母さんと喧嘩をした僕は家出を決意した。 少ない小遣いを握り締め、家を抜け出す。 もうこの家には二度と戻らない。 時は夕暮れ。 当ても無く歩いていると、民家から夕食に匂いが漂ってきた。 そういえば、今日の晩御飯は僕の好きなロールキャベツを作ると母さんは言っていた。 一瞬家に戻ろうかと決意が揺らぐ。 僕は首を振って弱気な心を払った。 それでも体は正直で、腹の虫がぐぅと鳴る。 僕はポケットに入った小銭にそっと手を当てた。 少ない小遣いだ。 食べ物は慎重に選ばなくては。 迷いに迷った僕がコンビニを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。 買ったのは、おにぎり二つとスナック菓子、そして炭酸飲料。 近くにあったバス停のベンチに座り、僕はコンビニの袋を開けた。 街灯の光に照らされた袋の中には、いつのまにか一匹の仔実装が入っていた。 僕と目が合った仔実装は、手を振りながらテチチと鳴いた。 「お前……いつの間に袋に?親はどうした?」 仔実装を抱き上げて、ベンチの上に乗せてやった。 どうやら野良実装のようで、服や髪が薄汚れている。 テチチ、テチテチィ!(ニンゲン、かわいいワタチを飼わせてやるテチィ!) 何と言っているかはわからなかったが、一生懸命に鳴き声を上げる仔実装に僕は親近感を持った。 きっと、こいつは僕と同じだ。 僕みたいに嫌なことがあって、家出してきたに違いない。 根拠はないが、なんとなくそう思った。 僕はおにぎりの包みを開け、一口齧った。 こちらを見上げる仔実装にも少し分けてやる。 テェ?テチュテチュ(これはステーキじゃないテチ。しょぼい食い物テチ。仕方ないから食べてやるテチ) おそらくお礼を言っているのだろう。 仔実装は僕に向かって鳴くと、おにぎりのカケラを口に入れた。 僕たちはしばらくの間、無言で食べ続けた。 遠くの方で、野良猫の鳴き声が聞こえる。 今、何時だろうか。 辺りを見回すが、あいにく時計は見当たらなかった。 母さんは僕が家出したことに、もう気が付いただろうか。 今頃、心配しているかな。 それとも、僕みたいな子供はもういらないと思ってるかな。 テッ、テチテチィ(おい、ニンゲン、ノドが乾いたテチ!飲み物をよこせテチ) 気持ちが沈んできた僕を慰めるように、仔実装が鳴いた。 「僕は大丈夫だよ、ありがとう」 仔実装の頭を指先でそっと撫でてやる。 テチ!テチ!(ナデナデはいいテチ!飲み物を出せテチ!) 僕は仔実装に手を伸ばし、胸元で抱きしめた。 テ?テチテチュ!(放せテチ!苦しいテチ!ノドが乾いたと言ってるテチ!) もしも、母さんが僕をいらない子だと思っていたら、僕はもう家には帰れない。 その場合はこいつと一緒に生きていかないといけない。 こんな小さな生き物でも、側にいてくれるのは頼もしいと思った。 知らず、腕に力が入る。 テ……テェェェ……(苦し……息が出来な……) いつの間にか、仔実装は目を閉じていた。 きっと抱かれているうちに、安心して眠ってしまったのだろう。 僕は仔実装を起こさないように、そっと立ち上がった。 これからどうしようか。 迷っていると、遠くの方に何かの影が見えた。 影は少しづつ僕に近づいてくる。 僕の側まで来たソレは、一匹の成体実装だった。 デスデスゥ……(やっと追い付いたデスゥ……) 僕を見上げる実装石の視線は、胸元の仔実装に向かっている。 デッスーン!(こ、これは……託児成功デスゥ?) 嬉しそうな顔をする実装石を見てピンときた。 こいつは、この仔実装の親に違いない。 きっと家出をした子供を心配して捜しに来たのだ。 デス!デエッス!(おい、ニンゲン!それはワタシのコドモデスゥ!ワタシと一緒に飼わせてやるデス!) 僕に向かって必死で何かを訴える実装石。 それは子供を心配して帰せと叫ぶ姿そのものだ。 デスゥ!デスゥ!(ワタシも抱っこしろデスゥ!オマエの家に連れて行けデスゥ!) 「そんなに鳴かなくても、子供は返してあげるよ」 僕は眠ったままの仔実装を手渡してやった。 デ?(抱っこしろと言ってるデス?) 仔実装を見つめる親実装。 デデ?デスゥ……デェェェン!(この子……息をしてないデス……。し、死んでるデスゥ!デェェェン!) 再会の喜びに感極まったのか、実装石は大声で泣き出した。 二匹を見て、僕は思った。 きっと僕の母さんも、今頃は帰ってこない僕のことを思っているのだろうと。 僕は二匹を残して、その場を立ち去った。 デデッ!デスー!(どこに行くデス!コドモを殺したお詫びにせめてワタシを飼うデス!) 暗い夜道を一人で歩く。 向かう先は数時間前に二度と戻るものかと思った我が家だ。 門の前に立っている母の姿が見えた。 僕を心配しているのか、それとも怒っているのかはわからない。 でも、僕を待ってあそこに立っているというのは間違いないだろう。 僕はすぅっと息を吸い込むと、母の方へ駆け出した。
