実装石の日常 渡り
ここまでのお話
双葉児童公園は愛護派の餌付けと放置で野良実装の増加と飢餓が起こる。
親実装は生き延びるため今の公園を捨て、家族を引き連れ新天地となる公園を目指す 「 渡 り 」 を決行。
だが公園はあまりに遠く旅路は危険が多い。
渡りの一家
親実装:仔実装を生き残らせるため非情に徹する
長 女:生存
次 女:3女を救うため轢死
3 女:生存
4 女:生存 親実装への反抗を扇動
5 女:渡りに参加できない蛆ちゃんとダンボールに残って生き延びようとするが、わずか数分で食い殺される
6 女:生存
7 女:生存
8 女:はしゃぎすぎて体力を浪費、渡りから脱落
9 女:生存 親実装への反抗を扇動
番 外:蛆ちゃん 5女と共に家族から見捨てられたがそれも理解できず食い殺される
渡りを始めてから3日目の朝、茂みの中で親実装は目を覚ました。
秋の朝は空気が冷たい、野宿の身にはなかなか応える。
ゆっくりと体を動かすと親実装は6匹を起こし、朝食として昨日のフードの残りを与えた。
さて、今までは住宅地や小店舗が続く街中であったが、視線を先に向ければ小高い山へ道路は向かっている。
ここから上り坂が3kmほどトンネルまで続くのであるが、小さな実装石にとってこれは大変な難所である。
とくに仔実装の体格ではどこまで持つか、6匹を見ながら親実装は不安にかられた。
「6女、どうかしたデス?」
顔色が悪い6女に聞いてみるが、首を左右にふるだけだ。仮に体調が悪いとしても、親は何もしてやれない。
この山越えは誰もが自分の力だけが頼りだった。
坂道が始まると人家もまばらになり始め、山の草木が目立ち始める。
車道を走る車の音には慣れたが、山からは不気味な鳥の鳴き声がした。
心なしか6匹の仔も親になるだけくっつくようにして歩いていく。
広い歩道を一家が進んでいくが、幸い人通りは少ない。
だが急坂は確実に一家の体力を奪っていった。30分も歩くと仔実装の列が大きく乱れている、親実装は休息を命じた。
仔の口からは大きな呼吸がされるだけ。
愚痴もなにも出てこない。無くなったのではなく、もう諦めたか、声も出ないほど疲れているのだ。
親実装は足元に緑色と赤色の模様があちこちにあるのに気づいた。
坂道を登りきれず全滅したのだろう、大きなシミ一つと小さなシミが無数にあった。
服だったのだろう、緑の布の切れ端が歩道の隅に引っかかっている。
さっと仔を見渡すが坂道を登るのに懸命で気づいていない。
「…………」
親実装は何も告げずに歩き続けた。
親実装は山へ続く国道を確認する。
なんとか一日で坂を上りきるつもりなのだ。正確な距離など知りようも無いが、
一気に上らねば途中で立ち往生して全滅するのは目に見えている。
山の上まで行って食料や水が手に入ると思うほど、彼女は楽天家ではない。
再出発、そしてまた30分で休憩。この間進んだのは100m。
先ほどは同じ時間で200m近く歩けたのだが、連日の行進で仔実装は体力を相当消費していた。
だが立ち止まれば死ぬほか無い。
休息させながら親実装は強行軍を覚悟している。
1匹づつ様子を見ていると、6女の顔色が真っ赤であった。
「6女大丈夫デス?」
親実装が頭を撫でようとすると、その熱さに驚いた。
抱きしめてやると全身が暑くひどい汗をかいている。
「だ、だいじょ、テチ」
舌をもつれさせながら立ち上がろうとするが、足までもつれさせ親実装が転ばぬよう受け止めた。
「なんでこんなことになったデス?疲れただけじゃないデスッ」
顔を引きつらせて、わが仔を見る親実装。
彼女が知るわけもないが、猫の傷口から破傷風に感染していたのだ。
破傷風の発症は人間なら3日以上かかるのだが、小さく脆弱な仔実装はわずかな時間しかかからなかったようだ。
「テヒャヒャヒャヒャハ、6女はお終いテチー」
嬉しそうに笑う4女。
「足手まといはここに置いていかれるテチ。ここで死ぬテチ」
長女が4女につかみかかる。
「お前は何を言ってるテチ!」
「本当のことテチ!こいつはここで死ぬテチ!8女と同じテチ!」
「わ、わた、ち、だいじょうぶ、テチ。ぜ、んん、ぜんん平気、テ、チ」
置いて行かれまい、と立ち上がろうとする6女。
「無理テチ、お前はここで死ぬテチィ。黒いのに食われるテチ」
「……お前はなんでそんなことを言うデス?」
黙っていた親実装が4女に問う。
「テヒャヒャヒャ、こんな道をいつまでも歩いていたら死んで当たり前テチ、ママのせいテチ、ママのせいで私たちはみんな、
みんな死ぬテチー」
ペチ!親実装の平手打ち(?)で4女が横に倒れる。
「死ぬと言ってる奴が死ぬデス」
6女を見やると
「もう行くデス」
と告げて出発した。
親実装を先頭にして一家は進む。だが6女は足をもたつかせ最後尾だ、それもじょじょに引き離されていく。
痙攣しかかっている顔をさらに引きつらせて、懸命に追う6女。だが脱落は時間の問題だ。
親実装は悩んでいた。
脱落するものは見捨てるしかないがここで6女まで失えば、あまりに損失が大きい。
すでに3匹失っているのだから。とはいえ、6女を背負うのはリスクがありすぎる。
親実装が衰弱すれば、カラスに襲われてひとたまりも無く一家は全滅する。
今はせいぜい、歩みを少し遅くする程度しかできないのだ。
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50mばかり進むと親実装は休息を命じた。
坂道を歩くのに一家の体力は削られていたが、6女にいたっては痙攣し始めている。
だが姉妹は誰も気にかけない。山を越えるのに精一杯で6女に気をかけるゆとりは全く無かった。
「贔屓テチ、贔屓テチ」
悪態をつく4女をのぞいては。
受け答えも満足にできない状態になりつつあった。痙攣は酷いし、歩くのはほぼ無理だろう。
親実装は貴重な水を飲ませてやるが、それさえ吐き出してしまった。
置いていこうか、苦悩の底で思う親実装であるがその場合、数分で死ぬ可能性さえある。
病身の仔実装など自然界では底辺より低い。
「ママ……」
ささやくような声。親実装が耳を寄せる。
「ママと一緒に、新しい、公園、いきたい、テ、チ」
「……」
親実装は先を見通すと、6女を抱えて出発した。
4女が悪態をついているが無視だ。
親実装もまったく考えなしで、情に流されたのではない。
50mほど先にバス停が見えたのだ。この辺では唯一のそこには、数名の人影がある。
接触を避けてきたが、今は人に頼るほかない。
一家がたどり着くまで数名の人間は動かなかった。バスが来なかっただけだが、親実装は希望を託して
人間の足元で仔を見せる。
「ニンゲンさん!私の仔デス!
私たちの公園からよその公園に行く途中に病気になったデスー!
このままじゃ私の仔が死んじゃうデス!
お願いだからこの仔を助けてやって欲しいデスー」
新聞を見ていたサラリーマン風の男はわずかに見ただけで、また新聞を読み始める。
デスデス、と朝からうるさいだけである。
仕事や学校に急ぐこの人たちにとっては迷惑至極である。だいたい、死にかけの実装を職場なり学び舎なりに持っていくなど
非常識極まりない。
いや、それ以前に迷惑な実装が勝手に死ぬほうがありがたい。
サラリーマンがダメだと思うと、親実装は次へ行く。またその次、次。
誰も相手にしない。
とうとうバスが来て全員乗っていってしまった。
「テエ…みんないなくなったテチ」
「時間の無駄だったテチ、そいつをおいてさっさと行くテチ」
残念がる長女にまで悪態をつく4女だった。
「もう一度だけニンゲンが来るのを待つデス。もう一度だけ……」
親実装はバス停の仕組みをおおよそ理解していたので、また人間が集まってくることを知っていた。
時間の浪費は惜しいが、まだ6女を見捨てるまで踏ん切りがつかないのだ。
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「ママ、ニンゲンさんテチ-!」
3女が目ざとくやってくる高校生を見つけた。
親実装は6女を掲げると前と同じ口上を述べるが、少年は不快な表情で無視を決め込む。
数人がやって来てバスを待つが誰もが判を押したように無視。それは先ほどの人々と同じ理由であった。
やがてバスが人々を運んでいってしまう。親実装はバスに乗り込む人々にぎりぎりまで嘆願したが
とうとう返答さえされなかった。
「…………」
取り残された一家を沈黙が覆う。
やはり捨てるしかないのか、抱きかかえた6女を見て悩む親実装に長女が声をかける。
「ママ、もう一度だけ、ニンゲンさんにお願いするテチ」
「……長女」
「そうテチ、今度はうまくいくテチー」
「きっとうまくいくテチ」
3女と7女までが賛同して言う。ぐ、と泣きそうになる親実装だがここで立ち止まっていては家族が危険にさらされる。
時間で言えば30分ばかりだがそれだけあればどんな危険がやってくるか、わかったものではないのだ。
しかも時間をかけたからと言って6女が助かるわけでもない。
「私たちが踊るテチ、ニンゲンさんもきっと見てくれるテチー!」
賢い長女は踊ることを提案した。なるほどそうすれば人間の関心を呼ぶことだろう。
「やってみるデスー!!」
親実装は決死の覚悟である。
テッチ、テッチと3匹が汗まみれになって踊る。でたらめに手足を動かし見苦しい限りだが彼女らは姉妹を救おうと懸命だった。
「ニンゲンさん、お願いデス!!私の仔が元気になるまででいいデス、飼ってやって下さいデスーーーー!!」
やって来る人間に片っ端からアタックだ、背後ではエッチラオッチラ3匹が踊っている。
4女と9女は体力を温存するため少し離れた場所で一家の行為を眺めていた。
「あいつら馬鹿テチ」
「恥ずかしいテチ、無駄テチー」
己の家族をあざ笑うのに余念がなかった……。
若い女性がベンチに座ると、すかさず長女が足元でテチテチ踊り始める。
「かわいそうな妹テチ〜。
病気になっちゃったテチ〜。
ニンゲンさんに飼ってもらわないと〜
死んじゃうテチ〜」
女性は気にせず携帯を取り出して操作する。
下手な歌まで混ぜ、長女は踊る。3女7女も並んで踊る。
「次女ちゃん5女ちゃん8女ちゃん蛆ちゃんが死んじゃったテチ〜。
6女ちゃんまで死んじゃったら悲しいテチ〜」
一心不乱に踊る3匹。
ベンチで座る若い女性がちらり、と見たが携帯の操作に戻った。
年配の男性の足元で親実装が6女を掲げて一生懸命アピールする。
「ニンゲンさん、この仔が死んじゃうデス!死んじゃうデス!どうか助けてやってデスー!」
眠たげな男性は見もしなかった。
騒いでいる間にバスがやってきた。停車すると人間たちは一斉に乗車していく。
もう、機会はない、と親実装はバスの搭乗口で危険を承知で訴えた。
「私たちは公園に住んでたデス、
ニンゲンさんがたくさんご飯をくれたから
仲間がいっぱいいっぱいになったデス。
そうしたらニンゲンさんは急にご飯をくれなくなったデス。
ご飯が無くて仲間がどんどん死んじゃったデス。
だから私たちは違う公園に行くデス。
でも6女が病気になっちゃったデス、誰か助けてーーーーーデーーース!!!!!!」
乗っていく人々は親実装の訴えに微動だにしない。
いや、最後の高校生の少年が親実装を見下ろす。
「うるせえよ」
まともに声をかけられたのはこれが初めてだった。
言い放つと少年もバスに乗り込み、ドアが閉まる。無情にバスは出発していった。
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直立したまま、親実装は何も言わない。手ごたえさえなかった。
踊った3匹は疲れたのか落胆したのか座り込んでいる。
その姿を4女と9女がニタニタ笑っていた。
「ありゃ、遅れちゃったか」
一人の青年がやってきた。バスに乗り遅れたらしく無人のバス停で舌打ちする。
不運にも彼の時計が遅れていたのだが、渡りの一家にとってはまさに天佑というほかない。
「ニンゲンさん!ニンゲンさん!」
「ん?お、実装石もバスに乗るのか」
飼い実装だと思ったのか青年は愉快そうに笑うが、親実装はそれどころではない。
デスデス、とわが仔を掲げて事情を話す。
「おいおい少し待てよ」
青年は携帯のリンガル機能を立ち上げると親実装の話を聞き始めた。
「そうか、大変だったなー」
今までのいきさつを聞いた青年は深くうなづいている。
親実装も姉妹の3匹も期待がふくらむ。ここまで話を聞いてくれたのだから、何かしてくれるのではないか、と。
「預かってやってもいいぞ」
「デエエ!本当デスー!」
「本当だよ、でもな、その前に一つ確認するが」
「デ?」
「それ、死んでないか?」
親実装が掲げていた6女を下ろすと微動だにしないことに気づいた。
痙攣していたのにいつのまにか静かになっていたし、息もない。
「そうやって掲げたりして振り回していたから体力消費したんじゃないのか。
静かにしておけば助かったかも、な。俺も獣医で無いから知らないが」
6女の体に姉妹たちが触れるがなんら反応は無い。
「6女、しっかりするデス、このニンゲンさんが飼ってくれるデス」
親実装は平坦な声をかけながら6女の体を揺すった。
「渡りねぇ。成功するといいな、ほぼ失敗するらしいが。この方角だと行き先は双葉市立運動公園か。
……祈ってるよ、お前らが無事たどり着けることを」
ちょうどバスがやってきたので、男はバスに乗り込もうとして、親実装へ振り返った。
「そうだ、ゴミはきちんと捨てておけよ。バス停汚すなよ」
「6女ぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
親実装は叫びながら両目から滂沱の涙を流す。
実装石の「 渡り 」の成功率はおおよそ5%とされている。
END
あとがき
感想・ご指摘ありがとうございます。