで、夢のような

ひと時を過ごした。

結局元の屋台と屋台の間に食べ物を引っ張り込んで、好きなだけ食らった。

おかげで紙やら串やらが散乱していた。

「お姉ちゃんたち!」

戻ったはずの4女に2匹は驚く。

「どうしたテチ」

「帰るテチ、お家に帰るテチ!」

「ママに言われたかテチ」

「まだまだ食べ物はあるテチ、帰らないテチ」

膨れた腹をさすりながら、長女が笑う。

「ママ、心配してるテチ!」

「どうせ怒られるテチ、もっと食べてから戻るテチ」

「そのとおりテチ」

まさに親の心、仔知らず。
飽食した2匹は笑いあう。

生まれて初めての味に、2匹が浮かれたのは当然だろう。

だが、あまりに無防備だった。

屋台の親父が3匹が騒いでいるのに、とうとう気づいた。

すこし客足が鈍るのを確認すると、ゴミを取るためのトングを握り締める。

「とにかく、早く、早く帰るテチィ!」

「うるさいテチ、お前だけ帰ればいいテチ!」

「私たちは大丈夫テチ」

説得できない苛立ちで、4女が忙しなく手足を動かしている。

が、突然その動きを止め、顔を青くさせた。

「テ・・・・・・テ・・・・・・」

「テチャチャチャ。そんなことしても脅かせないテチ」

「そうテチ、ここのニンゲンは私たちのこと気にしてないテチ」

参拝客はそうだろう。だが客商売の人間にとって野良実装など邪魔以外の何者でもない。

笑う2匹の後ろから、トングが迫る。

もう真っ青で震える4女を、姉2匹が笑う。

「私たちは平気テチィ!」

そう叫んだ長女、トングで頭を掴まれた。

「テチャア!」

地面から遠ざかり、長女はパニックになって腹の膨れた体で暴れた。

だがトングはビクともしない。

ひょい、とゴミ箱へ放り込まれる。

「テチャアアアア——!」

ゴミの中から、割り箸がのぞいているまさにそこへ、長女は捨てられた。

「ア!」

割り箸が口から股まで、貫通した。
一度だけ、大きく体を反らせようとし、そのまま息絶える。

ゴミ箱の中は見えないが、3女・4女は悲鳴をしっかり聞いた。

「長女お姉ちゃんんんんがぁぁぁぁ!」

「に、に、逃げるテチィ!」

逃げると言う3女だが食いすぎで体のバランスさえとれない。

酔っ払いのような足取りで、屋台同士の間から人通りの多い参道へ逃げ出した。

そこはもう、人でごった返した場所である。

少し前ならまだ3女が逃げる隙間もあっただろう。

満腹でなければ避けれたかもしれない。

だが悪条件の重なった仔実装が助かることはなかった。

参拝客の靴が無情にも3女の頭部を蹴り飛ばす。

「テビャ」




「3女!」

やり取りを遠くから見ていた親実装が思わず叫ぶ。

だがもう遅い、何もかも。

長女は串刺し、3女は頭部を蹴り飛ばされた。

コロリ、と3女の頭が参道の上を転がるが、それも腐ったミカンよりもろく、参拝客の足で踏み潰された。

その瞬間さえ親実装は見ることが敵わなかった。もうそれほど人ごみが多くなっているのだ、地面も見えない。

これほどの混み具合では、誰も自分の足元など注意しないだろう。

「4女を、4女を探すデス!」

4女を見失った親実装が必死になって我が仔の姿を探す。

次女・5女も小さい瞳で人ごみの中の姉妹を探した。


除夜の鐘の音が冷たい夜空に染み渡っていく。



4女は屋台の親父のトングから、泣きながら逃げた。

・・・・・・あれに捕まったら殺されちゃう、殺されちゃう!

逃げるには人ごみの中へ駆け込むしかなかった。

それは危険な行為だと分かっていたはずだが、トングへの恐怖がそれを上回ったのだろう。

雑踏の中へ駆け込み、そして

「テジャア!」

血しぶきが舞った。



「4女ちゃんがいたテチ!」

次女がさし示す方向には、確かに4女の姿があった。左腕が無かったが。

誰かの靴先がそれと気づかない間に、4女の左腕をもいだのだ。

血がほとばしり、凄まじい目がくらむほどの激痛。

傷口を押さえながら、4女はその場にしゃがんだ。

片腕を失うほどの重症。人ごみの中で動けるはずも無い。

そんな時、一斉に人々の足が止まった。

『あと30秒で平成20年1月元日を迎えます。時間になりましたら皆様、その場にてお祈りしてください。・・・・・・28・・・・・・27』

放送が時刻を刻む。拝殿にいけない人たちもその場で祈るため、足を止めたのだ。

その意味が分からずとも、実装石一家にとって天祐だった。

「4女! 今のうちデス! 前の茂みに逃げ込むデス—————!!」

届くはずも無いが、親実装が声を張り上げる。

4女から5mほど先には茂みがあった。そこへ逃げ込めばとりあえず安全を確保できる。

4女もそれと分かっていながら、傷の深さに足取りが重たい。

「テェ、テェ」

一歩一歩、ゆっくりと前に歩き出す。

親実装・次女・5女は固唾を呑んで見守った。

4女は動かない人たちの間を、ゆっくりと歩いて行く。

『7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・4・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・』

鐘が突かれ大きく響き渡る。大勢の人たちが手を合わせ、新たな年を迎えた。

あちらこちらで挨拶が交わされ、和やかな空気が流れる。

「テェ、テェ」

よろよろと、4女が歩く。茂みまであと2m。

そしてざ、っと人ごみが動き出す。

周りの人間が歩き出す瞬間、4女は声を上げて泣いた。

「テチャアアアアアアアアアアアアアア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

彼女の10倍以上の身長の人間が怒涛となって歩き出す光景は、恐怖以外の何物でもなかったろう。

誰かの足が4女を蹴飛ばす。

背骨と肋骨と右足を骨折しながら、地面の上を転がる。

転がるのが止まる前に誰かの足が4女の右手を踏みつける。

絶叫する前には誰かの傘の先端が、彼女の顔面をえぐった。

傷口を押さえてのたうち回るが、胴体を踏み潰されて内臓が破裂する。

口から夥しい吐血。

・・・・・・ママ

甘い暖かい食べ物。激痛。姉妹。恐怖。ママ。死。

混濁した意識の中、4女が叫ぼうとする。

だが、人々の足音と除夜の鐘は最後の言葉さえ無情にもかき消した。


4女は新年を数十秒しか生きられなかったのだ。





もし親実装の背中を後ろから見るものがいたら、大きな悲しみを背負った事に気づいただろう。

すで4女の小さな姿は全く見えない、参拝客の流れの中に飲み込まれてしまっている。

彼女の小さな肉体はすでに踏み潰され、シミと化していた。

しかし参拝客の波はそれと知らず踏み続ける。

数万人に踏みつけられる彼女のシミは地面に染みこみ、三が日が終わるときには薄い緑色としか分からなくなるだろう。





親実装は力を失い両膝を地面につく。




除夜の鐘の音は鳴り止んでいる。






END

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1 Re: Name:匿名石 2023/08/22-21:18:28 No:00007824[申告]
残った仔も甘味を食った時点で糞蟲化するだろうし間引きで来年やり直すしか未来がねえ
2 Re: Name:匿名石 2023/09/24-22:09:39 No:00008018[申告]
冬ごもりしろ!糞蟲ちゃん!
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