タイトル:【な無】 さいごの奇跡
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1354 レス数:2
初投稿日時:2007/07/06-22:37:14修正日時:2007/07/06-22:37:14
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 さいごの奇跡


 老実装石ミドリは、齢六歳に達しようとしている野良だった。
 かつては飼い実装だったが、とある些細な理由で捨てられてしまった経験を持っている。
 それは、自分が初めて産んだ子供のせいだった。

 飼い主の許可を得て、天にも昇るような幸福の中で出産した子供の中に、所謂「糞蟲」的性格の個体が混じっていた。
 そのせいで、ミドリ一家は飼い主に多大な迷惑をかけてしまった。
 飼い主から、何度も「その仔は間引け」という命令を受けていたにも関わらず、それを拒み続けた結果に発生した惨劇だった。
 その責任を取らされ、ミドリは家族ごと捨てられたのだ。

 十数万単位の価格で取引されていた高級ペットから野良へと貶められたミドリは、それから数え切れないほどの苦労を経験し続けた。
 気が付くと、最初に産んだ子供達は、糞蟲な仔も含めて全滅していた。
 かろうじて生き長らえ、それなりに「野良としての生活の知恵」を身に付けていったミドリは、いつしかある夢を抱くようになった。

 それは、自分が産んだ子供を、飼い実装クラスの良実装石に育て上げるというもの。
 しかも、高級飼い実装として受けた訓練のノウハウをすべて注ぎ込み、何処に出しても恥ずかしくないような域にまで高めると
いうハイレベルな理想。
 手塩にかけて育てた子供と、それを拾ってくれた人間に、共に幸せな生活を営んで欲しい。
 それが、もはや二度と人間と生活出来なくなった事を自覚した、ミドリのささやかな願いだった。


 他の野良実装の生活圏から距離を置き、一年の苦労の末に安全なエリアと家を確保できたミドリは、約半年に一度のペース
で生まれる子供達を厳しく吟味し、過酷な試練を与え始めた。

 蛆実装は物覚えが悪く、人間に一方的な手間を掛けさせてしまうだけなので、生まれても無条件で見殺しにする。
 親指実装は、生まれてすぐに親への挨拶が出来なければ、その性格の良し悪しに関係なく潰す。
 仔実装は、親に反抗的な態度を取ったり、一度でもワガママを言ったりしたら即座に激しい折檻を加え、それを他の子供達に
見せつける。
 その折檻は、ほとんどの仔が死亡してしまうほど過激なもので、一片の慈悲すら込められない。
 一度折檻の対象になった者は、最期の瞬間まで「見せしめ」として利用され、絶対に許される事はない。

 これらの過程を最初の一週間で行い、その後さらに一週間、残った子供達の様子を観察しながら、様々な教育と躾を施して
いく。

 躾のやり方は、ミドリがかつてブリーダーに行われた内容そのままだ。
 能力のない者、判断が鈍い者、忘れっぽい者、言い訳をしようとする者。
 これらは、問題点が判明次第即座に屠られていく。
 仔実装達に、弁明の権利は一切与えられない。

 ここまで生き残った仔実装達は、毒草を食わされて腹の中を徹底的に下した後、極限の飢餓状態の中、既に屠られた姉妹
の死体と共にダンボールハウス内に二日間ほど閉じ込められる。
 それまでも必要最低限の食料しか与えられていない子供達にとって、これはまさしく地獄の所業だ。
 勿論、その間に屍をついばんだり、ダンボールの切れ端や自分の糞、身体を食べたりした痕跡が見られたら失格。
 このプロセスで、糞食や同族食いが如何にタブーであるかを身体に覚えこませる。
 すべては、ミドリの厳格な判断にゆだねられた煉獄生活。
 時には、この時点で産んだ子供が全滅してしまう事もあった。
 しかし、ミドリはそれでも厳しさを改める事はなかった。
 何故なら、かつて自分も、これと同じ経験を潜り抜けてきたからだ。


 そんな熾烈極まる生活環境を潜り抜けられた子供達は、ようやくミドリから母親らしい愛情を受ける事が出来る。
 甘えたいのに、優しくして欲しいのに、その気持ちを二週間以上も拒まれ続けた仔実装は、ここでようやく母親の愛情の深さを
理解し、大粒の涙を流す。
 もっとも、涙を流すどころかミドリに対して憎悪の感情をむき出しにしたら、その時点でやはり撲殺されてしまうのだが。


 それからミドリは、飴と鞭を使い分けながら、主に「飼い実装としての心得と態度のあり方」を中心に様々な知恵を授けていく。
 勿論、ここで挫折してしまえば死が待っている事も理解出来ているので、子供達も必死で努力する。
 生まれて一ヶ月も過ぎる頃、仔実装達はとても野良とは思えないようなしっかりした性格と態度、容姿を身につけ、首輪や
アクセサリーさえ身に着けていれば、高級とまではいかなくても飼い実装だと誤解されかねないほどにまでなった。
 ここに至って、子供達はようやくミドリから「お墨付き」をもらえるのだ。

 その後は、生活圏の近くを通る人間達に呼びかけたり、拾ってきたダンボールに子供を入れて目立つところに置いたりして、
心優しい人に拾われるのを待つ。
 この時、泣きながら逃げ帰ってきたり、勝手にどこかへ逃亡しようとしたら、その子供は再び処分対象に格下げとなり、捻り
潰される。
 寂しさに負けてしまうような弱い仔は、ミドリにとって不要な存在なのだ。

 無論逃亡しなかったとしても、最期まで人間に気付いてもらえずにダンボールの中で餓死したり、拾われた直後に叩き潰され
たりする哀れな仔も多い。
 また、野良犬や猫、鴉などに襲われて命を落す仔も多かったが、ミドリは一度送り出した子供達を助けるような真似は、一切
しない。
 それらの危機を乗り越えるために、咄嗟の知恵も働かせられない「役立たず」も、ミドリにとってはただの糞蟲でしかないのだ。


 しかし、そんな中にも何匹かは確実に人間に保護され、遠くへ旅立っていく。
 それを確かめる事が、ミドリにとって何物にも代え難い至福の瞬間だった。


 今まで無事に人間に引き取られていった数は、9匹。
 それは、これまで産んだ全体数の約1/7前後に過ぎない。
 でも、ミドリは十分な成果だと思っていた。
 多くの犠牲があったが、それでも、自分が全力で育て上げた子供達は、必ず人間の許で平和に生活している筈だと。
 そんな確信があった。


 ミドリは、決して残酷な性格ではない。
 それどころか、最後の出産の時まで「出来ればこの子供達を、全部無事に育て切ってやりたい」と強く願うほど、心優しい
個体だった。
 蛆実装にも、たとえ始末に負えない糞蟲の仔にも、心の中で慟哭しながら死を与えた。
 過酷な訓練で子供が死んでいく時も、それを冷ややかな眼差しで見つめながらも、心の中で号泣していた。
 それでも、他の生き残った子供達の前では、決して涙を見せる事はなかった。
 だからこそ、二週間の訓練をクリアした子供達を抱き締めた時、心の底から泣き、愛した。
 そして子供達も、その悲痛なまでの想いを理解し、それまで鬼の化身のように見ていた母親への考え方を改めた。
 そこには、間違いなく親子の大きな愛情が存在するのだ。

 
 ミドリは、子供達を送り出す前日、必ずある事を行っていた。
 それは、その日一日は決して怒らず、叱らず、折檻もせず、平穏で暖かな日常生活を営むというものだった。
 それは、子供達への最後の教育でもあった。

 ミドリが最後に子供達に教えるのは、「優しさを持つ事の大切さ」だ。

 最後の一日で経験した幸せを、暖かさを、そして平和な気持ちを、決して忘れないで欲しい。
 そうでなければ、ミドリの理想とする飼い実装とは言えないのだ。
 ここまで生き延びた子供達は、その真意を汲み取れるほどの賢さと理解力を持っている。
 そんな「信頼」があるからこそ行える、ミドリからの最後の試練だった。


 実装石は、元々人間との共存が難しい生き物
 だからこそ、自分達が人間の都合を理解し、迷惑をかけないようにしなければならない
 たとえ、自分が実装石である事を捨て去っても

 だけど、そのために無感情になってはいけない
 いずれ生まれる新しい子供達に
 どうしてそうしなければならないのか、
 どうして厳しく教える必要があるのか、
 それを理解させるため

 そのためには、心の中から優しい心を捨て去ってはならない
 実装石が忘れてしまいがちな、最も大事な優しさを、常に持ち続けなければならない


 ミドリは、そんな教訓を何度も子供達に唱え続けた。
 一言の間違いもなく、それぞれが暗唱できるようになるまで。


 老齢のミドリは、最後の出産になるだろう子供達の教育を終えて、先日送り出した。
 この姉妹には、奇跡が舞い降りた。
 たった五匹しか生まれなかったが、なんと一匹の脱落もなく、すべてが完璧な仔実装へと成長したのだ。
 数多くの子供達を査定し続けてきたミドリが、一切マイナス点を見出せなかったほどパーフェクトな姉妹。
 もし、彼女達がしかるべき環境で生まれていたなら、間違いなく最高クラスの飼い実装として評価されただろう。
 そんな確信があった。

 その姉妹は、幸いにもとある愛護主義の老夫婦に見止められる幸運に見舞われた。
 一匹も欠ける事なく引き取られ、それぞれが心優しい実装石愛好家達の許へ送られていった。
 木陰から、子供達が旅立っていく様子を見つめていたミドリは、心の底から感激の涙を流した。
 もう、これで悔いはない。
 ミドリは、全てをやり尽くしたという至高の達成感を味わっていた。
 後は、自らの命が尽きて土に還るその時まで、子供達の幸福を祈り続けるつもりだった。



 ミドリは、その後子供を産む事はなく、また他の子供を引き取って育てるような事もせず、独り静かに余生を過ごしていた。
 もう、子供達に過酷な試練を与えたくないと考えたのだ。
 余命いくばくもない事を実感していたミドリは、せめて最後くらいは普通の実装石として生きていこうと願った。

 そんなある日、木切れの杖を突きながら出かけた散歩道の傍らで、ミドリは、行き倒れを見つけた。
 それは、生きているのが不思議なくらいに凄絶な虐待を受けた、一匹の成体実装だった。
 実装服は原型を留めないほどにボロボロにされ、四肢はほぼ完全に損壊、髪もズダズダに引き千切られ、顔面は大きく腫れ
上がってめちゃくちゃに変型している。
 どうやら全身の骨も折られている様子で、明らかに人間から虐待を受けた結果だ。
 もう手遅れである事を悟ったミドリは、せめて最期にその実装石の無念を聴いてやろうと、耳を近づけた。

 掠れるような細い声が、ミドリの耳に届いた。


 ——ママ……は…大嘘つき………デ……


 どことなく聞き覚えのあるその声は、ミドリへの恨み言を呟き、途切れた。

 その実装石は、ミドリが最後に送り出した最高の姉妹の一人だった。
 しかも、姉妹の中で一番賢く、最も将来が期待されていた長女だ。
 ミドリは、耳を疑った。
 最愛の娘の言葉の意味が、最後まで理解できなかった。

 何故、どうして、私が大嘘つきなのか?!
 私は、飼い実装になるために必要な最高の教育と訓練を授けた筈なのに、どうしてそんな恨み言を言われなければ
 ならないのか?!


 娘の最期の一言は、その数日後、ミドリが発狂死する寸前まで脳内で延々と繰り返され続けた。




 ミドリによって育てられ、旅立って行った総勢14匹の娘達。
 この中に、一年以上生き長らえる事が出来た個体は一匹たりとも居なかった。
 ミドリは、確かに最高の教育と訓練を授けていたし、それには一部の隙もなかった。
 実装石が実装石を鍛え上げるものとしては、まさしく非凡で完璧な内容だったのだ。
 
 だがミドリは、たった一つだけ見落としていた。
 この教育と訓練は、人間から実装石に行われて初めて意味を成すという、最も重大な点を。


 14匹の娘達は、そのほとんどが実装石愛好家に引き取られ、最高のパートナーとして幸せな環境を与えられていた。
 それは、紛れもない事実だった。
 しかし、彼女達が妊娠し、母親になった瞬間、飼い主との関係に歪みが生じた。

 ミドリの娘達は、一匹の例外もなく、自分の子供達に大して「ミドリ直伝の教育と訓練」を施し始めたのだ。
 それも、飼い主と同じ生活空間の中で。

 高級飼い実装が受ける訓練は、それを買い求める人間の目が絶対に届かないところで行われなければならない。
 そうでなければ、その余りにも残酷極まる内容は虐待としか見られず、大きな誤解を与えてしまうためだ。
 これは愛護派に限らず、動物に対してごく普通の興味・感情を抱いている者も含まれる。
 それがわかっているからこそ、ブリーダーはその育成過程を一般人には決して見せない事になっているのだ。

 しかし、ミドリから熾烈な訓練を受けた娘達は、そんな現実を知らされていない。
 蛆実装を水桶の中に沈め、親指実装の首を捻り切り、仔実装に瀕死の重傷を負わせてそれを他の姉妹に見せつける。
 そして、何日も何日も声を荒げ、子供達に死と隣り合わせの恐怖を与え続ける。
 中には母親を恐れ、飼い主に助けを求めて逃走する子供もいたが、それらは当然のように残虐な方法で抹殺された。
 せっかくこの世に生を受けた可愛らしい子供達は、実装石を心の底から愛している飼い主の目の前で、次々に殺され、
時には
自壊していく。

 つい先日まで、家族同然に扱われていた賢い実装石は、一切躊躇う事なく子供達を惨殺する。
 その凄惨な光景は、愛護目的で実装石を引き取った人間には到底耐えられるものではなかった。

 この凶行を、育児ノイローゼから来るものだと解釈する飼い主も居たが、獣医によって正常であると判断された場合、また
飼い主がそこまで気を回す事が出来なかった場合、ミドリの娘達は即座に保健所へ送り込まれていった。
 当然、行き着く先はガス室か焼却炉。
 最高の教育を受けて生き残った子供達は、手にした奇跡を次世代に継承する事すら出来ぬまま、ミドリへの恨み言を呟き
ながらこの世を去っていたのだ。
 ミドリの知らない場所で……

 ミドリが看取った最後の一匹は、たまたま近所に住んでいた飼い主の逆鱗に触れ、怒り任せに遺棄された個体だった。



 死に際に、もう二度と逢えない筈の「最も憎むべき存在」と再会出来た娘。

 この奇跡が、彼女にとって幸運だったのか、或いは不運だったのかは、誰も知る由はない。
 
 

 

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1 Re: Name:匿名石 2016/11/02-02:26:37 No:00002675[申告]
過酷なりにいい話かと思ったら最後で転落か…
実装は家族を知ってても、社会を、人間社会を理解していないから悲劇的末路を迎えるということなのか…
2 Re: Name:匿名石 2019/04/05-19:39:09 No:00005850[申告]
どこまでいっても人間のマネごとだからね
スッキリしたぜ
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