「デスゥ?」 その野良実装が子猫に出会ったのは、小さな偶然だった。 その日はたまたま普段より早起きだったため、同族の誰よりも先に ゴミ箱を漁りに来ることが出来たから。 ミィ〜…… この子猫にとって幸運だったのは、この野良実装が十分な糧を 既にゴミ箱から得ていたこと。 もしそうでなければ、まだ目も開かないような子猫は、 実装石にとってはただの餌でしかなかっただろう。 「デスゥ……」 小さな箱の中で懸命に鳴き声をあげる子猫を、野良実装はまじまじと見つめる。 やがてそれにそっと手を伸ばすと、少し撫でてみた。 ミヤァ〜ミヤァ〜 「デスゥ!?」 急に激しく鳴き始める子猫に、野良実装は思わず手を引っ込めた。 しかしもう一度手を伸ばすと、子猫の背中を撫でてみる。 ミヤァ〜ミヤァ〜ミヤァ〜ミヤァ〜 「デスゥデスゥ」 今度は野良実装も驚くことなくその背中を撫で続ける。 何もつかめない実装石の手に伝わる確かな温もり。 数日前に人間によって自分の仔を殺された野良実装にとって、 それは自身の悲しみを癒してくれる命の温もりだった。 「デ?デス?デスゥ?」 野良実装は周囲をキョロキョロと見回しながら、 箱の中からそっと子猫を抱き上げた。 ミヤァ〜ミヤァ〜 野良実装の手の中で身をよじるようにして必死に鳴き声をあげる子猫。 「デスゥウ…」 その姿に、生れたばかりの頃の我が子の姿を重ねて溜息をつく野良実装。 やがて野良実装は周囲を警戒しながら、子猫を抱えて自分の巣へと戻っていった。 自分の巣に戻った野良実装は、早速子猫に乳をやろうと思い、 自分の服を巻くりあげ、乳房に子猫を抱きつかせる。 「デヒッ!?」 乳房に走る痛みに思わず悲鳴を上げる野良実装。 子猫が小さいながらも爪を立てて必死にしがみついているからだ。 その痛みに思わず身をよじった野良実装だが、そのせいで余計に 子猫の爪が自身の乳房に傷をつけることになる。 「デギャア!」 ミヤァ! つい大きく体を振るったせいで子猫が乳房から振り落とされ、 ダンボールの床の上に転がり落ちる。 「デフゥゥ…デフゥゥ……」 血が滲み、肉の裂けた乳房に息を吹きかける野良実装。 そんな実装のそばに擦り寄ってくる子猫。 ミヤァアアア!ミヤァアアア! 「デスゥ!デスウウ!」 ミャ! 野良実装は子猫を腹立ち紛れに払いのける。 ミャアアア…ミャアアア…ミャアアア… そんな野良実装にまとわりついて乳をせがむ子猫。 しばらく知らん振りしていた野良実装だったが、 やがて根負けしたのか、再び乳房に子猫を吸い付かせる。 「デッ!?」 同じように爪を立てられるが、今度は分かっているので我慢が出来た。 無心に乳を吸いつづける子猫に、野良実装は 脂汗をたらしながらその背中をなでてやっていた。 あの日から三日がたった。 子猫はまだ野良実装のところにいた。 ダンボールハウスの中で元気に飛び跳ねている。 そんな子猫を野良実装もまるで我が仔のように可愛がっている。 乳を与え、遊んでやり、そして添い寝をする。 仔実装を殺された野良実装にとって、それは幸せな日々の始まりのはずだった。 「デスゥ?」 野良実装のダンボールハウスに、一匹の別の野良実装がやってきた。 それはこの公園のコミュニティーのボス的な存在の野良実装だった。 ボス実装は、子猫を可愛がる野良実装にいう。 ——その子猫をこちらに寄こすデスゥ 野良実装は驚いて問い返す。 ——なぜデスゥ!? そんな野良実装に、ボス実装はいう。 ——餌の独り占めは許さないデスゥ 公園の中で手に入れたものは皆で分け合うデスゥ ボス実装の言葉に、野良実装は驚愕し、そして戦慄した。 ——これはワタシの仔デスゥ! 仔食いはしないのがコミュニティーの掟デスゥ! ——お前は何を言っているデスゥ? それは仔じゃないデスゥ 餌デスゥ。 そうなのだ。 野良実装にとっては我が子のように可愛い子猫でも、 ほかの野良実装にしてみれば、ただの餌なのだ。 ——さぁ、早くそいつを渡すデスゥ にじりよるボス実装にたじろぐ野良実装。 確かに理屈ではボス実装の方が正しい。 子猫を我が仔だと言い張っても、誰も野良実装の言うことに耳を 傾けるものはいないだろう。おまけにそう言い突っぱねて逆らいでもしたら、 この公園ではまともな姿では生きてはいけないことになるのは目に見えていた。 子猫を救うには、公園を捨てて逃げるしかない。 野良実装は一瞬悩んだがだが、すぐに思い直す。 公園を出たところで、生きていける保証はない。 むしろ野たれ死ぬ確率のほうが高いだろう。 それを知っているからこそ、皆が窮屈な掟に縛られてでもここにいるのだから。 いよいよ進退窮まった野良実装。 子猫に迫るボス実装の手が、その首根っこに届こうかというそのとき、 野良実装はとっさに言い放った。 ——この仔はまだ小さいデスゥ! だからもっと大きく育ってから、みんなに分けるつもりだったデスゥ! その言葉に、ボス実装の手が止まる。 「デスゥ?」 小首をかしげるボス実装。 やがて値踏みをするかのように野良実装をねめつけると、 ボス実装はデププと厭らしい笑みを浮かべながら言った。 ——お前はなかなか頭がいいデスゥ。分かったデスゥ。 大きくなるまでしばらくお前に世話係りをさせるデスゥ。 そういうと、ボス実装は満足げにデププと笑いながら野良実装の ダンボールハウスから出て行った。 「デスゥ……」 その姿が完全に消え去るのを見届けてから、野良実装はようやく大きなため息をひとつついた。 顔中に嫌な汗が浮かんでおり、体に張り付く実装服がしっとりと濡れていた。 ミヤァ〜 そんな野良実装の顔を見上げながら鳴く子猫。 野良実装は子猫を抱き上げると、がたがたと震えながらぎゅっと抱きしめるのだった。 野良実装にとって、それからは毎日が身の細るような思いでいっぱいだった。 毎日毎日繰り返されるボス実装の訪問。 ——まだ大きくならないデスゥ?そろそろ食べごろじゃないデスゥ? その度に、野良実装は冷や汗をかかなければならない。 ——ま、まだまだ小さいデスゥ!もっと大きくしてからデスゥ! 子猫をかばいながら、しかし表面上はあくまでもえさの飼育をしているように振舞う。 それが野良実装には苦痛だった。 そして、子猫ができる限り大きくならないように、乳を与える量を 可能な限り減らすようにもしていた。 しかし、そんな事情を知らない子猫は乳をねだる。 ミャ〜!ミャ〜!ミャ〜! 「デスッ!デスゥ!!」 空腹を訴えてまとわりつく子猫を払いのけねばならないこと。 子猫のためであるとはいえ、それが何よりも辛いことであった。 そんな薄氷の上を素足で渡るような日々に、野良実装の心は確実に磨り減っていった。 「デスゥ……」 足元で眠る子猫を見つめながら、野良実装は疲れたようにつぶやく。 子猫は餌を減らしているとはいえ、確実に大きくなってきている。 まだ子猫ではあるが、今では最初のころに比べて体重も倍ほどになり、 体つきも立派になってきた。成猫になれば、成体の実装でも身に危険が及ぶため、 子猫のうちに餌として差し出すようにボス実装から言われるだろう。 そろそろ限界かもしれない。 野良実装は虚ろな眼差しを子猫に向けていた。 小さな寝息をたたえる子猫に、野良実装の手が伸びる。 このまま餌として差し出すくらいなら、いっそ自分が——、 ゆらゆらと差し出される指のない手。 それが子猫に触れた途端、野良実装の脳裏に鮮明に映しだされるある光景。 それは在りし日の我が子の姿。 テチテチと可愛く鳴きながら、自分のあとを一生懸命ついてくる子供たち。 乳を与えるとすやすやと眠り、木の枝を転がしてやるとそれを追いかけて一生懸命遊ぶ。 いとおしくていとおしくて堪らなかった我が仔。 それが不意に奪われた。 甲高い笑い声。大きな黒い影。 そして続いて聞こえた子供たちの短い悲鳴。 それに気がついてハウスから飛びだした野良実装が見たものは、地面に広がった赤緑色の染み。 最初、それが何なのか分からなかった。いや、恐る恐る近づく野良実装には、 それがなんなのか本能的には分かっていた。 だが、認めたくなかった。 しかし、その染みに近づき、地面にぴったりと張り付いた 我が仔の顔の皮をみて、否応なく思い知らされる。 仔実装達の成れの果てだった。 「デギャアアアアアアアア!!!」 絶叫した野良実装。 そして道の先を歩く人間達に向かって突進する。 「なんだ、この野良実装?」 「餌でもねだりに来たのか?」 向こう脛をポフポフ叩きながら涙を流す野良実装に、その人間たちは暢気な言葉を交わす。 「おいおい、悪いが何にも持ってないぜ?」 「他あたれ、他」 「デギャ!」 そういって適当に野良実装を蹴り飛ばすと、すたすたと歩き去る。 「あれ、お前靴の裏汚れてねー?」 「あ?あいつ蹴っ飛ばしたときかな?まったくきたねぇなぁ」 その言葉をを聞いて、野良実装の中で何かが音を立てて切れた。 ——こいつらは 子供を 踏みつけたことにさえ 気がついていない!! 「デッギィィイイイイイイイイイ!!」 今までにない叫び声を上げ、再び野良実装は人間たちに突進していった。 あとのことはあまり覚えていなかった。 ただ、ボロ雑巾のような姿になった野良実装の眼前に、 ぺしゃんこにされた仔実装の亡骸があった。 野良実装は痛む体を無理に動かし、それをかき集め、そして、ただひたすらに泣いた。 差し出された自分の手を、驚いたように引き戻す。 いったい自分は何を考えていたのか。 自分で我が子を殺そうというのか。 あんな悲しい思いをしたのに、それなのに——。 ミィ! 自分の顔を濡らす液体に驚いて、子猫が目を覚まして一声鳴いた。 野良実装はぼたぼたと涙をこぼしていた。 泣き声もなく、表情もなく、ただ涙を流し続けた。 頬を伝う野良実装の涙を子猫は舐める。 ミャ! 小さく鳴いた子猫を、野良実装はそっと抱きしめた。 翌日、野良実装は他の野良実装、とりわけボス実装に見つからないようにして 公園入り口までやってくると、訪れる人間たちを木陰から見守っていた。 人間は憎い。 そして恐ろしい。 しかし、子猫に対して人間は非常に優しい。 なにより、今のままではいずれこの子猫は殺されてしまう。 それならば、まだ優しそうな人間に託したほうがましだ。 野良実装はそう考え、子猫を人間に託すことに決めたのだ。 そして、その対象となる人間を値踏みしていた。 やがて公園を一人の女の子が訪れる。 小学生くらいのその女の子は、大人の人間に比べて、 そして男の子に比べて優しそうに見えた。 ——優しそうな子デスゥ……あの子ならきっとこの子を可愛がってくれるデスゥ…… 野良実装は子猫の尻を押し、女の子の前に追いやろうとした。 ——さぁ、行くデスゥ。あのニンゲンがお前の新しいママデスゥ ミャ? しかし、子猫は野良実装のそばから離れようとはしない。 まとわりつき、顔をこすり付けてくる。 ——駄目デスゥ。ここにいるとお前は殺されてしまうデスゥ。 ミヤァ!ミャァ!ミヤァ! いくら追い出そうとしてもすぐに野良実装の許へと戻ってくる子猫。 そうこうしているうちの女の子はどんどん遠ざかってゆく。 「デデェ!?」 慌てた野良実装は、子猫を抱えて女の子の許に駆け寄って行く。 「デスゥ!」 「え?」 野良実装の鳴き声に、女の子が振り返る。 「……なに?」 突然現れた野良実装に、女の子はビックリしたような、訝るような表情を浮かべる。 野良実装は息を切らしながら、女の子に子猫を差し出す。 「デスッ!」 「え?子猫?」 そんな野良実装に益々わけの分からないといった顔をする女の子。 いきなり現れた野良実装が、自分に向かって子猫を突き出しているのだから、 それも無理はないだろう。 しかし、当の野良実装は必死だった。 今この人間に託さなければ、この子猫に未来はない。 その思いのたけを女の子にぶつけていた。 ——助けて欲しいデスゥ!この子を飼って欲しいデスゥ! お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ! お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ! お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ!お願いデスゥ! だが、その思いが強ければ強いほど、この場合は逆効果だった。 「いやぁ!気持ち悪い!こっちこないでよぉ!!」 必死の形相で鳴き声をあげ、涙を流しながら迫る野良実装に女の子は完全に怯えてしまった。 ——デッ!?行かないでデスゥ!この子をもらってくれデスゥ!幸せにしてくれデスゥ!! 「いやぁ!やめてよぉ!こないでよぉ!」 逃げる女の子に追いかける野良実装。 そんなどうしようもない状況を打破したのは一発の蹴りだった。 「こらぁ!なにやってんだ!」 「デベェ!?」 後ろから蹴り飛ばされた野良実装がかろうじて子猫だけは庇い前方に転がり倒れる。 「あ、トシくん!」 「なに野良実装に追いかけられてんだよ、アキは」 野良実装を蹴り飛ばした男の子に、女の子ことアキはほっとしたような顔をして駆け寄る。 「お前、なんかやったのか?」 「知らないよぉ……急にこの野良実装が子猫を見せつけながら迫ってくるんだもん……」 「子猫?」 トシくんと呼ばれた男の子は、顔面を押さえてうめいている野良実装の そばにいる子猫の首根っこを捕まえて宙釣りにする。 「こいつのことか?」 「うん……」 「ふーん……」 トシの手の中でおとなしくしてる子猫に、アキがおずおずと手を伸ばす。 その指先に顔を近づけフンフンと鼻を鳴らしていた子猫は一声鳴いた。 ミヤァ! 「かわいぃ〜!ねぇ!わたしにも抱かせて!」 その鳴き声に、アキはすぐに子猫のことが気に入りトシの手から 奪うようにして子猫を抱き上げる。 その様子を見ていた野良実装は、トシとアキが自分に気がつかないように そっとその場から離れた。 当初とは予定がちょっと違ったが、あの様子ならばきっとあの子猫を飼ってくれるだろう。 そう思い、近くの茂みに身を隠し、事の成り行きを見守ることにしたのだ。 やがてトシとアキは野良実装の姿がないことに気がつき、少し探すようなそぶりを見せたが、 結局そのまま子猫を抱えて公園から出て行った。 ——幸せになるデスゥ……ワタシの二回目の子供……デスゥ…… その光景にうっすらと涙を浮かべながら、しかし満足げに微笑むと、 野良実装は自分のダンボールハウスに帰っていった。 トボトボとダンボールハウスへ帰ってきた野良実装。 そんな野良実装を待ち構えていたものがいた。 ——どこへ行っていたデスゥ。 ダンボールハウスの前に仁王立ちでいたのはボス実装だった。 ——え、餌取りデスゥ。 ——あの餌はどこにあるデスゥ。 そういわれて、野良実装は一瞬身をすくませる。 あの餌、とはもちろん子猫のことだ。 しかし、こうなるであろうことは最初から分かっていた。 野良実装は一呼吸おくと、わざとらしく言う。 ——家の中にいるはずデスゥ。 ——ほぅ、家の中デスゥ?さっき中を見たデスゥ。でも中には何もないデスゥ。 ——デェ!?そんなはずないデスゥ!はっ!さては逃げたデスゥ!?早く探すデスゥ! 野良実装はそういうと、慌てたように探しに出かけようとした。 もちろんすべて芝居だ。これも、昨日のうちに考えていたことだった。 子猫は目を放した隙に逃げてしまった。 これが野良実装の考えたシナリオだった。 餌を取り逃がしたというだけでも制裁を受けることにはなるだろう。 しかし、それでも子猫を殺されることに比べればずっとマシだと思っていた。 そして制裁といってもしばらく奴隷のような扱いを受けるだけで済むだろう。 野良実装はそう考えていた。 しかし、ボス実装はそんな野良実装の行動を制した。 ——待つデスゥ。 ——デッ!?しかし早く探しに行かないとデスゥ。 ——その必要はないデスゥ。 そういうと、ボス実装は茂みに向かって目配せをする。 「デププ…デププ…」 すると茂みの中からいやらしい笑みを浮かべた野良実装が現れた。 茂みから現れた野良実装は、常日頃からコミュニティーにいる 野良実装たちの行動を見張り、そして逐一ボス実装に報告するというまねをしている、 コミュニティーの中では出歯がめ実装と呼ばれ、嫌われている連中の一人だった。 ——お前、さっきのことをもう一度報告するデスゥ。 ボス実装にそういわれ、出歯がめ実装はデププといやらしい笑みをこぼしながら言う。 ——デププ、さっきこいつは子猫をニンゲンの子供に渡していたデスゥ、デププ……。 その言葉を聞いた野良実装の顔は青くなり、そしてボス実装の顔は見る間に真っ赤になる。 ——ち、違うデスゥ!何かの間違いデ——、 言いかけた野良実装の顔面をボス実装のこぶしが打ち抜く。 野良実装の前歯が何本か折れ、鼻からはボトボトと鼻血がたれる。 「デベェ…デベェエエエエエ……」 「デシャアア!デッシャアアアア!!」 顔面を押さえうめく野良実装にボス実装の罵声が響き渡る。 ——この糞蟲がデスゥ!よりにもよってニンゲンに渡すとはどういうことデシャアア!! ——ち、違うデスゥ!あ、あれはニンゲンに盗られたデ——、 今度は蹴りが野良実装のみぞおちを捕らえる。 声にならない悲鳴をあげ、野良実装はのた打ち回る。 「デズゥウウウウウウウ!!」 苦しむ野良実装の頭を踏みつけ、押さえつけるボス実装。 そして周囲の茂みに向かって合図をする。 「デスゥ」「デデェエ」「デップップ」「デッスゥ」 すると茂みの中からわらわらと集まる野良実装たち。 この公園コミュニティーにいるすべての野良実装が召集されていたのだ。 集まった同胞たちに向かってボス実装が一声鳴いた。 ——公開処刑の刑デスゥ! それを聞いて踏みつけにされていた野良実装はびくりと身を振るわせた。 公開処刑の刑——それは同属による果てしないリンチ。処刑とは名ばかりの悪趣味な暴力の宴。 コミュニティーの定めた掟を破ったものに科せられる、二番目に重い刑だった。 「デェェェ……デェェェ……」 怯える野良実装の周囲から発せられるどす黒い気配。 常日頃の同胞からは感じることのない獣じみた殺気に、 野良実装は怯えのあまり失禁と脱糞をした。 ボス実装の足が不意に野良実装から取り払われた。 「デッジャアアアアア!!」 それと同時に野良実装の一匹が肉食獣を思わせる咆哮をあげ踊りかかった。 どれくらいの時間が経っただろうか。 ——止めデスゥ! 突然ボス実装の鳴き声が響いた。 それにあわせて黒山の人だかりになっていた野良実装たちが潮が引くように 放れてゆき、その場にはボロボロになった一匹の野良実装が残されていた。 最初のころは悲鳴を上げていた野良実装も、全身の骨が砕け、片目が潰れたあたりから 悲鳴を発することも少なくなっていた。 全身は激しい暴行により熱を持っており、すでに痛みはほとんど感じなくなっていた。 小さく痙攣を繰り返す禿裸の野良実装の許へ、ボス実装は近づいてゆく。 服と髪の毛は、最初に奪われていた。 そして、その毛のない頭を抱え、顔を覗き込む。 「デ…デデ……」 舌をたらし、何事かをつぶやく禿裸。呼吸すら苦しそうなのは、折れた肋骨が 肺を傷つけているせいなのだろう。 すでに虫の息であることは明白だった。 しかし、そんな禿裸にボス実装は不機嫌そうに言う。 ——お前、なぜ死なないデスゥ? これだけの苛烈な暴行を受ければ、大抵の野良実装はその途中で偽石が 自壊してしまい死んでしまう。 これまでも何度かコミュニティー内でこの公開処刑は行われてきたが、 ここまで暴行に耐えたものはいなかった。気の弱いものなど、 公開処刑と宣告した途端死んだものもいたほどである。 それなのに、こいつは生きている。 その事実がボス実装を不愉快な気分にさせていた。 ——お前……生意気デスゥ…… そしてその姿は、ボス実装の狂気に火をつけた。 ボス実装は再び周囲の野良実装たちに合図をする。 わらわらと再び集まる野良実装に、ボス実装は冷ややかに言い放つ。 ——こいつは、解体刑デスゥ……。 「デデッ!?」 その言葉に、野良実装の中の数匹がどよめきを起こす。 解体刑とは、同属食いを禁じたコミュニティーにあって、もっとも重い罰。 解体して、その血肉を食らうという刑である。 その残虐性と同属食いを禁じるという掟に相反する内容ゆえに、 ほとんど執り行われなかった刑である。 そんなこれまで久しくおこなわれなかった刑が執行されるということで、 野良実装たちの間にも動揺が走ったのだ。 ——なんデスゥ?お前達も公開処刑されたいデスゥ? しかしそんな動揺も、血走ったボス実装の一睨みで霧散する。 やがて野良実装の一匹が禿裸の足に喰らいついた。 「デギィ……」 その痛みに小さな悲鳴を上げる禿裸。 喰らいついた野良実装があごに力を込めると、ミチミチという肉の裂ける音がする。 「デ……デ……デ……」 悲鳴が反射的に出るものの、ほとんど痛みを感じない禿裸。 しかしさすがに野良実装の歯が骨を噛み砕き始めると、 痛みに体が自然と痙攣を繰り返す。 やがて骨がボギンという砕けた音を発すると同時に、禿裸の右足は根元から食いちぎられた。 禿裸の足を食いちぎった野良実装は、一口それを口にする。 滴る体液が喉を潤し、適度な噛み応えの肉は、今まで食べたどんな餌よりも すばらしく美味しかった。 「デッス〜ン♪」 思わずあげた歓喜の鳴き声。 周りの野良実装たちは、それまでタブーとされていた行為に嫌悪感を抱いて一歩引いていたが、 それを見てごくりと喉を鳴らした。 ——美味そうデスゥ…… そして誰ともなくつぶやいた一言を皮切りに、雪崩を打ったように他の野良実装も 禿裸に喰らいつき始めた。 あるものは手を。 あるものは足を。 あるものは腹を。 あるものは頭を。 みな思い思いの部分に噛み付き、その血肉を貪った。 そんな中、禿裸の心は妙に落ち着いていた。 痛みはすでに感じていなかった、生への執着もすでに失せていた。 死ねれば我が子に会える。 そして二番目の子はニンゲンの元で幸せに暮らすだろう。 そんな満足感で禿裸は満たされていた。 ——もう、思い残すことはないデスゥ……。 禿裸は、そっと目を閉じた。 ——ニンゲンデスゥ!みんな隠れるデスゥ!! そんな中、ボス実装が突然大きな声を上げた。 禿裸にたかっていた野良実装たちもその声に反応して、皆が茂みに身を潜める。 しばしの沈黙が周囲を包み込んだ。 突然明るくなった周囲の光景に、禿裸は残された左目をうっすらあけて様子を伺う。 ミヤァ〜 「……デ……?」 その鳴き声に、禿裸は自分はすでに死んでしまったのかと思った。 子供が自分を迎えに来てくれたのかと。 しかし、それならばこんな鳴き声ではない。 腫れて開けにくいまぶたを必死に持ち上げる禿裸。 ミヤァ!ミヤァミャァ! 「デ?デェエエ!?」 そこには、人間に託したはずの子猫がいた。 ——なぜお前がここにいるデスゥ!? おもわず子猫に駆け寄ろうとする禿裸。 しかし、それはできなかった。すでに四肢は他の野良実装に奪われなくなっていたのだ。 それどころか、頭と腹も一部が食い破られ、腹からは内臓がこぼれていた。 「デギィ!?」 全身を襲う痛みに改めて悲鳴を上げる禿裸。 それまでの朦朧とした意識が驚きのあまり覚醒したためだ。 しかし、それでも身をよじって子猫のそばに近づこうとする禿裸。 ——なぜデスゥ!ニンゲンに飼われたはずデスゥ!? 混乱する禿裸。 たしかに、子猫はトシとアキにもらわれていった。 しかし、しょせんは子供相手のことである。 もし家でこんな風に言われたら、子供にはどうしようもない。 「うちではペットは飼えません!元いた場所に返してきなさい!」 トシとアキの二人も親には逆らえず、渋々子猫を公園に返しに来たのだった。 そんな事情の分からない禿裸は、ただ子猫の姿を見てうろたえるばかり。 そんな禿裸を見て、ほくそえむ者がいた。 ——こいつは面白いデスゥ。急に元気になりやがったデスゥ。 ボス実装は子猫にすがり付こうとする禿裸を見て、いやらしい笑みを浮かべる。 ——おまけにいなくなったと思っていた餌まで戻ってきたデスゥ。 きょとんとした顔でいる子猫を、ボス実装が捕まえる。 「デジャアアアアア!!デッシャアアアアアアアア!!!」 途端に大絶叫を上げる禿裸。 それまでの様子がうそであったかのような鳴き声に、 ボス実装は満足げに禿裸を見下ろす。 ——そうデスゥ。その目デスゥ。その鳴き声デスゥ。デップップ。 そして嫌らしげに笑うと、手に持っていた子猫を地面に投げ捨てる。 ミギャ! 地面に叩きつけられた子猫が短い悲鳴を上げる。 ——何をするデスゥ!止めろデスゥ!やるならわたしをやれデスゥ!!! ——デップップ。その悲鳴デスゥ。その叫びデスゥ。その目デスゥ。 ボス実装はさらに子猫を踏みつける。 ミィイイイ!ミィイイイイイイ!! 「デシャアア!!デギャアア!!デギィイイイイイイイイ!!」 悲痛な子猫の鳴き声と禿裸の魂を引き裂くかのような悲鳴があたりにこだます。 「デプデプデププププ。デッシャッシャッシャッシャア!」 そんな禿裸を狂喜の笑みとともに見下ろしなぶり続けるボス実装。 ——わたしをやるデスゥ!わたしを食うデスゥ!だから、だからその子だけは——!! もう二度と、子供を失いたくない! お願いだからその足をどけて! 頼むから手をどけて! 涙で顔をくしゃくしゃにし、この世のあらゆるものに願い祈る禿裸。 ——死んだデス。 しかし、突然、告げられた現実。 ボス実装の足元で、倒れたままピクリとも動かない子猫。 「デ……」 あれほどお願いしたのに あれほど祈ったのに どうして子猫を助けてくれなかった どうしてこいつらは子猫を殺した どうしてニンゲンは子猫を見捨てた どうして どうしてどうして どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして パキン 激しい暴行にも耐え、生きたまま身を食われるという 地獄を味わいながらも砕けなかった禿裸の偽石が、砕けた。 禿裸の死に顔は、苦悶に満ちてはいなかった。 ただ、もしもその顔を見たものがいたら、恐らくこういうだろう。 なぜ、こいつはこんなにも恐ろしい顔で死んでいるんだろうか、と <おはり> --------------------------------------------------------------------- 昼間スレで何気に締め切りを決めたので慌てて仕上げた一本 ぬこに対する扱いなどで賛否はあろうかと思うのですが、 とにかく救いようのない話を書くつもりだったので、 ぬこさえも実装のためにああいう扱いを受けてもらうことになりました まぁ動物とか捨てちゃいかん!ということを訴えたいわけですよ! しかし正直書いてて疲れました 久々にちょっと長かったし 他にもいくつか書きかけはあるんですが、 仕上がるのは気の向いたときでしょう スレにはちょくちょく投下するんですが 最後に、あまりに空いたのでいまいちうろ覚えなのですが 前作「地獄から天国、そして」に感想を下さった方 ありがとうございました。
