タイトル:【塩】 【山盛りのコンペイトウ】(一期一会より転載)
ファイル:塩保管スク[jsc0095.txt]
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:224 レス数:1
初投稿日時:2006/09/16-12:16:45修正日時:2006/09/16-12:16:45
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このスクは[実装石虐待補完庫(塩保)]に保管されていたものです。
2021/10:塩保消滅によりスクが見れなくなりましたので当保管庫の保存したキャッシュを表示します
※mayスレの書き込み(冒頭部分、少し改変)にインスパイアされたスクです。  あと、投げやり氏の「ポストの仔実装」。  書き込まれた方の意図とは違うスクになったかもしれませんが、  その点はご容赦ください。 【山盛りのコンペイトウ】 夜風の流れる公園の芝生に、一匹の仔実装が横たわっていた。 見ると、同族から受けたであろう噛み傷や刺し傷でぼろぼろになり、 息も絶え絶えだった。 「テチィ……。一度でいいから、コンペイトウ山盛り食べたかったテチ……」 草に埋もれ天を仰ぐ仔実装の視界一杯に、初秋の夜空を照らす星々が明滅する。 「あっ、コンペイトウテチ……。もっと、もっ……とテチ」 仔実装は大きく見開いた目を、ゆっくりと閉じた。                  ※ 「いつもこんなものしか食べさせてやれなくて、ごめんデス」 「食べられるだけ幸せテチ。いただきますテチ」 「この足が、自由に動けばデスゥ……」 言って、親実装は関節から先のない右脚をさすった。 仔実装の頃、飼い主にハサミで切られ、傷口を焼き潰されたのだ。 木の枝を杖にして歩くことはできる、が、それでは満足に餌を集められない。 せっかく食べ物を見つけても、杖を置き、体を屈めているうちに、 他の実装石に横取りされるのが落ちだった。 それ故、家族──と言っても、親一匹仔一匹だが──の食卓には、 「貧しい」と形容するのさえ憚られるような品々が並ぶのが常だった。 梅干の種、腐りかけの沢庵、砂まみれのご飯。 糞食に陥らないのは、虐待を受けていたとは言え、 元飼い実装のプライドのなせる業だった。 わずかに残る梅肉の繊維と格闘している仔実装を見て、 親実装は「自分には過ぎた子デス」と、心の中で呟いた。 満足に母乳も与えられず、子供たちは次々と飢えて死んでしまったデス。 死ななかった子供も、ワタシに愛想を尽かして出て行ったデス。 この子だけには幸せになってほしいデス。 「……ママ」 「デスッ!?」 仔実装の声が、耳に入っていなかった。 「ママ、山盛りのコンペイトウのお話してほしいテチ」 「あらあらまたデス?」 それは、仔実装のお気に入りの話だった。 親実装が飼い主から虐待を受ける前、蝶よ花よと育てられた。 餌は柔らかい実装フード、おやつは山盛りのコンペイトウ。 「光が当たるときらきら光る、きれいなお皿に盛られていたデス。 小さな、いろんな色のコンペイトウが山盛りになっていて、 好きなだけ食べることができたデス」 「どうしたらコンペイトウを貰えるテチ?」 「いい子にしていたら、優しい飼い主さんがくれるデス」 「コンペイトウはどんな味がするテチ?」 「舌がとろけるような甘さデス」 「芋虫よりも甘いテチ?」 仔実装の味蕾は、まだ甘味を経験したことがなかった。 「もちろん甘いデス。コンペイトウを食べると、幸せな気持ちになれるデス」 「今より幸せな気持ちテチ?」 「デス?」 「ワタチは今も幸せテチ。 ママが一生懸命用意してくれたご飯を、ママと一緒に食べる。幸せテチ」 親実装は仔実装を強く抱きしめた。                  ※ 「ママのぶんも頑張るテチ」 仔実装は親実装の代わりに餌集めに奔走していた。 杖をついて歩いている実装石が珍しかったのか、 親実装は悪い人間に目をつけられてしまったのだ。 「こっちの足も半分にしたら、ちょうどええんちゃう?」 「それが実装愛護ってもんでしょ」 二人組の男に捕まり、左脚を切断された。 ご丁寧に、傷口をライターで焙って。 両腕の力だけで、這這の体で家まで戻ってきた親実装は、 「ごめんデスゥ、今日はご飯を用意できなかったデス」 と一言だけ言って、気を失った。 しかし、仔実装が簡単に餌を集められるほど、世の中は甘くない。 そもそもが、仔実装の体力と体格で集められる餌が少なく、 仮に手にすることができたとしても、他の実装石に奪われてしまう。 公園に遊びに来ていた人間に、お菓子を貰ったこともあるが、 あっさりと他の親実装に取られてしまった。 「今日はこれだけで勘弁してやるデス。食われないだけありがたいと思うデス」 他人のものを奪うのは良くない行為──と、親実装に教わった仔実装にとって、 強奪は二重に衝撃的だった。 ひとつは、親実装の教えがあっさり否定されたということ。 もうひとつは、力さえあれば簡単に食糧が手に入るということ。 以来、仔実装は自分より体の小さい仔実装、あるいは親指実装を襲い、 食糧を奪った。 仔実装がどこからか拾ったアイスクリームのコーン、親指実装が集めた木の実。 親実装の姿が見えたらすかさず身を隠し、隙を見て襲撃を繰り返した。 「同族喰い」の味を知っていれば、 その行為はより過激なものになっていただろう。 ともあれ、仔実装が方針を転換してから、親子の食糧事情は好転した。 「ママ、どうしたテチ? 食べないテチ?」 「ママはもうお腹いっぱいデス」 「美味しくないテチ? このお弁当の残り、なかなかいけるテチ」 とは言うものの、仔実装自身、噛み締めるほどに味がわからなくなる。 美味しいのか、美味しくないのか。 後ろめたさを引きずる食事は、少なくとも以前のように幸せではなかった。 「ママ、山盛りコンペイトウのお話をしてほしいテチ」 その話をすれば自分も、そして母親も楽しい気持ちになる。 仔実装は小さい頭でそう考えた。 が、親実装の口は重かった。 ようやくにして開いた口が紡いだ言葉は、 期待に胸躍らせた仔実装を容赦なく打ち据えた。 「悪いことをする子は、コンペイトウをもらえないデス」 「テッ」 親実装は、仔実装の行いに薄々感づいていた。 仔実装がまともな方法で餌を集められる筈がない、と。 「ママはニンゲンさんの気持ちをわからない、悪い子だったデス。 だから右脚を失い、この公園に捨てられたデス。 悪い子はニンゲンさんに飼ってもらえないデス」 仔実装は恥ずかしさで頬を紅潮させ、その羞恥を理性で制御できるほど、 賢くも大人でもなかった。 弾かれたように立ち上がると、捨て台詞を残して家を飛び出した。 「だったら、自分でコンペイトウを取ってくるテチ」                  ※ それは起こるべくして起こった。 生意気な仔実装がいる、という噂はたちまち公園に広がり、 誰しもが警戒していた。 夕方、茂みの中から獲物に襲いかかったところ、それは罠だった。 すぐ背後から野良実装が姿を現し、むんずと髪の毛を掴んだ。 「痛いテチ、離すテチ」 仔実装が泣こうがわめこうが、野良実装は動じない。 体重に負け、髪の毛がぶちぶち音を立てて何本がちぎれる。 「そんな奴、殺すテチ」 「食っちゃえテチ」 かつて仔実装に襲われ、つい先ほど、襲われかけた仔実装たちが囃す。 「生意気にきれいな服を着てるデス」 そう言うと、野良実装は仔実装の服と下着を乱暴に剥ぎ取り、 自分の子供たちに分け与えた。 そして中の肉は、自分が食べようと言うのである。 「待って、待ってほしいデス」 「ママ!」 両の脚の傷に新たな傷を重ねつつ、這いずりながらやって来たのは、 親実装だった。 服は体液が染み込む端から、砂で汚れていく。 涙と埃で、顔はどろどろになっていた。 「その子がしたことは、全部ワタシが命令したことなんデス。 ワタシを、ワタシを罰して欲しいデス」 「ママ!」 野良実装はニヤリと笑うと、仔実装を放り出す。 痩せた親実装は食欲を満たしてくれそうにないが、両脚を欠損している。 不具の実装石をいたぶるのは、心根の卑しい実装石にとって、 ぷりぷりの仔実装以上のご馳走になる。 しかも、泥棒の親を懲らしめるという、大義名分まであった。 「この、泥棒石!」 そう言って、野良実装は親実装の顔に唾を吐きかける。 片手でその唾を拭おうとしたところ、上半身を支える残る片手を蹴った。 親実装は地面で顔面を強打した。 その衝撃で瞼の裏で星がきらめき、親実装はコンペイトウのことを思い出す。 「何にやついているデス!」 後ろ髪を引っ張り、親実装を海老反りの姿勢にする。 下着を下ろし、むき出しの尻を顔につけて、「思い知るデス」。 緑色の柔らかい糞便が、むりむりと親実装の顔にひり出される。 親実装は抵抗もできぬまま、野良実装にされるがままだった。 後頭部を掴まれ、そのままの姿勢で頭を上下に動かされる。 「泥棒は便所紙の刑デッスーン」 前髪にすり込まれ、鼻の穴に臭い糞便が入ってくる。 呼吸を塞がれ、たまらず開けた口の中にも、緑の汚物は容赦をしない。 「ママ!」 仔実装には泣くことしかできない。 どころか、 「お前はワタチたちが相手をしてやるテチ」 と、二匹の仔実装から攻撃を受ける。 殴られ、蹴られ、噛みつかれた。 「こんな玩具、ワタシ一人で遊ぶのはもったいないデス。 仲間と一緒に遊ぶデス」 そう言って野良実装は、糞便に塗れ、意識を失った親実装の髪の毛を持ち、 仲間のもとへ引きずっていった。 後には、ひたすらに暴力を受け続ける仔実装が残された。 自分の行いが、この悲劇を招いたのだ。 罰せられるべきは、自分なのだ。 それなのに。 気がつけば公園の芝生に、仰向けに倒れていた。 自分の体なのに、自分の自由になる部位はどこにもなかった。 だから、仰向けに転がされたことを感謝した。 山盛りのコンペイトウを、目に焼きつけることができたのだから。                  ※ 夫婦関係が円満であれば、用事があるわけでないのに、 男が公園で時間を潰すことはなかった。 家へ帰ることが、どうしてそんなに苦痛なのか。 「それがわかれば、苦労せんわ」 男は呟いた。 結婚して三年、子供はまだいない。 つき合いでたまに飲みに行くことはあるけれど、深酒はしない、浮気はしない、 自分では理想的な夫だと思っていた。 「せやのに」 また呟く。 せやのに、どうしてこうも夫婦関係が冷え切ってしまったのか。 ほんま、家に帰るのがうっとうしくて、かなわんで。 「おや……」 芝生の上で何かがうごめいた。 瀕死の仔実装だった。 よくそんな状態で生きていられるなと、 不思議に思えるくらいの大怪我を負っている。 うわ言を繰り返す仔実装を見て、男は一計を案じた。 怪我をした小動物を連れて帰れば、ちょっとした刺激になるんちゃうか。 もちろん、夫婦でいたぶるいうわけとちゃう。 あいつが母性とやさしさを取り戻してくれるんちゃうやろか。 ゴミ箱に空になったコンビニエンス・ストアの袋を見つけると、 「うわ、汚な」と言いながら、仔実装をそっと袋に入れた。 「あんた、アホちゃう」 しかし男の妻は、血まみれの仔実装を見るなり罵詈雑言を浴びせた。 玄関口の攻防が始まる。 「こんなん連れて帰って、どないすん?」 「どないするっても、死にかけやん。ほっとけんやん」 「ほっといたらええがな。どうせすぐ死ぬやろ」 「いや、実装石はこの程度じゃ死なへんで。傷も再生する」 「ほな元気になったら飼うんか? 誰が面倒見るん?」 「いちいちうるさいな、俺が面倒見たるわ!」 言って、男はどかどかと部屋に上がりこんだ。 手頃な紙箱を見つけると、それを玄関に置き、ビニール袋ごと仔実装を入れた。 妻が用意した夕食をものも言わず食べ、そのまま寝てしまった。                  ※ 男が会社へ行った後、妻は玄関に置かれた紙箱を見下ろした。 ビニール袋の中で、裸の仔実装がもぞもぞ動いていた。 ようやく、意識を取り戻そうとしている。 白いビニール袋は、うっすら中から緑色が透けて見えた。 仔実装が体液を漏らして身悶えした跡である。 男の言葉通り、昨夜は思わず目を背けてしまった傷跡も、 自然と回復しつつあった。 「ホンマや。気色わるっ」                  ※ 玄関のドアノブを回す時、男は軽く違和感を覚えた。 首を傾げ、玄関を開ける。 すぐに違和感の正体がわかった。 明るい笑い声に押し出されるように、ドアが開いた。 「ほんま、あんたはよう食べるなあ」 「美味しいテチューン」 「一杯食べて、はよ怪我治しや」 「テチー」 リビングの中央に古いタオルを敷き、そこに仔実装が座っている。 テーブル代わりのティッシュの空き箱に、妻が食事を用意していた。 仔実装はもりもりと、出された食事を口にしていた。 口に運ぶ度、いちいち目を大きくして、それからゆっくり咀嚼して、 「美味しい美味しい」を連発する。 「ほら、食べるかしゃべるかどっちかにし。ぽろぽろこぼれてるやん」 「でも、美味しいテチー」 「またこぼす」 妻はいつの間にか、音声式の実装リンガルを買っていた。 男の鞄に入っているものと、同じタイプだった。 「あ、お帰り」 輝くような笑顔を男に向ける。 こんな表情を見るのは、久しぶりだった。 男も思わず相好を崩す。 「何や、結局お前が面倒見てくれてるんやん」 「ほっとけんへんやん、怪我しとんのに」 仔実装は、男の姿を認めると、ぺこりと頭を下げた。 「このおっちゃんが、お前を拾うてくれたんやで」 「ありがとテチ」 妻のやさしさを取り戻す、という下心のオブラートに包んでいたが、 その実、瀕死の仔実装を助けたい気持ちで一杯だった。 男は少し照れて「ああ」と答えた。 それにしても何故、こうまで妻の機嫌が直ったのか。 「ほんま、この子は何食べても『美味しい』言うてくれて、気分ええわ。 誰かさんとは大違いや」 「俺のことかい」 「そうや、こっちが腕によりをかけて料理を作っても、なーんも言わへん」 原因はそれか。 たったそれだけのことで、関係がぎくしゃくしていたというのか。 「『それだけ』とはご挨拶やな。 あんたが外で必死で仕事をしているのと同じで、こっちも家事に真剣なんや。 いつもとは言わん、少しくらい努力を認めてくれてもええんちゃう?」 「そんなら、何ではっきり言ってくれへんねん」 「女の意地や」 二人は食卓についた。 リビングでは、仔実装も食事を続けている。 「お魚、美味しい?」 「美味しいテチー。幸せテチー」 妻は男に向き直って、「どや?」という表情をつくり、 と同時に力のこもった視線を送る。 「お、美味しい……テチ」 「テチ? あんたは実装石か」 「美味しいです」 「よろしい」 そのやり取りを見て、仔実装は母親と一緒に食事をした時のことを思い出した。 今のようなご馳走など考えられない、ゴミくずで口に糊したが、幸せだった。 美味しいご飯、口は悪いけどやさしいニンゲンさん、幸せテチ。 ──でも、ママがいないテチ。 食べかけの魚の身をテーブルに下ろすと、仔実装はわんわん泣き始めた。                  ※ 「本当に行くんか?」 「あんたさえよければ、ウチで飼ってもええねんで」 よろめきそうになる気持ちを、仔実装は必死で堪える。 服もない、髪の毛も残り少ない仔実装が、公園に戻って無事で済む筈がない。 それは仔実装自身が、一番わかっていることだった。 そして親実装も、恐らくは同族のリンチを受け、 命を落としている可能性が高かった。 「けれど、自分だけが幸せになることはできないテチ」 ママのもとに、どうしても行きたかった。 「ほっか。ほしたら、これ、ママに会えたら一緒に食べ」 男は、仔実装が持てる程度の大きさに小分けしたコンペイトウを渡す。 仔実装の顔がぱあっと晴れ、男を見上げた。 今、すぐにでも頬張りたい気持ちをぐっと抑えた。 「ありがとうテチ。このご恩は忘れないテチ」 公園の入り口で、仔実装は何度も何度も振り返り、手を振った。 二人はその姿が闇に溶け込むまで見送った。 男は、先日まで感じていた負のオーラを妻に感じ始めた。 仔実装を手放したのが、そんなに嫌だったのか? 「……あんたなあ」 言いたいことがあればはっきり言うてくれ。 女っちゅうのは、ほんまに面倒な生き物や。 「あの子、ほっといてええんか? 野良実装に襲われたら危ないんちゃうん?」 「せやかて、ママを探しに行くって」 「さっきから黙って見てたけど、それ本心なんか? 中途半端な仏心出すくらいなら、最初から野良に手を出したらあかん。 ホンマは助けたかったんちゃうん? もっと言いたいこととかやりたいこと、はっきりさせてや。 上辺だけ取り繕わんと」 妻は男の背中を思いっきり叩く。 「恥ずかしい台詞は後で聞いたるさかい、はよ行きや」 男は、夜の公園に駆け出した。 【終】 ※mayスレの書き込み(冒頭部分、少し改変)にインスパイアされたスクです。  あと、投げやり氏の「ポストの仔実装」。  書き込まれた方の意図とは違うスクになったかもしれませんが、  その点はご容赦ください。 【山盛りのコンペイトウ】 夜風の流れる公園の芝生に、一匹の仔実装が横たわっていた。 見ると、同族から受けたであろう噛み傷や刺し傷でぼろぼろになり、 息も絶え絶えだった。 「テチィ……。一度でいいから、コンペイトウ山盛り食べたかったテチ……」 草に埋もれ天を仰ぐ仔実装の視界一杯に、初秋の夜空を照らす星々が明滅する。 「あっ、コンペイトウテチ……。もっと、もっ……とテチ」 仔実装は大きく見開いた目を、ゆっくりと閉じた。                  ※ 「いつもこんなものしか食べさせてやれなくて、ごめんデス」 「食べられるだけ幸せテチ。いただきますテチ」 「この足が、自由に動けばデスゥ……」 言って、親実装は関節から先のない右脚をさすった。 仔実装の頃、飼い主にハサミで切られ、傷口を焼き潰されたのだ。 木の枝を杖にして歩くことはできる、が、それでは満足に餌を集められない。 せっかく食べ物を見つけても、杖を置き、体を屈めているうちに、 他の実装石に横取りされるのが落ちだった。 それ故、家族──と言っても、親一匹仔一匹だが──の食卓には、 「貧しい」と形容するのさえ憚られるような品々が並ぶのが常だった。 梅干の種、腐りかけの沢庵、砂まみれのご飯。 糞食に陥らないのは、虐待を受けていたとは言え、 元飼い実装のプライドのなせる業だった。 わずかに残る梅肉の繊維と格闘している仔実装を見て、 親実装は「自分には過ぎた子デス」と、心の中で呟いた。 満足に母乳も与えられず、子供たちは次々と飢えて死んでしまったデス。 死ななかった子供も、ワタシに愛想を尽かして出て行ったデス。 この子だけには幸せになってほしいデス。 「……ママ」 「デスッ!?」 仔実装の声が、耳に入っていなかった。 「ママ、山盛りのコンペイトウのお話してほしいテチ」 「あらあらまたデス?」 それは、仔実装のお気に入りの話だった。 親実装が飼い主から虐待を受ける前、蝶よ花よと育てられた。 餌は柔らかい実装フード、おやつは山盛りのコンペイトウ。 「光が当たるときらきら光る、きれいなお皿に盛られていたデス。 小さな、いろんな色のコンペイトウが山盛りになっていて、 好きなだけ食べることができたデス」 「どうしたらコンペイトウを貰えるテチ?」 「いい子にしていたら、優しい飼い主さんがくれるデス」 「コンペイトウはどんな味がするテチ?」 「舌がとろけるような甘さデス」 「芋虫よりも甘いテチ?」 仔実装の味蕾は、まだ甘味を経験したことがなかった。 「もちろん甘いデス。コンペイトウを食べると、幸せな気持ちになれるデス」 「今より幸せな気持ちテチ?」 「デス?」 「ワタチは今も幸せテチ。 ママが一生懸命用意してくれたご飯を、ママと一緒に食べる。幸せテチ」 親実装は仔実装を強く抱きしめた。                  ※ 「ママのぶんも頑張るテチ」 仔実装は親実装の代わりに餌集めに奔走していた。 杖をついて歩いている実装石が珍しかったのか、 親実装は悪い人間に目をつけられてしまったのだ。 「こっちの足も半分にしたら、ちょうどええんちゃう?」 「それが実装愛護ってもんでしょ」 二人組の男に捕まり、左脚を切断された。 ご丁寧に、傷口をライターで焙って。 両腕の力だけで、這這の体で家まで戻ってきた親実装は、 「ごめんデスゥ、今日はご飯を用意できなかったデス」 と一言だけ言って、気を失った。 しかし、仔実装が簡単に餌を集められるほど、世の中は甘くない。 そもそもが、仔実装の体力と体格で集められる餌が少なく、 仮に手にすることができたとしても、他の実装石に奪われてしまう。 公園に遊びに来ていた人間に、お菓子を貰ったこともあるが、 あっさりと他の親実装に取られてしまった。 「今日はこれだけで勘弁してやるデス。食われないだけありがたいと思うデス」 他人のものを奪うのは良くない行為──と、親実装に教わった仔実装にとって、 強奪は二重に衝撃的だった。 ひとつは、親実装の教えがあっさり否定されたということ。 もうひとつは、力さえあれば簡単に食糧が手に入るということ。 以来、仔実装は自分より体の小さい仔実装、あるいは親指実装を襲い、 食糧を奪った。 仔実装がどこからか拾ったアイスクリームのコーン、親指実装が集めた木の実。 親実装の姿が見えたらすかさず身を隠し、隙を見て襲撃を繰り返した。 「同族喰い」の味を知っていれば、 その行為はより過激なものになっていただろう。 ともあれ、仔実装が方針を転換してから、親子の食糧事情は好転した。 「ママ、どうしたテチ? 食べないテチ?」 「ママはもうお腹いっぱいデス」 「美味しくないテチ? このお弁当の残り、なかなかいけるテチ」 とは言うものの、仔実装自身、噛み締めるほどに味がわからなくなる。 美味しいのか、美味しくないのか。 後ろめたさを引きずる食事は、少なくとも以前のように幸せではなかった。 「ママ、山盛りコンペイトウのお話をしてほしいテチ」 その話をすれば自分も、そして母親も楽しい気持ちになる。 仔実装は小さい頭でそう考えた。 が、親実装の口は重かった。 ようやくにして開いた口が紡いだ言葉は、 期待に胸躍らせた仔実装を容赦なく打ち据えた。 「悪いことをする子は、コンペイトウをもらえないデス」 「テッ」 親実装は、仔実装の行いに薄々感づいていた。 仔実装がまともな方法で餌を集められる筈がない、と。 「ママはニンゲンさんの気持ちをわからない、悪い子だったデス。 だから右脚を失い、この公園に捨てられたデス。 悪い子はニンゲンさんに飼ってもらえないデス」 仔実装は恥ずかしさで頬を紅潮させ、その羞恥を理性で制御できるほど、 賢くも大人でもなかった。 弾かれたように立ち上がると、捨て台詞を残して家を飛び出した。 「だったら、自分でコンペイトウを取ってくるテチ」                  ※ それは起こるべくして起こった。 生意気な仔実装がいる、という噂はたちまち公園に広がり、 誰しもが警戒していた。 夕方、茂みの中から獲物に襲いかかったところ、それは罠だった。 すぐ背後から野良実装が姿を現し、むんずと髪の毛を掴んだ。 「痛いテチ、離すテチ」 仔実装が泣こうがわめこうが、野良実装は動じない。 体重に負け、髪の毛がぶちぶち音を立てて何本がちぎれる。 「そんな奴、殺すテチ」 「食っちゃえテチ」 かつて仔実装に襲われ、つい先ほど、襲われかけた仔実装たちが囃す。 「生意気にきれいな服を着てるデス」 そう言うと、野良実装は仔実装の服と下着を乱暴に剥ぎ取り、 自分の子供たちに分け与えた。 そして中の肉は、自分が食べようと言うのである。 「待って、待ってほしいデス」 「ママ!」 両の脚の傷に新たな傷を重ねつつ、這いずりながらやって来たのは、 親実装だった。 服は体液が染み込む端から、砂で汚れていく。 涙と埃で、顔はどろどろになっていた。 「その子がしたことは、全部ワタシが命令したことなんデス。 ワタシを、ワタシを罰して欲しいデス」 「ママ!」 野良実装はニヤリと笑うと、仔実装を放り出す。 痩せた親実装は食欲を満たしてくれそうにないが、両脚を欠損している。 不具の実装石をいたぶるのは、心根の卑しい実装石にとって、 ぷりぷりの仔実装以上のご馳走になる。 しかも、泥棒の親を懲らしめるという、大義名分まであった。 「この、泥棒石!」 そう言って、野良実装は親実装の顔に唾を吐きかける。 片手でその唾を拭おうとしたところ、上半身を支える残る片手を蹴った。 親実装は地面で顔面を強打した。 その衝撃で瞼の裏で星がきらめき、親実装はコンペイトウのことを思い出す。 「何にやついているデス!」 後ろ髪を引っ張り、親実装を海老反りの姿勢にする。 下着を下ろし、むき出しの尻を顔につけて、「思い知るデス」。 緑色の柔らかい糞便が、むりむりと親実装の顔にひり出される。 親実装は抵抗もできぬまま、野良実装にされるがままだった。 後頭部を掴まれ、そのままの姿勢で頭を上下に動かされる。 「泥棒は便所紙の刑デッスーン」 前髪にすり込まれ、鼻の穴に臭い糞便が入ってくる。 呼吸を塞がれ、たまらず開けた口の中にも、緑の汚物は容赦をしない。 「ママ!」 仔実装には泣くことしかできない。 どころか、 「お前はワタチたちが相手をしてやるテチ」 と、二匹の仔実装から攻撃を受ける。 殴られ、蹴られ、噛みつかれた。 「こんな玩具、ワタシ一人で遊ぶのはもったいないデス。 仲間と一緒に遊ぶデス」 そう言って野良実装は、糞便に塗れ、意識を失った親実装の髪の毛を持ち、 仲間のもとへ引きずっていった。 後には、ひたすらに暴力を受け続ける仔実装が残された。 自分の行いが、この悲劇を招いたのだ。 罰せられるべきは、自分なのだ。 それなのに。 気がつけば公園の芝生に、仰向けに倒れていた。 自分の体なのに、自分の自由になる部位はどこにもなかった。 だから、仰向けに転がされたことを感謝した。 山盛りのコンペイトウを、目に焼きつけることができたのだから。                  ※ 夫婦関係が円満であれば、用事があるわけでないのに、 男が公園で時間を潰すことはなかった。 家へ帰ることが、どうしてそんなに苦痛なのか。 「それがわかれば、苦労せんわ」 男は呟いた。 結婚して三年、子供はまだいない。 つき合いでたまに飲みに行くことはあるけれど、深酒はしない、浮気はしない、 自分では理想的な夫だと思っていた。 「せやのに」 また呟く。 せやのに、どうしてこうも夫婦関係が冷え切ってしまったのか。 ほんま、家に帰るのがうっとうしくて、かなわんで。 「おや……」 芝生の上で何かがうごめいた。 瀕死の仔実装だった。 よくそんな状態で生きていられるなと、 不思議に思えるくらいの大怪我を負っている。 うわ言を繰り返す仔実装を見て、男は一計を案じた。 怪我をした小動物を連れて帰れば、ちょっとした刺激になるんちゃうか。 もちろん、夫婦でいたぶるいうわけとちゃう。 あいつが母性とやさしさを取り戻してくれるんちゃうやろか。 ゴミ箱に空になったコンビニエンス・ストアの袋を見つけると、 「うわ、汚な」と言いながら、仔実装をそっと袋に入れた。 「あんた、アホちゃう」 しかし男の妻は、血まみれの仔実装を見るなり罵詈雑言を浴びせた。 玄関口の攻防が始まる。 「こんなん連れて帰って、どないすん?」 「どないするっても、死にかけやん。ほっとけんやん」 「ほっといたらええがな。どうせすぐ死ぬやろ」 「いや、実装石はこの程度じゃ死なへんで。傷も再生する」 「ほな元気になったら飼うんか? 誰が面倒見るん?」 「いちいちうるさいな、俺が面倒見たるわ!」 言って、男はどかどかと部屋に上がりこんだ。 手頃な紙箱を見つけると、それを玄関に置き、ビニール袋ごと仔実装を入れた。 妻が用意した夕食をものも言わず食べ、そのまま寝てしまった。                  ※ 男が会社へ行った後、妻は玄関に置かれた紙箱を見下ろした。 ビニール袋の中で、裸の仔実装がもぞもぞ動いていた。 ようやく、意識を取り戻そうとしている。 白いビニール袋は、うっすら中から緑色が透けて見えた。 仔実装が体液を漏らして身悶えした跡である。 男の言葉通り、昨夜は思わず目を背けてしまった傷跡も、 自然と回復しつつあった。 「ホンマや。気色わるっ」                  ※ 玄関のドアノブを回す時、男は軽く違和感を覚えた。 首を傾げ、玄関を開ける。 すぐに違和感の正体がわかった。 明るい笑い声に押し出されるように、ドアが開いた。 「ほんま、あんたはよう食べるなあ」 「美味しいテチューン」 「一杯食べて、はよ怪我治しや」 「テチー」 リビングの中央に古いタオルを敷き、そこに仔実装が座っている。 テーブル代わりのティッシュの空き箱に、妻が食事を用意していた。 仔実装はもりもりと、出された食事を口にしていた。 口に運ぶ度、いちいち目を大きくして、それからゆっくり咀嚼して、 「美味しい美味しい」を連発する。 「ほら、食べるかしゃべるかどっちかにし。ぽろぽろこぼれてるやん」 「でも、美味しいテチー」 「またこぼす」 妻はいつの間にか、音声式の実装リンガルを買っていた。 男の鞄に入っているものと、同じタイプだった。 「あ、お帰り」 輝くような笑顔を男に向ける。 こんな表情を見るのは、久しぶりだった。 男も思わず相好を崩す。 「何や、結局お前が面倒見てくれてるんやん」 「ほっとけんへんやん、怪我しとんのに」 仔実装は、男の姿を認めると、ぺこりと頭を下げた。 「このおっちゃんが、お前を拾うてくれたんやで」 「ありがとテチ」 妻のやさしさを取り戻す、という下心のオブラートに包んでいたが、 その実、瀕死の仔実装を助けたい気持ちで一杯だった。 男は少し照れて「ああ」と答えた。 それにしても何故、こうまで妻の機嫌が直ったのか。 「ほんま、この子は何食べても『美味しい』言うてくれて、気分ええわ。 誰かさんとは大違いや」 「俺のことかい」 「そうや、こっちが腕によりをかけて料理を作っても、なーんも言わへん」 原因はそれか。 たったそれだけのことで、関係がぎくしゃくしていたというのか。 「『それだけ』とはご挨拶やな。 あんたが外で必死で仕事をしているのと同じで、こっちも家事に真剣なんや。 いつもとは言わん、少しくらい努力を認めてくれてもええんちゃう?」 「そんなら、何ではっきり言ってくれへんねん」 「女の意地や」 二人は食卓についた。 リビングでは、仔実装も食事を続けている。 「お魚、美味しい?」 「美味しいテチー。幸せテチー」 妻は男に向き直って、「どや?」という表情をつくり、 と同時に力のこもった視線を送る。 「お、美味しい……テチ」 「テチ? あんたは実装石か」 「美味しいです」 「よろしい」 そのやり取りを見て、仔実装は母親と一緒に食事をした時のことを思い出した。 今のようなご馳走など考えられない、ゴミくずで口に糊したが、幸せだった。 美味しいご飯、口は悪いけどやさしいニンゲンさん、幸せテチ。 ──でも、ママがいないテチ。 食べかけの魚の身をテーブルに下ろすと、仔実装はわんわん泣き始めた。                  ※ 「本当に行くんか?」 「あんたさえよければ、ウチで飼ってもええねんで」 よろめきそうになる気持ちを、仔実装は必死で堪える。 服もない、髪の毛も残り少ない仔実装が、公園に戻って無事で済む筈がない。 それは仔実装自身が、一番わかっていることだった。 そして親実装も、恐らくは同族のリンチを受け、 命を落としている可能性が高かった。 「けれど、自分だけが幸せになることはできないテチ」 ママのもとに、どうしても行きたかった。 「ほっか。ほしたら、これ、ママに会えたら一緒に食べ」 男は、仔実装が持てる程度の大きさに小分けしたコンペイトウを渡す。 仔実装の顔がぱあっと晴れ、男を見上げた。 今、すぐにでも頬張りたい気持ちをぐっと抑えた。 「ありがとうテチ。このご恩は忘れないテチ」 公園の入り口で、仔実装は何度も何度も振り返り、手を振った。 二人はその姿が闇に溶け込むまで見送った。 男は、先日まで感じていた負のオーラを妻に感じ始めた。 仔実装を手放したのが、そんなに嫌だったのか? 「……あんたなあ」 言いたいことがあればはっきり言うてくれ。 女っちゅうのは、ほんまに面倒な生き物や。 「あの子、ほっといてええんか? 野良実装に襲われたら危ないんちゃうん?」 「せやかて、ママを探しに行くって」 「さっきから黙って見てたけど、それ本心なんか? 中途半端な仏心出すくらいなら、最初から野良に手を出したらあかん。 ホンマは助けたかったんちゃうん? もっと言いたいこととかやりたいこと、はっきりさせてや。 上辺だけ取り繕わんと」 妻は男の背中を思いっきり叩く。 「恥ずかしい台詞は後で聞いたるさかい、はよ行きや」 男は、夜の公園に駆け出した。 【終】

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1 Re: Name:匿名石 2024/02/25-14:54:37 No:00008786[申告]
ええ話やで…
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