タイトル:【塩】 【送り火】(一期一会より転載)
ファイル:塩保管スク[jsc0061.txt]
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:652 レス数:2
初投稿日時:2006/08/05-00:09:15修正日時:2006/08/05-00:09:15
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このスクは[実装石虐待補完庫(塩保)]に保管されていたものです。
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【送り火】 妻が運転する車で、父方の実家へ向かっていた。 後部座席では、一人息子が携帯ゲーム機で遊んでいる。 久しぶりの家族旅行なのに何で、と呆れるより先に、 よく気分が悪くならないものだと感心した。 「下道に入ったら、ちゃんとナビしてね。 このナビ、いっつもタイミングが合わないんだから」 「あ、うん。悪いなあ、俺が運転すりゃ面倒ないのに」 「いいのよ、まだお医者さんに止められているんでしょ? 運転中にパニックになられるくらいなら、私が運転するわよ」 そう言って、妻は笑った。 私は、実装石が嫌いだった。 正確に言えば、恐かった。 あの無表情な目で見つめられると、無性に落ち着かなくなる。 血圧が急上昇し、脈拍数が増えた。 そして町には犬や猫と同じで、あちこちに実装石がいる。 実装石を見ずに生活することはできなかった。 「いっそ実装石を皆殺しにしようか」 そう、妻に語ったことがある。 「一匹二匹ならただの虐待。百万匹殺したら英雄になれるわよ。 やるなら、徹底してくださいね」 などと冗談で返されたが、あの時の私は半ば本気だった。 息子が「仔実装を飼いたい」と言い出した時も、怒鳴りつけてしまった。 以来、息子は実装石のことを口にしない。 口にしないものの興味は捨てきれないようで、 今も携帯ゲーム機の中で仔実装を育成している筈だった。 いつ頃から実装石嫌いになったのか、正確には思い出せない。 例えば、小さい頃に犬に噛まれて犬嫌いになるという話はよく聞くが、 そうした記憶がないのである。 「記憶がないのではなく、思い出したくもないくらい よほど嫌な思い、恐い思いをして、記憶に重い蓋をしているのでしょう」 医者はそう言った。 これまではただ「嫌い」で済ませられたが、 最近は日常生活に支障をきたすまでになり、医者の世話になっている。 運転しないのもそのためだ。 「実装石をできるだけ見ないで済む場所で、ゆっくりしてください」 そう、医者に勧められた。 そこで二十数年ぶりに、夏休みを利用して父方の田舎へ行くことにした。 あの山村では、実装石を見たことがなかったからだ。 「しばらくこの国道沿いだから」 「ん、了解」 二桁の国道から三桁の国道に入ると、道幅が狭くなり、急に緑が増えた。 道路に沿って川が走り、見ているだけで涼しくなる。 この川の上流に目的地がある。 ゲームに飽きたのか、息子も窓の外の風景を見ている。 「川で泳げるの?」 私は上半身を息子のほうへ向ける。 「ああ、泳げるよ。飛び込み台があって、飛び込みもできる。 まだあれば、だけど」 「すげー」 「楽しみか?」 「うん!」 体の向きを元に戻す。 どくんと、大きく脈を打った。 急な不安感が私を襲ったが、その原因はわからなかった。 「久しぶりだなあ」と、同い年の従兄弟が門で出迎えてくれた。 年齢は同じだが、私の父はこの家の次男なので、 長男の息子である従兄弟のほうが「格」が上だ。 従兄弟と最後に会ったのは、私の結婚式だった。 小学生の間は夏休みの度に父方の田舎へ行ったが、 中学生になると地元で友人と遊んでいることのほうが楽しく、 父だけがここへ来るようになった。 その父ももういない。 私は母屋へ行って伯父さんに挨拶した。 田舎の家なので、広い。 床面積で言えば、私たちが暮らしているマンションの倍はあった。 挨拶に近況報告、そして思い出話と、 一通りの手順を踏まなければならない大人と違い、 子供たちはすぐに仲良しになった。 息子と、従兄弟の息子、つまり甥とは初対面だったが、 すぐに打ち解けて楽しそうにしている。 また、どくん、と脈を打つ。 この感じ、まさか近くに実装石がいるのだろうか? 縁側へ行き、庭へ出てみたが、 赤と緑の眼を持つ生き物の姿はどこにもなかった。 「お父さん、泳ぎに行ってもいい?」 息子の声が玄関から聞こえる。 私は居間に戻って従兄弟に訊く。 「まだ川で泳げるの?」 「ああ、きれいなもんさね」 「あの飛び込み台は?」 「度胸試しで使ってたやつ? あれ、知らんかったっけ。 ずいぶん前から立ち入り禁止になったと」 息子は私と同じで、泳ぎは達者なほうだったが、 川の水は冷たく、流れが急に速くなっているところもある。 妻は従兄弟の奥さんと、夕食の買い出しに出かけた。 自分も一緒に行こうと腰を上げようとしたら、従兄弟に制された。 「うちの子は河童じゃきに、子供同士で行かせればええ」 そして、「危ないとこには行くなよー」と大声で玄関へ叫ぶ。 「わかっちょる」と甥の返事。 二人の子供が玄関から駆け出す足音。 「そんなことより、一杯飲もうや」 従兄弟は地酒を取り出した。 私を口実に、昼間から酒を飲もうというのである。 私も嫌いなほうではない。 ああ、間違いなくこの家の血を引いているのだ。 久しぶりに意識がなくなるまで痛飲した。 意識を取り戻したのは、従兄弟が、私の両頬を叩いていたからだ。 「大変じゃ、早う起きんと」 「ん、ああ、何?」 「子供らが川で溺れた言うて電話があったと」 一気に酔いが醒めた。 私は起き上がると、従兄弟の運転する軽トラックで川へ向かう。 できるだけ川原まで接近し、軽トラックを降りると、 人垣目がけて二人で全力で走る。 中心には息子と甥、そして一足先に到着した妻と従兄弟の奥さん。 「何で子供たちだけで川に行かせたのよ」 私に気づいた家内が感情的に怒鳴る。 言葉を返せないでいると、 「たまたま通りがかった人がすぐに助けてくれたからいいようなものの、 もしものことがあったらどうするのよ」 その一言で体中の力が抜け、膝から地面に崩れた。 二人は無事だったのだ。 二人が溺れたのは、立ち入り禁止の看板が立てられている飛び込み台。 川原の向こう岸になる。 背後は山なので、飛び込み台へ行くには、こちら側から泳いでいくか、 浅瀬を歩いて渡ることになる。 飛び込み台と言っても特別な施設があるわけでなく、 ただの切り立った岩である。 私が子供の頃は、皆で競うように飛び込んだものだった。 二人は大量の水を飲んでいたが、既に意識を取り戻していた。 まず、息子が度胸試しに挑戦して飛び込んだ。 なかなか浮いてこないので、これはまずいと思った甥が後を追う。 その甥も、溺れた。 川の底に引きずり込まれそうになった、というのだ。 通りがかった近くの人が見つけてくれ、二人を助けてくれた。 かつては私も挑戦したことがある、飛び込み台のほうを見た。 そこに、いる筈のない生き物が立ち、こちらを見ていた。 実装石だった。 その瞬間、記憶の重い蓋が音を立てて外れた。 全てを思い出したのだ。                ※ ──私が息子と同じ年齢だった年の夏休みのことだ。 私は父方の田舎に行くのが楽しみだった。 カブトムシを捕まえたり川遊びをしたりと、 普段できない遊びができたからである。 今思えば残酷なこともやった。 カエルを捕まえて意味もなく殺したり、 獲ったザリガニを茹でて犬の餌にしたりもした。 それらは全て、従兄弟と、その友達に教えられた「遊び」である。 田舎暮らしを知らない母が聞いたら卒倒しそうなことが、 刺激的でたまらなかった。 その年の夏休み、田舎に着いたその日に、私は従兄弟と喧嘩をした。 きっかけは些細なことだった。 田舎へ来て、最初にするのは、飛び込み台からのダイブだった。 それは儀式みたいなものだった。 私は泳ぎが嫌いなほうではなく、むしろ得意だったのだが、 その時、思い切って頭から飛び込んだ。 飛び込み台の下は十分な深さがあり、きちんと飛び込めば安全だった。 同じ年代の子で、頭から飛び込んだのは私が初めてだった。 水面に顔を出すと、拍手喝采、予想外の反応に私は少し驚いた。 面白くないのは従兄弟である。 ガキ大将的な存在だったのに、「町の子」に人気をさらわれた。 なお悪いことに、私の真似をして頭から飛び込もうとしたのに、 足がすくんで飛び込めなかったのだ。 私が、「思い切って飛べば簡単だよ」と言ったのが、 余計に癪に障ったのかも知れない。 対立は決定的となった。 従兄弟と対立するということは、 地元の子供全員を敵に回したのと同じである。 翌日から、私は完全によそ者扱いだった。 そうなると川遊びをすることも、虫捕りに行くことも叶わない。 かと言って家に閉じ篭っていては大人に変に思われる。 結局、神事の時以外は誰も寄りつかない神社へ足を向けた。 ここなら木陰が多くて涼しいし、 カブトムシは無理でも蝉くらいは捕まえられそうだった。 ところが、なかなか捕まらない。 虫捕り網をかけようとした瞬間に逃げられ、 ついには小便を引っかけられた。 「畜生っ!」 「デププ」 振り返るとそこに、実装石がいた。 こちらも驚いたが、実装石も驚いていた。 私が必死になって蝉を捕まえようとしているのを見ているうちに、 その好奇心から、つい近くまで来てしまったようだ。 「デッ」と短く叫ぶと、反転して走り出す。 生まれ住む町でなら実装石を見たことがあったが、 父の田舎で見るのは初めてだった。 今でこそ、農家の手伝いをする実装石は珍しくなくなったが、 当時は農作物を荒らす「害獣」として、見つかれば駆除されていた。 だから、意外であり、興味をそそられた。 「おい、待てよ」 と言って追いかける。 実装石の足は遅く子供でも楽々追いつけるが、私の手が届く直前、 神殿の床下に潜り込んでしまった。 四つん這いになって入れば追いかけられるが、少し恐い。 「おーい、出ておいでよ。虐めたりなんかしないから」 そう言っても、何も反応がなかった。 次の日、相変わらず従兄弟にもその友達にも無視された私は、 朝食を食べ終わると一目散に神社へ向かった。 朝の神社はひんやりとした空気に包まれ、それだけで厳かな気分になる。 がらんとした境内を探してみたが、実装石の姿はなかった。 昨日、実装石が姿を消した辺りへ向かう。 やはり、実装石の姿は見えない。 警戒しているのだろうか。 伯父さんの家からこっそり持ち出したお菓子を床下への侵入口へ置き、 私はそこを目視できる茂みに隠れて様子を窺う。 五分ほどじっとしていると、昨日の実装石が顔を覗かせた。 きょろきょろ辺りを見回し、誰もいないのを確認すると、 ふんふんとお菓子の臭いを嗅ぐ。 食べ物と認識したらしく、一枚取って口に運ぼうとする。 お菓子と言っても硬い煎餅である。 実装石の歯で噛み砕くのは難しい。 「デデッ」と、悲鳴のような声が上がった。 私は茂みから立ち上がると、 「デププ」 と右手を口に当て、昨日の仕返しをしてやった。 「デッ!?」 「大丈夫だよ、ちゃんとした食べ物だから」 そう言って、同じ煎餅を手に取って見せる。 両手を使って半分に折り、口に入るサイズにする。 それを口の中に入れて、噛み砕かずにもごもごして見せる。 「歯で割れなかったら、唾液で溶かせばいいんだよ。 おばあちゃんがやってたよ。ほら、真似してみて」 そう言って、残りの半分を投げ渡した。 警戒しながらも、実装石は口に煎餅を含む。 私に言われた通り、口の中でもごもごさせる。 柔らかくなった頃を見計らって咀嚼する。 実装石も咀嚼する。 「デッスー!」 「な、ちゃんとした食べ物だろ?」 茂みから足を一歩踏み出す。 すると実装石は途端に警戒し、足元の煎餅を両手に抱え、 また床下に潜っていった。 「ちぇっ、何だよ、せっかく食べ物を持ってきてやったのに」 私はまた一人、取り残されてしまった。 しかし、食べ物で実装石が釣れることはよくわかった。 お昼は弁当にしてもらおうと、一度、叔父の家へ戻る。 「おにぎり美味しいなあ。玉子焼きも美味しいよ」 実装石が出入りしている床下の前で、 伯母に作ってもらった弁当をこれ見よがしに食べる。 こうなれば小細工はなしだ。 床下の奥で、きらりと眼が光った。 「一人じゃとても食べきれないなあ。誰か来ないかなあ」 聞こえるように言った。 もちろん、人間の言葉が通じるとは思っていない。 すると、「テチテチッ」という泣き声とともに仔実装が飛び出してきた。 いきなりのことに、私は驚いた。 「テッチー」 仔実装はぷるぷるっとお尻を振って、こちらを見上げる。 床下の奥から、昨日の実装石が四つん這いになって追いかけてくる。 「デッスー、デッスー」 仔実装を心配する母実装、という様子だ。 しかし母実装の心配をよそに、仔実装は無邪気に私の周りを走り回る。 それを見て安全と思ったのか、母実装を追い越して、 次々と仔実装が走り出して来る。 全部で五匹の仔実装。 「デェェッ!」 狼狽する母実装。 しかし仔実装たちは私にまとわりついている。 私の足を突っつくもの、弁当に手を出そうとするもの、 何が原因か知らないが、すぐに喧嘩を始めた二匹、 そして私の正面に立ち、手に持っている玉子焼きを指差しているもの。 「これが欲しいの?」 「テッチー」 「じゃあ、手を出して」 そう言って、玉子焼きを少しちぎって手渡す。 臭いをかいでから口に入れる。 仔実装の眼が輝いて、両手を挙げて万歳した。 こんなに美味しい物は食べたことがない、といった様子だ。 それを見て、残りの四匹が自分も、自分も自分もと手を出す。 玉子焼きを箸で割って、それぞれに渡した。 美味しそうに食べる四匹。 そこに母実装がやってきて、仔実装を上半身で覆い隠すようにした。 「テチテチ」「テーテー」と鳴き喚く仔実装。 母実装はよほど警戒しているのだろう、顔を上げ、私のほうを見て 「テシャアッ」と威嚇する。 「大丈夫、何もしないから」 ウインナーを渡そうとする。 実装石の右手が、僕の手を払った。 ウインナーが地面に転がって、砂まみれになった。 その時、私はかっとなったが、その気持ちを鎮めてくれたのは 最初に玉子焼きを欲しがった仔実装だった。 母実装の脇をすり抜けると砂だらけのウインナーを拾い、 手で砂を払いのけてから、母実装へ持って行く。 母実装は仔実装と私の顔を交互に見る。 私は「食べろよ」と、顎で示した。 仔実装からウインナーを受け取り、口に入れる母実装。 途端に破顔した。 「デッスゥーン」 母実装は、馬鹿っぽい、と形容するのがぴったりの顔になった。 それがささやかな宴の始まりの合図となり、 みんなで弁当を腹一杯食べたのだった。 よく見ると、母実装はあちこち怪我していた。 その再生能力の高さ故、傷は殆ど完治しているように見えたが、 痛々しいことには変わりはない。 食後は、暗くなるまでボール遊びをした。 と言っても、私が持っていた弾力性のある小さなゴムの玉、 通称「スーパーボール」を転がして、 それを五匹の仔実装が追いかけるだけだ。 透明で、中にラメが入っているスーパーボールを、 仔実装たちはまるで宝物でも追いかけるかのように、 必死になって追いかけた。 いつも転ぶもの、ボールそっちのけで喧嘩を始める二匹、 あと少しでボールに追いつくか、というところで ボールが変な方向に跳ねて取り逃す運の悪い奴、 そして最後にがっちりボールをキャッチする賢い仔実装。 見ているだけで楽しかった。 夕方になって、神社を後にした。 私が手を振ると、あの機転の利く仔実装が、てちてちと前へ出て、 私の真似をして手を振ってくれた。 「お前、毎日どこ行っとると?」 「別に」 「ふんっ」 夕食後の従兄弟との会話はそれだけだった。 父は叔父と毎日釣りに出かけていた。 母は実家とそりが合わないらしく、自宅で留守番をしていた。 それもあって、父は非常に寛いでおり、機嫌も良かった。 そこで思い切って訊いてみた。 「実装石を飼いたいんだけど。できたら親仔で。 ううん、駄目なら仔実装一匹だけでいいんだ」 「ん、どうして」 「あの神社で、実装石の親仔を見たんだ。とても賢い仔がいてね……」 「んん、何かの間違いじゃないか。叔父さん言ってたぞ。 先週、村の野良実装を一掃したって。 これから収穫シーズン迎えるってのに実装石がいたら、 農作物を荒らされて仕方ないからなあ」 それでわかった。 あの母実装が人間を恐れていた理由、そして怪我をしていた理由が。 「う、うん、そうだね。犬か猫と間違えたんだ」 自分でも無茶な言い分だと思った。 もっとも竿の手入れに夢中の父に、聞こえたかどうかはわからなかった。 翌朝、早起きをした。 冷蔵庫から目立たないよう、少しずつ食材を頂戴する。 核家族である自分の家ならすぐにばれてしまうが、 大所帯の伯父の家の冷蔵庫ならまずばれそうにない。 食材をビニール袋に詰め、神社へ向かった。 床下に向かって「おーい」と呼びかけると、 仔実装を先頭に親仔が出てきた。 全く警戒していない。 彼女たちの信頼を勝ち取ったことが、とても嬉しく感じられた。 ウインナーに蒲鉾、あとは野菜を少々。 昨日の弁当に比べると貧相この上ないが、 実装親仔は美味しそうに食べてくれた。 「じゃあ、朝ご飯を食べたらまた来るからね」 「デッスー」 「テッチー」 束の間の別れを惜しんだ。 私は、どうにかこの実装親仔を飼ってやりたかった。 無理なら、せめてあの賢い仔実装だけでも。 最終日に、父に切り出してみようと思った。 「一緒に来るか?」 朝食の時、従兄弟がこっそり話しかけてきた。 仲直りのサイン。 「みんなと、新しい遊びを開発したと。 『蝉爆弾』いうて、すごい面白いとよ」 「うーん、今日は遠慮しとくよ」 「いっつも一人で、何してると? 面白くないじゃろ?」 「ん? そんなことないよ」 危ないところだった。 昨夜、父の話を聞いていなければ、実装石の話を持ち出すところだった。 伯母に、昼食は素麺だと言われた。 それはまずい。 実装石に餌を持って行ってあげられない。 そこで私は朝食を食べ終わると、この村唯一の商店へ向かった。 小さな店だが、食料品から日用品まで何でも揃った店だ。 この店で買えない物は、 車を走らせてスーパーマーケットへ行くことになる。 小遣いに余裕はなかったが、駄菓子なら大量に買える。 スーパーボールに夢中になった仔実装のことを思い出し、 ちょっとした玩具も買った。 誰にも見られていないことを確認して、神社へ向かう。 床下の入り口でしゃがむと、すぐさま実装親仔がやってきた。 袋を開き、みんなで駄菓子を食べる。 どれも美味しそうに食べてくれたが、母実装のお気に入りは チョコバットだった。 仔実装たちは服をべとべとに汚しながら、 チロルチョコと格闘していた。 みんな甘い物は初めてだったのか、十円二十円のお菓子に 大喜びしてくれた。 袋から買ってきた玩具を取り出す。 最初はシャボン玉。 ふっとシャボン玉を飛ばすと、何が面白いのかと思うくらい、 仔実装たちは興奮した。 「テチャー」 「テチチッ」 「テッチー」 風に吹かれて飛んでいくシャボン玉を四方八方に追いかけ、 追いついたシャボン玉を割る。 それがまた楽しいらしい。 「テチー」と、大喜びをする。 シャボン玉を割ろうとしたろ、別の仔実装に割られて怒る仔実装。 これは、いつもの喧嘩している二匹。 仔実装だけではない、母実装も、自分の近くに飛んできたシャボン玉を 必死で捕まえようとする。 いつも転んでばかりいる仔実装が、自分にも吹かせろと言ってきた。 ストローを渡す。 シャボン液を吸い込む。 激しく嘔吐した。 「テププ」 他の仔実装がそれを見て笑った。 母実装は心配そうな面持ちだ。 嘔吐が止まった仔実装は、涙を流し、悔しそうな表情を浮かべていた。 吸うんじゃない、吹くんだと、私は唇を突き出して教えてやる。 私の真似をして、ぷっと吹く。 今度はうまくいった。 仔実装の顔が輝いた。 「次はこれだよ。こっちへおいで」 私は仔実装たちを近くに呼ぶと、ぴっと、カメレオン笛を吹いた。 息を送り込むとカメレオンの舌のように伸びる、あの笛だ。 これは三方向に伸びるタイプの笛。 突然のことに周りにいた仔実装たちは驚き、転んでしまった。 「ごめん、ごめん」 私は仔実装に謝り、カメレオン笛を渡してやった。 仔実装は息を送り込むが、肺活量が小さいので思ったように伸びない。 「テー」 と、残念そうな声を出す。 別の仔実装が笛を受け取り、チャレンジするが結果は同じ。 母実装にバトンが渡される。 「ピー」と勢いよく音が鳴って、三方向に「舌」が伸びた。 五匹の仔実装は尊敬の眼差しで母実装を見た。 母実装はそれが誇らしいのか、二度三度と笛を吹いてみせた。 賢い仔が、袋の中にまだ何か残っているのに気づき、 「テチー、テチー」と、これは何かと訊いてくる。 「え、ああ、それ? それは花火だよ。 今日は夜にも来るから、一緒に花火をしよう」 仔実装は意味がわからず、きょとんとした顔をした。 駄菓子や玩具を買ったので、花火まで資金が回らなかった。 一番安い線香花火しか買えなかった。 「じゃあ、後でまた来るから、花火は預かっててね。 玩具は全部あげるから。それからこれも」 ポケットからスーパーボールを出して、賢い仔実装に渡した。 玩具と花火を袋に戻し、母実装に渡して伯父の家に戻った。 昼食は伯母の予告通り、素麺だった。 実装石と駄菓子を食べたばかりだったので、あまり箸が進まない。 それでも無理に食べきると、腹が痛くなった。 トイレから戻ると、既に従兄弟は遊びに出ていた。 妙な胸騒ぎがした。 伯父の家を飛び出て、神社へ向かった。 神社のほうから、人の話し声がする。 子供の声だ。 坂を上がって境内に入ると、従兄弟とその友達が、 実装石親仔を囲んでいた。 「まだ野良実装が残っとったとはね」 「始末しないといけんね」 私に気づいた従兄弟が声をかけてきた。 「お、来た来た。お前も野良実装駆除に参加せんね」 「え」 「ここいらの男の子は野良実装を駆除して一人前よ。 ええ機会じゃから、ほれ、やってみ」 「駆除って……」 「できないのけ? 女の腐ったみたいな奴じゃ」 従兄弟のその一言で、取り巻きが笑い出した。 「町の子は根性がなくて駄目じゃ」 「ままごとでもしるのがお似合いじゃ」 「ちんちんついとらんのかいの」 また笑われた。 「あの飛び込みは、まぐれじゃったんか」 従兄弟の、その一言が私の感情を一気に高ぶらせた。 あの時、確かに私はこの子供たちの間で頂点を極めた。 一瞬だけのことだったが、もう一度、あの栄光を勝ち取りたかった。 再び仲間に戻りたかった。 そうなると、自分に都合の良い理論が感情を抑圧し始めた。 たかが実装石じゃないか。 しかも農作物を荒らす野良実装は駆除されて当然だ。 それがこの村の価値観であり、自分が実装石を駆除すれば、 それは即ち村のためということなのである。 「やるよ」 実装石親仔のほうは見ないようにして、言った。 「じゃあ、蝉爆弾の仔実装版をやるけ」 従兄弟が言う「蝉爆弾」とは、生きている蝉のお尻に爆竹を刺し、 火をつけ、宙に放つ。 蝉はしばらく飛んだ後に爆発するという、残酷な遊びだった。 この遊びをするために爆竹を買いに行った従兄弟が、 商店から出る私の姿を見かけた。 そして後をつけ、実装石親仔を発見したのである。 村の子が仔実装を一匹捕まえ、下着を脱がす。 露になった総排泄口を見て、私は顔を赤らめた。 「この割れ目に爆竹を刺して、と」 導火線をこよりにしてまとめた三本の爆竹を総排泄口に突っ込む。 火を点けたら、仔実装を解放してやる。 仔実装は助けを求め、木に縛られている母実装のもとへ走り出した。 いつも転んでばかりいる仔実装は、やはり転んだ。 「デェスッ!」 母実装が叫ぶ。 仔実装が顔を上げた瞬間、火薬に引火した。 パパパン、と乾いた音がして、煙が立ち込める。 仔実装の総排泄口は無残に裂け、血が噴き出していた。 仔実装は動かなくなった。 「次、いってみよー」 明るい口調で従兄弟が言うと、 準備を終えた仔実装が母実装向けて走り出す。 今度は転びはしなかったが、母実装の直前で爆竹が爆発、 母実装は仔実装の血を浴びた。 「デェェェ、デエエエッ!」 母実装は泣き叫んだ。 腹の底からの叫びに、私は少し怖くなった。 「しかし仔実装は本当に馬鹿だよなあ。 爆竹抜けば助かるのに、ひたすら親のところへ走るんだから。なあ」 「ん、ああ」 私は気の抜けた返事しかできなかった。 「次は二匹まとめて行ってみようか」 いつも喧嘩している二匹が選ばれた。 今度は爆竹を五本ずつ突っ込まれる。 解放された二匹は、子供たちから少し距離を取ると、 お互い顔を見合わせて、向き合って足を開いて座る。 そして、互いの総排泄口から爆竹を抜こうとする。 いつも喧嘩していた二匹だが、心底では通じ合っていたのだ。 この意外な行動に、皆が注目した。 しかし、導火線の火が邪魔をして、なかなかうまくいかない。 どうにかお互いの爆竹が抜けたところで、火薬に火が回った。 乾いた連続音が境内にこだまする。 二匹の仔実装は爆竹を抱えていた両腕をもぎ取られ、 下あごを吹き飛ばされて血まみれになっていた。 「ヘヒー」 「ヘェェ」 声にならない声を上げる。 「デェッデッデッ」 助けたくても助けられない、そのもどかしさに母実装は泣いた。 「やっぱり体の中で爆発しないと、威力ないな。 次、お前やれよ」 最後に残った仔実装、一番賢かった仔実装が差し出される。 仔実装は私を見て、「テチ、テチィ」と鳴く。 命乞いをしているのかも知れなかった。 心の中で耳を塞ぎ、仔実装の顔を見ないようにして下着を剥ぎ取る。 爆竹を差し込む。 そして火を点けた。 解放された仔実装は、熱いのを我慢して火のついた導火線を掴み、 爆竹本体から引き抜いた。 あっという間の出来事だった。 それから爆竹を抜き取ると、 まだ息のある上半身血まみれの二匹の仔実装を連れ、 母実装のもとへ駆け出した。 母実装は「デスーッ、デスーッ」と喜んだが、すぐに首を振る。 「逃げろ、逃げろ」と言っているみたいだった。 その言葉に従い、三匹は境内の外を目指して走り出す。 走ると言っても腕のない二匹はバランスが取れず、 よろめいたり転んだりしている。 「すげえな」 「実装石でも賢いのがいるんだ」 「追いかけようか」 仔実装を絶対に捕まえる自信のある子供たちは、 その前に母実装を処分することにした。 爆竹は一箱に百発入っている。 二十発の束が五つ。 その一束を使っていたので、残りは四束。 二束を母実装の総排泄口に、一束を頭巾の中に入れて火を点けた。 必死で抵抗する母実装。 しかし、どんなに抵抗してもきつく縛られた縄はびくともしない。 子供たちは耳を塞いで成り行きを見守った。 風船を立て続けに割るような音が響き、 合間合間に母実装のわめき声が加わった。 全ての爆竹に火が回ったかと油断していると、 遅れて爆発するものがあって驚かされた。 もうもうと立ち込める煙がなくなった後には、 下半身から血を流し、顔面と頭巾の間からは血と、 血以外の何かを垂れ流し、両目を剥いている母実装の姿があった。 子供たちはさすがに恐くなって、「うわー、お化けー」と声を上げて 境内から飛び出した。 坂を走って下っている途中で、三匹の仔実装に追いついた。 賢い一匹が、怪我をした二匹を励ましながら 先を急いでいるように見えた。 その姿を見て、子供たちの足が止まる。 背後に脅威が迫っていることに気づき、仔実装たちは歩みを速めた。 怯える仔実装たちの姿を見て、子供たちの嗜虐性が復活する。 「さっき失敗したんだからな、今度は成功させろ」 「怪我をしている奴に、とどめを刺してやれ」 子供たちが私に迫る。 私は逃げようとする三匹に追いつくと、 爆竹の最後の一束を二つに分け、それぞれを怪我をした仔実装の 顎があった場所へねじ込んで火を点けた。 「テチャア!」 賢い仔実装が私を見上げ、威嚇する。 その必死の形相が、胸に痛い。 仔実装は必死でその爆竹を取ろうとしたが、 二匹のどちらを優先していいのかわからない。 このままでは巻き添えになると思ったのか、 怪我をした二匹の仔実装が賢い仔実装を蹴り飛ばした。 死ぬのは自分たちだけでいい、と言っているようだった。 そして、爆発。 首が後ろに折れ、二匹は完全に息絶えた。 「チャアア、テチャアア!」 最後に残った仔実装が絶叫した。 私はうずくまる仔実装を掴む。 抵抗されたが、その力はあまりに弱かった。 「ねえ、最後の一匹くらい、助けてあげようよ」 私は従兄弟に言った。 爆竹はさっきのでなくなった筈だった。 「駄目だ」 従兄弟は言下に否定したが、すぐに言葉を続けた。 「でも、俺たちの儀式を受けたらいいけんど」 それはつまり、あの飛び込み台からのダイブである。 私は、それを受け入れた。 この仔実装を助け、かつ皆とも仲良くするには、 それ以外に方法はないと考えたのである。 いつもは泳いで渡る飛び込み台だが、今日は少し迂回して、 浅瀬を渡って対岸へ行った。 飛び込み台の上に立つ。 私は仔実装に言った。 「これは儀式なんだ。これに生き残ればお前を飼ってあげられるんだ」 「テチャアッ!」 仔実装は憎悪の眼をこちらに向け、悪鬼のような形相で睨みつけてくる。 当然だろう、唐突に家族を殺されたのだから。 「おい、そのまま落とす気じゃないだろうな。 仔実装は軽くてすぐに浮いているから面白くないよ。 重しをせんと」 従兄弟は小石を数個、頭巾の中に詰め込む。 「これでよし。さあ、やれ」 私は仔実装の足を持ち、頭を下にして飛び込み台から突き出す。 顔を見合わせる。 仔実装はもう泣き喚いてはいない。 黙って、私の顔を見ている。 「お前も同じテチ。理由もなく実装石を殺す酷い人間テチ」 空耳にしてはあまりにはっきりと、仔実装の声が聞こえる。 「どうして優しくしたテチ? 期待を持たせたテチ? どうしてワタチたちを殺すテチ? 農作物を荒らす? その現場を見たことあるテチ?」 私は恐くなって手を離した。 仔実装は頭から下に、真っ逆様に落ちていった。 そして、半ば予想していたことだが、二度とは浮き上がってこなかった。 「帰ろうか」 誰かがそう言った。 「あ、あれ?」 別の誰かが対岸の川原を指差す。 その先には、死んだと思われていた母実装。 頭巾は血で染まり、眼はうつろ、股が裂けているので、 内臓が零れ落ちないように片手で押さえ、 無様な格好で川原を這っていた。 もう片方の手で、四匹の仔実装の亡骸を抱いている。 ということは、今、川底に沈んだ仔実装を助けに来たのではないか? 「お、おい」 「う、うん」 「あれは本当にお化けじゃないか」 「やばい?」 「やばいよ」 子供たちは一斉に走り出した。 浅瀬を通り、川原へ戻る。 皆、後ろを振り返らず先へ急ぐ。 私は一度だけ後ろを見た。 母実装は這ったまま、川の中へ入っていくところだった。 この一件は、私の大きなトラウマとなった。 そのトラウマを表出させないため、記憶に蓋していたのであり、 実装石嫌いになったのだった。 息子と甥が溺れたあの飛び込み台で実装石の幻影を見たことで、 全ての記憶が解き放たれたのである。                ※ 息子も甥もすっかり回復して、夕食後、一緒にテレビを見ていた。 私は「少し出かける」と妻に言って外へ出た。 村唯一の商店は、村唯一のコンビニエンス・ストアに昇格していた。 買い物を済ませて店を出ると、その足であの神社へ向かった。 昭和から平成になり、市町村の大合併もあり、 村の様子はずいぶん変わっていたが、ここだけは当時のままだった。 実装石が出入りしていた、床下の入り口へ向かう。 そこでコンビニエンス・ストアで買った花火を取り出した。 「一緒に花火する約束だったよな。ごめんな、約束守ってやれなくて」 花火に火を点ける。 音を立てて火薬が燃え、辺りが明るくなる。 少し派手だが、送り火のつもりだった。 花火が消えると、再び暗闇に包まれる。 「テチィ?」 仔実装の声が聞こえた。 背中に冷たいものが走った。 耳をすませる。 「テチ」 「テチテチ」 「テッチー」 複数の仔実装の声。 震える手でライターを点け、花火に点火する。 周囲が明るくなる。 仔実装の足が見える。 母実装の足が見える。 あの時の親仔実装が目の前にいた。 私は言葉が出なかった。 これは何だ? 幻覚か? 昼間の実装石といい、自分は頭がどうかしてしまったのだろうか。 それとも、贖罪の機会を与えてくれるというのか? 私が呆然としていると、ピーという音が鳴り、顔に何か当たった。 目を開けると、母実装がカメレオン笛を吹いていた。 私の顔を見て、「デププ」と笑う。 仔実装も笑う。 私は、一緒に笑う資格のない私は、 引きつった笑みを浮かべるのがやっとだった。 悪戯者の妖精バックを母実装が演じる、「真夏の夜の夢」が始まった。 いつも転んでいた仔実装がシャボン玉を吹いた。 今度は一回でうまく吹けた。 三匹の仔実装がそれを追いかける。 そのうちの二匹が、いつものように喧嘩を始めた。 もつれ合い、ころころ転がる。 その様子を見ていた私のズボンの裾を、仔実装が引っ張る。 私が飛び込み台から突き落とした、あの仔実装だった。 私は泣き出しそうな顔で仔実装を見たが、仔実装は 「テチィ?」と、首を傾げる。 そしてお気に入りのスーパーボールを私に手渡す。 私はあの時のように、ボールを転がしてやった。 テチテチとボールを追いかける仔実装。 イレギュラーのバウンドをよく押さえ、がっちりキャッチした。 誇らしげに、私のほうを見る。 私は親仔実装の姿が消えないようにと、次から次へと花火に火を点けた。 こんなことなら店中の花火を買っておくべきだったと、 妙に現実的な思考が働く。 最後の一本が終わりに近づいた時、花火を買い足しに行こうと考えた。 それを、賢い仔実装が制した。 あの時渡した線香花火を持ってきたのだ。 私は、皆に一本ずつ線香花火を配って火を点けてやった。 これなら、火の嫌いな実装石でも楽しむことができる。 パチパチと音を鳴らして、小さな火花が飛ぶ。 「テェー」 「テチュー」 「テッチー」 仔実装たちは不規則に飛び出す火花を夢中になって見ている。 よく転ぶ仔実装が何でもないのに転び、花火を落としてしまった。 花火が消えると、その仔実装も闇に溶けていった。 別の仔実装の線香花火の玉が落ち、姿を消した。 仲良しの二匹は、同時に姿を消した。 消える直前、二匹は「テチュン」と鳴いた。 次は母実装の番だった。 線香花火の玉が落ちると、私のほうを向き、 初めて会った時のように「デププ」と笑った。 そして、消えた。 賢い仔実装の線香花火も、最後の輝きを放っていた。 仔実装はスーパーボールを私のほうへ転がした。 私がそれを拾うと同時に、仔実装の姿が次第に薄くなった。 最後に見た時とは違う、安らかな表情を浮かべていた。 彼女は、何も言ってくれなかった。 幻想は消え、私は一人、取り残された。 境内に続く坂を、懐中電灯の明かりが上ってきた。 家内と息子とが、なかなか帰ってこない私を心配して、 探しに来てくれたのだ。 「この子の次はあなたがいなくなるなんて、もう勘弁してよ」 「ごめん、ごめん」 「お父さん一人で花火してたの? ずるい」 「あ、それは」 「早く片付けて。家の人も心配しているわよ」 懐中電灯の明かりを頼りに、火が消えていることを確認して、 ゴミをコンビニエンス・ストアの袋に入れる。 花火の燃えカスに、ある筈のないものが混じっていた。 劣化し、「舌」の部分にところどころ穴の開いているカメレオン笛。 空になったシャボン玉の容器と専用のストロー。 そして、ラメの入ったスーパーボール。 あれは、さっきのあれは、本当に幻想だったのだろうか。 「じゃあ、帰りは俺が運転するから」 「大丈夫なの?」 「もう大丈夫」 そう言って、車を出す。 バックミラーで、携帯ゲームに夢中になっている息子を見る。 溺れた翌日には甥と川遊びに出かけ、 すっかり日に焼けて真っ黒になっていた。 「お前、まだ仔実装飼いたいのか?」 「あなた」 「うーん、うんちの世話とか大変そうだから、いい」 私は子供の素直な答えに笑った。 「その気になったら言っておいで。相談に乗るから」 「え、お父さん実装石、大丈夫なの? 飼ったことあるの?」 「おお。お前くらいの年齢の頃、ちょっとだけな」 今度は大丈夫だからと、ポケットの上から、その中に入っている スーパーボールに話しかけた。 【終】 ※文中の方言らしきものは適当です。  特定地域を意識するものではありません。【送り火】 妻が運転する車で、父方の実家へ向かっていた。 後部座席では、一人息子が携帯ゲーム機で遊んでいる。 久しぶりの家族旅行なのに何で、と呆れるより先に、 よく気分が悪くならないものだと感心した。 「下道に入ったら、ちゃんとナビしてね。 このナビ、いっつもタイミングが合わないんだから」 「あ、うん。悪いなあ、俺が運転すりゃ面倒ないのに」 「いいのよ、まだお医者さんに止められているんでしょ? 運転中にパニックになられるくらいなら、私が運転するわよ」 そう言って、妻は笑った。 私は、実装石が嫌いだった。 正確に言えば、恐かった。 あの無表情な目で見つめられると、無性に落ち着かなくなる。 血圧が急上昇し、脈拍数が増えた。 そして町には犬や猫と同じで、あちこちに実装石がいる。 実装石を見ずに生活することはできなかった。 「いっそ実装石を皆殺しにしようか」 そう、妻に語ったことがある。 「一匹二匹ならただの虐待。百万匹殺したら英雄になれるわよ。 やるなら、徹底してくださいね」 などと冗談で返されたが、あの時の私は半ば本気だった。 息子が「仔実装を飼いたい」と言い出した時も、怒鳴りつけてしまった。 以来、息子は実装石のことを口にしない。 口にしないものの興味は捨てきれないようで、 今も携帯ゲーム機の中で仔実装を育成している筈だった。 いつ頃から実装石嫌いになったのか、正確には思い出せない。 例えば、小さい頃に犬に噛まれて犬嫌いになるという話はよく聞くが、 そうした記憶がないのである。 「記憶がないのではなく、思い出したくもないくらい よほど嫌な思い、恐い思いをして、記憶に重い蓋をしているのでしょう」 医者はそう言った。 これまではただ「嫌い」で済ませられたが、 最近は日常生活に支障をきたすまでになり、医者の世話になっている。 運転しないのもそのためだ。 「実装石をできるだけ見ないで済む場所で、ゆっくりしてください」 そう、医者に勧められた。 そこで二十数年ぶりに、夏休みを利用して父方の田舎へ行くことにした。 あの山村では、実装石を見たことがなかったからだ。 「しばらくこの国道沿いだから」 「ん、了解」 二桁の国道から三桁の国道に入ると、道幅が狭くなり、急に緑が増えた。 道路に沿って川が走り、見ているだけで涼しくなる。 この川の上流に目的地がある。 ゲームに飽きたのか、息子も窓の外の風景を見ている。 「川で泳げるの?」 私は上半身を息子のほうへ向ける。 「ああ、泳げるよ。飛び込み台があって、飛び込みもできる。 まだあれば、だけど」 「すげー」 「楽しみか?」 「うん!」 体の向きを元に戻す。 どくんと、大きく脈を打った。 急な不安感が私を襲ったが、その原因はわからなかった。 「久しぶりだなあ」と、同い年の従兄弟が門で出迎えてくれた。 年齢は同じだが、私の父はこの家の次男なので、 長男の息子である従兄弟のほうが「格」が上だ。 従兄弟と最後に会ったのは、私の結婚式だった。 小学生の間は夏休みの度に父方の田舎へ行ったが、 中学生になると地元で友人と遊んでいることのほうが楽しく、 父だけがここへ来るようになった。 その父ももういない。 私は母屋へ行って伯父さんに挨拶した。 田舎の家なので、広い。 床面積で言えば、私たちが暮らしているマンションの倍はあった。 挨拶に近況報告、そして思い出話と、 一通りの手順を踏まなければならない大人と違い、 子供たちはすぐに仲良しになった。 息子と、従兄弟の息子、つまり甥とは初対面だったが、 すぐに打ち解けて楽しそうにしている。 また、どくん、と脈を打つ。 この感じ、まさか近くに実装石がいるのだろうか? 縁側へ行き、庭へ出てみたが、 赤と緑の眼を持つ生き物の姿はどこにもなかった。 「お父さん、泳ぎに行ってもいい?」 息子の声が玄関から聞こえる。 私は居間に戻って従兄弟に訊く。 「まだ川で泳げるの?」 「ああ、きれいなもんさね」 「あの飛び込み台は?」 「度胸試しで使ってたやつ? あれ、知らんかったっけ。 ずいぶん前から立ち入り禁止になったと」 息子は私と同じで、泳ぎは達者なほうだったが、 川の水は冷たく、流れが急に速くなっているところもある。 妻は従兄弟の奥さんと、夕食の買い出しに出かけた。 自分も一緒に行こうと腰を上げようとしたら、従兄弟に制された。 「うちの子は河童じゃきに、子供同士で行かせればええ」 そして、「危ないとこには行くなよー」と大声で玄関へ叫ぶ。 「わかっちょる」と甥の返事。 二人の子供が玄関から駆け出す足音。 「そんなことより、一杯飲もうや」 従兄弟は地酒を取り出した。 私を口実に、昼間から酒を飲もうというのである。 私も嫌いなほうではない。 ああ、間違いなくこの家の血を引いているのだ。 久しぶりに意識がなくなるまで痛飲した。 意識を取り戻したのは、従兄弟が、私の両頬を叩いていたからだ。 「大変じゃ、早う起きんと」 「ん、ああ、何?」 「子供らが川で溺れた言うて電話があったと」 一気に酔いが醒めた。 私は起き上がると、従兄弟の運転する軽トラックで川へ向かう。 できるだけ川原まで接近し、軽トラックを降りると、 人垣目がけて二人で全力で走る。 中心には息子と甥、そして一足先に到着した妻と従兄弟の奥さん。 「何で子供たちだけで川に行かせたのよ」 私に気づいた家内が感情的に怒鳴る。 言葉を返せないでいると、 「たまたま通りがかった人がすぐに助けてくれたからいいようなものの、 もしものことがあったらどうするのよ」 その一言で体中の力が抜け、膝から地面に崩れた。 二人は無事だったのだ。 二人が溺れたのは、立ち入り禁止の看板が立てられている飛び込み台。 川原の向こう岸になる。 背後は山なので、飛び込み台へ行くには、こちら側から泳いでいくか、 浅瀬を歩いて渡ることになる。 飛び込み台と言っても特別な施設があるわけでなく、 ただの切り立った岩である。 私が子供の頃は、皆で競うように飛び込んだものだった。 二人は大量の水を飲んでいたが、既に意識を取り戻していた。 まず、息子が度胸試しに挑戦して飛び込んだ。 なかなか浮いてこないので、これはまずいと思った甥が後を追う。 その甥も、溺れた。 川の底に引きずり込まれそうになった、というのだ。 通りがかった近くの人が見つけてくれ、二人を助けてくれた。 かつては私も挑戦したことがある、飛び込み台のほうを見た。 そこに、いる筈のない生き物が立ち、こちらを見ていた。 実装石だった。 その瞬間、記憶の重い蓋が音を立てて外れた。 全てを思い出したのだ。                ※ ──私が息子と同じ年齢だった年の夏休みのことだ。 私は父方の田舎に行くのが楽しみだった。 カブトムシを捕まえたり川遊びをしたりと、 普段できない遊びができたからである。 今思えば残酷なこともやった。 カエルを捕まえて意味もなく殺したり、 獲ったザリガニを茹でて犬の餌にしたりもした。 それらは全て、従兄弟と、その友達に教えられた「遊び」である。 田舎暮らしを知らない母が聞いたら卒倒しそうなことが、 刺激的でたまらなかった。 その年の夏休み、田舎に着いたその日に、私は従兄弟と喧嘩をした。 きっかけは些細なことだった。 田舎へ来て、最初にするのは、飛び込み台からのダイブだった。 それは儀式みたいなものだった。 私は泳ぎが嫌いなほうではなく、むしろ得意だったのだが、 その時、思い切って頭から飛び込んだ。 飛び込み台の下は十分な深さがあり、きちんと飛び込めば安全だった。 同じ年代の子で、頭から飛び込んだのは私が初めてだった。 水面に顔を出すと、拍手喝采、予想外の反応に私は少し驚いた。 面白くないのは従兄弟である。 ガキ大将的な存在だったのに、「町の子」に人気をさらわれた。 なお悪いことに、私の真似をして頭から飛び込もうとしたのに、 足がすくんで飛び込めなかったのだ。 私が、「思い切って飛べば簡単だよ」と言ったのが、 余計に癪に障ったのかも知れない。 対立は決定的となった。 従兄弟と対立するということは、 地元の子供全員を敵に回したのと同じである。 翌日から、私は完全によそ者扱いだった。 そうなると川遊びをすることも、虫捕りに行くことも叶わない。 かと言って家に閉じ篭っていては大人に変に思われる。 結局、神事の時以外は誰も寄りつかない神社へ足を向けた。 ここなら木陰が多くて涼しいし、 カブトムシは無理でも蝉くらいは捕まえられそうだった。 ところが、なかなか捕まらない。 虫捕り網をかけようとした瞬間に逃げられ、 ついには小便を引っかけられた。 「畜生っ!」 「デププ」 振り返るとそこに、実装石がいた。 こちらも驚いたが、実装石も驚いていた。 私が必死になって蝉を捕まえようとしているのを見ているうちに、 その好奇心から、つい近くまで来てしまったようだ。 「デッ」と短く叫ぶと、反転して走り出す。 生まれ住む町でなら実装石を見たことがあったが、 父の田舎で見るのは初めてだった。 今でこそ、農家の手伝いをする実装石は珍しくなくなったが、 当時は農作物を荒らす「害獣」として、見つかれば駆除されていた。 だから、意外であり、興味をそそられた。 「おい、待てよ」 と言って追いかける。 実装石の足は遅く子供でも楽々追いつけるが、私の手が届く直前、 神殿の床下に潜り込んでしまった。 四つん這いになって入れば追いかけられるが、少し恐い。 「おーい、出ておいでよ。虐めたりなんかしないから」 そう言っても、何も反応がなかった。 次の日、相変わらず従兄弟にもその友達にも無視された私は、 朝食を食べ終わると一目散に神社へ向かった。 朝の神社はひんやりとした空気に包まれ、それだけで厳かな気分になる。 がらんとした境内を探してみたが、実装石の姿はなかった。 昨日、実装石が姿を消した辺りへ向かう。 やはり、実装石の姿は見えない。 警戒しているのだろうか。 伯父さんの家からこっそり持ち出したお菓子を床下への侵入口へ置き、 私はそこを目視できる茂みに隠れて様子を窺う。 五分ほどじっとしていると、昨日の実装石が顔を覗かせた。 きょろきょろ辺りを見回し、誰もいないのを確認すると、 ふんふんとお菓子の臭いを嗅ぐ。 食べ物と認識したらしく、一枚取って口に運ぼうとする。 お菓子と言っても硬い煎餅である。 実装石の歯で噛み砕くのは難しい。 「デデッ」と、悲鳴のような声が上がった。 私は茂みから立ち上がると、 「デププ」 と右手を口に当て、昨日の仕返しをしてやった。 「デッ!?」 「大丈夫だよ、ちゃんとした食べ物だから」 そう言って、同じ煎餅を手に取って見せる。 両手を使って半分に折り、口に入るサイズにする。 それを口の中に入れて、噛み砕かずにもごもごして見せる。 「歯で割れなかったら、唾液で溶かせばいいんだよ。 おばあちゃんがやってたよ。ほら、真似してみて」 そう言って、残りの半分を投げ渡した。 警戒しながらも、実装石は口に煎餅を含む。 私に言われた通り、口の中でもごもごさせる。 柔らかくなった頃を見計らって咀嚼する。 実装石も咀嚼する。 「デッスー!」 「な、ちゃんとした食べ物だろ?」 茂みから足を一歩踏み出す。 すると実装石は途端に警戒し、足元の煎餅を両手に抱え、 また床下に潜っていった。 「ちぇっ、何だよ、せっかく食べ物を持ってきてやったのに」 私はまた一人、取り残されてしまった。 しかし、食べ物で実装石が釣れることはよくわかった。 お昼は弁当にしてもらおうと、一度、叔父の家へ戻る。 「おにぎり美味しいなあ。玉子焼きも美味しいよ」 実装石が出入りしている床下の前で、 伯母に作ってもらった弁当をこれ見よがしに食べる。 こうなれば小細工はなしだ。 床下の奥で、きらりと眼が光った。 「一人じゃとても食べきれないなあ。誰か来ないかなあ」 聞こえるように言った。 もちろん、人間の言葉が通じるとは思っていない。 すると、「テチテチッ」という泣き声とともに仔実装が飛び出してきた。 いきなりのことに、私は驚いた。 「テッチー」 仔実装はぷるぷるっとお尻を振って、こちらを見上げる。 床下の奥から、昨日の実装石が四つん這いになって追いかけてくる。 「デッスー、デッスー」 仔実装を心配する母実装、という様子だ。 しかし母実装の心配をよそに、仔実装は無邪気に私の周りを走り回る。 それを見て安全と思ったのか、母実装を追い越して、 次々と仔実装が走り出して来る。 全部で五匹の仔実装。 「デェェッ!」 狼狽する母実装。 しかし仔実装たちは私にまとわりついている。 私の足を突っつくもの、弁当に手を出そうとするもの、 何が原因か知らないが、すぐに喧嘩を始めた二匹、 そして私の正面に立ち、手に持っている玉子焼きを指差しているもの。 「これが欲しいの?」 「テッチー」 「じゃあ、手を出して」 そう言って、玉子焼きを少しちぎって手渡す。 臭いをかいでから口に入れる。 仔実装の眼が輝いて、両手を挙げて万歳した。 こんなに美味しい物は食べたことがない、といった様子だ。 それを見て、残りの四匹が自分も、自分も自分もと手を出す。 玉子焼きを箸で割って、それぞれに渡した。 美味しそうに食べる四匹。 そこに母実装がやってきて、仔実装を上半身で覆い隠すようにした。 「テチテチ」「テーテー」と鳴き喚く仔実装。 母実装はよほど警戒しているのだろう、顔を上げ、私のほうを見て 「テシャアッ」と威嚇する。 「大丈夫、何もしないから」 ウインナーを渡そうとする。 実装石の右手が、僕の手を払った。 ウインナーが地面に転がって、砂まみれになった。 その時、私はかっとなったが、その気持ちを鎮めてくれたのは 最初に玉子焼きを欲しがった仔実装だった。 母実装の脇をすり抜けると砂だらけのウインナーを拾い、 手で砂を払いのけてから、母実装へ持って行く。 母実装は仔実装と私の顔を交互に見る。 私は「食べろよ」と、顎で示した。 仔実装からウインナーを受け取り、口に入れる母実装。 途端に破顔した。 「デッスゥーン」 母実装は、馬鹿っぽい、と形容するのがぴったりの顔になった。 それがささやかな宴の始まりの合図となり、 みんなで弁当を腹一杯食べたのだった。 よく見ると、母実装はあちこち怪我していた。 その再生能力の高さ故、傷は殆ど完治しているように見えたが、 痛々しいことには変わりはない。 食後は、暗くなるまでボール遊びをした。 と言っても、私が持っていた弾力性のある小さなゴムの玉、 通称「スーパーボール」を転がして、 それを五匹の仔実装が追いかけるだけだ。 透明で、中にラメが入っているスーパーボールを、 仔実装たちはまるで宝物でも追いかけるかのように、 必死になって追いかけた。 いつも転ぶもの、ボールそっちのけで喧嘩を始める二匹、 あと少しでボールに追いつくか、というところで ボールが変な方向に跳ねて取り逃す運の悪い奴、 そして最後にがっちりボールをキャッチする賢い仔実装。 見ているだけで楽しかった。 夕方になって、神社を後にした。 私が手を振ると、あの機転の利く仔実装が、てちてちと前へ出て、 私の真似をして手を振ってくれた。 「お前、毎日どこ行っとると?」 「別に」 「ふんっ」 夕食後の従兄弟との会話はそれだけだった。 父は叔父と毎日釣りに出かけていた。 母は実家とそりが合わないらしく、自宅で留守番をしていた。 それもあって、父は非常に寛いでおり、機嫌も良かった。 そこで思い切って訊いてみた。 「実装石を飼いたいんだけど。できたら親仔で。 ううん、駄目なら仔実装一匹だけでいいんだ」 「ん、どうして」 「あの神社で、実装石の親仔を見たんだ。とても賢い仔がいてね……」 「んん、何かの間違いじゃないか。叔父さん言ってたぞ。 先週、村の野良実装を一掃したって。 これから収穫シーズン迎えるってのに実装石がいたら、 農作物を荒らされて仕方ないからなあ」 それでわかった。 あの母実装が人間を恐れていた理由、そして怪我をしていた理由が。 「う、うん、そうだね。犬か猫と間違えたんだ」 自分でも無茶な言い分だと思った。 もっとも竿の手入れに夢中の父に、聞こえたかどうかはわからなかった。 翌朝、早起きをした。 冷蔵庫から目立たないよう、少しずつ食材を頂戴する。 核家族である自分の家ならすぐにばれてしまうが、 大所帯の伯父の家の冷蔵庫ならまずばれそうにない。 食材をビニール袋に詰め、神社へ向かった。 床下に向かって「おーい」と呼びかけると、 仔実装を先頭に親仔が出てきた。 全く警戒していない。 彼女たちの信頼を勝ち取ったことが、とても嬉しく感じられた。 ウインナーに蒲鉾、あとは野菜を少々。 昨日の弁当に比べると貧相この上ないが、 実装親仔は美味しそうに食べてくれた。 「じゃあ、朝ご飯を食べたらまた来るからね」 「デッスー」 「テッチー」 束の間の別れを惜しんだ。 私は、どうにかこの実装親仔を飼ってやりたかった。 無理なら、せめてあの賢い仔実装だけでも。 最終日に、父に切り出してみようと思った。 「一緒に来るか?」 朝食の時、従兄弟がこっそり話しかけてきた。 仲直りのサイン。 「みんなと、新しい遊びを開発したと。 『蝉爆弾』いうて、すごい面白いとよ」 「うーん、今日は遠慮しとくよ」 「いっつも一人で、何してると? 面白くないじゃろ?」 「ん? そんなことないよ」 危ないところだった。 昨夜、父の話を聞いていなければ、実装石の話を持ち出すところだった。 伯母に、昼食は素麺だと言われた。 それはまずい。 実装石に餌を持って行ってあげられない。 そこで私は朝食を食べ終わると、この村唯一の商店へ向かった。 小さな店だが、食料品から日用品まで何でも揃った店だ。 この店で買えない物は、 車を走らせてスーパーマーケットへ行くことになる。 小遣いに余裕はなかったが、駄菓子なら大量に買える。 スーパーボールに夢中になった仔実装のことを思い出し、 ちょっとした玩具も買った。 誰にも見られていないことを確認して、神社へ向かう。 床下の入り口でしゃがむと、すぐさま実装親仔がやってきた。 袋を開き、みんなで駄菓子を食べる。 どれも美味しそうに食べてくれたが、母実装のお気に入りは チョコバットだった。 仔実装たちは服をべとべとに汚しながら、 チロルチョコと格闘していた。 みんな甘い物は初めてだったのか、十円二十円のお菓子に 大喜びしてくれた。 袋から買ってきた玩具を取り出す。 最初はシャボン玉。 ふっとシャボン玉を飛ばすと、何が面白いのかと思うくらい、 仔実装たちは興奮した。 「テチャー」 「テチチッ」 「テッチー」 風に吹かれて飛んでいくシャボン玉を四方八方に追いかけ、 追いついたシャボン玉を割る。 それがまた楽しいらしい。 「テチー」と、大喜びをする。 シャボン玉を割ろうとしたろ、別の仔実装に割られて怒る仔実装。 これは、いつもの喧嘩している二匹。 仔実装だけではない、母実装も、自分の近くに飛んできたシャボン玉を 必死で捕まえようとする。 いつも転んでばかりいる仔実装が、自分にも吹かせろと言ってきた。 ストローを渡す。 シャボン液を吸い込む。 激しく嘔吐した。 「テププ」 他の仔実装がそれを見て笑った。 母実装は心配そうな面持ちだ。 嘔吐が止まった仔実装は、涙を流し、悔しそうな表情を浮かべていた。 吸うんじゃない、吹くんだと、私は唇を突き出して教えてやる。 私の真似をして、ぷっと吹く。 今度はうまくいった。 仔実装の顔が輝いた。 「次はこれだよ。こっちへおいで」 私は仔実装たちを近くに呼ぶと、ぴっと、カメレオン笛を吹いた。 息を送り込むとカメレオンの舌のように伸びる、あの笛だ。 これは三方向に伸びるタイプの笛。 突然のことに周りにいた仔実装たちは驚き、転んでしまった。 「ごめん、ごめん」 私は仔実装に謝り、カメレオン笛を渡してやった。 仔実装は息を送り込むが、肺活量が小さいので思ったように伸びない。 「テー」 と、残念そうな声を出す。 別の仔実装が笛を受け取り、チャレンジするが結果は同じ。 母実装にバトンが渡される。 「ピー」と勢いよく音が鳴って、三方向に「舌」が伸びた。 五匹の仔実装は尊敬の眼差しで母実装を見た。 母実装はそれが誇らしいのか、二度三度と笛を吹いてみせた。 賢い仔が、袋の中にまだ何か残っているのに気づき、 「テチー、テチー」と、これは何かと訊いてくる。 「え、ああ、それ? それは花火だよ。 今日は夜にも来るから、一緒に花火をしよう」 仔実装は意味がわからず、きょとんとした顔をした。 駄菓子や玩具を買ったので、花火まで資金が回らなかった。 一番安い線香花火しか買えなかった。 「じゃあ、後でまた来るから、花火は預かっててね。 玩具は全部あげるから。それからこれも」 ポケットからスーパーボールを出して、賢い仔実装に渡した。 玩具と花火を袋に戻し、母実装に渡して伯父の家に戻った。 昼食は伯母の予告通り、素麺だった。 実装石と駄菓子を食べたばかりだったので、あまり箸が進まない。 それでも無理に食べきると、腹が痛くなった。 トイレから戻ると、既に従兄弟は遊びに出ていた。 妙な胸騒ぎがした。 伯父の家を飛び出て、神社へ向かった。 神社のほうから、人の話し声がする。 子供の声だ。 坂を上がって境内に入ると、従兄弟とその友達が、 実装石親仔を囲んでいた。 「まだ野良実装が残っとったとはね」 「始末しないといけんね」 私に気づいた従兄弟が声をかけてきた。 「お、来た来た。お前も野良実装駆除に参加せんね」 「え」 「ここいらの男の子は野良実装を駆除して一人前よ。 ええ機会じゃから、ほれ、やってみ」 「駆除って……」 「できないのけ? 女の腐ったみたいな奴じゃ」 従兄弟のその一言で、取り巻きが笑い出した。 「町の子は根性がなくて駄目じゃ」 「ままごとでもしるのがお似合いじゃ」 「ちんちんついとらんのかいの」 また笑われた。 「あの飛び込みは、まぐれじゃったんか」 従兄弟の、その一言が私の感情を一気に高ぶらせた。 あの時、確かに私はこの子供たちの間で頂点を極めた。 一瞬だけのことだったが、もう一度、あの栄光を勝ち取りたかった。 再び仲間に戻りたかった。 そうなると、自分に都合の良い理論が感情を抑圧し始めた。 たかが実装石じゃないか。 しかも農作物を荒らす野良実装は駆除されて当然だ。 それがこの村の価値観であり、自分が実装石を駆除すれば、 それは即ち村のためということなのである。 「やるよ」 実装石親仔のほうは見ないようにして、言った。 「じゃあ、蝉爆弾の仔実装版をやるけ」 従兄弟が言う「蝉爆弾」とは、生きている蝉のお尻に爆竹を刺し、 火をつけ、宙に放つ。 蝉はしばらく飛んだ後に爆発するという、残酷な遊びだった。 この遊びをするために爆竹を買いに行った従兄弟が、 商店から出る私の姿を見かけた。 そして後をつけ、実装石親仔を発見したのである。 村の子が仔実装を一匹捕まえ、下着を脱がす。 露になった総排泄口を見て、私は顔を赤らめた。 「この割れ目に爆竹を刺して、と」 導火線をこよりにしてまとめた三本の爆竹を総排泄口に突っ込む。 火を点けたら、仔実装を解放してやる。 仔実装は助けを求め、木に縛られている母実装のもとへ走り出した。 いつも転んでばかりいる仔実装は、やはり転んだ。 「デェスッ!」 母実装が叫ぶ。 仔実装が顔を上げた瞬間、火薬に引火した。 パパパン、と乾いた音がして、煙が立ち込める。 仔実装の総排泄口は無残に裂け、血が噴き出していた。 仔実装は動かなくなった。 「次、いってみよー」 明るい口調で従兄弟が言うと、 準備を終えた仔実装が母実装向けて走り出す。 今度は転びはしなかったが、母実装の直前で爆竹が爆発、 母実装は仔実装の血を浴びた。 「デェェェ、デエエエッ!」 母実装は泣き叫んだ。 腹の底からの叫びに、私は少し怖くなった。 「しかし仔実装は本当に馬鹿だよなあ。 爆竹抜けば助かるのに、ひたすら親のところへ走るんだから。なあ」 「ん、ああ」 私は気の抜けた返事しかできなかった。 「次は二匹まとめて行ってみようか」 いつも喧嘩している二匹が選ばれた。 今度は爆竹を五本ずつ突っ込まれる。 解放された二匹は、子供たちから少し距離を取ると、 お互い顔を見合わせて、向き合って足を開いて座る。 そして、互いの総排泄口から爆竹を抜こうとする。 いつも喧嘩していた二匹だが、心底では通じ合っていたのだ。 この意外な行動に、皆が注目した。 しかし、導火線の火が邪魔をして、なかなかうまくいかない。 どうにかお互いの爆竹が抜けたところで、火薬に火が回った。 乾いた連続音が境内にこだまする。 二匹の仔実装は爆竹を抱えていた両腕をもぎ取られ、 下あごを吹き飛ばされて血まみれになっていた。 「ヘヒー」 「ヘェェ」 声にならない声を上げる。 「デェッデッデッ」 助けたくても助けられない、そのもどかしさに母実装は泣いた。 「やっぱり体の中で爆発しないと、威力ないな。 次、お前やれよ」 最後に残った仔実装、一番賢かった仔実装が差し出される。 仔実装は私を見て、「テチ、テチィ」と鳴く。 命乞いをしているのかも知れなかった。 心の中で耳を塞ぎ、仔実装の顔を見ないようにして下着を剥ぎ取る。 爆竹を差し込む。 そして火を点けた。 解放された仔実装は、熱いのを我慢して火のついた導火線を掴み、 爆竹本体から引き抜いた。 あっという間の出来事だった。 それから爆竹を抜き取ると、 まだ息のある上半身血まみれの二匹の仔実装を連れ、 母実装のもとへ駆け出した。 母実装は「デスーッ、デスーッ」と喜んだが、すぐに首を振る。 「逃げろ、逃げろ」と言っているみたいだった。 その言葉に従い、三匹は境内の外を目指して走り出す。 走ると言っても腕のない二匹はバランスが取れず、 よろめいたり転んだりしている。 「すげえな」 「実装石でも賢いのがいるんだ」 「追いかけようか」 仔実装を絶対に捕まえる自信のある子供たちは、 その前に母実装を処分することにした。 爆竹は一箱に百発入っている。 二十発の束が五つ。 その一束を使っていたので、残りは四束。 二束を母実装の総排泄口に、一束を頭巾の中に入れて火を点けた。 必死で抵抗する母実装。 しかし、どんなに抵抗してもきつく縛られた縄はびくともしない。 子供たちは耳を塞いで成り行きを見守った。 風船を立て続けに割るような音が響き、 合間合間に母実装のわめき声が加わった。 全ての爆竹に火が回ったかと油断していると、 遅れて爆発するものがあって驚かされた。 もうもうと立ち込める煙がなくなった後には、 下半身から血を流し、顔面と頭巾の間からは血と、 血以外の何かを垂れ流し、両目を剥いている母実装の姿があった。 子供たちはさすがに恐くなって、「うわー、お化けー」と声を上げて 境内から飛び出した。 坂を走って下っている途中で、三匹の仔実装に追いついた。 賢い一匹が、怪我をした二匹を励ましながら 先を急いでいるように見えた。 その姿を見て、子供たちの足が止まる。 背後に脅威が迫っていることに気づき、仔実装たちは歩みを速めた。 怯える仔実装たちの姿を見て、子供たちの嗜虐性が復活する。 「さっき失敗したんだからな、今度は成功させろ」 「怪我をしている奴に、とどめを刺してやれ」 子供たちが私に迫る。 私は逃げようとする三匹に追いつくと、 爆竹の最後の一束を二つに分け、それぞれを怪我をした仔実装の 顎があった場所へねじ込んで火を点けた。 「テチャア!」 賢い仔実装が私を見上げ、威嚇する。 その必死の形相が、胸に痛い。 仔実装は必死でその爆竹を取ろうとしたが、 二匹のどちらを優先していいのかわからない。 このままでは巻き添えになると思ったのか、 怪我をした二匹の仔実装が賢い仔実装を蹴り飛ばした。 死ぬのは自分たちだけでいい、と言っているようだった。 そして、爆発。 首が後ろに折れ、二匹は完全に息絶えた。 「チャアア、テチャアア!」 最後に残った仔実装が絶叫した。 私はうずくまる仔実装を掴む。 抵抗されたが、その力はあまりに弱かった。 「ねえ、最後の一匹くらい、助けてあげようよ」 私は従兄弟に言った。 爆竹はさっきのでなくなった筈だった。 「駄目だ」 従兄弟は言下に否定したが、すぐに言葉を続けた。 「でも、俺たちの儀式を受けたらいいけんど」 それはつまり、あの飛び込み台からのダイブである。 私は、それを受け入れた。 この仔実装を助け、かつ皆とも仲良くするには、 それ以外に方法はないと考えたのである。 いつもは泳いで渡る飛び込み台だが、今日は少し迂回して、 浅瀬を渡って対岸へ行った。 飛び込み台の上に立つ。 私は仔実装に言った。 「これは儀式なんだ。これに生き残ればお前を飼ってあげられるんだ」 「テチャアッ!」 仔実装は憎悪の眼をこちらに向け、悪鬼のような形相で睨みつけてくる。 当然だろう、唐突に家族を殺されたのだから。 「おい、そのまま落とす気じゃないだろうな。 仔実装は軽くてすぐに浮いているから面白くないよ。 重しをせんと」 従兄弟は小石を数個、頭巾の中に詰め込む。 「これでよし。さあ、やれ」 私は仔実装の足を持ち、頭を下にして飛び込み台から突き出す。 顔を見合わせる。 仔実装はもう泣き喚いてはいない。 黙って、私の顔を見ている。 「お前も同じテチ。理由もなく実装石を殺す酷い人間テチ」 空耳にしてはあまりにはっきりと、仔実装の声が聞こえる。 「どうして優しくしたテチ? 期待を持たせたテチ? どうしてワタチたちを殺すテチ? 農作物を荒らす? その現場を見たことあるテチ?」 私は恐くなって手を離した。 仔実装は頭から下に、真っ逆様に落ちていった。 そして、半ば予想していたことだが、二度とは浮き上がってこなかった。 「帰ろうか」 誰かがそう言った。 「あ、あれ?」 別の誰かが対岸の川原を指差す。 その先には、死んだと思われていた母実装。 頭巾は血で染まり、眼はうつろ、股が裂けているので、 内臓が零れ落ちないように片手で押さえ、 無様な格好で川原を這っていた。 もう片方の手で、四匹の仔実装の亡骸を抱いている。 ということは、今、川底に沈んだ仔実装を助けに来たのではないか? 「お、おい」 「う、うん」 「あれは本当にお化けじゃないか」 「やばい?」 「やばいよ」 子供たちは一斉に走り出した。 浅瀬を通り、川原へ戻る。 皆、後ろを振り返らず先へ急ぐ。 私は一度だけ後ろを見た。 母実装は這ったまま、川の中へ入っていくところだった。 この一件は、私の大きなトラウマとなった。 そのトラウマを表出させないため、記憶に蓋していたのであり、 実装石嫌いになったのだった。 息子と甥が溺れたあの飛び込み台で実装石の幻影を見たことで、 全ての記憶が解き放たれたのである。                ※ 息子も甥もすっかり回復して、夕食後、一緒にテレビを見ていた。 私は「少し出かける」と妻に言って外へ出た。 村唯一の商店は、村唯一のコンビニエンス・ストアに昇格していた。 買い物を済ませて店を出ると、その足であの神社へ向かった。 昭和から平成になり、市町村の大合併もあり、 村の様子はずいぶん変わっていたが、ここだけは当時のままだった。 実装石が出入りしていた、床下の入り口へ向かう。 そこでコンビニエンス・ストアで買った花火を取り出した。 「一緒に花火する約束だったよな。ごめんな、約束守ってやれなくて」 花火に火を点ける。 音を立てて火薬が燃え、辺りが明るくなる。 少し派手だが、送り火のつもりだった。 花火が消えると、再び暗闇に包まれる。 「テチィ?」 仔実装の声が聞こえた。 背中に冷たいものが走った。 耳をすませる。 「テチ」 「テチテチ」 「テッチー」 複数の仔実装の声。 震える手でライターを点け、花火に点火する。 周囲が明るくなる。 仔実装の足が見える。 母実装の足が見える。 あの時の親仔実装が目の前にいた。 私は言葉が出なかった。 これは何だ? 幻覚か? 昼間の実装石といい、自分は頭がどうかしてしまったのだろうか。 それとも、贖罪の機会を与えてくれるというのか? 私が呆然としていると、ピーという音が鳴り、顔に何か当たった。 目を開けると、母実装がカメレオン笛を吹いていた。 私の顔を見て、「デププ」と笑う。 仔実装も笑う。 私は、一緒に笑う資格のない私は、 引きつった笑みを浮かべるのがやっとだった。 悪戯者の妖精バックを母実装が演じる、「真夏の夜の夢」が始まった。 いつも転んでいた仔実装がシャボン玉を吹いた。 今度は一回でうまく吹けた。 三匹の仔実装がそれを追いかける。 そのうちの二匹が、いつものように喧嘩を始めた。 もつれ合い、ころころ転がる。 その様子を見ていた私のズボンの裾を、仔実装が引っ張る。 私が飛び込み台から突き落とした、あの仔実装だった。 私は泣き出しそうな顔で仔実装を見たが、仔実装は 「テチィ?」と、首を傾げる。 そしてお気に入りのスーパーボールを私に手渡す。 私はあの時のように、ボールを転がしてやった。 テチテチとボールを追いかける仔実装。 イレギュラーのバウンドをよく押さえ、がっちりキャッチした。 誇らしげに、私のほうを見る。 私は親仔実装の姿が消えないようにと、次から次へと花火に火を点けた。 こんなことなら店中の花火を買っておくべきだったと、 妙に現実的な思考が働く。 最後の一本が終わりに近づいた時、花火を買い足しに行こうと考えた。 それを、賢い仔実装が制した。 あの時渡した線香花火を持ってきたのだ。 私は、皆に一本ずつ線香花火を配って火を点けてやった。 これなら、火の嫌いな実装石でも楽しむことができる。 パチパチと音を鳴らして、小さな火花が飛ぶ。 「テェー」 「テチュー」 「テッチー」 仔実装たちは不規則に飛び出す火花を夢中になって見ている。 よく転ぶ仔実装が何でもないのに転び、花火を落としてしまった。 花火が消えると、その仔実装も闇に溶けていった。 別の仔実装の線香花火の玉が落ち、姿を消した。 仲良しの二匹は、同時に姿を消した。 消える直前、二匹は「テチュン」と鳴いた。 次は母実装の番だった。 線香花火の玉が落ちると、私のほうを向き、 初めて会った時のように「デププ」と笑った。 そして、消えた。 賢い仔実装の線香花火も、最後の輝きを放っていた。 仔実装はスーパーボールを私のほうへ転がした。 私がそれを拾うと同時に、仔実装の姿が次第に薄くなった。 最後に見た時とは違う、安らかな表情を浮かべていた。 彼女は、何も言ってくれなかった。 幻想は消え、私は一人、取り残された。 境内に続く坂を、懐中電灯の明かりが上ってきた。 家内と息子とが、なかなか帰ってこない私を心配して、 探しに来てくれたのだ。 「この子の次はあなたがいなくなるなんて、もう勘弁してよ」 「ごめん、ごめん」 「お父さん一人で花火してたの? ずるい」 「あ、それは」 「早く片付けて。家の人も心配しているわよ」 懐中電灯の明かりを頼りに、火が消えていることを確認して、 ゴミをコンビニエンス・ストアの袋に入れる。 花火の燃えカスに、ある筈のないものが混じっていた。 劣化し、「舌」の部分にところどころ穴の開いているカメレオン笛。 空になったシャボン玉の容器と専用のストロー。 そして、ラメの入ったスーパーボール。 あれは、さっきのあれは、本当に幻想だったのだろうか。 「じゃあ、帰りは俺が運転するから」 「大丈夫なの?」 「もう大丈夫」 そう言って、車を出す。 バックミラーで、携帯ゲームに夢中になっている息子を見る。 溺れた翌日には甥と川遊びに出かけ、 すっかり日に焼けて真っ黒になっていた。 「お前、まだ仔実装飼いたいのか?」 「あなた」 「うーん、うんちの世話とか大変そうだから、いい」 私は子供の素直な答えに笑った。 「その気になったら言っておいで。相談に乗るから」 「え、お父さん実装石、大丈夫なの? 飼ったことあるの?」 「おお。お前くらいの年齢の頃、ちょっとだけな」 今度は大丈夫だからと、ポケットの上から、その中に入っている スーパーボールに話しかけた。 【終】 ※文中の方言らしきものは適当です。  特定地域を意識するものではありません。

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1 Re: Name:匿名石 2023/08/06-01:37:58 No:00007715[申告]
夏にぴったりの作品だな
2 Re: Name:匿名石 2024/02/24-17:00:27 No:00008779[申告]
許してくれたのかな
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