深夜の双葉市立運動公園。 公衆トイレの個室に、親実装とそれなりに育った仔実装2匹がいる。 出産を控えた親実装は、頼りになるわが仔を引きつれ、その時を迎えた。 「う〜んデス、う〜んデス」 力む声、荒れた呼吸、そして何かが落ちる水音。 「生まれたテチ!」 「生まれたテチ!」 2匹の仔実装は興奮して便器を覗き込む。親実装は手早く拾い上げると、わが仔2匹に引き渡す。 「お前たちの妹デス、はやく粘膜を舐めてやるデス」 親実装は顔を紅潮させ、次の出産に挑もうとしている。 仔なりに緊張して協力し合い、妹の粘膜を懸命に小さな舌で舐め取った。 おかげで出産に専念できた親実装は、無事に2匹目の出産をこなせた。 実装石の日常 初めての妹 体力を使い切った親実装であるが、なんとかダンボールハウスに帰り着くと、 生まれたての2匹を冷やさないよう抱きかかえる。 2匹の姉は、タオルを親と妹たちにかけると、自分たちは古新聞の山にもぐった。 「済まないデス」 「私たちは平気テチ」 「ママと妹ちゃんたちが大丈夫ならいいテチ!」 愛護派がいくら大きなダンボールハウスやタオルを配るにしても限りがある。上2匹が古新聞で我慢する姿に親実装は感謝した。 実装石は多産で有名だ。 一度に10匹生む場合さえあり、それ故繁殖し過ぎて人間社会に迷惑をかけるが、 一方で1〜3匹程度しか生まない個体も珍しくない。 そうした少産の個体は、時期をずらして出産する。出産時のリスクの分散、エサの収集負担の軽減などメリットが多いのだろう。 今の家族のように上の仔が役立つこともあり、親実装は安心して眠りにつけた。 翌朝、親実装は遅い目覚めだった。 ……そうか新しい仔を授かったんだった 親実装は懐にいだいた3女と4女を見ると、顔がゆるむのを感じた。 「おはようテチ」 「まだ寝てても良かったテチ」 長女と次女は自分たちで食事をとっていた。 愛護派がばら撒く実装フードを中心に蓄えはかなりあったし、水も数日分ある。 ただ、まだまだ仔にフードは食べにくいので、 親実装が適当に崩して与えていた。 それが今朝は2匹が自分たちで石と石に挟んで砕き、食べていた。 「次女ちゃん。まだ食べるテチ?」 「私はもう十分テチ。それより妹ちゃんたちが見たいテチ」 「さっきも寝顔見てたテチ」 初めて妹を得られた次女は嬉しくて仕方がない。親実装はそんな次女に少し3女・4女を見せながら褒めてやる。 「お前たちもしっかりしてきたデス…」 この公園は愛護派が組織的に野良実装を支援しているので、彼女らの生活は極めて恵まれている。 もちろん一般的な野良と比較してであり、飼い実装とは勝負ならない。 そんな愛護派の対応に付近住民は苦々しく思い、 地域社会は軋轢を深めているが、それはまだここでは語らない。 それにしても仔たちは甲斐甲斐しく働いていた。今も用も外のトイレできちんと済ませダンボールハウスのゴミを拾い外に捨てている。 もそもそ、3女・4女が動き出す。 親実装は服の下に2匹を引き入れると授乳を始めた。たっぷりと出、仔もそれに応えようとしていた。 ************************************* 数日もすると、3女・4女はよちよちとその辺を歩き回るようになる。 さすがに備蓄は使い切ったし、親実装もやるべき事が多くなってきたので長女には3女、次女には4女を任せることにした。 長女は張り切り、次女は大張り切り。その姿に多少危惧の念を覚えながら、親実装はエサを求めて出かける。 二組の姉妹はダンボールハウスの周辺限定で歩き回る。 「あれが花。すごく綺麗テチ」 「綺麗テチー」 「ママと花から4女ちゃんは生まれたテチ。だから可愛いテチ」 「テ、テチー」 照れる4女を撫でてやる次女。 次女。4女への可愛がり方が一様ではない。つかず離れず事細かく手を貸してやる。 とにかく、初めての妹が可愛くてしょうがないのだ。 あれは花、あれは木、あれはチョウチョ・・・・・・と教えてやる 2日もすると、ダンボールハウスの周辺からいつしか遠くにまで出ていた。 「あれは噴水テチ」 「おおきいテチ! すごいテチ!」 見るもの皆、生まれて初めて。大変な刺激に4女大喜び、次女も楽しくて嬉しくて。 ……かわいい妹をニンゲンさんにも見せたい 自分の大切なものを見せたい、という願望が大きくなる。 夕食時。授乳を受けながら3女と4女、舌足らずに今日見聞きしたことを懸命に親に伝える。 「噴水大きいテチ、お水たくさん、すっごいテチ。噴水大きいテチ」 「それは良かったデス」 微笑みながら親実装はちらり、と夕食をほおばる長女と次女を見る。 「次女、こちらに来るデス」 食後ダンボールハウスの外に呼び出される次女。 「お家から余り離れるのは良くないデス、それは言った筈デスー。もし悪い同族やニンゲンさんやカラスに襲われたどうするデス」 テェとしおれる次女であった。 それも翌日、次女は4女と連れ立ってダンボールハウスを離れてしまう。 意図してというよりも、所詮仔実装の知能というべきであった。幼い4女は言うまでもない。 「あれがベンチテチ」 「大きいテチー」 「あれはニンゲンさんがよく座ってるテチ、たまにお家がない実装石が下に住み着いてるテチ」 「あれ、姉妹?」 2匹の頭上から大きな影と声がかかる。 姉妹が見上げると公園に来ていた愛護派団体の男性が見下ろしていた。 次女はかたかた震えだす。 ……ニンゲンさんに近寄ったら駄目デス! 悪いニンゲンさんに見つかったら二度とお家に帰れないでデス! 親の言っていたことを思い出したのだ。 真っ青の次女だが、横の4女は大きな人間をそばで見れて興味深げ。 「おおきいテチ、ニンゲンさん?」 「うん、そうだよ」 次女ではなく、人間が答える。 「可愛いね、君は」 幼い4女は傍目にはかわいらしい。ひとしきり褒めちぎるので4女は大喜び。 「さあ、これをお土産にしてあげるからお家に帰るんだよ。じゃあね」 「バイバイテチ、ニンゲンさん〜」 いづこかに立ち去る男性。 震えっぱなしの次女もなんとか立ち直ると、目の前に小さな包みがあった。 甘い香りに誘われて開けてみると星の形をした色とりどりの菓子である。 人間なら、家に帰ったら子供が金塊の山を持ち帰っていました、といったところか。 「こ、これはどうしたデス——————————————!」 「4女ちゃんを連れてたら親切なニンゲンさんがくれたテチ〜!」 帰宅して驚く親実装の前には一山のコンペイトウ。そう、次女・4女組は遭遇した男性からコンペイトウをいただいたのだ。 手をつけずに行儀良く親実装を待っていた仔実装たち。 親の承諾を受けると慌ててがっつく。 「す、すごい甘いテチィ」 「おいしいテチャ」 「生まれて初めてテチー」 「幸せな気持ちテチ」 驚きで叱るタイミングを逸した親実装であるが、幸せそうな姉妹を見ているとどうでもよくなった。 確かに餌をもらうところでも、小さな仔実装を人間に見せている個体はいる。 しかし、いくら愛護派が多いにしても、もらうときは大騒ぎだ。 なにがあるか知れない。 時々犠牲も出ている(にしてはあまり人間は統制しない)し、人目を惹くほどではなくなった成長したわが仔を捨てる親もいる。 仔を「ダシ」に使うほど、この親は落ちぶれていない。 とは言え、時々人間に見つかって可愛がられるくらいなら大目に見よう、と思う親実装であった。 「だけどおかしいと思ったら近づいたら駄目デスー」 と、釘を刺すのも忘れなかった。 ************************************* 「きゃー、この仔可愛いー」 「わっほんと可愛いな」 数人の愛護団体の人間に囲まれて次女は満面の笑み。妹の手を引き、やはり人間の下ではしゃいでいた。 妹を可愛い可愛いとと言ってもらえることほど嬉しいことはない次女である。 ましてや、その場で甘いお菓子を貰えるのだから言うことはない。 ポッキーをもらうと一部を食べずに選り分ける。 「それ食べないの?」 「これはママとお姉ちゃんと3女ちゃんの分テチ」 なおさら可愛がってもらえる姉妹であった。 毎日毎日大好きな妹と一緒に出かけ、可愛がってもらい、美味しいお菓子を食べられ、家族にお土産まで持てる。 「きょうはこっちテチ」 「今度はここテチ」 公園に来ている愛護派や愛護団体の人間の前に行き、笑みで妹を紹介する。 「私の初めての妹テチ、すっごい可愛いテチィ」 見せられた人間は誰もが笑ってくれた。 「あ、そっちは行かない方がいいよ」 中年の男性が、お別れのときに姉妹を呼び止めた。 この双葉市立運動公園は愛護関係者ばかりだが、一歩園外へ出れば普通の市街地だ。自動車が走り犬猫がいて普通の人間もいる。 この無邪気な姉妹にとってはあまりに危険であろう。 「わかったテチー」 笑顔でうなづく次女だった。真似して妹もわけもわからずうなづく。 夕焼けが公園を染め上げる。 次女が4女の手を引き家へ急ぐ。長い影が伸び、4女が驚いている。 「お姉ちゃん! お姉ちゃん! 影が、影がすっごい伸びてるテチィ!!」 「お日様が沈むときは影が伸びるテチー」 はしゃぐ妹を笑顔で見る次女。 今日は美味しいお菓子のお土産も多い、家族も大喜びだろう。 そんなある日。 「ごめんね、今日は忙しくて」 「後でねー」 いつものように愛護団体の人間のもとを訪ねた姉妹だが、どうも忙しいらしく相手をしてもらえない。 テントを建てたり荷物を運び込んだり。しばらく見ているが終わりそうもなかった。 やがて飽きると次女は妹に言う。 「妹ちゃん、しょうがないテチ、ほかのニンゲンさんを探すテチ」 「探すテチ」 次女たちが公園内をうろつくが、どうも愛護派の姿もない。たまたま居合わせなかっただけなのだが、間が悪いことだった。 少し公園の中心からはずれた場所であった、この辺までは滅多に来ない、という場所である。 公園の横には車道があり歩道があり、行き交う人々の姿が合った。 行ってはいけない、と親実装とニンゲンさんから繰り返し言われた場所である。 2匹はうなづきあう。 「ニンゲンさんテチ♪」 「ニンゲンさんテチ♪」 ……今度こそ遊んでもらおう、可愛がってもらおう、お菓子をもらおう、妹ちゃんを「かわいいね」って言ってもらおう 言いつけを忘れ、期待に胸を膨らませた次女は妹の手を引いて行く。 歩道のベンチには青年が1人、缶ジュース片手に座っている。 求職雑誌に目を通すがろくなものがなく舌打ちした。 彼の足元でテチテチうるさい、見てみると実装石の仔が2匹騒いでいる。 「はじめましてニンゲンさん! この仔私の初めての妹テチ」 青年は唐突に自己紹介する次女を黙って見下ろす。表情は影になって次女からはわからないがかまわない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「あのね、あのね、すっごくいい仔テチ、可愛いテチー」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「みんなに可愛いって言われてるテチ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「私もそう思うテチィ、おトイレもゴハンもまだ自分じゃできないから大変テチー」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「でも一緒にいると楽しいテチ♪ 私の初めての妹テチー」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「生まれたばかりだから髪も綺麗テチ、ママもお姉ちゃんも褒めてるテチ。私が濡れた新聞紙で拭いてあげてるテチ−」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 急に姉の手をひく妹。 「・・・どうしたテチ」 「お姉ちゃん、なんだかこのニンゲンさんおかしいテチ、こわいテチ」 やや怯える妹の頭を撫でてやる笑顔の次女。 「そんなことないテチ−。ニンゲンさんはみんな優しいテチ」 次女はすぐに青年の顔を見上げ妹の自慢話を再開する。 「妹ちゃんと毎日遊びに行ってニンゲンさんと遊ぶテチ、毎日楽しいテチ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「昨日も妹ちゃんを連れて噴水まで行ったテチ、そうし」 「ヂィ」 不気味な声があがった。 次女が自分の右側(妹がいたほう)を見ると、青年の足が突っ立っていた。 靴と地面のわずかな隙間からは握った手だけが飛び出している。 グチャリと泥をこねる様な音を立てて、青年が足を上げると靴の裏から赤と緑の糸がのびた。 次女は靴の裏に赤と緑の肉片と体液がこびり付いているのを見た。 いくらかの頭髪も混じっているし、赤い眼球が鈍く光っている。 青年はそれを地面にこすり付けて簡単に落とすと、さっとどこかに立ち去っていく。 立ち去る後姿を見ながら、次女はゆっくりと妹が立っていた場所を振り返る。 妹だったシミ。 赤と緑の血肉が薄く圧縮され、艶の有る頭髪が少しのぞいている。 「妹ちゃん……」 END
