『花という名の実装石』 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! 焼香の匂いが漂う薄暗い部屋。 小さな棺の中には、既に冷たくなった母実装が横たわっている。 デヂヂーッ!! デヂヂーッ!! その棺の周囲をくるりくるりと回り、爪先立ちで棺を覗き込み地団駄を踏む仔実装の姿がある。 テェック!! テェック!! ヂーーーーッ!! 既に緑色に膨らませた下着が、棺の周囲を廻る度にますます膨れ上がって行った。 その棺の上に置かれている写真が、母実装の遺影だろうか。 初老の女性に抱かれた頬を赤らめた実装石の写真だ。 その実装石の両目は緑だった。 初めて母になる不安と仔を設ける喜びが入り交ざった複雑な表情。 そんな彼女を落ち着かせるように、彼女を抱き微笑む初老の女性。 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! 仔実装は、まだ母の匂いのする棺の周囲をくるくる廻りながら、明け方近くまで泣き叫んでいた。 ◇ もう実装石を飼いたくない。 家族同様のペットを失うことのショックを隠せなかった飼い主である初老の女性は、 長年飼い続けて来た実装石の仔を里子に出すことにした。 「花ちゃん。もうお母さんは死んだの」 デヂヂーッ!! デヂヂーッ!! 「もう、聞き分けのない仔ね」 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! 母実装の棺の周りで、聞き分けのない「花」と呼ばれた仔実装。 母の死別に会った仔実装であれば、当然の行動であるのだが、心労を重ねた初老の女性には、 花の対応に疲れきってしまった。 数日の後、花は知り合いに里子として出されてしまう。 母を失い、飼い主である初老の女性からも見放された花のショックは相当なものだった。 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! 初めて来る家で、最初にしたことはお漏らしだった。 見たことのない人間。見たことのない家。居るはずの母親も飼い主もいない場所。 デヂヂーッ!! デヂヂーッ!! 新しい飼い主の初老の男に対しても、手で宙を掻きながら、シャァァァァッッ!! シャァァァァッッ!!と威嚇を繰り返す。 手を入れて抱こうとする物なら、ダンボールの四方をぐるぐると駆け回り逃げる始末。 狭いダンボールを不憫に思い、初老の男が花をダンボールから出すと、 テェッ!? テェッ!! と、家の中を駆け回り始めた。 初老の男は、狭い所から広い場所に出されて喜んでいるのだなと思っていると、どうも違う。 テェック!! テェック!! ボロボロと零れる涙を拭いながら、カーペットを捲ったり、カーテンの裏を覗いたり、 そしてまた駆け出し、テチィィィィーーーッ!!と叫んで隣の部屋へと走り出す。 どうやら、母親を探しているらしいと気づいたのは少し経ってからである。 デヂヂーッ!! デヂヂーッ!! 家の中を3周したところで、肩で息をしながら地団駄を踏みはじめる花。 花はブリブリと下着を緑に染めながら、手足をバタつかせて大声で泣き続ける。 仔実装とは言え、泣き叫ぶ音量は近所迷惑になる。 初老の男は、何とか花に泣き止んで貰うよう、プリンや金平糖を取り出しあやし始める。 テェ!? テチュゥ〜ン♪ 甘い匂いを鼻にすると、本能からなのかすぐに泣き止み、甘い声を出す。 しかし、金平糖の効力もそのうち切れてしまう。 テェック!! テェック!! 10分もしないうちに泣き始めてしまう。 男が再びあやそうとしても、まったく泣き止む気配もない。 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! 再び、家の中の徘徊が始まった。 カーペットを捲る。ソファーの裏に廻り、表に廻り、また泣きながら裏に廻る。 初老の男は、躾が大事だと思い、花の頭巾を掴み、大声で叱った。 母親はいない。この家で暮らすなら静かにすること。 飼い主は自分であり、言う事を聞かないと家には置いてやらない。 出来るだけ威圧しないように叱った。 泣きじゃくる花の目を正面に見据えて、低く威厳のある声音で叱った。 ……………… 初老の男の声を理解したのか、花はピタリと泣き止んだ。 よかった。初老の男はそう思ったが、花が小刻みに震えているのがわかる。 よく見れば、歯を浮き立たせてガチガチと小刻みに鳴らしている。 少しすると、シャァァァ〜〜と暖かい湯気と特有のアンモニアの匂いが鼻につく。 ……………テ 男が頭巾をゆっくり離して地面に置くと、ペタンとそこに座り込むようにして、 花は呆然と初老の男を見上げた。そして… テエエエエエェェェェッッ!! 瞳孔が開いた目で、まるで汚物を見るかの如く、花は口を縦に大きく広げて、 これまで以上の大声で泣き叫び始めた。 テエエエェェーーーーン!! テエエエェェーーーーン!! これは堪らぬと男は花の口を指で塞ごうとする。 テェッ!? テェッ!! 初老の男は指を花に噛まれる。 仔実装が噛むのあり、大した痛みはないが、その行為は確実に拒絶に近い行動だった。 テチィィィィ〜〜ッ!! テチィィィィ〜〜ッ!! そして、花は逃げるように部屋を後にし、再び家の中に母親を探して駆け巡り始める。 初老の男は、この時この仔実装は手におえないと思い、花を手放す事を決意した。 ◇ 初老の男は、実装石に詳しい甥が居たことを思い出し、甥に連絡を取った。 隣町に住んでいるのだが、花の生い立ちとこの家に来てからの顛末を話すと その甥は「今から行く」と電話を切り、初老の男の家に向った。 そこまで実装石に必死になる甥を見て、初老の男は甥に花を任せて問題ないと安心した。 花はダンボールに詰められて、甥である男に連れられて、新しい家に連れられて行った。 花は始終、ダンボールの中で震えながら、泣きつかれて眠っていた。 花は甥である男の家についた後、ダンボールから取り出されて、水槽に入れられた。 テェ!? テェ!? 透明の板に囲まれた水槽は、カブトムシなどを入れるほどの大きさで、 仔実装の花にしても、とても狭い水槽だった。 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! 早速、大声で泣き始める花に、男は魔法瓶を取り出して、その水槽にお湯を注ぎ始めた。 ジャァァァァッッ!? デヂヂーッ!! 水槽に張られるお湯の中で、飛び跳ねる花。 そんな様子を上からにやにやと笑いながら見る男。 この甥である男は虐待派だった。 叔父である初老の男から、可哀想な生い立ちの花を聞きつけ、居ても立ってもいられなくなり すぐに迎えに行ったのは、このような姿を見るためであった。 アアアアアッッ!! アッ〜アッ〜ッ!! お湯が腰まで浸かるまでになると、既に下半身の皮膚は熱湯の温度でベロベロに赤く剥れていた。 それでも男は気にせず、お湯が花の顔にかかるまで、お湯を注ぎ続けた。 ヂィィィィィィーーーーッ!! 血涙と脱糞で、お湯が緑と赤に滲む中、花は手足をバタつかせて、そのお湯から逃れようとした。 しかし、仔実装の背ではそれも敵わず、花はとうとう気を失った。 男の指でも触ると火傷をする程の熱湯の中、花は舌をデロンと出しながら、ぷかぁ〜と 水槽に張られた湯気の立つお湯の中、仰向けになって浮いていた。 ◇ 男の虐待は続いた。 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! もう母親どころではなかった。 声を上げて泣くと、舌に安全ピンを通された。 小さな裁縫用の鋏で、目の瞼を切られて、剥き出しの目にワサビを塗られた。 ヂィィィィィィーーーーッ!! ヂィィィィィィーーーーッ!! 唸るように泣くと、「五月蝿い」の一言で拳で殴られた。 デコピンでも何でもない。大の人間の本気の拳の一撃である。 机と拳の間に圧迫されて、骨が折れる音が脳裏に響いた。 テェ…ッ!! ェ…ッ!! 痙攣して気を失っても、男は容赦はなかった。 頭巾をずらし、前髪を指で引き千切る。 そして、コンパスの針を思いっきり頭の中心に突き刺す。 …ェ それぐらいの痛みでは、花は目を覚まさなかった。 そして、そのコンパスで頭に円を描く。 次いで、その円に等間隔で8つの孔を穿つ。 テェッ!! …テェッ!! テェッ!! …ェッ! 既に花は白目を剥いて、口から泡を吐いている。 男はそんなことはお構いなしに、その孔に糸やすりを通し、花の頭蓋骨を円状に剥がしていく。 ……ェ!! ……ェ!! 綺麗に円状の頭蓋骨を剥がすと、綺麗なピンク色の脳髄が現れる。 男は、その脳に無造作に針を刺していく。 テェェェェーーーーー!! ェェェェーーーーー!! 声にならない声で叫ぶ花。 そんな花を見て、大声で笑う男。 朦朧と意識を取り戻した花に、全身が映る等身大の鏡を見せてやる。 高らかに笑う男の声。そんな声を聞きながら、脳みそが露わになった針差しのような頭を見て、 ヂィィィィィィーーーーッ!! と、花は叫ぶしかなかった。 ◇ 1ヶ月が経過した。 花は与えられた水槽の中で、横たわっていた。 頬はこけ、唇は乾燥してひび割れ、目は窪んでいた。 時折、テチィ〜…と力弱く呟いたかと思うと、無気力に水槽の外を眺めるしかなかった。 「そろそろ頃合か…」と男が呟いたのが耳に入ったかどうかわからないが、 男が近づくと、花はチー…と、か細く鳴いた。 男は花をお風呂場に連れて行き、ぬるま湯で体を洗ってやった。 「色々今までありがとうな」そんな気持ちを男は吐露した。 花は何故か男の手つきがいつもと違って優しいため、 テチュゥ〜♪ テチュゥ〜ン♪ と、喉を鳴らして喜んだ。 花はいつも違う新しい洗いざしの実装服に身を包み、青白い頬を赤らめて、水槽の中で座っていた。 実装服から覗く手足は、病的なほど細く、見ているだけでも痛々しかったが、花は耳をピクピクさせながら いつもと違う今日の待遇に期待で胸を膨らませた。 デッスゥ〜ン… それは確かに隣の部屋から聞えた。 テェ…… それは成体実装石の声。 ここに来てから初めて聞く他の実装石の声。 デッスゥ〜ン 間違いない。実装石の声だ。 テチィィィィ〜〜ッ!! テチィィィィ〜〜ッ!! 花は痩せた体で暴れるように水槽で叫んだ。 ママだ!ママの声だ! 花はそう思った。 ここに来てから初めて聞く他の実装石の声。 いや、それは正確な表現ではなかった。生まれて初めて、母親以外に聞く実装石の声だ。 母を渇望して止まぬ花が聞いた声が、すなわち母親であると思い込むのに、それは充分な状況であった。 テチィィィィ〜〜ッ!! テチィィィィ〜〜ッ!! ぺしんぺしんと水槽の壁を叩く花。 興奮し過ぎてか、胃の中に何もないのに水のような糞を漏らし続ける。 そんなところに男が現れた。 花は男に向かい、耳をピクピクさせ、鼻の穴をピスピスさせながら、甲高く声を上げて見せた。 男も花の頭を撫でて、水槽を持ち上げ、隣の部屋へと向う。 デッスゥ〜ン♪ デッスゥ〜ン♪ 隣の部屋では、成体実装石が男の姿を認めるや、駆けるようにして寄って来た。 テチィィィィィィッ!!! テチィィィィィィッ!!!(ママだ!! ママだっ!!) 初めて見る母親以外の実装石。 その姿を見るや否や、花は興奮状態で大声で叫び出す。 男はそんな興奮状態の花を愛しく思い、花を優しく抱いて水槽から取り出した。 デスゥ〜? テチュゥ〜ン♪ テチュゥ〜ン♪ 男の手から、成体実装石に手渡される花。 成体実装石は首を傾げながら、猫なで声で媚び続ける花の姿を首を傾げながら見つめている。 テェックッ!! テェックッ!! 感極まり、花が泣き始める。成体実装石の手に抱かれた時には大声で泣き始めた程だった。 テェェェェーーン!! テェェェェーーン!! デー… 成体実装石は、泣き続ける花をしばらく眺め、花を頭から齧り付いた。 そして、ムグ… ング…と花の頭を咀嚼して嚥下し、男に向ってデス〜と鳴いた。 (終わり)
