『 なんだ……? 』 モドキ達が蠢いている敷地内建物の最上階。 一角が総ガラス張りになったマンションの10階。 そこから見下ろし、俺に向かって微笑みながら手を振る女の子が一人。 時間にして数秒だろうか。 俺は女の子に気を取られてしまっていた。 『 …っと、あんなのに構ってる場合じゃない。 』 だが俺は我に返ると女の子の笑顔を無視し、再び敷地内を見回し始めた。 今日、此処に来たのはモドキ達の行方を徹底的に調べる事だったから。 あの敷地周辺は全て高い壁で囲まれており、正面ゲート以外に出入り口は無い。 それに建物のエントランス周辺にも何かしらのセキュリティが備え付けられているだろう。 更に頭上から見て分かったが、出入り口以外にも敷地内には作業着を着た職員らしき人影が見える。 どれも体格の良い者達ばかりであり、守衛と同じ役割を持っているのであろう。 強引に入り込もうとしても建物内に辿りつけると思えない。 そしてこれだけの警備だ、人知れず忍び込むのも困難だろう。 まぁ、忍び込むつもりは無かった。 ただ、これだけ厳重なセキュリティである以上、それだけのモノが中にある。 でなければセキュリティの意味が無い。 その確認ができただけで十分だった。 そして1時間程眺めていて気付いたのは、出入りする者達。 俺が見ているだけで2人程、正面ゲートから中へ入っていった。 行く先は当然、建物内。 その2人、各々の手には一目でそれと分かるケージ。 中は流石に見えなかったが、何が入ってるかは確かめるまでも無い。 『 なるほど、あのブローカーの仲間か……。 』 何しろ、これだけのモドキだ。 集めるからには相当の人手が必要なのは間違い無い。 一人一人が集めてこられるモドキは少なくとも、これだけの人手を集めれば問題は無い。 あのブローカーも所詮は只の働き蜂だったということか。 更にどれだけ見ていただろう。 とりあえず、モドキの行く先がこのマンション内であるのは間違い無い。 ブローカーが何処へ集めていたのか、それが分かっただけでも上等だ。 俺はこの結果に満足し、手伝ってくれたダチ2人に何を奢ってやろうか…… 今日はこの辺にして、一度引き返そうかと思ってきた時。 『 ん…? 』 そういえば、と10階の総ガラス面の方を見上げた。 …… 頭上の女の子はまだ俺の方を見ていた。 かなりの時間が経っている筈なのに。 さっきの笑顔は消えていた。 代わりに今すぐにでも泣きそうな顔になっていた。 その顔は俺に何かを訴えかけているようだった。 この距離からでも悲痛な顔をしているのが分かった。 『 ぐっ……。 』 そんな顔で見られていては、流石に俺としても気不味く感じてきたわけで。 『 …ったく、仕方ねえなぁ。 』 俺は渋々片手を上げ、女の子に向けて軽く手を振ってやった。 ……! 女の子の顔が、ぱぁっと明るくなるのがここからでも分かった。 ……!……! そして女の子は、再び片手を俺に向かって勢いよく振り始めた。 俺に手を振って貰えたのが余程嬉しかったらしい。 飛び跳ねて喜んでいる。 跳ねるたびに、その長い黒髪が弾んでいる所まで見えた。 『 おいおい……そんなに手を振ったら肩が抜けるぞ…? 』 自然に俺も笑っていた。 女の子の笑顔を受け、俺も笑っていたのだ。 『 はは……どうだい。 』 無意識のうちに、誰にと言うまでも無く独り言を洩らしていた。 『 俺にだって……虐待派の俺にだってな、人の情くらい持っているさ…。 』 女の子に応えて俺は手を振り、更に女の子は手を振り返す。 他愛無い遊びかもしれない。 面白みも何も無い、遊びと呼べる程でも無い。 だが俺は女の子との遊びに時間が経つのを忘れ… 何時の間にか、この場所へ来た目的さえも忘れてしまっていた。 それから3日続けて、俺は隣の建物から敷地内を観察していた。 ブローカーらしき人間が1日に何人かケージを持って中に入っていく。 そして暫くして出て行く。 それ以外の人の出入りはそれ程多くない。 ブローカー以外はマンションの住人が車で出かけたり、ゴミ収集車が出入りするくらいだろう。 そして3日連続で観察していて気付いたこともある。 中に連れられて行くモドキはいても、外へ出て行くモドキは居ない 『 …いや、多分アレに乗ってるんだろうな。 』 また正面ゲートを抜けて出て行く青い色のゴミ収集車。 虐待されてブチ殺されたモドキ達が、唯一この建物から出て行く時。 肉の塊となって解放される瞬間だ。 『 ……あ。 』 視線を感じ顔を上げると、やはり10階から女の子が俺を見ていた。 いつもの笑顔で俺に向かい、手を振っていた。 " こんにちは " 何かしら語りかけ、口を動かしているのが分かる。 この距離でしかもガラス越し。 当然声が聞こえる筈も無いが、そんな風に挨拶をしているのだろう。 そして女の子は空に向けて指を差した。 " 見て " その方向には、巨大な雲が見える。 青い空にとっても大きな雲が浮かんでいた。 そして女の子は両手を一杯広げて、振り回し…。 " 大きい " ジェスチャーから、多分そのような意図なのが分かった。 『 ……あぁ、そうだな。 』 付き合って俺も両手を広げ、同じようにジェスチャーをしてやった。 ……♪ 女の子は、そんな俺の行為が嬉しかったのか、更に笑顔を浮かべていた。 この三日間、建物内を隣から観察しつつ、時々女の子の相手をしてやっていた。 単に観察をするだけなら他の場所からでも構わなかった。 だが、何となくこの場所から離れられなかった。 しかし今となっては理由なんて明白だ。 それが女の子との拙いコミュニケーションを楽しむためなのは否定できなかった。 まぁ、俺なんかでも相手になるのなら、と思う。 女の子がガラス越しに指を差し、俺がそちらを向く。 雲だけでなく家や建物、車やバス、山や川。 その対象は大きかったり、長かったり、丸かったり、四角だったり…。 対象が変わる度に、女の子は両手を一杯に使ってジェスチャーをした。 そして俺も、そのジェスチャーを真似て付き合ってやった。 すると女の子は必ず笑顔で応えてくれた。 『 しかし、なに考えてんだよ。あそこの連中は……。 』 そんな女の子の笑顔を見ていて、逆にふつふつと怒りが湧いてくる。 秘密裏にとはいえ、モドキの虐待をしてブチ殺して楽しむ場所に子供を入れてどうするんだと。 確かに普通のマンションだから子供が居ても不思議は無い。 多分、あの建物のどこかで虐待がおこなわれ、その他は普通の居住区なのだろう。 虐待とは全く無縁の人達が住んでいるに違いない。 単なるカモフラージュかもしれないが、それでも周りには気を遣えと。 小さな子には見せる必要の無いモノだ。 だから願わくば、虐待なんて縁の無い場所に暮らして居て欲しいと思う。 …そう、この先ずっとだ。 あの子と実際に会って名前を聞きたいとか、話したいとか、そんな気は毛頭無い。 今の俺と女の子の距離が最も幸福な状態だろう。 これ以上距離が縮まる必要は無い。 暫くすれば顔を合わせることも無いだろう。 それが俺にとっても…あの子にとっても一番の幸福だから。 やはり俺は自信を持って言える。 あんな可愛らしい笑顔の子には幸せな人生を送って欲しい、と。 仮にダチ2人がここに居ても同じように感じてくれるだろう。 どんな虐待派だって、あんな笑顔の子には幸せを望む筈だ。 今日で、あの建物の観察は終わった。 知りたいことは知ったし、確認を終えた以上、ここに来る必要も無い。 そして俺は帰ろうと荷物の片付けの準備に入った時。 女の子は人差し指を伸ばし、ガラスの上を勢い良くなぞり始めた。 『 ん…。 』 右になぞって、左に……左から上へ…。 『 何やってんだ……? 』 あの子が一生懸命何かをしているのは分かる。 もう今日は何も用事は無く、だから少しくらい付き合っても良いかと感じていた。 『 "く"……"も"……? 』 女の子の指先がなぞった軌跡は、ひらがな二文字に酷似していた。 俺は首を縦に振って納得した様子を見せ、回答代わりに空の雲を指差した。 ……!……! 俺が理解したと察するや、女の子は一層嬉しそうに微笑んだ。 それから女の子はガラスにたくさんの文字を書いた。 " そら " " とり " " もり " " かわ " " みち " … 多分、覚えたての文字を使えて喜んでいるに違いない。 女の子は飽きることなくガラスに文字をなぞり、 俺はそのなぞられた軌跡から女の子の意図を読み取って、それを指差して答えた。 今日でここに来るのも最後だ。 だから最後に、もう暫く遊んでやっても良いだろうと思った。 …しかし不思議なことだ。 遊びたいのなら外に出れば良いし、そもそも俺なんかより同年代の友達と遊べば良い。 だが外には出ないし、よく考えてみればあの子以外の姿が見えない。 あの10階の、少なくともガラス張りの一角には他に人影が見えない。 『 まぁ、たまたま人の居ない時間帯なんだろうな……ん? 』 簡単な言葉に飽きたのか、女の子は何か難しい字をガラスに書こうとしている。 〜〜!〜〜! 5文字か6文字。 しかし、今までのとは異なり難度が高く、俺にはなかなか分からない。 『 " あ "……いや、" お "?それに" さ "……か? 』 さっぱり分からない。 その時気付いたのだが、女の子は文字を書くのに夢中になって此方を見ていない。 だが俺は丁度良いタイミングでは、と感じた。 ゆっくり荷物のバッグを持ち上げると気付かれぬよう、聞こえる筈も無いが別れ言葉を。 『 ……じゃあな。 』 俺はこの場を立ち去る前に、もう一度だけ女の子に向けて手を振ってやった。 ……♪ 女の子は、まだ字を書くのに夢中になっている。 俺が手を振ってやったのも気付いてない。 『 はは………国語の勉強、頑張れよ。 』 そして背中を向け、足早にその場を後にした。 気付いた時、俺はもうそこには居ない。 しかし、あの子はまた明日も俺に会えると思ってるかもしれない。 今度は何をして遊ぼうかと思っているのかもしれない。 けれども明日から、俺はもうここに来ない。 もうこの先、あの子の顔を見ることも無いだろう。 明日になり、俺の姿が見えなければ不思議に思うかもしれない。 少しは寂しいと感じてくれるかもしれない。 しかし直ぐに忘れてしまうだろう。 俺のことなんか綺麗に忘れて、家族や友達との生活に戻るだろう。 そして俺とは無縁の世界で暮らしていくだろう。 俺もまた、あの子とは別の世界で暮らしていくだろう。 だが、それで良いと思う。 なんていうか…仮に目の前に居たら、あの子の顔を正面から見れないかもしれない。 あの笑顔は、自分には勿体無いと思う。 実装石やモドキの虐待に心底浸かってしまった俺に、あんな笑顔をされると辛い。 愛護派から罵倒される方が万倍マシだ。 虐待派と呼ばれる人種にとって、最も辛い仕打ちでは無かろうか。 しかし、その一方でいつまでも笑っていて欲しいと思う。 俺みたいな虐待派から遠く離れた世界で、何時までも笑っていて欲しい、と。 そして何時までも幸せで居て欲しい。 あんな眩しい笑顔の女の子にこそ、幸せな未来を…… 『 ………あれ。 』 眩しい…? 何かが心に引っかかった。 あの女の子の笑顔……前に、どこかで見た気がする。 『 ……そんな訳無いよな。 』 苦笑し、その疑念は直ぐに打ち消される。 俺は、この屋上を後にした。 もう、この場所へ戻ってくることもないだろう。 階段を一歩踏み下りるたびに、身体の奥底からドス黒い感情が染み出てくる。 あの敷地内にいるモドキ達が、どんな死に様を見せてくれるのか。 身体を少しづつ切り刻まれ、簡単に死ぬことすら許されない。 最初は泣きながら助けを請うのだろう。 しかし途中からは命乞いは別の願いに変わってくる。 …殺して欲しい、と だが、まだ殺さない。 ありとあらゆる苦痛を遭わせ、絶望の底へ突き落としながらゆっくりと殺してやりたい。 『 ククッ…。 』 俺の口元に笑みが浮かぶ。 妄想しているだけで身震いが……手に震えが生じる。 薄暗い階段を一歩踏み下りるたびに、ドス黒い感情は俺の中を満たしていき… 階段を降り切った頃には、女の子のことを完全に忘れていた。 『 よぉ、待たせたな。 』 初めて俺達が会った時から3ヶ月。 それまで冷たい風の吹いていた公園も今は過ごしやすくなっている。 『 あぁ、お疲れ様だ。…それが今回の収穫か? 』 『 そうさ……ほら、こっちに来いっ! 』 再び訪れたモドキの納品日。 しかし今回は違っていた。 ブローカーの男が、俺の連れてきたモドキを見て意外な表情を見せる。 「 は…はい……で……すぅ… 」 首にくくりつけられた首輪に息苦しく振舞うモドキ。 サイズとしては成体には及ばない中実装レベル。 生後既に数ヶ月経っているものの、過度のストレスのためか成長は遅れている。 コイツこそ1番モドキだ。 俺は昔から美味しい物は最後まで取っておく主義だった。 本来ならコイツを思う存分に虐待し、欲求を満たすつもりだが生かしておいた。 捕獲してきた仔モドキ達の世話係という意味もあった。 しかし本当の理由は最後の切り札として取って置きたかった。 こんな時のために 『 納品する以上、余り手荒に扱って欲しくなかったのだが…。 そういえばこの固体、珍しく成長しているようだな? 』 『 そりゃ、そうさ。 今までずっと俺が預かっていたんだからな。 』 『 …どういう意味だ? 』 『 コイツはな、アンタ達が探していた最高級のモドキだ。 』 『 なんだと…!? 』 『 俺と始めて会った時、モドキを知らないかって聞いてきたよな? 』 『 ま、まさか……このモドキが…。 』 『 …そうさ、あの時探していたモドキがコイツだ。 』 週に数匹の仔モドキを預けられ、世話をさせられ、取り上げる生活。 どれだけ大切に育てようが強引に奪われる日々。 その度にこの1番モドキはバスルームで声を殺して泣いていた。 けれども新しい仔モドキを預けられれば、否応無く世話をせねばならない。 一応、メシだけはちゃんと食わせてやったが、精神的ストレスは別だ。 そういえば俺が捕まえてきて以来、バスルームから出したことが無かった。 こうして外出するのは初めてだった。 そのために足腰は弱っていた。 一日中光の指さない部屋に閉じ込められれ、顔色も悪くなっていたのに今更気付いた。 『 多少品質は落ちているが、それでも最高級の個体に変わりは無いだろ? 』 『 あ、あぁ……そうだな。 では、その個体の見積もりについてだが…。 』 『 いや、金は要らない。その代わりに頼みを聞いて欲しい。 』 『 なんだ、一体? 』 『 俺も連れていって欲しい。 』 『 どこにだ? 』 『 …とぼけるなよ。コイツらモドキ達を連れて行く、あの建物だ。 』 俺の希望を耳にし、いつも冷静なブローカーの言葉が詰まった。 『 俺のダチに頼んで、渡したモドキをどこに連れて行くか調べて貰ったよ。 例のガードの固い高台にある10階立てのビル……だろ? 』 『 ……しかしキミが、そんな場所へ行ってどうすると言うんだい? 前にも言ったが、モドキ達は全て愛護派に売りつける商品だ。 虐待派のキミが、幸せに暮らすモドキ達を見て、どうなるというんだ…。 』 『 はは……とぼけんなよ…。 』 僅かに怒りを含めた嘲笑を向ける。 『 例えばコイツなんか、どうなるんだよ…! 』 「 でぇ…! 」 首を絞めるくらい思い切り紐を引けば、1番モドキが苦しげに呻きを洩らす。 『 コイツなんか既に、年齢的には成体実装だ。 なのにアンタは、それでもコイツを買おうとした。 』 『 あぁ…。 』 『 愛護派がペットとして飼うには育ち過ぎている……違うか? 』 『 …中には、そんな愛護派の人達もいるさ。 』 『 そんな現実味の無い嘘より、虐待のためと言い切ったらどうなんだ? 』 再びブローカーは言葉を詰まらせる。 『 今までアンタの言う事を真に受けていた俺が馬鹿だったよ。 この世の中にそんなにモドキ好きな愛護派がいるとは思えない。 』 『 …まぁな。 』 『 なのに大量のモドキが、今もあの建物に集められている。 』 『 そうかもな。 』 『 中ではどんな虐待がおこなわれているんだ? 』 『 ……。 』 『 俺の交換条件は一つ……あの建物の中を見せてくれるように交渉してくれ。 それがコイツを引き渡す条件だ。 』 ブローカーは言葉を詰まらせたまま、何かを考えているようだった。 その視線は俺が連れてきた一番モドキ。 そしてその表情は目に見えて険しくなり…。 『 …最近モドキの仕入れが少なくなっていたのは、そういうことだったのか? 』 『 は…? 』 『 君は……モドキを虐待したのか…!? 』 男の声が震えている。 怒り、悲しみ、驚き……あらゆる感情が混じった呻き。 『 ……まぁな。 』 『 なぜ虐待した…!? モドキと言っても、人間の血が流れているんだぞ!? 』 『 だが、人間じゃない! 』 この際だから、と俺ははっきり言ってやった。 『 何のことは無い、こいつらモドキはな、人間の血が多少混じった単なる実装石さ!! 実装石を虐待して何が悪い!!! 』 公園内に俺の声が響き渡る。 そんな俺の声に気圧されてかブローカーは肩を落とし、力無く視線を落とした。 『 …私の祖父は正しかったのか。 』 『 ん…? 』 『 所詮、人間なんて……虐待派なんて、こんなものか……。 』 『 何言ってんだ、アンタ? 』 すると男は携帯電話でどこかに連絡を始めた。 通話相手は、おそらくあの建物の関係者であろう。 目標のモドキの確保報告と、俺という人間の施設内立ち入り許可を求めていた。 その交渉は難航したらしく、結果が出るまで軽く15分。 『 …中を見るだけで良いんだな? 』 結論が出たらしい。 『 あぁ、見物させてくれるだけで十分だ。 中でどんな地獄が繰り広げられているか……それを見せてくれ! 』 通話後、俺はそのまま一番モドキと共に連れて行かれた。 見物だけという条件付きだが、それでも俺にとっては期待に胸を膨らませるに十分だった。 『 君が例の提供者かね…。 』 やはり、というか連れて来られたのは広大な敷地に10階立てのビルの有る場所。 その正門の前で俺を出迎えたのは50過ぎのメガネをかけた男だった。 白髪交じりで見るからに神経質な印象を与える人物。 その脇には、守衛と思しき体格の良い男が2人。 『 あぁ、そうだけどアンタは? 』 『 私はこの施設の責任者で、所長を勤めている。 で、例の件だが…。 』 男は全力で苦々しい顔をして溜息をついた。 『 本来なら本施設に、部外者が立ち入るのは決して許されない。 これは大原則であるが今回は特例だ……その意味をよく理解して貰いたい。 』 『 そんなに大層なモノなのかよ? 』 『 あの貴重な個体を提供してくれなければ、君など決して入れない場所だ。 』 『 そういうことさ、あんな虐待し甲斐の有りそうなモドキなんて滅多にいないぜ。 』 『 …ついて来なさい。 』 話も途中で切り上げると、俺は所長と共に正門を抜けて敷地内へ入っていった。 『 いやがる、いやがる…! 』 建物の外、例の芝生には貴重なモドキがどっさりいやがる。 でき得ることなら、一日かけて暴れ回りたいところだ。 正門を抜けてビルまでに至る間、俺は更に期待せずにいられなかった。 『 ……入る前に言っておく。 』 ビルのエントランスの前で立ち止まった所長が、最後の釘を刺した。 『 君は見物にしに来ただけであって、それ以外は認められていない。 』 『 あぁ、そういう約束だ。 』 『 約束が守られない場合は、即出て行ってもらう。 』 一歩前に出て、所長が扉脇のボタンに何桁かの数字を打ち込む。 そしてセンサーらしき機器の上に指を置いた。 カチッ ロックが外れて扉が開く。 俺は夢にまで見た建物の中へ足を踏み入れた。 『 ……え? 』 入って直後、俺は目の前の光景に固まってしまっていた。 「 ですですぅ♪ 」 「 です〜! 」 「 ですですぅ〜ん♪ 」 フロア内はモドキ、モドキ、モドキが一杯。 廊下を、ロビーを、あらゆる場所をモドキが占拠していた。 そして一番気に食わなかったのは、モドキ達が幸せに満ちた顔をしていた事。 ロビーでは、モドキ用にサイズが調整されたソファにモドキ達が腰掛け、 ティーカップに淹れた紅茶を楽しんでいる姿が見える。 絨毯の上で仔モドキ達が集まって寝そべり、一冊の絵本を読んでいる。 生まれたばかりらしき仔モドキを抱き寄せ、仔守歌を口ずさむ親のモドキ。 他にも様々なモドキ達がいたが、共通して言える事は幸せの絶頂にいる点。 この世の春を謳歌していた。 『 ほら、もう大丈夫だよ…? 』 所長が、俺の連れてきた一番モドキの首輪を外し、他のモドキ達に紹介しようとしていた。 「 こ、ここは……どこなのですぅ…? 」 『 これから仲間達と仲良く暮らす場所さ。 ……ほら、君の友達が来たよ? 』 すると一匹の仔モドキが、走ってくる。 走ってきた仔モドキは、一番モドキに勢い良く抱きついた。 「 あいたかったてちゅ〜! 」 「 い、いきてたのですぅ!? 」 『 ……もしかしてアイツ! 』 一番モドキに抱きついた仔モドキは、前回俺がブローカーに引き渡した仔モドキだった。 「 おねえちゃん、よく来たですぅ 」 「 わたしも会いたかったですぅ〜♪ 」 他にも何匹かのモドキが一番モドキの近くに集まってきた。 そう、そいつらもまた俺が以前ブローカーに引き渡したモドキ達だ。 「 み、みんなも生きていたですぅ!? 」 一番モドキが驚くのも無理は無い、というより俺も驚きだ。 「 ここに来たら、もうだいじょうぶですぅ 」 「 もう何も心配することないですぅ♪ 」 何匹ものモドキ達が一番モドキの手を取り、慰め、元気付けていた。 「 で……でぇぇん………でぇぇん…… 」 それに感激したのか、堰を切ったかのように泣き始めた。 今まで張り詰めていた緊張の糸が切れた如く。 「 おねえちゃん、おねえちゃん!これを見て欲しいですぅ! 」 泣き続ける一番に声をかけたのは、お腹が大きく膨らんだ一匹のモドキ。 自分の大きなお腹を撫でながら、モドキは話しかけた。 「 わたしにも仔供ができたですぅ…♪ たくさん産んで、これからはみんなと一緒に、幸せに暮らすですぅ♪ だから泣いては駄目ですぅ〜。 」 しかし、それは更に涙の量を増やす結果にしかならなかった。 今までの一番モドキの功をねぎらい、他のモドキ達も感激して貰い泣きをしている。 自分達の面倒を見てくれた一番モドキに、皆が感謝をしていた。 『 はは……なるほど、そういうことかよ。 』 それを見ていて、俺はある事を確信した。 『 どうかしたのかね? 』 『 とぼけるなよ、これは要するに上げ落とし虐待の" 上げ "なんだろ? 』 虐待をやってる者なら、ほぼ常識化された" 上げ落とし "。 要するに出来得る限り幸せな状態に上げておいて、後で一気に落とす虐待だ。 極めてオーソドックスだが、多くの虐待派に愛用される非常にメジャーな手法でもある。 『 これだけコイツらを幸せ状態にしておいて、真っ逆さまに叩き落とす…。 まぁ、捻りは無いが悪くも無いな。 』 『 何を言ってるんだね、君は? 』 そんな俺の類推をあっさりと所長は切り捨てた。 『 だから俺には分かってるって。 表では、こうしてモドキ達を世話しておいて、裏では虐待しまくってるんだろ? んで、ブチ殺しまくってるわけだ。 』 『 はぁ〜……。 』 そんな俺の言葉に、所長は額に指を押し当てて呆れた表情を浮かべた。 大きな溜息をついて言葉を失った。 『 隠しても無駄だぜ、俺にそんなカモフラージュは… 』 『 こちらに来たまえ。 』 話を途中で遮り、所長はフロアの最も奥へ俺を案内した。 『 哀しいことだが、昨日亡くなった子がいる…静かに見ていなさい……。 』 『 何がだよ……って、何だコレ…? 』 最も奥の部屋の重厚な印象を受ける扉を、所長が僅かに開けて中を覗き込む。 続いて俺も中を覗き込んで驚く。 その部屋は礼拝堂だった。 勿論、本当の礼拝堂に比べて簡素では有ったが、最低限の物は用意されている。 色とりどりのステンドグラスにサイズが小さめのパイプオルガン。 中央の祭壇に灯された蝋燭、そしてマリア像と十字架。 『 なんで、こんな所が……あ! 』 祭壇の前に棺桶が一つ。 その傍に、モドキが一匹いた。 「 ままぁ………ままぁ……どうして死んじゃったんですぅ… 」 「 てちゅちゅ…? 」 一匹の成体モドキが、その胸元に仔モドキを抱きしめつつ、棺の中を見て泣いていた。 棺桶の中には様々な花が敷き詰められており、モドキが一体横たえられている。 横たえられたモドキは胸の前で手を組み、安らかな寝顔を浮かべていた。 『 確かに我々の力が及ばず亡くなってしまう子もいる……嘆かわしいことだ。 』 扉の前で、所長は哀しげに呟いた。 『 だが、せめて埋葬だけは手厚くしてやらねばならない。 それが私達の責任であり、義務であると思っている。 』 ( バタン… ) 扉は静かに閉じられ、俺の視界からモドキの葬式が消えた。 『 は……ははは…… 』 『 ん? 』 『 はは……ははははははは!! 』 笑っていた。 俺は可笑しくないが、可笑しすぎて自然に笑っていた。 そして一頻り笑った後、こみ上げてくるのは単純な怒りだ。 『 お、おまえら馬鹿じゃねえの!? たかがモドキなんかに、これだけの世話をして養って、挙句の果てに葬式だ!? 何考えてんだ、一体!!! 』 『 何がおかしいのかね? 』 『 だから、なんでモドキ如きにここまでする必要が有るんだ!? 』 『 如き…だと? 』 所長の眉が曇った。 『 あぁ、たかがモドキ如きだ! あんなのは所詮、人間の血が多少入った実装石だろ! おかしいのは、アンタらの頭の中身じゃないか!! 』 『 …だから見せたくなかったのだ。 』 そんな俺の罵声を、所長は興味無さげに聞き流すとあっさり背を向けた。 『 虐待派という人種は本当に単純だな。 前にも君の他に大勢の虐待派がこの建物の中に入りたがっていたよ。 それで様々な手段を講じてこの中に入り込み、誰も彼も、10人が10人、君と同じ反応をした。 全く……くだらん連中だ。 』 『 な、なにぃ…? 』 『 あの子達を救済するために我々が集まり…そして、この施設は建てられたんだ。 』 廊下を所長が歩いていき、それに俺が続く。 『 あの子達は本来なら人間と同等に扱われてもおかしくない存在だと思っている。 』 『 …ハァ? 』 モドキが人間と同等だと? 『 当然、今の社会でそこまでの地位向上は不可能だ。 だからせめて、このような施設で引き取って面倒を見ている。 あの子達は、我々人間の犠牲者だ…せめて、それくらいせねば罪滅ぼしにならない。 それが、この施設の存在意義だ…。 』 駄目だ。 コイツらは絶対脳みそがイカれてる。 馬鹿共に付き合っても仕方が無い、帰るか……と、その時大切な事を思い出す。 『 …ちょっと待てよ。 なら、俺が今日連れてきたモドキはどうなるんだ? 』 『 当然、我々が引き取る。 君を見てると今まであの子が非常に苦労してきたのは、容易に想像がつく。 これからは今までの分を取り戻して幸せにならないとな…。 』 『 ふ……ふざけんな!!! 』 余りの身勝手な言い草に思わず俺はブチ切れた。 『 俺はな、モドキ達の大虐待ショーを見たくてお前達に渡したんだ! なのに、これで渡せるわけないだろ!! 』 『 最初に私は君に断ったはずだ。 私達は施設の中を君に見せる、そして君は我々にあの子を渡す、とね。 別に虐待を見せるなんて一言も発しちゃいない。 』 『 う……うるせぇえええ!!! 』 叫ぶより早く走り出していた。 施設の廊下の中、俺は全速力でモドキの間を縫って走っていく。 「 で、ですぅ!? 」 「 なにが起こったです? 」 糞ムカつくモドキ共が振り向くが、今は構ってられない。 俺の考えてる事は、ただ一つ。 一番を…一番モドキだけは俺の手で……! 広い施設とは言っても、走れば10秒かからない。 俺は最初に入ったロビーの方へ辿りつき、その空間の中をギラついた目で見回す。 『 ……! 』 間抜けな顔をした一番モドキと、そのお仲間モドキ達がまだ同じ場所にいやがった。 突然奥から駆けてきた俺と、一番モドキの視線が合う。 余程、俺の顔が怖かったのだろう。 視線が合うなり、一番モドキの表情が強張り、一瞬で恐怖に引きつる。 その顔は良い……最高だ。 誰もお前を他の奴らになんか渡さない…! 駆け出し、捕まえようとする。 しかし、そんな俺を背後から誰かが押さえつけてきた。 『 いい加減にしないか! 』 守衛の奴らが2人。 がっしりと背中から俺を押さえつけ、これ以上前に進ませようとしない。 『 は、離せ、離せええええ!!! 』 俺はあらん限りの力を振り絞って抜けようとするが、敵わない。 こんな時のための守衛らしく、悲しい事に俺では全く歯が立たない。 そして俺は惨めにも床に顔を押さえつけられる羽目となった。 情けない無様な格好を回りに晒し者状態だ。 その時、俺の耳に呟きが届く。 「 …いい気味ですぅ 」 声が聞こえた。 小さな控えめの声。 しかし、俺が聞き取るには十分な声。 俺は押さえつけられながらも顔を無理やり上げて、モドキ達を睨み付けた。 『 だ、誰だ…!? 今、俺のことを笑った奴は誰だ!!! 』 その場にいた、ロビー中のモドキ達が全て俺を見ていた。 どいつもこいつも同じ顔で、大小さまざまなモドキ共が俺を見ている。 『 今、笑った奴は誰だあああ!!!??? 』 そして更に許せなかったのは視点の高さだ。 たかがモドキの癖に、この俺を高い位置から見下ろしてやがる! 『 所長、こちらです! 』 『 うむ、間に合ったようだな…。 』 そして背後から数人の靴音と所長の声。 更にこれだけの人数に囲まれては本当に手も足も出ない。 『 外に放り出しておいてくれ。 』 見えない位置で、所長が他の守衛達に指示を出した。 俺は無理矢理立たせられると、建物の出口に引きずられていく羽目になる。 『 放せ!放せ!!放しやがれってんだ!!! 』 しかし守衛は無言で俺を引きずるだけだ。 モドキ達と俺の距離は、どんどん離れていく。 『 こんなの、こんなの許せるかああああ!! 』 どれだけ力を込めても、守衛達の腕は振り切れない。 俺が殺すべきだったモドキ達は小さくなり、視界から更に遠ざかっていく。 こんなの絶対に間違ってやがる!! 畜生! 畜生! 畜生! 殺す! 殺す! 殺す! 『 な、なにがだ……! 』 唯一自由に動かせるのは口のみ。 建物から放り出される最後に、俺はありったけの力を振り絞って叫んでやった。 『 なにが愛護派だ! なにが義務と責任だ!! この偽善者どもっっっ!!! 』 < 付記 > 本作品中の実装石虐待派は2つに分かれる。 一方は主人公の仲間2人を初めとする虐待派。 彼らは実装石を虐待し、その悲鳴と絶望、そして肉塊の生産を娯楽としている。 もう一方は主人公が足を踏み入れようとしている領域の虐待派。 一般の人間から見れば、両者の違いなど無きに等しい。 どちらも実装石を虐待、もしくは殺す。 その意味合いでは同一と言えよう。 しかしブローカーの男は祖父から両者の違いを聞かされていた。 経験豊かな猟師は人間の本質に気付いていたのだ。
