実装石の日常 渡り① その野良実装は飢えかけた体で秋風の吹き始めた公園を歩いていた。 指のない手で少量の生ゴミが入っているビニール袋を抱きかかえて。 食料不足は以前の比ではない、いつ何時奪われかねないので、彼女は周囲を警戒しつつ家路を急いだ。 途中のベンチではその下に潜り込んだ実装一家がいた。地面に敷いたダンボールの切れ端の上では、 風邪なのか親実装が苦しげに咳き込んでいる。 「ママ、しっかりするテチィ」 「私たちがゴハンを探すから待っているテチ」 姉妹のなかから2匹、親が止める間もなく飛び出していく。 10mも進む前に、目を血走らせた野良が歯をむき出しにして仔実装に襲い掛かった。 捕まえると頭巾もとらず、頭に食らいつく。 「ヂィ!!」 頭部の上半分を失った仔実装は、それでも数歩歩いて、そこで他の野良実装に食い殺された。もう一匹は壮絶な最後だった。 4匹の野良が一斉に襲い掛かり、生きたまま解体された。 「腕は私がたべるデスゥゥゥ!!!」 「足は私のものデスゥ!」 「デジャァァァ!全部私のものデス!近寄るなぁ!」 「ゴハン、ゴハンデスゥ!久しぶりのゴハンデス!」 「テチャァァァッァ!ママ!ママァ!助けてぇテチャァーーーーーーー!」 ゴホゴホと咳き込みながら親実装はベンチの下で立ち上がろうとするが、それすらできない。 目の前ではわが仔が手足を引きちぎられ、首を食いちぎられ…騒擾がおさまり、4匹が去ると地面にはシミだけが残っていた。 四つんばいになって、親実装はベンチの下で血涙を流す。 ダンボールのないこの一家の先は長くないだろう。 「……」 生ゴミを運ぶ野良はその光景を見ていながら、別段感慨もない。 最近の食糧不足は極めて深刻で、餓死するものが多い。その死体を巡って殺しあっている惨状だ。非力な仔実装など食料以外の何者でもない。 余計な注目を浴びたくないので、足早に現場を去る。すでに数匹のもの欲しげな視線を浴びている、長居は危険だった。 公園の奥、茂みのなかに実装石のダンボールはあった。 「ただいまデス」 「お帰りなさいテチャー」 「ママ!ママ〜」 「レフ〜」 10匹の我が仔が出迎えてくれた。最近は帰宅が遅くなり、毎日毎日、仔は ……もうママは帰ってこないかも知れない と不安に駆られているのだ、今も半数は涙目である。 そんな仔をなだめながら親実装はわずかな生ゴミを配分した。 夜。日が沈む頃にはそうそうにダンボールの中で就寝する。起きていても腹が減るだけなので、親実装は早く寝るよう仔をしつけていた。 それにしても、も親実装は思う。 彼女が幼かった頃の公園とはまるで光景が違う、もう別世界と言っていい。 当時は毎日愛護派がやってきて大量に餌をばら撒いていた。 近くに立つ看板には大きく書かれていた。 「野良実装に餌をやらないで下さい 双葉市公園緑地部公園課」 愛護派の餌付けで野良実装は異常繁殖した。 成体だけで200を超えたころ、一気に餌やりは来なくなる。もう公園では彼ら愛護派が望む光景は見られないのだから。 なにしろ数が増えすぎた。愛護派がくれば他者を押しのけ、餌にありつこうとする。 段々エスカレートし、仲間を殺したり共食いが繰り返された。 豊富な餌が愚かな個体の生存につながり、全体のレベルも急速に下がっていく。 人間に糞を投げて手持ちの餌を奪う凶悪な個体も出始めた。 「飽きた」 「つまらない」 「最近忙しい」 増やすだけ増やした愛護派は公園の野良実装を見捨てた。 増えすぎた野良実装を養える自然は、この小さな公園にはないし、近場のゴミ捨て場も到底足りない (とはいえ、野良実装が殺到した近所のゴミ捨て場は大変なことになるが、それはまた別の機会に)。 増えた野良はすでに多くの仔を生んでいる。彼女らは否応なく成長し飢餓に拍車をかけていた。 親が留守になれば姉妹を食い殺す個体もいる。仔を食う親もいる。 それでも飢餓には追いつかない。 親実装は決断した。 「 この公園を出るデスゥ 」 ************************************* 翌朝、仔実装たちは日の出前に起こされた。いつもこんなに早く起こされることはない、戸惑っている仔の前で、 親実装はとつとつと語り始める。 「ママは思うデス。 もうこの公園はお終いデスゥ、食べるものがちっともないデス、でも仲間の数が多すぎるデス、 その辺でお腹が減って死んでいくのがいっぱい、いっぱいいるデス。 その死体を食べるために殺しあっているデス」 仔の顔を1匹づつ眺める。 「お腹が減って家族で殺しあっているのもいるデス、ママはそうなりなくないデス。 だから、この公園を出て、違うもっと住み心地のいい公園に行くデスゥ。 今は朝早くてちょうどいいデス、みんなでこれから違う公園までいくデス」 彼女の生涯(数ヶ月)でこれほど長く喋ったことはなく、聞かされた仔実装たちも驚いている。一応、意味は理解したようだが。 賢い5女が首をかしげる。 「蛆ちゃんはどうするテチ、歩いていけないテチ」 「……蛆ちゃんは連れて行けないデス、しょうがないデス、置いていくデス」 「テェ! 蛆ちゃんだけじゃ死んじゃうテチィ!」 5女は優しい、蛆を見殺しにする親の発言に驚いた。 「しょうがないことデス。それに、ひょっとしたら、ひょっとしたらニンゲンさんに飼ってもらえるかもしれないデス」 到底ありえないことを口にする親実装。 過酷な環境だ、他の健康な仔9匹を生かすため、非情に徹しようと決断したようだ。 「……じゃあ、私はここに蛆ちゃんと残るテチ」 思いがけない言葉に数匹の姉妹が驚く。 「蛆ちゃんだけじゃすぐに死んじゃうテチ、私が残って蛆ちゃんとお家を守るテチ」 「……好きにすればいいデス」 親実装はそれ以上何も言わない。他の仔に出立の準備をするように告げる。 といっても水を飲んだり糞を済ますぐらいだが。 親実装も持てる限りの全財産をかき集めるが、ビニール袋と水を入れた500mlのペットボトルぐらい。 ダンボールの前に仔が整列する。トイレで遅れた次女が慌てて駆け込むと「そろそろ行くデス」と居残りの2匹を見やる。 「気は変わらないデス?変わっても別に恥ずかしいことじゃないデス」 「ママこそ気が変わらないテチ?みんなでここで暮らしていくテチ」 「……みんな、5女と蛆ちゃんにお別れをいうデスゥ」 親に促され、8匹の仔実装は順番に5女の前に出て今生の別れを告げた。 長女「いつかきっと会える日があるテチ!」 次女「お別れは寂しいテチ、5女ちゃんも一緒に来て欲しいテチィ」 3女「なんでみんな泣いてるテチ?また会いに来ればいいだけテチィ」 4女「なんで5女ちゃんは残るテチィ?」 6女「元気でがんばってテチィ……」 7女「大丈夫テチ、きっと優しいニンゲンさんが拾ってくれるテチ」 8女「5女姉ちゃん、さよらな…テチ」 9女「テェェェェェン」 「じゃあ、行くデス」 それだけ告げると、さっさと親実装は出発する。未練が残るのか、ダンボールと2匹を繰り返し見ていた数匹は一行に遅れた。 慌てて追いすがる。一行から離れれば、即、死につながる。一応安全だったダンボールを離れれば感慨に浸ることさえ 野良実装は許されない。 ************************************* 家族の一行が見えなくなるまで、5女は見送った。見えなくなると、いつしか血涙を流し体は震える。 「今日からゴハンはどうしたらいいテチ?ゴハンを探す場所はおとなの野良実装がいっぱいで競争がすごいってママが言ってたテチ。 お水もそうテチ。ペットボトルもないから、水を貯めておくこともできないテチ。お水がなかったら1日で死んじゃうテチ……」 それどころかダンボールから1cmでも外に出るだけで命がけなのだ。 打ちひしがれた5女に蛆が話しかける。 「5女姉ちゃんどうしたレフ?ママやみんなはどうしたレフー」 妹を悲しませないよう、5女は気丈に振舞う。 涙を袖でぬぐうと、笑顔で 「みんなは用事があって少しだけ出かけたテチ、すぐ帰ってくるテチィ。それまでワタシと遊んで待ってればいいテチ」 取りあえず、遊び道具の潰れかけのピンポン玉を探す5女。いつものように菓子箱の中から取り出そうとすると 、そこにはビスケットの半分ほどのかけらがあった。 「テチャーーーーーー」 これは万一のための取って置きだ。おいしい、おいしいお菓子。 それをあえて残した親実装のことを5女は考える。薄情に思えたが、親実装も2匹のことを考えていたのだ。 自分たちの食料も乏しいというのに。 ……なんとか、がんばれるテチ! 急に5女は自信がわいてきた。あまりの困難さに絶望したが、親実装の親心に触れ生きる意欲を取り戻したのだ。 ……簡単なことじゃないテチ。でも、きっと生き延びてみせるテチ。蛆ちゃんもワタシが大切に生き延びさせて見せるテチ。 ……ゴハンも水もなんとかしてみせるテチ。 ……そして、ここでまたみんなで生きていけるようにしてみせるテチ! 全てを諦めかけた5女はこうして、完全に立ち直った。 家族は旅立っていったが、今や彼女も精神的には旅立った。 自立して生きていこう、と覚悟を決められたのだから。 ピンポンを持ち上げると、後ろの蛆にこれ以上ない笑顔で振り返って言う。 「蛆ちゃん、ピンポンで遊ぶテチ、それからビスケット……」 入り口付近には野良実装が立っており、蛆を頭からグッチャグッチャと咀嚼している。 「デヒャヒャヒャ!!ビスケットまであるデス!私はついてるデスー!」 「……」 5女は銅像のように硬直している。蛆は胴体まで野良実装の口の中に消えていた。 覚悟を決めてから3秒後のことである。 ************************************* 親実装の一行はゆっくりとした速度でだが、ようやく公園の出入り口に差し掛かった。 途中、捨てられたのか、仔実装が小さなダンボールに入っていたが気にかける暇はない。 かすかに 「お友達テチィ」 などという声が聞こえたが反応してやるつもりは一切ない。飼い実装など 「 お友達 」 が飢渇に苦しむのをよそに 暖衣飽食してきたではないか。中には公園にやってきて飼い主の力を背景に、「 お友達 」を惨殺してまわるのさえいる。 ましてや今は自分たちの生死がかかった旅立ちなのだ、捨てられた仔実装など半日も公園では生きられないのだから、 関心を持つ気にならないのは当然である。 テチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア どこか遠くで仔実装の絶叫がしたような気がした。 一瞬、親実装は戻ろうかとも思ったが、もう公園を出ているし危険を増やすだけだ。 あのビスケットに気づけたか、心配だ。あれがあれば当座は凌げる。 ひょっとして、本当に人間に拾ってもらえるかもしれない。 親なしの仔と蛆なら、あるいは人間の同情をひけるかもしれない。 そう考えて親実装は自分を納得させた。 ちらちらと我が家の方向を振り向いている仔実装を一喝すると歩みを速める。 まだ一行はダンボールから50mほど出たばかりである。 なお実装石の「 渡り 」の成功率はおおよそ5%とされている。 END
