チー 第4.5話 暦 青年は子供の時から正義感が強かった。 そんな彼にとって実家の病院で働く父や兄たちは拝金主義者でしかなかった。 自分は医者になったら無医村で働こう。そう考え、医大へ進んだ。 同じく病院の娘と知り合い、共に暮らし夢を語り合った。 「現実をもっと見なさい」 そう言って彼女は彼の元から去り、実家へと帰った。 「無医村行きも良いが、何の経験も無いお前が行ってどうなる? 悪い事は言わん、経験を積んでからにしなさい」 敬愛する祖父に説得され、渋々実家で新米医師として働き始める。 元々素質が有るため、メキメキと腕を上げてゆくが父や兄たちとは折り合いが悪かった。 勧められた財界の大物の娘との縁談を断り、彼に初めて皆の前で殴り喝を入れてくれた年上の看護師と結婚。 家は追い出されたが、新たに市立病院に職を見つけ夫婦仲睦まじく暮らしていた。 しかし、その生活も長くは無かった。 優秀で有るが故に自分で気づいてしまった。 不治の病に冒され、余命幾ばくも無い事を。 彼は妻に病気を打ち明け、妻は新たな命を宿した事を夫に伝えた。 病魔に冒され体が動かなくなるまで彼は患者を診続け、亡くなる直前まで患者への処置を指示し続けた。 木枯らしが吹き始めた日、生まれてくる我が子にと 「時を刻んでいきなさい。そんな意味で暦と付けて欲しい」 そう妻に言い残し、30歳手前でこの世を去った。 物心付いた頃にはもう自分の父親はこの世にいない事を漠然と知っていた。 保育園はそうでも無かったが、幼稚園、小学校と進むにつれその事で虐められるようになった。 だが、大抵は無視した。 言い返したりすればその反応で楽しませるだけだと早くに理解していた。 母親は娘との生活のために元の職場に復帰、忙しい日を送っている。 子供心にも余計な心配や手間を掛けさせたくはなかった。 小学校高学年になる頃には料理や掃除、洗濯を立派にこなせるようになっていた。 家には時折、父の遺影に手を合わせ、自分が今こうしていられるのもお父さんに救われたからだ。そんな人たちが訪ねてきた。 だからだろうか? 暦が父のような医者になりたいと考えるようになったのは。 既に3年生の時には将来の夢はお医者さんと作文に書いていた。 父の遺品とも言える医学書を読み、最初は人体図を見て嘔吐してしまったがそれも慣れた。 5年生になった頃、母のパソコンで医学関係のサイトを検索していた時の事だった。 いきなりその光景が目に飛び込んできた。 そこには、生きたまま体を縦に切り開かれ内臓らしき物を露出している実装石がいた。 込み上げてくる嘔吐感と怒り。何故実装にこんな事を? 画像の下にはこうあった。 「公園で、餌をあげなかった私に投糞した子です。お仕置きにこの後庭に放置して上げました。 カラスや猫たちが来て、綺麗に食べていってくれました。 あの、生きたまま食べられる事への恐怖と苦しみ、痛みから上げる悲鳴。 今度、音声データをUPしますね」 これに対し、賞賛の書き込み。 暦は信じられない思いだった。 勿論実装石は知っている。 公園や道ばた、ゴミ捨て場などで見掛ける不快生物。 しかし、中には飼われていて身綺麗で大人しいモノもいる。 暦にとって良く判らない生き物だった。 そのサイトはいわゆる虐待派による極めて真面目に(?)虐待している者たちの溜まり場だった。 暦は疑問をぶつけてみた。 「何故、虐待するのですか? 」 住人はいきなり入ってきた、自称小5の女の子に戸惑いながらも、自分たちはただ虐待しているのではなくポリシーを以て対応しているのだと教えた。 虐待紳士と呼ばれていた住人の一人が、 「あなたはまだ若いから理解できないかも知れません。 確かに虐待というのは褒められた行為では有りません。苦痛を与え、命を奪ったりするのですから。 しかし、我々はただ実装という生き物に対してある種の愛情をもって接しています。 同じ実装でも、生かしておいては社会の害になると判断したモノのみに、例えるなら教育的指導を行っているのです。 彼女たちはその罪深さ故に死を以て償いする。我々はその手助けをしているに過ぎません。 それに我々が手を下すのは一般に糞蟲と呼ばれるタイプです。 同じ野良でも、公園の奥にひっそりと生活しているような賢く愛情を持ったモノには手を出しません。 私たちは、私たちなりの美学と言える考えに基づいて行動しています」 と、いった事を暦に教えてくれた。 良く判らなかったものの、以来暦はそのサイトに頻繁に行くようになった。 そして、虐待派にも様々なタイプの人間がいることも知った。 ある日、虐待紳士からとあるサイトを勧められた。 行ってみると、其処は実装に間する研究を纏めたサイトだった。 暦にとって初めて見る種などもあった。 優雅な実装紅、不思議な実装燈、愛らしい実装雛、小5の暦を引きつけるには十分過ぎた。 そして、実装石の性質や行動、そういった事が細かく記されていた。 薔薇実装や雪華実装は文献のみだったが、それらを夢中で読みあさった そして、ここで初めて「躾」という物に触れることになった。 「躾と虐待は表裏一体である」 この事を立証する事例が多数あった。 それらを貪欲に吸収、知識として貯えやがて公園の野良を使い実践していく。 6年生の頃にはほぼ書かれていることを理解し、実践していた。 そして、虐待紳士から勧められ近くの公園で観察を始めた。 と、言っても普通の野良ではなく公園の奥にひっそりと生活している個体だ。 観察を始めて色々気づかされた。 同じ実装でも公園入り口付近にいる連中とはずいぶん違う。 第一暦を見掛けて、歯を剥き出しにして威嚇してきたのだ。 そんな訳で暦は隠れ、その個体に見つからないよう観察する事にした。 その個体は妊娠していた。非常に用心深く、隠してある家に入る時も周囲を見回し、風下に立って暫くじっと耳を澄ませ安全を確認してから入るのだった。 留守中に家を覗いてみたら、綺麗に整頓してある。 木箱の床には新聞紙とその上にタオルが敷いてあり、奥に日持ちすると思われる餌がビニール袋に入れて重ねてある。 他には欠けたスボンジボール、毛布替わりと思われるタオルが数枚。水の入った小さなペットボトル。 それらが丁寧に手入れされ、置いてあった。 正直、暦の部屋より綺麗なくらい。 観察を始めたのが梅雨前、梅雨に入ってその成体は仔を産んだ。 雨で外に出られなくなる前に餌を貯め込み、危険な噴水やトイレに行かなくても周囲に水が溢れている環境下で出産したのだ。 雨の降る家の外ではあったが、裸になって地面を少し掘って雨水を溜め中に木の葉や草を敷き詰めクッション代わりにして産み落とす。 産みながらも、順番に手際よく仔を拾い上げ残った粘膜を舐め取っていく。 舐め取った仔に何か話しかけ、仔が何か返事をするとそのまま家にいれ、次の仔を拾い上げる。 全部で15匹。産む時期といい、場所、仔の数や手際の良さから初産ではないらしい。 産み終わり、全ての仔の粘膜を舐め取ると家の中から6匹連れだし、その場で首を捻って殺してしまった。 死んだ仔を一旦ビニール袋に入れ、口を堅く結び家の横に隠す。 家に入ると授乳になったらしく、仔実装たちのテチテチ鳴く声が微かに聞こえてきた。 後で知ったが、声を掛けて何がしかの返事を返した仔を育てその他は間引いたらしい。 殺された6匹は母親のメガネに合わなかったようだ。その後も間引きは行われ梅雨が明ける頃、残りは5匹になっていた。 死んだ仔は遠く離れた場所に深く掘った穴に埋められた。 同様に糞も離れた場所に皆で行き、必ず何匹かが見張りに立つ。 仔たちは母親の言いつけを良く守り、家の中や近くでしか遊ばない。 厳しく選抜しただけあって仔も皆賢く、姉妹間の絆も強かった。 暦は観察した事をサイトにUPしていった。 常連たちからは、暦の観察力と親仔に感歎の声が寄せられた。 しかし中で1人、不穏当な書き込みをする者がいた。 執拗に公園の場所を聞き出そうとしているのだ。 普段から親仔ごと捕まえようとか、親の目の前で仔を禿裸にして痛めつけようといった書き込みをする人物だった。 虐待紳士や住人から注意されても一向に聞く耳を持たない。 住人たちからアク禁にすべきだという声が大きくなっていった。 そして、危惧された事態が起こってしまった。 梅雨明け宣言が出された日、いつものように公園に行くと様子がおかしい。 何かが燃える匂い。 嫌な予感がしてあの親仔の家に急ぐ。 予感は的中した。 家は既に焼け落ちており、中にも周辺にも親仔の姿は無く草を踏み荒らした跡が残されていた。 その日から、サイトにあの親仔が虐待され、仔が1匹づつ殺されていくシーンがUPされていった。 管理人らが動き、発信者の特定がなされ通報を受けた警察官が踏み込んだが既に仔は全て殺されており禿裸にされた母親も、 保護しようとした警官に噛みついた為に薬殺処分となった。 暦は激しく後悔した。 自分が観察記録を上げなければこんな事にはならなかったのに。 以来、サイトへも行かなくなった。 あのサイトはいつの間にか無くなっていた。 木枯らしが吹き始めた頃、一人の女性が訪ねてきた。 葉山と名乗るその女性は、父の生前の知り合いだったと語った。 遺影に手を合わせると、暦の母ですら知らない父の思い出を語ってくれた。 そんな葉山に、将来自分も父のような医師になりたい。 そう話すと葉山はやや考え込み、なら生き物を扱う事は一緒だからウチのペットショップでバイトしてみない? と誘ってきた。 中学入学と共に葉山の店でバイトを始めた。 最初から実装を担当する事になり、教官にブリーダーの免許を持った男が当てられた。 男は中学になったばかりの暦を当然、信頼していなかった。 いきなり5匹の卸し立ての仔実装を躾して見ろと押し付けた。 結果、2匹を処分し残り3匹を見事に教育した。 5匹とも糞蟲な性格だったにも関わらずだ。 男の最終試験にも仔実装たちは見事、高得点で合格した。 これはすごい娘かも知れない。 そう思う男だったが、当の本人は淡々と実装たちの世話に明け暮れていた。飴と鞭を見事に使い分けて。 夏を迎える頃には既に店員たちよりも、暦を信頼するにまでなっていた。 そんな男からの最終試験が暦に出された。 手に負えなくなった実装紅が持ち込まれたのだ。 飼い主は登録を取り消し、好きにして良いと言って置いていった。 ならば潰してしまっても良い。そうオーナーの許可を取り付け暦に手渡したのだった。 暦と実総紅。これは見物だと、誰もが思った。 しかし、男やオーナーたちの予想を裏切り、僅か2日で再教育は終わった。 実装紅は体中包帯だらけ。暦も両手に包帯、絆創膏が右頬に貼ってあった。 店に来た時とは別物のように変わった実装紅が、店にいる間はもちろん家に帰ろうとする暦から離れようとしないくらい懐いていた。 そうして暦は店に無くてはならない存在となっていった。 高校に入学してからもバイトは続いた。 「ねえねえ、暦ちゃん。また来てるよ、例の彼」 若い店員が飼育室にいた暦の袖を引っ張る。 ショーウィンドーの向こうに若いサラリーマン。 実装のコーナーを覗きつつ、中を伺っている。 まぁ、確かにちょっと格好良いし優しそうかな。悪くはない。そう思う暦だったが、今は仕事に集中。 何せ生まれてすぐ此処に卸されてきた仔実装が60匹。 餌やりと躾、それらを効率良く行いながら出来を見極め選別しなくてはならない。 他にブリーダーの免許をもった店員が3人ついてくれているが、はっきり言って暦の方が腕は上だ。 それを相手も判っていて、暦の技術を吸収しようと頑張っているのだが・・・。 素早く白いチョークで不合格の仔の頭巾にマークを付け、この仔たちを取り除くよう指示して店内へ戻ると、 今日は彼は店内に入って何かメモを見ながら仔実装を見ている。 少し驚かしてやろう。 背後からこっそり近づき、声を掛けた。 「実装石をお求めですか?」 第5話 終わり あとがき 今回、チー本編から離れ暦の事だけです。 チーを読んでくれた友人から聞かれたのは「暦のモデルは誰か?」。 最初にチーの構想を立てた時点では、外見は○霊の黄泉、性格はけい○んの澪でした。秋山はその名残です。 しかし、今はどちらかと言うと化○語のひたぎかと。 ここまで読んで頂き、ありがとうございました。 by日々