心配しても、いいですか? 3 【前回までのあらすじ】 高級飼い実装の長女として生まれた仔実装「ぷち」は、生後一ヵ月半でようやくご主人様 「としあき」に購入された。 一生懸命頑張ってご主人様に尽くそうと誓うぷちだったが、飼い主のとしあきは、実装石 飼い初心者な上に、類稀なるそそっかしい性格のうかつ者だった。 としあきの誤解から、糞尿攻め・四肢破壊・半仮死状態・強制体内洗浄と一週間以上もの 押入れ監禁&断食の極刑を食らわされたぷち。 彼女は、他人を思いやる優しさと、高い知能と理性・賢さを持ち併せた、一億匹に一匹 居るかどうかという、奇跡の実装石だった—— ※ ※ ※ 今日もぷちは元気に朝食を摂り、きちんとトイレを済ませ、無駄に暴れたり喚いたりせず、大人しく遊んでいた。 としあきが小さい頃遊んでいた「ショボQ」という車のオモチャが、とてもお気に入りだ。 長さ約5センチ、幅約2センチ、高さ約2センチのプラスチック製の玩具で、既に30年以上に渡り販売されているロングセラー 商品。 プルバックゼンマイが内蔵されているため、後ろに引いて手を放せば自走する事ができる。 本体がとても軽い上にゴムタイヤを履いているため、ぷちの弱い力でも、少しだけなら走らせることができる。 ちょっと後ろに引くと勝手に走り出すという魔法のようなギミックに、ぷちは大いに感動し、喜んだ。 テチー♪ テチテチ、ブーン! 両手で端を押さえ、全身の力で数センチほど後退させて、手を放す。 それだけで、10センチ近く走り出すショボQ。 たまに身体を避け損ね、走り出した車に轢かれてしまう事もあったが、この程度のパワーならせいぜいコロンと転がる程度で、 全然痛くないしかえって面白い。 ぷちは、これさえあれば飽きることなく丸一日遊び続ける事が出来た。 とっても楽しいオモチャテチ! ブーブーは面白いテチ! ご主人様、こんなに良いオモチャをプレゼントしてくれて、本当にありがとうテチー! 仔実装の遊び道具といえば、ポピュラーなのはピンポン玉だが、実は最近はあまり推奨されない。 軽すぎて仔実装の力でも遠くて飛んでしまうため、それを拾いに行こうとして事故を起こすケースが多発するのだ。 特に、ぷちのようにテーブルの上を遊び場にしているような個体には向かない。 最近は適度な重さがあり、表面が固くないスーパーボールが推奨されているが、生憎そんなものをとしあきは持っていない。 このショボQも、なんとなく持ち続けていたものを何気なく与えただけだったが、それが大正解だった。 ぷちはこのショボQのおかげで、これまで受けてきた不条理な「躾」による不満感や恐怖心、ストレスから、すっかり解放 されていた。 午前中、全身汗だくになるほど遊んだぷちは、お昼の餌(カリカリした最低価格の実装フードに切り替えられた)を食べながら、 午後はどういう遊びをしようかと、懸命に頭を働かせていた。 と、その時—— 「えっ、嘘ぉ!」 突然、パソコンを見ていたとしあきが叫び声を上げた。 大きく目を剥いて、とても驚いている。 やがて、彼の目はぷちの方へ……否、その脇にあるショボQへと向けられる。 「あれが、ねぇ……へぇー、そんなになってるんだぁ」 テチィ? フードをカリカリ齧っていると、不意に、横にあったショボQが姿を消した。 としあきが手に取り、しげしげと見つめている。 ぷちは、小首を傾げながらその様子を眺めていた。 ご主人様も、きっとあのオモチャが大好きテチ ぷちはもう一杯遊んだから、ご主人様にも貸してあげるテチ いつか一緒に遊ぶテチ♪ 無表情なとしあきに向かって、笑顔で手を振るぷち。 だがとしあきは、彼女には目もくれず再びモニターに見入った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ ●1円スタート! タカガ ショボQ「ボロクソワーゲン」初代 中古 (このオークションは終了しています) 開始価格:1円 落札価格:46,500円 子供の頃遊んでいたもので状態は良くありません。 ジャンク品とお考えください。 ノークレームノーリターンでお願いします。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「どう見てもこれの方がきれいだよなあ。——出品してみるか」 早速携帯のデジカメでショボQを撮影し、ぷちの手が届かないところへ片づけてしまう。 テェェ? テチィ… 一部始終を不思議そうに見つめていたぷちだったが、それがショボQを見た最後の瞬間だった。 後にとしあきはこれをネットオークションに1円スタートで出したものの、まんまと巧妙な落札詐欺に遭い、たったの1000円 程度で泣く泣く手放すハメになった上、ろくに梱包もせずコンビニ袋に放り込んだだけで送ってしまったため、後に 「非常に悪い」を付けられ評価合戦へと発展していくのだが、それはまた別なお話。 テェェェ……テチー、テチ…… とにかく一番の被害者ぷちは、気まぐれで奪われたオモチャがいつ戻ってくるのかと、手の届かない棚を毎日見上げ続けた。 そこにはもう、目的の物が乗っていないという事も知らずに。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ □実装石を飼う際の注意 初心者編 4: 実装石を飼う上で、数多くの決まり事を課していくわけですが、同時に飼い主にも ルールを守る義務が生じます。 どちらかがルールを乱すと、そこからバランスはどんどん崩れてしまいます。 以下では、飼い主が絶対重視しなければならない最低限のルールを記しますので、 必ず覚えて実践するようにしましょう。 4-1:実装石の持ち物に対して ・実装石のお気に入りの物は絶対に奪わないこと お仕置きで取り上げても、時間を置いて必ず返してあげましょう (お気に入りの物がなくなると、戻ってくるのを死ぬまで待ち続けてしまいます) ・実装石用の道具を入れ替える時は、必ず理由を説明して納得させてあげましょう 成長に伴う入れ替えでも、理解を促さないと大きな拒否反応を示します ・特に悪い事をしていないご機嫌な時は、なるべく邪魔しないようにしましょう (遊びを止められると、悪い行いと誤解したり、ストレスを溜めてしまいます) ・もし誤って壊してしまった時は、たとえペット相手でも素直に謝りましょう 利口な仔なら、ご主人様の態度を理解して納得してくれる筈です また逆ギレされても、その時は決して怒ってはいけません(善悪の判断が狂います) 必ず代替の同等品を与えてあげましょう ------------------------------------------------------------------------------------------------ ※ ※ ※ ぷちがとしあきの家に来て一ヶ月が過ぎる頃、体格は20センチ級に成長し、ダンボールの小屋も狭くなってきた。 成長に伴って餌の消費量も増え、実装フードも前より一粒多く食べるようになった。 こうなると、そろそろぷちの引越し? を行わなければならない。 としあきは箱庭を廃し、室内に直接ダンボールハウスを作って、そこにぷちを住まわせることにした。 幸い、使っていない頑丈なダンボールが一つある。 一時間ほどかけて作り上げた、扉付き(単に一部分をカッターで切っただけ)のダンボールハウスは、自力で出入りが容易に 出来る構造ということもあり、ぷちに大変気に入られた。 この頃になると、ぷちはほとんど躾(という名の様々なすれ違い)を受けなくなり、としあきからもそれなりの信用を得るほどに なっていた。 ぷちも、なんだかんだで色々面倒を見てくれるとしあきを更に大好きになり、時間があるといつもじっと彼の姿を見つめる ようになった。 ぷちは、ご主人様が大好きテチ 毎日遊んでくれるし、ご飯も食べさせてくれるし、お話もしてくれるし、お風呂で優しく洗ってくれるテチ 昨日は、お膝の上にのせてご本を読んでくれたテチ♪ ネンネする時も、ちゃんとお顔を見てお手々を握ってくれるテチ☆ ワタチ、大きくなったら、ご主人様のお嫁さんになるテチ! そして、ご主人様にいっぱいご奉仕してあげたいテチ☆ 夕べとしあきと一緒に同人誌の「メイド本」を読んだぷちは、十億匹に一匹という天才的な頭脳と感覚で、それが「好きな人 に尽くすべき理想の姿」だと解釈してしまった。 もちろん、としあきはそんなものを受け入れるつもりなど、まったくないのだが。 新しいダンボールハウスの扉を少しだけ開けて、机に座るとしあきの姿を見つめ続けるぷち。 ふと振り返った彼と目が合い、思わず反射的に隠れてしまった。 テチ…♪ すっかり「女の子」になりきってしまったぷちは、扉の向こうで小さな胸をときめかせている。 しばらくすると、としあきがこちらに寄ってくる足跡が聞こえて来た。 扉が開き、ゆっくりと、大きな温かい手が寄ってくる。 テチィッ♪ ぷちは、としあきの差し出した手に向かって、思い切り飛び込んでいった。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ □実装石を飼う際の注意 初心者編 8: 「増長」は、飼い実装に対してもっとも警戒しなくてはならない要素です。 賢い実装石は、長く飼われれば飼われるほどご主人様と自分は等しい存在だと勘違い を始めてしまい、状況によっては相手を格下と見下し始めます。 その根拠を理解するのはほとんど不可能ですが、とにかく些細な欠点を見つけては それを理由に人間を見下するのです。 そうなってしまうと、彼女達にとって、飼い主はただ餌や玩具、娯楽を一方的に与えるだけ の存在になってしまい、良好な関係は築けません。 また、ある程度以上成長した状態でこうなってしまうと、飼い続ける事すら困難になって しまいます。 ここでは、「危険信号」を挙げてみます。 もし、貴方の飼い実装が以下のような態度を取り始めたら、充分に警戒してください。 ・飼い主を見て、時々意味もなく下品に笑う ・目が合うと意味ありげに隠れる ・こちらが手を伸ばすと甘えてくるのに、一人になると全然甘えなくなる (※仔実装限定です) ・専用のハウスがある場合、そこに引き篭もってあまり外に出てこない その割にハウスの中で粗相をしたりはしない ・飼い主に話し掛けられた時、突然媚びを始める(何かを誤魔化そうとしています) これらの反応が見えた場合は、しっかり時間をかけて態度を分析しましょう。 あまりに極端で露骨な態度を取る場合は、出来るだけ速やかにお仕置きを行う べきでしょう。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「ぷち! 俺を見て笑ったな!」 テチ? テチューン♪ 左手を顎に添え、少し首を傾げる。 それは、無意識に取ってしまった媚びのポーズだった。 ぷちは、自分の熱い想いが見透かされる事を警戒し、誤魔化すつもりでつい禁じられた仕草を取ってしまったのだ。 鳴き声を上げた直後、「しまった!」と後悔するが、もう遅い。 母親から厳重に禁止されていた、「実装石の本能」とも呼べる行為。 百億匹に一匹の奇跡の仔実装ぷちでもうっかりしてしまうほど、としあきへの憧れは大きかったのだ。 そして、それに比例するように……としあきの怒りもピークに達していた。 「今までずっと我慢してきたが、もう限界だ! 立場というものをわからせてやる!」 テ、テチ?! テ、テギャアァァァッッ?!?! としあきは、ぷちの両腕付け根にタコ糸を縛り付け、宙吊りにしてしまった。 目の高さにぶら下げられた状態のぷちは、余りの恐ろしさに泣き叫び、あの時以来していなかったパンコンを繰り返す。 だが、下半身に縛り付けられたビニール袋によって流出・落下は防がれ、糞害の拡散はない。 血涙を流して許しを乞うぷちに対して、としあきは、激しい鉄拳制裁を加えた。 ある程度手加減をしたとはいえ、顔面に炸裂する成人男性のナックルは強烈だ。 バキッ! テジャ……!? ブリブリ、ブリブリ ぶらーん、ぶらーん—— 天井近くまで跳ね上げられ、大きな振り子運動を繰り返す。 その度に腕のタコ糸が食い込み、激痛が迸る。 ぷちは、顔面の痛みと衝撃、振り回される恐怖感、腕のダメージが重なり、瞬時に極限状態まで追い詰められた! 「しっかり反省するまでそのままだ! わかったな!!」 テ、テェェェェェン、テェェェェン!! 「まったく、何が高級飼い実装だよ。所詮叩き売りされるようなしょーもない奴だなこいつは…」 テェェェン、テェェェェエン!! 半壊した目に微かに映る、としあきの冷めた視線。 ぷちは、自分が不条理に酷い目に遭わされている事よりも、激痛よりも、その態度に大きなショックを受けた。 あれは、妹達が売られていって数日後、それまで優しかった店員が態度を変え始めた時の目だ。 自分はやっかい物になった……そう自覚させられた、とっても嫌な目。 最愛のご主人様が、そんな目をした事が、なにより辛く悲しい。 ご主人様、ごめんなさい、ごめんなさいテチ! ワタチがどうしてお仕置きされるのか、訳を教えてテチ! そうしたら、ワタチ、明日から絶対悪い事をしないテチ! それとも、そんなに媚びがいけなかったテチ? テェェェン! 嫌いになったらイヤイヤテチィッ!! 結局、ぷちはその後丸一日宙吊りにされ、途中で衰弱・気絶してしまったが、さらにその後、タコ糸が身体にめり込み、 ついに両腕を切断してしまった。 当然、支えを失ったぷちはそのまま1メートル半ほどの高さから床に叩きつけられ、更に大きなダメージを受けてしまった。 だが、幸いにも漏らした糞を貯めたビニール袋のせいで重心が下がっていたため、頭を床に叩き付ける事はなかった。 ぷちは再び四肢を失い、更に餌抜きまでされたため、またも半ミイラ化状態で生死の境を彷徨った。 再度入院した動物病院では、その余りに酷い状態の理由を追及されたが、としあきは「これは正しい躾の結果です、実装石 の専門家じゃないあなた達にとやかく言われる筋合いはないです」と言い放ち、獣医を呆れさせてしまった。 数日後、なんとか退院出来たぷちは、それ以降としあきに向かって決して笑わなくなった。 ※ ※ ※ としあきは、二ヶ月前にバイトをクビになってから、無職状態が続いていた。 これまでは少々の貯金や趣味の物を売却して生活していたが、そろそろ新しい仕事を見つけないと厳しい状態になって来た。 無論これまでも充分厳しかったのだが、根がいい加減でちゃらんぽらんな性格なせいか、計画性もないままその日暮らし的 生活に甘んじている。 その上、後先考えず思いつきで新しい物に手を出してしまうという困った性質もあるため、突発的にぷちを飼い始めたりする 始末だ。 彼は虐待派ではないし、一旦飼い始めたらそれなりに責任を持ってしっかり育てる意志は持っている。 だが、こういう性質の人間にありがちな「一旦飽きると色々理由を構築してそれを止めようとする」という、問題のある性格も 持ち合わせていた。 最初は可愛かったぷちも、度重なる粗相と目に余る増長行為にすっかり興味が薄れ、更にもうすぐ中実装クラスに成長し、 当初の可愛らしさがなくなり始めた事もあり、としあきはほとんど魅力を感じなくなった。 そこから虐待行為に走ろうとしないだけまだマシではあったが、彼はもう、ほとんど惰性でぷちを飼っているような状態だ。 そのせいなのか、今ではぷちの行動の一つひとつが、いちいち神経に障って仕方なかった。 そんなとしあきの精神状態にも気付かず、ぷちは彼のためにと懸命に頑張っていた。 使い古しの小型電子モップを手に、今日も部屋の掃除を行う。 もっとも、それは床のごく限られた範囲に過ぎないのだが。 ぷちの頭の中では、自分は可愛いメイド服をまとった優秀なメイドさん。 相思相愛のご主人様のために、日々を労働と奉仕に費やすのだ。 その日も、ぷちにとってはかなりの量になるゴミをかき集め、丁寧にコンビニ袋に片づけていた。 ご主人様は、とっても良いニンゲンさんテチ だけど、ちょっとだけナマケモノさんテチ だからワタチがお掃除をするテチ 今日もご主人様のお部屋をキレイキレイするテチ♪ 部屋の一角とはいえ、掃除の範囲はぷち基準でもかなり広い。 ダンボールハウスの周辺から、部屋の入り口、机の真下にまで至る。 六畳間の三分の一くらいは、確実に清掃している。 しかも、その精度は実装石にしては大したレベルで、ぷちが掃除した部分は目立つゴミ粒一つ残されていないほどだ。 としあきもそれを認めており、毎日適当な袋を与えていた。 たっぷり三時間もかけて掃除をして、今日もコンビニ袋が少し重くなるほどのゴミが溜まった。 その口を緩く縛り、としあきの判りやすい場所に置いておく。 としあきもそれを見つけると、改めてゴミ箱に突っ込むようにしている。 小規模とはいえ、ぷちの労働はそれなりにとしあきの生活に貢献していた。 仕事の後はご飯がおいしいテチ♪ ここに来てからもずっと続けている丁寧な食べ方で、今日も昼食の最安値実装フードを齧る。 それは、以前食べていた物の数分の一の価格で、栄養成分は良いが材料も味も最低クラスの安物だった。 既にぷちの餌に気を配る事すらなくなったとしあきが、一昨々日から勝手に切り替えたのだ。 だがぷちは、それでも一切文句を言わず食べ続けている。 というより、本当は好みでない味わいの餌を、少しでもおいしく食べられるようにと、自分なりに行った工夫が「掃除」なのだ。 身体を動かしてお腹を空かせれば、どんなものでもおいしいというあの理屈。 百億匹に一匹と言われる優秀な実装石であるぷちは、そこまで考えた上で行動する事が出来るのだ。 だが、そんな素晴らしい考慮も、肝心の飼い主がアレでは、何の意味も持たない。 その後、ぷちはそれを嫌というほど思い知らされるハメになる。 ダンボールハウスの真横に、立てかけるように置かれた実装フードの袋を見つめ、ぷちは、なんとなく寂しそうに次のフード 粒を手に取った。 これ、すっごくしょっぱいテチ…お水が欲しいテチ 水皿で水を飲もうとしたぷちは、水が少し周囲にこぼれているのを見止めた。 どうやらとしあきが皿を置いた拍子にに溢したようで、皿の下や、すぐ脇にある実装フードの袋の下まで浸水しているようだ。 ぷちは慌てて古タオルを引っ張って来ると、自分が溢したのではないとわかる程度に、周囲を綺麗にし始めた。 「あれぇ?! 俺のマイクロSDどこに行った?!」 としあきが素っ頓狂な声を上げたのは、夕方近く、ぷちがお昼寝から覚める直前のことだった。 何かを必死で探しているようで、机の下を覗きこんでいる。 「先週買ったばっかりなのにぃ! くそ〜、どこだぁ?!」 幅約1センチ、長さ約1.5センチ程度の大きさしかない、マイクロSDカード。 普段まったく掃除などせず、色々なものがそこら中に放り出されているとしあきの部屋なら、こんな小さな物が落下してしまう とえらい事になる。 まず、発見される事などないからだ。 限定5個・送料税込1980円という特価で通販購入した、2GBのマイクロSDカードは、今のとしあきにとって最大の宝物だ。 机の下だけでなく、部屋全体をはいつくばって探すとしあきの姿に、ぷちはただならぬ気配を感じ取った。 テチテチ、テチーッ! (ご主人様、どんなものをなくしたテチ?) 「あーうるさい、今お前にかまってる暇ないんだ、あっち行ってろ!」 テチテチテチテチ、テチテッチテチ、テチチーッ!! (探し物ならまかせてテチ! ワタチちっちゃいから、ご主人様より細かく探せるテチ!) 「だから! つきまとうなって言ってるだろ! 巣に帰ってろ!」 テ、テェェェ… 完全に邪魔者扱いされ、ぷちはすごすごとダンボールハウスに戻る。 膝を抱えてじっとしていると、外では、半狂乱のとしあきが叫び声にも似た独り言を呟いているのが聞こえてくる。 癇癪を起こして、何かを叩き付けるような打撃音も響いてきた。 ぷちは、早くなくし物が見つかって欲しいと祈りながら、ただじっと恐怖に耐え続けていた。 テチ? ひょっとしたらご主人様は、アレを探しているテチ? 熟考したぷちは、先週としあきが得意げに見せてくれたマイクロSDカードの事を思い出した。 勿論、それがどれほど良い物なのかは理解できなかったが、あの時としあきがとても喜んでいたのだけははっきり覚えている。 小指の先に乗る程度の、極小の黒い板……蛆ちゃんよりちっちゃい宝物テチ? あれじゃあ、落としたらすぐには見つからないテチ! ぷちの疑問は、確信に変わる。 意を決してダンボールハウスを飛び出すと、ぷちはとしあきとは違う辺りを探し始めた。 二人の捜索は夕食時まで続いたが、結局、それらしき物はどこにも出てこなかった。 疲労困憊した二人は、壁に背を持たれて、更に荒れ果ててしまった室内を呆然と見つめるしかなかった。 「どこ行ったんだよぉ…畜生、せっかく安く買えたのにぃ……」 テェェ…… 「お前、見てないよな?」 テチテチ (見てないテチ。見てたらご主人様に伝えるテチ) 「お前に聞いてもしょうがないか」 テェェ… 「でも、ありがとうなぷち。探してくれてたもんな」 テチ? としあきが、久しぶりにぷちの頭を優しく撫でてくれた。 どうやら、今度はぷちの態度が通じたようだ。 思わず、嬉し泣きをしそうになるが、ぷちは懸命に耐える。 本当はその手に抱きついて甘えたかったが、そうすると、またとしあきを不快にさせてしまうかもと思ったのだ。 時計を見て、そろそろぷちの夕食の時間だと判断したとしあきは、いつものように事務的に実装フードを取り上げる。 と同時に、「ぎぇっ?!」と奇妙な叫び声を上げた。 テチ? 「あったぁ! こんなとこにあった!!」 テェェ……テチィッ♪ なんと、マイクロSDカードは実装フードの袋の下敷きになっていた。 よほど嬉しかったのか、としあきはフード供給も忘れて、それを早速パソコンのメディアリーダーに放り込む。 見つかってよかったテチ♪ これで、ご主人様のご機嫌も直るテチー! 餌はお預けになってしまったが、それでもぷちはとても嬉しかった。 自分に利益がまったくなくても、ご主人様の喜びは自分の喜び。 パソコンに向かって背を丸めているとしあきを見つめながら、ぷちは、こっそりと暖かな笑顔を向けた。 だが。 突然鬼のような形相で振り返ったとしあきに、その笑顔を見られてしまった。 額に浮かんだ青筋が、ピクリと痙攣する。 次の瞬間、としあきの手がぷちに伸びて来た。 「お前か! お前のせいか!!」 テ、テチィ?! 「カードが水で濡れてるじゃねーか! 読めなくなってるよ!!」 テ、テチ?! テ、テチィ… 「お前があんなところに隠してたんだな! そんなに俺の気を引きたかったのかよ?!」 テ、テェェェッ?! 「も、もう今度という今度は許さない! 弁償しろ! じゃなくて覚悟しろ!!」 テ、テギャアァァァァッッッ?!?! ------------------------------------------------------------------------------------------------ □実装石を飼う際の注意 初心者編 11: 実装石は、自分に注目を集めたいと思ってしまう性質があります。 そのため、ご主人様が実装石の自立のためにあまり構ってやらなくなると、彼女達は 自分を見てもらうため、様々な行動を取り始めます。 ですが、これらは、飼い主にとって迷惑になるような行為がほとんどです。 「好きな人の前だとつい悪さをしてしまう」という、あの感情に近いと思えばいいでしょう。 本当ならそれは愛でてやりたい所ですが、実装石に対してはタブーとなります。 ここできつく叱らないと、彼女達は自分が許されている範囲を誤認し始め、更に派手な イタズラをしてしまいます。 酷い時になると、就寝中の飼い主の顔に糞を塗ったりして、睡眠妨害まで始めてしまいます。 そうならないようにするため、以下の注意点に気を配りましょう。 ・飼い主の持ち物を隠す・壊す ・特に何もないのに、飼い主の都合を考えず、一方的にしつこく呼びかける ・イタズラをしても、自分は何もしていないといった偽りの態度を取る ・物をわざと汚したり、散らかしたりする ・逆に、無駄に周囲を片付けたり綺麗にしようとしたりする ・突然、飼い主の行動を真似をし始める これらの行動を、特に複数同時に行い始めると、大変危険です。 少し過激と思えるくらいの、きついお仕置きが必要です。 場合によっては、髪の一部を千切るくらいの厳罰を与えてもいいでしょう。※ ※…ただし、髪は二度と生えないので、せいぜい数本引き抜く程度に留めましょう ------------------------------------------------------------------------------------------------ 「やっぱり、溢した水を拭いた跡があるな……ぷちぃぃぃぃぃっっっ!!!」 テ、テジャアアァァァァッッ!!! テヂイィィィィッッ!!! ぷち、ぷち、ぷちぷちぷちぷち…… デーギャジャアアァァァァッッッ?!?! 問答無用に、ぷちの前髪を丸ごと引き抜く。 ぷちは必死で抵抗するが、怒り狂うとしあきの力に叶うはずなどない。 あっさりと禿にされてしまった額からは、抜き損ねの毛が三本ほどみっともなく垂れ下がっている。 目の前ではらはらと散らされる亜麻色の髪の毛を見て、ぷちは、絶望の表情を浮かべて硬直した。 「今度は、後ろの髪を全部引っこ抜く! 忘れるなっ!!」 ………テ……テェ…… 命の次に大切な髪を失い、更にご主人様に好意を否定されたぷちは、もはやなぜ自分が痛めつけられるのか推察する事 すらできなくなって来た。 テスンテスン、テスン… ママからもらった、大事な髪の毛…取られちゃったテチ… なんでテチ? なんでテチ? お手伝いすることは、悪い事テチ? ワタチ全然わかんないテチ… すすり泣きながら、目の前に落ちている髪の毛をかき集め、自分の額に付けようとする。 再びはらはらと舞い落ちる髪をまた集め、また同じ事をする。 夕食どころか風呂まで忘れられたぷちは、そのまま夜遅くまでそんな無意味な行為をひたすら繰り返す。 数千億匹に一匹という奇跡の中の奇跡の実装石ぷちは、この時、度重なる精神的負担がピークに達し、少しだけ偽石に ヒビを入れていた。 このままだと、ご主人様のお嫁さんになれなくなっちゃうテチ…… どうすればいいテチ……? ママ……助けてテチ ぷちを助けて欲しいテチィィ……! 夢うつつの中、ぷちは、絶対に叶う筈のない夢に、必死ですがり付こうとしていた。 だがその頃、いつものようにモニターに見入つているとしあきは、ぷちが予想だにしない恐ろしい事を考え始めていた。 「——へぇ、実蒼石なんてのも居るんだ。 賢くて、飼い主に従順なのかぁ……いいじゃん、すげーじゃん」 (続く) ------------------------------------------------------------------------------------------------ 今年もありがとうございました。 続きは年明けになります。 ちょっと間が空きますがご容赦… 敷金
