実装石の日常 渡り③ ここまでのお話 双葉児童公園は愛護派の餌付けと放置で野良実装の増加と飢餓が起こる。 親実装は生き延びるため今の公園を捨て、家族を引き連れ新天地となる公園を目指す 「 渡 り 」 を決行。 だが公園はあまりに遠く旅路は危険が多い。 親実装:仔実装を生き残らせるため非情に徹する 長 女:生存 次 女:家族思い。…だが8女を救えず 3 女:生存 4 女:生存 5 女:渡りに参加できない蛆ちゃんとダンボールに残って生き延びようとするが、ものの数分で食い殺される 6 女:生存 7 女:生存 8 女:はしゃぎすぎて体力を浪費、渡りから脱落 9 女:生存 番 外:蛆ちゃん 5女と共に、家族から見捨てられたがそれも理解できず食い殺される 日が昇り人々の活動が始まると町はいつものように活気を見せ始める。 国道沿いの歩道を歩いている渡りの一家にとっては、カラスの脅威が減るものの、人間という最大の天敵の出現を意味する。 まだ朝早いので状況はマシといえる。周囲は住宅地であり通勤通学の人々は多いが、朝は忙しい。 小学生といえども遅刻するわけには行かないので、彼女らを追い回したりしないのだから。 そうでなければ、命がけの 「 追いかけっこ 」 「 缶けり 」 「 実装潰し 」といった遊びに 無理やり参加させられたであろう。 社会人は言うまでもないが、実装石の返り血を浴びて仕事に向かうわけにはいかない。 それでも、彼女らからみれば人間は体躯だけでも恐ろしい。仔実装にとっては自分の10倍の大きさの生き物が すばやく行き来する光景だけでもパンコンしかねないほどだ。 なるだけ歩道の隅をぞろぞろと進む一家。たまに自転車が通ったり、自動車が走ればそれだけで足がすくむ。 親実装にしても、これだけの人ごみは経験が無い。止まれば危険だ、と言う本能に従ってひたすら足をテクテク動かし続ける。 脱落の恐怖から逃れるように、仔実装が続く。 こうして朝の混雑を乗り切った一家であった。 ************************************* 果てしなく続くかと思われた時間を生き抜いた一家は、ある家の軒先で休息していた。 親実装はペットボトルの蓋を開くと、貴重な水を順番に少しずつ与える。 「テチャア…もっとお水、お水!」 「駄目デス!いつ手に入るか分からないから、少しずつ飲むデス!」 ぐずる仔を叱りながら、最後に水を含む親実装。なおかつ座り込みながら左右を見渡して警戒を緩めない。 この個体は知性が高いとはいえないが、サバイバル力を身につけている。 そうでなくてはあの公園で仔を9匹(と蛆1匹)も育てられるわけもなかったが。 ……その貴重なわが仔をすでに2匹(と蛆ちゃん1匹)を失ったデス 渡りの厳しさは分かっているつもりだが、いきなりの損失に親実装も参っていた。顔にこそ出さないが、 泣きたい気持ちだ。だが公園に戻っても飢餓地獄。我が家もとうに奪われているだろう。 もう前進あるのみだ、たとえどれほどの危険があろうとも。 「そろそろ行くデスー」 親実装が立ち上がると、2匹ばかり露骨に嫌な顔をするが毅然と。 「残りたいならママはとめないデス」 説得も妥協もしない。 親実装が歩き出すと半分が慌てて続き、残りも取り残されそうになって飛んでいく。 午前9時。秋の空は薄い雲に覆われ風は冷たい。 さいわい、人出は随分減っており無用な接触は減りそうだ。少ない人間も、隅を歩く実装に気づいてもわざわざ手を出してこなかった。 しかし実装石は人以外の脅威が多い。 「ワン!!」 柴犬(チャッピー・♂・2歳)が我が家の前を通ろうとする奇妙な一行に吠え立てた。 親実装がブリブリと盛大にパンコンすると、真後ろの長女もすかさずパンコンし、次女が続く。 最後尾の9女までパンコンが伝達し終えると、仔実装は大騒ぎ。 「テチャアアアア!怪物テチャア!」 「食われるテチャーーー!」 「テヒャア!」 ダンボールの中で仔実装は犬にほえられたことがない。せいぜい散歩中のおとなしい犬を遠目に見るだけだ、 これほど間近でほえられる経験に怯えきった。 「だ、大丈夫デス!!」 精一杯の虚勢をはる親実装。 「大丈夫デス!ママがいるデスー!ママがいるから大丈夫デス!!」 「テヒャアアアアアア!終わったテチ!もう終わりテチィ!」 「私たち殺されちゃうテチィ!」 「テチュアアアアアァァァァ!!!」 「テチャ!テチャアア!」 パニックは収まるどころか一層高まっていく。 冷静な個体がいればいいのだが、親自身パンコンしながら叫んでいても説得力がない。 やむを得ず、騒ぐ仔を抑えようとするが、 「もう嫌テチ!お家に帰る、帰るテチ!!!」 「私も帰るテチャー————!!!!」 「テチャアア!」 とうとう、次女・3女・6女が泣きながら今来た道を逆走していく。 「デェ!」 親実装は手を伸ばすが、するりと3匹はすり抜けていった。 「待つデス!ママから離れたら危ないデスゥ!」 「ワン!」 親実装の大声に柴犬(チャッピー・♂・2歳)がもう一度ほえる。ブリ、と叫んだ格好のままオパンコンし硬直する親実装。 なさけない親にしがみ付く残りの4匹の仔実装たち。 今3匹を追いかけてもどれだけ助けられるか分からない上、この4匹を見殺しにしかねない。 「デデェー!」 かくして進退極まった親実装である。 ************************************* 「…さあ、もうきれいデス」 結局親実装は残った4匹を引き連れて近くの人家の庭先に逃げ込んだ。幸い留守なのか人気はないので、 安心してパンコンの処理(と言っても枯れ葉で拭うだけ)をしてやる。 4匹は嗚咽しているし、動揺は小さくなかった。 1匹ずつなだめていると、 「ママァ」 血でずぶ濡れの6女を3女が支えていた。 「しっかりするデスーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 飛び出して2匹を支えてやる親実装。 「よく生きていたデス!怪我したデスー!次女はどうしたデス!!」 ぼんやりとしている6女を支えながら3女が応える。流し続けた血涙が足元まで滴っていた。 「次女姉ちゃんは、次女姉ちゃんは6女ちゃんを助けてくれたテチ…」 ………時間を少しさかのぼる。 「もう嫌テチ!お家に帰る、帰るテチ!!!」 「私も帰るテチャー————!!!!」 「テチャアア!」 逃げ出した3匹に考えがあったわけではない、恐怖と言う感情に支配されてただ逃げ出しただけだ。 しかし仔実装の足である、親実装から離れて数十m先のカーブで息が完全に切れた。 泣きながらしゃがむ3匹。 横断歩道の上で。 3つの緑の塊に気づいた運転手がいたが、わざわざ避けようともしない。 野良実装を避けようとして起きた交通事故は近頃では珍しくない、無理に避けようとせずそのまま進む方が安全なのだ。 「「「テヒャアアアア!!!!!」」 突進してくる自動車に身をすくめて抱き合う3匹。逃げる暇などない、数台の車は目の前だ。 幸い、車体の真下をくぐって3匹は事なきを得た。 だが向こうからは轟音を立ててトレーラーがやってくる。3匹からは見えないがショベルカーを積み込んだ20tのトレーラーである。 「逃げるテチャア!」 仔実装にすれば化け物以外の何者でもない。 慌てて立ち上がると歩道目指してよろよろと歩き出す。走りたいのだが、先ほどの全力疾走と、車列を潜った恐怖で体が動かないのだ。 時速60kmで容赦なく疾走してくるトレーラーの前にもたもたしている仔実装。 距離が100m、50mと縮むがのそのそ動く彼女ら。それでも、先頭の次女はなんとか歩道にたどり着こうとしていた。 だがすぐにつづく3女はともかく、6女はまだまだ距離がある。 「6女ちゃん急ぐテチィ!」 「急いで、急いでいるテチィ!」 もどかしげに次女は妹の側に戻っていき手を貸してやる。 3女はほうほうの態で、歩道にたどり着く。ブロックをよじ登るとそのまま倒れこんだ。 「次女姉ちゃん、6女ちゃん!」 振り向きざまに車道を見ると、今まさにトレーラーがやってきた瞬間だった。 「今度は助けるテチ!」 今まさに巨大なタイヤが6女を巻き込もうとしている。次女が腕をつかみ、手前に引っ張る。 反動で向こう側に移動してしまう次女。 その次女を容赦なく、黒いタイヤが巻き込み、赤色と緑色のしぶきがおこった。 ************************************* 説明を終えると、黙り込む3女。 代わりに6女がぶつぶつ言う。 「「ペビャア!」って次女姉ちゃんが言ったテチ。 黒いのが上にのしかかって次女姉ちゃんが上から押しつぶされて、体がベチャベチャになったテチ。 体の中身が飛び散ったテチすごく痛そうテチ。 3女姉ちゃんのところに逃げてから見ると、大きなシミがあって、次女姉ちゃんがいなくなったテチ」 「……………………」 静まっている一家。6女は顔を上げて親実装を見る。 「次女姉ちゃんが痛い痛いテチ。早くみんなで迎えに行くテチィ」 「……次女は大事なお仕事をしたデス。お前は自分を大事にしてがんばるデス」 そして貴重な水を頭からかけてやり、返り血を洗い流してやる。 親実装の悲しみは大きなものであった。 ひそかに期待していた次女をあっさりと失った喪失感はあまりに大きい。 泣き叫びたいのだが、そうすれば残った仔はパニックを起こすだろう。 天敵を呼び寄せるかもしれない。野良実装は嘆き悲しむ自由さえないのだ。 その親実装に長女が近寄って尋ねる。 「ママ、公園はどこにあるテチ、どれくらいかかるテチ?」 「それはママもわからないデスまだ何日もかかるのは間違いないデス」 賢い長女は涙目だ 「まだ一日目の半分テチ。でももう4匹も死んじゃったテチ、このままじゃ公園にたどり着く前にみんないなくなっちゃうテチィィィ!」 実装石の「 渡り 」の成功率はおおよそ5%とされている。 END あとがき 感想・ご指摘ありがとうございます。
