実装石の日常 実装フード 野良の親実装は厳しく仔を躾けた。 「例えいいニンゲンさんでも、実装フードだけは決してもらってはだめデス!」 間引きや外敵の捕食で5匹まで減った仔らは賢く、その言いつけを守った。 愛護派が餌をばら撒いても、実装フードだけには絶対手を出さなかった。 口からよだれを垂らしつつ我慢する姿に、 …本当によくがんばっているデス と誇らしい親実装である。 彼女は実装フードが旨いものであることを理解でき、それでいながら一家で厳しく食べない。 それは彼女の数代前からの鉄則となっていた。 5匹の仔実装も親実装の懸命の子育てもあり、巣立ちも日々近づく。 最初は親と餌採りに、慣れると姉妹と、時には単独で行動した。 成体に限りなく近い状態なので、生きていくため公園の環境を学習していたのだ。 7女は特に活発で、公園を囲む遊歩道まで進出していた。臆 病な姉妹なら近づきもしないが、通行人から食べ物をもらえることもあり 彼女にとっては得るものが大きい。あるときは菓子袋ひとつ貰い、一家はお祭り騒ぎになったものだ。 …テェ。今日はニンゲンさんが少ないテス。 木立と車道の間の遊歩道に望みの人影はなく、前からとぼとぼと実装石が1匹、歩いてくるだけだった。 今日は帰ろうかと考えていると、その歩いてくる実装石が突然、地面に突っ伏した。 「大丈夫テスゥ!?」 倒れた実装石に駆け寄る7女。弱った実装石を食べようというのではない、教育の賜物で道徳観をもつ彼女は本当に心配したのだ。 「しっかりするテス!」 「み、水…ほしいデス…」 まだ成体になっていないものの、体はそれに近いおかげで彼女はなんとか倒れた実装石を近場の水道まで担ぎ込んだ。 …ニンゲンさんが紐を付けてくれて良かったデス 7女は水道の蛇口につながる紐を引き、真下の実装に水道水をたっぷり飲ませてやった。 「助かったデス、運悪く水筒を忘れたデスウ」 見れば同じ緑の服とはいえ汚れておらず、パリッと糊が利いている。言うまでもなく飼い実装だ。 散歩の最中、うっかりご主人様とはぐれてしまった、という。 「7女ちゃんのおかげで助かったデスウ」 飼い実装特有の …仲間はみんなお友達デス の感覚である、まるで警戒感がない。正直なところ7女は呆れた、もう大丈夫だろうと家路につこうとすると。 「こんなものしかお礼できないデスが」 もぞもぞとポシェットの中をまさぐると、数粒の実装フードを取り出した。 7女は実装フードを凝視しながら悩んだ。親実装の厳しいしつけの意味はよく理解している。 だが、実装フードを禁止したことだけはどうしても納得がいかない。他の野良実装は美味しそうに食べてるじゃないか。 思わず左右を見渡す7女。親の教えに背くことと、新しい味覚にドギマギしている。 「どうしたデスゥ?」 「な、なんでもないテス、いただくテス」 …断るのも悪いテスゥ。少しなら問題ないテス。 7女は手を伸ばした。 ************************************* 夕暮れになると出かけていた7女の家族も家路に着く。 それぞれが収集した餌で夕食をとるのだ。 仔たちが収集できるこの時期が一番一家が豊かな時である。 仔が餌を採りにいけないほど小さいと食糧不足となり、 大きく成りすぎるとそれぞれの餌の確保の競合相手になってしまう。 いわば短い黄金期である。 親実装はすでに一度巣立ちを成功させているので、それを良く知っている。黄金期も数日で終わると思うと 夕食をとる仔たちの姿も感慨深い。 …デ? 全員が入りきれないダンボールの前で食卓を広げているが、7女だけなにも持っていない。 親や姉妹たちが気づくと 自分の餌からいくらか分けるとすすめてきた。餌といっても木の実、虫、腐った生ごみの類であるが。 「いいテス、今日は食欲がないテスゥ」 遠慮しているわけでもなさそうなので、親実装は気にかけなかった。 7女は水を飲みに行く、と言い残して家族の輪から抜け出す。 離れてから振り返ると 「長女姉ちゃんの拾った木の実はおいしいテスゥ」 「5女ちゃんのとってきた魚の尻尾のほうがおいしいテスゥ」 と和やかな会話が聞こえてくる。7女は顔をゆがめた。 …あんなのは食べるものではないテスゥ。あれで喜べるなんて頭がおかしいテス、クズどもテス。 …テェ!! 実装フードを口に入れ、かみ締めたとき広がるまろやかな旨みに7女は立ち尽くす。 生まれてから食べてきたあらゆるものと、まるで比較にならない、豊潤な味覚。いや、今までのものは食べ物ではない。 「大丈夫デスゥ?」 飼い実装が立ち尽くした7女を心配したものだ。彼女にとってはそれほど衝撃的な出来事だった。 グリグリと名乗った飼い実装が照れながら 「お友達になって欲しいデス、公園にはお友達がいないデスゥ」 と言っているのも生返事がやっとだった。やがて飼い主らしい中年の男性が走ってきた。 「またか、心配させるな。今月で4回目だぞ」 「ごめんなさいデスゥ〜」 もしゃもしゃと咀嚼する7女。男性はグリグリから事情を聞くと7女にお礼を言うが、それも右から左である。 もう口内にはフードの欠片と香りしか残っていないが、口の動きはやまない。 「じゃあ、またね」 「またデス7女ちゃん〜」 飼い主と飼い実装は7女に別れを言うと足早に去っていった。 時間にすれば10分程度だが、生まれて数ヶ月の7女にとっては最大の出来事だった。 家族の団欒も馬鹿の騒ぎにしか見えない。 …あんな不味いものは二度と食べられないテス、ママたちに知られないよう、私だけ実装フードを手に入れるテスー。 それにしても、あんなものをテステス喜んで食べるなんて頭おかしいテスゥ? 侮蔑しきった目で、7女は自分の家族を眺めた。 翌日から愛護派に餌をねだる野良実装の群れの中に7女の姿があった。 この公園ではフードばかりをばら撒く愛護派がいる。 それまでフードを食べない7女にとってはどうでもいい存在だったが、今では親以上に重要となった。 バラまかれた実装フードを拾ってむさぼる。 「旨いテチ!旨いテチ!」 狂乱状態の7女。 まったく、今までの餌とはまったく違う。 その実装フードを遠ざけてきた親実装が憎く愚かに思えてしょうがない。 日中はフードを恵んでもらい、夕食は適当に拾った草花を持ち帰り、一応偽装した。 「7女、何やってるデス!こんな餌取りでは1匹立ちできないデスー!」 急に怠惰となったかに見える7女を叱る親実装。しかし、もう成体寸前の7女は曖昧な返事に終始した。 カラスに取られそうだったのでその場で食べた…。 今日はたまたま取れなかった…。 殴ろうかと親実装は思ったが、もう7女も大人である、殴っても効果は期待できない。 …この仔はできる仔デス。今までもなんとかやってきたデス。 心配だが、うまくやっていくと思うほかない。そんな親心も知らず、7女はダンボールの陰に 転がってそうそうに寝た(ダンボールは手狭になってきたので交代で使用)。 他の姉妹も不安げに見守るしかなかった。 ************************************* 親との軋轢がありながらも7女の「黄金期」は過ぎ去っていった。生涯を通じての幸福の絶頂、といえるだろう。 しかし、そうしたものは例外なくあっさりと終わりを告げるものだ。 その日はいつも愛護派が来るベンチの前で待っていたが、とうとう誰一人来なかったのだ。 …こんな日もあるテスゥ。 空腹を抱えながら帰宅する7女。相変わらずゴミを喜んで食べる家族には、もう嫌悪感しか残っていなかった。 …そんな、おかしいテスゥ、ありえないテス。 翌日も愛護派は来なかった。 実装フード以外を餌付けする他の愛護派はいたのだが、実装フードをくれる人間を待ち続けた。 7女は完全に出遅れる。夜は気が立ってしょうがなかった。自身が食べられいゴミを旨そうに食べる家族のそばで、 空腹をかかえていなければならなかったから。 …なんでニンゲンが来ないデスゥ!!! 三日続けて実装フードをまく人間は来なかった。血涙を流しながら7女はわめいた。 「テチャアアアアアア!お腹減ったテス!お腹減ったテス!」 四日目も実装フードを餌付けする人間は来なかった。 愛護派の人も必ずしも毎日くる、というわけではない、複数の人間がばらばらにやってくるのだ。 たまたま来ない日が続くこともある。 親実装はそれを見越して自力での餌の収集を仔に学ばせたのだ。 野良実装が自力で餌を得られないとなれば、それは即・飢餓に直面するということ。 飢えと疲労でよろめきながら7女が帰宅すると、さすがに家族も心配した。何よりほとんど食っている姿を見ていないのだから。 「7女ちゃんはこれを食べるテス」 長女は一番大きな餌…潰れて腐ったトマト…を笑顔で差し出す。 精一杯の真心に、7女は目をむいて長女の手からトマトを叩き落す。 「デェ!なんてことするデスゥ!長女に謝るデス!食べ物を粗末にしたらだめデス!」 親実装が激高する。あまりに大切なことを二つも破るので我慢の限界を超えたのだ。姉妹らも騒然となる。 「テ?これが食べ物テス?…ふざけるなテス!!!!こんなゴミが食えるかテスウ!食ってやるから実装フード持って来いテス!!! お前ら!フード集めて来いテス!!!」 飢えで気が立っていた7女は姉妹に八つ当たりし始めた。 親実装はすべてを悟る。実装フードを食べるとそれに執着してしまう個体がいるのだ。フード以外は受け付けず、 結局飢えに苦しむ。そうなるとしょせん実装石、薄いモラルがはがれてしまう。 親実装はそうなった自分の姉妹を知っているのだ、なぜか彼女らの家系はフードに依存しやすい体質がある。 だから実装フードを遠ざけてきたのだが。 しかし、成体となりつつある今はもう矯正も不可能。 …5匹を無事巣立ちできると思ったデス。 がっくり、と親実装は両膝を地面につく。7女は デスーー!!! と叫ぶと飛び出していき、最悪の巣立ちとなった。 が、数日後、さらに衰弱した様子で7女は親実装のダンボールを訪れた。他の姉妹たちは巣立ちしていない。 小声で何か言う娘を親実装はにらみつける。 「実装フード?そんなものがここにあるわけないデスゥ!食いたければ飼い実装にでもなればいいデス! そもそも私は自分の餌で精一杯デス!大人を1匹養えるわけないデス!」 弱りきっているのであっさりとたたき出される。食い殺されないのは、わずかな情けのおかげだ。 他の姉妹のダンボールや穴倉を訪れるものの、彼女はすでに競合相手である。親より強烈な一撃を貰うのがせいぜいだった。 近頃は実装フードを撒く愛護派が減少していた。 まれにやってきても命がけの争奪戦となり、空腹で弱っている7女は押しのけられ たたき出された。公園では実装石が200匹まで激増し、食糧事情が悪化していたのだ。 集団からはじき出された7女は立ち上がる気力もない、泣きながら地面をたたく。 「デスウ!私のフードがぁぁ。お腹減ったデスウー!!」 愛護派が立ち去り、実装の群れが去るとわずかにかけらや押しつぶされたフードが落ちている。 それこそゴミなのだが、一心不乱となって拾い食いする7女であった。 それで空腹をしのげるものではない、一ヶ月以上飢餓線上にいた7女はいつもフードのことしか考えられなくなった。 ダンボールやペットボトルもなく、服はよごれてぼろぼろ、清潔にする余裕もないので強烈な悪臭を放っている。 「フード…実装フード!フードフードフードフードフードフードフードフードフード フードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフード フードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフード フードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフードフード……!」 錯乱していた。 ************************************* 飢餓から来る生活レベルの低下は一層餌の入手を困難とさせる。このサイクルに落ちた野良はまず助からない。 錯乱する中、親実装の声がこだまする。 食いたければ飼い実装にでもなればいいデス! 初めて食べた実装フードも飼い実装から手に入れたものだった。 二つが結びつき、無謀な考えがよぎる。 …飼い実装と入れ替わる 狂いかかった頭ではそれしか生き抜く方法が思いつかない、7女は散歩する飼い実装を物色し始めた。 しかし、飼い実装を襲う野良が急増したこともあり、飼い主はリードを離さない。 いよいよ7女は焦燥する。 記憶が混乱して家族が自分だけ騙して陰で実装フードをたらふく食べているように思えた。 痩せこけた体で長女のダンボールにやってきて、隠した実装フードを出せデス、とわめく。 出てきたのはトマトではなく、石。顔面に命中し、後ろに吹っ飛ぶ7女。 「とっとと死ねデス!気違い実装!」 パタン、と蓋を閉じてしまう。 衰弱したところに負傷して、7女は一気に弱まる。 自分が死ぬ、という恐怖で心臓が痛む。 食ってもいないのに、わずかにパンコンしながらよろめきながらフードを求めた。 当てもないまま遊歩道まで出てくると、身なりのいい実装石がやってくる。 「7女ちゃん大丈夫デス?」 初めての実装フードをくれたグリグリであった。負傷して痩せこけた7女を気遣う。 「フード!フードよこせデスウ!」 瀕死の体で絶叫。グリグリは驚きながら首を左右に振る。 「さっき困った親子に全部あげたデスー」 「デギャアアァァァ!」 「しょ、しょうがなかったデスー。お腹すかせてたデス。だ、大丈夫デスー。今度沢山7女ちゃんにもあげるデスー」 今度、という言葉に7女は切れた。グリグリの首をつかんで揺さぶる。 「今度!今度っていつデスー!三日後デスか!!四日後デスか!!私は死んでるデス!!」 自分の声で一層興奮する7女。グリグリを押し倒すと飼い実装の愛くるしい刺繍が施された服が目に入る。 「私が飼い実装になるデスーーーー!!!!」 「デェ?落ち着くデス7女ちゃーん」 運悪く傍らに手ごろな石ころが転がっていた。それでグリグリの運命は決まった。 7女はつかみあげるとグリグリに振り下ろす。 「デジャ!」 グリグリの顔面が歪む。なお振り下ろす石から庇おうと両手を差し出す。 「デジャ!デジャアァァ!」 ためらいのない攻撃で手は押しつぶされ、腕が反対方向に曲がる。 「ま、まつデス7女ちゃん、7女ちゃあぁぁん!!」 「死ね!死ねデス!お前が死んで私が生き残るデス!」 弱りきっていても野良、暴力を振るうことを知らない飼い実装などひとたまりもない。両腕が肉片となって守れなくなると、 ドリドリの顔面に石が襲い掛かる。 「早く死ぬデス!死ね死ね死ねデス!」 「デジャァァァーーー!ま、まって、お友達、お友デジャァッ!」 えぐられる肉片が飛び散る。返り血で頭から足まで7女は真っ赤に染まっていく。 グリグリの顔にかつての面影はない、 頬がえぐられ 口が裂け、 右目が破裂し 肉片が飛び散る。 「た、たすけて、たすけデジャッ!デジャ!ご、ご、ご主人さまぁぁ!!!」 助けを呼ばれる、と思った7女はあごを集中して殴った。あごがもげ、血が吹き出す。かまわず7女は石を振り下ろした。 非力で衰弱した実装石の力で、他の実装石を殺すのは大変な労力だ。 左目をえぐられ、顔面が陥没し、脳しょうを路傍に撒き散らし極限の暴力の果て、グリグリは殺された。 返り血でずぶ濡れの服を脱ぐと、7女はグリグリの服を剥ぐ。 それは流血で同じようにずぶ濡れなのだが、わからないようだ。 肉片までこびりついた服を着込むと、落ちているグリグリのポシェットにきづく。 あわててそれを開くと、フードのカスがわずかに残っていた。 「旨いデス旨いデス!これが私にふさわしい食事デスウ!!!これからは毎日実装フード三昧デスウ!!!」 そこへ、一人の人間がやってきた。グリグリの飼い主の男性である、道路に転がる顔面と両腕を砕かれ、服まで奪われたペットを 呆然と見下ろす。 「グリグリが…グリグリが…」 可愛がっていたペットを真っ赤な肉片にされたショックで立ちすくむ人間に、7女は気づいた。 「あ…奴隷…ご主人さまぁ!フード食いたい!フード食いたい寄越せ!はやく寄越せデスウ!」 そのころ、初の妊娠を迎えた長女は胎教していた。 「実装フードは食べちゃだめデス、たとえいいニンゲンさんでも…」 END
