実装石はペットショップで売られている。 躾済み仔実装は1万円はするようだ。 結構値が張るが、人件費に餌代、場所代を考えると、こんなものだろうか。 躾済み仔実装はガラスケースに入れられ、清潔な姿で客に媚びを売っている。 その横にでは投売りされている仔実装達が鳴いている。 床に直に置かれた水槽の中でテチテチとやかましい。 値札に書かれた500円は赤インクでバツ印がつけられ、その下に100と書き込まれている。 こちらの仔実装は、躾に耐えられなかった落伍者たちである。 仔実装たちは客に向かって鳴いたり隅で震えていたり、水槽の中での過ごし方は様々だ。 男が店員を呼び、水槽の中で一番元気よく鳴いている仔実装を指差した。 店員がしゃがんで水槽の中に手を入れる気配を見せると、騒がしかった箱の中がシン・・・と静まり返った。 先ほどまで大声で鳴いていた仔実装の目も、店員の手に釘付けになる。 「テ!」 大きな手が一番騒がしかった仔実装を、優しく握り締めた。 持ち上げられた仔実装が、思わず驚きの悲鳴を上げた。 親指と人差し指で仔実装の脇に輪を作る優しい持ち方で、仔実装は高く持ち上げられる。 選ばれた仔実装は、丸い目をますます丸くする。 今まで人間にこんなに優しく扱われたことはなかった。 店員はこれまでは兎も角、客の手前商品を乱暴に扱う事ができなかったためだが、仔実装には信じられないことだった。 水槽の中から選ばれた仔実装が見えなくなると、静まり返っていた水槽の中は先ほどよりもうるさくなった。 仔実装はカウンターに着くまで店員の顔と男の顔を、落ち着きなく交互に見る。 そんな仔実装に関わりなく、人間は事務的に会計を済ませる。 仔実装は小さな紙の箱に収まり、じっと大人しくしていた。 レシートにはこう書いてある。 コジッソウ 105 小計 一点 100 (税対象額 100) 税率5.0% 消費税等 5 合計 105 現計 105 お預かり 105 お釣り 105 元々500円だった仔実装は限界まで割引され、税込み105円で男に買われた。 もし今日売れなかったら、明日には姿が消えていたであろう仔実装。 男は仔実装の入った紙の小箱を持ち、店の外に出た。 小箱にはケーキ用の箱のような取手がついている。 男が気をつけていても箱が大きく揺れると、中にいる仔実装は壁に体をぶつけてしまう。 仔実装はなんとか体を支えつつ、時折空気穴として空けられた穴から、外の世界を貪るように眺めていた。 時刻は夕方である。 暮れかけた赤い空と薄い電灯の光を見、ひんやりした空気を吸い込むと仔実装は何とも言えぬさわやかな気持ちになった。 木の葉が風に吹かれる音や、遠くから豆腐屋のラッパの音が聞こえてきた。 仔実装は長い間、狭い水槽に閉じ込められていた。 狭い水槽の中で、近い未来に訪れる死を予感していた。 仔実装は解放感でいっぱいになる。 男が公園の前を通り過ぎるとき、実装石の悲鳴が聞こえた。 生い茂った街路樹の緑の葉が電灯の光を遮り、通りは薄暗い。 悲鳴は湿った静かな夜の空気に響いた。 男が目を向けると、公園内で実装石を追い掛け回している者がいるのが見えた。 暗い公園内を実装石が逃げ回る。 棒を持った人間が追いかける。 物陰に隠れた実装石が、その光景をおびえた目で見つめていた。 実装石全力で走っても簡単に人間に追いつかれてしまい、鈍い音がした。 金属と肉と骨がぶつかる重い音。 その音に続いて数匹の仔実装の悲鳴。 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。 男に買われた仔実装は小箱の中で震えていた。 男は公園の前を素通りした。 曲がり角で振り向くと、ちょうど赤色灯を点灯させたパトカーが公園の入り口に止まるところだった。 男は少し口元を歪め、そのまま角を曲がった。 男の住まいは、とあるマンションの五階にある。 男はエレベーターから降りて廊下を進み、自室のドアの前で立ち止まった。 ポケットの中の鍵を探していると、どこからか子供の笑い声が聞こえてきた。 子供が遊んでいるらしい。 時刻は午後七時を回っている。 マンションの廊下に、甲高い子供の声が響く。 男は眉をしかめて考えた。 (こんな時間に子供が外で遊んでいるなんて・・・) 男の部屋からさらに廊下を進んでいくと、もう一部屋あり、その先は行き止まりである。 (親は一体何してんだ) 鍵を開けて、男は部屋の中に入っていった。 仔実装は揺れる小箱の中でじっと蹲っていた。 空気の流れでどこかの室内に入ったことが、仔実装にもわかった。 箱の隅でごそごそしだす仔実装。 仔実装は期待を抱いて待ち、小箱はどこかに降ろされた。 胸をどきどきさせながら待っていたけれど、男の足音が遠ざかって行った。 「テェ・・・?」 外に出られるものだと思って立ち上がった仔実装だったが、また箱の隅に蹲ることになった。 それから一時間ほど過ぎただろうか。 大人しく遠くの物音に耳を澄ませていると、扉の開く音がして、男の足音が近づいてきた。 男は玄関の靴箱の上に置いた仔実装の入った箱を持つと、リビングに移動した。 座卓の上に箱を置き、遂に仔実装の頭の上の蓋が開かれた。 蛍光灯の光が仔実装には眩しい。 明かりに少し目が慣れると、男が中を覗き込んでいるのが見えた。 仔実装は男に首元の服をつままれ、箱の中からテーブルの上に降ろされた。 「テェ・・・?」 仔実装は部屋の中を見回した。 部屋は男の一人住まいである。 カーテンで遮られた大きな窓、電話、ノートパソコン、書き物机、ゴミ箱・・・などの様々なものが仔実装の目に映った。 仔実装はそれらの中によく見知った物を見つけた。 高さ一メートルほどの小卓の上に置かれた水槽である。 それになんだかいい匂いがする。 男は夕食を済ませたばかりだった。 ペットショップの食餌の時間は既に過ぎている。 仔実装のお腹が食べ物の匂いに小さく反応した。 仔実装は視線を男に戻した。 男はずっと座卓の上の仔実装を観察している。 仔実装は右腕をあごに当て、首を右に少しかしげて一声鳴いた。 「テッチュ〜ン♪」 はじめましてテチ、男の持っているリンガルにはこう表示された。 「テチテチ♪(今日からお世話になりますテチ)」 「テチテチ♪(ご主人様の言うことちゃんと聞くテチ)」 「テチテチュッ〜ン♪(ワタチいい仔にしますテチー)」 仔実装は両手を大きく広げてから、何かを抱えるように両手を前に伸ばし、最後に気をつけの姿勢をとった。 抱える仕草は「お手伝い」を意味し、気をつけの姿勢は「いい仔」を表すらしい。 仔実装は男に向かって全身で語りかけた。 それを男はニヤニヤしながら眺めていた。 仔実装は何も言わない男にちょっと不安になったが、構わずに続けた。 仔実装の態度は自信に満ちていた。 何せ仔実装は男に飼われたのだ。 「テチー(おトイレもちゃんとできますテチ)」 「テチー(ワタチだけで服も脱げますテチ)」 「テチー(お留守番もできますテチ)」 それでも男は何も言わない。 ニヤニヤと顔を歪めるだけだ。 「テー・・・」 仔実装は机の上でしょんぼりしてしまった。 次の一手を見失い、スカートの端を摘まんでもじもじする。 「テチ・・・(あの・・・)」 「テチュー(ご主人様・・・)」 「テチテチ(ワタチお願いがあるテチ)」 仔実装はやっとの思いで男に言った。 それに対して男がはじめて口を開いた。 「なんだい?言ってごらん」 仔実装は再び顔を上げた。 再び仔実装の顔が晴れ渡った。 「テチテチー(ワタチに名前をつけてほしいテチ)」 「名前か・・・」 「テチューン(飼い実装は名前をもらえるって聞いたテチ)」 「テチュゥ〜ン(ワタチにぴったりな名前をつけてほしいテチー)」 仔実装は恥ずかしそうに胸の前で両手をもみしだきながら、男にお願いをした。 頬はほんのり赤くなっている。 男は腕を組んでうんうん唸り、何か思いついたように手を打った。 「そうだな・・・ありきたりだけど、おまえにぴったりな名前がある」 「テチー?(なんてお名前テチ?)」 男は一呼吸置いてから、仔実装に言い放った。 「糞蟲だ」 「テェ!?」 仔実装が驚きの声を上げた瞬間、男が仔実装の顔面にデコピンを食らわせた。 仔実装は後ろに吹き飛ばされた。 「テ・・・テヒィテヒィ!」 突然の痛みに鼻を押さえ、テーブルの上でもがく仔実装。 押さえた手から鼻自が漏れた。 「いたいテチ!テェェェン!いたいテチィ!」 「名前が欲しいなんて・・・調子乗ってんじゃねえぞ」 「ニンゲン、ニンゲンがぶったテチ!」 痛みに泣き喚く仔実装を、男は楽しそうに見下ろす。 「テェェェンテェェェン」 仔実装はしばらくぐずってから、鼻を押さえながら起き上がった。 同情を引くように泣きつつ、相変わらず鼻を押さえながら片目を開いて、チラッと男の様子を探った。 小さく開いた片目に、今にもデコピンをしようとしている男の右手が映った。 「テ!」 仔実装は反射的に伏せた。 人差し指が仔実装の頭巾にかすった。 「あ、この野郎!」 男が憤る。 「泣きまねしてやがったな!」 「テ、テェェェェェェン!」 仔実装は立ち上がり、テーブルの上を走り出す。 男の右手が近づいてくる。 「こわいテチ、やめてテチ!」 仔実装はテーブルの上を逃げ回る。 デコピンされると相当痛い。 まともに当たったらテーブルの外まで飛ばされてしまうかもしれない。 男は逃げ回る仔実装の頭を軽くつつき、行く手に先回りして待ち構え、テーブルを叩く。 仔実装は男におちょくられて息を切らせて走る。 軽く頭をつつかれただけでも、仔実装は恐怖から過剰に反応する。 悲鳴を上げて、頭を押さえる。 デコピンが待ち伏せしているのを見ると、方向転換してギリギリで避けた。 テーブルを叩く音に怯え、男に哀願する。 「やめてテチ!いたいことしないでテチ!」 逃げながら隠れるところを探す仔実装。 仔実装は先ほどまで入れられていた箱の陰に隠れた。 荒い息をついて座る。 ずっと水槽に閉じ込められていたので、仔実装の体力は低下していた。 箱の陰に隠れていると、突然箱が仔実装を押してきた。 「テェェ!?」 男が箱を押しているのだ。 仔実装は全力で押し返すが人間の力には敵わない。 紙の壁が仔実装をぐいぐい押しやり、仔実装は座卓の端に追い詰められてしまった。 「テェェやめてテチ!落ちちゃうテチィ!!」 高さにぞっとしながら仔実装は叫んだ。 落ちたら大怪我してしまう。 しかしいくら頼んでも、男はやめようとしなかった。 男の最後の一押しで、箱はテーブルから落下した。 しかし、仔実装が床に落ちる音がしない。 仔実装はテーブルの縁に何とかしがみついていた。 「おまえしぶといなぁ」 「テェェェェン!」 空中で足をバタつかせ、歯を食いしばって仔実装が泣く。 「ニンゲンたすけろテチ!たすけないとワタチおこるテチィ!」 「でもこれならデコピンしやすいな」 「テェェェェ・・・テチャッ!」 手が滑って仔実装がテーブルから落ちた。 男は座卓の下を覗きこむが、またしても期待は裏切られた。 先に落ちた箱がクッションになって、仔実装は無傷だった。 仔実装は目をパチクリさせていたが、男と目が合うと、フローリングの床を走り出した。 「テッチ・・・テッチ・・・」 仔実装は息を切らせて男から逃げようと走る。 リズムよく腕を振り、足を動かす。 なかなか綺麗なフォームである。 それでも仔実装の歩みは遅い。 同じ大きさの鼠の四分の一の速度も出ないのではないだろうか。 鼠ならタンスと壁の間を上ることもできるけど、仔実装の手足ではそうはいかない。 その分仔実装には頭がある。 こういう時こそ大きな頭を使って逃げなければ。 ただバランスが悪くなるだけで、飾り以下の無用の長物になってしまう。 仔実装は走りながら大きく息を吸い込み、吐き出す。 「テチィ・・・テッチィ!」 隠れるところを捜しながら走っていると、頭の上から何かがいろいろ降ってきた。 そのうちの一つが仔実装の進行方向に落ちた。 人間がボールペンと呼ぶ物である。 実装石は短足だ。 その上ジャンプ力もない。 ひょいっと軽くハードルを飛び越えるわけにはいかない。 段差では一々立ち止まって膝を精一杯持ち上げるなり、腕を使って昇るなりしなければならない。 人間の足と違い、バランスの悪い実装石の円柱型の足では、簡単に躓いてしまう。 仔実装は方向転換することにした。 「テチャァ!」 方向転換に失敗し、バランスを崩す仔実装。 仔実装はコロコロ転がる。 「テギィ」 鼻の床にぶつけて止まった。 仔実装は急いで起き上がる。 鼻からの出血以外は怪我はないようだ。 片鼻が血で詰まってしまい、少しばかり酸欠気味である。 血が鼻息で泡立つ。 「テェェェェ」 仔実装は再び走り出した。 だが今度は走り方が違う。 両手を前に突き出し、首を男の方に向ける。 これでは男から離れよう離れようという気持ちだけが逸ってスピードが出ない。 恐怖に駆られて走り方を忘れてしまったみたいだ。 垂れた鼻血が開けっ放しの口に入る。 血の味が一層仔実装の恐怖を煽り立てる。 今度は仔実装の目から涙が出てきた。 霞んで前がよく見えない。 これでは頭を使って逃げるどころではない。 「テェェェェン!ママたすけてテチィ—!」 今度は親実装に助けを求めはじめた。 なんでこんなことになっただろう。 飼われて幸せになれると思ったのに・・・ 仔実装は後ろを見ながら、壁に向かって走って行った。 「テブ!」 壁にぶつかる。 頭をぶつけて一瞬星が見えた。 顔を押さえて蹲る。 「ヂィィィィィ・・・テ!?テジャァァ!」 男の指が足に触れると、仔実装は暴れ出した。 足を掴んだ男の手を叩きまくる。 仔実装は涙を流し、鼻血が止まらずに口と頬に流れ、涎まで垂らしている。 体液でぐしゃぐしゃの顔を歪ませて、威嚇の真似事まではじめる。 いくら男の手を叩いても効果はなく、仔実装は床を引きずられた。 うつ伏せになりながら、慌てて何かにつかまった。 「テッテッテッ」 最後の命綱だ。 必死にしがみつく。 仔実装を引っ張っていた男の手が離れた。 「テェ?」 カラカラ・・・という音と共に仔実装が高く上っていく。 「テェ?テェェ?」 ゆっくりと上昇していく仔実装。 仔実装が?まったのは窓のカーテン代わりの、ロールスクリーンの紐だった。 「アハハハハハハ・・・」 男の笑い声がする。 カラカラとロールスクリーンが巻き上げられる。 カシャンという音と衝撃がすると、仔実装は宙ぶらりんになった。 「テェェェェェ!?」 仔実装は落ちないように、必死で紐にしがみついた。 「テチャァァァァ!!」 紐の先についている円錐型のプラスチックに足を引っ掛けて、何とか落ちないように踏ん張った。 「テヒィッ!高いテチ!恐いテチ!」 仔実装は男の目線と同じ高さでぶら下がっている。 ここから落ちたら今度こそ無事ではすまない。 左右に揺れているうちに、足が円錐型のプラスチックから滑り落ちた。 「テギャァァ!」 何とかプラスチックにしがみつく仔実装。 「ハハハハハ、馬鹿だなぁ。名前は糞蟲じゃなくてバカ蟲にしようか」 「死ぬ!死ぬ!死んじゃうテチたすけてテチィ!」 今にも仔実装の手が紐から離れそうだ。 男は少し間を置いてから、仔実装の下に手のひらを差し出した。 仔実装の足は地面を求めてさ迷っていた。 男の手のひらに右足がつくと、仔実装はほっとした。 そのまま仔実装が男の手のひらに全体重を乗せようとすると、地面が消えた。 「テェ?」 浮遊感、仰向けの格好で仔実装は落ちていく。 紐につかまろうと空中をかいたが、もちろん届かない。 ニヤけた男の顔が見えた。 「テチャァァァァァァァ!!」 そのままフローリングの床に叩きつけられるかと思いきや、ボスンと柔らかい物の上に落ちた。 仰向けで呆然とする仔実装。 荒い息をつく。 起き上がると、クッションの上に落ちたのだと分かった。 仔実装がぶら下がっている間に、男が置いたクッションだ。 「テ・・・」 仔実装はクッションの上で立ち上がろうとしたが、膝が笑って立ち上がれなかった。 クッションに座って、カタカタと震えだす。 恐怖に神経が耐え切れなかったらしい。 「どうした?もう逃げないのか?」 男が右手をデコピンの形にした。 「テ・・・テェ・・・」 ブピピピピィ・・・という音と共に、仔実装のパンツがゆっくりと膨れた。 仔実装はパンコンしてしまった。 「あっこいつ漏らしやがった!」 パンツから染み出た糞が、クッションにシミを作った。 仔実装は盛り上がるパンツを見ると、顔を上げた。 ピクピクと顔の筋肉を痙攣させ、男に向かって薄笑いを浮かべた。 男が仔実装にデコピンを放つ。 「テヂィ!」 うつ伏せになり、頭を両手で守る。 丸くなった背中に、男は何度も何度もデコピンをする。 硬い爪が仔実装の小さな背中に当たるたび、パチンパチンと音が鳴り、仔実装の背中が痛みに跳ね上がる。 「おまえの名前、やっぱり糞蟲だな」 「テェェェンテェェェン」 仔実装は糞蟲と名づけられ、クッションの上でしばらくのた打ち回ることになった。
