リンガルというものを初めて買った。 とはいっても人形とチャットツールの組み合わせで、 私は一匹の実装石になりきって話すという物である。 普通に会話できる物もあったが、 実装石と遊びたい気持ちが強いためか、どうにも気が進まなかった。 家に帰ると仔実装のテミが飛びついてきた。 テミは私によくなついている。 とりあえずテミにご飯を与えて、私は人形を居間に置いて押し入れに身を隠す。 ちょっとしたイタズラ心だ。 しばらく待つとご飯を食べ終えたテミは私を捜してテチテチと部屋を走り回る。 『ゴ飯ハオイシカッタテチ?』 チャットツールで打ち込むと人形からテチテチと電子音の声が聞こえてくる。 人形の名前は説明書によるとリンというらしい。 テミはリンの声にすぐ反応した。 『テ!?おまえ誰テチ!』 テミとリンはすぐにうち解けた。 カリカリのご飯は食べるとのどが渇くだとか、 たまには家の外に出てみたいだとか、 そんな他愛の無い話しでも私にとっては十分に新鮮であった。 『ソレジャァ、ワタシハモウネルテチ。』 そう、タイプしてから私は押し入れから出て、リンを箱へとしまう。 その間、テミはまるで狐につままれたようにキョトンとリンを見つめていた。 リンで遊ぶのは週に2度程度、それ以上は私に暇が無かった。 だけど、今まで私が忙しくしている時は元気なく段ボールの寝床にいたテミは、 私が居なくても居間で走り回って遊ぶほど元気になっている。 そのことに私はリンガルの力を感じずにはいられなかった。 (買ってよかった。) その時は心からそう思っていたがテミの心に異変が起きているのを私はまだ知らなかった。 一ヶ月くらいしたころだろうか、テミはだんだんと横暴になっていた。 以前はトイレに漏らさずにしていたウンチも最近は至る所でする。 居間に私が座ればすぐにでも遊ぼうと駆け寄ってきたのが、 今じゃぁ私がテミに手を差し伸べても寝床に引きこもり威嚇の声を上げる始末。 だけど、リンとの会話に変わりはない。 いや、薄々とはわかっている。するのは他愛のない会話だけ…… もし私の事や、テミの行動について深く話せば否が応でもその変化に私は打ちのめされることは…… 仔実装だったテミもずいぶんと大きくなり、 梅雨になり、外に行く気にもなれない私はリンをとりだした。 決心はついている。テミの心がどうなってしまったのか…… 『ゴ主人様ノコト、ドウオモッテルテチ?』 テミは少し頭をひねるとテステスと答え始めた。 『ご主人様ってなんテス?』 『台所デ、イスニ座ッテルテチ。』 『アレは奴隷テス。麗しきワタチに尽くすのが当然なのに時々不可解な事で怒るテス。 そろそろ糞塗りにして、ハゲハダカにして懲らしめてやらないといけないテス。』 ああ、やっぱり。そんなまさか。 私は次々に出てくるリンガルの文字にうろたえていた。 もう既にテミは私のことを飼い主とは思っていない。 私は荒くなった息を必死に整えながら、これはなにかの間違いだと願っている。 ペチャリと、私の背中に何かが飛んできた。 鼻を突く奇妙な臭い。 それがテミの真意であった。 梅雨の雨は気持ちを沈ませる。 暴れるテミを私は物置に仕舞い込んでいた檻に押し込んでいた。 仔実装にはちょうどいいサイズの檻は大きくなったテミには拘束倶にも等しい。 テミは私を必死に威嚇している。 焦点も定まらず見ていたテレビは実装石の討論がなされている。 《家庭内で行われる実装虐待というのは もともと実装石に多大な期待をかけていた人間が、 その期待を裏切られた時、その憤りをぶつける物です。》 私は台所から持ち出したアイスピックを強く握っていた。
