実装石の日常 渡り② いつしか現れた実装石という種は、やはりいつしか人間社会に深く依存する性質を持つようになった。 特に都市部に住まう野良実装は大部分が公園に居住し、付近住民の悩みの種である。公園は餌を入手しやすく水もあり、 彼女らは公園を見つけ出す不可思議な能力をもつようになった。 季節が移ろえば、はるか彼方まで飛んでいける渡り鳥や、河川から大海へ出でて数年後に回遊してくる鮭を連想させる。 専門家はそれを「 公園探査能力 」、とまで呼んでいる。 その能力を頼りに親実装は8匹を引き連れて生まれ故郷を捨てた。他の公園の場所を具体的に知っているわけではない。 だが、おおよそこの方角にある、と彼女は分かるのだ。 生まれ故郷の双葉児童公園から、本能で目指す 「 双葉市立運動公園 」 はおよそ15km。 健康な成人男性なら4時間で歩ける距離だ。 しかし、親実装石の身長は40cm、当然歩幅は小さく人間の2割程度。そして体力は乏しい。 控えめにみても5倍の20時間、休憩も入れればさらにかかる。 問題は仔実装だ、彼女らは身長がようやく15cmばかり。 人間の一割未満である。 新たな生息地を求めて移動する、いわゆる 「 渡り 」 がいかに過酷であるか、これだけでわかる。 「ヒャァァァァ!大きいテチャ!すごいテチャ!」 過酷な行進のなか、8女ははしゃぎまくっていた。 公園どころかダンボールから出ることさえままならない生活を送ってきたのだ。 ネオン、建造物、自動車、自転車、何もかもが驚きに満ちている。 他の仔もはしゃいでいたが、いくらか歩くと静かになってきた。 親実装が叱ったのもあるが、行進速度がなかなか厳しい。 わき目もふらず足を動かさねば、一行から脱落するのは必至である。 苦行僧のように黙々と早朝の街中を歩く実装一家。 国道沿いの歩道は早朝ゆえほとんど人影はない。あっても朝早くから仕事なのか、 忙しげであり、幸いにも一家に手出しする者はいなかった。せいぜい舌打ちしたり、 「朝から嫌なものを見てしまった」 とつぶやく程度だ。 途中で親実装は道路の向こう側のコンビニに気づき、通り過ぎるまで「 託児 」の誘惑に駆られた。 普通に考えれば託児は難しいし、時間もない。だが飼い主に捨てられたのか、小さなダンボールに入れられた親指実装がテチテチ鳴いている。 すると、店内から人間が出てきて、全部連れて行くではないか。 ああもあっさりと飼われるのなら、と思わないでもない。 しかし交通量が少ないとはいえ仔実装を連れて、4車線の道路の向こう側に無事たどり着けるか保証はないし、 先ほどのような幸運にあずかれる可能性は高くない。結局、横目で見ながら一行は通り過ぎた。 さて、はしゃいでいた8女はいつしか息が切れていた。長距離を歩きながらテチテチ騒いでいたのだ、無理もない。 一行から大きく遅れ、慌てて追いつくがしばらくするとまた離される。繰り返すうち、離される距離が大きくなっていた。 「ママ!早いテチャア、少し待ってテチ!」 苛立ちながら8女が叫ぶと、チラリと振り向く親実装。だが一言も発さず、そのまま黙々と歩くことをやめない。 いつもなら 「しょうがない仔デス」 と言って止まるほど仔には甘いのだが。 この反応には8女も慌てた。テッチ、テッチと掛け声を出して追いすがる。しかし追いついてもしばらくすると脱落する…。 「8女ちゃんしっかりするテチ」 次女が一行から離れて8女の手を引く。8女はよろめきながらもようやく歩き続けられた。 数分後、歩道に出された立て看板の陰に親実装が座り込むと、バタバタと仔実装たちも座り込む。 次女と8女もなんとか追いつくと、非難がましい目で8女。 「ママ、早すぎて追いつけないテチ、置いていかれちゃうテチ!もう少し遅く」 親実装は何も言わず、道路を挟んだ向こう側の歩道を眺めている。つられて仔実装たちもその光景を見た。 やはり、渡りなのだろう。親1匹に仔が4匹の野良実装がいるのだが、様子がおかしい。 親実装が周囲に威嚇し、仔を抱きしめている。 カラスの襲来だ。 ************************************* 弱まっている仔を狙って5羽のカラスが5匹の家族を囲んでいる。 親実装がいくら威嚇しても、違う方向からカラスが隙をうかがっている。 親実装の顔も疲れている、包囲されて結構経っているのか。 「テチャアアアアアア!!!」 ひょい、と1匹がカラスに咥えられて親元から引っ張り出される。距離を置くとカラスは一旦仔実装を放す。 仔実装がテチテチ逃げ出す間もなく、足で押さえ込むと真上から口ばしの鋭い一撃が振り下ろされた。 「ヂィ!」 血が噴き出す。 構わず巧みに仔実装を解体していくカラス。 泣き叫ぶ仔実装たち。 包囲するカラスの鳴き声。 親実装の悲鳴交じりの威嚇。 「ヂィィィィ!痛い!痛いテチ!テチャァァァァ!足がぁぁぁ!」 捕まった仔実装の両足は食いちぎられている。のた打ち回ろうとするが、カラスが押さえつけているのでそれさえできない。 手元の仔3匹を守るのが精一杯の親実装はなにも手出しできず、姉妹も泣き叫ぶだけ。 「テチャアアアアアアアアアアアアアア!もう嫌テチャ!怖いテチャアアア!」 1匹が叫びながら親元から駆け出すが、ただの自殺行為だ。1秒ほどでカラスに捕まるとするどい口ばしの洗礼を受ける。 「ヂィィィ!」 「やめるデスゥーーーー!」 親実装は飛び出してカラスを追い散らし、捕まったばかりの仔実装を抱きかかえる。 「しっかりするデス!」 「……ママァ」 仔実装の腹部が裂け、内臓が出ている。 「テチャァァ!」 「ママ!ママァー!」 置いてきぼりにした2匹の悲鳴。 親の庇護を失った2匹はカラスが3羽、すかさず襲った。慌てて奪い返した仔実装をひきずりながら、 取って返す親実装。正面からの戦いは避けて、3羽はするり、とかわす。 2匹は奪還したものの、短い時間であちこちが食いちぎられている。 「ママ……ママァ!」 最初に捕まった仔はいまだ食われ続けている。路上には血が広がっていた。 「デジャアアアア!その仔を離さないとお前を殺すデスゥ!」 凄まじい咆哮。その瞬間、後頭部に激痛が走った。背後からカラスが口ばしで一撃与えたのだ。 たまらずひっくり返る親実装。奪還した2匹がその間に奪われ、カラスたちは朝食を再開した。 引きずられた仔実装は下半身がいつのまにか千切れている。 「……ハ……ハ!」 荒い息をしながら、這って逃げ出そうとしている。 親実装の傷は深く、しかも自分の手が届かない箇所だ。 痛みに耐えながら起き上がると、1匹目がただの肉片になっているのが分かる。ついで、2匹を4羽で食らっている光景が見えてくる。 「デジャアアア!」 威嚇しながら突っ込む親実装、4羽はゆとりをもって退避する。奪い返した、と思って親実装が仔をつかむと片足だけだった。 本体を咥えながら、カラスは移動している。 するり、と咥えられていた仔実装が1匹、滑り落ちた。両足がまだ一応残っているほうだった、 体のあちこちを食い散らかされていたが、親の方向へ足をもたれさせながら逃げようとする。 親実装もそれを迎えようと手を伸ばし、その手に仔実装も手を伸ばした。 伸ばしたところで後ろから仔実装をカラスが足で押さえ込み、口ばしで頭を貫いた。 仔を惨殺された親実装は悲鳴を上げる間もない。背後からいつの間にか忍び寄った1羽が口ばしで親実装の右目を貫いたのだ。 悲鳴を上げて転げまわる親実装。 1匹目は服の残骸とシミしか残っていない。 2匹目はずるずると内臓を引きずりながら這って逃げようとしているが、やっと20cmほど動いただけで、 それを注意深く見ているカラスも1羽いる。 3匹目は頭を貫かれて即死。 4匹目は押さえつけられて食われるがままだ。 深手を負った親実装も今では獲物になっている。健康な成体なら、カラスも危険を冒してまで攻撃しないが、負傷していれば話は違う。 ************************************* 「今デス!早く行くデスー!」 8匹の仔実装を連れた親実装は、一目散に看板の影から出て行く。慌てて仔実装もついていった。 ハァハァハァハァ。 親実装でさえ、息を切らせているのだ、仔実装は地面に転がっている。 一家はカラスの襲撃現場からいくらか離れた場所まで逃げた。 彼女らの視力では見えないが、現場はしずかにカラスが食事している。 「あの黒い奴は恐ろしいデス」 と、親実装が話し出す。 「数も多くて、賢くて、空を飛べるデス…。今の時間はニンゲンがいないけど、その代わりにあいつらが出てくるデス、 襲われたらめったに助からないデス」 カラスは一部の猛禽類を除けば、市街地の生態系において頂点の存在である。 実装石と同じく人間社会の恩恵を受けて数を増やし一大勢力であり、彼女らにとっては戦慄すべき脅威だ。 「だから、ママは急いでいるデス。あの群れが何十とくることだってあるデス、ママでさえ、あっという間に殺されるデス。 家族が全滅しないためには、急いでいくしかないデス」 「テチャァァ!でも早すぎておいてかれちゃうテチ!置いていかれたら死んじゃうテチィ!」 8女が恨みがましく親実装に抗議する。 「ワタシが死んでもいいテチ!?」 「いいデス……」 「……テ」 日ごろ優しい親実装の一声に、8女以外も静まり返る。 「1匹のために家族全部を危険にさせるわけにはいかないデス。遅い仔がいてもママは絶対、止まらないデス。もし死ぬ仔がいても」 8女をじっとみる。 「それはしょうがないことデスー」 話は終わった、とばかりに立ち上がる親実装。 脆弱な彼女らが生き残るには、少しでも早く目的地につくほかない。 そして、足手まといも見捨てるしかない。 8女は足手まといだと宣言されたも同然だ。 一行は行進を再開させたが、8女はすぐに脱落した。さきほどの「狩り」を思い出すのか、涙目で追いすがるが、じきに引き離される。 親実装はそれを確認するが、けっして速度は落とさない。 「ママ!おぶって!おぶってテチィ」 8女が先頭の親実装に近づいて叫ぶが、顔も見てもらえない。 「お前をおぶってママが体力を使うくらいなら、蛆ちゃんをおぶって来るデス!」 カラスなどの襲撃に備え、親実装もまた体力の温存が必要なのだから、8女をおぶってやる余裕はない。 はっきりと8女が脱落すると、 「次女姉ちゃん、助けてチチィ!!」 妹思いの次女に助けを求めた。次女は逡巡しつつも、列から離れて8女に手を貸してやる。 にやにやと8女。 「やっぱり次女姉ちゃんは頼りになるテチィ」 「喋らないでがんばって歩くテチ……」 「もし家族のためでも遅れたら置いていくデス」 少し振り返って、誰に聞かせるでもなく言い放つ親実装。 日ごろ家族で助け合うことを教えている親実装の一声に仔実装たちは動揺した。 それだけ過酷なのだと彼女らのわずかな知性が理解する。 次女も驚く、最悪でも速度を落としてくれると思ったのに、それさえ期待できない。 今ではもたつく8女に手間取り、自分まで体力を浪費しているではないか。 2匹と一行の距離はもう開くばかりだ、脱落コンビの周りを冷たい風が吹く。 ふんばっているはずの次女の足元がふらつく。8女がかなり遅くなって手を引かれたのだ。 次女が8女を見ると、彼女も気づいて目を合わせる。 何かに思い立ったように、急に笑みを浮かべ、強く手を握り返してくる。 だが、次女はその手を離そうとした。 「待ってテチィ!次女姉ちゃんにまで置いていかれたら」 「もう無理テチィ!無理テチィ!私がいても8女ちゃんはどのみち遅れるテチィ!あとで来ればいいテチィ!」 「テチャアァァァァ!私をおいて自分だけ先に行く気テチィ!絶対駄目テチ!絶対、絶対駄目テチィ!」 次女は8女の血走る目に狂気を見た。 「手を離すテチャ!」 「駄目、絶対離さないテチィーーー!」 「私がいたって変わらないテチ!」 「そんなことはないテチ!一人ぼっちは嫌テチャアアア!」 不毛な問答をしている間にも、一家は先に進んでいき、取り残されるコンビ。 最後尾の9女の後ろ姿がやけに小さく見える。 「とにかく離してテチィ!」 「嫌テチ、次女姉ちゃんも残るテチ、私と一緒にいるテチィ!!!テジャアアアアアアア!」 とうとう8女は歯をむいて次女に威嚇までした。そして、次女は理解したのだ。 ……8女ちゃんは道連れが欲しいだけテチィ 「あとは自分でがんばるテチ!」 「デチャア!」 次女は8女を突き飛ばすと、脱兎のごとく駆け出す。 8女は追いかける力さえ残っていないが、それでも声だけは届いた。 「私を見殺しにするなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああああああああああああテチ!」 次女が列に復帰すると、親実装が声をかけてきた。 「お前もママも正しいことをしているデス…」 仔は親に応えようともしない。 一行の後方には悲鳴に誘われたらしいカラスの群れが集まり始めていた。 実装石の「 渡り 」の成功率はおおよそ5%とされている。 END
