託児ゲーム ピザとビールとポテチが半分がた無くなる頃に、会議はようやく会議の体を成してきた ソフトハウス「ローゼン」東京開発室で行われる定例シナリオ会議 通称「シナ打ち」と呼ばれるこの定期的な打ち合わせは、シナリオのみならず 企画、構成、グッズ展開、はたまた会社の行く末までもを話し合う貴重な場だった 俺が代表を務めるこのソフトハウスのの方針とスポンサーからもぎ取った貴重な予算の使い道は 昼間から会議室で飲む無料のビールと安っぽいツマミとお喋りを目当てに集まってくる ダメ人間共によって決められていた、そういう気楽な場が必要だなんてのは甘い考えだった 俺が借金を重ねてこのソフトハウスを興した時は、もう少し景気がよかった気がする 商業作デビューで俺が最初に手がけた成年向けゲーム「ローゼン・メイデン」のヒットと 全年齢ゲームへの移植、アニメ化と関連グッズ販売、設立時の借金を完済し、黒字の決算を出した 俺も会社も、同人時代からの付き合いのあるライターや原画師も、活気のある顔をしていた 会議室の机の端で誰かが挙手した、ソイツは皿替わりにした企画書に置いたポテチを頬張りながら 新しいゲーム企画を披露したいとのたまった、ローゼン発売以後に加わった外様ライターの内の一人 この新参シナリオライターは、「実装虐待法」なるゲームの企画制作を強行し、会社を潰しかけた ローゼン・メイデンシリーズのヒットと、それ以後の事実上の凍結、俺達は何もしなかった なぜ新作開発の努力を怠ったかを問われても、あの時の無気力感は言葉では説明出来ない 俺達は過去の作品キャラを抱き枕やシーツにしては売り、下請けからの上がりで糊口を凌いでいた 原作者の桃種との決別、全ローゼン作品の権利が「薔薇乙女」と名称変更されて別会社に移った 蓄えを使い尽くし、支払いが滞り、解散まで秒読みだったウチを救ったのは「実装石」なるキャラだった ウチでの使用が出来なくなったローゼンメイデンのキャラを巧みに剽窃し 「ユーザーの皆さんで設定を作るゲームです」と銘打った不思議人形キャラは 成年向けゲームユーザーの中のごく限られた客層でディープな人気を獲得し 俺の会社は何とか飢えて死なない程度の収益を上げ、存続することになった 前回の反省を踏まえて敷居を下げて広く募ったライターや原画屋は作品を量産し 「楽園」「実装の日」「サクラ」等の中ヒットのゲームを産み出すようになった そのライターはポテチの油汚れにまみれた企画書を自慢げに読み上げた 途中でビールのゲップを吐き出し、それとさほど変わらぬ妄想を吐き散らかす その妄想を理解するのには苦労を要した、要するに実装石がカッコーの託児の真似をして それに失敗するってシナリオを思いついたらしい、俺は頭が痛くなった、ビールが不味い 自分がこの頭のどうかした人間と同じ物を飲み、食っているとは思いたくなかった 実装石はやがて専ら虐待を受けるキャラクターになり、俺はそれに抗わず作品を量産し続けた 成年ゲームに耽溺する手合いの中で、特に心身の弱い連中がそれを望むのは当然だと思った 奴は実装石の託児とかいう自分の妄想を実演付きで披露してくれる、もう帰りたい 「親実装がね、こうしてね、コンビニの袋に仔を投げ込むんですよ、ウヒヒヒヒヒヒヒヒ」 醜く太ったそいつの揺れる肉とビールの汗が不快だった、俺自身の弛んだ体と浮いた汗を意識させられる 確かにその設定はよく出来ていた、複雑な話を解せないユーザーにも無理なく虐待ゲームを楽しめる プレイヤーの作品世界への共感ってのはゲームを作る上で最も困難な課題のうちのひとつだが 公園に野良を捕まえに行くことを怖がり、廉価な糞蟲実装を買う経済力すら無い連中が 等しく虐待を楽しめるシチュエーションを捻り出すネタは既に尽きかけていた 彼らが恐れずに外出可能な限界であるコンビニまでの範囲で、労せずして虐待のタネが手に入る 「託児」は産み出されるべくして産み出されたシチュエーションだった それに俺が加担したとは思いたくない 投げ込まれたコンビ二の袋の中で耐え切れずプリンや弁当を食べてしまう仔実装を お外での虐待や理由無き虐待を恐れる弱虫クンは、晩飯の報復と称して虐待を楽しみ 続いて匂いを辿って家まで来た親実装で、自らの親子コンプレックスを解消する虐待を楽しむ 家から外に出たがらない類の人間が自分の親と良好な関係を築いてる確率は極めて低く その後ろめたさによく効く虐待を彼らは求めていた、自分より下位の者を仮想の中に求めていた その「託児」なる設定には各々が感じる所があったらしく、酔っ払い特有の辺り憚らぬ声で 各々が冷蔵庫を使った虐待とか、ミキサーで蛆潰しだの、下世話な妄想を開陳し始めた 中学生レベルの妄想大会に区切りをつけるべく、俺は立ち上がって声を張った 「よし、来週土曜の23時までに各人、その託児をテーマにした作品を書いてくること、以上」 ソフトハウス「ローゼン」東京開発室は、その「託児」なるお話のゲーム化に向けて動き始めた それは俺がその託児作品に可能性を感じたからではない、託児その他の実装石の諸々の設定に ほとほと嫌気が差したからだ、このゲームのプロデュースを最後に、俺はこのソフトハウスを去る 俺は実装石をやめる この託児ゲームと、実装石虐待のゲームは、きっと俺に食うに足りるだけの糧を与えてくれる ゲーム製作でそれだけの金銭を得る大変さは、長い同人経験で痛いほどよくわかっていた それでも俺は実装石をやめる 既に実装石と半ば袂を分けた「実装人」なるシリーズをリリースして成功している 大阪開発室に移ろうかとも思った、既にそうしているライターや原画屋も多く プログラマーもいい人材が揃っているらしい、あれだけ環境がよければさもありなん 俺は実装石をやめる この実装石ゲームに関わることは俺のゲームプロデューサーとしての知名度を上げ、残高を増やし 同時に創作者、表現者としての俺を少しづつ、そして確実に殺しつつあるということを俺は確信していた きっと俺は大きな、とても大きな手で、選択の余地無いままコンビニ袋に託児されたんだろう ジャンクフードと自分の糞の中ではしゃぎ回った結果、世間からの虐待の俎に乗せられている 既に俺の髪と服とも言える創作のセンスは実装ゲーム製作に奪われつつある 俺の若さ、俺のセンス、俺の信用、俺の時間、俺の人生の一部は実装石に食われた 俺は実装石をやめる、上げの時期が終わり、実装石が俺のすべてを食い尽くさない内に 託児された俺の元に、「親」が現れた時、きっと親子揃っての処刑が始まる 俺は実装石をやめる、すべてが手遅れになる前に 「託児ゲーム」完 吝嗇
