その街には小さな公園があった。 かろうじて森があり、何分かしか楽しめない程度の長さだが散歩も出来る程度の道があり、ベンチもあった。 だが、最近この公園を利用する者は居ない。 否。 利用できないのだ。 原因は緑色の異臭を放つ物体のせいである。 今や害獣の代名詞ともなっているその生物と呼ぶもおぞましい生物、実装石。 それが三匹ほど公園に住み着いたのだ。 生きていれば汚臭を放ち、死ねば腐臭を放つ最悪の生物。 そのくせ半端に生命力は強い為に駆除は一苦労どころではない。 どうやって発生したかも不明である為に一部の生物学者は汚染物質によって変異した何らかの生物が異常進化したなれの果てではと言う説もある。 だが、それ以上の調査も研究も、誰もしようとはしなかった。 分かっている事は汚い外見に汚い鳴き声、人が嫌悪をするのを楽しんでいるかの様にあちらから人を見つけると近づき、吐き気を催す珍奇な声で鳴き、 去ろうとすれば突然ヘドロの様な糞を投げるという最低最悪な生態をしているというだけ。 それで充分だった。 無論飼おうとしたり保護したりと言った気違いも只一人として存在はしない。 そんな存在が公園に住み着いた。 お役所仕事の駆除が始まるまではまだ時間があり、公園は異臭の強さと共に人が居なくなる。 そんな公園のとある夕暮れ。 一人の男が不運にも公園に立ち入ってしまった。 男はたまたま尿意を催していた。 それがたまたまその公園の前だった。 男はまるで人気のない公園に一瞬驚くが、それよりもトイレと男は先に進んだ。 やがて、男は異変に気付く。 臭い。 酷く臭い。 男は直感的にしくじった、と思う。 だが、一時間も居るつもりならこの匂い、服に染み付きそうではあるが、トイレに入ってすぐに去れば問題ないだろう。 男は幸運に期待した。 だが、願った幸運程裏切られるのが人生。 コンクリートの豆腐みたいな公衆便所を見つけ、駆け込む男。 かくしてそこには実装石が居た。 小便をするための便器の反対側。 大便をする為の部屋はドアが開きっぱなしで、その金隠しの中にうずくまる様にして一匹、レバーの前にもう一匹の実装石が居た。 身長は30センチ程。いわゆる成体だ。 便器の中に身を滑らせているだけでもおぞましいのに、更に顔を奥に突っ込んでいる。 一体何をしているのか。 怖い物見たさがわずかに嫌悪感に勝る。 人間の登場に薄汚れた緑色は顔を上げるが、二つの事を考える頭は持ってないらしい。 再び行動に戻る。 レバーの前の実装石が、レバーに馬乗りになって体を揺らす。 すると、わずかにレバーが動き便器の排水口からちょろちょろと水が流れる。 実装石は耳障りな声で鳴き、粗末なボールにクレヨンで描いた様な顔を押しつけ、閉じる事を忘れた三角口から汚れた舌を伸ばしてべろべろと舐めた。 こぼれた水が土塊の様にまだら色の服を濡らし、濡れた部分は更に異臭を強く放つ。 少しすると、レバーに跨っていた一匹が降り、えふえふと鳴いてとうに止まっている水の出口を舐め続けている一匹の背中に飛び乗る。 勢いで便器に強く顔をぶつけ、声とは言えない声を上げて苦しむ一匹。 だがその姿にも一向に構わず、今背中に跳び蹴り(だと思う)を喰らわせた一匹が、死んだ様に横臥している一匹の頭巾をぐい、と持ち上げ鳴く。 どうやら替われと言っているらしい。 なるほど。 この公園、生憎噴水や小川と言った水場は存在しない。 おまけにここ一ヶ月雨もない。 この二匹はこうやってわずかずつ便器の水を飲んで喉の乾きをしのいでいるのだろう。 だが、先ほどから見ても分かるが大きさの割に軽いらしいので、レバー一つ満足に押せないのか、便器の中に出た水は少しの間舐めただけで水気を 無くしている。 量にして出るのは数十ccといったところか。 よく見れば無駄に丸い顔は細かな皺まみれで、腐ったブドウに似ているその瞳も正しく死んだ魚の様に濁っている。 多分、日に日に水分不足で衰弱しているのだろう。 そのうち死ぬ。 興味を無くした男は小便をし、水を流した。 突然、ズボンの膝の下あたりに何かがべちゃりとくっついた。 驚いて後ろを向くと、先ほどの二匹が手に糞を持って威嚇の声を上げていた。 何故? 何もしていない。 訳が分からない。 だが、指を差している便器を見ておおよそを察した。 水をよこせ。 そう言っているのだろう。 だが、男は理解と同時にズボンを汚された怒りより、遥かに強い悲しみに襲われた。 何故、この二匹はそんな事をするのか。 二足歩行、言語に似ている鳴き声からの、ある程度確立されているらしいコミュニケーション能力。 それがあるのに、どうしてこうもこいつらは人に対して攻撃的なのか。 そもそも実装石が例外なく人から嫌われ、憎しみの対象となる原因がその態度である。 実装石は、例外なく人間に対して高圧的であろう威嚇音で鳴き、汚染物質とすら言える糞を投げる。 そして知能こそ勝っている筈なのに犬猫にも劣る決定的な点が恩知らずだという事。 餌をやればなつき、可愛がれば何らかの形で犬猫、生物ならば答える。 実装石には何故か決定的にそれがない。 捨てるよりはましと試しに期限切れ弁当を与えてみた者が居る。 それに対し、実装石はこれ以上の方法は無いという位に汚く食い散らかし、魚の内臓が腐った様な匂いのゲップをしてからその人間に対して蹴りを入れ、 糞を足に塗った。 嫌らしいと表現する以外にない耳障りな鳴き声と共に。 その実装石は次の瞬間胴体を全体重をかけて踏みつけられ、排泄口と口から糞を吹き出した。 連中の内臓はまともな構造をしてない。 胃と大腸らしきもの以外に内臓らしい内臓はなく、ミミズより構造的に劣る。 しかも消化能力だけは強く、先ほどの弁当は食べて数分で糞になったらしい。 口と排泄口から糞を出しつつも、ゆがんだ醜い顔でまだ威嚇する仕草に、その男は正直生まれて殺意を抱いたという。 そして実装石は悪臭振りまく肉塊になり、地中深くに埋められた。 無論埋葬ではなく、臭いから。それだけの理由であった。 トイレで会った実装石。 それも同じだった。 寸分違わず。 男は悲しみの大きさと同じ怒りを覚え始めていた。 極めて冷静に。 駄目だ。 やはり駄目だ。 生きていては全てに置いて為にならない。 なぜこいつらは生きている。 多分本当に汚染物質によって生まれた存在してはいけない生物なのだろう。 男は、指もない手を口に当ててデププと深いな声を出す二匹の実装石をまとめて蹴り上げた。 ゼリーを入れた風船を蹴った様な気色の悪い感覚。 二匹はまとめて吹き飛び、入り口の角にしこたま頭をぶつけてると角度を変え、見事にへの字に曲がって外に吹き飛んだ。 男は用具箱入れからゴム手袋を見つけ、二重に填める。 そしてモップを持ち、バケツには杖付きのタワシなどを入れ、これから清掃をするかの様な出で立ちとなった。 実際、そうである。 トイレから男が出ると、十メートル程先に緑の物体が二つ転がっていた。 数メートル前からヘドロの様な色の線があるのを見ると、地面に落下してから勢いで滑り、そして停止した様だ。 何故。 男は悩む。 ほんの一蹴りでこうなる。 なのに何故、これはこうも自爆的行動を悠然と行うのか。 まさか自分が人間より上だと思っている? いや、それこそまさか、だ。 男は失笑する。 せめて、楽に。 そして掃除すればいい。 そう思っていた。 その矢先 よろよろと立ち上がる実装石。 そして再びけたたましい声で非難しているかの様に鳴く。 三角口はプレデターの口の様に醜く歪み、緑の体液にまみれた体は例える言葉が見つからない。 しかも、あろう事か逃げるどころか再び何色だったのか分からないパンツに手を突っ込み、糞を取り出した。 不快。 それ以外の言葉を思いつかない醜悪な笑みで投擲のモーションをするそれ。 男の悲しみが完全に怒りに変わった。 次の瞬間、男は十メートルを一気に駆け抜け、モップを実装石に向かって横凪ぎで突き出す。 左こめかみのあたりからモップのが突き刺さり、清掃用の糸ごと顔に食い込む。 そのままモップを振り抜き、勢いですっぽ抜けた実装石は血の様な体液を流しながら再びトイレに向かって飛んでいった。 そして、今度は壁に頭から突っ込む。 汚物の代名詞は、かくして汚物そのものとなった。 不快の元は消えたが、男の感情は何も変わらなかった。 ぷちぷちの一つを潰した。 それと同じ程度の感覚しかなかった。 こうするのが当たり前すぎたから。 男はもう一匹に振り向く。 すると、そこには先ほどより更に感情を逆撫でするおぞましい光景があった。 頭をいびつに変形させ、緑やら赤やら訳の分からない体液を流しながら、自分に向かって股を開いていた。 パンツを脱いで。 男は脳に流れた最低最悪の電気信号を散らし、疾風の様にモップの柄を汚物の腹に突き刺した。 何の張りもない皮膚、内臓はいとも簡単に裂け、モップの柄は一気に地面まで貫通する。 流石に悲鳴らしい悲鳴をあげるが、どうでも良かった。 痛みからか糞を吹き出す。 今度はその穴にバケツから取り出した杖付きタワシを思い切り突き刺す。 穴に対してあり得ない大きさのタワシが、穴を、皮膚を切り裂き、タワシ部分が完全に突き刺さった。 とりあえずこれで穴は塞がれた。 腹の中の異物、想像も出来ない痛みに流石にもだえているがその顔がまた醜悪この上ない。 男は再びモップを持ち、仰向けのそれをモップで殴りつけて俯せにすると、首の付け根にモップを突き立てる顔を地面に叩きつけられたそれは再び くぐもった威嚇音を出すが、それが合図となり、男はモップの先にある実装石で地面をずり始めた。 顔が削れていく。視界が無くなった。口はどこ? 痛みと驚きで手足をめちゃくちゃに動かすが、その動きもまた気色悪いの一言に尽きる。 男は逆に速度を速め、トイレ周辺には赤緑の液体の線が縦横無尽に描かれ続ける。 やがて、モップからそれがずるりと抜けた。 見ると、頭がぼろぼろの頭巾の布を残して完全に消失している。 胴体も半分程の厚さに減っている様だ。 男は小さく息を吐くと、感慨も消失感も何も沸かぬままに水をくみ、周囲を水で流し、残った汚物を地面に掘った穴に捨て、埋めた。 実際はまだまだだが、汚臭の元が消えただけで幾分空気が良くなった気がする。 男は一息つこう、と自販機からコーヒーを買い、ベンチに座った。 とりあえず、このズボン早々にしょうきゃくなりなんなりして廃棄が必要だ。 やれやれ、とコーヒーを一口飲んだ時、男はまだ不運が続いている事に気付く。 コーヒーを持っていた手に、再び悪臭を放つ糞が投げられた。 顔の近くだった為にその不快さは群を抜き、沸き上がる吐き気で溜まらずコーヒーを投げ出す。 慌ててベンチ裏の緑の葉で手を拭く。 そうしながら前を見た時、緑色の物体がまた一匹、こちらを見ながら笑う様に鳴いていた。 先ほどの二匹よりやや恰幅が良く見えるが、やはり顔には皺がより、瞳も濁っている。 一匹は地面に転がるコーヒーを手に取り、鼻で笑う仕草をしてからぐい、と飲んだ。 瞬間、耳を塞ぎたくなる声を上げてコーヒーを吹き出す。 どうやら苦みに耐えられなかった様だ。 動物はまぁそうだと思うが、これらは甘い物を食べた事もない個体ですら当たり前の様に好むという。 おそらく甘いと決めつけてがぶ飲みしたのだろう。 咳き込みながら缶を蹴り、今度は憎悪の目でこちらを見、叫ぶ。 その泣き声はまるで騙したな、とでも言っている様だった。 糞を投げつけ、勝手に奪い、勝手に飲んで、そして吐き出し、怒る。 男は哀れすぎるその思考に、自分はもしかして夢を見ているのかと思いたくなった。 男は足下に転がった缶を拾い、再び糞を投げようとしているそれに向かって思い切り投げた。 缶の角が鼻の穴と思わしき部分に突き刺さり、それは情けない鳴き声をあげて仰向けに転んだ。 男はそのままそれに近づき、ぶよぶよの腹を踏む。 突然の圧迫に悲鳴を上げ、赤緑の鼻血をどくどくと流しながら醜い以外の言葉が見つからない顔で睨み付け、鳴きわめくそれ。 だが、男は更に力を強める。 ビヤ樽の様な体がすこしへこみ、流石に鳴き声が変わる。 だが耳障りなのに変わりはなく、男はころがっていたコーヒーの缶をその口にねじ込んだ。 あきらかに缶の径より小さい口の為、下口を缶で押し広げる。するとごり、と濁った音がして顎がいびつに広がった。 男は砕けたであろうあごを更に広げ、とうとう口の中に缶をはめ込んだ。 缶の中に残っていたコーヒーが口腔内に流れ込むが、腹が押しつけられており喉を通らない。 息を止められたそれは鼻の穴からぴゅっとコーヒーの噴水を吹き出した。 だがそれは笑えるどころか醜さに輪をかけるだけ。 男は更に足に力を込め、腹をぐりぐりとこねる様に踏みつけた。 少し強く踏んだ時、排泄口からえぐい音を立てて糞が飛び出た。 同時に、口に押し込んでいた缶がぽん、と抜けて口からも糞がわき出る。 どこまで醜いのか。 男は口から出たその糞をまた被ってはたまらない、とそれをうつぶせにしてから、再び踏み始めた。 ぐじゅぐじゅと言う音と、声なのか音なのか分からない鳴き声を断続的にあげながら量の口で糞を吐き出すそれ。 この醜さに付け加えて酷すぎる生態。 男は宇宙生物の方がまだ理解できるなととりとめのない考えを浮かべた。 すこしすると、堅めのゼリーの様な感触の中に、ミカンの房の様なしこりの感触が混じり始めた。 途端、少しおとなしくなりかけていたそれが、泥をかき回した様な声で猛烈に鳴き始める。 棒きれの方がまだ使い道がありそうな手足を振り回し、一ミリとて逃れようのない足の裏から逃れようとする。 訳が分からなかったが、その時、ほんの少しだけ足の裏のしこりが動いた。 男は理解する。 これは妊娠中だ、と。 腹の中に子がいるのだ、と。 この場合、腹の中とは例えではなく本当に腹の中である。 実装石の忌み嫌われる大きな理由の一つに悪臭がある。 その理由は単純で、且つ深刻だ。 どんな生き物も生まれた時は大抵、独特の匂いはあるが臭いとまではいかない。 だが、実装石は違う。 生まれながらに親と変わらぬ悪臭を放つのだ。 それは非常識という言葉では生ぬるい程の体の構造に理由がある。 実装石は生殖器を持たない。 それらは、胃の一部、はては腸までもがその時になると子宮の役目も果たすのだ。 それ故、生まれる前から全ての子はゲロと糞にまみれており、糞と一緒に生まれるその時に空気に触れる事で悪臭は一気に濃度を増す。 外に出た瞬間、自分の匂いで絶命する個体も少なくないと言うのだから、その構造はお粗末では済まない欠陥中の欠陥だ。 しかも、それを逃れるという事は悪臭に慣れるという事でありその匂いは結局悪化の一途を辿る。 実装石は生まれる毎に生物としての価値を下げ続ける個体だった。 男は嫌悪する。 これから子が生まれたらこの公園はどうなるのだろう、と。 悩む必要はどこにもない。 男は、うどんの生地をこねる様にして足の裏に更に力を込め、ぐりぐりと胴体をまんべんなく踏み回した。 悲鳴と糞を交互に口から吐き出しつつ、排泄口からは止めどなく糞が流れ出る。 不快極まりない光景に変化が出た。 腹の中のしこりがだんだん崩れ、ヘドロの様な糞に赤緑色が混ざって排出され始めた。 わずかに見える固形物には顔の様な物が見える。子がすりつぶされて排出され始めた様だ。 排泄口も繰り返される圧力で切れ、噴出する糞の流れが不規則になっていた。 実装石の悲鳴がわずかに悲痛な鳴き声に変わる。 男は、一匹とて残してはならぬと更に強く胴体全体を踏み回した。 やがて、糞ではなく赤黒い血と思わしき体液が口と排泄口から出始める。 全て出し切ったのだろう。 足を離してみると、それの胴体は厚みのあるわらじの様な形に変形し、身長が十センチ程伸びていた。 しかもまだ意識ははっきりしている様なのだから、一体どこまでいい加減な体なのか。 一つ一つを見れば、死にそうな目に遭い子供を全て潰された。 それだけで哀れみをかけるには充分すぎる理由だ。 だが、これに対してだけはそう言った感情は一切沸かなかった。 それ以上に、こいつは今までどれだけ人間に不快を与えてきたのか、どれだけ公園や施設を汚染してきたのか。 どれだけ汚物を生み出してきたのか。 男はせめて生き物として死に絶える前に反省してはくれないか、と不意に思った。 男は骨らしい骨も全て砕け、胴体がぐにゃぐにゃになったそれを足の先で裏返しにする。 頭が上を向いているのに、体はねじれて足がうつぶせのまま。 だが、その姿すら哀れと言うより滑稽で、それがまた、ここまでされても哀れみを感じさせない生き物とは、と逆に関心を呼ぶ。 流石に放心しているのかおとなしいそれ。 男はあんぐりと開いたままの口に靴の先を突き刺してベンチの傍に蹴り投げた。 痛みで意識が戻ったのか、また異様な声で鳴く。 しかも顔を見ればぼろ雑巾の様になりながらもまだ憎悪と見れる表情。 本当に自分が何をしたのか、どうしてこうなるのか理解していないのだ。 男は小さくため息をつき、悲鳴を無視してそれの頭をこづき、ベンチの足の傍にずり動かす。 公園のベンチは単純に地面に設置しているだけだった。 男はベンチを持ち上げると、その足の下にそれの顔を蹴り寄せ、照準を定め、その手を離した。 眼前に巨大なパイプが迫る。 だが、何が起きるのか理解はしていないのだろう。 かくしてそれは、パイプが口の中に突き刺さってからくぐもった悲鳴を上げた。 両手がめちゃくちゃに動き、足もかろうじてぴくぴくと痙攣する。 更に男は事も無げにベンチにどっかりと座った。 圧力の掛かったパイプが口腔の粘膜、首の裏の皮膚を突き破り、地面にめり込む。 トマトを潰した様な肉の裂ける音は、濁った悲鳴にかき消された。 男はもう一度異臭の残る手を葉で念入りに拭く。 自動販売機から改めてコーヒーを買うと、くぐもった声のするベンチに座り直す。 男は、ようやくゆっくりとコーヒーを飲めた。 男はパイプの下で痙攣する顔を見ようともせず、空を見上げ続ける。 雨がくるのだろう。 男は鉛色の雲を確認すると、かるく背伸びしてから立ち去った。 もうどうでもいいのだ。 ベンチの下の物体の事など、もう頭から消えていたから。 夜半過ぎ。 公園に雨が降り始めていた。 ベンチの下で喘いでいたそれは、たった今までの激痛を忘れ、口の中に入る水の美味さに濁った声で、ゆがんだ瞳で笑った。 首の後ろが地面に貫通しているが、パイプから伝わる水滴は穴を通って地面に染みるそれより多く、それは久方ぶりの水を喉に染み渡らせていた。 ぼこぼこに歪み、汚れ、顔だと言うのもはばかれるその顔は、只それだけの事で自信に満ちた表情に変わり、今にも笑いだしそうだ。 只これだけの事で、これは自分がすごい存在なのだとでも言いたげに。 一国の王に出もなった様な顔で笑っていたそれだが、やがて雨が強くなり始めた。 飲んでは息をし、飲んでは息をしてを繰り返していたが、じわじわと飲める量よりも口に入る水の量が増してゆく。 地味に体力を消費する行動を続けた為、やが肺の動きが弱まり、口の中が水で一杯になった。 呼吸が出来ない。 くぐもった声と共に水を吐き出す。 気道を塞いでいた水が無くなり、大あわてでむさぼる様に呼吸をするが、肺も半ばつぶれている上にその小さな口腔ではあっという間に再び水が溜まる。 少しの間、濁った泥から泡が沸いて割れた様な鳴き声をあげながら、噎せ返しの反動で水を吐いては呼吸が繰り返された。 が、その貧弱な体の構造はわずか五分とそれに耐えられなかった。 吐き出した水に血が混じり始める。 喉と、一応あるらしい肺が急激な動きに耐えられなかったのだ。 しかもパイプを通して飲む水には剥がれた塗料や錆の破片が含まれ、粘膜に刺さったそれが更に出血を促す。 下半身は更に悲惨だった。 元からあれだけ痛めつけられた胴体である。 実装石は再生力が強いと言っても、衰弱している上に再生に必要な栄養がそもそも無いのだから簡単に治癒する訳もなく、飲んだ水はそのまま 排出されるのみ。 そして今は閉じる事も出来なくなった食道から水が流れ続け、ホースの様に破れた排泄口からちょろちょろと流れ続けていた。 かろうじて動く手が喉をかきむしる様な動作でぬたぬたと動くが、そもそも喉に届いてすら居ない。 やがて上半身が大きく痙攣し、口から一度大きな赤い噴水が上がり、そしてそれは動かなくなった。 その日以来、公園に実装石は居なくなる。 公園に再び子供達の声が聞こえる様になるのは、それから少し後の事だった。 完 おそまつ。 一回だけ書いてみたかった。
