その軽トラは路上に捨てられて長い年月が経っていた。 運転席側のドアは外れ、真っ白だった車体もあちこちに茶色く錆びついている。 「そろそろ行ってくるデス」 「いってらっしゃいテチ」 親実装が運転席側から一苦労して路上へ降りていく。 テチテチと6匹もの仔実装と蛆が1匹見送った。 実装石の日常 冬の廃車 コンビニ袋片手に今日も寒空の下、親実装はエサ探しだ。 ・・・・・・どんどん寒くなってきた。これが冬か。 親実装から教えられたものだ。 「寒い時期がやってくるデス。それまでに暖かいお家とタオルやゴハンを準備しておかないと生きていけないデス」 その賢い親ももういない。 生まれ育った公園は例によって野良実装の過剰繁殖、そしてエサ不足というありふれた破滅の道をたどったのだ。 幸い、親からの教育は十分受けており、体もほぼ成体の時期であった。 彼女は餓えた公園から単身脱出し、この廃車にたどり着いた。 「今日はたくさんあるデス!」 ゴミ捨て場に到着した親実装はつい興奮して声を荒げた。 たしかにゴミ捨て場のゴミはいつもの倍以上はあるだろう。 ちなみにこのゴミ捨て場はほとんどよその野良実装がやってこない穴場である。 だから住民も警戒していないので、厄介なネットなどはない。 「ゴハンどころか、タオルまであるデス!」 まだ痛んでいないタオルを見つけた親実装、嬉々としてコンビニ袋へ押し込む。 生ゴミを中心に食べ物も豊富だ。 なるだけ新鮮な物や、保存の利く物をえり分けて集めていく。 「デエ!」 大喜びでゴミあさりをしながら、人の足音を耳にすると慌てて物陰に隠れる親実装。 近隣の住民はゴミ袋を置くと、さっさと家に帰っていく。 親実装は大きく安堵の息を吐いた。 彼女はゴミ捨て場を荒らすとどうなるか知っていたので、その姿を見られないよう細心の注意をしているのだ。 姿を見られないだけではない、あまり汚さないように気遣っている。 今も収集を終えながら、散らばったゴミをなるだけ集めて袋に入れてゴミ捨て場の隅においていた。 ざっと汚れていないかチェックし、親実装は膨れあがったコンビニ袋を左右の手に持って、家路を急いだ。 ************************************* 住宅地の外れに廃車は置かれていた。 路上と空き地を跨ぐような場所で年月を重ねてきたのだが、その廃車に近寄ってあれこれ見ている人間がいた。 「・・・・・・デェ。何してるデス」 不安な親実装だが、ここで出て行っては最悪の結末しかない。 我が仔と我が家の心配をしつつ、住宅の塀の影からじっと成り行きを見ていた。 人間たちが立ち去るまで、どれだけ時間がたっただろう。 重たい荷物を持って、親実装がデスデスと我が家に駆け寄る 「ママが帰ってきたデス! みんないるデス!」 「ママ! 怖かったテチ!」 親実装の帰宅に泣きべそをかいた仔実装たちが運転席の座席の上に現れた。 「いきなりニンゲンが来たテチ! 私たちが中で遊んでたら・・・!」 「いっぱい来たテチ! いっぱいテチ!」 「レフ!」 「なにか喋ってたテチィ!」 興奮して騒ぐ仔を落ち着かせると、ひとまず助手席のイスの上に横置きされたダンボールの中に入れさせた。 「ママがいるから、もう大丈夫デスゥ」 言いながら、不安がよぎる。 一応ダンボールの中に入れたものの、人間の前ではまったく役立たない。 しかし顔に出せばいよいよ仔が不安がるので、演技を続ける。 収穫物のうち、エサはイスの後ろの空間に入れていく。 ここは一家の貯蔵庫だ。 乾燥したエサ、木の実、実装フード、予備の新聞紙やペットボトルを置いている。 「新しいタオルがあったデス———」 仔たちの不安を払拭しようと笑顔で親実装が言う。 両手でタオルを広げてやると、仔たちが歓声を上げる。 「きれいなタオルテチ!」 「新しいテチィ!」 「さ、古いタオルを出すデス」 仔たちは自分たちのダンボールから古びたタオルを運び出す。 親実装は雑巾の一歩手前のタオルを受け取り、新しいタオルを仔たちへ与える。 「みんなでダンボールの上に敷くデス」 「「「「「「ハーイテチ」」」」」」 仲良くタオルを敷く光景に親実装は目を細める。 そして自分は古びたタオルを助手席の足元へ敷く。 この窮屈な空間が彼女の寝床だ。 薄いタオルを何枚か集めて、なんとか体を冷やさず寝られる。 新しいタオルで喜ばせた親実装も嬉しそうだ。 この寒い冬を乗り切るには必需品なのだから入手自体も嬉しい。 だが、仔たちの笑顔が何よりの喜びである。 それから一家は食事を取った。 ************************************* 「ママ!」 夜。 親実装は仔の声で目を覚ました。 何事かと助手席の床で起き上がると、仔たちがダンボールから出てきて運転席のイスの上でテチテチ騒いでいる。 トイレにしては一度に出てくるのは不自然だ。 「なにかあったデス?」 慌ててあたりを見渡すと、街灯に照らされた外は白く染まっていた。 ・・・・・・これが、雪? ママが教えてくれた、雪? 生まれてはじめてみる雪に、親実装は圧倒された。 ちらほらと降る程度だが、この冷え込みで解けずに薄っすらと積もっていく。 「すごいテチ! きれいテチ!」 「ママ! ママ! 見てテチ! 見てテチ!」 「真っ白レフ—!」 仔たちは寒さも忘れ、はしゃいでいる。 ふと、親実装は気づいた。 もうエサは十分ある、親に教えられた冬篭りの準備は間に合ったのだ。 ・・・・・・ママ、ありがとう 雪景色を前に、親実装は今は亡き親に感謝した。 親の教えのお陰で我が仔を失うことは避けられたのだから。 翌朝。 あたり一面は銀世界。 「テチャ———!」 「真っ白テチ!」 仔たちは地上で走り回っていた。 付近はそもそも人通りも少ないので、思い切って親実装は仔を全て地上に降ろしてやったのだ。 久しぶりの地上と生まれて初めての雪に、仔たちははしゃぎ回る。 雪を投げつけあい、雪と戯れる。 寒いが暖かい光景だ。 一しきり遊ぶと、一家は我が家に戻った。 いくら親実装が警戒してても地上にとどまるのは危険だから。 親実装は甲斐甲斐しく我が仔を1匹ずつ服を脱がせ、新聞紙で汗を拭う。 体を冷やさせないよう気遣うあたり、本当に愛情と知性を兼ね備えた稀な個体だ。 そして運転席のイスの上で、我が仔をまとめて抱きしめてタオルを上からかけてやる。 十分な保温を考えてのことだ。 そのまま、少し一家は眠った。 昼。 親実装は目を覚ますと仔たちを起こさぬよう、そっと動いた。 イスの後ろの貯蔵庫から取っておきの実装フードを仔の数だけ取り出す。 「さ、そろそろみんな起きるデス」 優しい親の声に、仔たちは起き始める。 お昼ごはんの実装フードと雪のことで仔たちはテチテチ大騒ぎ。 「ママ・・・」 「何デス、長女」 「ゴハンが終わったら、また遊んでいいテチ?」 じっと他の仔も親実装を見上げている。 地上で遊ぶのは危ないので親実装は滅多に許可しない。 すこし考えた親実装、長女の頭を撫でてやる。 「今日は特別デス。あとでもう一度遊んでもいいデスゥ」 「テチャア! ありがとうテチ! ママ!」 「やったテチ!」 「はやくゴハン食べるテチ!」 「白いのを丸めたいテチ!」 「嬉しいテチィ!」 そうやって食事をしようとしていると、どこからか車のエンジン音が近づいてくる。 ************************************* 親実装が立ち上がってみてみると、トラックが一台、軽トラの傍に停車した。 「うう、寒っ」 バタン、とドアを閉める音をさせて作業着姿の男が2人降りてくる。 「初雪の日に仕事とはついてないですね」 「ああ、さっさとやってしまおう」 人間の接近に、親実装は顔をこわばらせた。 今までここまで我が家に近づいてきた人間はいなかったのだ。 ・・・・・・威嚇しないと! そう思う親実装だが、効果がないのは知っている。 まして相手は2人だ、下手に怒らせれば自分のみならず、仔たちの命が危険にさらされてしまう。 「ママァ」 人間の姿を見た仔たちは不安な声を上げて親実装にしがみ付く。 「お前たちはダンボールの中に隠れるデス!」 「ママは?」 「いいから急ぐデス!」 テチテチ、と仔たちはダンボールの中へ駆け込んでいく。 見届けた親実装は蓋を閉めると、人間のほうを見た。 「うわ、実装石がいますよ」 「昨日見たときはいなかったんだが・・・・・・。まあしょうがないよ、さっさとやってしまおう」 と上役らしい男は両手を親実装に伸ばす。 デ、と恐怖から声を上げる親実装。 だが親実装はそっと持ち上げられ、地面に降ろされただけだ。 「悪いな、巣なら違う場所を探してくれ」 済まなそうに言う男。 少し恐怖心が薄れた親実装、男を黙って見上げている。 「橋本さん! 仔実装までいますよ」 若い男が声を上げた。その声にテチャ—!と悲鳴が続く。 ・・・・・・私の仔! 私の仔に手出ししないで! 「外に出してやれ、そっとな」 親実装が何か言う前に、2人の人間は仔実装を1匹づつ地上に降ろしてやる。 捕まったとき仔実装は絶叫した。 地上に降ろされるとまっしぐらに親元へ走る。 「ママ! マァマ!」 「怖いテチ! ニンゲン怖いテチャアアアア!」 「大丈夫デス! ママがいるから大丈夫デス!」 仔実装を慰める親実装、突然のことに泣きそうである。 とりあえず蛆ちゃんが踏まれないよう、道の隅にそっと置く。 ・・・・・・いったい人間は何をしに来たのか。虐待派ならもう酷い目にあってるだろうし 最悪の事態ではない、と思いながら親実装が眺めているとトラックについた小さなクレーンが軽トラに取り付けられた。 「上げます」 「ようし、そのまま」 ゆっくりと、軽トラは持ち上がった。 ・・・・・・ええ! 親実装目を丸くする。 あの大きな(実装主観)我が家が持ち上がるなど想像外である。 「お家が持っていかれるテチィ—————!!」 3女の悲鳴に親実装が我に帰る。 「ま、まってデス、人間さん!」 親実装は上役の男にしがみ付く。 「私のお家デス、私たちのお家デス! 持って行かれたら生きて行けないデスゥ!」 男は気の毒そうな顔。 「ああ、悪いな、どっかの公園にでも行ってくれ」 そして、軽く親実装を押しのける。 親実装は尻餅をついた。 部下の男がクレーンを操作して軽トラをトラックの荷台に下ろす。 「ラッシングベルトとってくれ」 「はい」 2人はテキパキと軽トラを荷台に固定していく。 寒い中の作業をさっさと終わらせようというのだろう。 「駄目テチ! お家持ってったら駄目テチ!」 勇敢な4女が、若い男の足元でテチテチ騒ぐ。 嫌そうな表情をした男だが、ちらりと上役を見ると何も言わず作業に専念した。 「悪いニンゲンテチ! 悪い奴テチ!」 5女も飛び出し、若い男の足に駆け寄り、蹴飛ばす。 「どっか行けテチ! どっか行けテチ——!」 「・・・・・・お、お前たちやめるデス!」 一見勇敢な行為に見えるが、経験豊富な親実装は人間に歯向かう愚を知り抜いている。 「お姉ちゃん達を応援するテチィ!」 だが他の仔たちまでテチテチ興奮して攻撃に参加した。 テチテチと6匹が殴る蹴る、の暴力の限りを尽くす。 「作業しにくい」 若い男は呟く。足元で小さな連中が騒いでいるのでやりにくくてしょうがない。 トラックの反対側から上司が言う。 「山西君、そいつら踏まないようにね」 「はーい」 と返事しながら疎ましい目で足元の小人を見る男。 ・・・・・・お前ら本当に邪魔なんだよ そしてベルトを固定すると少し足を動かした。 「チベ!」 「テベ!」 仔実装が2匹、男の靴に踏み潰された。 「テチャアアア! 妹たちがぁぁぁ!」 「お姉ちゃん!」 他の仔実装は悲鳴をあげて腰を抜かす。 気付かず男は作業を最後までやり遂げる。 「4女! 6女!」 親実装は踏み潰された仔実装に気づいた。 立ち上がり、若い男に駆け寄る。 「デジャアアア!」 渾身の力を込めて男の足を殴る! 「デジャアア!」 力の限りなぐる、殴りつける。 「お前まで邪魔するのかよ」 ポフポフまとわり付いて来る親実装に閉口した男、足で「それ」を押しのける。 「仕事中で無かったら殺すところなんだがな」 そして何かを伝えに反対側の男の下へ行く。 雪まみれになりながら立ち上がる親実装、若い男を追いかけていった。 「デジャアア!」 そしてもう一度殴りかかる。 ポフポフ、ポフポフと。 「仔が何をしたデス! お家をとるお前らニンゲンが悪いデス! 謝れ! 謝れデスゥ!」 殴られている事に気付いた男だが構わず上役と話している。 「お家を返せデス! 4女と6女を返せデス! 返せ! 返せデス!」 「ん、どうかしたか」 「なんかこいつがかまって欲しいのか、じゃれてくるんですよ」 「ああそうか」 と年長の男が親実装に近づくと笑顔で優しく頭を撫でてやる。 「悪いな仕事中なんだよ」 「デジャアア! お前たちは私の家族を殺したデス! 殺したデス!」 「暇だったら構ってやるんだけど」 「お家を返せデス! 仔の命を返せ——————! 返せデス!」 「遊んでやれなくて悪いね」 人間と実装石の会話はかみ合わない。 「さて、帰るとするか。雪が降る前にね」 デスデス騒ぐ親実装に笑顔を振りまくと、年長のほうが若い男にそろそろ帰ろうか、と促す。 さっそく若い男が運転席に乗り込み、年長のほうも助手席に座る。 カーラジオから声が聞こえてくる。 「午後は一層冷え込み、双葉市ではさらに雪が・・・・・・」 「ところで橋本さん」 「ん?」 エンジンをかけながら若い男が不思議そうに年長の男に尋ねる。 「実装石ってどんな連中か知ってますか?」 「犬猫みたいなもんじゃないの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり」 「違うの?」 「車、出します」 トラックが発車していく。 冬の廃車 後編へ続く
