夏が過ぎると秋になる。 それは誰にとっても当然の事。 人間にとっても、実装石にとっても。 各々が、どう受け入れ、どう過ごすかは別として。 その日、ティチは普段過ごしている居間でテレビを見ていた。 その垂れ気味な耳に、主人に買って貰った実装ヘッドフォンを付けて。 (こうしていれば、何も聞こえないデス) テレビの内容と音声に集中し、外部からの音を遮断する。 音量は、実装の鼓膜からすれば若干痛みを感じる程大きかった。 (聞いちゃ駄目デス、あの日みたいに、凄く悲しい気持ちになるデス。聞いても何も出来ないから、聞いちゃ駄目デス) ボリュームを上げた為、外部からの音は何も聞こえない筈。 それなのに、実装は目蓋をギュッと瞑り、実装ヘッドフォンに短い手を添えて力を込めた。 その日は、夏と秋が入れ替わる日だった。 その日は、彼女の住む小さな港町でとある行事が行われる日だった。 その日は、一年前、ティチが今のご主人様である人間に保護された日だった。 その日は、彼女が一匹になった日だった。 【夏を送る日】前編 その小さな港町は、地方都市二葉市から車で30分程の場所にある。 風光明媚な景観と大きな砂浜、豊かな海流に恵まれた漁業、町外れにあるメイデン社の実装製品工場の雇用で成り立っていた。 普段はゆっくりと時間が流れる、静かな漁師町だ。 7月から8月にかけて、この町は一時的に活況になる。 二葉市や他の街からやって来る、観光客によって賑わう。 町の人々もマナーに疎い外の人々に眉を顰めつつも、表向きは笑顔で対応した。 この時期こそが、かき入れ時なのだから。 そして、夏は瞬く間に過ぎる。 お盆を過ぎた頃から、港町に訪れる観光客は減り始める。 少し長めに滞在したサーファーや、この町に親戚や生家を持つ人々が去る頃には町は普段の装いを取り戻す。 二ヶ月の賑わいと活況がもたらした、負の遺産を残して。 1つはゴミ。これはどうしようもない。 どの観光地でも発生し、自治体や行政が頭を悩ませる問題だ。 2つめは実装石。 これは近年になってから発生した問題だ。 実装ペットブームが過ぎた後になった現在でも、実装石を飼う人間は多い。 飼う人間も多いが実装石を捨てる人間も実に多い。 仔実装から成長し、身体だけでなく、不貞不貞しさや傲慢さまで大きくなった成体実装を。 それらを捨てる人間は、旅先や観光地で捨てる場合が実に多いのだ。旅の恥は掻き捨てだとでも言うのだろうか。 兎も角、お盆を過ぎた頃から彼女等は急激に町中に増え始める。 大半は姿が見えなくなった『ご主人サマ』や『ドレイニンゲン』を捜して徘徊している。 自分の飼い主に連れられ旅行に来て、そのまま捨てられた哀れな存在。 今頃自分の主達は荷物を片付け土産を知り合い等に渡している頃だろうに、来る筈の無い迎えを待ったり捜したりしている。 最後にかけられた言葉、大方「少し遊んで来なさい。直ぐ戻って来るから」「ちょっと家まで荷物を取りに行くから待ってて」を信じたまま。 そんな彼女達も、捨てられてから日が経つに連れて問題を起こしていく。 捨てられた実装石の殆どは甘やかされた個体だ。 食事は好きな物を好きなだけ食べれて当たり前、温かい寝床があって当たり前、安全な住処を与えられて当たり前。 しかも、飼い主は大抵の我が儘は聞いてくれ、欲しいモノは直ぐに手に入った。 このように甘やかされ、堕落した実装石が野に放り出されたらどうなるだろうか。 末路は決まっている。散々人間や周囲に迷惑をかけた後、自滅するか怒り狂った人間に殺されるかのどちらかだ。 この港町に捨てられた実装石も、例外にならず同じ道を辿っていく。 『おいニンゲン、ドレイが戻って来るまで高貴なるワタシを飼う事を許可するデス!』 『デププ、ドアに糞を擦り付けてやったデス、この家はもうワタシの家デッスーン。ドレイニンゲンの家には劣るデスが、別荘には丁度良いデス!』 『田舎ニンゲンは都会実装石に従うのが義務デス。さっさと義務を行使し、ワタシを家に連れ帰ってステーキ寿司金平糖を献上するデス』 『お願いデスニンゲンさん、ゴシュジンサマが戻って来るまで保護して欲しいデス。贅沢は言わないデス、三食昼寝金平糖付きで我慢するデス』 町の彼方此方で実装石が人間に対して愚挙をしでかし、捕獲されるか殺される。 こんな事が毎年続けば誰だって慣れるし、対策も立てる。 行政は実装石を不法に投棄した飼い主に高額な罰金を支払うよう指導した。 町内会は、強固な団結力を持って、投棄された実装石が町を荒らしたり野良として定着しないよう奮戦した。 前者の行政は、飼い主側が飼い実装に付いている証拠を拭い去ってから捨てたのであまり効果は無かった。 後者の町内会は、綿密な連絡と連携、組織力を持って見事実装石が町中に蔓延ったり住み着いたりするのを阻止した。 そして、9月の初旬。 町内会の奮闘の結果が、町内会主催の行事『夏送り』として収束するのである。 漁港の防波堤近くにある大きな駐車場。 ここが『夏送り』の会場である。 古くなったり不要になった、夏に使う看板や資材が解体され大きな薪組が組まれる。 丁度「#」の形だ。これらを行うのは青年会の仕事。 元々「夏送り」は昔から季節の変わり目の道具供養として行われて来たので彼等も手慣れている。 彼等がせっせと薪組を構成している間、会場の隅に置かれてる十数個のダンボールに屈んでいる男が1人居た。 年の頃は三十代前半、顔立ちは悪くないがあまり特徴が無いのでパッとしない。 残暑が厳しい中背広姿で、汗1つ掻くこと無くダンボールを塞いでいたガムテープをべりべりと剥がした。 両手には分厚いゴム手袋が嵌められていたが、男は器用にガムテープを剥がしていく。 蓋を開けた男は、瞬時に素早く蓋を閉め直す。 ベチョリという粘着質な音と、デギャアだのデチャアだの悲鳴が聞こえた。 何のことは無い。男がダンボールを蓋を開けたら、中に居た成体実装が糞を片手に身構えていたからだ。 男の反射速度が速く蓋を閉めれたからいいものを、うかうかしていたら顔に糞をぶつけられていただろう。 「蒼穹壱、私が指示したら威嚇しなさい」 「ボクー」 シルクハットにメイデン社のロゴが入った大柄な実蒼石に命じ、男は再びダンボールの蓋を開ける。 「デゲゲ、ゲヒュ……」 「テチー、チブブ!」 中は正しく糞まみれだった。 カウンターをもろに喰らった結果、糞を投げた親実装と縋り付いていた子実装3匹は顔面に糞を浴びて悶絶している。 親も子も、薄汚れて糞だらけだが、着ている服は愛護派が良く着せているローゼン社製のピンク色実装服。 しかも夏服ver。恐らくは、親子共々随分と甘やかされて来たようだ。 平気で人間に対し糞を投げる等人間を見下している辺り、好き放題やらせて来たに違いない。 「そして、限界に達し、投棄に至ったと……やれやれ、投棄する位なら自分で始末して欲しいもんですが」 ウチのコロリを使えばあっという間なのに。 男はそうぼやいた。男は、若いながらもメイデン社の工場の重役だった。 「親は論外……これは駄目、これも駄目、駄目。全部慮外と」 蒼穹壱が親実装に対して身の丈ほどもある鋏を突き付けている間、重役はゴム手袋越しに仔実装を検分していく。 どいつもこいつもこの親にしてこの仔ありな糞蟲揃い。 薄気味の悪い媚びを売ったり、最後の仔実装など黄ばみ糞がこびり付いたパンツを頬を染めながら贈呈してきた。 重役は贈呈されたパンツを仔実装の顔に変態仮面状にして被せて返還。 檄臭の為ピクピクと痙攣している仔実装を、無造作にダンボールへと戻すと蓋を閉めガムテープで再度封印した。 「用済み、と。蒼穹壱、次を見ますよ」 「ボク」 ガタガタと揺れているダンボールの上面に『済み』と赤いマジックペンで印を付けると、隣のダンボール箱へと向かう。 重役は同じ様な動作を繰り返していく。時折飛んでくる糞を見事にカウンターし、蒼穹壱をけしかけて実装石の動きを止める。 実装石を一匹一匹素早く検分し、調べた実装石を全てダンボールの中に戻した後ガムテープで再封印し次のダンボールへと向かう。 十数個の箱は瞬く間に検分された。 今のところ、重役は親実装や仔実装をダンボールから回収してない。 それと同時に糞投げしたり反抗する奴には容赦なく蒼穹壱を使って萎縮させていたが、糞蟲揃いの実装石の一匹も殺してはいなかった。 唯一回収した蛆実装達を近くに転がっていた木箱の上に置き、暇潰しにプニプニしてはいたが。 「どうですか蛆ちゃん。私のプニプニは?」 「レヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャレヒャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャピャ(パキン)」 「おや、10秒足らずでパキンしてしまいましたか。まぁ、私のプニプニ連打は高橋名人を上回る秒間19.5連打だからしょうがありませんね」 歓喜のような苦悶のような意味不明な表情で事切れている蛆実装を、手首のスナップだけで小さなダンボール箱に放り込む。 その中には先客が同じ様な形相で死体の山を構築していた。彼女等も、男のプニプニで地獄と天国を一度に味合わせられ昇天していた。 「主任〜最後の分回収して来ましたぁ」 「ああ、ご苦労様です。それで全部ですね」 メイデン社のロゴが車体に張られたバンが駐車場に入ってきて、ダンボールが積んである傍で止まった。 車に乗っていた運転手と2人の社員が、バンの後部に積んであったダンボール箱を次々と下ろし始める。 中からは「デス」だの「テチュ」だの聞こえる。同じように町内会によって回収された実装石だろう。 メイデン社の支社や工場は、こうした地域の催しや行事には積極的に参加し、援助を行っている。 やはり、会社の施設が建っている場所の住人や自治体との折り合いは良好の方がいい。 「そっちは駄目でしたか?」 「ええ、一匹もいませんでしたね。須く糞蟲でした」 「まぁ、飼い実装なんて大抵糞蟲ですからね。観光地で捨てられる奴らなんて特に」 「ははは、全くです。ここまで揃いも揃って腐れてるとある意味感心しますね。さて、今度はこちらを調べてみますか」 「お手伝いしましょうか?」 「いやいや、これは私の楽しみでもあるので手伝わなくても大丈夫ですよ。貴方達はもう休んで貰って結構です。すみませんね休日なのに呼び出して」 「「「はい、お疲れ様でしたっ」」」 「休日出勤の記入と提出を忘れないように。では、お疲れ様でした」 休日出勤した部下達を労い、送り出した重役は新しいダンボールの箱群を見やる。 その目には、探求心と喜悦の光が満ち溢れていた。 「やっぱり、こういったお楽しみは独り占めが基本ですからねぇ。蒼穹壱、行きますよ」 「ボク」 昼過ぎ、会場には町の人達が集まっていた。 昼前には『検品』を終えた重役も、強まった陽射しを物ともせずに賑わう会場を見つめている。 彼は手ぶらのまま。どうやら捜していた物は見つからなかったらしい。 「皆さん、お忙しい中ご苦労様でした。これより、夏送りを開始致します」 町内会長(網元:68歳)の挨拶の元、夏送りが開始された。 会場の中央近くに、二本の塔が築かれている。 一本は町中から集められた夏限定の看板や建築材、可燃性の道具だ。 何れも使い古され、今年で引退が決まっているものばかり。 それらを適度な大きさ同士で組み合わせ、塔を築き上げた。 細かい物は中央の空洞部に安置されている。 もう一本はダンボールの山とそれを覆うようにして積み上げられている、可燃性のゴミだ。 何れも、この地を訪れた観光客が投げ捨てたり置いていった物。 無論、捨てられたものの中では最大の害物である実装石は、ダンボールの中に積まれたままだ。 ダンボール箱の積み上げが始まる前に、一通り重役がメイデン社製実装ネムリを各箱にほんの少し吹き込んでおいたので今は静かだ。 これから始まる儀式は厳粛に行わなければならない。 実装石に儀式の最中デスデステチテチ鳴かれたり、共食いしたり糞を放られたり悲鳴を上げられてはならないからだ。 港町の神社の神職らが供養の儀を済ませると、塔に火が放たれる。 道具達は火に焼かれ、灰へと帰って行く。 夏の名残りであるそれらを、町の人達はしんみりした顔で見送った。 やがて、道具の塔が大方燃え尽きて灰と炭の山になった頃、もう1つの儀式が始まる。 港町の神社の神職らが厄払いの儀式を済ませると、男がラジカセを手にして前に出る。 男が再生ボタンを押すと共に、古びたラジカセから唸り声か呪詛のような声音が響いてきた。 実装石の声。しかも歌声だった。 低くて、濁っていて、瀕死の蝦蟇蛙の鳴いているかのような嗄れ声。 この儀式の噂を聞きつけて二葉市からやって来た虐待派の男は、この歌が何であるか理解した。 普通は陽気で馬鹿っぽく歌う為、全く印象が違うが胎教の歌。デッデロゲーで始まるあれだ。 「しっかし、変な歌い回しだよなぁ」 実装リンガルをオンにして、音を聞き取ってみる。 『お前等はこの世に生まれて来るんじゃ無いデス。この世は地獄デス。楽しみなんて1つも無いデス。人間は悪魔デス。みんなぶっ殺されしまったデス』 「…………」 延々と、実装石がこの世で受けている痛苦、悲しみ、絶望が繰り返し歌われていた。 これは、工場内で仔実装が過剰生産状態になった時に使用した胎教ソング。 出産石のエリアでこれを数時間流しただけで、妊娠中の出産石が全て流産してしまったという曰く付きの品である。 別にこれを成体実装や仔実装に流したところで意味は無い。 単に、儀式の一環としてこれから儀式を受ける実装石達に『二度と実装石として生を受けるなよ』と言う意味合いで聞かせているだけに過ぎない。 そんな人間の思惑を知って知らずか、外から流れてくる耳障りな歌声で意識が覚醒したらしい。 段々とダンボールの中から実装石の泣き声や喚き声が洩れ始めて来た。 「…………頃合いです。始めましょうか」 「そうですな」 重役の傍に立っている町内会会長が、青年団に対して合図する。 塔の周りを包囲するようにして立っていた青年団の何人が、手にした松明に火を点ける。 他の手空きの者達は、看板の余りで作った簡単な木製のタワーシールドを構えていた。 「点火ぁ!」 町内会長の号令で、松明が次々とダンボールの周りに放り込まれていく。 塔を覆ってる可燃物に火が付き、勢い良く燃え広がっていった。どうやら、液体燃料を振りかけてあるらしい。 火の面積が広がって行くにつれ、中の実装石も事の重大さに気付いたらしく、大声で助けを求めたり、ダンボールを内側から叩き始めた。 特に外周、燃えだした可燃物と接しているダンボール箱では既に狂乱状態だった。 『火が、火が付いているデス、ワタシの、ご主人様に褒められた髪がぁぁぁぁ!!』 『ママァ、オテテがぁ、アンヨがぁ、熱い熱い熱いアツイアツイテチィィィィ!!!!』 『ケホッケホッ……目が痛いテチ! モクモクで何も見えないテッチャアア!!』 『マッカテチマッカテチワタチノカラダガマッカナドレスデチャアアアアアアアアアアア!!!!!!』 親が真っ先に火に巻かれ、仔も為す術も無く焼かれていく箱。 『ドレイニンゲンはこのフランシスが困っているのに何をしているデスカァ!? 一分以内にワタシを救出しないと禿裸の上道中糞まみれに』 『マ、ママァ!!』 『あーうるさいデッスゥ、ワタシが助けを呼んでるのだから仔は静かにしてろと』 『ママの背中、真っ赤になってるテチ!!』 『デ、デデ?』 親は気付くべきでは無かった。背中の方が、既に火で覆われている事に。 『デギャガァァァァァァ!!??』 『マ、ママ。ひとまず落ちチチチチベ』 仔は指摘すべきでは無かった。指摘され気付いてしまったが故に親は狂乱し、仔は親に踏み潰された。 『水を掛けるデス。こうすれば火は燃え移らないデス。ゴシュジンサマにそう教わったデス』 やや賢い親実装は、宝ものの水筒(ローゼン社製)に残っていた水を自分達が閉じこめれている壁に振りかけ、念入りにすり込んでいた。 子供達は震えながら毛布を被り、隙間から親の奮闘を見守っていた。 『これで壁全部にお水を塗ったデスゥ、お前達、もう安全デ……ス?』 箱の中が半ば蒸し風呂になった所為で酷く熱い。 汗を拭いながら振り向くと、其処には黒点が勢い良く広がっていた。 塗りつけた水が、何故か乾いている。プスプスと煙が立ちジリジリと音が聞こえる。 『どうしたんデスゥ、乾いてしまってるデス? またお水を塗らなきゃ駄目デスカ?』 また塗り直しだ。 実装石がそう溜息をついて水筒を片手に黒点に近付いた瞬間。 『デ———?』 黒い点が、いきなり裂けた。 裂けた瞬間、赤い濁流が一気に箱の中に吹き込んで来た。 穴の前に立っていた親実装も、親の作業を見ようと膝を立てていた子実装も。 一瞬にして火達磨になった。 「デギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」 「「ヂュオオオオオオオオオオオ!!!」」 火は、塔全体に回り始めた。 所々に鉄筋の支柱を立てて崩壊しないようにしてはいるものの、ダンボールを積み上げた代物だ。 自重と足場が燃えて崩れた所為で、2つばかりのダンボールが塔から転がり落ちていく。 地面を数回転がって止まったダンボール箱は、尚も炎上を続ける。 「去年もそうでしたけど。昔見た、超高層ビルの火災映画みたいですねぇ……」 「ああ、儂も知ってますよ。一番怖かったのはエレベーターに群衆が乗り込んでいったシーンでしたな」 「デ、デギャアアアアアアアア!!」 「お?」 「あらら、少し火が足りなかったか。燃え残りがあったようです」 黒く焦げてチロチロと火を噴いている黒い壁が突き破られ、炭化した仔実装が数匹蹴り出される。 その後を追うようにして飛び出して来たのは、全身の70%は表面が炭化している親実装だ。 僅かに身体へと付いている実装服からそれなりにセレブな奴だったようだ。 極限まで甘やかされ、太りに太った所為で身体の中まで火が通らなかった為焼死を免れたらしい。 それでも人間だったら完全に死んでいる状態。どこまでもでたらめなナマモノだ。 「デ、デデ……デスデスデス!」 身体の彼方此方から煙を立てながら実装石は立ち上がり、何事か喚きだした。 重役がチラリと実装リンガルを見てみる。 『(元)セレブなワタシに対してこんな惨い仕打ち許されないデス、お前達、皆殺しデス、お前達をあの中にぶち込んでやるデス!!』 一通り喚き倒した後、両手をブンブン振り回しながら突っ込んで来た。 青年団はタワーシールドを構えて列を作る。やって来たらシールドアタックを喰らわせて押し返すつもりだろう。 だが、そんな彼等の前に蒼穹壱が出た。よろよろふらふら、焦げた贅肉をタプンタプンと揺らしながら突進して来る実装石を睨みすえ。 「ボッシェア!」 「デッ!!」 既に鋏を振り抜いた状態の蒼穹壱。 蒼穹壱の手前で立ち止まっている元セレブ実装石。 数秒後、ズリズリボテと元セレブ実装石の首は落ちた。 蒼穹壱は実装石を更に四等分すると、砲丸投げの要領で火柱の中に投げ込む。 「テ、テチィ……」 微かな鳴き声に、蒼穹壱が反応する。 よく見れば炭化している元セレブ実装石の仔実装達の中で一匹だけ息がある仔実装が居た。 フラフラと立ち上がり、青年団に対し手を挙げて助けを求めている。 「ボク」 「テピィッ」 蒼穹壱は素早く歩み寄り、高々と鋏を振り上げる。 彼女が何をするか理解した仔実装は顔を真っ青にした後。 「テ、テッチューーーン♪」 口元に焼け焦げた右手の代わりに左手を添えて小首を傾げて媚びを売った。 媚びを売られた蒼穹壱は微かに頬肉を痙攣させた後、うっすらと笑みを浮かべた。 天敵に対する起死回生の策が成功した喜びに、仔実装は安堵から媚びでは無い本当の笑みを浮かべる。 実に、糞蟲なウメボシ・スマイルではあったが。 (助かったテチュ、後はこいつの後ろにいるドレイ達を何とかロウラクして、ワタチを飼わせる事でキキダシュツテチュ) ブンっと風が過ぎった。 蒼穹壱の笑みが、薄笑いから満面の笑みになる。 許された。そう判断した仔実装は安心して、歩き出そうした。 (あれ、どうしたんテチュか) 視界がぐらりと揺れる。 空が見えた後、何故か視界は地面に落ちてぐらんぐらんと何度も揺れた。 どうした訳か、自分の身体が見えた。焼け焦げては居るけど襷がけにしているお気に入りのポシェット。間違いない。 (ワタチの身体があそこにあって、ワタチの頭はココにあって、ママが食べた他所の子みたいに身体の一番上から緑色の血が一杯出てて、このままじゃ死んじゃ) そこまで思考が至った時、崩れ落ちそうになった仔実装の身体から鋏の先端が生えた。 数回スイングした後、身体が弧を描いて飛んでいく。 (テ、テシャアアアアア!! な、何するんテチィ!! ワタチの早熟ボディが、オテテが、アンヨがぁ、ドレイから献上されたポシェットとオベベがぁボベ!!) あまりの理不尽に叫ぼうとして開かれた仔実装の口に、鋏が突き込まれ仔実装は強制的に黙らされた。 そして、炎上する柱に胴体と同じように放り込まれ、焼かれていった。 実装親仔の始末は終わった。 蒼穹壱は青年団と町人に対して優雅に一礼すると、重役の傍らに何事も無かったかのように戻った。 青年団は歓声も嫌悪の声も上げなかったが、蒼穹壱の技量に感心したように頷いていた。 塔は、完全に火の柱へと変貌した。 半ば崩れ落ちた塔からは、最深部に居たであろう実装石の断末魔の叫び声が聞こえる。 悲鳴の数があまり多くないのは、火が届く前に煙と二酸化炭素中毒で仮死状態になってしまった所為だろうか。 時折、塔の上層部から火の玉が叫び声と共に飛び出し、斜面を転がり落ちた後、地面に転がりピクリとも動かなくなる。 ポーン! パーン! パチーン! 何かが爆ぜる音が連続して鳴り響く。 良い具合に丸焼き状態にされた実装石が、内部の圧力に負けて破裂しているのだ。 「デ、デェ……デェ」 黒い物体が、火の塔から歩み出て来る。 全身の表面が炭化した実装石。驚くべき事にまだ生きており、まだ歩くことが出来た。 上げ落とし用に飼われてた飼い実装の為、過剰なまでに強化された偽石コーティングの賜で生きている。 「デ、デェデェェ……デピェ!?」 まるで小刻みに動くパントマイムのような動きで、こちらに向かって歩いていた実装石がピクンと痙攣した。 痙攣がドンドン強まり頭部がガクガクと前後に揺れ、表面が黒くなっていた目がギョロギョロと動いたかと思った瞬間。 ぽひゅー…………。 両目が前に向かって飛び出した。 飛び出した2つの眼球は驚くほど飛んだ。 飛んで飛んで、数メートル先で様子を見ていた青年団の木の盾に当たった程だ。 眼球が木の盾に当たって乾いた音を立てたと同時に、黒い実装石は倒れ、動かなくなった。 実装石は足掻いた。ひたすらに足掻いた。 彼女らの生き汚さは凄まじく、何とかして生き残ろうと足掻く者も多数居た。 しかし、ただ一匹として生きてこの場を逃れ出る者は居なかった。 大半は脱出か籠城の過程で焼け死に、辛うじて脱出したとしても青年団に殴られて押し返されるか、蒼穹壱に切り刻まれ遺体を炎に放り込まれた。 多くは自分の飼い主やドレイの名を叫び、助けを請い、罵倒した。 だが、幾ら呼ぼうとも叫ぼうとも嘆こうとも媚びようとも何の意味も無い。 何故なら、彼女達は捨てられた『不要な』飼い実装だからだ。 やがて塔の殆どは、燃え尽きた。 実装石の声も、全く聞こえない。 それでも、町人達は誰1人として帰らなかった。 例え相手が如何に救いようのない糞蟲だとしても、生き物でありそれを殺めるのは殺生だ。 漁業を生業としているこの町では、殺生を行った後の供養を怠らない。 糧を得るためだとしても、生きていく為だとしても。 実装石にしても、人間の都合で無責任に捨てられ、そして人間の都合で殺めなければならないのだ。 その点は、人間に非がある。非から目を逸らしてはならない。だから、こうして最後まで見届ける。 町人達と重役は完全に塔が崩れ落ち、僅かに火が顔を出す程度になるまで儀式を見守っていた。 陽が傾き始める。秋になった所為か、陽が短くなっていた。 「ただいま、戻りましたよティチ。貴女に相応しいお友達、捜したんですけど見つかりませんでした……あれ?」 重役が帰宅すると、家の中は真っ暗だった。 居間に行ってみると、テレビの前で実装ヘッドフォンを付けたままのティチが蹲っていた。 「こらこら、部屋も真っ暗にしたままで何やってるんですか」 実装ヘッドフォンを取り外し、震えているティチを抱き上げる。 ティチの腹がグゥと盛大に鳴り響く。パンツは見事パンコン状態になっていた。 「……トイレに、行けなかったんですか。おまけにご飯まで食べていないなんて」 本気涙をポロポロ流しながら、ティチが俯く。 重役に引き取られてから厳しく躾けられ、人間と共生する為のマナーや生活知識を完璧に修得している普段のティチからは考えられない醜態。 「……どうしたんですかティチ。こんな無様を晒すなんて貴女らしくもない」 『怖かったんデス、どうしようも無く、怖かったんデス』 「怖かった?」 『ゴシュジンサマに拾われたあの日と同じ声が聞こえたんデス。ママや姉妹達、一緒にいた仲間達の悲鳴が、また聞こえたんデス!』 「…………」 ティチの脳裏に、一年前近く前の事が過ぎった。 記憶力が覚束ない実装石であるティチが、決して忘れる事の出来ないあの数日間が。 あの夏が終わり町が秋を迎えようとしていた日。 飼い主から捨てられた事を理解しない母と姉妹達は『ドレイニンゲンが迎えに来ないならこっちから行くデス』と言い出し、町を出る事にした。 しかし、他の世間知らずな飼い実装から食料や水を強奪し、町の外れのトンネルまで到達した時、運が尽きてしまう。 『ママ、大きな穴の前にニンゲンが沢山居るテチィ!!』 二葉市に通じるトンネルの手前で、数人の人間達が立ち塞がっていたのだった。 そして、トンネルを通ろうとした実装石達に食物と水を与え、近くの小さな駐車場に止めてあるバンに連れて行く。 捨てられた飼い実装達の中では比較的食料を多く得て居たとは言え、大食らいな母と姉妹達は腹を鳴らし駆け出していった。 『デププ、ニンゲンドレイがワタシの為の食事を用意して待っているデス!!』 『ママずるいテチ、アタチ達もアマアマとマンマ食べるテチー!』 その後を、痩せこけたティチはフラフラと追い掛けて行った。 母や姉妹とは似ても似付かない程温厚で思慮深かった彼女は、他ならぬ家族達に酷く嫌われていた。 家族達から見ればティチは何かと家族の行動に口を出し、たかがドレイニンゲン風情に対して下手に出て媚び、自分達とは違う行動を取りたがる目障りな存在。。 ティチは単に飼い主に配慮をし、家族の無体を諫め、飼い実装としての模範的な生活をしていただけだったが、堕落した実装石からはそうは見えなかったようだ。 飼い主の見てない場所で陰湿な苛めと虐待を繰り返し、悉く家族として扱わなかった。 捨てられてからも食料や水は殆ど分けて貰えず、何時でも囮として切り捨てれるよう最後尾を歩かされた。 だから、人間達の元に辿り着くにはかなりの時間がかかり、先にたらふく食物を胃に収めた母親達は車の方へ誘導されていた。 『もっとご馳走寄こせ』『自分の糞を食べてドレイになれ』等と言った不貞不貞しい声が遠ざかる。 差し出される黴の生えたパンを弱々しく受け取って口に入れた。 美味しかった。半分ぐらい食べた時、意識が遠離り身体が崩れ落ちる。脱力した身体が持ち上げられ、運ばれて行く。 「弱ってた所為かな……効きが早えーな。こいつ、どこに入れます?」 「そっちのダンボールな。確か、その親実装が連れて来た」 「りょーかいっす」 箱の中に放り込まれる。 飼い主に連れられて公園に散歩に出かけた時、野良と呼ばれる同類が住んでた箱の中に。 母親や姉妹達は良く飼い主の目を盗んでは箱を壊し、中に居た小さい仔達を苛めていた。 (ワタチ達、野良になるんテチ?) 仰向けになって眠りこけている姉妹の上に放り込まれた後、箱の中が真っ暗になった。 それから一日程経っただろうか。 べりべりベリという音が上から聞こえたかと思うと、急に陽射しが箱の中に差し込んで来た。 (ま、眩しいテチ) 意識を強制的に醒まさせられたティチは、目蓋を擦りながら起き上がる。 親と姉妹達はまだ起きない。豚が放屁したような太い音が自分の下から聞こえる。 「おやおや、ここの家族はまだ寝てますか……ネムリを仕込んだ廃棄食品を食い意地張って大量に食べでもしたんでしょうかね?」 『あれ、ニンゲンさん誰テチ? ここはお家じゃ無いテチ?』 「お、この仔だけ起きてますね……おはようございます、と言ってももうお昼に近いんですが」 『オハヨウテチ。ニンゲンさん、ここは何処テチ? ワタチ達、何処に連れて来られたテチ?』 「ふむ、本格的な躾は施されてないようですが、そこそこ礼儀は意識してますね……下で眠ってる家族がアレな割には殊勝じゃありませんか」 『みんな起きるテチ、ニンゲンさんが……テテッ、臭いテチャア!』 箱の底一面、糞まみれになっていた。 どうやら、家族揃って寝糞をかましたらしい。 背中や床に接した服や身体が糞まみれになっている。ティチは丁度姉妹達の上に折り重なっていたので無事だった。 糞が服についてないか、確認しているティチを、男……重役は暫く観察するように見つめた後、微笑みながら口を開いた。 「……まぁ、いままで『当たり』は無かったし、君はそこそこ良いかもしれません。取り敢えず『可』としましょう」 『どういう意味テチ、ニンゲンさん、教え……テ、テチー!?』 慌ててるティチをひょいとつまみ上げ、空いている左の掌に載せる。 同時にダンボールの蓋を閉め、マジックペンで蓋に『済み』と書き殴っておく。 下にシルクハットを被った何かが居たような気がしたが、それを確認する前に重役は動き出した。 『ニ、ニンゲンさん。ワタチだけ何処に連れていくテチ? みんなはどうなるテチ?』 「ああ、大丈夫ですよ。君は弱ってるようです。こちらで体力が付くものでも飲ませてあげようかと」 やんわりとした口調で怯えるティチを窘め、駐車場の端にある屋形テントへと連れて行く。 「これを飲んで、暫く休んでなさい。大丈夫、私は貴女を傷付けたり酷い事をしたりしませんから」 テントの下に設置されていた長机の上に置かれていたゲージにティチは入れられ、ストローを差し込んだ実装用栄養剤の小瓶を渡された。 「これ、飲んで良いテチ?」 「ええ、見たところかなり衰弱してますからね。応急処置という所ですか。ところで……貴女、名前はなんて言います?」 「ティチ、テチ。ゴシュジンサマに付けて貰った名前テチ」 「ふむ、ティチですか。解りました」 うんうんと頷き、重役は柔らかな笑みを浮かべて言った。 「ティチ、君は飼い実装に戻りたくはありませんか?」 思いも掛けない言葉に、ティチはぽかんとした。 飲んでいた栄養剤が口の端から垂れたので慌てて拭う。 「ワタチだけテチか? ママやお姉ちゃんや妹ちゃんはどうなるテチ?」 ティチの質問返しに、少しだけ重役は目を見開いた。 大概、重役にそんな事を言われた元飼い実装は舞い上がり有頂天になる。 当然、家族の事なんか気にも留めない。それどころか、障害になるなら迷うことなく殺し合いすら始めるだろう。 重役が見たところ、ティチは家族から随分な扱いを受けていたようだ。 ダンボールで惰眠を貪っていた母親や別の姉妹は贅肉が随分付いているのに、彼女だけは痩せぎす。 おまけによく見ると、実装服が人為的に破られたり痛めつけられたりしている。どう見ても、彼女が身内から虐待を受けていたのは明白。 それなのに、惨い仕打ちを続けてきた家族に気遣いすらしている。無論、媚びだとか偽善で言っている訳でもないだろう。 「ほぅ…………なるほど。ティチ、貴女は面白い実装石だ。私は君に対し、非常に興味をそそられてきましたよ」 「ニンゲンさん、何言っているテチ?」 「ああ、大丈夫ですよ。貴女の母親や姉妹達には『それ相応の処置』をしますから。安心して、君はそこで見ていればいい」 「テェェ……」 ティチは困惑した。 何故、このニンゲンさんは凄く嬉しそうなんだろうか。 何故、このニンゲンさんは飼い主でも愛護派でも無いのに自分に優しくしてくれるのだろうか。 何故、このニンゲンさんはずっとニコニコしているのに、偶に凄く怖い目になるんだろうか。 ティチの戸惑いを他所に、重役はテントとゲージから離れていき、車に乗ってきた数人の人間と話している。 そうしている内に、広い場所に二本の塔が積み立てられ始めた。 (あれは何テチ? ワタチ達が入ってた箱をツミキみたいにしてるテチュ) 彼等が何をしているのか、ティチにはさっぱり解らなかった。 だが、彼女はもう少し後に、強制的に理解させられる事になるのであった。 後編へ続く
