実装処理場の風景 3 グゥゥーッ その女子パートは空腹でお腹を鳴らしてしまい、一瞬周りを見渡して顔を赤らめた。 幸い誰にも気づかれなかったようだ。 彼女の仕事は実装石食肉処理場の仔実装の素揚げ(すあげ)生産ラインで、仔実装を取付具に固定する仕事であった。 総排泄孔から口腔までステンレス製の棒で貫かれた仔実装がコンベアが動くカタカタという音とともに静かに 彼女の目の前を流れていく。 (あぁ、お腹がすいた。この仔たちのお腹は棒でいっぱいになってるけど。) 彼女は自分でも大して面白くも無いと思う冗談を考えながら空腹を紛らす。 珍しく寝坊してしまって朝食を抜いてしまったため、休憩時間を待たずして空腹のピークが近づいていたのである。 しかし今日は会社の火災訓練の日だ。きっと休憩時間前に作業が一旦止まるだろう。 そのときに隙を見て、自分のロッカーにおいてあるお菓子でも齧れば昼まで十分に持つだろうと思っていた。 彼女が働いている実装石食肉処理場と棟を並べる建屋内にある生産ラインは、この食肉会社が精肉に付加価値を つけて新しいビジネスに参入する新規事業のテストラインとして設けられたものだ。 ここで製造された仔実装の素揚げは一般消費者向けでなく、主に外食産業の下処理済み食材として卸されている。 大量生産なのに手作りのような美味しさという高い評価を受け、まもなくテストの段階から、実際の事業に 組み込まれる事になっていた。 彼女の目の前には、氷温室から出されたばかりで仮死状態の裸の仔実装が、ステンレス製の長方形をした深い バケットに放り込まれたかの様に無造作に詰められている。 その仔実装達は、前日に裸に剥かれて糞抜きのあと洗浄され、ストレスによる肉質向上のための「熟成」を 目的として、一晩低温状態に置かれていたのだ。 仔実装達は寒さで夜半を過ぎると仮死状態になるが、それによってその後の脱毛作業がはかどるので、一石二鳥の プロセスであった。 彼女はその仔実装達が仮死から息を吹き返す前に、一匹ずつ手にとって素早く禿にしていく。 「熟成」前に禿にしないのは、脱毛で傷ついた部分の皮膚が再生した際に食味が変わるため、調理直前の処置が よいとされたからであった。 食肉用に品種改良された仔実装石は、ブツリと髪を簡単にむしりとることが出来る。 そして流れるような手さばきで総排泄孔からステンレス製の棒を差し込み、口からその棒の端が顔を覗かせるまで 挿入し、コンベアにセットする。 彼女が担当する工程の次では、自動機械が仔実装の手足の筋を切って、素揚げ中に暴れないように下処理をする のである程度「串」の定位置に仔実装たちをセットする必要がある。彼女の仕事は熟練が必要な仕事だ。 (この会社に勤めるようになってから、一体何匹の仔実装を貫いたかしら。) 彼女は時々そんなことを考えながら、規則正しく仔実装を処理していく。 この仕事は、手早くやらないと仔実装が息を吹き返して作業が面倒になってしまう。 彼女がここに来て間もない頃に何度かそんなことがあった。しかし息を吹き返したばかりで、弱々しいながらも イヤイヤと抵抗する仔実装を処理していくのは結構手間がかかるし、なにより気持ちのいいものではない。 「そんなときはこうして首をひねって本当に死なせてあげれば処理が楽になるわ。でも味が落ちるしマニュアルに 書かれていない方法なので、出来るだけ目覚めさせずに処理出来るように慣れてね」。 配属されて間もない頃に指導してくれたラインの班長は、なんの躊躇いもなくチーチーと鳴く仔実装の首をコキッと ひねって殺してみせた事があった。 彼女自身も何度かやってみたが、手のひらに僅かに感じる何かが潰れる様な小さな手ごたえが、無碍に命を奪われる 仔実装たちの精一杯の抗議の様で、何となく嫌で気が重かった。 しかし半年経った今では、彼女の作業のスピードもすっかり速くなり、一度に割り当てられた全ての仔実装が 目を覚ます前に処理できるようになり、本当に単なる食材を処理しているのだと自然に感じる事が出来るように なっていた。 筋を切られた仔実装を貫いた串は、ふつふつと小さな気泡を上げて煮え立つ油槽にゆっくりと向かっていく。 そして煮えた琥珀色の油に入った仔実装は、間を置かずに仮死から急激に目覚める。 油槽の仔実装は、蘇生の喜びを刹那も味わう事なく、全身を包み込み肉体を破壊しようとする熱と、総排泄孔から 口腔まで、全身を貫かれた痛みに苛まされる。 声を上げようにも口腔をいっぱいに塞いだ串のせいでそれもかなわない。筋を切断されているので手足を動かす ことも出来ない。 なんの抵抗も出来ず仔実装は生きながらジリジリと熱い油に肉体を侵され、完全に火が通る頃、つまり油槽から 引き上げられる直前に、小さな偽石を爆(は)ぜさせて二度と復活することの無い死を迎える。 (朝礼では昼前に火災訓練と言ってたわね。まだ訓練開始の非常ベルはならないのかしら。またお腹が鳴ったら やだわぁ。) 仔実装達の偽石は破裂するまでの間、死に直面した危機から逃れる為に、内包したエネルギーを仔実装の肉体に ひたすら与え続ける。 しかしそのエネルギーは、生命の危機からの脱出になんら寄与する事はなく、ただ仔実装の肉体のポテンシャルを 余すことなく優れた食味へと変化させるためのみに消費される。 「責め殺し」と呼ばれる、仔実装を生きたまま調理する伝統的な実装石調理方を巧みに織り込んだこの生産システムは、 この食肉会社にやがて大きな利益を与えてくれるだろうと期待されてた。 彼女、いや、このラインで働く女子パート達は、実はこの生産システムの要であったのだが、それを知ることもなく 黙々と処理を続けているのだった。 (今、油に浸かったばかりの仔はどの辺で息を吹き返すかしら。それとも仮死したまま揚がって苦しむことなく 死ねるのかしら。でもいままでそんな仔は・・・私達の手で事前に殺した仔以外ではいなかったわね。) 彼女はいつも考えてる事をまた考えながら、手だけを機械的に動かす。 煮えた油の中で全身から気泡を生み出して揚がりつつある仔実装たちは、体をよじりながら断末魔というパートナーと 生涯最後の舞踏を繰り広げていた。 「ジリリリリリリ」 工場全体に非常ベルの音が鳴り響き、間をおかず構内アナウンスが流れた。 「ただいま第二工場第五生産工程のラインにおいて火災が発生しました。従業員の皆さんはあわてず班長の指示に 従って避難を開始してください」。 火災訓練が始まった。彼女は作業マニュアルに従って処理待ちの仔実装が入ったトレイに蓋をして、集合場所である 工場の中庭に向かう。 彼女の作業ラインの班長も、ラインが手動で緊急停止されたことを指差確認すると持ち場を離れた。 パート達が避難した工場の中庭では、社内の防火チームによる消化デモンストレーションがあり、そのあと 工場長による簡単な訓示が始まった。 「・・・この第二工場が稼動を開始して初めての火災訓練でしたが、完全避難にかかった時間は目標の5分を下回り・・・ ・・・今年の春からは予定通り二勤体制で素揚げ仔実装増産の体制が・・・」。 (あぁ、なんてつまらないお話かしら。おなかすいたわ。でも人目があるから規則上ロッカーに戻るのは出来ないわねぇ。) 彼女はぼんやりと取り留めの無いことを考えながら、工場長の訓示を聞いていた。 この訓示の後に火災訓練は終了となり、パート社員達を含んだ社員たちは、三々五々自分の持ち場に戻って行った。 彼女が持ち場に戻った時、訓練中に止まっていたラインでは、再始動前の確認作業が始まったところだった。 (結局更衣室にいけなかったわ。休憩時間も消化訓練の見学とつまらないお話で潰れちゃったし。お昼まで我慢 しなきゃいけないきゃいけないのかしら。) その時、「あらっ!」。と油槽の方からパート社員達の声が上がった。 彼女は一体どうしたのかしらと思い、油槽の周りに佇む同僚達の間からその中を覗いた。 彼女の視界に、ゆらゆらと揺れる琥珀色の油面の下で、仔実装たちが体をよじって苦しんでる光景が飛び込んできた。 しかも仔実装達の肉体は油を吸いすぎて、本来のもとの大きさよりも二回りほど膨らんでいる。 いや、膨らんだというよりも、ふやけてしまったというべきかもしれない。 ラインの終端側に近い何匹かの仔実装は完全死していたが、油中に沈み込んでいる大半の仔実装は死に切れずに もがいている。声が出せたならテチィ!テチィ!と小さな悲鳴を上げ続けていただろう。 訓練中、油槽に放置されたままの仔実装たちを包み込む油は、加熱停止による温度低下のせいで、仔実装を苦しみ から速やかに解放する、つまり完全死をもたらす物としての役目を放棄していた。 ぬるくなった油は酸素を遮断して呼吸を許さず、また中途半端に熱で痛んだ肉体に浸入して悪戯に苦しみを与える だけの物となっていた。 「うーん、こんな事態は想定外だったな。このラインが出来てから始めての火災訓練だったからなぁ」。 パート社員達が騒いでいるのを見て、何がおきているのか確認しに来た課長は腕組みをして考え込んだ。 「よし、なんにしても今油槽に浸かっている仔実装達は売り物にならないので廃棄する。各ラインの班長は廃棄 される数を確認して後で報告してくれ。仔実装はバケットに集めてリサイクル廃棄物置き場に!」。 課長の指示の後、パート社員達はそれぞれ持ち場へと戻って行った。 そんな課長の指示の声をぼんやりと聞きながら、彼女が離席前に蓋をしたバケットのふたを開けると、テチテチ という鳴き声と共に鼻を付く異臭が立ち上った。 バケットの中で放置されていた仔実装たちは、仮死から目覚めて共食いと脱糞をしていた。頭数はふたをする前の 半分ほどに減っているだろうか。 呆然とする彼女の後ろから、課長ががっかりした様子で言った。 「ああ、やっぱり君のところでもそうか。隣のラインでも仮死から目覚めた仔実装が共食いと脱糞をしていたんだよ。 これも計算外だったなぁ。こいつらはもう売り物にならないから廃棄処分にするしかないよ」。 課長は事前にこの事態を予測できなかった事に対する報告書を書く仕事が増えてしまったことで、ちょっとうんざり したような表情をしていた。 共食いをしてしまった仔実装は、食品衛生法上出荷は許されないので、肥料用にリサイクル業者に引き取って もらうしかない。 「しかたない、30分程度ラインを止めてこの後片付けをする事にするか」。 課長は昼休みまでの残り時間と、今日の予定出荷数を考えながら、彼女に指示を与えた。 「君はこのラインの油槽の中やつをバケットにつめて、外のリサイクル廃棄物置き場にもって行ってくれないか?」。 彼女はちょっと嬉しかった。業務上の指示なら大手を振って離席ができる。もしかするとロッカーに戻って つまみ食いができるかもしれない。 油で中途半端に揚げられて瀕死の仔実装をつめたバケットをカートに乗せて、なんとなくウキウキした気持ちで 工場の通路を歩いていると、後ろから共食いをした仔実装たちの小さな悲鳴がいくつも聞こえてきた。 おそらく、課長と班長が首をひねって始末しているのだろう。 彼女がカートと共に外に出ると、外は小さな雲がいくつか浮かぶだけの青空だった。 こんなきれいな空が広がっている日に、私はこんな仕事をしているんだ。そう思うと損をしている様な気持ちになる。 またグゥゥーッとお腹がなった。 蛍光灯で照らされたラインから外に出て、なんとなく開放的な気分になっていた彼女は、時々ピクンと動く瀕死の 素揚げ仔実装達を見つめて思う。 (どうせ捨てるものだし、一口齧ってみようかしら。) 完全死している仔実装から、適当に一匹取上げて足を噛んでみる。 鳥のササミの様な淡白な肉質の間から、じわりと油が染み出る。ルージュを引いていない唇に油が付く。 2、3度咀嚼して飲み下し、一息ついてみる。 (なまくさい) 思わず齧りとった断面を見ると、その中心部はまだ赤と緑の体液が透明の肉汁や油と交じり合い、混濁した液体 で濡れていた。 (何よこれ?まだ火が通ってないじゃない?) 空腹に、出来損ないの脂っこい仔実装の半生肉を飲み込んでしまって、彼女は胃の辺りに薄い不快感を覚えた。 「テェェェ」 齧られた仔実装が急に小さな声を上げた。彼女は完全死したと思い込んでいたが、これはまだ死に切れずにいた ようだった。 (えっ?生きていたの?) 彼女は驚いて手に持った死にかけ仔実装をバケットに落としてしまう。 「テッ!」 バケットに積み上げられた他の仔実装の上に落ちた仔実装が、小さな悲鳴を上げる。 (あたしまだ生きてる仔実装を齧っちゃった?齧って飲み込んじゃった?) 胃の周辺に薄っすらと散在していた不快感が、急激にある種の重みを伴って一点に集まってきた。 舌の付け根から、ジワジワと虫唾が上ってくるような感覚が断続的に訪れる。 「ウウッ!ウグッ!」 彼女は、ついに我慢ができなくなって吐いた。朝食を抜いた胃は、黄色い胃液とさっき飲み込んだばかりで 形を残したままの仔実装の足を逆流させ、それらは元の持ち主に返すように糸を引いて流れ落ちて行く。 そして、彼女の吐瀉物を顔に受けた瀕死の仔実装は、再度テッと鳴き声をあげると、胃液を舐めて飲み込んだ。 仔実装は爛れたまぶたをゆっくりと開くと、満足した様な表情を見せて、真っ青な空を見つめたまま動かなくなった。 彼女の嘔吐はしばらく止まることはなかった。 おしまい 鍋屋◆LCl66aXKxk 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 おまけ かなり事前に着手して、なんとなく気が乗らずに放置しておいたスクでしたが、久しぶりに発掘したらなんとなく 気が乗ってなんとなくまとまりました。 嗚呼なんとなく人生。 実装処理工場の風景 2はこちらに保管していただいてます。 (筆者の落ち度により、処理工場だったり処理場だったりしてますが御容赦) http://nijibox.ohflip.com/jissou/script/src/jsc0158.txt 以下、mayスレでお目汚ししさせていただいた、実装処理場の風景1を再録させていただきます。 実装処理場の風景 1 デププププ 公園で聞きなれた実装石の侮蔑の鳴き声が聞こえたような気がしたので、 今日のプレゼンの資料を見つめていた目をタクシーの窓の外に向けると 実装石を満載したトラックが併走していた。 トラックの荷台は金網で囲まれて檻のようになっている。 タクシーは間もなくトラックを追い抜き、俺はリアウィンドーの風景を覗きながら 運転手に尋ねた。 「運転手さん、アレなんですか?」。 「お客さん、この先に実装石食肉処理場があるんですよ。 あいつらはこれから潰されて食肉になるんですわ。 目的地の双葉電機工場と処理場が同じ方向にあるので多分もう2、3台あんな トラックを抜いて行きますよ」。 しばらく走ると運転手の言うとおりさっきと同じようなトラックを追い抜いた。 追い抜き際に荷台の金網越しに実装の様子をチラッと見ると今度は様子が違うようだ。 デギャーデギャーと虐待されてるかの様な声が聞こえた。 「運転手さん、実装どもなんかさっきと様子が違いますよ?」 「お客さん、あと5分ほどで処理場の前を通り過ぎるんですけどね、このくらい近く なると連中臭いで同族が沢山殺されている事を悟って騒ぎ出すんですわ」。 運転手の言うとおり5分ほどして処理場の近くにくると、何台かのトラックが入場待ち していた。俺は運転手に頼んで前をゆっくりと通り過ぎるように頼むと実装どもを目で 追った。 大半は血涙を流しながらデーデー言っているだけだが、何匹かはしつこく金網を叩いて 前足が血だらけになっていたり、金網の隙間に体を押し込んで妙な形に歪んだやつとか 色々いる。 ゆっくりと走ってもらったが、実際観察したのはほんの十数秒だろうか。あいつらはこれから 潰されて食肉になるんだと思うと何故か勃起した。 おしまい
