タイトル:【虐】 日のあたる部屋
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初投稿日時:2006/07/11-22:04:59修正日時:2006/07/11-22:04:59
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『ウーン 暗いデス 狭いデス・・・  今日こそはモット大きなダンボールを探しに行くデス・・・』

狭いダンボールハウスの中で寝苦しさに目を覚ました親実装は、闇の中ぼやけた頭で考えていた。
どこの公園でも同じであるが、この公園でも実装石の総数に対しダンボールの絶対量が足りない。
この親仔実装はダンボールに住んでいるだけ恵まれているのだが、仔実装10匹と親実装が住むには狭すぎた。
元々は親実装1匹で住んで丁度いい大きさだったのだが、住み替え用ダンボールが手に入らない内に
出産を迎えてしまったのだ。今ではダンボールハウスの中に拾ってきた菓子折箱を置き、そこに仔供達を寝かせて
親実装は菓子折箱と壁の間に挟まれる様にL字型の窮屈な格好で寝ている。
こうでもしないと親実装が寝返りをうった弾みで仔実装を押し潰しそうなのだ。
仔実装達も菓子折箱の中で互いの頭や腹を蹴り合うようにして寝ている。
一晩だけ親実装は自分だけ外に出て寝た事があるが、地面に直接寝てみると体温がみるみる大地に奪われて
疲労が残った。ダンボールの床があるだけでも疲労回復に大きな違いがある事を身をもって思い知らされた。

それにしても寝苦しいだけでなく、何故か頭もクラクラする。
 朝はまだ遠いのだろうか、水皿の水でも飲んでもう一寝入りしようかと思っていると、
 横ではまだ暗いというのに
『テチ? テチー!! オネエチャン重いテチ!』『ママー! 暗いテチ- 暗いテチ-!!』
『誰のオシリテチ!! 顔に当たってクサイテチ-!!』『テェェ アタマがイタイテチ-』 と仔供達が騒ぎ出す。

やれやれ、仔供達の寝ている菓子折箱を揺らしながら子守歌でも唄ってやろうと思い、起きあがろうとすると
親実装の頭がボンと天井にぶつかった。
天井? 仔供達が生まれて以来、ダンボールハウスの蓋など閉めた事は無い。 
何故?   寝ぼけ半分の頭で親実装は、昨夜の事を思い出そうとする。

そういえば、何かの気配に感づいて半分目が覚めた後、急に息が苦しくなって・・・
 うーん、そこから思い出せない。  あれは夢だった気もする。

再び半身を起こした体勢で頭上に手を伸ばす。 間違いない。これはダンボールの質感だ。
ようやく頭に血が巡ってきた親実装は急激に不安に襲われた。 
何故天井が閉まっている? 暗いから夜中とばかり思っていたが本当に夜なのか? 
このダンボールハウスには外を見られる穴があいていないが、外はどうなっている?
第一、自分が手を当てている所は天井なのか、それとも壁なのか?

『デスッ デスッゥ!』 天井とおぼしきあたりを押してみる。 開かない。
 力を込めてもう一度。  やっぱり開かない。

闇の中で騒いでいた仔実装達は、親実装の声がおかしい事に気付き、一様に押し黙る。
ママの声が聞こえるが暗くて見えない。 力んでいるようだが、どこか痛いのだろうか?
『ママー! どうしたのテチ-!!?』
沈黙に耐えられなくなった1匹の仔実装が、親の声のするあたりに叫ぶ。

『お前達は心配しなくてイイデス! お母さんが必ず天井を開けるデッス!!』力みながら親実装が答える。
『テ-?』『テチッ?』 天井の意味が判らない仔実装達は混乱しているが、何か大変な事が起きているらしい
ことは母の口調から理解出来る。
不安に駆られた仔実装達は『ママー! ママー!』『暗いテチ-!! 何も見えないテチ-!』 と口々に親実装を呼び始める。 
仔実装達の絶え間ない叫び声に急き立てられた親実装は思わず、天井を押し上げる腕に力を込めて
『デッシャーァァァッ!』と叫んでしまった。
闇の中 忽ちパニックが仔実装達に広まる。
『何テチ-ッ?!』『ママー! どこテチー!? ママー!』『怖いテチ-ッ!』『ティチャァァァ!!』 狭い
ダンボールの中に絶叫と脱糞の臭気が充満する。

外から見ると実装親仔が閉じこめられているダンボールハウスは、随分とくたびれたダンボール箱で
あった。中から『デ゛ジャァァァ!』『テチィ! テチィッ!!』と叫び声が聞こえ、絶えずガタガタと揺れるので、
実装石が閉じこめられている事が誰の目にも判る。
上面左右の蓋は閉じられており真新しい幅広のクラフトテープが左右の合わせ目に沿って1本貼られている。
どう考えても、非力な実装石の腕力では、箱の中から新品のクラフトテープを破って外に出る事など
出来そうもない。
ダンボールの中で暴れる実装石には御苦労な事だが、いくら頑張っても脱出は絶望的に見えた。

  ペリッ

クラフトテープが少し剥がれた。 裂けたのでは無い、蓋の中央あたりのクラフトテープが
ダンボールから剥離した。

 ペリリリリ  剥離が横に広がっていく。

クラフトテープは裏面の粘着剤が物にくっつく様になっており、ダンボールの貼付面がきれいであれば
クラフトテープは仕様どおりの性能を発揮する。しかし、貼付面が汚れている場合、粘着剤はダンボール
ではなく汚れにくっつき、貼付面への粘着力は各段に弱まる。
実装親仔のダンボールハウスは砂埃にまみれていたので、クラフトテープを貼る前に まずダンボール表面の
拭き取り作業が必要であった。
このダンボールを荷造りした者はこういう作業に慣れていなかったのだろう。
クラフトテープが張り付いたように見えただけで満足してしまったに違いない。

箱の中の親実装にとって、クラフトテープの剥離は正に天から差し込む光であった。一筋の光と共に
新鮮な空気も入り込んでくる。仔実装達の悲鳴が歓声に変わり始める。クラフトテープはダンボール上面
端まで剥離して、かなり粘った後 バン!と音を立て側面分も含めて剥がれた。

天井が四方向に開き、親実装は立ち上がり光の中で深呼吸をする。
足元の菓子折箱の中では仔実装達が歓声をあげて母の偉業を褒め称える。
『ママは凄いテチー!』 『ママは夜をやっつけたテチ!』 『テッテレ〜♪』 
生まれてから5日しか経っていない幼い仔実装達は、ママには無窮の力があると信じており、自分たちのために
闇を退け光をもたらした様に見えていた。

一方、親実装はダンボールの周囲を見回して困惑していた。
白い壁に木の床、そして様々な家具。
見慣れた公園の景色とは全く違う。 間違いない、此処はニンゲンの家の中だ。


                 △     

『デス? デ゛スゥ??』 
何でこんな所に居るのか、さっぱり見当が付かない。 自分が立っている所は住み慣れたダンボールハウスだが、
そのダンボールハウスがニンゲンの家のリビングの真ん中にぽつねんと置いてある。
親実装はニンゲンの家に入ったことは無いが、食糧集めで町中に出た際に道路から
ニンゲンの家の様子をのぞき見た事ぐらいはある。確かこんな感じの部屋では、公園の
ベンチより大きな椅子にニンゲンが腰掛けくつろいでいた。
今居る部屋にも同じ様な大きな椅子、ソファーが置いてあり、使い方はよく分からないが家具が色々置いてある。
リビングの大きな窓の半分には大きな布がかかっており、残り半分から暖かな日差しが部屋に差し込んでいる。
日の高さからすると もう朝を過ぎ昼に近いらしい。
とにかく音がしない。 いつも公園では同属のデスデスという声や表通りを走る自動車の騒音に包まれていたのだが、
此処は日中だというのに夜中の様に静かで気味が悪い。
リビングは廊下や別の部屋に繋がっているようだが、そちらからも何も気配がしない。

ダンボールの蓋に目を落とし茶色のクラフトテープに手を伸ばす。まだ微かにベタベタしている。
こんな道具を使って自分たちを閉じこめて、公園から運び出す事が出来るのはニンゲンしか居ない。

ニンゲン?  親実装は身震いした。
ニンゲンが自分たちを連れて来たならば、此処にニンゲンが居るかもしれない。

この親実装にとって ニンゲンは恐怖の対象である。親実装の生まれた小さな公園はニンゲンの '駆除処理’に
あって、実装石がほぼ全滅した。親実装の家族も姉妹全員が殺され母と共に今の公園に命からがら流れ着いた。
新しい公園でもニンゲンに近づいて殺される同属をたくさん見た。食べ物をばらまいているニンゲンが居ても、
警戒して手を出さなかったし 実際、それを拾って食べた実装石が泡を吹いて死ぬ所も見てきた。
母の教えはニンゲンを怒らせてはいけない、近づくのも避けろだった。
親実装はダンボールハウスに身を隠すようにして周囲を警戒する。姿は見えなくても意地悪なニンゲンが
どこかに隠れてこちらを監視しているかもしれない。

『ママ? どうしたのテチ!?』
親実装の様子をダンボールの底から見上げていた仔実装が尋ねる。
『判らないデス。  此処は ニンゲンの家デス。』 警戒の目を休ませずに親実装が答える。
早速 好奇心の一番強い仔が親実装の腕をよじ登り、ダンボールの外を見回して見たことのない光景に
驚きの声を上げる
『テチー!! ママ! ココ ニンゲンのオウチテチ!?  ワタチ達 飼われたテチ? 』
飼うという言葉は教えた事がないのに、仔の口から出た言葉に親実装はドキリとする。
実装石の本能で、飼われるということはニンゲンを奴隷にして良い暮らしをするという事だと知っている。
だが、成長するにつれ自分はそんなものになれないことが判ってきた。
ニンゲンが公園に連れてきた飼実装を見たことがあるが、母からアレは自分達と違う実装石で
自分達がなれる物ではないと強く教えられたし、公園の実装石達が飼実装になろうとしてニンゲンに
媚びては殺される姿を何度も見てからは、飼実装とはニンゲンを奴隷にする不思議な力がある実装石の事で、
自分も含めて大部分の実装石には無縁の存在と思うようになっていた。

外を見たくて親によじ登ろうとする仔供達を慌てて押さえて
『待つデス! お母さんが様子を見てくるから、お前達は此処でおとなしく待っているデス!』
と言い残すと、親実装は恐る恐るダンボールハウスを跨いで外へと足を進める。
日陰のフローリングから涼しさが実装靴を通してひんやり伝わってくる。
腕にしがみつき、自分も一緒に行くと言い張る仔を剥がしダンボールハウスに入れてまずは窓から調べ始めた。
ダンボールハウスの中では、外の様子を見た仔が話に尾鰭を付けて姉妹に得意げに説明している。

窓の外には幅2メートルぐらいの灰色の庭があり、その先は実装石の背より遥かに高い壁がある。
横を見ると右側には壁があり、左に数メートル庭が続いているがやはり壁があった。
壁の上には何も無い。壁の上には木立も見えなければ建物も見えず、ただ青空が広がっている。
以前ニンゲンの家で見かけたように窓を横に押して開けようとしたが、窓が開かない。
あわよくば仔供達を連れて此処から逃げ出そうと考えていた親実装はひどく失望した。
窓を壊そうかとも一瞬思ったが、破壊行為をニンゲンに見つかれば身の破滅に直結しそうなので
それは止めておいた。
鍵の概念を持っていない親実装は窓のロックをはずす事に気付かず、この後暫く窓を押したり
持ち上げようと努力を続けた。

窓をあきらめた親実装はリビングから隣の和室の前へ移動して中を覗き見る。ニンゲンは此処には居そうに無い。
大きな木の箱の表面から緑色の布が少し飛び出ている。 
実装服? 興味を持った親実装は大きな木の箱の前に立ち、布を引っ張ってみる。 
緑色のハンカチに引きずられて布が一杯収まった小さな箱が飛び出てきた。
ニンゲンはこんな所に物を隠していたのかと親実装は驚く。 金具に手を引っかければ他の箱も開きそうだ。
初めて箪笥を見た親実装は、面白くて他の引き出しも次々に開けてみる。シャツが入っていたり、
下着が入っていたりする引き出しを見ている内に考え込んでしまった。
自分達 野良実装は一生に一着しか服を持てないのに、ニンゲンはこんなにも沢山の服を持っている。
服の枚数を通じて、親実装は実装石とニンゲンの間にある根本的な力の差に思いをはせる。

ハッと 我に返り探索の目的を思い出す。 そうだ、ニンゲンが隠れていないか調べているのだった。

今度は廊下へと移動する事にした。途中キッチンが視野に入り白い大きな箱が目に飛び込んでくる。 
本能があれが噂に聞く冷蔵庫に違いないと騒ぎ立てる。体が勝手にそちらに向かっていき、気が付けば
冷蔵庫の前に経っていた。
大きな冷蔵庫だ。親実装の背の3倍以上ありそうだ。 ドアが3つも付いている。
手を伸ばしかけたが、こんな事をしている場合では無いと自分に言い聞かす。
後ろ髪を引かれる思いでキッチンを離れて廊下に出た。

廊下は日が射し込まないので少し暗かった。 左を見ると鉄のドアがある。
あそこが玄関で外に出られるかもしれない。 ドアの前まで行き押してみる。開かない。
ドアの表面にドアノブを見つけた親実装は、背伸びして引いたり動かしたがやはり駄目だった。
親実装には判らなかったが、このドアには鍵が2箇所付いている。ドアノブの直上と、人間ですら
手を伸ばさなければならない程、上に付いている鍵の2箇所。
もし鍵の存在を知っていても実装石のサイズではドアの開閉は無理であろう。

がっかりした親実装は廊下を反対側にすすむ。
ニンゲンと鉢合わせしたらどうしよう、ダンボールハウスの中でニンゲンが来るのを
待ってれば良かったのではないかと後悔の念が今更ながら湧いてくる。
次の部屋の前に立ち、半開きのドアの陰から中を窺う。
ここにも大きな窓があり、ニンゲンが部屋に居ない事を確認しながら窓に近寄る。
リビングから見たのと同じ光景が見える。リビングから見えた庭はこの部屋の前の庭に繋がっているのだろう。
試しに窓を開けようとしたが、この窓もやはり開かなかった。
部屋の中には寝台や箪笥が置いてある。 この部屋では何も手を付けずに廊下に出た。

向かいにはトイレと浴室。廊下を曲がった突き当たりにもう一部屋ある。
トイレと浴室はドアが半開きになっているので、ニンゲンが居そうにない事が判る。
突き当たりのドアの閉まった部屋があやしい。 緊張して突き当たりの部屋へと歩みを進める。
この実装石 物音を立てないように歩いているが、緊張して歩くと小さな声で『デス デス デス 』と
つぶやいてしまう事に気付いていない。
突き当たりのドアの前に立ち、ドアに張り付いて聞き耳を立てようとして もたれかかると
ドアは何の抵抗も無く開いた。

 『デッ?!! デギャァァァ!』 
部屋に倒れ込みゴミ箱にぶつかって錯乱し大騒ぎする実装石。

ニンゲンにやられた! ニンゲンにやられた!  ニンゲンに !
   ニンゲン ドコ・・・?

この部屋にもニンゲンは居なかった。 机と箪笥、ガラス棚があり、小さな曇り
ガラスの窓があるだけだ。あの高さでは実装石には届きそうにない。 特に注目する物は無い。

親実装は首を捻りながら部屋を出た。
ニンゲンは此処に居ない事、自分達が外に出ることも出来ない事は判った。
ニンゲンは自分たちを置いて何処に行ったのだろう。

廊下を歩いていると横に薄暗い浴室が見える。公園にあるのと同じ様な蛇口が
鈍く光っている。見慣れた物を見るとホッとする。
そういえばさっき錯乱して脱糞したので、股間に糞がこんもりと溜まり下着の隅から床に洩れだしている。
母から厳しく糞の躾を受けた親実装は、とりあえずこれを始末しておきたいと思った。

浴室に入り蛇口を見上げる。蛇口の真下に立てば操作出来そうだが、公園の蛇口と違ってハンドルが
青と赤の2つ付いている。 試しに青のハンドルを回す。
蛇口から水が出る代わりに雨が降ってきた。 見上げると遥か上の筒から雨水が出ている。
家の中にわざわざ雨を降らすなど ニンゲンは何を考えているのか、さっぱり判らない。
下着だけ洗いたかったのに背中がずぶ濡れだ。
今度は赤のハンドルを回してみる。雨の量が多くなった様だ。相変わらず蛇口から水は出ない。
雨に打たれながら蛇口を覗き込んでいると雨が暖かくなってきた。
 『デェッ?』 
気持ち良いなと思い、上を見上げていると雨は暖かいを通り越して熱くなってきた。
 『デンギャァァァ!!! デジャャゥ!!』 
もうもうと湯気の立ち上る浴室で、蛇口の下の壁に親実装は張り付いている。
熱い、熱すぎる。 大火傷するところだった。 今飛んでくる飛沫も熱い。

こんな罠があるなんて思わなかった。 逃げたいが此処から浴室外に出るには、熱い雨を潜らなくてはならない。
熱い雨を早く止めなければ。 慌ててハンドルを動かしている内に別のつまみを動かしてしまう。
雨が止む代わりに今度は蛇口から熱湯が親実装の肩に襲いかかった。 
 『デジャャァァァ!!!』

何とか蛇口の操作を覚えた頃には全身ずぶ濡れになっていた。漏らした糞が湯に溶けて排水孔へと流れていく。
火傷せずに赤く腫れた程度で済んで良かった。
適温に調節した暖かい湯で下半身を流した親実装は、下着を洗いながら何故か得した気分になっていた。


一方、ダンボールハウスの中で待たされ続けていた仔実装達は、討論を重ねていた。
 ニンゲンの家に居るということは、ワタチ達は飼実装になったテチッ!♪
 待つテチ、ママの口から聞かなければ本当の事は判らないテチゥ。
 ニンゲンは何処に居るのテチ?
 さっきから聞こえるママの雄叫びは、ニンゲンと闘っている声に違いないテチィ!!
           ・
           ・
           ・

現実から乖離した討論内容は最終的に
 「ママは必ずニンゲンをやっつけて、この家を乗っ取るテチュ〜♪」という事になっていた。


行水を済ませた親実装は、蛇口の栓をきちんと閉めて さっぱりした気分で浴室から出た後、棚から引きずり出した
バスタオルで体を拭っている。
この実装親仔の暮らしていた公園では使い終わった水道は閉める事がルールになっている。
水を出しっぱなしにしておくとやがてニンゲンが来て、水道を閉めた後ハンドルを持ち去ってしまうのだ。
ニンゲンがハンドルを元に戻すまでの数日間、公園の実装石達はきれいな水を飲めずに 汚れの浮いた噴水の水か
公衆トイレの便器の水で我慢しなくてはならない。
水道を閉め忘れた実装石が怒った同属達にリンチされる姿を何度も見かけた事がある。

それにしても ニンゲンはどうしたのだろう。室内は一通り見て回ったが何処にも居ない。
悩みながらも、親実装はひとまずリビングに戻る事にした。


                 △ 


ダンボールハウスの中では仔実装達が討論に飽きて居眠りを始めていた。仔実装達の間では、ママがニンゲンに
勝った事が既成事実になっている。親実装が上から覗き込むと、起きていた仔が親に気付き大声で尋ねる。

『ママ! ママ!!  どうだったテチ!?』
寝ていた仔達も起き出し顔を上げて親の返事を待っている。

『ニンゲンは  居ないデス。』
勝利宣言と勘違いした仔実装達の歓声が響く。
親実装はそれを見て、仔供達もそんなにニンゲンが怖かったのかと勘違いする。
『ニンゲンを待つデス』と続けて言うがその声は、『ママ-! ココから出してテチ-!』 『テチ! テチ-!』と
仔実装達の大合唱に掻き消された。

ニンゲンが居ないのでダンボールから出しても危険は無いと考えた親は、ダンボールハウスの隅に
丸めてあるコンビニ袋に入るように仔供達に指示した。
1匹1匹出し入れしていては時間がかかるので、いつも袋に仔供達を入れて一気に出し入れを行っているのだ。
『デッ! デスゥゥゥ!!』
10匹も居るとやはり重い。袋の中ではすし詰めになった仔達が『ママ! ママ! 苦しいテチ-!』といつもの様に騒いでいる。
怪我をさせないようにそっと袋を床に置くと、親実装が止める間も無く仔実装達が袋から飛び出し
八方へと散っていく。 どの仔の目も好奇心でキラキラ輝いている。

1匹の仔実装が冷蔵庫を発見した様だ。
 『アッチ テチィ-!』
散っていた仔実装達が集団となってキッチンへと走り出す。
 『ステーキ! ステーキ♪』 『スシ! スシ♪』 『コンペイトウ! コンペイトウ♪』
冷蔵庫に取り付いて扉を開けようとするが、流石に大型冷蔵庫は仔実装の手に余る。
 『ママ-! コレ開けてテチ-!』 

仔実装達を追いかけてキッチンに入ってきた親実装は悩んでいた。
確かに自分も冷蔵庫の中身には興味がある。それに腹も減っている。
しかし、ニンゲンが戻ってきて、食糧が減っていることを知ったら怒るに違いない。
親実装の悩みなど知らず、仔実装達は足下でテチテチ騒ぐ。
仔実装の甲高い叫びが耳に入ると、どうも考えが乱れる。イライラしてこの騒音から逃れたくてたまらなくなる。
  うーむ。 
  ニンゲンは怒るかもしれないが、自分達を此処に連れてきたのはニンゲンだ。
  勝手に連れて来て、しかもニンゲンは姿を見せない。更にニンゲンが戻って来るのが
  今日か明日かも判らない。
  腹を減らせた自分達の前には冷蔵庫がある。
  自分達と冷蔵庫を同じ部屋に放置しておいて、食糧に手を出したと怒られる理由は無い。

あれほどニンゲンを恐れていたのに、ニンゲンが目の前に存在しないと、途端に都合のいい理屈が出来ていく。
空腹を我慢してニンゲンを待つという選択肢が完全に抜けている。今朝ダンボールに閉じこめられていた事も
忘却の彼方である。

腹を決めた親実装は仔供達を下がらせて、冷蔵庫の一番下の野菜室に手をかけた。
引き出しの開け方なら学習済みである。野菜室を開けて中を覗いた親実装の顔に失望が浮かぶ。
しなびた野菜が少し入っているだけ。生ニンニクを手に取り少し囓ってみたが直ぐに吐き出す。
冷蔵庫は美味しい物が詰まっていると聞いていたのに、話と違う。
親をよじ登ってきた仔実装達もがっかりしている。『ステーキ ドコテチ?』『ココのニンゲンは ビンボウテチ!!』

この野菜室はハズレだったのかもしれない。 気を取り直してその上の引き出しを開ける。
ここは冷凍室だ。食品が色々詰まっているが、全部凍り付いていると知った親は、これを食べれば腹を壊すと
判断して手を出さない事にする。 製氷皿の氷を甘い物と勘違いした仔が親の肩から冷蔵室にダイブしたが、
冷たさのあまり氷の上でパンコンしながら気絶した。

気絶した仔実装を床に移して冷蔵庫の一番大きな扉を開ける。
何段も棚があり食品が入っているが、全体的にスカスカだ。上のほうの棚は親実装の背の高さでは
何が入っているか確認できない。手近な物を手に取る。

 海苔の佃煮   蓋が堅くて開かない。
 マヨネーズ   結構美味いがこれだけで食べるには脂っこすぎる。床に置き仔実装達に渡す。
 ラード     味が無い。床に置き仔実装達に渡す。
 梅干し     吐き出した。食べ物では無い。傍らの仔実装の手の届かない高さの箱の上に置く。
 ケチャップ   甘い。暫し堪能して床に置き仔実装達に渡す。
 マーマレード  これぞ探していた味。仔実装達も大満足。
 チューブわさび 蓋を取るなり刺激臭。傍らの仔実装の手の届かない高さの箱の上に置く。

大きなペットボトルを棚から引き抜く。コーラだ。 プシュッと蓋を開けたはいいが、親実装の体格でも
2リットルボトルは支えられない。冷蔵庫の棚にボトルを引っかける様にして飲む。
口の横からコーラがどぼどぼ洩れて、その下では口を開けた仔実装がこぼれ落ちるコーラを飲んでいる。
横でコーラにありつけない仔実装達がテチーテチーと騒ぎ出す。
親実装はコーラをおろして水皿になりそうな物を探すが、適当な物が見あたら無い。
キッチンの隅に畳んで置いてあったコンビニ袋を広げて中にコーラを1/3程注ぎ込んで床に置き、
仔供をつかんでは放り入れる。
コーラのプールの中で仔実装達は悲鳴や歓声を上げてコーラをがぶ飲みしている。

後ろを振り返った親実装はギョッとした。仔実装達に渡したマヨネーズやケチャップが
床に捻り出されて練り合わさってる。仔実装の足跡が残っているのでこの中に立って食べていた
のだろう。それに加えて仔実装が床に糞もしたらしい。 まるで油彩画のパレットの様だ。
ニンゲンの食糧に手を付ける理屈は考えてあったが、部屋を汚す理屈までは考えていなかった。
ダンボールハウスの中でも特定場所以外に糞をしないように仔実装を躾けていた親実装は、
これはマズイと考えた。

コーラの残りを仔実装の手が届かない高さの箱の上に置いて、親実装は何か拭き取るものを探しに
一旦キッチンから出る。マヨネーズやケチャップの足跡が点々と背後に残る事に気づいていない。

ダンボールハウスでは、大きめの葉っぱを拭き取り掃除に使っていたが、この部屋には植物が無い。
箪笥の前まで来て、こんなにあるからいいだろうと引き出しのシャツに手を伸ばす。

雑巾になったビンテージアロハでキッチン床の汚れを拭っている最中に、親実装は流し台の下にも
白いドアがあることに気付いたので、こっちにも食糧があるかとあさり出した。
 サラダ油、醤油は口を付けて美味しくないと判断したが、 酢やパイプ洗浄剤は臭いをかいだ
だけて危険と判ったので、これも仔実装の手が届かない高さの箱の上に置いた。
他にアルミ皿が何枚も出てきた。これをトイレに使おうと考えた親実装が仔実装達に教えるために、
仔実装達を入れたコンビニ袋を覗くと、コーラのプールの中で仔実装達が腹をパンパンに膨らませて
ひっくり返っていた。

 『ティェェェ』 『クルチイ テチュ』
炭酸飲料を飲んだ事の無い仔実装達は限度も知らずに飲み続けたらしい。
炭酸に押し出されて猛烈な勢いで脱糞し、自分達の糞の臭いで気絶している。

親実装は仔達を入れた重いコンビニ袋をヨタヨタと浴室に運び入れ、洗面器に仔実装を移し ぬるま湯を
掛流しにして仔実装の濯ぎ洗いを始める。
炭酸が抜けるまで時間が掛かったが、元気を取り戻した仔実装は湯の中で遊んでいる。
 『オッフロ♪ アッタカイ オフロテチィー♪』 『テチュー♪ テッチュゥゥ♪』

相当 楽しいようだ。 夕方になり浴室が真っ暗になる直前まで入浴は続いた。
浴室前から寝具代わりのバスタオルを引きずりだして、リビングに広げた頃には夜になっていた。
公園と違って街灯が無いので月明かりだけが頼りだ。親実装は闇の中で目を凝らして仔供が全部いる事を確認する。
芯まで暖まった仔実装達はバスタオルに倒れ込むとすぐに寝息を立て始めた。
その横で寝ようとした親実装だが、ふと気が変わりソファーによじ登って横になった。

今日はいろんな事があった。ニンゲンは明日こそ姿を見せるだろうか。
そういえば仔供達にアルミ皿をトイレにするように言うのを忘れた と考えているうちに
親実装も眠りに落ちた。


                 △        

『ティェェェン!!』
翌朝、親実装は仔実装の泣き声で目を覚ました。
何事かとあたりを見回す。 白い壁が朝日に照らし出されている。 そうだった、此処はニンゲンの部屋だったと
思い出す親実装。
リビングの床に広げたバスタオルの上で寝ている仔供達を見ると、仔実装達も今、目を覚ました様だ。
泣き声はキッチンから聞こえる。眠い目をこすりながらキッチンに駆けつけると そこには仔実装が3匹居た。
1匹が泡まみれで床に倒れて泣いており、2匹はパニックを起こして走り回っている。

 『ティェェェン!! イタイテチ-! クサイテチィィィ!!』
横には昨日、飲みかけたコーラのペットボトルが倒れており、
仔実装が触らない様に一緒に箱の上に置いてあった酢やパイプ洗浄剤も倒れている。
親実装が目を覚ますまで待ちきれなかったこの仔は、姉妹と一緒にペットボトルを置いた箱を揺らして
落とそうとしたらしい。
非力な仔実装の体当たりでも何回も箱を揺らしているうちに、内容物の揺れが増幅してペットボトルは倒れた。
だが、ついでに隣に置いてあった酢やパイプ洗浄剤も薙ぎ倒してしまい中身を頭からかぶったらしい。
瓶に押しつぶされなかったのは運が良かったかもしれないが、パイプ洗浄剤が溶けて反応を起こしている。

親実装の後から付いて来た仔実装がキッチンの床に流れるコーラを見て、口に含むがすぐに咳き込んで吐き出す。

 『お前達!! これは毒デスッ! 飲んだら駄目デッス!!』
理屈は分からないが、仔供が苦しんでいるなら毒だ。 親実装は倒れている仔と咳き込んで
いる仔を掴むと浴室に駆け込み、蛇口の下で直接水で流す。
倒れていた仔の泡は取れたが漂白作用で実装服が緑と白のまだら模様になっている。
蛋白質分解酵素に責め立てられた肌は赤く腫れ、髪が何本も抜けて排水孔に流れていく。
親実装は咳き込んでいる仔を仰向けにして蛇口の直下に突っ込んで強制胃洗浄を行う。
8匹の仔実装達は浴室の前に立ち、オロオロしながら様子を見ていた。

 『ティェェェ』 『テ-・・・ テー ェェェ』
2匹の仔実装をリビングのバスタオルの上に寝かすと、親実装はキッチンへと向かう。
仔供が手を出さない様に床の毒を取り除かなくては。 昨日使った雑巾だけでは足りない。
和室の箪笥から取ってきたシャツを何枚も雑巾にして床の拭き取りを行い、毒をたっぷり含んだ雑巾は
考えた末に浴槽に放り込んで処分した。

作業を終えた頃には既に昼になっていた。 
8匹の仔達をキッチンに連れていきアルミ皿を見せて、あちこちの部屋に置いておくので
これをトイレにするようにと言い渡す。
冷蔵庫で見つけた新品のプロセスチーズの包装を苦労して食い破り、
同じく冷蔵庫で冷えていた板チョコを割って皆で分けると、やっと一心地ついた。

リビングで寝かせている仔の食事を持っていくと、2匹とも起きていた。
強制胃洗浄した仔は相当こたえたのか、座ったまま宙を見つめ『テッテロチェー♪』と唄っていたが、
チョコを渡すと即座に正気に戻った。
パイプ洗浄剤をかぶった仔は、自分の赤く腫れた手足とまだらの実装服を見てシクシク泣いていた。
髪は大して抜けなかったし、腫れも明日ぐらいには引きそうだが、服だけはどうしようも無かった。

キッチンに戻ると末娘だけしかいないので、他の仔達はどうしたかと尋ねると探検に出かけたと言う。
早速ベッドのある部屋からママー ママー!と叫ぶ声が聞こえる。
末娘を抱えて親実装が行ってみると仔実装が4匹ベッドの下で騒いでいる。

 『ママ! ココに登りたいテチィ!』『ココで寝てみたいテチ!』 
おとなしく寝るだけと約束させた仔実装達をベッドに上げ終わった所で、今度は玄関から
ママー ママー!と呼ぶ声が聞こえる。

玄関? もしかしてニンゲンが来たのかもしれない!!

慌てて駆けつけると鉄のドアの前に仔実装が3匹いる。ニンゲンは居ない。
 『ママ。 一緒にコウエンに行くテチィ!』
どの仔実装の顔にもニヤニヤ笑いが浮かんでいる。公園の野良実装達に、自分が家持ち実装になった事を自慢してやろう
という魂胆なのだが、親実装はその表情の意味が読みとれない。
 『ドアは開けられないデス。 ニンゲンを待つデス。』
自分達はこの部屋に閉じこめられているのだと仔実装達に話そうとしたその時、寝室から悲鳴が聞こえてきた。
今度は何?!と走っていくと手足が潰れた仔実装が床でもがいており、残りの仔達は青い顔してベッドの縁から下を
覗き込んでいる。
ベッドのあちこちに糞がこぼれている所を見ると、ふわふわの布団で興奮した仔実装達が追いかけっこをして
ベッドの縁から落ちたのだろう。
落ちていた仔を抱きかかえ傷を確かめと、手足以外にも裂傷が広がっている重傷だ。死ななかっただけ見つけものだ。
ベッドの上の仔達を下ろし、怪我した仔を抱えてリビングに戻ってバスタオルの上に寝かせる。

今日一日で仔が3匹も大怪我した。 親実装は泣きたくなっていた。
 ニンゲンの家は本当に危険だ。 ニンゲンがいなくても十分虐待されているみたいだ。

一方、玄関に残されていた仔実装達はママの言っていた 
   『ドアは開けられないデス。 ニンゲンを待つデス。』
の意味について討論していた。
  ママはニンゲンをやっつけたのに、なんでニンゲンを待つテチ?
  ニンゲンは逃げたテチ。 きっと、ママの隙をねらってここに帰って来るテチィ! 
  ママはここでニンゲンを待ち伏せして、今度は奴隷にするつもりテチ!!
  奴隷のニンゲンに毎日ステーキとコンペイトウを貢がせるテッチュン♪
親実装の苦労も知らず、仔実装達はいつものように『ママは最強テチィ!』で討論を終わらせ、ニンゲンの家探検を再開した。

 
                 △     


翌日、トイレ代わりのアルミ皿を回収した親実装が糞を浴室の排水孔に流していると、リビングから微かに
ニンゲンの声が聞こえて来た。
ビクッとしてリビングに走ると四角い道具の中に小さなニンゲンがいて一方的に話している。

これが自分達を連れてきたニンゲンかと考えたが、どうも違うようだ。四角い道具は板のように真っ平らで、
こんな小さく薄っぺらなニンゲンがいるはず無い。
四角い道具に向かって『ニンゲン出てくるテチ!! ママに頼んで奴隷にしてやるテチィ!』と喧嘩を売っている仔に
話を聞くと、小さい板を叩いて遊んでいたら四角い道具にニンゲンが出てきたと言う。
仔の指さす小さい板を手に取って叩いてみたが、仔実装が放り出したはずみに電池が抜けたリモコンを弄っても
テレビの操作は出来なかった。
本物のニンゲンでなければ怖くない。画面はグルメ情報、ショッピング情報へと変わる。
親実装は暫くボーと眺めているうちに、これは「見ていると楽しいもの」だと判って来た。


                 △    


 パリポリ パリポリ
この部屋に来てから5日目の昼下がり、風呂上がりの親実装はソファーで横になりテレビを観ている。
片手で腕枕をして、もう一方の手は冷蔵庫で見つけた福神漬けのタッパーに突っ込んでいる。

親実装は満足している。
ベッドから落ちて大怪我をした仔は、食べ物が良いので予想以上に回復している。
パイプ洗浄剤をかぶって服がまだらになった仔は、机の引き出しから見つけたクレヨンで服を緑に塗ってやると
元気が戻った。
あれから怪我をした仔はいない。仔供達はソファーの横で自動車模型で遊んだりテニスボールを転がしたりして
遊んでいる。 いずれも仔実装が机のある部屋の棚の上に置いてあるのを見つけ、親実装にねだって
取ってきてもらった物だ。

テレビを観るようになって、特にコマーシャルを観て 親実装は色々な事を覚えた。
キッチンと浴室は丁度足場になるものがあったので照明スイッチを入れる事に成功した。
プルタブの付いた缶詰を開ける事が出来た。
石鹸を使うと体と服がきれいになる事も覚えた。
只、テレビではニンゲンはドアや窓を簡単に開けているのに、どこが違うのか親実装は開ける事が出来なかった。
こっそり窓を割ろうとした事もあるが、強化アクリル製の窓は実装石の投げた物程度で壊れはしなかった。

テレビを観ていると仔実装が画面を指してアレを食べたい、コレが欲しいと駄々をこねることがあったが、
風呂に入ればすぐ忘れてくれた。
今では たらいを自分用の風呂桶、洗面器を仔供達用の風呂桶にして、日に何回も入浴する様になっている。 

天敵のカラスや、同属喰いの実装石がいない安全な部屋で、仔供達と遊び、食事、入浴、テレビ、日向で居眠り を
繰り返す。  飼い実装の生活とはこんな生活なのかもしれないと親実装は思う。
こんな生活をさせてくれるならニンゲンもいいかもしれない。
部屋もきれいに使っているから、ニンゲンが来ても怒らないだろう。

 パリポリ パリポリ
福神漬けを また口に運ぶ。
ニンゲンが来たらどうしようか、実はまだ考えていない。
その時はその時だ。今は面倒な事は考えたくない。
それより、今夜も風呂の湯でインスタントラーメンをふやかして食べようか。
あれは生で囓っても結構イケル。
幸せそうな欠伸を噛みしめると、親実装は豪快な屁を放った。

あれほど怖がっていたニンゲンへの認識が僅か5日で変わってしまう程、実装石親仔は快適な生活を楽しんでいた。
だが、親実装の考える「きれい」は野良実装の基準での「きれい」であり、実際は床のあちこちに薄く糞が
こびりつき、壁はベタベタと食品のシミが付いている。入浴後リビングのカーテンで体を拭いているので
カーテンも変色し、フローリングも水を吸ってそり始めている所もある。

今やこの部屋はニンゲンの部屋では無く、実装石の部屋になりかけていた。


                 △  


 『ママ! ここにはもう何も無いテチュ!』 『もう寒いテチ!』
仔実装が冷蔵庫の最上段の棚から下に居る親実装に叫ぶ。
部屋に来て9日目、食糧不足が深刻になってきた。手の届く食品は全部食べてしまい冷凍食品も浴室で解凍して
昨日食べてしまった。
今日は仔実装を棒の先につかまらせて冷蔵庫の上の棚やシンク台に上げて、食べ物を床に落とさせている。
冷蔵庫からはマーガリン、イチゴジャムとトンカツソースが手に入った。
シンク台からはクラッカー、白砂糖と煮干しが手に入ったが醤油や塩も床に落としたので、砂糖の半分は駄目に
なっている。  この量では2日が限度だろう。
プルタブの付いていない缶詰なら床に何個も積んであるのに、開け方が判らないのが悔しい。

『チー・・・』
親実装の裾を掴んでいる末娘が親の表情を読み取り、不安そうな鳴き声を出す。
『お前もお姉ちゃん達と一緒に砂糖を舐めていなさいデス。』
末娘を送りだして、親実装は冷蔵庫の仔実装の回収に取りかかった。



                 △  


『イヤ テチ!』『こんなモノ 食べないテチィ!』
仔実装が溶けたラードをペチョっと蹴り上げて文句をいう。
11日目の朝、親実装はラードと生ニンニクを食事として出した。
両方とも初日に冷蔵庫から出して床に放置していた物で、すっかり変色している。
親実装にしても、公園にいた時ならともかく、美味い食事が何日も続いた後にこんな物は出したくない。
『我慢するデス。 ニンゲンが来ないデス!』
お手本を見せようとして親実装はニンニクを囓ってみたが不味くて堅い。

 『ニンゲンなんか待たなくてイイ テチ!!』『ビンボウニンゲンなんて見捨ててやるテチィ!!』
 『もっとカネモチのニンゲンを襲えばイイ テチ-!!』
ふくれっ面の仔実装達が騒ぎ出す。
 『何を言っているデスゥ?』
ニンニクにラードをまぶして味を確かめながら親実装が尋ねる。
 『ママが他のニンゲンをやっつけて奴隷にすればイイ テチ-!!』
仔実装が顔を真っ赤にして大声で言う。 
 『お母さんはニンゲンに勝てないデスゥ。 』
今度はラードに塩を混ぜてみながら答える。

仔実装の目が点になっている。
 『ママはニンゲンをやっつけて この家をぶんどったテチ。 なんでウソ言うテチ-!!』  
 『ママ! なんでオイシイ物をくれないテチッ!! 次の家を乗っ取ってオイシイ物イッパイ食べるテチィー!!』  
仔実装達の口調に不信感が滲み出始めている。
 『さっきから何を言っているデスゥ? お母さんはこの家のニンゲンに会ったことないデス。
  私達はこの家に閉じこめられているデス。  ニンゲンが戻ってきてここから出してくれるのを待つんデス。
  これが最後のゴハンだから我が儘言わないで食べるデス!』
親実装の話に仔実装達が固まる。
 『ママはニンゲンをやっつけたって言ったテチ!! この家はワタチタチの物って言ったテチ!!』
涙目で仔実装が妄想を事実として主張する。
話が噛み合わないので面倒くさくなった親実装は、いつもどおり入浴で誤魔化そうとして 
 『食べたく無いのなら、お母さんとお風呂にするデッスン。』と提案する。

 『ママはワタチタチを騙したテチ!!』  『ゴハンも出せないママは役立たずテチ!』
 『ワタチタチがニンゲンをやっつけて奴隷にするテチィ!!』 『ママなんか ここに捨てていくテチ!!』 
噛み合わない会話に、仔実装達が先にキレた。親に絶縁宣言し、ニンゲンの姿を求めキッチンから走り出す。

 『お前達待つデス! どこ行くデス? ここからは出られないデス!』
呆気にとられていた親実装が慌てて手近な仔実装を捕まえようとする。 両手の中で暴れる仔実装。
次の瞬間、驚いた親実装は思わず仔を離してしまった。
 『今 この仔はワタシを噛んだデス・・・ 何でデス?』 
親の手から抜け出した仔実装は一回チラリと振り向き、廊下へと消えた。
親実装の手には小さな歯形が残っている。それを見つめる親実装の頭の中では疑問や衝撃、悲しさと怒りが
交錯している。
月明かりの公衆トイレで苦労して出産して以来、ずっとあの仔達の事を考えてきたのに、仔供達は勝手な事を言って
ワタシを要らないと言う。
今から追いかけて殴りつけてやろうかという感情が沸々と湧いてくる。

『チー・・・』
足元から鳴き声が聞こえる。親実装が下を見ると末娘が裾を掴んで見上げている。
『オネエチャン達 行っちゃたテチ 』 泣いている様だ。
『お前は 行かないデス?』 親実装が聞く。
『ママといるテチ 』 末娘は親の裾を強く握っている。
親実装はその場に座り込んで末娘を抱きかかえる。なんかどうでも良くなってきた。
勝手な事を言って勝手に行ってしまった他の仔達の事などで悩むより、こうしていた方が心地良い。

どうせ、この部屋にはニンゲンはいないし、外に出られもしないのだ。
そのうち戻ってくるに決まってる。
結局、親実装は末娘を抱えたままソファーで ふて寝してこの日を過ごした。
キッチンのラードと生ニンニクは仔実装達が持っていったのか、翌日の朝には消えていた。


                 △ 


『腹減った デスゥ 』 口に出しても気が滅入るだけだが、やはり言ってしまう。
15日目の夜、テレビ画面だけが照明の薄暗いリビングで、親実装は定位置のソファーに座って旅行番組を眺めている。
横では末娘がテッチテッチとメモ用紙を畳んだり裏返したりしている。テレビで見た折り紙のつもりらしい。
結局、他の仔達は親実装の所に戻ってこなかった。
親実装が部屋で見かけても仔実装は家具の隙間に隠れてしまう。集団ではなく単独で行動しているようだ。

仔達が離れていった翌日から仔実装達の糞攻勢が始まった。親が見ていない隙を狙って、部屋中に糞が投げつけられている。
親から離れて自分達の非力に気が付いたもののどうすることも出来ず、その憤懣を親の躾に背く事で解消しているようだ。
親実装は箪笥の引き出しから新しい雑巾を調達しては、せっせと糞をぬぐい取った。
風呂に行くと親実装用の たらい風呂に糞が投げ込んであった。嫌がらせのつもりかもしれない。
怒る気にもならない親実装は風呂から上がるとき、仔実装達が風呂に入れるように仔実装用の洗面器風呂に新しい湯を
入れておいた。

旅行番組が終わり、親実装がウトウトしているとキッチンから悲鳴が聞こえてきた。
キッチンに行くと缶詰の山が崩れている。プルタブが付いていないので開けられなかった缶詰だ。
仔実装が1匹 桃の缶詰の下敷きになっている。
他に仔実装が2匹いたが親実装の姿を見て、そそくさと食器棚の隙間に隠れる。
桃缶を持ち上げると仔実装の首から下と後頭部が完全に潰れて死んでいた。
この仔は以前パイプ洗浄剤をかぶって服をまだらにした仔だ。  
この仔は今度もうまく行かず、遂に命まで落としてしまった。

死んだ仔実装の赤い肉を見て親実装はドキリとする。
背後に視線を感じて振り返ると、食器棚の隙間に隠れた仔実装がジッと見ている。
きっと あの仔もきっと同じ事「家族喰い」を考えたに違いない。 

ゾッとした親実装は、仔実装の死体を隠す為に桃缶から引き剥がそうとするが、仔実装の歯が缶の縁をガリリと噛んだまま
離れない。
仕方なく桃缶ごと、仔実装の力では開けられない冷蔵庫の野菜室に放りこみ、床の血を拭った雑巾も野菜室に投げ入れた。
何故だろう、自分の仔が死んだのに何故かあまり悲しくない。
とにかくソファーの末娘の横に戻りたかった。


                 △ 


差し込んだ夕日が部屋を真っ赤に染め、家具の影が長く伸びている。
20日目の夕方、すっかりやせ衰えた親実装はソファーに座り、リビングに転がったままのダンボールハウスを眺めている。
タンボールハウスも夕日に染まっている。
公園で過ごしていた時が随分昔に思える。あのときの生活と現在の生活どちらかを選ぶとしたら、どっちがいいだろう。
判らない・・・ 公園でも飢えは隣り合わせだった。 何日かいい思いをしただけ幸せだったのかもしれない。

部屋をきれいにするために糞を浴室で流していたのは失敗だった。
躰に悪くても非常食にはなったのに。 今では糞も出ない。

隣では痩せた末娘が親実装に寄りかかっている。生きているか確かめたくて手でつつくと力無く『テチィ 』と鳴く。
自分が死んでもこの仔だけは少しでも長く生きて欲しいと親実装は思う。

例え自分の死肉を口にしても・・・ と考えた所で、冬の公園で見た光景を親実装は思い出した。
 ガリガリの仔実装が命乞いをしながら広場をヨロヨロと逃げる。その後を追いかける
 のもガリガリに痩せた親実装。骨張った腕を伸ばして我が仔を掴み貪り食おうとするが
 焦点が合わないで空振りばかりしている。 親仔とも泣いている。
広場の実装石達はそれを見てげらげら笑っていた。 自分もその中にいた。

家族喰いは一旦やってしまうと習慣になる。 ワタシを食べて生き延びたとしても、この末娘もあんな風になるのだろうか。
考えただけで悲しくて涙が出てくる。

もっと食べ物があったら楽しい日々が続いた筈なのに、ニンゲンは自分達を置いて何処に行ったのだろう。
もう戻ってこないのか? 一回も顔を見ていないのに。 
部屋の外で自分達が死ぬのを待っているのだろうか。
それともこのテレビのように、どこかでこの部屋を見て自分達が苦しむ様を楽しんでいるのだろうか。

もう日が暮れる。 眠い。 面倒な事は考えたくない        寝てしまおう


 親実装と末娘は知らなかったが、この時点で既に3匹の仔実装が姉妹の胃袋に収まっていた。


                 △ 


ドアの錠がはずれる音がする。
玄関のドアが開き、室内に充満していた実装石の臭気が玄関から夜の闇へと流れていく。
親実装は寝ていたが、この部屋に来て以来感じたことのない感覚「空気の流れ」を感じて目を覚ました。
ソファーの背越に廊下を見ると玄関に照明が灯っている。

 来た。 やっと 来た。
栄養が回っていない頭で親実装が考える。 
 何をすれば・・・  そう、お迎えしなければ。

親実装が末娘を抱えてソファーから降りると『チー 』と小さく末娘が鳴く。
ヨロヨロと廊下に進み出ると玄関に顔を向ける。
ニンゲンは既に玄関から廊下に進んでいた。親実装の位置からは逆光でニンゲンのシルエットしか判らない。

親実装は痩せこけた躰で壁寄りかかりながらも媚びのポーズを取り、話しかけた。
 『デ・ スゥゥ ゥン デ- デス・・ デ- デ デスウ?  デスンデデッスン 』
  (はじめ まして ニンゲンさ ん。  ワタシ は あなたの飼い 実装デスか? 
  この仔に ゴハンをあげ てくださいデス )




    ============================


「・・・で そのあと、22時30分  被害者宅に侵入し実装石複数が入ったダンボールを放置し、すぐに退室した。
 間違いないね?」
 見るからに体育会系出身と判る若い刑事が詰問すると、向かいに座った女性が小さく頷く。
 若い刑事の横に座った年輩の刑事は扇子をパタパタ扇ぎながら資料に目を通している。

 事件自体は単純だった。
 交際相手の独身エリートサラリーマンに別れ話を切り出された女性が、男性の長期海外出張期間を狙って
 合い鍵を使い高級マンションに侵入。  嫌がらせに実装石を置いてきたというものだ。
 現場は高層マンションの28階でドアも窓も閉まっていた。3週間ぶりに出張から帰ってきて自宅の
 惨状を発見した被害者は、実装石だけでは侵入出来ない部屋なので不審に思い警察に通報。
 県警は犯行現場の攪乱目的に実装石を使った窃盗事件の疑いがあるとして捜査を始めた。
 被害者の交友関係を調べると、この女性が浮かび上がった。 
 侵入時には手袋をはめてたらしいが、ダンボールのクラフトテープに指紋をベタベタ残しているのだから
 言い逃れは出来ない。令状はすぐにおりた。

 それにしても凄ェもんだ。  鑑識の撮った現場写真を見ながら年輩の刑事は思う。
 3週間でこうも汚せるもんかね。 現場の臭いを思いだしちまった。
 高級マンションも、こうなっちゃ廃屋と変わらんね。
 エート  3LDKで一人暮らしの賃貸か。 分譲でコレだったら たまんネェよな。
 家具を置いたまま 今じゃ別のマンション暮らし・・ 金のある奴ァイイよなぁ。
 
 続いて派出所巡査の報告書に目を向ける。

 21時15分 △△派出所に被害者男性が駆け込み、空き巣被害にあったと被害届けを出す。XX巡査がこれを受理。
 同時30分 ○○巡査部長とXX巡査が被害者の許可を得て被害者宅に入ったところ、廊下に倒れていた
      実装石(成体、幼体 各1匹)を発見、これを確保した。
      次いで XX巡査の提案により、菓子を廊下に撒き 隠れていた残りの実装石(幼体 3匹)を確保した。
            ・ 
            ・
 まあ これだけだったら空き巣被害の実体は、よくある野良実装の侵入って事で派出所の報告で
 終わってたんだけどネェ。
 この後、密室事件だって騒ぎになって、コチラに仕事がまわってきたんだが。      
  
 目の前の女性についての資料に目を移す。     
 フーン 20代後半か。 見た目はもうチョット若く見えるんだが。
 どっちにしても「すいません。イタズラでした。」で済まされる年齢じゃないよな。
 一応、調書を書ける位は話を聞いたから、後はどれほどの悪意が在ったかを調べさせてもらうか。

 年輩の刑事は若い刑事の耳に入るように扇子をパチリと音を立てて閉じた。
 「そろそろ 代わってくれや」という いつもの無言の合図である。
 この親子程も歳の離れたコンビはうまくやっている。 身体も声もでかい若い刑事がまず突進し、
 相手が動揺、萎縮した所に体格、性格共に円満そうな年輩刑事が出てきて相手の内面に食い込んでいく。

 「なぁ お嬢さん。  一寸 聞いときたいんだが、いいかね?
  別れたカレシを困らせてやろうと、夜の公園で実装石を拾ってきたというのは話してもらった。   
  で その実装石なんだが、’寝てる実装石の顔にゴキブリ用殺虫剤吹きかけて殺した筈だった’って言ってたよね。
  どうして、死んだと思ったのかな?」 
 
 「・・・ 実装石って汚いじゃないですか。 あんな物に触りたくないし、棒とかで差して血が出るのを
  見るのもイヤだったんです。
  殺虫剤なら汚れずに死んでくれるかな と思って。」 「少し暴れたけれど すぐひっくり返ったから
  安心していたんです。 まさか まだ生きていたとは思いませんでした。」
  若い刑事の質問より答え易そうに女性が話す。

 「そんなに嫌いなんだ。 まあ 五月蝿いし臭いもきついから無理もないよねぇ。
  死んだ実装石を持っていこうと思ったのは、暴れると困るから?」
  年輩刑事が優しそうに話す。   

 「あっ、 暴れると困りますよね。 そうですよね・・・」
 「 私が小さい頃  家の床下に実装石が入り込んで死んで腐っていた事があるんです。
  お父さんとおじいちゃんが畳をあげて、床下のぶよぶよに膨らんだ死体を処分したんですけど
  その姿と臭いが凄くて・・ 」        
 「アイツもあんな目にあえばいいんだと思って、実装石の死体をダンボールごとキャリアに積んで
  運んでいったんです。」
  身振り手振りまで混ぜて女性が話す。

  年輩刑事はうんうんと穏やかに頷きながら、 随分 饒舌になったじゃねえか と腹の中で思う。
  どこまで本当でどこから嘘かな?  死んだ実装石 部屋に置いとくより、暴れさせたほうがダメージでかいだろ?
  お嬢ちゃん・・・今、俺から出した話に乗りそうになっただろ。
  人間には自分がついた嘘を本当の事と自分で信じちまう奴がいる。 自覚がないだけ厄介だがな。
  このお嬢ちゃんはどうかな?  適当な間隔あけて別方面がらみで同じ質問を何回かしてみるか。 
  見切ってから調書はまとめさせてもらうぜ。 


  この部屋でも虚実の交錯したストーリーが織り上げられていく。
  


    ============================ 
  
  
  

『ウーン 暗いデス 狭いデス・・・  今日こそはモット大きなダンボールを探しに行くデス・・・』

親実装は、いつか前にも同じ事を考えた様な気がしたが、 よく思い出せない。
両手には何か大事な物を抱えている様な感覚。

『チー 』と聞こえた様な気がした。  ああ、これは末娘か。
夜が明けたらこの仔と一緒に出かけよう。  

眠い、とにかく眠い。  面倒な事は考えたくない        寝てしまおう



狭い保存容器の中で、培養液漬けにされて押し込められた「証拠物件 実装石」は、末娘を後生大事に抱えたまま
警察の冷蔵倉庫の中で、まだ来ぬ朝を待ち続けていた。  





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