タイトル:シークレットサンプル 前編(実装出番少)
ファイル:シークレットサンプル前編.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2608 レス数:0
初投稿日時:2007/07/12-06:50:34修正日時:2007/07/12-06:50:34
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燃えている
家が燃えている
家族での楽しい夕食を終え、帰ってきた私達が目にしたのは
夕焼け空を背景に、紅蓮の炎を身に纏った我が家だった

(なんなんだ…コレは…。)

竜巻のように高く巻き上がる炎
家を喰らう怪物にも見える災厄に立ち向かう消防士達
まるで現実に見えないその光景を、私達は真っ白になった頭でただ見つめるしか出来なかった

「ああ!?皆、出掛けてたのね!?良かったわぁ!!」
「中にまだ居るんじゃないかって、みんな心配で心配で…!」

呆然と立ち尽くす私達に近所の面々が泣きながら話しかけてくる
だが私の頭は次々と投げかけられる言葉を理解することが出来ないほど混乱していた

家が?
何故?
中には大切な物も
大切?
妻と娘は隣にいる
家族?
家族…
コタロウは?
頭の中でまとまらない考えが濁流のように流れる
しかしその中の一つの言葉に失いかけていた意識がはっきりと反応した

(そうだ、コタロウがまだ犬小屋に…!)

「!あなた、あそこ!!コタロウが!!」

妻が指差す方向に犬小屋に繋がれたまま、ぐったりと横たわるまだ幼い愛犬の姿が見えた
それを見て考えるより先に私の体はコタロウを救い出そうと走り出す
しかしすぐさま銀色の装備で体を固めた消防士に行く手を阻まれた

「ちょっとあんた!危ないから下がって!!」
「あそこにウチの犬がいるんです!助けないと!」
「あんたこの家の人!?」
「私の家です!それより——!!」
「他の家族は!?ちゃんといるの!?」
「大丈夫です!でもまだコタロウが、ウチの犬が!!」

必死で家に近付こうとする私の視線の先を消防士はチラリと見る
そして私の肩を一際強く掴みその場に押し留まらせた

「ちゃんと助けるから!とにかく御主人は此処に居て!!」

そう言うと消防士は、周りの隊員になにやら指示を出すとそのうちの一人を連れ、コタロウの居る犬小屋へと駆けていった
二人の消防士は炎の動きに気を払いながら、犬小屋に辿り着くと素早く首輪のフックを外した
そして急いでコタロウを抱きかかえると、そのままこちらに足早に戻ってきた

「ああ…、コタロウ!ありがとうございます!!」
「パパ!コタロウは大丈夫なの!?」

私は渡されたコタロウを優しく抱きかかえるが、その体は弱々しく震えていた
娘も私の側でコタロウの容態を見て心配している

「外傷は無いみたいだけど、様子がおかしい。はやく医者に見せた方がいい。」

消防士に促され妻にその場を任せて、私は娘を連れ行きつけの獣医に向かうことにした
家から少し離れた駐車場にある車まで急いで戻り、コタロウを抱いた娘を助手席に乗せエンジンに火を点ける

「パパ、コタロウ大丈夫だよね?死んじゃったりしないよね?」
「大丈夫だよ。お医者さんに見てもらえばすぐ元気になるさ。」
「ほんと?お医者さん、きっと治してくれる?」
「ああ。だからお医者さんに着くまでしっかり抱いててくれよ。」
「うん!」

涙目で訴える娘にそう言ったものの、私自身も焦っていた
消防士の言ったとおり怪我は無いようだが、呼吸が今にも止まりそうな程か細い
何でこんなことになったのか…
様々な思考がぐるぐると頭に廻る中、私は車を走らせた

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

20分
たったこれだけの時間を今ほど長く感じたことは無い
コタロウを診てもらう間、私の頭の中は変わらず整理が付かずにいた
火事のこと
コタロウのこと
これからのこと
どれもがグチャグチャに混ざったままで、考えは一向に前に進まない
私は気を紛らわすように、隣で目を瞑り祈るように胸の前で手を合わせる娘の頭を撫でる
そしてようやく診察室のドアが開き、いつも世話になっている獣医が顔を覗かせた

「もう入っていいですよ。だいぶ落ち着きました。」

その言葉にやっと不安が一つ取り除かれた私達は安堵の息を漏らす
獣医に招かれ入った診察室のベッドの上で、コタロウは疲れ果てたように眠っていた

「始めは熱気と煙にやられたんだと思ったんですがね。」

眠るコタロウの頭を優しく撫でる私達に獣医が説明を始める

「どうもそれだけではない、と。それでレントゲンを撮ったんですが…。」
「それだけじゃない…?」
「ええ…。これがその写真です。…こことここ。アバラに2箇所、ヒビが入ってました。」

火事で骨にヒビ?
結びつかないコタロウの負傷に再び頭が混乱し始める
そんな私を尻目に獣医は説明を続けた

「それと…何故かこんなものが喉の奥に詰まってました。」

そういってベッドの脇の台の上に置かれた銀色の皿を獣医は指差す
皿には緑色の固体と液体が入り交ざったモノが入っていた
それは見た目にも不快な感じがし、ひどい悪臭を放っている

「これは…何なんです?」

訝しげに尋ねる私に向かって獣医ははっきりと答えた

「実装石の糞です。」

その一言に一つとして結びつかなかったそれぞれの出来事が、私の頭の中で一つの記憶に繋がっていく

(あの男だ。)

それは昼間、娘を連れてコタロウの散歩に近くの公園まで出掛けたときの事だった

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

仕事が休みだった私は昼食の後、近所の公園まで娘と一緒にコタロウの散歩に出掛けた
公園に着いた私は娘がコタロウと無邪気に遊ぶ姿を、幸せな気分でベンチから眺めていた
その時だ
幸せな時間を邪魔するかのようにあの男が現れたのは
自身の飼い実装を連れ公園にやってきたその男は、近所でも悪い評判の絶えない人間だった
どこかの暴力団の関係者だと言われていて、町内で決められたルールを守らないばかりか
何かと近隣の住民に因縁を吹っ掛けては、恐喝強盗まがいのことをしているらしい
それでも住民達はその男のいかにも頑強そうな体躯に威圧的な態度
そして関係があるとされる暴力団からの報復を恐れ、誰も警察に相談することすら無かった
男の連れた飼い実装は公園に来るなり、場所柄などお構い無しに下着を脱ぎ地面に排泄し始める

(こんなものを娘に見せるのは勘弁だ。)

私は娘とコタロウを連れてこの場を去ろうとしたが、運悪く男に話しかけられてしまった
その話の内容こそ平凡な世間話であったが、男の言葉の端々から粗暴で自己中心的な性格が感じられた
私たちが話している最中、排泄を終えた実装石がコタロウに近寄り
しばらく物珍しそうに眺めた後、実装石はデププと含み笑いをするとコタロウをポフポフと叩き始めた
コタロウは叩かれることは気にもせず実装石の体をフンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいたので、私もあまり気には留めなかった
だがそれが甘かった
早く男との話を終わらせたかった私は、実装石の行動がしだいにエスカレートしていたことに気付かなかったのだ
実装石はコタロウが反撃してこないと分かると、耳を掴んだり足を蹴ったりし始めた
そして調子に乗った実装石がコタロウの尻尾を引き千切らんばかりの勢いで引っ張った時
コタロウは反射的に実装石の腕に噛み付いた
不意の反撃に、腕から血を流し恐怖と痛みで下着に糞を溢れさせ泣き叫ぶ実装石
それを見た男は途端に逆上し、私の胸倉を掴み掛かる
もちろんコタロウが一方的に悪い訳でないが、この手合いはこうなると話のつけようが無い
とにかく娘に何かあってはいけないので、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす男に私はひたすら謝った
それでも一向に男の怒りは収まらなかったが、実装石の血が止まらない上に余りにもうるさく泣き喚くので
男は私への恫喝を止め一旦、家に帰ることにした
その去り際、私達の方を憎悪に満たされた目でチラリと見て吐き捨てるようにこう言った

「このままじゃ終わらさんからな。」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

コタロウは三日ほど獣医の下で回復の経過を見ることになり、私と娘は家に戻る車の中に居た
家に戻る、とはいっても妻からの連絡で帰るべき家がもう到底住める状態ではないことは知っている
もし住める状態でも、とてもではないがあそこに居続ける気にはなれない
あんな危険な人間に狙われいるのだ
まだあの男の仕業と決まったわけでは無いが、私にはそれ以外の考えは浮かんでこなかった
もし食事に出掛けずにあのまま家に居たら
そう思うとハンドルを握る手に震えが走る
疲れたのか助手席で、すやすやと眠る娘
赤信号に捕まり、停車させた車の中で私は娘の手を優しく握ってやる
少しでも運が悪い方に傾いていれば、この命より大切なものを失うところだったのだ
娘だけではない
妻やコタロウも世界で一番大切な私の宝物

このままでは終わらせない
昼間に聞いた男の言葉がそのまま私の思いへと変わっていく
あの男の憎しみは家を焼いた炎のように激しいものだったのだろう
ならば見せてやる
怒りや憎しみが激しいものだけではないことを
思い知らせてやる
私達から永遠に幸せを奪おうとした罪を

信号が赤から青に変わり、静かにアクセルを踏み込む
私の復讐心は車と共に前へ前へと走り出した

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「目が覚めたみたいです。」
「ん、そうか。」

モニターを監視していた部下からの連絡を受け、私は白衣を身につけて拘束室へと向かった
ここは私が勤務している実装シリーズの研究機関『装科学会』
その中央総合研究施設の地下最深部
表向きは【実装シリーズの研究とその成果による社会への貢献】を謳い文句にしているこの組織だが
その実、大義名分を笠に着た虐待、虐殺が日常的に行われている
こんな非常識な組織が平然と存在しているのは、研究成果の賜物でもある
実際に医療関連では多大な貢献をしているし、いわゆる実装業界からも信頼が厚い
この二つの繋がりから経済界、医学界方面への強いパイプがあり、そこから政界にまで相互利益の輪は広がっている
そのお蔭もあって誰からも糾弾されることは無かった
今や装科学会は強大で堅牢な組織となっている
その真の存在理由など世の人間は誰一人知ることは無いままに

「さて…と。」

一直線に伸びた真っ白な通路にある複数の扉の一つの前に立ち、私はカードキーをポケットから出し扉に付いたパネルのスリットに通す
かすかな機械音と共に扉がスライドし、私は拘束室の中へと入った
その途端

「!!テメェッ!!」

と怒声が部屋に響く
通路と同じく白一色に統一された部屋の中には、数日前の昼に出会ったあの男が全裸姿でいた
男は部屋の真ん中に床と垂直に立った拘束台(機械式でベッド状にもなる)で、手足を縛るベルトをどうにか外そうと必死の形相でもがき喚いている

「またお会いしましたね。」
「ッザケンな!!これ外せよ!!」

人がせっかく挨拶したのに、落ち着きが無いものだ
私の顔を覚えてないのだろうか?

「まぁまぁ落ち着いて。私のこと覚えてますよね?」
「ウチのテチコを噛んだ犬の飼い主だろうが!いいから外せつってんだろ!!」

とりあえずは覚えているようだ
なら話は早い
それにしても『テチコ』って…、それは無いだろう

「えぇその通り。ついでに言うと貴方に家を燃やされた者でもあります。」
「…あぁ?」

家を燃やされた、という言葉を発した途端、男は平静を装おうとする

「何言ってんだかな。ワケわかんねぇ。」

今更しらばっくれても無意味だと考えないのだろうか
何の確証も無しにでは、私だってこんなことはしないさ

「状況からだけでも、貴方がやったと分かりましたが…。証人もいましてね。」
「…は?」

そんなヤツいるはず無い、とでもいった風に見下した笑いを浮かべる男
だがその口が少しばかり引き攣っているのを私は見逃さない

「証人は二人いまして…。とりあえず一人、ここに連れてきましょう。」

私はそう言って一旦拘束室から出て、隣の拘束室で待機してもらっていた証人を連れて戻る

「!?」

その証人を見て男の顔が複雑な表情へと変わる
驚きと証人への怒りがごちゃ混ぜになった顔
拳はギュッと握られ、拘束されていなければすぐに飛び掛って来そうな雰囲気だ

「デスー。」

その証人とはあの日、コタロウに腕を噛まれたこの男の飼い実装本人である
私はこの実装石に前もって着けておいたティアラ型のリンガルのスイッチをONにする
このリンガル、装飾品タイプではあるがこの施設で開発された特注品だ
翻訳性能は一般に出回っているものとは比較にならないほど高い

「…何やってるんだよ。」

怒りを堪えた様子で男が聞いてくる

「リンガルですよ。綺麗でしょう?性能は折り紙つきですからご安心を。」

わざと男に微笑みながら答え、受信用のパッドのスイッチも入れる
そして液晶表示が男にも見えるようにパッドを持ち、実装石への質問を始めた

「えぇと。それじゃあ君が犬に噛まれた後のことをもう一度聞かせてくれるかな?」
「ワタシがおウチで傷におクスリを塗った後、そこのクソニンゲンが仕返しに行こうと言ったデス。」
「オイコラァッ!!糞人間だと!?テチコ、テメェッ!!」

実装石の言葉に男は猛烈に反応する

「デジャァァーーッッ!!ワタシをテチコなんて呼ぶなデス!!ワタシは仔実装みたいにテチテチ鳴かないデス!!」

今度は男の言葉に実装石が食って掛かる

「大体、ワタシは前からオマエのことが気に入らなかったんデス!!ワタシは忘れないデス!!
 新しい名前が欲しいと言ったらオマエはワタシを怒ったデス!ちょっとゴハンをこぼしただけでワタシを蹴ったデス!
 ちょっとウンチを漏らしただけですぐに殴ったデス!散歩に行きたいと言ったら踏んづけたデス!
 ワタシが気持ちよくお昼寝してるのをいつも邪魔したデス!お風呂も滅多に入れなかったデスゥッ!!いつもいつもいつも!!!」

次々と今まで溜まっていた不満を男にブチ撒ける実装石
男は信じられないといった顔で、文字が羅列されていくパッドを言葉無く見ているだけだ
矢継ぎ早に喋った所為で息が上がった実装石は、一旦呼吸を整えると男に向かってデププと笑い出す

「でももうオマエなんて用済みデスゥ。デププ…。ワタシの新しい御主人様はこの人デス。
 新しい御主人様は、ワタシに『ドリーム』というステキな名前をつけてくれたデスゥ。こんなキレイな飾りも貰ったデスゥ〜♪」

頭に乗せられたティアラ型リンガルに手をやり、うっとりとした表情になる実装石…いやドリーム
恐らくこの男は今までこのドリームとリンガルを使って会話をしたことが無かったのだろう
ドリームが何かを要求しても、男には意味も無く泣き喚いてるだけにしか映っていなかったワケか
懐いていると勝手に思っていた飼い実装の本心を聞いて、男が明らかに意気消沈しているのが見て取れた

「ォホン。色々言いたいことはあるだろうけど、今は続きを話してくれるかい?」
「了解デスゥ、御主人様。ワタシはそのクソニンゲンと一緒に御主人様の家に行ったんデス。そしたらあの忌々しいイヌが吠えたんで
 クソニンゲンがお腹を蹴って黙らせたデス。あのクソイヌにはついでにワタシのウンチをたっぷり食わせてやったデスゥ♪」

私は震える自分の手をグッと押さえ込み、話を続けさせる

「それからクソニンゲンが持ってきた新聞紙に油を染み込ませて火を点けて…、御主人様の家に放り込んだ…デス…。」

私を前にして少し言葉が淀むがリンガルにははっきりと表示される
何も言わない私の顔を窺いながらドリームは言い訳がましく話を続けた

「ヮ、ワタシは火なんて点けてないデス!全部アイツがやったデスッ!!」

指の無い手を男に向け、必死の形相で自己弁護するドリームに私は優しく笑いかける

「わかったよドリーム。ありがとう。じゃあまた隣で待っていてもらえるかい?」
「デススゥ〜ン。御主人様の言いつけなら、いつまででも待ってるデスゥ♪」

私はドリームを隣の拘束室に連れて行き、項垂れた様子の男の前に戻ってきた
男は私の顔も見ずにぼそぼそと話しかけてくる

「…もう一人は?」
「え?ああ、証人ですか?あなたの奥さんですよ。」

私の言葉にハッとなり顔を上げる男
一気に血が上り、紅潮した顔で私に怒声を上げる

「テメ…!ウチのヤツになんもしてねぇだろうなぁッ!!?」
「まぁ、実装石ごときの証言だけでは心許無いので、ついでに攫って来ちゃいました。ちょっと脅したら簡単に喋ってくれましたよ。」

私は笑顔を絶やさず話を続ける
もう作り笑いではない
素直な感情が顔に表れているだけだ

「今は会わせることは出来ませんがねぇ。今のところは無事ですよ。今のところは…。」
「くそっ!この野郎…。だいたいここはどこだよ!」
「装科学会の研究所…とだけ言っておきましょうか。」

装科学会、その名を聞いて今まで紅潮していた男の顔が見る見る青ざめていく
糾弾されないからといって敵がいないわけでもないこの組織には、いわゆる汚れ仕事を専門に行う工作チームが存在する
今回この男とその妻を薬で眠らせている間にこの研究施設にまで運び込めたのも、そのチームのおかげである
この男は暴力団関係者らしいから、装科学会のそういった闇の噂も耳にしたことはあるだろう

「……すんませんでした…。あの…家も弁償しますから…。」

急に手の平を返した態度を取り始める男
今更謝って許してもらえるとでも思っているのか
自分がどれだけのことをしたのか理解できてないのか
今まで自分より頭が良い者も金を持っている者もそうでない者も、暴力と後ろに控える組織を楯に蹂躙してきたんだろう?
そのツケが廻ってきたんだ
自分ではどうにも出来ないとわかったら、弱者を気取るのか
私は自分の顔が引き攣るのを感じながら握り拳を作ったが、男の涙の溜まった目を見て少し意地の悪いことを思いついた

「そうですねぇ…。ではこうしましょう。私の出す問題に正解したら、奥さん共々解放してあげます。」

私の言葉を聞いて、まるでもう助かったかのように男は目を輝かせる

「ほ…ほんとですか?」
「えぇ。この件を一切、口外しないならば。」
「しません、しませんよ!誓います!」

何に誓うというのか
聞いてみたかったが、神様に、などと言われたら問題を出す気が失せるので止めておいた

「ならいいでしょう。ではどんな問題にしますかねぇ…。」

問題は既に決めてあるのだが、私はわざと焦らしてやる
固唾を呑んで男は次の言葉を待っている

「そうですね…。あなた、実装ウィルスって知ってますか?」
「し、しし知ってます。知ってますよ!」

男は何度も首を縦に振り、急いで答える

「では何年か前にこの国で実装ウィルスが猛威を振るったのはご存知ですね?」
「は、はい!知ってます!」
「よろしい。それでは問題です。ではその時の実装ウィルスによる死者は何名でしょう?」
「え、…えぇと。」

必死で自分の記憶を掘り出しているのだろう
男の目はどこを見るでもなく、あちらへこちらへと泳いでいる

「大体の数でもいいですよ。」
「あ〜〜、……そうだ。確か10万人…。10万くらいです!!」
「なるほど10万人。それでいいですね?」

男は一瞬、躊躇するが確信があるようでもう一度はっきりと答えた

「間違いないです!TVでそう言ってましたよ、その時!」

私は男に背を向け、笑いを堪えた
まぁ、この問題に引っ掛からないのは頭の回転のいいヤツか実装に関わる仕事についてる人間くらいで
こういう単純な人間はあっさりと騙される
チラリと男の顔を見ると、完全に助かったと思い込んだ顔をしている
それを見て私は我慢できずに、笑い声を漏らした

「く…くく…。くっ…ははははは!」

男は私の様子を見て初めはきょとんとしていたが、しだいに不安そうな顔を浮かべ始める

「な、なにが…おかしいんですか…。」

震える声で尋ねる男
私は一頻り笑った後、ふぅっと一息ついてから問題の答えを教えてやった

「はい残念でした。答えは…0。死者なんかいませんよ。」

答えを聞き再びきょとんとする男

「う、嘘です。確かにTVでそう……。」
「えぇ、確かに感染者は10万人ほどいました。まぁ、この数も大雑把過ぎて確かな数など誰もわかりませんが。
 …実装ウィルスで死ぬはず無いんですよ?感染しても実装石に変わるだけですから。
 その後はどうであれウィルスは直接の死因ではない。」

予想だにしなかったであろう答えに男はがっくりと頭を垂れる
その拍子に男の頭から黒い何かがぼそり、と床に落ちた
何が起きたのか分からない男は落ちた「それ」をじっと見つめた
やがてその正体に気付くと

「ぅ…?…あ…ぁ…。」

とうろたえだす
どうやら本格的に始まったようだ
男は自身の変化に気付いてなかったようだが、私から見ればそれは徐々に起こっていたのだ

「な…、コレは……なんデス?」

ガクガクと体を震わせる男に私は白衣のポケットから手鏡を出し、自分の顔がよく見えるよう鼻先に突きつけてやる
そして満面の笑みを湛え、ゆっくりともう一度問い掛けた

「実装ウィルスって知ってますか?」



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