実装石の日常 はぐれ実装 野良実装とは一般的に人間社会の片隅に生活圏を置くものを指す。 そのほとんど全て……97パーセント(厚生労働省衛生二課調査による)……が公園に営巣し 一部で言われる 「 公園実装 」 であるが、ごくまれに公園以外で1匹または家族のみで営巣しているものもいる。 細分すれば 「 はぐれ実装 」 と言われるものであるが彼女らの生きている環境は大変厳しい。 公園のように条件が揃っていない以上当然ではあるが、競争相手のほかの野良実装がいないのが有利な点である。 ある大人しい野良実装は同属との競争に疲れ一匹公園を脱し、幸運にも営巣に適した場所を得られた。 本来は新たな、もう少しまともな環境の公園を目指していたのだが、途中で幸運に恵まれればこうしたこともあるのだ。 渡りの途中でこうした 「 はぐれ実装 」 が発生するとされているが、未だ詳しくは分かっていない。 ともかく山のふもとの寂れた住宅地にその一家は住んでいた。 人家もまばらで廃屋すら珍しくない場所ではあったが、 お陰で打ち捨てられた庭の奥にダンボールを持ち込んでも追い払う人間はいなかった。 小さな池が残されており、雨水だが十分溜まっている。水があれば概ね問題はない、あとは食料の確保だ。 えっちらおっちらとその野良実装はビニール袋片手に坂道を登っていく。 なかなか急な坂で公園生活では経験しないほどなのでできれば避けたいが、その先にある物を考えれば労苦を厭えない。 小さなロッジ風のレストランがあるのだ。 その裏手には小さなポリバケツがいくつもあり、彼女の体格でも十分手が届き中身を取り放題だ。 中身はレストランで出た残飯で新鮮なものばかり。 味に関して言えば、これまで経験したことがないほどである。 ……公園を出て本当に良かった、あの仔たちに良い物を沢山食べさせて上げられる。 彼女は自分が良い思いをしたいがために、渡りをしたのではない。 公園が仲間であふれかえり、急速に食糧事情が悪化する中、生まれてくるであろうわが仔のため、苦労を承知で公園を捨てたのだ。 その決断は十分報われた。安全な住まい、豊かな食料、6匹の仔はまだまだ小さいが順調に育ってくれている。 山を越えるであろう坂道を見ると親実装は考え深い。 いまでこそ麓に住み着いたが、当初は山越えをして新天地の公園を目指すつもりだったのだ。 仔が大きくなれば何匹かはこの山を越え、新たな世界を自分の代わりに探してくれるだろう。 ************************************* 「私はゆで卵が食べたいテチ」 「ケーキがいいテチ」 「4女ちゃん、5女ちゃん!我がまま言ったらダメテチィ!」 家を出ようとする親実装にじゃれ付く妹たちをしっかり者の長女が咎めた。 微笑みながら親実装 「大丈夫デス、沢山あるからみんなが欲しいものを選んでくるデスー」 「でもママ、あんまり贅沢すると良くないテチ」 ……かしこい、本当にこの仔は賢い 長女の賢さに嬉しさを感じる親実装である、その仔の頭を撫でながら 「長女は何が欲しいデスー」 「わ、私は何だっていいテチ…」 妹を咎めた立場からか、遠慮する長女。実に賢い仔なので、親実装の期待は大きく可愛がっていた。 「じゃあママが適当に選んでくるデス」 ビニール袋を丸めて脇に抱える親実装の後ろ姿に、長女はなにか言いたげだ。 「……たぶん、ハンバーグを持って帰ってくる気がするデスー」 長女の好物を言う親実装。ぱっと明るい表情の長女に妹たちがまとわりつく。 「長女姉ちゃんも同じテチィー」 「同じテチィー」 暖かい光景を見ながら、親実装はダンボールハウスを後にした。 ************************************* レストランの裏手に回るといつものようにポリバケツが並んでいる。 住宅地のゴミ捨て場だと、遠出する公園実装と競合してしまうがここまでやって来る者はない。 しかも食べ物ばかりなので普通のゴミ捨て場のように、必死にビニール袋を破っても中身が食べられないものばかり、 という心配がない。 唯一の心配はすぐに広がる山間からやってくるカラスだ。群れている彼らと戦っては勝ち目がない。 もしかち合う様なら、しばらく身を潜めて立ち去るのを待つほかないのだが今日は幸い、カラスの姿はなかった。 鼻歌交じりに親実装はポリバケツに近寄ると、蓋は外れていた。人間が閉め忘れたのか、カラスがあけたのか。 まあ親実装には関係がないことだ、ビニール袋も引き裂かれていたので中身を確認する。 まず出てきたのはパスタだ、あまり人気がないのでその辺に投げ捨てる。 次にあるのは野菜サラダ。分別して綺麗なものをビニール袋にいれ、それ以外はその辺に捨てる。 さあ次だ。 店内からそれを見ている人影があった。 「くそ、あいつかよ」 店員の1人である、レストランのゴミ捨ては彼が担当であった。 二週間ほど前からゴミ捨て場が荒れるようになっていたのだ、最初こそ閉め忘れや、強風にあおられたと思ったがそうでもない。 確実に閉めた日でさえ、翌日蓋があいていた。 「ホームレスじゃないですかね、景気がよくなったとは言え、まだまだいますから」 温厚な店主はあまり詮索しなかったが店員は納得できない。 荒れたゴミ捨て場を掃除することよりも、すき放題される事実が我慢できなかった。 「タバコの吸殻を混ぜてやりましょう、食べられなくなりますよ」 一部の飲食店ではホームレス対策でそうしたやり方は実際行なわれているが、店主は首を横に振る。 「そこまですることはないでしょう。良いじゃないですか」 それどころか食べられる物を綺麗なパックに入れてから捨ててやることさえあった。 だが段々侵入者は大胆になっていき、ゴミを散乱させるようになってきた。選り好みもかなりする。 「困りましたね」 この店主の一言に店員は期待したが、実行されたのは張り紙だけだった。 「あまり汚さないで下さい」 実効性はなかった。一層不満に思う店員は見張ることにしたのだった。 そうするとやってきたのは実装石だ、デスデスいいながら物色して生ゴミを散乱させているではないか。 ホームレス相手だとなにがあるかわからない、と持っていた麺棒を置く。代わりにロープ片手にそっと出て行く。 後ろにまで近づいているが、ゴハン選びに勤しんでいる親実装は気づかない。 ハンバーグを見つけて、歓声を上げたとき思いっきり蹴飛ばされたのだった。 ************************************* 「とまあお前のお陰で俺はえらい目にあったんだぜ。散らかし放題だったからなぁ」 ぼこぼこに蹴飛ばされた親実装は店の裏手のフェンスにロープで縛り付けられた。 右目は潰され左腕は捻じ曲がり、全身には蹴られたあざ。 簡単に殺すと面白くないので、しばらくこのままにすることにしたのだった。 何しろ警戒心が薄れた親実装は日に日にゴミ捨て場を荒らすようになってきていたのだから、 店員にとってはたまったものではない。 憂さ晴らしに蹴りを一つ加えると、 デギャ と悲鳴が上がった。 ************************************* さんざん暴行された親実装であったが、心配なのはわが身のことよりもダンボールに残してきた仔のことである。 水と食料は備蓄があるが自分が帰らなければ飢えて死ぬだけ。 何より恐ろしいのは飢餓から共食いを始めることである。 凄惨な家族間の共食いを公園で見てきた親実装はそれだけは避けたかった。 ……ニンゲンさんが出てきたらすぐに謝ろう。訳を言ってなんとか家に帰らせてもらおう。 だがその日は店員が出てくることはなく、翌日もなかった。翌日はたまたま定休日だったのだ。 丸2日も縛られて意識が朦朧として来る。 「……マ、ママ……ママ!」 何度目かの幻聴かと思いながら目を開けると、長女・次女・3女がテチテチ泣き叫んでいた。 「ママが目を覚ませたテチィ!」 「ママァーーーー!会いたかったテチャア!」 「ママ!ママ!ママ!」 親実装ははっきりと覚醒した。 「お前たち!どうして!」 「ママが遅いから心配したテチ!」 「ママがお話していた道で来たテチ!」 「ママがいなくて寂しかったテチィ」 「小さい妹たちは危ないからお家で待ってるテチィ!」 大量の涙を溢れさせる仔に親実装も涙目である。共食いを考えた自分が愚かであった。危険を承知で助けに来てくれたではないか。 ガツガツと咀嚼する音が聞こえる。 バケツに頭から首を突っ込んでいる成体実装が1匹、一心不乱で残飯を食らっているのだ。 「あの親切なおばさんに途中で会ったテチ」 どっと冷や汗をかく親に気づかず説明する長女。 「理由を話したらここまで一緒に来てくれたテチ、おばさんの仔たちは私たちのダンボールで待ってるテチ」 「……!」 恐ろしい想像に震える親実装。 「その仔たちは数はどれくらいデス!大きいデス?」 「10匹いたテチ、みんな私より大きいテチ。 お腹を空かせてたからゴハンを全部分けたテチ、それでも足りないみたいテチ。 ゴハンもって早く帰るテチ」 説明する長女の代わりに次女が成体の野良実装に駆け寄った。 「おばさん、早くママを助けてテチー。ゴハンなら後にしてテチ」 面倒くさそうに次女を払うと、野良実装は縛られた親実装に近づく。 親実装が緊張しながら観察すると、野良の服はぼろぼろ、髪は汚れ過酷な環境からやってきたのは一目で分かる。 「おばさん、早」 急かそうと近づいた次女の足が捕まれると、思いっきり投げられる。 軽く小さな仔実装、ひとたまりもなくアスファルトにたたきつけられバウンドし、もう一度地面に激突した。 「次女ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」 次女の手足は折れ曲がり、頭は陥没し血まみれだ。 ************************************* 「デヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!!!!!! お前らが馬鹿でこっちは大助かりデスー! いい餌場が手に入ったデスーこれからここは私のものデスーーー! ダンボールも私のものデスーーーーー!」 豹変振りに長女・3女は真っ青だ、次女は分けもわからず立ち上がろうと自分の血の海の中でもがいている。 親実装は自分の教育の欠陥をこのとき知ってしまった。他の実装を知らない仔はそれを脅威だと分からなかったのだ。 いや、時間があれば教育できたのだろうが、まだ生まれてそれほど経っていない。 それでも最優先で教えるべきだったのか? 凄まじい後悔の念を覚えながら、絶叫した。 「早く!長女!3女!逃げるデスーーーー!」 当の2匹はパンツを緑色に染めていた。生まれて初めて、命の危険にさらされているのだ。 カタカタ震え上がりながら、動くことも叶わない。 「デヒャヒャヒャヒャ!なんて愚かな仔デスー!とっとと逃げればいいのにデスー 馬鹿は生き残れないデスー」 長女が涙を浮かべながら四つんばいになり、歯を剥いた。 「ヂィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!」 「デエ?」 「ヂィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」 「デエ?」 「早く!早く逃げてデス!」 「ヂィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」 「…デ、デヒャヒャヒャハ!一人前に威嚇してやがるデスーーーーーーーーーーー! ゴハンも取れない仔蟲が威嚇してやがるデス、デヒャヒャヒャヒャーーーーーーーーーー」 その辺に転がっている空き缶より小さな長女が威嚇しても、それは滑稽でしかないだろう。 しかもパンコンはとまらず、涙も止まらない。 恐怖も隠せないのに威嚇する姿に野良実装は大笑いだ。 「長女ーーーー!!!!早く、早く逃げるデ」 必死に逃げるよう言いかけた親実装だが、自分のそばに3女が来ていることに気づいた。 しかも、3女は涙目ながら懸命に親を縛っているナイロンロープに噛み付いている。 カリカリとかじるが丈夫なロープは傷もできない。そのうち、3女の口と手が血まみれになってきた。 「無理デスッ、お前の力じゃ無理デスッ、お前だけでも逃げるデッス」 嘲笑している野良実装に気づかれないよう足元の3女に声をかけるが、見ようともせずひたすらロープに噛み付いていた。 親実装は3女が家族全てを救おうとしていることを理解した。そして長女も。 だがそれは無理と言うものだ、せめて3女だけでも逃げれば助かる可能性はあるのだが。 「デス、抜け目がない奴デスー」 とうとう野良実装は3女の動きに感づき、ゆっくりと歩いてくる。 威嚇の声を張り上げている長女の前を通っていくが気にも留めない。 「待って、待ってデス!ゴハンもダンボールも上げるデス!この仔たちは見逃してやってデス!」 足元では歯を抜け落ちさせながら3女がロープをかじっている。 「何を言ってるデス。ゴハンもダンボールもとっくに私の物デスー お前の仔ならおもちゃ代わりに殺してやるから感謝しろデス」 「いい仔デス! すごくいい仔デスー! 見逃してデーーーース!」 「デヒャヒャヒャヒャ! どこがいい仔デス! ただの糞蟲デース」 どんどん寄って来る野良に命乞いするしかない親実装であった。 「何も悪いことしてないデス、優しい仔たちデス」 「よその野良実装をダンボールに入れるなんてただの馬鹿デース。食ってやるデース 見逃して大きくなりでもしたら面倒デスー」 「そんなことないデスーーー!」 ひょいと3女を摘み上げる野良実装。3女を親実装の顔の前に持ち上げる。 顔も口も手も血まみれだった。 「マ……マ。ママー--!」 「3女ーーーー!」 じたばた暴れる3女であるが、野良実装に足先を摘まれ空中でゆれるだけだ。 「3女を離せテチャアアアアア!!!!!!!」 長女が駆け寄ってきて、野良実装の足を全力で(つまり、ペチペチと)殴りかかった。 ようやく気づいた野良だが面倒なので無視を決め込む。 「こういう馬鹿は」 なるだけ高く持ち上げると持ったまま振り下ろす。 ベチャリと泥でも叩きつけたかのような音がして、血肉が飛びちる。 「潰しておくのに限るデース。デヒャヒャヒャヒャ!」 3女は上半身が破裂したかのように飛び散り、わずかに足先のみを残していた。 親実装も長女も3女の血に染まっている。 「次はこいつデス」 呆然自失の長女を摘みあげる野良に、はっとする親実装。 「長女!」 「助けて…テチ!助けてテチ!テチャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 圧倒的な暴力に長女は泣き叫ぶ。 「今までの威勢はどうしたデスー。早く威嚇しろデスー。デヒャヒャヒャ!」 「仔のやったことデス!助けてやってデス、助けてやってデス!!」 「……お前は助かりたいデス?」 「殺さないでテチ、殺さないでテチィ!」 「……そこの死骸を食ったら考えてやるデスー」 死骸とは3女のものであった。顔が引きつる親実装と長女だが、しかしどうしようもない。 おろされた長女はばらばらの妹の肉片を恐る恐るつまみ上げる、が口には入れられない。 「とっとと食いやがれデスー」 無理である、このはぐれ実装の一家は倫理観をもっており、家族の死体を食うなど論外だ。 恐ろしくて涙が止まらない長女も、口元以上進められない。 「食べていいデス……」 「ママ……」 衰弱した親実装がやさしく声をかけてやる。 「今なら3女も許してくれるデスー」 嘔吐を抑えながら妹の肉を口に入れ咀嚼する。直視できない親は目をつむっている 「デヒャヒャヒャヒャ!」 その光景に得意の絶頂の野良実装、笑いが止まらない。 「共食いする糞蟲デース、命惜しさに妹食ってるデース!」 デヒャヒャヒャと笑い声がこだまし、長女の涙はいよいよ止まらない。 「こんな糞蟲は始末するに限るデスー」 無造作に野良実装が長女の首をひねって千切る。 生首にはあっけにとられたような表情が張り付いたまま。 「長女、長女があああああああああああ!」 「さて……ゴハンをもってお家に帰るデスー。お前の始末はニンゲンがするデス、デヒャヒャヒャヒャ」 これまで放置されてきた状態から、人間が許すはずもないだろうという判断だった。 野良実装はバケツに近づくが足元にきらめく物を見つけ拾うと狂喜の声を上げた。 「コンペイトウ、デス!」 久しぶりのコンペイトウである、わざわざ親実装に見せびらかす。 「ついてるデス、つきすぎデスー。お前の分までついてるデス」 そうやって満面の笑みで上を向き、コンペイトウを口に放り込んだ。 一瞬後、口から赤い噴水が高さ4mほどまで立ち昇った。 七転八倒、転がりまわる野良実装。最初ほどではないが、血を勢い良く噴き出す。 「デギャガガガガ!!!!!!!!!!! デギャアガアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!! デガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 転がりまわるので手足が折れるがその痛みに気づかないほどの苦痛だった。 とっくにパンツからはただ漏れだが構うゆとりはない。 目をむき出しにして吐血しながら転がりまわる。 実装石がまだいるかも、と思った店員が念のためコロリをまいておいたのだ。不用意な野良実装はあっけなく罠にかかった。 しかもこのコロリは強烈な苦痛を伴うタイプである、内臓が業火に焼かれるような痛みを起こす。 もう野良実装は苦痛以外なにも感じないほどになっていたが、数分間ごろごろ転がり続けると 「デジャア」 断末魔を残して死んだ。 ************************************* あっという間の出来事だった、時間で言えば10分もないだろう。 その短い間に長女・次女・3女を殺された親実装は悲しみとショックで震えるだけだ。 しっかり者の長女、優しい次女・3女。理不尽なまでにあっさりと殺されてしまった。 「なんか騒がしいな」 ガチャっとドアを開けて出てきたのは店員だった。 一面を見渡してだいたい察しをつけたのか、ため息をつく。 「おお、猛烈コロリを置いておいて正解だったな、お前らは人に迷惑かける事しかしやがらない」 店員は殺意を見せながら親実装に歩み寄ってくる。 ロープを解こうと疲れた身体を動かすがびくともしない。 「お前も年貢の納め時だ」 「デ、デ、デ」 ダンボールに残した3匹を思い、無念のあまり目をつぶる親実装。 「どうしたんですか」 親実装が知るわけもないが、店主が物音を聞きつけてやってきた。 もちろん何があったか話す店員にうなづく店主。 「そうですか、よう分かりました」 「では」 「では逃がしてやりましょう」 「はあ?」 「今度から動かせない大きなバケツに蓋をします。それで野良実装対策は十分です、殺す必要は無いでしょう」 「いや、でも」 「いいじゃないですか、これからは虫や雑草でもとって生きていくといいのですが」 「こんなに荒らしたんですよ!」 「私の不注意でした、小さなバケツしか準備してなかった。あなたに苦労させたのは申し訳なかったです」 「いえ、俺は良いんですがこいつ等……」 しばらくやり取りが続くが、結局店員が折れた。 店主が立ち去ると店員は親実装のロープを解いてやる。 親実装が恐る恐る見上げると、店員は野良実装の死骸をバケツに放り込んでから振り向く。 「次来たら必ず殺す、絶対な」 リンガルがなくとも通じる、動物共通の殺意に親実装は震えながらうなづく。 しかし今は残した3匹の仔が案じられる。とにかく家路を急ごうとすると 「……ママ」 声がした。次女である、野良にたたきつけられた次女が全身の骨を砕かれながらまだ生き延びていたのだ。 這いながら親実装の元へ近づいてくる。 「痛いテチ、寒いテチ、ママ、ママ……」 「動いちゃだめデスー!」 親が走りよろうとすると、間に店員が割って入る。 何気ない動きで次女に足を乗せ、ゆっくりとおろしていく。 次女は顔と右手が辛うじて靴から出ているだけだ、狂ったように折れた右手を親実装に振りまわす。 店員の靴と地面の間に次女の中身が広がっていく、ぶちぶちと音を立てて。 数秒後には顔を残して次女は押しつぶされたミンチと化していた。 わが仔を前にしゃがみ込む親実装。 「あ、ああーーーーーーーーーーーー!」 ************************************* これだけの目に会っても親実装は悲嘆にくれ泣いている暇はないのだ。 我が家では4女・5女・6女が残っており、しかも凶暴な野良実装の仔が10匹も一緒にいるのだから。 4女はゆで卵、5女はケーキを欲しがっていた2日前が遥か昔の出来事のようだ。 親実装は満身創痍だが懸命に走った。走って我が家を目指した。 レストランの駐車場を駆け抜け、 坂道を下り(途中で転んであちこち擦り切れた)、 住宅が点在する地域を走り、 雑草の生い茂る庭に飛び込むとダンボールがあった。 もどかしい気持ちでドアを開ける! 「ただいまデス!」 見慣れぬ仔実装たちがテチテチ騒いでいる。手には肉片、床は赤と緑の血痕で塗装されていた。 「テチ、遅かったテチ、ママはどうしたテチこの奴隷!」 1匹が親実装を蹴飛ばすが、それどころではない。 親実装は他所の仔実装を押しのけると狭いダンボールの中を探し回る。 「4女!5女!6女!」 「痛いテチ、こんな事をしてただで済ませないテチ、ママが戻ったら懲らしめてやるテチィ!」 「この奴隷は挨拶もできないテチ?私たちに土下座するのが先テチー」 「だいたい奴隷の仔はもういないのに、やっぱり馬鹿テチ」 「……!」 「まずいけど食ってやったテチ、感謝するテチ私たちに食べられたことを」 「で、ママはどうしたテチ、奴隷のお前が先に帰るなんておかしいテチ」 優位を疑わない10匹はすき放題に言っている。 親実装は黙って振り向くと良く喋る1匹を見る。 「私の仔をどうしたと言ったデス……」 「食ってやったテチ、不味いけどお前の仔じゃしょうがないテチ」 親実装の気配が変わるのに数匹が気づく。 「ここのゴハンが足りないからテチ、お前のせいで不味いものを食わされたテチ」 親実装の顔の血管が浮かび上がっている。 「抵抗する馬鹿だったテチ、でも私たちに敵わないテチ、「ママ!ママ!」って泣き叫んでたテチ」 数匹がカタカタ震えだしているが、調子にのった仔実装はとまらない。 「泣き叫んでいる馬鹿を頭から食ってやったテチ、私は強いテチ-」 その仔の頭を親実装が抑える。 「この口で食べたデス?私の仔を食べたデス?」 頭を抑え片手であごを下におろす。ようやく危険を理解した仔は親実装の手を離そうとするが勝負にならない。 姉妹を見るが、震えあがってテチテチ騒いでいるだけだ。 仔実装の口が裂けていき、そのまま首、胴体が裂けていき完全に二つに裂かれた。 噴出す返り血で親実装は赤く染まった。 「ワ、ワタシたちに手を出すとママに殺されるテチ!」 パンコンしながら1匹が言うと他の仔も続く。 「これ以上近づくとママに言いつけるテチ!」 「ど、奴隷は言う事を聞けテチ!」 親実装は1匹捕まえると、他の連中にたたきつけた。眼球や肉片が姉妹に降り注ぐ。 「お前らのママは死んだデス。私が今からお前たちを殺すけど誰も助けなど来ないデス」 さすがに仔実装も状況を把握した。奴隷を使役する立場が一転、いつ食われるか分からないのだ。 「テチューーーーン」 1匹が媚びをする。 「私はママの仔テチ、こいつらとは違うテチーーー」 仔実装は 「 成り代わり 」 を図ったのだ。 成り代わりは一般的に野良実装が飼い実装を襲ってそれに成りすます行為を指すが、親実装を失った野良の仔でもしばしば行なう。 いい加減な知能しかない実装石は騙されて、よその仔をわが仔として育てることもあるのだ。 数が合わないと気づいて、かえってわが仔を殺す場合さえある。 成り代わりを図った仔実装を親実装が引き寄せる。 ……やった!しょせん馬鹿テチ、ワタシの作戦にあっさり引っかかったテチ ぶちぶちと前髪が引き抜かれる。 「テ、テチャアアアアアアアアアアアアア!」 引き抜かれた髪は怯える仔実装の群れに投げかけられた。 「私の仔はお前みたいに汚くないデス……」 そして後ろの髪、顔の肉と引きちぎり姉妹に投げていく。 「ヂッ!……ヂィ!」 手足まで千切られたあと、半死の仔実装は頭から親実装に食いつかれた。 「テギャアアアー…………」 左目だけしか残っていない親実装はそれで残った仔実装を睨みつけた。 「お前たちも食い殺してやるデス」 「そう行かないテチ!こっちのほうが数が多いテチ、殺してやるテチィ!」 そうなのだ、数だけはまだ大怪我した2匹を除いても6匹いるのだ、しかも仔とは言えそれなりに大きい。 「テジャアアアア!」 威嚇しながら1匹が突っ込むと、親実装がつかんだ。 ぶちり と音がすると、上半身だけになった仔実装が床に転がった。 「テ……テチャアアアアアア!痛い、痛いテチャアーーーーーーーーーー!」 怒り狂った親実装の力は圧倒的であった。もう仔実装は逃げ回るしかない。 「テチャアアアアアアア!」 「お姉ちゃん!助けて、助けてテチャアアア!」 「テチュアアアッ!」 狭いダンボールの中押し合い逃げ惑うが捕まらないはずがない。 そして捕まれば手足を千切られ、床に叩きつけられ、踏み潰される。 悲鳴、そして血しぶき。一方的な殺戮だった。 混乱の中、3匹がダンボールを抜け出した。 残った者は生きたまま解体され、肉片を食い散らされた。 「次女姉ちゃん!どうするテチ!どうするテチ!」 「知らないテチ知らないテチィ!」 3匹は全速力で走った。走って走って坂道の麓で力尽き座り込んだ。 3匹が顔を見合わせていると、声がかけられた。 「もう走らないデス?ここで死ぬデス?」 血まみれの片目が潰れた親実装だった。 「「「テヒャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」」 飛び上がって3匹は坂道を走っていく。それを追う親実装は走らない、なにしろ歩幅が違うのだ急ぐ必要はなかった。 時々後ろを振り返る仔実装だが距離は広がらず、体力だけ消費していた。 とうとうバス停の地点でバタバタと倒れていく。 ゆっくりと、親実装が近づくと3匹は這って逃げようとしたがもう体が動かない。 「ま、待ってテチ、待つテチィ!」 パンコンしながら1匹が地面に頭をこすり付ける。 「殺さないでテチ、殺さないでテチャ!」 1匹は頭を抱えたまま震え上がっている。 「テヒュアアアアア!ママ、早く、来いテチ!………早く来て、早く来てテチャアアー!」 …… ……… ………… …………… しばらくするとバス停の路面にはシミがあちこちに残された。 ふと、片目の親実装は坂道を見つめる。 もうこの坂道を自分に代わって乗り越えてくれる仔はおらず、自分ももう越えることは叶わないであろう。 しょせん彼女の夢はこの山を越えられなかったのだ。 「…………………………………」 親実装は残った片目に狂気を見せながら、肉片をむさぼりどこかへ歩いていく。 END
