タイトル:【観察】 実装石の日常 冬の廃車 後編
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:23485 レス数:1
初投稿日時:2007/12/31-07:24:15修正日時:2007/12/31-07:24:15
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冬の廃車 後編


車が走り出すと、怒り狂った親実装が追いかけた。

「お家を返せデス! 返せデス———!!」

しかし車の速度に敵うはずもなく、すぐに見失った。

全力疾走だった親実装の足が止まり、脱力する

・・・・・・なんで、こんなことに

踏み潰され2匹の表情を思い出しながら、親実装は巣のあった場所に戻った。

「ママ!」

「ママ—!」

「どうしようテチ!」

「ママ! 妹たちが・・・!」

「レフ—」

残った仔たちが親実装の元に駆け寄ってくる。

この寒空で、しかも隠れる場所もない。

最悪の状況になったのだ、と親実装は顔を引きつらせた。

もう泣き出してしまいたい気分だが、正しい行動を早く取らねば仔実装たちが死んでしまう。

家長として親実装は泣き出したい気持ちを押し殺し、なるだけ平然と仔実装たちに言った。

「・・・・・・みんな、よく聞くデス。お家はニンゲンにとられてしまったデス、だからこれからお引越しデス」

長女が聞く。

「どこにいくテチ?」

「公園デス」

蛆を次女に預けながら親実装が言い切る。

行きたくないが、こうなれば他に行くあてもない。

一家はふらふらと近場の公園を目指したが雪が積もった上の行進だ、だが足場の悪さは体力を消費する。

しかも、この寒さ。

しばらくすると仔実装が根を上げる。

「ママ、もう歩けないテチ」

「・・・・・・少し休憩するデス」

道の隅で仔たちを抱きしめながら一休みする。

クルル、と仔実装のお腹が鳴った。

「ママ、お腹減ったテチ」

・・・・・・お昼ごはんをたべてなかった!

親実装は今更気づいたが始まらない。

体の小さい生き物は体内に蓄えられない、仔実装が1食抜くのは成体が1日抜くのに匹敵する。

「・・・・・・! そろそろ行くデス!」

「テェ。もう歩けないテチ」

「今からゴハンがある場所まで歩くデス! 歩けば食べられるデス!」

予定変更、親実装はあるゴミ捨て場へまずは行くことにした。

付近の住民がずぼらなのか、昼間からゴミを出している場所があるのだ。

今はそれは頼りである。

とにかく、体力があるうちにゴミ捨て場へたどり着くしかない。
仔実装が生き残るには他に道は無いのだ。

だが季節は冬。

体の小さな仔実装はあっと言う間に体温を奪われる。
姉妹を失った衝撃、我が家を奪われた傷心で精神面も傷を負っている。

足取りは鈍かった。

「ママ、ゴハン食べたいテチ」

「余り喋らず歩くデス・・・・・・」

親実装は口が重たい。

何しろ、冬になったというに、エサやタオルの備蓄を突如として奪われたのだ。

・・・・・・貯めるのに、あんなにがんばったのに。一生懸命だったのに。

足を棒にして探し回った。
美味しいものでも保存が利けば、食べずにとっておいた。
真新しい新聞紙も使わずにいたのに。

気付かないうちに、はらはらと涙が流れた。


「ママ、ゴハンはどこテチ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

一時間ほど歩くと、ついにゴミ捨て場にたどり着いた。

が、ゴミ袋は全く無い。代わりに張り紙が一枚、電柱に張ってある。

『年末のゴミ回収は28日が最後です。年始の回収は1月3日です 町内会』

なぜかゴミがないことに、親実装は左右を見渡した。

・・・・・・おかしい! おかしい! いつもあるのに! いつもあったのに!

だがない物はない。

「ママ、お腹減ったテチ」

「ゴハン! ゴハンンン!」

空腹の仔実装たちは騒ぎ出す。

なお焦る親実装は意味もなく、あたりを走り回った。



・・・・・・しばらくして、親実装は立ち止まり座り込む。

仔も騒ぐ気力さえない、同じように座り込んでいる。

「お姉ちゃん、お腹減ったレフ」

「少しだけ我慢してテチ」

蛆を抱く次女があやしている。
その光景を見た親実装、立ち上がると次女に近づく。

「蛆ちゃんを渡すデス」

す、と次女が何気なく渡そうとすると長女が声を上げた。

「ママ。蛆ちゃんをどうするテチ」

「お前は黙ってろデス」

「次女ちゃん! 蛆ちゃんをママに渡したら駄目テチ!」

血相を変えて、長女が親実装と次女の間に割り込む。
何か気づいたらしい。

「ママ! ママ! 駄目テチ、駄目テチ—!」

親実装は騒ぐ長女を無言で押しのけると、次女から強引に蛆を奪い取る。

「やめてテチ! ママ! 私の妹テチィ!」

「私の仔でもあるデス! でもこのままじゃ、お前たちはみんな死んでしまうデス!」

「大丈夫テチ! 全然お腹へってないテチ!」

「ママは分かってるデス! このままじゃお前たちまで死んでしまうデス! 公園に行くまで、なにか食べないと持たないデス!」

「やめてテチャ————————————!!」

「ママを恨んで構わないデス!」

さっと親実装が仔たちに背中を見せる。

蛆はつぶらな瞳で親実装を見つめる。

一瞬、躊躇いながら親実装は力を込めた。

「レヒャ」

肉が潰れる音がした。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

仔実装たちからは声もない、ただ沈黙していた。





*************************************





「さ、食べるデス」

四等分された小さな、小さな肉片が差し出された。

長女は無言で崩れ落ちた。

次女たちは真っ青な顔で視線を交わす。

「食べろ!! 食べろデス!」

親実装は殺意めいた声を上げた。

「お前たちが食べないと、蛆ちゃんの命が無駄になるデス!」

びくり、とした次女たちはおそるおそる手を伸ばし、口に運ぶ。

モグモグと目をつぶって食べるのを確認すると、親実装は地面に這っている長女へ肉片を出す。

「・・・・・・食べるデス、食べて体力をつけるデス」

涙を流しながら、長女が顔を上げる。

「蛆ちゃんは、蛆ちゃんはゴハンじゃないテチィ!」

「食べるデス! 食べて生きるデス!」

「嫌テチ!」

親実装、長女を抑えると口を開けさせ、肉片を無理やり押し込む。

「しょうがないことデス! これはしょうがないことデス!」

親実装が泣いている。

長女も泣いている。



共食いを終えた仔実装たちはやがて親実装に従い歩き出すが、数百mの距離にしろ彼女らにとっては大変な長距離だ。

住宅地の路面も薄っすらと雪が積もり、足取りは重たい。

どれだけか歩いてから、休息をとる。

すると、5女が親実装に近づいて、言う。

「ママ、いい考えがあるテチ」

「なにがあるデス」

「こんなにニンゲンの家があるテチ、どこかで飼ってもらえばいいテチ」

愚かなことを、と親実装は即断した。

だが幼い仔実装は精一杯の考えだった。

「3女姉ちゃんはもう歩けないくらい疲れてるテチ、この辺のニンゲンさんに飼ってもらうテチ」

「無理デス、4女と6女のことを思い出すデス」

「でも、でもいいニンゲンさんもいるってママは前に言ってたテチ!」

「いいニンゲンさんは滅多にいないデス。そうでないニンゲンさんなら、私たちは大変なことになるデス
だからがんばって歩くデス」

「公園に行ってお家があるテチ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ゴハンはあるテチ?」

「・・・・・・・・・・・・」

この会話を聞いていた長女が寄って来る。

「5女ちゃん、わがままは駄目、テチ。ママが困ってるテチ」

妹の肉を食わされて憔悴した長女だが、長女たる役目は果たそうとしていた・・・。

「5女ちゃん、みんなで公園に行くテチ。みんなで新しいお家を探して、そこに住むテチ」

「みんなって4女姉ちゃんは? 6女ちゃんは?」

「5女ちゃん・・・・・・」

「蛆ちゃんは私たちのお腹にいるからいいけどテチ」

「・・・・・・・・・・・・・・・!」

「5女!」

親実装が怒鳴る。

「お前は! 言っていいことと悪いことの区別もつかないかデス! お前は糞蟲かデス!」

「本当のことテチ! 本当のことテチ!」

5女は顔を赤くさせて言う。

「このままじゃ、弱くなったものがゴハンになっちゃうテチ! 食べられちゃうテチ!」

「5女!」

「だから優しいニンゲンさんに飼ってもらうテチ! それしかないテチャア! これだけ、これだけニンゲンさんの大きなお家があるテチ!
きっと優しいニンゲンさんもいるテチ!」

言い切る5女の言い分もある程度はあった。
このままでは一家全滅の可能性は高い、それならば、いっそ飼ってもらおうという心情にもなるだろう。

だが親実装は首を振る。

いないのだ、家族ごと野良実装を飼ってくれるニンゲンはどこにも。

野良実装が餓えようと、怪我をしようと、ニンゲンは手を差し伸べてはくれない。

それどころか止めを差そうとするのだ。

まれにエサをばら撒く愛護派もいるが、この親実装はそういう者をどこかで疑っていた。


・・・・・・本当に助けてくれるなら、どうして飼ってくれないの?


餓えた公園の仔実装時代に幾度も思ったものだ。

一番救って欲しい、命に関わる場面だと言うのにニンゲンは野良実装を飼ってくれない。

究極的にニンゲンは実装石を救わないと言う事は骨身に染みている。

まして、路頭に迷う一家をいきなり飼うなどありえない。


「さ、公園に行くデス」

親実装が促すと長女、次女、3女が立ち上がる。
しぶしぶ5女も続く。

少し歩き出すと、前方の家から女の子が出てきた。

「ほら、雪だよ!」

「うん、きれいだね」

幼い子供に父親が応じている。

「おっと、忘れ物だ。美樹、少し待ってて」

家の中に父親は戻っていく。

「・・・・・・少し早足で行くデス」

用心して言う親実装の傍を、5女が走り抜ける。

「5女!」

叫ぶがもう間に合わない。
玄関先で白い息を吐いている子供の足元に、5女は駆け込んだ。

「ニンゲンさん、ニンゲンさん! 私たちを飼ってテチ! 飼ってテチ! 寒くて死んじゃいそうテチ! お腹が減って死んじゃいそうテチ!」

一気呵成に叫ぶ。
女の子はその声でようやく5女に気づいて見下ろす。

「わ、実装石だ。・・・・・・寒くないのかな」

血涙を流し、小さな体を震わせる5女。
その姿に女の子は心を打たれたらしい。

「助けてテチ! 助けてテチィ!」

「なんだか、かわいそう」



女の子と5女が接触したので、親実装は3匹の仔を連れて慌てて電柱の陰に隠れた。

そこからやり取りを見ている。

「ママ、もしかして」

期待する次女を親実装は目で制した。

「まだ分からないデス・・・。でも、もうやめて戻ってきて欲しいデス」




「どうした美樹」

後ろからかばんを持った父親が戻ってきていた。

「あのね、この小さい実装石がね、さっき来たんだよ」

「飼ってテチ! 私たち飼ってテチ!」

跳びはね、盛んにアピールする5女だった。

自分の娘が振り向いている隙に、父親は素早く足を前に踏み出す。

「テビャ」

「・・・・・・この、実装石が・・・あれ?」

「どこかに行っちゃったみたいだね。さ、はやく行こうか。今日は冷えるからね、早く行こう」

優しい声で娘に言う父親。

「うん・・・・・・でもさっきのコ、どこ行っちゃったかな」

「きっと家族のところだよ。さあ出掛けよう」




一部始終を見ていた一家は、はらはらと涙を流した。






*************************************







どれだけ歩き続けたろう。

一家は小さな公園の入り口に立った。立ち尽くしていた。

公園の入り口付近には実装石の白い骨が散らばっている。

「テジャアアアアアア・・・・・・・・・」

どこかから仔実装の断末魔が聞こえる。

見える限りのダンボールはどれもぼろぼろだ、とても冬を越せないだろう。

・・・・・・これは無理だ

一目で分かるほど荒れ果てた公園である、新参が生きていける可能性はない。

「次の公園へ行くデス」

「テェ・・・・・・」

「次の公園はきっと大丈夫デス」

親実装が歩き出すと、仔実装も無言で後を追う。

公園からは、また悲鳴が起こった。





冷たい風が吹き、積もった雪の一部が舞う。

そんな中を歩き続ける一家はもう会話はない。

雪を踏む音だけが微かにする。

ほんの半日前は、この雪で戯れたと言うのに。

その時いた7姉妹も今は3匹しかいない。



冷たい風が実装服の水分を凍らせる。

あちこち薄い氷になっているが、それを払い落とす気力も一家は無かった。

風に舞う雪がその服にこびりつく。

実装石のシンボルである緑は半ば埋没し、一家は白い塊のようになっていた。

軽い雪が潰れる音。

とうとう3女が倒れこみ、起き上がれない。

「ママァ」

助けを求める声もか細い。

「助けてテチ、ママ」

声に気づいて、親や姉は振り返る。

前に倒れこみ、助けを求める3女の姿を見て・・・・・・。そのまま歩き出す。

「長女姉ちゃん」

誰も助ける余力は無かった、歩くだけで精一杯。

「次女姉ちゃん」

声が聞こえる分辛い。長女は目をつむり堪える表情をしている。

「置いていったら駄目テチ、置いていったら駄目テチ・・・」

黙々と3匹は歩き続ける。

「私を助けてテチィ、寒いテチ、死んじゃうテチ」

野生の実装石の世界は非情だ、わが身のためには親姉妹であっても見捨てねばならない。

もう見向きもせず3匹は歩く。

「・・・・・・家族テチ、私たち家族テチィ」




一家は3女を見殺しにした。






なおも一家は歩き続ける。

風はやんでいるが日は雲に隠れ空気は凍てついている。

「テチ」

次女が雪の中へ転ぶ。

顔だけ上げ、両目からおびただしい涙を流している。

「テ、テチアァ・・・・・・」

まともな声も上げられないほど衰弱しているのだろう。

涙で霞む目でしっかりと親と長女を見据え、声にならぬ声を上げる。

「テ・・・チャ」

親実装と長女は聞いた、聞こえていた。
だが見ることさえしなかった。
体力が惜しいし、見たところで助けることはできない。

次女は自分が見捨てられたのだ、とかすかに残った意識の中で感じ取った。

・・・・・・ママ、お姉ちゃん。私寒い、寒いよぉ。

体をわずかに動かすことさえできない。

・・・・・・寒いよぉ。





次女は見捨てられた。





長女は歩きながら意識を失った。

力なく雪の中に沈んだとき、もう彼女の命のともし火は消えていた。

妹の死体を食ったが、なんら意味は無かった。





ふと、本能的に親実装は後ろを振り返った。

白い雪の中に、点々と我が仔の死骸が並んでいる。




・・・・・・長女、次女、3女ぉ!

目元が凍り付いていなければ、熱い涙が溢れ出しただろう。

彼女のまだ心は凍っていないのだから。

親実装は我が仔をすべて短時間で死なせたことに、発狂しそうなほどであった。

・・・・・・なんで、なんであの仔たちが死なないといけない!? あの仔たちが何をした!?

・・・・・・なんでニンゲンは私たちの暖かい家を奪う!? なんで蓄えを奪う!?

・・・・・・なんで踏み潰す!? なんで助けてくれない!?


実装石を取り巻く世界と人間の、凄まじいまでの不条理と理不尽さ。

それを一心に感じながら、親実装も雪上に倒れこんでいた。


急速に意識がかすれて行く。




・・・・・・なんで・・・・・・



世界も人間も誰も彼女の問いには答えなかった。

ただ野良実装の一家が半日で全滅しただけである。

死骸も食われ、あるいは人の手で処分され一家の生きた証は何も残らず消え去るだろう。


END

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1 Re: Name:匿名石 2023/04/20-19:20:50 No:00007069[申告]
恨んだ人間に依存し切ってる事に気づけず死んでいく辺り性根から糞蟲なんだよな
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