タイトル:ワタシはミドリ
ファイル:ワタシはミドリ.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3953 レス数:0
初投稿日時:2007/11/10-19:53:08修正日時:2007/11/10-19:53:08
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●ワタシはミドリ



小さく古ぼけた公園に、一匹の実装石が住んでいた。
実装石は、周りの野良同様に、飼い実装に憧れていた。
時折、公園を訪れる飼い実装とその飼い主。
飼い主に名前を呼ばれる飼い実装を、その実装石は羨望の眼差しで見つめた。
自分の名を呼んでくれる者は誰もいない。
なぜなら自分はまだ野良だから。
名前なんてないのだから、呼ばれよう筈もないのだ。

「別に羨ましくなんかないデス。
 いつかワタシも飼い実装になれるデス。
 そうして世界で一番素晴らしい、あの飼い実装よりも素敵な名前をもらうんデス」

実装石は信じていた。
自分が特別な存在であることを。
いつか自分に名前を与える人間があらわれることを。
与えられる名前は、他のどんな飼い実装よりも、特別に素晴らしいものであることを。


ある日、実装石は運良く人間に拾われた。
実装石は念願かなって、飼われることになったのだ。
人間は実装石に名前を与えた。

「あなたの名前はミドリにしましょう」

リンガル越しのご主人様の言葉に実装石は飛び上がった。

「ワタシの名前はミドリデスゥ?
 とっても素敵な名前デスゥ!」
 
ずっと欲しがっていたものを手に入れて、ミドリはくるくる回って喜んだ。


今日からワタシの名前はミドリ。
そっと呟くと、胸に幸せな気持ちが広がった。
それが何だか嬉しくて、ミドリは何度も呟いた。
ワタシはミドリ。
ワタシはミドリ。
なんて素敵な名前なんだろう。
ご主人様からもらったこの名前は宝物。



飼い実装生活は穏やかだった。
トイレの躾や、決められた食事の時間など、飼い実装ならではのルールはあったが
ミドリの頭はそれなりに良かったので、慣れれば特に問題はなかった。
おいしい食事を食べたり、見たこともない玩具で遊べるのは幸せだった。
しかしミドリが一番幸せを感じるのは、やはりご主人様に名前を呼ばれる瞬間だった。

「ミドリ」

「デスゥ」

名前は飼い実装の証。
その名前を呼ばれれば、自分が飼い実装であるという事実に酔いしれることができた。







◇ ◇ ◇

「今日は公園に出かけましょう」
ご主人様の言葉にミドリは首を傾げた。
「ワタシが前に住んでた公園デスゥ?」
「いいえ、もっと広くて綺麗な公園よ」
洗濯されてピカピカになった実装服を着て、ミドリはご主人様と出かけた。
野良実装の駆除が定期的に行われるその公園は、清潔で明るい。
飼い実装を安心して遊ばせることができるとして、人気のある公園だった。



公園でご主人様は知人を見つけた。
知人は、耳に赤い花飾りを着けた実装石を連れていた。

「あら、こんにちは」

声をかけられた知人が、笑顔で振り向く。

「こんにちは。あなたも実装石を飼っていたの?」
「ええ、最近飼いだしたの。ミドリ、ご挨拶しなさい」

ご主人様に促され、ミドリは人間に元気良く挨拶した。

「こんにちはデスゥ!ワタシはミドリデスゥ!」

自分の名を誇らしげに告げるミドリ。
どうだ、この名前は。
とても素敵な名前だろうと、胸を張って。



その言葉を聞いて、ご主人様の知人の側にいた実装石がミドリの側に来た。

「あなたもミドリっていうんデスゥ?ワタシの名前もみどりデス」

挨拶をしながら、みどりはちょこんと頭を下げた。

「こんにちは、みどりちゃん。お行儀の良い子ね」

ミドリのご主人様は、みどりの頭を撫でた。




同じ名前を持つ実装石に親近感を持ったのか、みどりがミドリの手をとった。

「あっちで一緒に遊ぶデス!」

手を引っ張り駆け出すみどり。

「あそこが砂場デスゥ。あれは滑り台デスゥ」

二匹はいつしか公園の奥の茂みに来ていた。
入り口からは死角になっていて、薄暗い。

「ここはワタシの秘密の隠れ場所デスゥ」
「……」
「オトモダチとかくれんぼする時に、よく来るデス。他のみんなには内緒デス」
「……」

先ほどから一言も喋らないミドリに、みどりは不思議そうな顔をした。

「どうしたんデス?」



「……ワタシの名前はミドリデス」

「知ってるデス。ワタシとおんなじ名前デス」

ミドリは弾かれるように顔を上げた。

「ミドリは!ミドリはワタシの名前なんデスゥ!」

あまりの剣幕に、みどりは知らず後ずさる。

ミドリという名前は、自分がご主人様からもらったもの。
自分の為に用意された、特別な名前だ。
その名前を他の実装石が持っているなんて、許せない!
ミドリの体に沸々と怒りが湧き上がる。

「と、突然なんデス?おんなじ名前同士仲良くしたいデス」

その言葉を発した途端、みどりの頬に拳が入った。
ミドリが殴ったのだ。

「何が同じ名前デスッ。そんなの許せないデス。ミドリはワタシだけの名前デスゥ!」

その場に倒れこむみどりの上に、ミドリは馬乗りになって殴り続ける。

「なんでオマエもミドリと呼ばれてるんデス!ミドリはワタシだけのものなんデスゥ!」

叫びながらみどりの体に拳を叩きつける。

「ミドリは!特別なワタシの!特別な名前!デシャァァァ!」

ミドリが我に返ったときには、みどりはぐったりと動かなくなっていた。
横たわるみどりを見下ろし、うっすらと笑みを浮かべミドリは呟く。

「ミドリという名の実装石はワタシだけじゃないといけないんデス」



満足気に笑うミドリの耳に、微かに呻き声が届いた。
瀕死の体ではあるが、どうやらみどりはまだ生きているらしい。
生かして返せばまずいことになる、止めを刺そう。
そう考えた瞬間、背後でガサリと音がした。

まさか人間に見られたかと振り向いた先には、小汚い服を着た野良実装が立っていた。
前回の駆除から逃れたのか、それとも駆除後に住み着いたのか、どうやら野良実装はこの公園を住処にしているらしい。
野良実装はミドリの苛立った空気に怯んでいるようだ。
何の用かと問いかけるミドリに、野良実装は声が聞こえたから見に来ただけだと答えた。

ミドリはこの野良親子にみどりを処分させることを思いついた。
栄養のある餌をもらって育った飼い実装の体は、野良実装にとって良いご馳走だ。
案の定、野良実装は喜んで瀕死のみどりを引き取ると言う。

「これはワタシがもらってやるデス」

そう言って、ミドリはみどりの耳に飾られた赤い花飾りを奪い取った。



戻ったミドリにご主人様は尋ねた。

「あら、一緒に遊んでいたコはどうしたの?」

みどりの飼い主は他の人間と喋っているようで、近くにはいなかった。

「途中でどこかに行っちゃったデス」

素知らぬ顔で答えるミドリ。
パンツの中で、盗んだ花飾りがごわごわする。
ご主人様はリンガル越しのミドリの言葉に頷いて、そろそろ帰りましょうかと言った。
家に戻ったミドリは、一匹になった隙を狙ってパンツからそっとリボンを取り出した。

「あんな奴より、ワタシの方がずっと似合ってるデス」

鏡の前に立ち、花飾りを耳に当ててみる。
ひとしきり鏡を見つめ満足したミドリは、花飾りを自分のベッドの下に押し込んだ。
その後、みどりの飼い主がみどりが帰ってこないと嘆いていると聞いたミドリは
心配してうつむくフリをして、密かに笑った。



それからもミドリは、公園で同じ名を持つ実装石に出会うたびに、茂みに誘い込み殴り殺した。
公園に来る飼い実装はほとんど温室育ちで、元野良で喧嘩慣れしているミドリの敵ではなかった。
たまに強い元野良の飼い実装と出合っても、みどりの一件で知り合った野良実装に加勢してもらえば、負けることはなかった。
一匹殺す毎に、ミドリは戦利品として、靴やリボンを奪っていた。







◇ ◇ ◇

とある平日の正午前、ミドリのご主人様は大きな溜息をついた。
それを聞きつけたミドリはご主人様の側に寄り、心配そうに見上げた。
ご主人様はミドリの頭にそっと手を置く。

「ママね、今からお出かけするの」

飼い主は月に二回、近所の奥様たちとの昼食会に出かけていた。
昼食会のメンバーには、一人だけ気の合わない人物が含まれている。
彼女に会うのは気が重いが、夫の上司の奥方であるため、邪険にするわけにもいかなかった。
頭に置かれた手に、ミドリは自分の両手を伸ばし、ギュッと握った。

「慰めてくれてるの?ミドリ……」

ご主人様はミドリを抱き上げ、優しく抱きしめた。

「ありがとう、ミドリ。大好きよ、ミドリ」

ミドリもご主人様を抱きしめ返した。
ご主人様の体は温かく柔らかい。

「ママ、ミドリもママのこと大好きデスゥ」

この人に拾われて本当に良かったと、ミドリは思った。
優しくて善良で温もりを与えてくれる。
大好きな大好きなご主人様。
こんな優しいニンゲンに選ばれた自分は、やっぱり特別な存在なのだ。
だからご主人様、もっとミドリの名前を呼んで。
特別なワタシの特別な名前をもっと聞かせて。





今日もミドリはいつものように、ご主人様に連れられ公園を訪れた。
知人と話し込むご主人様から離れ、公園をうろついていると、見慣れぬ実装石が目に入った。
ピンクのフリル付きの実装服を着た、でっぷり太った実装石だ。
腰には太陽の光を受けて輝く、サテンのリボンが飾られている。
リボンに目が釘付けになったミドリに、太った実装石が気付く。

「オマエは誰デス。なにジロジロ見てるデスゥ?」

お前こそ誰だと問いかけたミドリに、太った実装石は立ち上がる。

「ワタシはジュリエットデスゥ。それでオマエは誰なんデス?」

値踏みするような視線に、ここで舐められてはいけないと、ミドリは胸を張って答えた。
そう、自分の名は「ミドリ」だと。



その名を聞いた途端、ジュリエットはデププププと笑った。

「何がおかしいんデスゥ」

小馬鹿にした笑い方に、なんだか腹が立つ。

「デププ……別に大したことではないデス。ただ……」
「ただ、なんデス?」
「ただ、平凡な名前だと思っただけデス」

平凡?
自分の名前が?
それはミドリが薄々と感じ始めていたことだった。
そして、あえて考えないようにしていたことでもあった。
今まで始末した数匹の「ミドリ」たち。
「ミドリ」という名前は特別なはずなのに、どうして彼女たちは皆、自分と同じ名前を持っていたのか。



「ミドリなんて、よくある名前デス」

ジュリエットの言葉がミドリの心をえぐる。

「ワタシの知ってるだけでも、ミドリなんて実装石は十匹はいるデス」

ミドリが見たくないと思っている現実を突きつける。

「デププ……デピャピャピャピャピャ!」

高らかな嘲笑に、足元がグラグラ揺れる。


もしもミドリという名が平凡なら
その名を持つ自分も平凡な存在?
いや、違う。
ワタシは特別な実装石。
特別な存在であるワタシの名前が、平凡であろうはずもない。



こいつを黙らせなければいけない。
放っておくと、自分の中の大切な何かが壊れてしまう。
殺そう。
そう決めたミドリは、言いたくもない言葉を口にした。

「ジュリエット……とっても素敵な名前デス」

搾り出すように、しかし不審がられないように、精一杯の愛想よさで話しかける。

「当たり前デス。言われるまでもないデスゥ」

満更でもない様子で踏ん反り返るジュリエット。

「ぜひ仲良くなりたいデス。お近づきの印にコンペイトウをプレゼントしたいデス」
「コ、コンペイトウデスゥッ?」

コンペイトウと聞いて、思わず声が上ずるジュリエット。
大好物のコンペイトウは、いくら食べても物足りない。

「オマエはなかなか見所があるデスゥ。
 コンペイトウなんて食い飽きてるけど、折角だからもらってやってもいいデスゥ」
 「向こうに隠してあるデス。ついて来て欲しいデス」

飼い実装であるミドリが、わざわざ公園にコンペイトウを隠す理由など、どこにもない。
ジュリエットが、もう少し賢い実装石であれば、そこに不信感を持ったであろう。

ワタシに取りに来させるのか、オマエが持って来いなどと、呟きつつジュリエットはついて来る。
ブツブツ言いながらも、零れ落ちそうになるヨダレを、すする音がミドリの耳に届いた。



ミドリが案内したのは、公園の入り口からは見え辛い、木の茂った辺りだった。
木陰の目立たない辺りに、汚れたダンボールが置いてある。

ぐるりと周りを見回すジュリエット。
口からは、もう我慢出来ないとばかりに、ヨダレが滴り落ちていた。

「コンペイトウはどこデスゥ?早くワタシに献上するデスゥ」
「コンペイトウならあそこにあるデス」
「あそこってどこデスゥ」
「だからあそこデス」

ミドリが指す方向に目を向けるジュリエット。
ジュリエットの視線が自分から離れた瞬間、ミドリは素早く殴りかかった。
力一杯に拳を振り上げ、ジュリエットの顔面を殴打する。
殴られた相手は、よろめき倒れる……はずだった。いつもなら。

ミドリは実装石としては、標準的な体型だ。
ジュリエットの太った体には、ミドリのパンチは軽すぎた。
突然の痛みに、ジュリエットの瞳が怒りの炎で燃える。
ミドリの胸倉を掴み上げ、睨みつけた。



不意にジュリエットの体に、勢い良く何かがぶつかった。
その反動で、体がぐらり揺れた。
耐え切れず、尻をついたジュリエットの目には、見知らぬ野良実装が映る。
誰だ、こいつは?
今ぶつかって来たのは、こいつなのか?


ジュリエットの頭に疑問符が浮かび上がる。
その隙を突いて、ミドリがジュリエットに飛び掛った。

「デエッ!?」

押し倒されたジュリエットが、悲鳴をあげる。



ミドリは近くに落ちていた小石を手に取り、顔面目掛けて殴りつけた。

「デギャアッ」

ジュリエットの目玉に、小石がめり込む。
片目に強烈な痛みを受け、思わず手を顔に伸ばす。

「デギョアッ」

その手に向けても、小石が振り下ろされる。
更には、もう片方の、目玉にも。


ミドリは小石を振り下ろし続けた。
何度も。
何度も。
特に、口元には丹念に、小石をぶつけた。

手を止めたときには、ジュリエットの顔に、顔らしい部分は無かった。
全体が真っ赤に潰され、目と口のあった部分には、血溜りができている。
頭を蹴飛ばすと、血溜りからドロリと血液が零れた。

これで自分の大切なものは守られた。
ミドリという名を平凡だという者はいなくなった。




「怪我は無いデスゥ?」

先程、ジュリエットに体当たりした野良実装が話しかけた。

「大丈夫デス。オマエのお陰で、こいつを殺せたデス」

野良実装は、服に付いた土埃をはたく。

「お互いさまデスゥ。今日もこの死体と服はもらっていくデスゥ」

野良実装が両手をポフポフと叩くと、それを合図に木の陰から仔実装が数匹走り出てきた。

「もう、怖いおばちゃんは死んだテチィ?」
「このおばちゃんの着てる服すごいテチ!ヒラヒラが付いててカワイイテチ〜」

ジュリエットの死体に群がる仔実装たち。

「ワタチもこんなお洋服着たいテチ!」
「着たいテチ!」
「駄目デス。こんな目立つ服を着ていては、同属に狙われるデス。このピンクの服はお布団にするデス。
 それにしても、今日のエモノは太ってて食いでがありそうデッス〜ン」

仔実装をたしなめる野良実装を尻目に、ミドリはジュリエットの胸元にある、サテンのリボンを引き抜いた。
これは今日の戦利品だ。

気が付けば、陽はすでに落ち始めていた。
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
もしも、こちらまで探しに来られるとマズイと思い、ミドリは慌てて駆け出した。



「ああ、ミドリ!どこに行っていたの?」

ミドリを見つけたご主人様は、息せきって問いかけた。
声色からは少しばかり、苛立ちが見られる。

「お友達と遊んでたデスゥ」
「探したのよ、まったくもう……。あれ、そのリボンどうしたの?」

ご主人様はミドリの右手に握られた、サテンのリボンを見て首を傾げた。
その言葉に、硬直するミドリ。
いつもなら、戦利品はパンツの中に隠していた。
慌てていたために、うっかり握ったまま持ってきてしまったのだ。

「お、オトモダチにもらったんデス」
「そうなの。綺麗なリボンねぇ……あら?」

ご主人様は、また不思議そうな顔をした。
今度はなんだというのだと、ミドリは思う。

「ミドリ、袖口が汚れてるわね。なんだか血みたいに見えるけど」」

服の袖口を見てみると、確かに赤黒く汚れている。
先程殺したジュリエットの血液だ。
小石越しとはいえ、かなり殴りつけたのだ。
返り血で染まってしまったのかもしれない。

こんな失敗は初めてだ。
よっぽど興奮していたのだろうか。
とにかく、この場を取り繕うべきだとミドリは判断した。

「こ、これはオトモダチが転んで怪我をしたんデス。いっぱい血が出て、助けてあげたときに汚れたんデス」
「えっ、それでそのお友達はどうしたの。ひどい怪我だったんじゃない?」
「オトモダチは、えっと、オトモダチのママとおうちに帰ったデス」

我ながら苦しい言い訳だとミドリは思った。

「…………」

ご主人様は黙って何も言わない。
ミドリを真剣な眼差しで見つめている。

背中を冷や汗が伝った。
息が詰まって、今にも体が震えてきそうだ。

沈黙に耐え切れず、ミドリが口を開きかけた瞬間、ご主人様は手を伸ばした。
ミドリを抱き上げると、そのまま歩き出す。

「お友達は飼い主さんと帰ったのね」
「デ、デスゥ」
「それなら、いいのよ」

また沈黙が続く。
公園を出たところで、ご主人様はミドリを抱く手に、力を込めた。

「最近ね、この公園で飼い実装が行方不明になるんだって。
 誘拐されたとか、おかしな人に殺されたんじゃないかっていう人がいるの」

ご主人様の声は暗い。

「ミドリ、何か知らない?」
「知らないデス」

咄嗟にそう答えた。

「ミドリ、なんだか顔色が悪いんじゃない?」

ご主人様は、ミドリの顔を覗き込む。

ミドリの頭に疑念が浮かぶ。
もしかして、ご主人様は自分のやっていることに、気付いているんじゃないか?
こんなことを自分に話すのは、探りを入れているのかもしれない。



しかし、その考えは杞憂だったようだ。

「変な話しちゃって、ごめんね。怖がらせちゃったかな」

ミドリの頭を、ご主人様の手が慰めるように優しく撫でる。

「もしも何かあったら怖いから、しばらくあの公園に行くのはやめましょう」

ミドリは黙って、ご主人様の胸に顔をうずめた。

家に帰るとご主人様は、ミドリの服を洗ってくれた。
袖口に付着した血液は、何度洗っても完全には取れず、うっすら残ってシミになった。




それ以来、ミドリは公園には行かなくなった。
そして一週間が過ぎた。
ミドリは部屋で、留守番をしていた。
ご主人様はいない。
今日は恒例の昼食会の日だ。

良い子で留守番してるのよ、と言うご主人様の言葉通りに、大人しく昼寝をしていたミドリ。
目を覚まししばらくすると、退屈の芽が顔を出し始めた。

ミドリは実装用ベッドの下にある隙間に手を伸ばし、隠しておいた物を取り出した。
取り出されたのは、今まで数匹の「ミドリ」たちから奪った、戦利品。

赤い花飾り、ブルーの前掛け、オレンジ色の靴、フリルの付いた頭巾、光る石のついたペンダント。
そして、腰にはもちろんサテンのリボン。

それらを身に着けると、ミドリは鏡の前に立つ。
ポーズを付けたり、いろんな角度から眺めたりと忙しい。

「デププ……。ワタシはとってもカワイイ実装チャンデッスン」

こうやって鏡を見るのは、最近お気に入りの退屈潰しだった。




◇ ◇ ◇

その頃、ミドリの飼い主は、昼食会の場で出されたポスターを見ていた。
ポスターには数匹の実装石が印刷されている。
ポスターの上の彼女達は全員、ここ最近に行方不明になった飼い実装石ばかりだ。
聞けば、飼い主同士で連絡をとって、捜索願のポスターを作ったという。


自分も実装石を飼っている身。
人事ではないと、ミドリの飼い主はポスターに印刷されている実装石たちを見つめた。

どの実装石も可愛がられているらしく、カラフルな実装服や、装身具を身に着けている。
その中に、他の写真と比べると、一回り大きく印刷された写真があった。
でっぷり太った体にピンクの実装服。
その腰に巻かれたサテンのリボンに、なんだか見覚えがあった。

なんだろう、このリボン。
どこで見たんだったかな。
そういえば、以前ミドリが公園で……。

ポスターから顔を上げると、隣席の婦人がこちらを見ているのに気が付いた。

「随分、熱心に見てるわね。やっぱり同じ飼い主の立場として、気になる?」
「それもあるんだけど、何だかこの子のリボンに見覚えがあって」

ミドリの飼い主は、ポスターの太った実装石を指差した。

「あら、その子の飼い主さんなら、来てるわよ」

隣席の婦人が指し示した人物は、昼食会の中心的人物である上司夫人だ。
ミドリの飼い主にとっては、苦手な人物であった。
いつもは威風堂々といった体で自信満々の彼女は、ペットが行方不明の心労からか
ふっくらとしていた頬は、随分とやつれていた。
ミドリの飼い主は、げっそりとした上司夫人に少なからず同情した。
彼女は、ミドリの飼い主にとっては苦手な人物ではあるが、特に憎い相手ではないのだ。
同じ実装石をペットに持つものとしては、同好の士ともいえる。

「ちょっと気になることがあるから、今日はこれで失礼させてもらいます」
そう言ってミドリの飼い主は、昼食会を抜け出した。
以前ミドリが握り締めていたリボン。
なんだか上司夫人の飼い実装のリボンに似ている気がする。
もしかして、何か関係があるのかも知れない。

ポスターを片手に持って、飼い主は自宅へ急いだ。
もしもミドリの持っていたリボンから何かがわかれば、きっと上司夫人は喜ぶだろう。
純粋な好意だけではなく、上司夫人に恩を売ることが出来るかもという、下心も少しはあったが
ともかく、飼い主は帰路を小走りで進んだ。



鞄から鍵を出すのももどかしく、飼い主は乱暴な手つきでドアを開けた。
飼い主が帰ってくれば、ミドリが玄関まで迎えに来るのが常だが、今日はその気配がない。
いつもの昼食会よりも早めに帰ってきたのだから、もしかしたらまだ昼寝でもしているのかもしれない。
そう考えた飼い主の耳に、ミドリの鳴き声が聞こえてきた。

「デッスゥ〜ン♪」

やけに楽しそうな声を聞いて、飼い主は不思議に思った。
足音を忍ばせて、鳴き声の聞こえるほうに向かって歩く飼い主。

そっと部屋を覗くと、部屋にはカラフルに着飾ったミドリの姿があった。
ミドリの身につけた服やアクセサリーを見て、飼い主は激しく混乱した。
どうしてミドリがポスターに載っていた実装石たちと同じものを身につけているの?
ともかく事情を聞かなければならない。
飼い主はリンガルのスイッチを押し込んだ。
動揺しつつ自分を見つめる飼い主に気付かず、ミドリは鏡をうっとりと見つめ、笑った。

「デプププ……。着飾ったワタシは美しいデス」

笑いながらミドリは鏡の前で一回転した。
スカートと腰に巻いたサテンのリボンが、ふわりと舞った。

「やっぱりあいつらよりワタシの方が似合うデス!デピャピャピャ!」

哄笑するミドリを見て、飼い主の体が震えた。
ミドリがどのような関わりで、行方不明になった実装石たちの持ち物を持っているのかはわからないが
ミドリの様子からして、良い関わり方をしていたとは思えなかった。
まさか行方不明の実装石たちはミドリが……?
嫌な考えが頭をよぎる。
なんにせよ、ミドリのこの姿をもしも誰かに見られでもすれば、大変なことになるだろう。
町内では行方不明の事件の犯人だと噂されるだろうし、その噂は確実に上司夫人の耳にも入る。
そうなれば、夫の出世は絶望的だし、場合によっては会社に居辛くなることすら考えられた。
今、この状況において、自分はどうすれば良いのだろう。

頭の中に浮かんだ選択肢は、一つしかなかった。


「ミドリ……」


口から出た声は、自分でも驚くほど冷たくて、それを聞いたミドリはビクリと硬直した。




◇ ◇ ◇

自分の名を呼ぶ声に、ミドリは恐る恐る振り向いた。
目の前には、まだ帰ってくるはずのないご主人様が立っている。
ご主人様の瞳は、ミドリを包むカラフルな衣服に注がれていた。
ミドリの体を冷や汗が伝う。
どうしてご主人様がここにいるの?
ご主人様に見られた!
まだ戻ってくる時間じゃない筈!
こんなとき、どうすれば良いの?
様々な感情がミドリの中に渦巻く。

「デ、デ、デッスーン」

パニックに陥ったミドリの取った行動は、媚びだった。
小首を傾げた拍子に、ミドリの頭の花飾りが揺れ動く。
飼い主はたまらず、手を振り上げた。

「デギャッ」

顔面に平手がぶつかったミドリは、たまらず倒れこんだ。
頬を押さえ顔を上げると、ご主人様は更に一撃を浴びせてきた。

「良い子だと思ってたのに……
 可愛がっていたのに……
 どうしてこんなことを……」

ぶつぶつと呟きながら、ご主人様はミドリの顔を叩き続ける。

やめてやめて痛い痛い
違うの!ご主人様、違うの!
ワタシは自分の名前を守っただけなの!
いつもの優しいご主人様に早く戻って
そしてワタシの名前を呼んで!

ミドリの心の叫びはご主人様には届かない


「 糞蟲! 」

ご主人様の叫び声と同時に、強烈な痛みがミドリを襲った。
そしてミドリは意識を失った。






◇ ◇ ◇

秋晴れの早朝、雀がチチチと鳴く下で、業者がゴミの回収を行っている。

「うわっ」

業者の若者が声を上げて、手に持ったゴミ袋を落とした。

「こ、こどもが……」

若者の言葉に、相方の中年の男がそちら見遣った。
半透明の袋越しに見えるモノを見て、中年は若者の背中を軽く叩いた。

「なんだ実装石じゃないか。偶にいるんだよな、ペットが死んだらゴミに出す奴が」

若者は胸を撫で下ろした。
よくよく見れば、確かに全裸の子供かと思ったそれは、実装石だ。
情の無い飼い主だな、と思いながら若者はゴミ袋を、トラックに積み込んだ。




暗闇の中、ゴミに囲まれたミドリは瀕死の体を、わずかによじる。
トラックが揺れるたびに、体に痛みが響き渡る。

ここはどこ?
暗くて、狭くて、体中が痛くて。
どうしてこんなことになってしまったの?

殴られ今まで意識を失っていたミドリは、今がどういう状況なのか理解できない。
事態を理解できない不安がミドリを襲う。

ワタシはミドリ。
特別な名前をもらった特別な実装石。
朦朧としながらも、自身の名を呟くミドリ。
最早その名を呼ぶ者は誰もいないということに、ミドリはまだ気付けていない。
それでも身動きも取れない状態で、心の拠り所である名前を、ミドリは呟き続ける。


ワタシはミドリ

ワタシはミドリ

ワタシはミドリ


ゴミ処理場に着いたトラックがブレーキを踏み、ミドリの体が大きく揺れた。


<了>

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