「 てぇ……てむっ………てむむっ… 」 自宅に帰ってくると早速、俺は風呂場から仔モドキを部屋に連れてきた。 俺はコタツの上にタオルを敷くと、そこへ座らせて適当に菓子パンを与えた。 育ち盛りらしく、俺が朝残しておいたパンは既に食べ切っていたようだ。 相当腹が減っていたらしく、俺の視線を気にしながらも菓子パンに齧り付いてやがる。 あのブローカーが心底惜しんでいた程の個体。 おそらく愛護派には、それなりの値段で売れるのだろう。 だから不本意だが、暫くは世話をしてやらなくてはいけない。 金のためと思えば少々の不快は我慢できる。 まさか愛護派の真似をすることになるとは……我ながら情け無い。 だが、そんな感傷以上に俺の頭の中では疑問が渦巻いていた。 『 なんで…なんで、こんなのが最高なんだ…? 』 そもそも俺はモドキなんて、じっくり観察したことが無かった。 公園へ実装石を虐待しに出かけても、モドキなら無意識に見逃していた。 関心を持ったことは一度も無い。 高い頭身、大きな瞳、整った顔立ち、長い四肢。 俺の知っているモドキの特徴はその程度だ。 そして今、俺の目の前にいる仔モドキも、それと同じ。 違いが全く分からない。 あのブローカーは端くれかもしれないが、それでも実装石に対する目は確かだろう。 そのブローカーを唸らせる程の理由は一体何か…? 「 あ……あの…ちゅ…? 」 『 …あん? 』 気が付くと、菓子パンを食い終わった仔モドキが俺の方を見上げていた。 『 なんだ? 』 「 わたちを……かえちてくれないてちゅ…? 」 『 …はぁ? 』 「 だから、わたちを……パパのところに… 」 バンッ!! 俺は仔モドキの話を遮るように、コタツへ手を叩き付けた。 『 うっせーんだよ!調子に乗んなっ!! 』 「 て…てぇぇ…… 」 いきなり怒鳴られ、仔モドキが頭を抑えて怯える。 少し甘くしてやると、直ぐに頭に乗りやがる。 こういう所は、100%実装と全く変わりはしない。 怯える仔モドキに、あらん限りの怒声を浴びせて上下関係を教えてやった。 『 最初に言っておくがな、俺はお前を飼うんじゃねえ、預かるだけだ。 』 「 てぇ…。 」 『 これから俺の言うことには絶対逆らうなっ! 大声を出すなっ! 勝手に喋んなっ! じっと大人しくしてろっ! 』 「 ……はい……てちゅぅ… 」 俺の言うことを大人しく聞くだけの理性と知能はあるようだ。 コタツの上でじっと座ったまま、静かにしている。 それから更に暫く考え込んだが、やはり俺には分からなかった。。 『 おらよっ、お前の寝床はここだ。 』 「 ちゅ…。 」 暖められた部屋とは対称的に冷え切った風呂場。 既に使用し、僅かな湯気が残っていたものの、今はお湯を落として水が滴るだけ。 窓も無ければ当然換気扇なんか点けず、空気は淀み、湿気が充満。 その風呂場の隅にダンボール箱、そして奮発してタオルを入れてやった。 『 ありがたく思え、さっさと寝ろ。 』 ( カチッ ) 電気を消し、バスルームが暗闇に包まれる。 「 に…にんげん……さん… 」 『 なんだ? 』 扉を閉めようとして、仔モドキの控え目な声が聞こえた。 「 くらいところは……こ、こわいてちゅ… 」 『 フンッ…! 』 ( ガシャンッ! ) 俺は扉が悲鳴を上げるくらい思い切り閉めてやった。 まだ自分の立場が分かって無いのか…。 金のため、高く売りつけるまでは堪えるつもりだった。 だが、躾のためには2,3発ブン殴っても仕方ないだろう。 明日からは方針を変えようと思えた。 翌日の午後。 俺はダチの2人と共に、滅多に行かない公園の方へ来ていた。 車で20分の場所。 遠征目的は実装石の虐待だ。 『 遂に復活か! 』 『 ブチ殺す快感を思い出したようだな〜! 』 この遠征に関しては俺から言い出したため、ダチ2人は異様にテンションが高い。 やはり知り合いの熱が冷めると、自分自身のも下がるっぽい。 逆に知り合いの熱が上がると、自分自身も上がる。 相乗効果って奴らしいな。 『 まぁな〜。 ただな、今回は俺、ちょっと持って帰りたい奴がいるんだよ。 』 「 ギャアアア…! 」 「 に、逃げるデスゥゥ!! 」 「 チャアアア…!! 」 ゴルフクラブ、バット、金属パイプを持った男三人が公園に入れば、実装石は逃げ惑う。こんな俺達を一般人や愛護派だなんて思う実装石は居ない。 そして、何が目的でやってきたのかは一目瞭然だ。 しかし、どんなに逃げ惑おうが皆殺しは決まっている。 俺達は堂々と勇姿を見せつけながら、最初の獲物はどいつにするか品定めだ。 『 目的って何だよ? 』 『 例のアレ……モドキだけどな、見つけたら俺に教えてくれ。 』 『 なんでだ? 』 『 ソレについては後で説明する、まずは楽しもうぜ! 』 本心はともかく、表面上は俺も乗り気に見せかけて虐待開始だ。 『 ノックしてもしもーーしっっ!! 』 ( ドカッッ!! ) ダチの1人が、道端のダンボールハウスをゴルフクラブでフルスイングしやがった。 中に実装石達を入れたまま吹き飛ぶダンボール。 つか、それってノックじゃねえだろ。 「 な、なにがどうしたデス!!?? 」 吹き飛んだダンボールハウスから目を回して出てきたのは当然だが実装石。 「 なにが起こったのテチュ? 」 「 身体がいたいテチ〜 」 続いて這い出てきた、実装石の仔らしい奴等。 これから何が起こるかも知らず、呑気な声を出してやがる。 『 よし、玉が出てきたな〜。 』 「 ……テェ!? 」 仔実装の1匹が、バットを持ったダチに拾い上げられる。 「 ワ、ワタシの仔に何をするデスゥ〜! 」 『 千本ノックだ!しっかり受け止めろよ!! 』 拾い上げられた仔実装は、上に軽く放り投げられ—— 「 ママァ……チュベッ! 」 ダチは正確に仔実装の芯をバットでとらえた。 一瞬で体液が辺りに飛び散り、その身体は肉塊となって粉々になった。 「 ……デ…デェ? 」 親実装の顔面に降り注ぐ我が仔の血潮。 突然目の前から消えてしまった仔と、辺りの肉塊。 親実装には、その惨状を瞬時に判断をすることができやしない。 『 おいおい、ダメだろうが〜、しっかり玉を受け止めろよ!! 続いて第二球目、行くぜっ!! 』 「 たすけ……テチュバッ! 」 二球目、というより仔実装2匹目も小さな花火を咲かせて消えた。 「 デ……デェェェェェエエェ!!!??? や、やめるデスゥゥ!! 」 『 馬鹿野郎!! ここで止めたら甲子園に行けんだろうがっ!!! 』 ようやく状況を理解し、泣いてダチの足元にすがる親実装。 だがダチは、そんな親実装にお構いなしに仔実装を次々と拾って根性ノック。 時々、バットが空振りして地面に落ちた仔実装はそのまま染みになった。 『 チャー、シュー、メェエエエン!! 』 ゴルフクラブのダチは例の掛け声を上げながら連続フルスイング。 ダンボールハウスを次々と吹き飛ばしていく。 『 ふぅ……俺達は甲子園に行くぜっ!!おら、次だっっ!!! 』 汗を流し、白い歯を見せながらバットのダチが仔実装を拾い上げ、ノック。 ダンボールハウスからわらわらと出てきた仔実装を次々にスイングしていく。 『 アイツ、マジで千本くらいノックしそうだな…。 』 「 デギャッ! 」 金属パイプで適当に親実装の頭をフッ飛ばしながら、俺は辺りを注意深く見ていた。 実装石ではなく、人間と実装石の混血のモドキ。 今までは時々目に付いていたが、改めて探してみるとなかなか見つからない。 そしてダンボールハウスを30は吹き飛ばした頃、ダチが俺を呼んだ。 『 お〜い、こっちにいたぞ! 』 呼ばれた方向には、親実装と仔実装が3匹。 ダチ2人に見下ろされ、親実装は仔実装達を抱えて震えていた。 「 ゆ、ゆるしてデスゥ…… 」 『 えーっと……コイツだ、コイツ! 』 「 て……てぇぇ! 」 「 ワタシの仔に何をするデスゥゥ!! 」 仔実装達の中に紛れ込んでいた仔モドキを強引に引き剥がし、持ち上げる。 なるほど、確かにコイツはモドキだ。 『 おいお前、どうやってコイツを産んだ? 』 「 デェ…? 」 『 お前、人間とヤってコイツが産まれたんだろ。 父親はどうしたんだ? ……正直に教えないと軽く潰すぞ? 』 「 く…!くるしいてちゅ!! 」 「 お、教えるデス!教えるデスから、酷いことをしないで欲しいデス!! 」 親実装は震えながら話を始めた。 一月以上前の晴れた日。 その日は天気も良く比較的暖かかった。 それで親実装は、こっそり公園の噴水場で身体を洗うことにした。 まだ水は冷たかったが、久しぶりに身体を綺麗にしたかった。 その時は他に実装石の姿は見えず、噴水場の近くは親実装だけ。 身体を洗い、服の汚れを落とし、冷たいながらも久しぶりの水浴び。 ……その時、突然人間が近づいてきた。 息の荒い男によって強引に実装石は草むらに連れ込まれ、無理矢理犯された。 何度も何度も……どれだけ泣いても、叫んでも男に犯され続けた。 助けを呼んでも、誰も来てくれない。 ただ、悪夢のような時間が過ぎるのを待つしかなかった。 そして男は草むらの中で何回の行為に及んだであろう。 性欲を発散し尽くした男は、用済みになった実装石を草むらに放置した。 性欲の捌け口にされ、身体中を傷だらけにされた親実装。 ボロボロにされた実装石は泣きながら散らばっていた服を拾い…… 鏡に映った自分の瞳を見て、あの男の仔を授かったのを知った。 『 良い夢を見れて幸せだったな〜、お前! 』 『 人間様とヤれるなんて、ウルトラハッピーじゃん! 』 親実装が目に涙を浮かべながら語る話を、ダチ2人は笑い飛ばしていた。 『 よしっ、まずは1匹目と…。 』 わざわざ、このために持ってきた虫篭の中にモドキを入れる。 「 まま〜!ままぁ〜!! 」 虫篭越し、震える親実装に助けを求める仔モドキ。 なんつーか、芸の無いリアクションだな。 『 さってと、2匹目、2匹目……あ、それからソイツ等はもう要らないから。 』 『 了解〜! 』 『 ごーとぅーへぇーるっ! 』 俺は振り返り、他の場所の探索を。 背後で残りの親実装と仔実装達の悲鳴が上がった。 『 結局、これだけかよ…。 』 本日の成果、仔モドキがコタツの上に2匹。 「 てちゅう…… 」 「 おうちに帰りたいてちゅ… 」 連れ帰ってきてからというもの、泣きはしないが虫篭の中で沈んでやがる。 せっかく餓えや寒さから無縁の生活に格上げしてやったのにウザイことこの上無い。 『 辛気くせーんだよ! 』 ( ガッ! ) 虫篭を軽く叩いて、怒鳴ってやった。 『 こうして、あんな公園から連れて来てやったんだ、ありがたいと思え! 』 俺の声に怯えの表情を浮かべ、2匹は虫篭の端へ身を寄せ合う。 立ち上がると、俺はバスルームへ。 扉を開け、電気を点けてダンボールの中を覗きこむ。 「 てぇ… 」 最初の仔モドキの頬に涙の伝った跡がついていた。 どうやら俺が帰ってくるまでの間に泣いていたらしい。 『 ほら、こっちに来いっ! 』 「 ……ぇ! 」 俺はその小さな身体を適当にひん捕まえると、部屋の方へ引き返した。 『 ……ん〜……。 』 コタツの上には最初の仔モドキ1匹と新しく捕まえてきた仔モドキ2匹。 俺はその場で立たせると、1匹と2匹の違いを見比べていた。 身長、四肢、顔立ち、体付き、髪の毛、瞳の色、産まれついての緑の服。 『 ……よし、次は後ろを向け。 』 仔モドキ達は、怯えつつも俺に背を向ける。 全く分かんねえよ… あのブローカーは、今俺の目の前にいる……一番左の仔モドキを最高級と言った。 その言葉が妙に心に引っ掛かっている。 そして一度湧いた好奇心は簡単に消えない。 小遣い稼ぎと好奇心を満たすため、俺は暇つぶしに間違い探しを始めた しかし今の俺には、新しく連れて来た右2匹と見分けがつかない。 確かに多少の個体差は有る。 身長だってミリ単位で違っているし、髪型も微妙に異なる。 人間と実装石の混血なんて今まで真剣に見たことは無い。 けれども、今目の前にいる3匹はどれも同じ個体にしか見えない。 声だって大して変わらない。 特に目立つような個体差なんて無い。 ひょっとして、新しく連れて来た仔モドキ2匹も最高級だからか? …その可能性は極めて低い。 結局、今の俺には分からない。 あのブローカーの言っていた意味が……予想さえできない状態だ。 『 はぁ……ほらよ、晩飯だ。 』 俺は溜息をつくと、3匹の前に食パンを3枚置いてやった。 しかし仔モドキ達は俺を恐れてか、容易にパンに手を触れようとはしない。 『 毒は入ってないから安心しろ。さっさと喰って、さっさと寝ろ。 』 そう言うと、ようやく手を付けて口に運び始めた。 やっぱり分からん… 食事の様子も大した違いは無い。 さっきから3匹の動作を逐一観察しているが、目立つ差異は無い。 『 ……まぁ、いい 』 ダチ2人とは、また二日後に別の公園へ行く約束をした。 目的は当然虐待と、モドキ捕獲。 別に急ぐわけでもないし、焦ることも無い。 そもそも、そんな必要も無いからだ。 俺は3匹の見分けが付くよう、最初の最高級仔モドキに『1番』、 今日捕まえてきた2匹に『2番』と『3番』の札を服に付ける。 『 ゆっくりやるさ… 』 バスルームの中へ3匹を押し込める、俺は自分の食事と睡眠を摂る事にした。 そして二回目となる仔モドキ探索日の夜。 『 ……分かんねえな。 』 「 てちゅ… 」 再びコタツの上に並べられた仔モドキ達。 その中には『4番』の名札を付けた4匹目の個体が加わっていた。 そして1番が他の仔モドキに比べ、何が違うのか改めて観察していた。 そもそもこの数日間、最低限の世話をしながら仔モドキ達を眺めていた。 一応売り物となる商品だ、管理だけはしっかりとしたい。 桶に湯を張って風呂にまで入らせてやり、1日3回食わせてやった。 その間、様々な状態や角度で観察をしてきたが、やはり分からない。 なんで虐待派の俺がこんなことを、とムカつきながらもだ。 一旦湧いた探究心は大きくなっても小さくはならず…。 この日になると、決して解けない疑問に苛立ちは大きくなるばかりであった。 「 に…にんげんさん… 」 そうして考えてる時、新入りの4番が声を出した。 『 あ? 』 「 かえしてほしいてちゅ… 」 一応、コイツにも口応えをするなと言ったはずだが、頭の悪い個体らしい。 しかし今の俺は、そんなことに構う気分にもなれず… 『 うるせえ……静かにしてろ。 』 「 おねがいてちゅ…わたちを…… 」 『 ……てめぇ! 』 カッとなった俺は、躾用に出しておいたハエ叩きを手に取り——。 「 てちゃっ!! 」 相手が仔モドキということを忘れて、思わず思い切り叩いてしまった。 吹き飛ばされた4番仔モドキは、コタツから床へ叩き落され…。 < …ドクンッ > え…… 一瞬だけ俺の中で心臓が昂なった。 コタツから落とされた4番は、衝撃で腕の骨が折れているのが見える。 口からは血を吐き、痛みで目から涙を流している。 他の3匹は、そんな俺を見て心底怯えている。 大切な商品となる個体を、怒りに任せて思わず傷つけてしまった。 もうコイツは商品としてブローカーの前に出せない。 今日一日の労力を無駄にしてしまったことになる。 なのに それなのに… 俺の手は、初めて虐待をした日のように…… 身体の奥底から湧き上がる高揚感で……無意識のうちに震えていた 『 ……時間通りだな。 』 『 あぁ。 』 日曜の昼、約束の場所の公園。 俺は手に仔モドキ達の入った虫篭を持って、ベンチに座る男の前に来ていた。 ブローカーの男は、先週と変わらない服装…そして表情。 『 それでモドキは? 』 『 ……これだけだ。 』 俺は虫篭を近づけて、ベンチの男に突きつけた 「 てぇ… 」 「 ちゅぅ… 」 力無く鳴く仔モドキが2匹……こいつ等は2番と3番だ。 4番はまだ傷が癒えておらず、完治してから渡すことに決めた。 そして1番も、まだ渡すわけにはいかない。 少なくとも、他の個体との違いが分かるまでは。 『 ふむ……むぅ………。 』 『 なかなか上質だと思うぜ? 』 男は虫篭を受け取ると、角度を変えて眺め始めた。 この2匹の品定めをしているのは分かる……だが、俺にはその意味が分からない。 なぜなら数日間、飽きるくらいコイツ等を見てきた。 いくら俺より経験が長いブローカーといえ、良し悪しなんて分かるのだろうか。 最高級品との違いとは何だろうか…? 『 …ちょっと良いかな? 』 『 どうしたんだよ。 』 『 コーヒーを買って来てくれないか? 』 『 はぁ…? 』 『 金は私が出す……手が冷えてな。 』 男は100円玉を何枚か出すと、無造作に俺に渡した。 少し振り向くと、10メートル程離れた場所に自動販売機。 『 人をパシリにするなよな…。 』 だが俺も喉が渇いていたし、何か飲みたかったところだ。 少し歩いて自販機に硬貨を入れる。 ( カランッ ) 一本目の缶が出た。 ふと振り向けば、ブローカーは仔モドキ達に何かを話しかけている。 ( カランッッ ) 二本目の缶が出た。 俺は自販機の口に手を入れると、二本の缶を持ち、男の所へ戻る。 時間にして1分も経ってない筈だ。 なのに…。 『 コイツらは普通の個体だな。 』 『 え…。 』 『 やはり、この前程のレベルの個体は簡単に見つからんな…。 』 男はプルタブに指をかけ、口に運んだ。 平然と言い捨てるブローカーの言葉に、俺は聞かずには居られなかった。 『 なんなんだよ、一体…。 』 『 ン……? 』 『 ソイツ等の、どこが普通で、どんなモドキが最高なんだよ!? 』 ここ数日間のフラストレーションが一気に爆発した。 目の前のブローカーは容易に判別できるのに、俺には数日かかりでも無理。 その憤りが、その情け無さや不甲斐無さを吐き出した。 『 ……。 』 『 前も疑問に思ってたんだが、どうしてアンタは話してくれないんだ!? 』 『 …何をだ? 』 『 ……っ! 』 俺は手に持っていた缶コーヒーを地面に叩き付けた。 『 しらばっくれんなっ! なんでアンタは、最高級モドキの話になると黙るんだよ!!?? 』 『 …。 』 『 第一、最高級だろうが、普通のモドキだろうが、変わらねえよ! 現にソイツらを見ろ! 』 指を差したのは虫篭の仔モドキ2匹。 『 最高級とソイツ等、何が違うんだよ!? 』 『 ……。 』 『 なんでアンタは……アンタ達は、そこまであのモドキにこだわるんだよ!!?? 』 人通りの少ない公園に俺の怒号が響き渡る。 男はそんな俺の剣幕に全く怯む様子も見せず、虫篭を凝視していた。 そしてそんな俺に哀れむかのように……かろうじて口を開いた。 『 ……仕事上の秘密だ。口外はできない。 』 『 …! 』 『 私達も客商売だ……客有っての商売だからな。 』 『 そうかよ……そりゃ、悪かったな! 』 男の態度にブチ切れそうになった俺は、これ以上理性を抑えてられる自信が無かった。 翻ると男に背を向け……さっさとこの場から離れようとした。 そして数歩踏み出した時—— 『 ……ちょっと待て。 』 そんな俺の後ろ姿をブローカーの男は呼び止める。 『 まだ何か用かよ!? 』 『 ……ここからは私の独り言だ。 』 『 …はぁ? 』 『 後で、キミにこの事を尋ねられても私は応えられない。 話題に出されても私は知らないと言い張る。 …だが、それでも良ければ聞いてくれ。 』 その言葉に戻ると、俺は返事もせず……そのベンチの隣に腰を下ろした。 『 なんだよ? 』 『 ……私の実家は北国の方でね。 』 『 …はぁ? 』 『 今から15年程前にこっちへ出てきた。 田舎では何も仕事らしい仕事が無くてね…街へ出てきたってわけさ。』 『 それがどうかしたのかよ。 』 『 まぁ、最後まで聞いてくれ…。 それで私が子供の頃……まだ小学生くらいの頃に、祖父から聞いた話だ。 』 突発的に身の上話を始めた男の意図が掴めない。 そんな苛立つ俺を尻目に、男は懐かしげに昔話を続けた。 『 私はその話が大好きだった…なぜなら祖父は猟師だったからだ。 』 『 …ん? 』 『 今でも猟師という人達は勿論いるさ。 めっきり数は少なくなってしまったがね…… それで子供の頃、祖父は色々と猟の話をしてくれたんだ。 』 冷たい風が吹き、缶から昇る湯気が消える。 『 猟銃を持って獰猛な獣を撃つというのは、まさしく子供の好みの話だった…。 』 男は祖父の武勇談を手短に始めた。 並外れた筋力を持つ熊、猛烈に突進する猪。 どんな獰猛な獣であろうと打ち倒す祖父は、子供にとってヒーローだった。 『 まぁ、随分昔の前だから殆ど覚えてないし、覚える程の価値も無い話ばかりだ。 しかし……しかし、だ。 この歳になってだからこそ、考えさせられる話もある。 』 男は缶を持ち直し、視線を地面に落とす。 『 その祖父の若い頃の話だ。 確か戦後で……何もかも不足していた時代だな。 当時は今と違って規制が煩くなかったし、何せ戦後の混乱期だった。 少しでも腹の足しになる物を、金になりそうな獲物を狩りに山へ登ったらしい。 』 『 金…? 』 『 そう、金だよ、金。 腹を空かせた家族を食わせるための肉だけじゃない。 その毛皮も高く売るために必要さ。あの時代は皆、生きるために必死だった。 生きるためには何でもしなくてはいけない時代だった。 だがな……。 』 男はそこで言葉を途切らせた。 『 …猟師の獲物にも選り好みってのが有るのは知ってるか? 』 『 は……。 』 『 狩りたくない動物がいるってことさ。 猟銃で撃つのが怖いんだよ。 』 『 撃つのが…怖い? 』 俺にはその言葉がよく理解できない。 『 普通の猟といえば猪や鴨なんかが有名かもしれない。 あれは鳥獣の類で、立派な獲物だ。』 『 …それがどうかしたのかよ。 』 『 だがな……獲物の中でも撃った感触が違う場合がある。』 『 感触…? 』 『 猟銃の引き金を引いて、弾を発射する。 発射された弾は獲物に当たる。 その当たった瞬間の感触だが……アレだけは嫌だったと祖父は話してくれた。 勇敢な祖父でさえ…アレだけは怖いと言っていた。 しかし高く売れたらしい。 少しでも金を稼ぐため…金のために多くを殺した。 ……最後は夢に出てうなされるくらいな。 今、そんなことをしたら直ぐに捕まっちまうが。 』 『 アレ…? 』 『 他の獣は狩りとして割り切ることができるが… 動物だと思うことができるんだがな…。 』 ブローカーの男は虫篭に視線を移した。 釣られて、俺も視線を虫篭に向ける。 『 それで、この仕事を始めるようになって、その昔話を思い出すようになったのさ。 そして今…死んだ祖父の気持ちが、今だからこそ分かる気がする……。 今だからこそ、だ……。 』 男は再びコーヒーを口に運んだ。 そして隣で聞き入っていた俺には何も応えることができず… 寒空の下 公園に冷たい風が吹き続けていた
