「追っかけティファニー」 季節はもう12月、実装石には厳しい厳冬へと向かっていた。 いつものアフタヌーンティーを楽しむ秋子は、浮かない顔をして執事の伊藤を呼んだ。 『伊藤!ちょっと来てちょうだい』 『はい秋子様、ただいま参ります』 執事の伊藤は紅茶のお代わりかなと思い、ポットを片手に秋子の元へ静かに歩いて行く。 秋子は一度ため息を付くと、伊藤の顔を見つめ視線をティーカップに戻す。 『ねぇ、最近ティファニーの様子がおかしいのよ』 『落ち込んでるっていうか、なんだか暗いのよね』 (・・・本当に理由が分かっていないのか?) 伊藤は器用に片手でハンカチを取り出すと、額の汗を拭いた。 つい先週、二人目の男が便器に頭を突っ込んで自決したばかりだ。 鉄男とは違い今度は頑丈な男を執事は選んだ筈だった。 それなのに連夜の秋子による調教とティファニーとのセックス。 頑強な体も、その精神は意外と脆い。 真性マゾの鉄男ですら耐え切れず死んだ、ノンケの男に耐え切れる物は持っていなかった。 (秋子様は、もう次の犠牲者を私に求めているのか?) (と言うか、既に死んだ男の事も忘れてる) また罪も無い若者を実装石の生贄に見つけなければいけないのか。 伊藤は次の犠牲者の事を考えると頭痛がした。 『ティファニー・・・』 秋子はティファニーの元気が無い事が気になって仕方が無い。 たかが相手の男が死んだ位で、自分の愛するティファニーが悲しんでいる事が許せなかった。 『伊藤!』 『は、はい、なんでしょうか秋子様』 『あんな脆い男を選ぶなんて、あなたは執事として失格です!』 いきなりの秋子の言葉に伊藤は(実装石の相手に精神が崩壊しないほうがおかしい)と、思った。 だが伊藤は熊野小路家の執事である、当主からの叱責は執事としての恥なのだ。 伊藤は何度も『真にすいません』と頭を秋子の前で下げ、自分の非を詫びた。 (ここはなんとかティファニー様の為に、自分の点数を上げなければ) ふとその時、伊藤はある事を思い出した。 以前ティファニーと鉄男の披露宴で歌っていた歌手の事務所から、コンサート招待券を送られていた。 伊藤は秋子に見せる前そのチケット確認をしたが、取るに足らない若手演歌歌手の物である。 こんな俗っぽい歌手が秋子の目に留まる事は、まず無いだろうと考えられた。 だが相手が実装石のティファニーなら興味を示すかも知れない。 『それなら秋子様、秋子様にと頂いたチケットですが、 ティファニー様の気晴らしにどうでしょうか?』 秋子は『ふーん・・チケットね、一応見ておこうかしら』と、乗り気ではない風で答えた。 チケットを手に取ると、そこにはハツラツとした笑顔でその若手演歌歌手の写真が印刷されている。 名前は「熱川キヨシ」と書かれてある。 『何よこれ、つまらないわね』 そう言った秋子だったが(まぁティファニーの気晴らし程度には良いかも?)と、考え直す。 『ティファニー!』 秋子が呼ぶとティファニーはおずおずと奥の部屋から、SPの権藤を従え歩いて来る。 ただ颯爽とした感じではなく、落ち着いた顔はどこと無く暗かった。 「お母様、ティファニーデス」 ティファニーはいつもの様に膝を折り曲げ、ドレスの端を摘んで秋子に挨拶をしたが言葉少なげだ。 『ティファニー、まだあの死んだ男の事を気にしてるの?』 「はいデス、もしかしてティファニーのせいじゃないかと・・」 伊藤は(それ以外ありえない)と、思ったが口には出さなかった。 『バカ!そんな事あるわけ無いじゃない!』 『ティファニーの愛に耐えられなかった男が悪いのよ』 『だからティファニーは何一つ気にする事なんか無いの』 「ありがとうデスお母様、でも好きになった殿方が二人も死んだデス、立ち直るには時間がいるデス」 実装石の愛を受け止められるニンゲンなど、果たしてこの世にいるのだろうか? ティファニーと愛しあえる人間が現れなければ、犠牲者は次々と増え続けていくだろう。 伊藤の苦悩はこれからも続く。 『ティファニーは音楽・・ううん歌に興味あるかしら?』 音楽と聞いてティファニーは、秋子から教育の一環として聞かされたクラシックやオペラを思い出す。 はっきり言うと教育とは言え、ティファニーには退屈な時間だったと憶えている。 「お歌デスか・・ティファニーあんまり好きじゃないデス」 せっかくの申し出がオジャンになってしまう。 伊藤は慌ててティファニーを説得する。 『ティファニー様、お歌と言っても踊りながらの楽しい物ですよ』 「踊りデス!ティファニー踊りなら得意デス」 『そうですか、それは良かった、たくさんの人が集まって踊るんですよ』 「たくさんデスゥ・・じゃお母様も踊るデスか?」 秋子は横を向いて顔をしかめる。 『私は勘弁して、そうね・・・』 『そう・・言いだしっぺの伊藤には行って貰いましょうか』 『それと、権藤!あなたにはティファニーの護衛を任せます』 えっと言う顔をしている伊藤と違い、権藤は『お任せください!』と、胸を叩いた。 「どんな服を着ていくデス、ティファニー楽しみデスゥ♪」 「お母様、新しいドレスを新調するデス」 『フフフ、ティファニーったら機嫌が直ったみたいね』 『伊藤!ティファニーが恥ずかしくない様に、こういったコンサートの礼儀を調べておきなさい』 伊藤の目がキラリと光った。 『かしこまりました、秋子様』 秘密にしていたが、伊藤は大物演歌歌手(杉平健)の大ファンだった。 何度もそのコンサートに行った知識がある。 その為ファンならどういった行動をすれば喜ばれるか熟知していた。 (くくく、熱川キヨシがティファニー様のお気に入りになるように仕向けなければな) (そうすれば興味がそれて、次の犠牲者も無くなるかも知れない) 伊藤は心の中で密かにほくそえむ、さすがに歌手相手なら犠牲者は出ないだろうと考えた。 そんな伊藤にティファニーは少し興奮した口調で命令をする。 「伊藤!早く行くデス、ティファニー待ちきれないデス」 心の中でムッとしたが、そんな気持ちはおくびにも出さず伊藤は冷静に答えた。 『コンサートは一週間後ですよティファニー様』 ティファニーは「早く言えデスゥ〜・・」と肩を落とした。 『とにかく全てこの伊藤にお任せ下さい』 『さぁさぁティファニー様、私と一緒に別室でコンサートのお勉強を致しましょう』 『権藤!あなたも一緒に勉強です』 伊藤はティファニー達を急き立てるように別室へ連れて行く。 その様子を秋子は寂しそうに見つめていた。 『今回は私の出る幕が無いのかしら・・・』 『そうだわ!』 何かに閃く秋子だった。 △ 伊藤は自分の部屋にティファニー達を連れて来た。 メイドや使用人を束ねる執事には、個人的な部屋があてがわれている。 勿論、単なるSPの権藤には部屋はない、 ロッカールームのロッカー一つのみが権藤に割り振られた空間だ。 「ここは伊藤のお部屋デス、こんな所で何を勉強するデス」 (こんな所で悪かったな)と思ったが、そんな事は顔に出さず笑顔で答える。 『まずは私のコレクションをご覧下さい』 そう言うと書棚の本の奥から隠してあったDVDビデオを取り出す。 ティファニーはそのDVDビデオを見ると、秋子との特訓を思い出して興奮した。 「い、伊藤!いやらしいやつデス、ティファニーにも見せるデス」 『ははは、違いますよティファニー様、これは私が行った杉平健のコンサートビデオです』 「なんだ違うデスか、ティファニーがっかりデス」 『いいですかティファニー様、客の基本行動はこのコンサートビデオで全てが分かります』 『ティファニー様はその一般客を凌ぐサービスをして、熱川キヨシのハートをがっちり掴んで下さい』 伊藤がDVDをセットすると、すぐにその映像が流れ始めた。 ティファニーはドキドキしながらその映像を見つめた。 応接室で見るテレビ画面より随分と小さかったが、映った映像にティファニーは釘付けとなる。 きらびやかな着物をまとった中年男性に、中年女性が黄色い声を張り上げている。 その様子はまるで野良実装が人間から、金平糖をデスデスと叫び奪い取ろうとしている様だった。 そんな中年女性に杉平が、歌いながら流し目を送ると中年女性達は、 『ギャァァァ!!』と、まるでマラ実装が射精する雄叫びのような声をあげ続けている。 興奮した何人かはステージによじ登る、スタッフが止めに入ったが間隙を縫って一人の中年女性が抜け出した。 紫の服を着た中年女性が杉平にプレゼントの一万円で作った首飾りを掛けた。 杉平はその紫色の服を着た中年女性を抱きしめると、流し目をその女性の目の前で止めた。 『健さまぁぁぁ・・』へたり込む紫女はその場で失禁をした。 慣れたものでスタッフがすぐにその紫女を抱え上げると、床のションベンを大きなモップで拭いた。 コンサート会場が嫉妬で『キイィィィ!』とハンカチを噛む者や、 『このションベンばばぁ!!』と言った怒鳴り声が響き渡った。 杉平はそんな醜悪な中年女性達にも優しく微笑み、次の歌を歌い始める。 「ファァァ・・これがお歌デス?」 「ティファニーの知ってるのとはだいぶ違うデス」 両手を頬に当てると背伸びをして、ティファニーは画面を食い入るように見続けた。 そのきらびやかなステージは、ティファニーにとって頭をバールで殴られたようなショックがあった。 『どうですティファニー様、楽しそうでしょう』 『まぁ熱川キヨシと杉平健では格が大分違いますがね』 そんな事を話していると、コンサートもラストに入り杉健サンバとなった。 杉平は中年女性の目の前まで来ると、一緒になって踊り始める。 中年女性達はまるで餌を求める鶏の様に、顔を前に出し少しでも近くで杉平を見ようと必死だ。 『こっちへ来てぇ!健さまぁ・・』 『プレゼントを受け取ってぇぇ』 『私のバラを取ってぇ』 『どけ、この豚女!健様が見えねーだろーが』 『チケット代の差が出たんだよ、この貧乏人が!』 席順やプレゼントをめぐりそこかしらで、小競り合いが始まり異様な雰囲気となって行く。 と、いきなり杉平はステージから客席に降り立った。 騒然とする客席、我先に杉平へ近づこうとコンサートは暴動状態になる。 杉平はプレゼントの札の輪を何本も掛けられ、その騒ぎの中心で延々と一心不乱に踊る。 いつしか客と杉平は一緒に杉健サンバを踊り始めた。 「サ・ン・バ・デッス♪熱く燃える恋デッスン♪」 「みんなおいでデッス♪踊るサ・ン・バ・デッスゥーン♪」 気づけばティファニーも杉健サンバを口ずさみながら、テレビ画面と同じ様に踊っていた。 杉平は両手を挙げてバックダンサーと最後のポーズを決めると、ティファニーも同じ様に終わった。 ティファニーにとってコンサートを歌って踊り、そのグルーブ感は初めて味わう快感だった。 あげた両手を降ろしても、ティファニーはまだ興奮冷めやらない。 「ハァハァ面白かったデスゥ・・ティファニー気に入ったデス」 『そうですか、それは良かった』 『ティファニー様の行くコンサートは、もっと若い歌手のものです』 『きっと気に入って貰えると思いますよ』 伊藤の言葉もティファニーには聞こえない。 手をブンブン振り上げ、伊藤に命令をした。 「違うデス!違うデス!もう一度ビデオを見せろデス」 伊藤は心の中で(まったく・・ティファニー様の我がままには困ったものだ)と思った。 『分かりました、しかしさすがにティファニー様ですね、 この歌手の良さが、一目で分かるなんて』 「当たり前デス、熊野小路ティファニーの名前は伊達じゃないデス」 伊藤がDVDリモコンのボタンを押すと、さき程の映像がまた流れ始めた。 最初の歌は「杉健でGO!」だった。 「杉健でGO!GO!デッス!」 「踊ってGO!GO!デッス!」 一心不乱に踊るティファニー、今度は最初からエンジン全開に歌って踊り始めた。 ふとティファニーは伊藤や権藤が黙って自分を見ている事が気になった。 「お前たちもティファニーと踊るデス」 顔をしかめ伊藤は『それはちょっと・・』と言ったが、その言葉に覆いかぶさる様に権藤が 『お任せ下さいティファニー様、権藤よろこんで踊らせて頂きます!』と叫ぶ。 (こ、このバカ男が!これだから力だけの男は・・) 睨みつける伊藤に権藤は全く気が付かない。 『こ、こうですか?ティファニー様、こうですか?』 「違うデス、こうデス、こうデス」 ドスドスと地響きをあげ踊る権藤に、ティファニーは身振り手振りで振り付けを教えた。 「伊藤!ボーっと何やってるデス!オマエェー!」 怒鳴りつけられ伊藤は『いえ、あの・・私も年なので、その・・』と、しどろもどろに言い訳をする。 「ティファニーの言う事が聞けないって言うデスか!」 「ワタシの言う事はお母様の言葉だって忘れたデスかぁ!」 『い、いえそんな事は決して、こ、こうですかティファニー様』 伊藤は秋子から同じ言葉を言いつけられ、それに従うように命令されている。 ティファニーの言葉は熊野小路家の執事としては逆らう事の出来ない物だった。 身振り手振りを真似てティファニーのご機嫌を伺う。 だがそんな伊藤を見てもティファニーはしかめっ面を崩そうとはしない 「・・・オマエにはやる気が感じられんデス」 図星を突かれ伊藤はギクリとする。 この事を秋子に言い付けられるのではと危惧した。 『杉健でGO!GO!GO!』 『踊ろうよGO!GO!GO!』 気持ちを切り替え、伊藤は一心不乱に杉健でGO!を歌って踊り始めた。 元から伊藤は杉平のファンである、踊りも歌も完全に熟知している。 夜な夜なDVDを見ては、こっそりと踊りも練習をしていた。 だがそれは一人の楽しみであって、誰かに見られる事は決してあってはならないと思っていた。 熊野小路家の使用人を束ねる執事としての威厳が損なわれるからだ。 そんな伊藤もティファニーには逆らえない、懸命に気に入られようとティファニーの前で踊った。 「伊藤もやれば出来るデス、その調子デス」 二人と一匹はテレビ画面を前に間抜けな振りで踊り続けた。 最初は嫌だった伊藤もやがて精神状態がハイになり(なんて楽しいんだ)と、思う様になる。 (そうか・・これだったんだ・・あのババア共がなんで狂った様に踊るのかは) 『「杉健でGO!GO!デッス!」』 『「未来が光輝くデッスゥ〜」』 歌が終わり画面から拍手が聞こえ、それがまるで自分達に送られている様だった。 『ティファニー様、この伊藤はじめての快感でした』 『熱川キヨシのDVDも今すぐ買って来ますので、今夜は一緒に踊り明かしましょう』 ティファニーはうんうんと頷く。 「さすが熊野小路家の執事デス、この事はお母様にちゃんと報告しておくデス」 伊藤は深々と頭を下げ『お心遣いありがとう御座います』と礼を言った。 △ ここは熱川キヨシの芸能事務所、キヨシとキヨシのマネージャー、そして社長が何やら話し込んでいた。 その表情はハツラツとした笑顔が売りのキヨシからは、想像も出来ない暗い顔だった。 『それじゃ社長、次の新曲は当分は先って事ですか』 ボソリと話すキヨシに社長は冷たく言った。 『仕方が無いだろう、君の人気を考えれば新曲を出す危険は避けたいのだよ』 『良いかい、前の歌の売り上げはうちの会社一の売れっ子歌手「杉平健」の100分の一以下なんだからね』 『スケジュールだって白い所が目立つ、いつまでも君にかかずらわってるわけには行かんのだ』 キヨシはガックリと肩を落とす。 約束では年末に新曲を発表する筈だった。 それなのに紅白出演が決まった杉平健に事務所は掛かりっきりになってしまう。 『杉平さんと比べられたら仕方が無いですね』 キヨシは常日頃から杉平らに可愛がられている。 大恩ある先輩の名前を出されると、キヨシは大人しくなってしまう。 そんなキヨシを見てマネージャーがチクリと嫌味を言う。 『そんな弱気だから、売れる歌も売れないのよ』 『うん・・・・』 何も言い返せないキヨシにマネージャーは、ため息を付いた。 この女性はキヨシのマネージャーでもあるが、歌手「熱川キヨシ」のファンでもあった。 歌唱力やルックスは売れるに十分な資質を持っていると確信もしている。 それなのに本人の何を犠牲にしても売れてやるといった、プロ意識が欠けていると感じていた。 何につけても一歩引いて相手の事を考えてしまう。 普通の人間としてはそれで良いかも知れない、だがキヨシはプロの歌手なのだ。 そんな事ではこの厳しい業界を生き抜く事は不可能だ、マネージャーはそれが心配で堪らなかった。 社長の携帯が鳴った、出るとその携帯に向かって社長は何度も頭を下げている。 (どこのお偉いさんだろう)キヨシはその様子を見つめた。 『おい!今度のコンサートに熊野小路家の方が訪れる事が決まったぞ』 『熊野小路家?・・・』 熊野小路家と聞いてキヨシは数ヶ月前、日本中で話題となったティファニーを思い出す。 そのコンサートはチケットが半分しか売れず、赤字を出しているコンサートだった。 『チャンスだぞキヨシ!ここで熊野小路様に気に入って貰えれば、スポンサーとなってくれるかも知れん』 『くれぐれも失礼の無いように、気を配って接するんだぞ』 キヨシは『はぁ』と気の無い返事をした。 そんなキヨシにマネージャーは『あなたはプロなんでしょ』と、語気を強くして怒り出した。 『プロなら相手が誰だろうと、やってやるって意識を持ってちょうだい』 唾を飲み込むとキヨシは『そうだね僕はプロだからね、相手が実装石だろうがやってやるよ!』と返した。 その時キヨシの背筋がゾクリ寒気を憶え「クシュン」とくしゃみをする。 『どうした風邪か?』 社長の問いにキヨシは『いやあれ?なんか急に背筋が寒くなって・・』と答える。 『しっかりして下さいね、熊野小路様がいらっしゃるコンサートの前なんですから』 『全くだ、大事なコンサート前の体なんだからな、ガハハハ』 『そうですわね社長、ホホホホ』 キヨシは首を捻ると(なんだろうか・・嫌な予感が)と言い知れぬ不安が頭をかすめた。 続く
