超兵器 実装さん * 夏、あの日から既に60年以上の月日が流れている。 それでも私は毎年この日は、必ずこの思い出の場所に鎮魂の為に訪れる。 そう、62年前のあの日も今日の様に暑い日だった。 * 1944年初冬、戦局の悪化は誰の目に見ても明らかだった。 そんな冬の冷え込んだ朝、当時帝國大学で言語学の研究をしていた私の元に大学の事務局から一通の手紙が届けられた。 帝國海軍軍令部からの令状だという。 私は、いよいよ私のような人間にまで召集令状が来たかと覚悟した。 しかし、令状の指示は、大分の海軍工廠への召集と、待遇は技術少尉としてというなんとも不思議な物だった。 命令内容は、私の言語学者としての能力を御国の為に十分に発揮するようにと、それしかなかった。 そして向かった先はなんとも巨大なドック。中に入ると今まで見たことのないような巨大な戦艦を建造しているところだった。 だが、私は一介の言語学者に過ぎない。一体この巨大な鐵の艦の建造にどうやって役に立てばいいのか。 先導する士官の後を追い、ドックの横に建てられた建物に入ると、檻の中に今まで見たことのないような巨大な実装石が一匹いた。 巨大実装石は「実装さん」といい、この時が私達の初めての出会いだった。 実装さんは山奥に住んでいる実装石に稀に生まれる変異種で、普段はおとなしいが、一旦暴れ出すと銃で武装した兵士が100人がかりでも 取り押さえる事は難しいほどやっかいな事になるらしい。 私の上官になる士官が私の役割と、その背景を説明してくれた。 帝國海軍は、この実装さんを海兵隊の戦力として使う為に、母体となる実装石から、実装さんをある程度以上の確率で生み出す技術を開発した。 そして兵士として命令系統に組み込む為に、どうしても実装石の言語の解析が必要との事で、私に白羽の矢を立てたと言う。 さらに、その解析結果を元に、実際に人間の命令を理解してそれを遂行することが可能か、この海軍工廠の新戦艦建造現場で 牽引機や重機の代わりとして試用するのだという。 「実装石皇民化計画」。それがこの計画の名前だった。 ここにいる実装さんは、そんな中から選抜された、特に賢い一匹だという。 * 「デッスー、デスデスデデッスー。デス。デッスン。デデデデッスンスン」。 実装石の鳴き声は、多様な様式を持っており、同属同士で何らかの意思疎通が持たれているのではないかと昔から言われていた。 また、実装石は人間の言葉を聴いて理解する能力はあるらしいと言う事も、経験でかなり真実ではないかと思われていた。 しかし明治の御世以来、本朝、異朝を問わず多くの言語学者、動物学者が実装石の言語の解析に挑戦してきたがことごとく失敗に終わっていた。 私は、この元寇以来の国難に際して、軍の全面的な支持を得てこの前人未到の偉業に挑戦していくのだと考え、帝國臣民としてこれほどの栄誉はない、 そして全力を尽くす旨を軍部に伝えた。 海軍が友邦であるドイツ帝國から取り寄せた、最新の磁気テープによる録音機を駆使することで、私は間もなく実装石の言語に 隠された秘密を見つけた。 驚愕した。これは実装さんを検体としなければ決して見つけることの出来ない事実だった。 実装石の発音、及び可聴領域は、人間のそれよりもかなり幅広いのである。 つまり、「デスデス」という発音には「desu desu」という人間の可聴領域の音と、さらに人間の聴覚では捉えれらない高周波成分、低周波成分が 含まれていたのである。 実装石同士の会話では、この高音、低音領域にも意味が含まれていたのだ。 今回、実装さんという、いわば巨大実装石の声を録音することで、その本来聞き取れない高音領域が低音側にずれる事によって 初めて高周波成分の存在があきらになったのである。また、高周波側に広がっている事がわかったので、低周波側の存在の想像は容易だった。 その事実を発見して以来、実装石の言語の解析は順調に進んだ。 私は実装さんと身振り手振りを交えながら、段々と意思疎通が出来るようになっていた。 海軍は私の研究結果を元に、マイクロフォンで拾った実装さんの声を電気信号化し、それを歯車式計算機を組み合わせて作った 解析機関を通すことで、中間言語的な数列に置き換える装置を短期間で開発した。 実装さんの言っていることを理解するには、さらにこの数列を対応表で日本語に置き換えればいいのである。 そして期待の翻訳機の試作機が出来た。私は実装さんに話しかけた。 「実装さん、気分はどうだい?」 実装さんは何かつぶやく。 その声をマイクロフォンが拾い上げ、解析機関の歯車がゆっくりと実装さんの声を数列に翻訳していく。 私は表示板に示された数値を拾い翻訳表で日本語に置き換える。 「オナカ スイタ デス イモヲ タベタイ デス」。 「そうか、でもまだ晩御飯には早いな。それに今日の晩御飯は芋じゃなくて南瓜だ」。 「カボチャ モ スキ デス。 バンゴハン タノシミ デス」。 そこまで言って実装さんは驚いたような顔した。 「センセイ ワタシノ イッテル コト ワカリ マスカ」。 「あぁ、この機械を通じれば何とか判るようになったよ」。 「ワタシ ウレシイ モット センセイ ト ハナシ シタイ デス」。 人類と実装石の完全な意思疎通が初めて出来た瞬間だった。 * 新戦艦の建造現場に実装さんが投入される日が来た。 現場の作業員達は驚きの声を上げる、当然かもしれない。実装石自体が山奥にしか住まず殆ど目にするのが難しい種なのに、さらに その中でも希少といわれる実装さんが目の前に姿を現し、しかも私の指示に従って作業をしているのだ。 実装さんは機械が必要な力仕事でも、楽々と、しかも機械よりはるかに繊細にこなしていく。 日を追う毎に実装さんの作業は上手になっていく。そして現場の皆も段々と実装さんを同じ職場で働く仲間として、自然に受け入れるように なっていた。 そんなある日。 戦艦の装甲をリベット打ちしている現場で大音響が上がった。 沢山の作業者が音のなった方へ走っていく。 「どうした?何があった?」。私は走っている作業者を捉まえて問うた。 「ハイッ!少尉殿!リベット付け作業中の装甲版が落下し、実装さんを含む何名かが下敷きになった模様です」。 私は礼も言わずに現場に走り出した。 「直ぐにクレーンを用意しろ!」 「誰かワイヤーを持って来い!」 もうもうと土ぼこりが上がる事故現場は大騒ぎになっていた。 しかし、その時。 「デスゥゥゥゥ」。 落下した装甲版の下から実装さんの低いうなり声が聞こえてきた。 その場に居合わせた全員が、一瞬息を飲んだ。 「デデデッ!デッスーン!」。 下敷きになったと思われていた実装さんは、両手で装甲版を持ち上げて仁王立ちになった。 実装さんの股の間から、下敷きになっていたと思われた作業者が出てきた。全員、実装さんに守られて怪我一つない状態で救出された。 その瞬間、現場に一斉に万歳三唱が鳴り響いた。 歓声の止まない中、実装さんの怪我が心配だった私は、直ぐに隣接する研究施設へ連れ帰った。 難しい顔をして実装さんの体を調べた獣医が言った。 「怪我一つ無し。流石は実装さんだ」。 私は、全身の力が抜ける思いだった。 このとき既に私たちにとって、実装さんは単なる研究対象ではなく、何かもっとかけがえの無い存在となっていたのだった。 「ミナサン ダイジョウブ デスカ。 ワタシ ダイジョウブ デス。 ケガ ナイデス」。 表示板の数列を対応表で翻訳するとそんな事をいっていた。 実装さんは穏やかで心優しい生き物。私はその時確信した。 その晩、私は実装さんに、お礼と無事だったお祝いを兼ねて、ご馳走をすることにした。 「よし、実装さんは今日、多くの作業者を危険から救ったのでお礼に大学芋をご馳走しよう」。 「コレガ ダイガク イモ デスカ トテモ アマイ デス ホクホク オイシイ デス」。 「ははは、今日は遠慮しないで一杯食べていいぞ」 結局予定外の大量の甘藷と貴重な砂糖、油を大量に使ってしまい、上官から大目玉を食らってしまった。しかし実装さんが喜んでくれたし、 現場作業員との絆もよりいっそう深まったので良い事とした。 * 新戦艦建造は遅れがちではあったが、確実に進んでいた。そんなある日、軍令部上層部から何人かが検分に参られた。 そしてその夜、工廠の主だった部署の責任者が工廠長の元に集められた。そして軍令部の命令が我々、実装石皇民化計画の関係者にも伝えられた。 「本廠は閉鎖。機密保持の為に一切の資料を焼却処分せよとの命令だ。海軍も本土決戦の為に、建造中の新戦艦を他の兵器に転用する決定を出した」。 私は訊いた。 「実装さんは・・・どうなります?」 工廠長は煙草の煙を深く吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。たった一呼吸の動作なのに、その待ち時間はとても長かった様な気がした。 「・・・殺処分の命令が出ている。死体は灰になるまで完全に燃やせと。既に実装さん出産石研究所では資料の焼却、一切の実装石の殺処分を完了しているそうだ」。 私は懇願した。 「実装さんを殺すのは止めて下さい。実装さんは穏やかな生き物です。山奥に帰してやれば平和に人知れず生活して死んでいくのです」。 「気持ちは十分わかる。しかし、これは機密保持のためどうしても必要なのだ。実装さんは一億総特攻の魁となると考えてくれ。我々も直ぐに後を追うことになるだろう。 実装さんとは靖国で会える。今はどうか涙を呑んでくれ」。 私は必死で食い下がったが、決定は覆されることはなかった。 * この当時、実装さんを即死に至らしめる銃などなかった。また、実装さんの硬く分厚い肌を通る注射針もなかった。結局、餌に毒を入れて薬殺処分にするという。 飼育係が泣いている。この飼育係はあの事故で実装さんに命を救われた一人なのだ。彼は泣きながら毒を注射した馬鈴薯、南瓜を実装さんに与えた。 しかし、実装さんは全ての餌を手にとっては首を横に振って籠にもどす。 実装さんの優れた嗅覚力によるものなのか、それとも実装石にしかない特殊な感覚によるものなのか、一切毒入りの餌を食べようとはしなかった。 毒を入れた水すら飲もうとしなかったのである。 そんな日がもう一週間も続いた。そしてあの日の早朝が来た。 餌を一切食べなくなってから、実装さんは自力で立つ事も難しくなり、今は横たわり弱々しく息をするだけだ。 「センセイ、コレモ、ヨクナイデス。タベラレナイデス。タベテハダメデス」。 実装さんは私が食べる振りをした、蒸かした馬鈴薯をゆっくりと私の手から取り上げる。 これ以上実装さんを苦しめる事が嫌だった私は、私が毒餌を食べる振りをすれば、もしや食べてくれるかも思い、何度か試してみた。 しかし実装さんは、このように私にも食べさせまいとする。 体が大きく、人間の何十倍もの水分と熱量を必要とする実装さんにとって、一週間も餌も水もない事は、即ち生命の危険を意味する。 すでに意識は途切れがちのはずである。空腹感も苦痛の域に達して久しいに違いない。 また解析機の表示板がカチリ、カチリと音を立てた。私はあわてて翻訳表で意味を読み取ろうとした。 「センセイ モ クウフク ナノ デスネ。 サイゴ ノ タクワエ ダケド コレヲ タベルト イイデス」。 実装さんが大きな頭巾の中から取り出したのは小さな、小さな大学芋の切れ端だった。おそらくあの晩のものなのだろう。 山奥に住む実装石は、いざと言うときの為に食料を蓄える習性があるという。 この実装さんは蓄える場所を持たなかったが、本能的に余裕のあるときに食べ残しを頭巾の中に蓄えていたのだろう。 実装さんは、自分が飢えて死にそうなのに私の事を心配してくれる。 実装さんが苦しい息の元、また何か言おうとしている。 マイクロフォンは実装さんの消え入りそうな声を拾い上げ、解析機関の歯車がゆっくりと実装さんの声を数列に翻訳していく。 私は表示板に示された数値を拾い翻訳表で日本語に置き換える。 しかし、そのいつもの慣れたはずの作業も、涙で視界が潤んで遅れがちになる。 「センセイ ジッソウサン ハ オクニ ノ タメニ ハタラケテ シアワセ ダッタデス。 ハジメテ センセイ ト オハナシ デキタ トキハ トテモ ウレシカッタ ソシテ サイゴヲ ミトッテ クレルノガ センセイデ ホントウニ ヨカッタ デス」。 実装さんの声が不意に止まった。そしてゆっくりとしていた呼吸もそれに続くように止まってしまった。 パキン 実装さんの体内で何かが割れる様な音がした。 解析機関の歯車も全て止まった。私は翻訳表を投げ捨てて実装さんにしがみ付いた。 「実装さん?実装さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーん!」 私はもう動くことのない実装さんに抱きつき泣き出していた。 「実装さん、すまない、本当にすまない」。 私は泣きながそういい続けることしかできなかった。 その日の正午、私たちはラジオの玉音放送により、戦争の終結を知った。 そして抜けるような夏空の下で、実装さんの遺体を焼いた。遺体は信じられないほど軽くなっていた。 * あの日から62年 結局、私は実装さんと靖国で会うことは出来なかった。私は生き残り、戦犯の指定も受けず大学に復員できた。大学では実装石の言語研究を続け、 その研究成果は高く評価され、後年とある民間企業が実装リンガルという形に結実させた。 山奥にしかいなかった実装石は、日本の経済成長とともに里へ降りてきて人間の生活圏で暮らすようになった。 リンガルは人間とそんな実装石の円滑なコミュニケーションを可能にしたが、それは双方にとって幸福なことだったのか、現時点ではまだわからない。 多分、私がその答えを知ることはないだろう。 私も80歳をとうに超え、十分に老いた。そう遠くない日に逝くだろう。しかし、戦死出来なかった私は靖国で実装さんに会えるのだろうか。 また、会えたとしてどんな顔で会えばいいのだろうか。 私は今年も実装さんの命日に、思い出の場所にいる。今は廃墟となり、回りにフェンスが張られた旧帝国海軍秘密工廠跡地の前である。 私はコンクリートの塊の上に、実装さんが美味しいと喜んだ大学芋と花を供え、線香に火をつけて黙祷した。 そして私は例年の様に、近くの実装さん牧場へと向かった。 破棄されたはずの実装さん生産のノウハウは、海軍でその研究を行っていた技術将校が個人的に秘匿してた。 十数年前から、県の第三セクターがそのノウハウで実装さんを生産し、観光客目当てで、北海道・登別のクマ牧場を真似た「県営・実装さん牧場」を経営している。 牧場は実装さんのユーモラスな姿を求める客で、観光シーズンにはそれなりに盛況を得ている。しかし、実装さん出現の原理はまだよくわかっていないらしい。 「デッスー、デッスー」。 強化ガラスの向こうで沢山の実装さんが餌をねだったり、ゆっくりぶらぶら歩き回っている。 私はここの実装さんを見ると懐かしいような、すまないような、そんな気持ちになる。 そして帰り際にはあの実装さんとの日々を思い出していつも目が潤んでしまうのである。 さぁ、もう帰ろう。私は来年もまた来れるだろうか?そんな事を考えながら潤んだ目をハンカチでぬぐっていると、一匹の実装さんがこちらに向かって歩いてくる。 そして私をしげしげと見つめると、何か語りかけている。 私はガラスに設えられたリンガルの表示を見て、思わず実装さんの差し出して来た手を見た。 「ニンゲンサン、大人が泣いちゃ可笑しいデス。お腹空いてるデス?これを上げるから元気出すデス」。 その実装さんの手には小さなサツマイモが乗っていた。 私は新たに流れ出る涙をどうしても止める事ができなかった。 実装さんは困った様な顔で私を見つめるだけだった。 おしまい 鍋屋 ◆dh4a8ve0HI

| 1 Re: Name:匿名石 2023/01/13-08:01:40 No:00006695[申告] |
| 実装スレが立ってて「良かったスク」で紹介されてて見ました
良かった |
| 2 Re: Name:匿名石 2025/01/31-02:50:11 No:00009493[申告] |
| ええ話や・・・
ところで、建造されてた戦艦ってひょっとして「播磨」って艦名だったりしません? |