男の人生の楽しみといえば、飲む、打つ、買うということになっている。 私も若かりし頃には人並みにそうやって遊んだものではあるが、若槻さんには到底規模でかなわなかった。 若槻さんは私より2,3歳年上で何かと破天荒な人であった。 実家が造り酒屋をやっており、そこで働いていた。 そういう関係もあってだろうか、何かと時間と金を持て余しており色々な「遊び」に私を連れまわした。 私もそういったことが嫌いなわけではなく、連れまわされることが本当に楽しみだった。 フェミニストは眉をしかめるかもしれないが風俗にもよく連れ立っていったし、海外に女を抱きにいったこともある。 そういったある日、二人で酒を飲み交わしながら色々なうまい物の話をしていた。 「やっぱりあれですよね、本当に旨いんだったら牧場ができてるはずですよね。 狸だとか鹿だとか。 ああいったのは珍味であってやっぱり牛や豚より旨いもんじゃないと思うんですよ」 「なんだい、食ったこともないのに偉そうに文句言うねぇ」 「文句は言ってないですよ。ただまぁ、一度食えば十分かなぁって話ですよ」 何気ない酒の席の話であった。 芸術を知らずに芸術論を交わしているようなものである。 砂上の楼閣の上に梁を立てて塔を積み重ねているわけだ。 それは言ってみれば話だけが楽しいのであった中身に大した意味はない。 その筈だった。 「じゃあさ、お前、実装石食ったことあるか?」 「実装石? あれ食えるんですか?」 公園にいる猫なんかとおんなじ野良の生き物が脳裏に浮かんだ。 猫を食おうと思わないように私は実装石を食おうとなんて考えたことがなかった。 「ああ、食える食える。それ専門の店もあるぐらいなんだぜ?」 若槻さんの話はこうだった。 野良の実装石はともかく、山に住む山実装は知る人ぞ知る美味で美食家を名乗る人間は一度は食べるべき。 大抵それが一度ではなく二度三度となってしまうほどに癖になる味だ。 猟師がたまに取るものなので普通に流通に乗るものではないし、好事家も多いのでなかなか食えるものではないが、十分にその価値がある。 百聞は一見に如かずというが、必ずしもそうではない。 少なくともものの旨さというのは話に聞いて空想すると堪らないものがある。 酒も入っていた。 思わず身を乗り出していた。 自然と唾液が喉奥に溜まっていた。 「どうだ、これから食いにいくか?」 「え、食えるんですか」 「予約が取れたらな。ちょっと待ってろ」 言って、若槻さんが携帯を手に取った。 ピ、ピという電子音でダイヤルした後、いつもの電話をするには大きすぎる声で誰かと話をし始める。 ああ、うん、頼むよ、などという片言の連鎖を聞いた後、ピッ、と通話をきると同時に、 「予約取れたぜ」 と、若槻さんが大きく笑った。 そのとき、笑みの意味を理解していればよかったのに。 店は繁華街から少し離れたところにあった。 高級料亭といった趣で私の給与ではなかなか入れるようなレベルではない。 まるで政治家が接待でも受けているかのような、そんな店であった。 若槻さんは慣れた様子でずいずいと中に入っていく。 用意された席は広々とした部屋で床の間に高そうな壷が置かれていて女将が控えていた。 「すき焼きですか?」 「まぁな」 鍋と肉の並んだ皿を見ながら座ると女将がビールを勧めてくる。 もうかなり酔ってはいたが断りもせずにごくりと飲み干した。 「おいおい、乾杯もせずにそれかよ」 「いいじゃないですか、お互い酔ってるんだし」 「んなこといってるとここお前の支払いにするぞ」 軽口を叩きながら鍋で色が変わった肉を摘む。 生卵をといた受け皿に入れてぱくりと食うと得も言えぬ脂の甘さが口に広がった。 「うまい・・・」 「だろう? 結構いけるんだ、これが」 まったく知らない味だった。 牛のような豚のような、どちらかと言えば豚に近いか、しかし豚よりも遥かに香ばしく、独特に脂が甘い。 少し甘めの割り下のせいではなく、確かに脂が甘く、しかも舌の上でトロリと蕩ける。 世の中にこんなに旨いものがあったのか。 正直、感動していた。 「旨いもんですね、実装石って」 「はは、実装か、はは・・・近所の野良捕まえて食おうなんて思うんじゃないぞ」 「いやいや、それぐらいしちゃいますよ、この味だと」 女将が肉を鍋に入れるたび、どんどんと箸が伸びた。 若槻さんも摘んでいるがどちらかというと旨いと浮かれあがっている私を見て喜んでいるらしく進んでいるのはビールのほうだった。 もちろん私もビールを空けていく。 こんなに肉が旨いとビールもどんどん進んでいく。 やがて、肉が尽きる頃には私は旨いもので満腹になった幸福に身を委ねていた。 「いやぁ、旨かったです。確かに癖になりますよ、この味は」 「そうだろ、そうだろ。でもな、これで終わりじゃないんだよ、このすき焼きはな」 若槻さんが女将に手を上げた。 女将が黙って隣の部屋への襖をあける。 そこには大型のテレビが用意してあって。 女将がDVDらしきものを操作し始めた。 「なにを見るんです?」 「まぁ、黙ってみてろ」 そのときだけ、邪悪な腐敗臭がしていたことに気付くべきだった。 画面が映った。 そこには布団に寝せられた一人の女がいた。 20代ぐらいの若い女だ。 「いい女だろ?」 若槻さんが言った。 無言で頷く。 画面に一人の男が出てくる。 その男は女の布団をはがし、女を大きなビニールの上に載せた。 何かが変だと思った。 寝ているにしても身動きぐらいするだろう。 よく見ると、女が着ているのは装束だった。 死んだときに着る、あの。 「若槻さん?」 「黙ってみてろ」 質問しようとして封じられた。 正直何を見せたいのだか理解できていなかった。 アダルトビデオを見たい気分でもなかった。 女が裸にされる。 透けるように白い肌が見える。血色が悪い。 股間の陰毛だけが黒くてなにか不愉快だった。 画面の男が着替え始める。 割烹着のような手術着のような。 そして手に牛刀のような大きな刃物を持った。 なんだ、この違和感は。 そして、おもむろに。 女の肌に刃を立て。 ぐいっと押し込んだ。 「はは、よくできてますね、これ」 思わず出た言葉に若槻さんがにやりと笑う。 今食べたのはなんだ。 実装石だ。 そうだろう? 背中に嫌な汗が浮かぶ。 女なのに。 女の顔と身体をしているのに。 一部が切り取られた。 画面の中に出てきたクーラーボックスにそれが仕舞われる。 正直、趣味が悪いと思った。 こんな趣向はないだろう。 いくらなんでも怒っていいはずだ。 そうだ、怒鳴り飛ばせ。 乳房が切り取られた。 太ももが切り取られた。 わき腹がなくなった。 「どうせ燃やしちまうんだからな、少しぐらいなくなったってわかりゃしない」 若槻さんの言葉。 それが鏡の向こうのように遠い。 「葬儀屋もさ、今は不景気なんだよな。こういったバイトもそれなりにいい金になるらしいぜ」 ・・・・・・・・ こういったバイト? いったい何のことだ、それは。 判っているのにわかりたくないと脳が巡る。 胃の腑が熱くなる。 今食べたものを戻しそうになって、喉がめくれそうになったが、必死になって抑えた。 驚くぐらいに血がでなかった。 スーパーで買ってきた豚の肩ブロックに包丁をいれても血が出ないのと同じことだ。 死んでいるんだから血が出るわけがない。 そして、バラしてしまえば。 それは、肉だ。 切り取った部分の変わりに詰め物のようなものが押し付けられた。 それを運んできた棺おけに仕舞うと外観にはまったく「切り取られた」とはわからなかった。 本当に、ただ。 普通の葬式で見る遺体のようで。 何回も見た普通の遺体そのもので。 つまり、それは。 私の知っている葬式の裏で『何が行われていた』のか。 眼の裏側で何かがぷちんと弾けた。 それが、限界だった。 「おうえぇええぇええええ!!!!!!」 嘔吐した。 嘔吐した。 嘔吐した。 気が狂うほどに嘔吐した。 それは歪んで狂った画面の向こう側のそれを現実と理解した瞬間だった。 「あぁあ、やっちまったか。これだからこの料理は初心者にはむかないんだよな」 何度も聞いたはずの若槻さんの声が悪魔のように響いた。 悪魔だ、悪魔だ。 こんなの、こんなこと。 「な、なんてものを食わせたんだ、あんたはぁ!」 必死で叫んだ。 逃げ出したかった。 叫んで叫んで全てを否定したかった。 けど。 返答はあまりにもシンプルで。 「何って、『実装石』だよ」 その声で私の意識は途絶えた。 それ以来、若槻さんとは会っていない。 そして、私は菜食主義となり。 実装石を見ることを大いに恐れるようになった。 ちんすけ拝

| 1 Re: Name:匿名石 2014/10/06-01:33:37 No:00001437[申告] |
| 実装石である必要のない話ではあったけど、実装石がいる世界での話でなかったら一瞬でオチが分かるな
まあ捻りの無いどストレートなホラーだったけど嫌いではない |